あうあ、あうあ……と、赤子が拙い言葉で母を呼ぶ。
母は呼びかけに一切応じない。瓦礫で頭を潰されたから…我が子の声を聞き取る耳も、なあに?と我が子に掛ける声も、それらを行う生命さえも無くなってしまったから。
エクハザールは無意識の内にGBNのメニュー画面を呼び出した…大丈夫だ、オフライン表示だがここは電子世界の中だ。
そうだとしても、こんなにも人をリアルに表現するのは悪趣味が過ぎる――――まるで彼へ罪悪感を露骨に上乗せしようとする企みが透けて見えるようだった。
仮に現実だと言われてたって…そんな馬鹿な話が何処にあるのか?一体どのようにして仮想空間から現実世界へ物理的な影響を与えると言うのだ?
この死屍累々とした光景だってそうだ、さっきも白髪の男が散々屍の山を築いていた…いくらエボニーカイザーの力が得体の知れないモノだと言っても所詮システムだ。どうせ仕様の書き換え程度にとどまるのだ、次元すら超える力がそう簡単に出てくるハズも無い。出てきてたまるものか…周囲に満ちる惨状に吐き気を覚えつつもエクハザールはそう自分に言い聞かせ、よろよろと赤子へと近づいた。
…気が付くと、己の身体はリアルの――――コダイ・シンスケの身体になっている。
コダイの足元に赤子がくる状態に成程彼が近づいた時、赤子は死した母のペンダントを握った。
白い菊のペンダントを。
――――コダイの視界が、徐々にぼやけてきた。
同時に立ち眩みを起こした彼はその場に膝を突き、やがて倒れて意識を失った。
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◆ ◆ ◆ 321142132415321142132415321142132415
◆ ◆ あなたはなにもわるくはない
◆ ◆ ◆ 321142132415321142132415321142132415
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「ッ…!!」
エクハザールが目を覚ました時の景色はやはりあの灰の大地だった。
暫くの間彼は漠然としていたが、直前までの記憶がよみがえるのと同時に周囲を見回す…デンは何処だ、と。
彼が周囲を探し始めてから、かなり早い段階でデンは見つかった。
その彼女の目前には…上半身が消し飛び、左腕が引きちぎられたエボニーカイザーの残骸があった。
――――突如として、エボニーカイザーの胴体が展開する。
エクハザールは警戒した。己がGBN上のアバター姿になっている事を確認し、直ぐホルスターからマグナムを引き抜き露わになったカイザーの空洞へと向ける。その空洞…というよりコックピットからは、何とあの白髪の男が現れた――――とは言ってもエクハザール自身、元々そんな気がしていたので案外驚く事も無かったのだが。
男は奇しくもカイザーと同じように両足、そして左腕を欠損していた…出血の痕も焼けた痕も無かったので義足義手の可能性がある。男はコックピットをやっとの思いで這い出て地面にうつ伏せに落ちると残った右腕を使ってデンに向かって這いずりながら進んだ。
「!!!、デン!離れろ!!」
銃を構えながら自らへと警告するエクハザールに気付いた彼女は、逆にその手で彼を制止した。
……よく見ればデンの左手にナイフが握られている。
「…デン、お前」
「大丈夫。
今は…寝ているから…」
「?…一体何を」
彼女の発言の意図が掴めぬまま、デンは男の前でしゃがみ込んだ。
「…る、カ………」
男が息も絶え絶えに言葉を絞り出し、彼女へと最後に残った右腕を差し出す。
差し出された腕を彼女は優しくさすりながら、低く、そして冷たく悲しそうな声で「ごめんなさい、ゆるして」と呟いた後――防ぎようもない程の速さでナイフを振り下ろし、男の胸を貫いた。
男の傷口から黒く不健康そうな血液が流れる。
「ッ!!?
デン!何やってんだ!!」
突然かつ衝撃的な行為にエクハザールは思わず声を荒げる…が、デンの周囲には謎の力場が発生しており彼が近づく事は出来なかった。
その間にも男が更に絶え絶えになった声を吐き出す。
「なん、で……………」
「…もう、いいの。
終わらないの…ここじゃ…」
「………や、だ……………、なんて…」
「安心して。
…きっと、良いハズだから…」
「…………………れは…」
やがて男は声が出なくなる程に死へと近づくにつれて、その肉体が徐々に灰となっていき、風も無いのに空へと舞い上がっていく。
その間にずっとデンは「ごめんなさい」「ゆるして」を何度も繰り返し呟き、崩れ去る男の身体を抱きしめ…やがて男が消え去るのと同時に意識を失ってしまった。
――――その時になってようやく力場が無くなり、エクハザールがデンに駆け寄った。
「デン!!デンっ!!!!
大丈夫か…?お、おい、おい!!起きろ!起きろ!起きてくれ…!!」
まるで死んでしまったかのように動かないデンの身体をゆすりながら彼は何度も何度も呼び掛けた。
…そして彼女はエクハザールが半ば諦めかけた時になって、ようやく目を覚ました。
「…………エクハザール、さん?
僕は、一体…」
「ッ!
