氷創の英雄 ~転生したけど、特典の組み合わせで不老不死になった!~   作:星の空

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第13話 一時の別れ、光の御子

「檜山あぁぁぁ!!てめぇぇぇぇぇ!!!」

「そのなりで暴れるな十六夜。」

響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。檜山に怒鳴り込む満身創痍な十六夜とそれを抑える十門司。

そして……

瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えてゆく南雲と、南雲の手を掴んで逆の手で持った紅槍を崖に刺して落下速度を落としながらも南雲と共に消える青タイツ。

その光景を、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただ見ていることしかできない香織は自分に絶望する。

香織の頭の中には、昨夜の光景が繰り返し流れていた。

月明かりの射す部屋の中で、南雲の入れたお世辞にも美味しいとは言えない紅茶モドキを飲みながら二人きりで話をした。あんなにじっくり話したのは初めてだった。

夢見が悪く不安に駆られて、いきなり訪ねた香織に随分と驚いていた南雲。それでも真剣に話を聞いてくれて、気がつけば不安は消え去り思い出話に花を咲かせていた。

浮かれた気分で部屋に戻ったあと、今更のように自分が随分と大胆な格好をしていたことに気がつき、羞恥に身悶えると同時に、特に反応していなかった南雲を思い出して自分には魅力がないのかと落ち込んだりした。一人百面相する香織に、同室の雫が呆れた表情をしていたのも黒歴史だろう。

そして、あの晩、一番重要なことは、香織が約束をしたことだ。

〝南雲を守る〟という約束。南雲が香織の不安を和らげるために提案してくれた香織のための約束だ。奈落の底へ消えた南雲を見つめながら、その時の記憶が何度も何度も脳裏を巡る。

どこか遠くで聞こえていた悲鳴が、実は自分のものだと気がついた香織は、急速に戻ってきた正常な感覚に顔を顰めた。

「離して! 南雲くんの所に行かないと! 約束したのに! 私がぁ、私が守るって! 離してぇ!」

飛び出そうとする香織を光輝が必死に羽交い締めにする。香織は、細い体のどこにそんな力があるのかと疑問に思うほど尋常ではない力で引き剥がそうとする。

このままでは香織の体の方が壊れるかもしれない。しかし、だからといって、断じて離すわけにはいかない。今の香織を離せば、そのまま崖を飛び降りるだろう。それくらい、普段の穏やかさが見る影もないほど必死の形相だった。いや、悲痛というべきかもしれない。

「香織っ、ダメよ! 香織!」

雫は香織の気持ちが分かっているからこそ、かけるべき言葉が見つからない。ただ必死に名前を呼ぶことしかできない。

「香織! 君まで死ぬ気か! 南雲はもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」

それは、光輝なりに精一杯、香織を気遣った言葉。しかし、今この場で錯乱する香織には言うべきでない言葉だった。

「無理って何!? 南雲くんは死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」

誰がどう考えても南雲ハジメは助からない。奈落の底と思しき崖に落ちていったのだから。

しかし、その現実を受け止められる心の余裕は、今の香織にはない。言ってしまえば反発して、更に無理を重ねるだけだ。龍太郎や周りの生徒もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかり。

