氷創の英雄 ~転生したけど、特典の組み合わせで不老不死になった!~   作:星の空

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第14話 南雲の豹変と謎の少女

 

迷宮のとある場所に二尾狼の群れがいた。

二尾狼は四~六頭くらいの群れで移動する習性がある。単体ではこの階層の魔物の中で最弱であるため群れの連携でそれを補っているのだ。この群れも例に漏れず四頭の群れを形成していた。

周囲を警戒しながら岩壁に隠れつつ移動し絶好の狩場を探す。二尾狼の基本的な狩りの仕方は待ち伏せであるからだ。

しばらく彷徨いていた二尾狼達だったが、納得のいく狩場が見つかったのか其々四隅の岩陰に潜んだ。後は獲物が来るのを待つだけだ。その内の一頭が岩と壁の間に体を滑り込ませジッと気配を殺す。これからやって来るだろう獲物に舌舐りしていると、ふと違和感を覚えた。

二尾狼の生存の要が連携であることから、彼らは独自の繋がりを持っている。明確に意思疎通できるようなものではないが、仲間がどこにいて何をしようとしているのかなんとなくわかるのだ。

その感覚がおかしい。自分達は四頭の群れのはずなのに三頭分の気配しか感じない。反対側の壁際で待機していたはずの一頭が忽然と消えてしまったのだ。

どういうことだと不審を抱き、伏せていた体を起こそうと力を入れた瞬間、今度は仲間の悲鳴が聞こえた。

消えた仲間と同じ壁際に潜んでいた一頭から焦燥感が伝わってくる。何かに捕まり脱出しようともがいているようだが中々抜け出せないようだ。

救援に駆けつけようと反対側の二頭が起き上がる。だが、その時には、もがいていた一頭の気配も消えた。

混乱するまま、急いで反対側の壁に行き、辺りを確認するがそこには何もなかった。残った二頭が困惑しながらも消えた二頭が潜んでいた場所に鼻を近づけフンフンと嗅ぎ出す。

その瞬間、地面がいきなりグニャアと凹み、同時に壁が二頭を覆うようにせり出した。

咄嗟に飛び退こうとするがその時には沈んだ足元が元に戻っており固定されてしまった。もっとも、これくらいなら、二尾狼であれば簡単に粉砕して脱出できる。今まで遭遇したことのない異常事態に混乱していなければ、そもそも捕まることもなかっただろう。

しかし、襲撃者にとってはその混乱も一瞬の硬直も想定したこと。二頭を捕らえるには十分な隙だった。

「グルゥア!?」

悲鳴を上げながら壁に呑まれる二頭。そして後には何も残らなかった。

四頭の二尾狼を捕らえたのはもちろんハジメであった。反撃の決意をした日から飢餓感も幻肢痛もねじ伏せて、神水を飲みながら生きながらえ、魔力が尽きないのをいいことに錬成の鍛錬をひたすら繰り返した。

より早く、より正確に、より広範囲を。今のまま外に出てもあっさり死ぬのがオチである。神結晶のある部屋を拠点に鍛錬を積み、少しでも武器を磨かなければならない。その武器は当然、錬成だ。

ねじ伏せたと言っても耐えられるというだけで苦痛は襲ってくる。しかし、飢餓感と幻肢痛は、むしろ追い立てるようにハジメに極限の集中力をもたらした。

その結果、今までの数倍の速さでより正確に、三メートル弱の範囲を錬成できるようになった。もっとも、土属性魔法のような直接的な攻撃力は相変わらず皆無だったが。

そして、神水を小さく加工した石の容器に詰め、錬成を利用しながら迷宮を進み、標的を探した。

そうして見つけたのが四頭の二尾狼だ。

しばらく二尾狼の群れを尾行した。もちろん何度もバレそうになったが、その度に錬成で壁の中に逃げ込みどうにか追跡することができた。そして、四頭が獲物を待ち伏せるために離れた瞬間を狙って壁の中から錬成し、引きずり込んだのである。

