神を運ぶ者 作:コズミック変質者
学園都市に隠し事が出来る場所など存在しない。遍く全ての場所は等間隔で、死角がないように監視カメラが設置されている。監視カメラが破壊されていようと、秘密裏に学園都市統括理事長がばら蒔いている万を容易く超える
例えそれが意味のない廃ビルだろうが、人通りの多い場所だとしても。
だが唯一、例外があった。いや、あったと言うよりは生みだされた、作り出されたという言い方が適切だろう。学園都市という巨大な街に、気付かないほど小さいスポット。誰も入ることは出来ず、気づくこともできない場所。
そこは部屋自体が薄い光を放っている空虚な空間だった。そこには地面という地面が存在していない。まるで無重力のように際限ない暗闇が下に広がっている。唯一あるとすれば、どういう原理でそこにあるのか分からないが、豪奢と言うべき椅子である。椅子の装飾に銀色の二匹の蛇を纏わせている、なんとも趣味の悪い装飾。更に椅子から上へ伸びる装飾には、人の身では理解できない何かがある。
この摩訶不思議な空間で、鍍金は椅子を前に右手を胸に当て、片膝を立て頭を垂れている。
「お久しぶりです、副首領閣下」
いつの間にか、影がいた。いや、正確には影絵のような男がだ。男はかつてナチス・ドイツと呼ばれた国の軍服を纏い、鍍金を上から見下ろしている。
それは人の形をしているが人に在らず。それは蛇であり、水銀であり、怪物であり、理であり、神であり、宇宙である。人の身では直視すれば、その魂は永劫同じ時を彷徨うことになるなるだろう。
「ああ、久しいな、第二の聖餐杯」
「最後にお会いしたのは2年前、でしたか」
何度か、鍍金は副首領と会っていた。何度かと言ってもたったの3回。今回を合わせて4回しかない。無論のことながら、鍍金は副首領を信用していないし、信頼など以ての外。怪しさだけで統括理事長をぶっちぎりで超えているこの男を、どうして信用できようか。
「君の提示した少女は順調に成長しているようではないか。一先ずは、何も問題は要らないようだな」
「ええ。彼女の成長は目まぐるしいものがあります。必ずや、女神をはじめとした
覇道神。『座』と呼ばれる場所にいるこの宇宙を———全ての宇宙を司る存在であり、また宇宙の理を決めるモノのこと。その理は千差万別。決まるのは神が持つ渇望。渇望が深くなければ神にはなれず、神に届き得るだけに留まる。
『座』に居られる覇道神は基本は1柱のみ。だが鍍金は方々と言った。そう、今の宇宙には目の前の男も合わせると覇道神が4注存在しているのだ。本来ならば覇道共存など不可能だ。覇道神は己の渇望が世界へ流れ出していくもの。複数存在してしまえば、流れ出す渇望同士が鬩ぎ合い、宇宙は混沌の地獄と化す。
だが今の『座』にいる黄昏と呼ばれる歴代最高の女神は、その渇望の特性により覇道共存を成功させた。
「あまり悠長にはしていられないぞ。いつ女神が容量を超えるか、気が気でないのだ。早く昇華させなければ君の願いは、祈りは藻屑と消えるぞ?」
「・・・ハイドリヒ卿はなんと?」
「好きにしていい、だそうだ。全く、獣殿にも困ったものだ。現状を把握しているというのに、楽観しておられる。おそらくどちらに転んでも、獣殿にとって差異はないのだろう」
「ならばハイドリヒ卿にお伝えください。貴方から賜ったこの聖餐杯が、貴方の新たな爪牙になることを。そして、必ずや今の理を存続させることを」
「急げよ。既に未曾有の危機は迫っている。崩壊は近い。女神の理を守り、愛すべき女を守りたいというのなら、その願いが本心であるというのなら。躊躇いは捨てた方がいい」
「無論、そのつもりです」
鍍金の顔が曇る。図星を突かれた顔に、男は満足そうに微笑み、溶けるように消えていく。その姿を見届け顔を元に戻した鍍金は、不快な視線を椅子へ向ける。
既にあの男はいない。あるのは空っぽの椅子だけ。そんな空っぽの椅子に、未だにあの男がいる気がして、無性に気分が苛立ってくる。
的確に人の嫌な部分を突いてきて、全てを見透かしたような顔をしている男。逆らうことは簡単だ。だが逆らったところでその行為に意味なんてものは無い。抵抗しても蚊ほども影響なんてないだろう。