その時、メルド団長がツカツカと歩み寄り、問答無用で香織の首筋に手刀を落とした。が、俺が止めて、ある程度の雪を被せる。

「落ち着け、香織。助けはもう向かってる。」

「……………雪?」

メルドは雪に疑問を持つ中、雪によって香織の興奮が納まるなか、光輝が尋ねる。

「向かったって、誰が行ったって言うんだい!?」

「あんたは見えなかったんだろうな。あの青タイツが。」

「…………青タイツ?」

今度は青タイツに反応したメルド。

「それよか今は檜山だ。」

俺はなぜバレたのか分からないって顔で呆然とした檜山のもとに向かう。

それより先に落ち着いた、否、落ち着き過ぎた香織が檜山のもとに向かった。

「…………ねぇ、もしかしてハジメ君に攻撃したのって檜山君?」

香織の顔がヤンデレのそれになっており、俺は思わず鈴を見てしまったが気づかれる前に戻る。

因みにトラウムソルジャーは士郎によって殲滅、召喚陣は士郎が投影したメディアの短剣で無効化してある。

「い、いや、あれは俺が放った火球に無能が自分からぶつかった。そう、自作自「嘘は感心しないな、檜山少年。」グッ……」

檜山が言い訳をするが迦楼那に一刀両断される。

「………迦楼那先生…………その姿は一体………?」

南雲に喝を入れられた女生徒が迦楼那の姿が変わっていることに気づき、周りは今更気がついた。

「…………改めて名乗ろう。我が名はカルナ。太陽神スーリヤが息子にして、施しの英雄と民草から呼ばれていたものだ。」

「………え、カルナってインド神話の………」

明里藹須が直ぐに気がついた様だ。

「あぁ、その通りだ。そして、俺には真実の瞳という嘘を見抜く眼がある。故に檜山大介よ、嘘など言わず己の本心、南雲に火球を当てた訳を晒せ。」

迦楼那は槍の穂先を檜山の首筋に添える。

メルドは静観する。味方に攻撃をした訳が知りたかったからだ。

「……………だよ。」

上手く聞こえなかった。

「南雲は白崎さんに相応しくなんかねぇんだよ!!あんなエロオタクがいいんなら俺の方が相応しいだろ!?」

「……………ならば問いたい。」

檜山が南雲を批難したら満愛が問う。

「檜山大介。貴方は白崎さんが南雲さんに相応しくなく、自分が相応しいと言うのですね。」

「そうだと言ってんだろ!」

「ならば貴方は公衆の面前で他人のいざこざに介入して土下座が出来ますか?」

「はぁ!?どういう事だ!?」

「だから貴方は、貴方自身のプライド、人間としての尊厳たる自尊心を捨て去ることは出来るのか、と問うているのです。」

「はぁ、ばっかじゃねぇの!!んな事するわけねぇだろ!!」

「………彼、南雲さんは彼の極道にイチャモンを付けられていたお婆さんとそのお孫さんを庇い、土下座を敢行。唾をかけられようが飲食物をぶちまけられようが土下座を辞めず、大声で申し訳ございませんでした。と、叫ぶ程です。その後は近くにいた世界では知らぬ者が居ないというマフィアの方達の介入によって終わりましたが。

それは置いといて、貴方には人を思う気持ちがない。

先も、人の話を聞かずあの様な愚行を行った挙句、1番初めに逃げ出す始末。

あの様な愚行は小学低学年ですらやらない事ですよ?

そして、香織はその南雲さんの一面を知って恋をした。今では婚約者という間柄。貴方はその事を知っていた筈だ。」

「……………………」

満愛によって檜山は何も言えなくなる。

そして、その間に飛斗は崖付近に来て、

「香織、ハジメを追うよ!」

霊基を解放してヒポグリフを呼んで香織を待つ。

「っ!?うん!!」

飛斗は香織と共に奈落のそこに入る。

「なっ、待ってくれ!!香織!!!」

光輝が何か叫んでいたが完全無視。

次に代赤と白音を鎖で巻き付けた天鎖がクラスメイト達から離れて

「先に行っておくね。」

一言告げて奈落に落ちる。

─────うおわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?

─────ふにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?

………その時、2名は絶叫をするが。

「さて、問いたい事はもうない。俺は成すべきことがあるのでこれで失礼する。」

迦楼那は霊体化する。

「それじゃ行こっかバーサーカー。雫!!」

「はぁ、分かったわ。」

「だから栄光と言っているでしょうイリヤ。」

『!!?』

突如現れた鉛色の巨人に皆が唖然とする中、イリヤは肩にしがみつき、雫は抱えられ、そのまま奈落に落下する。

「俺は仲間討ちする奴がいる集団に混じるのはゴメンだ。此処で別れるぜ!」

「おい十六夜、何故私を脇に抱え────」

金糸雀が何か言っていたが言う途中で十六夜が奈落に飛び降りた為言葉が続かなかった。

「はぁ、もっとマシな降り方しないのかしら?」

織咫はワイバーンを召喚して美久と一緒にそれに乗ってから奈落に降りる。

「なんで皆躊躇いなく降りられるんだ!?」

次々と奈落に降りていくため、光輝が驚いて声を張り上げる。

最後に残ったのは俺だけなので答える。

「んなもん信頼出来る仲間がいるからだ。」

「僕達は信頼出来ないって言うのかい!?」

「…………」

メルドは俺達が去ることで色々とあるのだろうか頭を抱えている。

「リーダーがあんただと神を名乗る者にいいように扱われて残酷な死に様を迎えるだけだ。俺らは訳あってこの世界の真実を知っているからな。」

「………世界の真実ってなんだ?」

「今は知らない方が身のためですよ団長。ただ、ヒントを言えば''神はボードゲームで嘲笑う''と言った所です。」

「んなっ!?」

俺がヒントをメルドに与えたら直ぐにわかったのか驚愕していた。

そのうえ、話している間に鈴は俺の背中にしがみついていた。

「それじゃ、さよならだ。」

俺は氷翼を生やし、奈落を下っていく。

「あ、おい、待てっ!!」

光輝が何か言っていたが無視していく。

 

✲✲✲

 