「さぁて、生きてっかな? まぁ、俺の錬成に直接の殺傷力はほとんどないからな。石の棘突き出したくらいじゃ威力も速度も足りなくてここの魔物は死にそうにないし」

ギラギラと輝く瞳で足元の小さな穴を覗くハジメ。その奥には、まさに〝壁の中〟といった有様の二尾狼達が、完全に周囲を石で固められ僅かにも身動きできず、焦燥を滲ませながら低い唸り声を上げていた。

実は、以前、足元から生やした石の刺で魔物を攻撃したことがあったのだが、突き破る威力も速度も全く足りず、到底実用に耐える使い方ではなかった。やはり、そういうのは土属性魔法の領分のようだ。錬成はあくまで鉱物を加工する魔法であって、加工過程に殺傷力を持たせるのは無理があるのだ。従って、こうして拘束するのが精一杯であった。

「窒息でもしてくれりゃあいいが……俺が待てないなぁ」

ニヤリと笑うハジメの目は完全に捕食者の目だった。

ハジメは、右腕を壁に押し当てると錬成の魔法を行使する。岩を切り出し、集中して明確なイメージのもと、少しずつ加工していく。すると、螺旋状の細い槍のようなものが出来上がった。更に、加工した部品を取り付ける。槍の手元にはハンドルのようなものが取り付けられた。

「さ~て、掘削、掘削!」

地面の下に捕らわれている二尾狼達に向かってハジメはその槍を突き立てた。硬い毛皮と皮膚の感触がして槍の先端を弾く。

「やっぱり刺さんないよな。だが、想定済みだ」

なぜナイフや剣にしなかったのか。それは、魔物は強くなればなるほど硬いというのが基本だからだ。もちろん種族特性で例外はいくらでもあるのだが、自分の無能を補うため座学に重点を置いて勉強していたハジメは、この階層の魔物なら普通のナイフや剣は通じないだろうと考えたのだ。

故に、ハジメは槍についているハンドルをぐるぐる回した。それに合わせて先端の螺旋が回転を始める。そう、これは魔物の硬い皮膚を突き破るために考えたドリルなのである。

上から体重を掛けつつ右手でハンドルを必死に回す。すると、少しずつ先端が二尾狼の皮膚にめり込み始めた。

「グルァアアー!?」

二尾狼が絶叫する。

「痛てぇか? 謝罪はしねぇぞ? 俺が生きる為だ。お前らも俺を喰うだろう? お互い様さ」

そう言いながら、さらに体重を掛けドリルを回転させる。二尾狼が必死にもがこうとしているが、周りを隙間一つなく埋められているのだから不可能だ。

そして、遂に、ズブリとドリルが二尾狼の硬い皮膚を突き破った。そして体内を容赦なく破壊していく。断末魔の絶叫を上げる二尾狼。しばらく叫んでいたが、突然、ビクッビクッと痙攣したかと思うとパタリと動かなくなった。

「よし、取り敢えず飯確保」

嬉しそうに嗤いながら、残り三頭にも止めを刺していく。そして、全ての二尾狼を殺し終えたハジメは錬成で二尾狼達の死骸を取り出し、片手に不自由しながら毛皮を剥がしていく。

そして、飢餓感に突き動かされるように喰らい始めた。

 

✲✲✲

 

数日後

 

✲✲✲

 