殴ろうが蹴ろうが撃とうがミサイルを撃ち込もうが、覇道神であるあの男には痒さ一つ与えられない。
「いつか、あの芝居がかった口調を閉じさせてあげますよ」
果たしてそんなことをできる日が来るのか。鍍金本人は間違いなく来ないと思った。
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「
何時もの並木道。何時ものベンチ。ベンチに座っている鍍金は目の前で自販機を思いっ切り蹴りつけ、缶飲料を不当に手にしている御坂の背に話しかける。
ここであったのは偶然等ではなく、鍍金が呼んだのだ。この場所にはあまり人が来ないため、二人きりで秘密の話をするにはもってこいの場所なのだ。
「いい加減、その口調やめなさいよ。なんか背中がむず痒くなってくるのよ」
「ふむ、やはりお気に召しませんか?」
御坂に言われ、鍍金は粗野な口調から丁寧なものへ戻す。実はこの丁寧口調は生来のものであり、幼い頃から幼馴染として一緒にいた御坂からしてみれば、こちらが普通であり、粗野な口調は慣れないものなのだ。
「それで、どこまで関わったのですか?」
「現物を手に入れようとして失敗。その後、大脳医学者の木山春生って人に接触したのよ。って、なんで私がこんなこと、一々アンタに教えなきゃいけないのよ」
「心配しているから、ですよ」
「心配って・・・私はいつまでもアンタの思っているような子供じゃない」
「子供ですよ。少なくとも、感情の制御が出来ず、こんな危険な問題へ首を突っ込もうとしているんです。それも楽しそう、などと言う理由で。もし貴方に何かあれば、私は美鈴さんに顔向け出来ません」
「ママは関係ないでしょ!それに、私は楽しそうなんて思ってない!許せないのよ。ズルして能力を手に入れてるのが」
御坂美琴は自他共に認める努力家である。彼女は当初、レベル1の能力者だったが、度重なる努力の果てに、今のレベル5という常人では到達できない領域に足を踏み入れたのだ。
御坂美琴は学園都市における努力の成功例であり、誰しもが羨む理想でもあった。
「誰しもが、貴方のようになれる訳ではありません。努力は功をなさず、挫折を乗り越えることが出来ない者もいる。憧れに手を伸ばし、伸ばした腕を降ろす者もいる。他者よりも上手くできている、努力しているはず。そんな甘い考えを持つのが人間なのです。努力の限界を決めている者達なのです」
誰しもが御坂美琴になれるはずがない。憧れ、彼女のようにと手を伸ばすだけでレベル5に、最強になれるのなら、今頃学園都市は超能力者で溢れ返っている。
努力は実らず、時間は浪費されたまま。残るのは成長無しという過酷な現実のみ。
学園都市は能力の強度、種類によってそのものの価値が決まる。低能力者の者達は、無価値という残酷な烙印を押され、心のどこかで受け入れている。
学園都市ほど、人の心をふるい落とす場所はない。超能力という夢と希望の裏に、絶望と転落がある。
「それでも・・・私は・・・」
「ですが」
俯く御坂に近づき、彼女の頭に優しく手を乗せ、なれたような手つきで撫でる。子供の頃から何度もしてきた仕草。鍍金のその行為に、御坂は顔を上げる。
「もし貴方が助けたいと、落ちた者達の手を掴み、引っ張りあげたいというのなら、微力ながら私も協力させて貰いましょう。これでも私はレベル5の端くれ。何か手伝えることがあれば、いつでも言ってください」
御坂美琴は思う。自分の幼馴染はいつも厳しいが、最後には甘くなると。何があっても、結局は自分の味方になってくれる。自分の傍で常に支えてくれている。元々御坂が学園都市に行きたいと言った時、初めは両親は反対していたのだ。反対された御坂は泣き続け、それを見かねた鍍金が一緒に頼み込んでくれたのだ。
今の口調だって、自分が一言言ったから、態々口調を変えているのだ。
目を瞑りながら、鍍金の手に頭を委ねる。何度も体感してきた優しい感じ。まるで夢見心地に居るような心地良さ。
彼らの逢瀬は御坂の携帯に黒子の着信が入るまで、延々と甘ったるい時間が続いていた。