ホルアドの町に戻った一行は何かする元気もなく宿屋の部屋に入った。幾人かの生徒は生徒同士で話し合ったりしているようだが、ほとんどの生徒は真っ直ぐベッドにダイブし、そのまま深い眠りに落ちた。

そんな中、檜山大介は一人、宿を出て町の一角にある目立たない場所で膝を抱えて座り込んでいた。顔を膝に埋め微動だにしない。もし、クラスメイトが彼のこの姿を見れば激しく落ち込んでいるように見えただろう。

だが実際は……

「白崎と南雲が…………つつつ付き合ってる………だと………そんな馬鹿な………あれは幻影だ…………南雲に……誑かされてるだけだ………そうだ………そうに違いない…………」

暗い笑みと濁った瞳で自己弁護しているだけだった。

階段への脱出とハジメの救出。それらを天秤にかけた時、ハジメを見つめる香織が視界に入った瞬間、檜山の中の悪魔が囁いたのだ。今なら殺っても気づかれないぞ? と。

そして、檜山は悪魔に魂を売り渡した。

バレないように絶妙なタイミングを狙って誘導性を持たせた火球をハジメに着弾させた。流星の如く魔法が乱れ飛ぶあの状況では、誰が放った魔法か特定は難しいだろう。まして、檜山の適性属性は風だ。証拠もないし分かるはずがない。

そう自分に言い聞かせながら暗い笑を浮かべる檜山。

その時、不意に背後から声を掛けられた。

「へぇ〜、まだ現実逃避してるんだ。……中々やるね?」

「ッ!? だ、誰だ!」

慌てて振り返る檜山。そこにいたのは見知ったクラスメイトの一人だった。

「お、お前、なんでここに……」

「そんなことはどうでもいいよ。それより……逃避者さん? 今どんな気持ち? 恋敵をどさくさに紛れて殺した挙句、欲しい人から去られたのってどんな気持ち?」

その人物はクスクスと笑いながら、まるで喜劇でも見たように楽しそうな表情を浮かべる。檜山自身がやったこととは言え、クラスメイトが一人死んだというのに、その人物はまるで堪えていない。ついさっきまで、他のクラスメイト達と同様に、ひどく疲れた表情でショックを受けていたはずなのに、そんな影は微塵もなかった。

「……それが、お前の本性なのか?」

呆然と呟く檜山。

それを、馬鹿にするような見下した態度で嘲笑う。

「本性? そんな大層なものじゃないよ。誰だって猫の一匹や二匹被っているのが普通だよ。それに、あの窮地を招いた挙句それを救った本人を殺した君の言葉には、既に力はないと思うけど?」

檜山は全身が悪寒を感じ震える。

「ど、どうしろってんだ!?」

「うん? 心外だね。まるで僕が脅しているようじゃない? ふふ、別に直ぐにどうこうしろってわけじゃないよ。まぁ、取り敢えず、僕の手足となって従ってくれればいいよ」

「そ、そんなの……」

実質的な奴隷宣言みたいなものだ。流石に、躊躇する檜山。当然断りたいが、そうすれば容赦なく批難されるのは檜山なのは変わらない。

葛藤する檜山は、「いっそコイツも」とほの暗い思考に囚われ始める。しかし、その人物はそれも見越していたのか悪魔の誘惑をする。

「白崎香織、欲しくない?」

「ッ!? な、何を言って……」

暗い考えを一瞬で吹き飛ばされ、驚愕に目を見開いてその人物を凝視する檜山。そんな檜山の様子をニヤニヤと見下ろし、その人物は誘惑の言葉を続ける。

「僕に従うなら……いずれ彼女が手に入るよ。本当はこの手の話は南雲にしようと思っていたのだけど……君が落としちゃうから。まぁ、彼より君の方が適任だとは思うし結果オーライかな?」

「……何が目的なんだ。お前は何がしたいんだ!」

あまりに訳の分からない状況に檜山が声を荒らげる。

「ふふ、君には関係のないことだよ。まぁ、欲しいモノがあるとだけ言っておくよ。……それで? 返答は?」

あくまで小バカにした態度を崩さないその人物に苛立ちを覚えるものの、それ以上に、あまりの変貌ぶりに恐怖を強く感じた檜山は、どちらにしろ自分に選択肢などないと諦めの表情で頷いた。