迷宮内に銃声が木霊する。

爪熊は最後までハジメから眼を逸らさなかった。ハジメもまた眼を逸らさなかった。

想像していたような爽快感はない。だが、虚しさもまたなかった。ただ、やるべきことをやった。生きるために、この領域で生存の権利を獲得するために。

ハジメはスッと目を閉じると、改めて己の心と向き合う。そして、この先もこうやって生きると決意する。戦いは好きじゃない。苦痛は避けたい。腹いっぱい飯を食いたい。

そして……生きたい。

理不尽を粉砕し、敵対する者には容赦なく、全ては生き残るために。

そうやって生きて……

そして……

故郷に帰りたい。

そう、心の深奥が訴える。

「そうだ……帰りたいんだ……俺は。他はどうでもいい。俺は俺のやり方で帰る。望みを叶える。邪魔するものは誰であろうと、どんな存在だろうと……」

目を開いたハジメは口元を釣り上げながら不敵に笑う。

「 殺してやる 」

 

✲✲✲

 

「───────という訳なのさ。」

俺はこの世界の真実をクー・フーリン面倒いのでセタンタに教えた。

因みにこの世界とは原作(・・)という下位世界と上位世界のことも含めている。

「おい、原作とか転生者は関係ねぇ。エヒトルジュエつう奴はどんな思考回路してやがる?」

セタンタが軽く殺気を放ちながら聞いてくる。

「分からん。出会ったことがねぇからな。だが、外道っていうのは変わらん。」

「成程な。うしっ、俺も亜神殺しに加担してやる。神の子以前に1人の英雄とし…………っ!!!血の匂い!!!」

セタンタが協力することになったが、急に匂ってきた血の匂いに反応してそちらに走り出す。

そして、それに続いて飛斗が香織をヒポグリフに乗せて向かう。それに続いて皆が走り出す。

俺は焚き火を消した後に匂いを浄化してから後を追う。匂いを嗅ぐ魔物が匂いを追って来たら面倒いのである。

走り出してから少し経って血の匂いが濃くなって来た。

先頭はヒポグリフに乗った2人である。

「もう少し早く、お願いね。」

飛斗が軽く叩き、ヒポグリフはそれに応えるかのように速度が上がる。

 

✲✲✲

 

「 殺してやる 」

そんな声が奥から聞こえてきた。飛斗は当たりをつけてそちらに向かう。

「いたっ!!」

「南雲君っ!!」

飛斗は南雲を見つけた。ただ、最後に見た南雲は茶髪で背が低かったのだが、目の前の南雲は白髪で片腕が無く、某すまないさん位の背であった。

残った腕には先程の銃撃音の出処であろう銃があり、それは真っ直ぐに飛斗の方に向いていた。

 

パァンッ!!!

 

そして発砲してきた。が、

「危ねぇ!!」

セタンタが銃弾とヒポグリフの間に入ることで難を逃れる。

「てめぇ、なんのつもりだ!?」

そのまま南雲に問い詰める。

南雲の方は銃弾が逸れたことに驚愕していたが直ぐに銃弾を発砲した。

「敵は殺すっ!!」

しかし、発砲された全ての銃弾はセタンタに当たる前にあらぬ方向に飛ぶ。

「何故だ!?何故何故何故何故何故何故だぁあぁぁぁぁ!?」

銃弾全てが逸れたことに驚愕。更に、これまでに何かあったのか錯乱し出す。

「……………矢よけの加護。俺が生まれながら持っている力だ。聞こえてねぇだろうがな。」

その間にヒポグリフから降りた香織を伴って南雲に近づいたセタンタが教える。飛斗は遠くから見守っている。

目の前まで来たら香織は錯乱する南雲に近付いて抱擁する。

「…………大丈夫、大丈夫だよ南雲君。迎えに来たよ。」

その抱擁は聖母の如き慈愛に満ちた抱擁であった。

「ぁぁぁあぁ………………し、らさき………さん……?」

「うん、うん。私だよ、南雲君。よかった、生きてて。」

南雲が正気に戻り、ゆっくりと香織の背に銃を落として手ぶらとなった残る腕をまわして抱きつき、

「う、うぅ。うわああああああああああああああああああッ!!!!!!」

崩涙する。

しばらくはその状態が続く。その間は遅れながら着いた俺やサーヴァント勢が露払いをしておく。

 