よ、よかった…!!」
デンの無事を確認した時、エクハザールは彼女を強く抱きしめた。
一度彼女はキョトンとした顔をしたが、徐々に事態を察したのか…優しい笑みを浮かべて彼の背中をさすった。
「大丈夫、エクハザールさんはとてもいい人だから。
――――――――――――――――――――だよね、二人とも」
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◆ ◆ ◆ 321142132415321142132415321142132415321142132415321142132415321142132415321142132415
◆ ◆ すべてはツナグための運命だった
◆ ◆ ◆ 321142132415321142132415321142132415321142132415321142132415321142132415321142132415
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「全く、一時はどうなる事かと思ったが…………結果的に僅かな没データと極軽度のサーバー障害だけで済むとはな」
「…没データ?」
「ああ。
開発段階で没になったステージが幾つかな」
「運営さん…その中に、まさかデパートっぽいステージとかあったかな?」
「デパート?
…ああ、確かあったな。有人都市の戦闘用フィールドとして作ったが…」
「…………そういう事か」
「言いたいことは分かる。
こちらでも君たちが居た場所の解析を行っていたからな…アレはオリジナルのフィールドに加えてGBNのデータから取り込んだフィールドデータによって構成されていた」
「…」
「どうしたんだ?エクハザール。
何か聞きたそうな顔じゃないか」
「いや、大佐………………………ええ、やっぱり…最悪デンが消えなくちゃならなかった理由を聞いておきたくなって…」
「そういう事か………いいだろう。
――――アレは、というよりエボニーカイザーの中に合った【MiV】というシステムが一種のスパイウェアだったんだ。いつどこで発生して何を目的としていたかは知らないが、どうやらGBNのデータを吸収して何処かへ送りつけるつもりだったらしい。しかも吸収しようとしていた情報が…これについては詳細を話すことは出来ないが、非常にマズイものだったのでな」
「…産業スパイ的な?」
「それならまだ良かったが……」
「…………嘘、それじゃ」
「ん?どうしたんだ?デン」
「い、いえ!何でもない、です…」
「そうか」
「…。
…そうだ、ついでだが例の――――――――――――――――」
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◆ ◆ ◆ 321142132415321142132415321142132415321142132415321142132415
◆ ◆ 何も知らなくていいの
◆ ◆ ◆ 321142132415321142132415321142132415321142132415321142132415
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結局のところ事態は誰もがよく知らぬところで始まり、誰もが何も知らぬ所で終わっていたのだ。
そんな奇妙な一連の出来事を覚えたエクハザールとデンの二人はたった今ようやくログアウトに成功した…そんな訳で互いに疲労感と共に久方ぶりに家へと帰ったような感覚を覚えていた。
結局謎は謎のまま…明かされる事無く、それぞれの胸の内へと住み着いた。
故にか、エクハザールは暫くの間放心していた。
「…あの、エクハザールさん?」
「っ、ああ悪ィ。
あんまり事がデカすぎたもんでさぁ…」
「ええ、そうですね…。
僕も少し疲れちゃいました」
「そっか…寝るか?まだ――――15時くらいだけど」
「はい。
もうくたくたなので」
「だよな…ちょっと、色々ありすぎたし」
彼はデンを掌にのせて、彼女専用の寝床まで運んだ。
…そしてエクハザールは立ち上がる瞬間多少よろけるという中々危ない場面もあったが何事も無く彼女を寝床まで運んだのだった。
「おまた~。
…電気消しとくか?」
「いえ、そこまでしなくとも…。
もう横になったらすぐ眠れそうです」
エクハザールが「そうか」と答えた瞬間、彼の携帯端末から着信音が響いた。彼はその場で端末を取り出し通話を開始したまま、ほんの少しばかりデンから離れた。
「もしもし―――――――――――おう、シュウジロウ!久――――え?喪服?なんで?、ウチの誰か死んだ?――――――――ああ、そっちの仕事関係か。待ってろ、ちょっと探すわ」
そういって彼はクローゼットを開き中身を探り始めた。
デンはその背中をじっと眺めつつ、しかしここでとある違和感について気が付いた。
…あの灰の大地でずっと握りしめていたストラップが手元に無いのだ。彼女は焦って自らの身体を漁るが、暫くの後にそもそもリアルではそのストラップは自分のベッドの隣にあるものだし、彼女自身では持ち歩く事の出来ないサイズだった事を思い出す。
「――――――――――え?見つかった?そっか――――ああいい、大丈夫そういうの。それじゃ。
……悪いなデン、ちょっとうるさくて。他に何か欲しいか?」
「大丈夫です、このままで…」
「そっか。
それじゃあ…おやすみ」
「はい…おやすみなさい」
彼はベッドに横たわったデンに優しく掛け布団をかけた。
そしてベッドの周囲の片づけを始めて暫く後に彼女は眠ってしまった…余程疲れていたらしい、だが経緯を考えてみれば無理もない話だ。最後にあれだけの事をして…。
彼は最後にストラップを片付けようとした。そう、真実は彼女の隣にあったのだ。
「…エクハザールさん?」
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…どんなことがあっても、いい人だから。 おかあさんもきっとわかってくれる
それでもお前がやったんだよ
もう繰り返さない。
次回は後日談かつ最終回です。
結局事の顛末が何だったのかって?
じつを言うと、自分でもよく分かってないまま書いてた所があります。
それでも確実なことはあります。