「……従う」

「アハハハハハ、それはよかった!!まぁ、仲良くやろうよ、逃避者さん? アハハハハハ」

楽しそうに笑いながら踵を返し宿の方へ歩き去ろうとしたが出来なかった。

「矢張り、私の直感は当たってましたか。檜山を誑かして何をなさる気だったんですか、中村恵里。」

「「っ!!?」」

何故なら未来予知並みの直感を持った騎士王が現れたからだ。

「まぁ、大方檜山を香織で誘惑。そして、貴方は天之河光輝を我が物に。と言ったところでしょう。ですが、天之河光輝の周りにはあなたくらいしかいない。香織や雫は小学の頃から嫌な目にしか会ってないから近づきたくはないのだ。それに天之河光輝の意志を尊重しないのは奴隷と変わらない。正攻法でなければ色々な意味で破滅に至る。」

その後、檜山と中村は─────

 

✲✲✲

 

ザァーと水の流れる音がする。

冷たい微風が頬を撫で、冷え切った体が身震いした。頬に当たる硬い感触と下半身の刺すような冷たい感触に「うっ」と呻き声を上げてハジメは目を覚ました。

ボーとする頭、ズキズキと痛む全身に眉根を寄せながら両腕に力を入れて上体を起こす。

「痛っ~、ここは……僕は確か……」

ふらつく頭を片手で押さえながら、記憶を辿りつつ辺りを見回す。

周りは薄暗いが緑光石の発光のおかげで何も見えないほどではない。視線の先には幅五メートル程の川があり、ハジメの下半身が浸かっていた。上半身が、突き出た川辺の岩に引っかかって乗り上げたようだ。

「そうだ……確か、橋が壊れて落ちたんだ。……それで……」

霧がかかったようだった頭が回転を始める。

ハジメが奈落に落ちていながら助かったのは全くの幸運だった。

落下途中の崖の壁に穴があいており、そこから鉄砲水の如く水が噴き出していたのだ。ちょっとした滝である。そのような滝が無数にあり、助けようとした誰かとハジメは何度もその滝に吹き飛ばされながら次第に壁際に押しやられ、最終的に壁からせり出ていた横穴からウォータースライダーの如く流されたのである。とてつもない奇跡だ。

もっとも、横穴に吹き飛ばされた時、体を強打し意識を飛ばしていたのでハジメ自身は、その身に起きた奇跡を理解していないが。

「よく思い出せないけど、とにかく、助かったんだな。……はっくしゅん! ざ、寒い」

地下水という低温の水にずっと浸かっていた為に、すっかり体が冷えてしまっている。このままでは低体温症の恐れもあると早々に川から上がるハジメ。ガクガクと震えながら服を脱ぎ、絞っていく。

そして、パンツ一枚になると錬成の魔法を使った。硬い石の地面に錬成で魔法陣を刻んでいく。

「ぐっ、寒くてしゅ、集中しづらい……」

望むのは火種の魔法だ。その辺の子供でも十センチ位の魔法陣で出すことができる簡単な魔法。

しかし、今ここには魔法行使の効率を上げる魔石がない上、ハジメは魔法適性ゼロ。たった一つの火種を起こすのに一メートル以上の大きさの複雑な式を書かなければならない。

十分近くかけてようやく完成した魔法陣に詠唱で魔力を通し起動させる。

「求めるは火、其れは力にして光、顕現せよ、〝火種〟 ……う~、なんでただの火を起こすのにこんな大仰な詠唱がいるんだよぉ~、恥ずかしすぎる。はぁ~」

最近、癖になりつつある溜息を深々と吐き、それでも発動した拳大の炎で暖をとりつつ、傍に服も並べて乾かす。

「ここどこなんだろう。……だいぶ落ちたんだと思うけど……帰れるかな……」

暖かな火に当たりながら気持ちが落ち着いてくると、次第に不安が胸中を満たしていく。

無性に泣きたくなって目の端に涙が溜まり始めるが、今泣いては心が折れてしまいそうでグッと堪える。ゴシゴシと目元を拭って溜まった涙を拭うと、ハジメは両手でパンッと頬を叩いた。

「やるしかない。なんとか地上に戻ろう。大丈夫、きっと大丈夫だ」

自分に言い聞かせるように呟き、俯けていた顔を起こし決然とした表情でジッと炎を見つめた。

二十分ほど暖をとり服もあらかた乾いたので出発することにする。どの階層にいるのかはわからないが迷宮の中であるのは間違いない以上、どこに魔物が潜んでいてもおかしくない。

ハジメは慎重に慎重を重ねて奥へと続く巨大な通路に歩を進めた。

ハジメが進む通路は正しく洞窟といった感じだった。

低層の四角い通路ではなく岩や壁があちこちからせり出し通路自体も複雑にうねっている。二十階層の最後の部屋のようだ。

ただし、大きさは比較にならない。複雑で障害物だらけでも通路の幅は優に二十メートルはある。狭い所でも十メートルはあるのだから相当な大きさだ。歩き難くはあるが、隠れる場所も豊富にあり、ハジメは物陰から物陰に隠れながら進んでいった。

そうやってどれくらい歩いただろうか。

ハジメがそろそろ疲れを感じ始めた頃、遂に初めての分かれ道にたどり着いた。巨大な四辻である。ハジメは岩の陰に隠れながら、どの道に進むべきか逡巡した。

しばらく考え込んでいると、視界の端で何かが動いた気がして慌てて岩陰に身を潜める。

そっと顔だけ出して様子を窺うと、ハジメのいる通路から直進方向の道に白い毛玉がピョンピョンと跳ねているのがわかった。長い耳もある。見た目はまんまウサギだった。

ただし、大きさが中型犬くらいあり、後ろ足がやたらと大きく発達している。そして何より赤黒い線がまるで血管のように幾本も体を走り、ドクンドクンと心臓のように脈打っていた。物凄く不気味である。

明らかにヤバそうな魔物なので、直進は避けて右か左の道に進もうと決める。ウサギの位置からして右の通路に入るほうが見つかりにくそうだ。

ハジメは息を潜めてタイミングを見計らう。そして、ウサギが後ろを向き地面に鼻を付けてフンフンと嗅ぎ出したところで、今だ! と飛び出そうとした。

その瞬間、ウサギがピクッと反応したかと思うとスッと背筋を伸ばし立ち上がった。警戒するように耳が忙しなくあちこちに向いている。

(やばい! み、見つかった? だ、大丈夫だよね?)

岩陰に張り付くように身を潜めながらバクバクと脈打つ心臓を必死に抑える。あの鋭敏そうな耳に自分の鼓動が聞かれそうな気がして、ハジメは冷や汗を流す。

だが、ウサギが警戒したのは別の理由だったようだ。

「グルゥア!!」

獣の唸り声と共に、これまた白い毛並みの狼のような魔物がウサギ目掛けて岩陰から飛び出したのだ。

その白い狼は大型犬くらいの大きさで尻尾が二本あり、ウサギと同じように赤黒い線が体に走って脈打っている。

どこから現れたのか一体目が飛びかかった瞬間、別の岩陰から更に二体の二尾狼が飛び出す。

再び岩陰から顔を覗かせその様子を観察するハジメ。どう見ても、狼がウサギちゃん(ちゃん付けできるほど可愛くないが)を捕食する瞬間だ。

ハジメは、このドサクサに紛れて移動しようかと腰を浮かせた。

だがしかし……

「キュウ!」

可愛らしい鳴き声を洩らしたかと思った直後、ウサギがその場で飛び上がり、空中でくるりと一回転して、その太く長いウサギ足で一体目の二尾狼に回し蹴りを炸裂させた。

 

ドパンッ!

 

およそ蹴りが出せるとは思えない音を発生させてウサギの足が二尾狼の頭部にクリーンヒットする。

すると、

 

ゴギャ!

 

という鳴ってはいけない音を響かせながら狼の首があらぬ方向に捻じ曲がってしまった。

ハジメは腰を浮かせたまま硬直する。

そうこうしている間にも、ウサギは回し蹴りの遠心力を利用して更にくるりと空中で回転すると、逆さまの状態で空中を踏みしめて・・・・・・・・地上へ隕石の如く落下し、着地寸前で縦に回転。強烈なかかと落としを着地点にいた二尾狼に炸裂させた。

 

ベギャ!

 

断末魔すら上げられずに頭部を粉砕される狼二匹目。

その頃には更に二体の二尾狼が現れて、着地した瞬間のウサギに飛びかかった。

今度こそウサギの負けかと思われた瞬間、なんとウサギはウサミミで逆立ちしブレイクダンスのように足を広げたまま高速で回転をした。

飛びかかっていた二尾狼二匹が竜巻のような回転蹴りに弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。グシャという音と共に血が壁に飛び散り、ズルズルと滑り落ち動かなくなった。

最後の一匹が、グルルと唸りながらその尻尾を逆立てる。すると、その尻尾がバチバチと放電を始めた。どうやら二尾狼の固有魔法のようだ。

「グルゥア!!」

咆哮と共に電撃がウサギ目掛けて乱れ飛ぶ。

しかし、高速で迫る雷撃をウサギは華麗なステップで右に左にとかわしていく。そして電撃が途切れた瞬間、一気に踏み込み二尾狼の顎にサマーソルトキックを叩き込んだ。

二尾狼は、仰け反りながら吹き飛び、グシャと音を立てて地面に叩きつけられた。二尾狼の首は、やはり折れてしまっているようだ。

蹴りウサギは、

「キュ!」

と、勝利の雄叫び? を上げ、耳をファサと前足で払った。

(……嘘だと言ってよママン……)

乾いた笑みを浮かべながら未だ硬直が解けないハジメ。ヤバイなんてものじゃない。ハジメ達が散々苦労したトラウムソルジャーがまるでオモチャに見える。もしかしたら単純で単調な攻撃しかしてこなかったベヒモスよりも、余程強いかもしれない。

ハジメは、「気がつかれたら絶対に死ぬ」と、表情に焦燥を浮かべながら無意識に後退る。

それが間違いだった。

 

カラン

 

その音は洞窟内にやたらと大きく響いた。

下がった拍子に足元の小石を蹴ってしまったのだ。あまりにベタで痛恨のミスである。ハジメの額から冷や汗が噴き出る。小石に向けていた顔をギギギと油を差し忘れた機械のように回して蹴りウサギを確認する。

蹴りウサギは、ばっちりハジメを見ていた。

赤黒いルビーのような瞳がハジメを捉え細められている。ハジメは蛇に睨まれたカエルの如く硬直した。魂が全力で逃げろと警鐘をガンガン鳴らしているが体は神経が切れたように動かない。

やがて、首だけで振り返っていた蹴りウサギは体ごとハジメの方を向き、足をたわめグッと力を溜める。

(来る!)

ハジメが本能と共に悟った瞬間、蹴りウサギの足元が爆発した。後ろに残像を引き連れながら、途轍もない速度で突撃してくる。

気がつけばハジメは、全力で横っ飛びをしていた。

直後、一瞬前までハジメのいた場所に砲弾のような蹴りが突き刺ささり、地面が爆発したように抉られた。硬い地面をゴロゴロと転がりながら、尻餅をつく形で停止するハジメ。陥没した地面に青褪めながら後退る。

蹴りウサギは余裕の態度でゆらりと立ち上がり、再度、地面を爆発させながらハジメに突撃する。

ハジメは咄嗟に地面を錬成して石壁を構築するも、その石壁を軽々と貫いて蹴りウサギの蹴りがハジメに炸裂した。

咄嗟に左腕を掲げられたのは本能のなせる業か。顔面を粉砕されることだけはなかったが、衝撃で吹き飛び、再び地面を転がった。停止する頃には激烈な痛みが左腕を襲う。

「ぐぅっ――」

見れば左腕がおかしな方へ曲がりプラプラとしている。完全に粉砕されたようだ。痛みで蹲りながら必死で蹴りウサギの方を見ると、今度はあの猛烈な踏み込みはなく余裕の態度でゆったりと歩いてくる。

ハジメの気のせいでなければ、蹴りウサギの目には見下すような、あるいは嘲笑うかのような色が見える。完全に遊ばれているようだ。

ハジメには、尻餅をつきながら後退るという無様しか出来ない。

やがて、蹴りウサギがハジメの目の前で止まった。地べたを這いずる虫けらを見るように見下ろす蹴りウサギ。そして、見せつけるかのように片足を大きく振りかぶった。

(……ここで、終わりなのかな……)

絶望がハジメを襲う。諦めを宿した瞳で呆然と掲げられた蹴りウサギの足を見やる。その視線の先で、遂に豪風と共に致死級の蹴りが振り下ろされた。

ハジメは恐怖でギュッと目をつぶる。

「……」

しかし、いつまで経っても予想していた衝撃は来なかった。

ハジメが、恐る恐る目を開けると眼前に蹴りウサギの足があった。振り下ろされたまま寸止めされているのだ。

まさか、まだ遊ぶつもりなのかと更に絶望的な気分に襲われていると、奇妙なことに気がついた。よく見れば蹴りウサギがふるふると震えているのだ。

(な、何? 何を震えて……これじゃまるで怯えているみたいな……)

〝まるで〟ではなく、事実、蹴りウサギは怯えていた。

ハジメが逃げようとしていた右の通路から現れた新たな魔物の存在に。

その魔物は巨体だった。二メートルはあるだろう巨躯に白い毛皮。例に漏れず赤黒い線が幾本も体を走っている。その姿は、たとえるなら熊だった。ただし、足元まで伸びた太く長い腕に、三十センチはありそうな鋭い爪が三本生えているが。

その爪熊が、いつの間にか接近しており、蹴りウサギとハジメを睥睨していた。

辺りを静寂が包む。ハジメは元より蹴りウサギも硬直したまま動かない。いや、動けないのだろう。まるで、先程のハジメだ。爪熊を凝視したまま凍りついている。

「……グルルル」

と、この状況に飽きたとでも言うように、突然、爪熊が低く唸り出した。

「ッ!?」

蹴りウサギが夢から覚めたように、ビクッと一瞬震えると踵を返し脱兎の如く逃走を開始した。今まで敵を殲滅するために使用していたあの踏み込みを逃走のために全力使用する。

しかし、その試みは成功しなかった。

爪熊が、その巨体に似合わない素早さで蹴りウサギに迫り、その長い腕を使って鋭い爪を振るったからだ。蹴りウサギは流石の俊敏さでその豪風を伴う強烈な一撃を、体を捻ってかわす。

ハジメの目にも確かに爪熊の爪は掠りもせず、蹴りウサギはかわしきったように見えた。

しかし……

着地した蹴りウサギの体はズルと斜めにずれると、そのまま噴水のように血を噴き出しながら別々の方向へドサリと倒れた。

愕然とするハジメ。あんなに圧倒的な強さを誇っていた蹴りウサギが、まるで為す術もなくあっさり殺されたのだ。

蹴りウサギが怯えて逃げ出した理由がよくわかった。あの爪熊は別格なのだ。蹴りウサギの、まるでカポエイラの達人のような武技を持ってしても歯が立たない化け物なのだ。

爪熊は、のしのしと悠然と蹴りウサギの死骸に歩み寄ると、その鋭い爪で死骸を突き刺しバリッボリッグチャと音を立てながら喰らってゆく。

ハジメは動けなかった。あまりの連続した恐怖に、そして蹴りウサギだったものを咀嚼しながらも鋭い瞳でハジメを見ている爪熊の視線に射すくめられて。

爪熊は三口ほどで蹴りウサギを全て腹に収めると、グルッと唸りながらハジメの方へ体を向けた。その視線が雄弁に語る。次の食料はお前だと。

ハジメは、捕食者の目を向けられ恐慌に陥った。

「うわぁああーー!!」

意味もなく叫び声を上げながら折れた左腕のことも忘れて必死に立ち上がり爪熊とは反対方向に逃げ出す。

しかし、あの蹴りウサギですら逃げること敵わなかった相手からハジメが逃げられる道理などない。ゴウッと風がうなる音が聞こえると同時に強烈な衝撃がハジメの左側面を襲った。そして、そのまま壁に叩きつけられる。

「がはっ!」

肺の空気が衝撃により抜け、咳き込みながら壁をズルズルと滑り崩れ落ちるハジメ。衝撃に揺れる視界でどうにか爪熊の方を見ると、爪熊は何かを咀嚼していた。

だが、一体何を咀嚼しているのだろう。蹴りウサギはさっき食べきったはずである。それにどうして、食はんでいるその腕は見覚えがあるのだろう。

ハジメは理解できない事態に混乱しながら、何故かスッと軽くなった左腕を見た。正確には左腕のあった場所を……

「あ、あれ?」

ハジメは顔を引き攣らせながら、なんで腕がないの? どうして血が吹き出してるの? と首を傾げる。脳が、心が、理解することを拒んでいるのだろう。

しかし、そんな現実逃避いつまでも続くわけがない。ハジメの脳が夢から覚めろというように痛みをもって現実を教える。

「あ、あ、あがぁぁぁあああーーー!!!」

ハジメの絶叫が迷宮内に木霊する。ハジメの左腕は肘から先がスッパリと切断されていた。

爪熊の固有魔法が原因である。あの三本の爪は風の刃を纏っており最大三十センチ先まで伸長して対象を切断できるのだ。

それを考えれば、むしろ腕一本で済んだのは僥倖だった。爪熊が遊んだのか、単にハジメの運が良かったのかはわからないが、本来なら蹴りウサギのように胴体ごと真っ二つにされていてもおかしくはなかったのだ。

ハジメの腕を咀嚼し終わった爪熊が悠然とハジメに歩み寄る。その目には蹴りウサギのような見下しの色はなく、ただひたすら食料という認識しかないように見えた。

眼前に迫り爪熊がゆっくりハジメに前足を伸ばす。その爪で切り裂かないということは生きたまま食うつもりなのかもしれない。

「あ、あ、ぐぅうう、れ、〝錬成ぇ〟!」

あまりの痛みに涙と鼻水、涎で顔をベトベトに汚しながら、ハジメは右手を背後の壁に押し当て錬成を行った。ほとんど無意識の行動だった。

無能と罵られ魔法の適性も身体スペックも低いハジメの唯一の力。通常は、剣や槍、防具を加工するためだけの魔法。その天職を持つ者は例外なく鍛治職に就く。故に戦いには役立たずと言われながら、異世界人ならではの発想で騎士団員達すら驚かせる使い方を考え、クラスメイトを助けることもできた力。

だからこそ、死の淵でハジメは無意識に頼り、そして、それ故に活路が開けた。

背後の壁に縦五十センチ横百二十センチ奥行二メートルの穴が空く。ハジメは爪熊の前足が届くという間一髪のところでゴロゴロ転がりながら穴の中へ体を潜り込ませた。

目の前で獲物を逃したことに怒りをあらわにする爪熊。

「グゥルアアア!!」

咆哮を上げながら固有魔法を発動し、ハジメが潜り込んだ穴目掛けて爪を振るう。凄まじい破壊音を響かせながら壁がガリガリと削られていく。

「うぁあああーー! 〝錬成〟! 〝錬成〟! 〝錬成ぇ〟!」

爪熊の咆哮と壁が削られる破壊音に半ばパニックになりながら少しでもあの化け物から離れようと連続して錬成を行い、どんどん奥へ進んでいく。

後ろは振り返らない。がむしゃらに錬成を繰り返す。地面をほふく前進の要領で進んでいく。既に左腕の痛みのことは頭から飛んでいた。生存本能の命ずるままに唯一の力を振るい続ける。

どれくらいそうやって進んだのか。

ハジメにはわからなかったが、恐ろしい音はもう聞こえなかった。

しかし、実際はそれほど進んではいないだろう。一度の錬成の効果範囲は二メートル位であるし(これでも初期に比べ倍近く増えている)、何より左腕の出血が酷い。そう長く動けるものではないだろう。

実際、ハジメの意識は出血多量により既に落ちかけていた。それでも、もがくように前へ進もうとする。

しかし……

「〝錬成〟 ……〝錬成〟 ……〝錬成〟 ……〝れんせぇ〟 ……」

何度錬成しても眼前の壁に変化はない。意識よりも先に魔力が尽きたようだ。ズルリと壁に当てていた手が力尽きたように落ちる。

ハジメは、朦朧として今にも落ちそうな意識を辛うじて繋ぎ留めながらゴロリと仰向けに転がった。ボーとしながら真っ暗な天井を見つめる。この辺は緑光石が無いようで明かりもない。

いつしかハジメは昔のことを思い出していた。走馬灯というやつかもしれない。保育園時代から小学生、中学生、そして高校時代。様々な思い出が駆け巡るが、最後の思い出は……

月明かり射し込む窓辺での香織との時間。約束をした時の彼女の笑顔。

その美しい光景を最後にハジメの意識は闇に呑まれていった。意識が完全に落ちる寸前、ぴたっぴたっと頬に水滴を感じた。

それはまるで、誰かの流した涙のようだった。

 

✲✲✲

 

「ったく、とことんついてねぇな。まさか、壁から滝が流れてっとは…………はぁ、幸運E-は伊達じゃないってか?」

ある青タイツの男は、偶然遭遇した集団の中で男を見せていた少年が何者かに落とされたのを見て、直ぐに助けに入った。のだが、運が無さすぎるせいで滝に巻き込まれた挙句少年とはぐれてしまったのだ。

「確か、檜山って奴が落としたんだっけか?まぁ、どうでもいいか。」

青タイツの男は迷宮内を歩き、そろそろこの階層最後の水辺に着くだろうと角を曲がると出会った。

…………………………先程の集団の中で気になっていた者達に。

「…………あぁ、なんて言うか………幸運が仇となった。すまん。」

「へぇ、泉奈が言ってた青タイツって貴方だったんだ。光の御子、クー・フーリン。」

「あぁ?っ!?!?てめぇ、バーサーカーの!?」

イリヤを見て、直ぐにバーサーカーのマスターだと見抜いた。

「取り敢えず此処に座ったらどうだ?南雲の気配が途絶えた今は無闇に動けんからな。」

「お、おう。それで、なんでてめぇらがここにいるんだ?しかも知らねぇ奴も居るしよ。」

「あぁ、それはな、この世界が───────」




この世界の真実を知った光の御子。
彼は神の子の1人としてその真実に激怒する。
そして、彼らは最下層を目指す。

次回、南雲の変異と吸血鬼

「いやー、檜山君が嫉妬心であんな凶行に走るとはねぇ。怖いわぁ。」
「でも、檜山君って取り巻きがいなかったかしら?」
「あぁ、いたねぇそんなの。英王君と近藤君だったっけ?泉奈ちゃんの話だと英王君は英雄王ギルガメッシュの力を持って転生した転生者で、近藤君は原作(・・)って奴では不憫な死を遂げるって言ってたよ?」
「泉奈ちゃんって………はぁ、泉奈はあんな容姿でも男だからね?それは置いといて、その取り巻きたちは止めれなかったのかしら彼を。」
「分かってるって!しずしずっ!!!ってかその人達はパニクってて気にしてなかったよ。」
「彼はあの後どうなったのかしら?」

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