✲✲✲

 

「……すまない。迷惑かけた。」

泣き止んだ南雲は俺達に謝罪をしてくる。

「いや、いい。それよかはよここを離れるぞ。」

血の匂いが充満しているこの空間にいると匂いが付着して面倒い事になる。一応浄化したがそんなに効いてはいない。それ程血の匂いが濃いのだ。

俺達一行は南雲の命を繋いだ神結晶がある空間に来た。

「この結晶が出している水のおかげで生き延びた。だが、これだけじゃ飢餓は満たせない。生きる事だけしか考えなくなったのもそう時間がかからなかったさ。」

南雲が独白する。この数日間何をしていたのか。

それを最後まで聞いてまずセタンタが頭を下げてまで謝った。

「すまん。俺が持っも危機感を持ってれば滝に掛かったとしても離れ離れになることはなく救えたのに!」

「い、いや、いい。兎に角俺は生きて故郷に帰る。それだけだ。」

「そうか。ならば急いでここを出るか。」

一行は南雲の拠点から出てセタンタが見つけたという次の階の道の元に向かう。

 

…………………あれから数日経った。

俺達は真っ暗な階層を越えて次の層に入る。

その階層は、地面が何処もかしこもタールのように粘着く泥沼のような場所だった。足を取られるので凄まじく動きにくい。女子勢は顔をしかめながら、せり出た岩を足場にしたり魔物類の肉を食べて得た技能(・・・・・・・・・・・・・)である“空力”を使ったりしつつ探索を開始する。

南雲が周囲の鉱物を“鉱物系感知”の技能で調べながら進んでいると、途中興味深い鉱石を発見したそうだ。

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フラム鉱石

艶のある黒い鉱石。熱を加えると融解しタール状になる。融解温度は摂氏50度ほどで、タール状のときに摂氏100度で発火する。その熱は摂氏3000度に達する。燃焼時間はタール量による。

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「……うそん」

南雲が引き攣った笑みを浮かべゆっくり足を上げてみる。するとさっきから何度も踏んでいる上、階層全体に広がっているタール状の半液体がビチャビチャと音を立てて、南雲の靴から滴り落ちた。

「南雲君、どうかしたの?」

「か、火器厳禁っすか……」

『………………』

全員が無言となる。なんせここにいるサーヴァント勢や1部の者は場合にもよるが火花が散ったりする可能性が高いからだ。

南雲の話だと発火温度が百度ならそう簡単に発火するとは思わないが、仮に発火した場合、連鎖反応でこの階層全体が摂氏三千度の高熱に包まれることになる。流石に、神水をストックしていても生き残る自信はないとの事。

此処で全員が1人に向いて

『迦楼那、魔力放出禁止!!』

「…………皆まで言わずとも分かっている。」

迦楼那は了承するが、南雲の方は

「レールガンも“纏雷”も使えねぇな……」

軽く落ち込んでいた。

南雲が造ったドンナーは俺らを除いたらかなり強力な武器だ。電磁加速がなくても燃焼石による炸薬だけで十二分の威力を発揮する。

しかし、それはあくまで普通の魔物の場合だ。例えば、トラウムソルジャーくらいなら電磁加速なしでも余裕で破壊できる。ベヒモスでもそれなりのダメージを期待できるだろう。だが、この奈落の魔物は異常なのだ。上階の魔物が唯の獣に思えるレベルである。故に、果たして炸薬の力だけでこの階層の魔物を撃破できるのか……

そんな不安要素を余所に、南雲の口角がつり上がっていく。

「いいさ、どちらにしろやることは変わらない。殺して喰うだけだ」

南雲は“レールガン”と“纏雷”を封印宣言をして探索を再開する。

しばらく進むと三叉路に出た。近くの壁にチェックを入れセオリー通りに左の通路から探索しようと足を踏み出した。

その瞬間、

 

ガチンッ!

 

「ッ!?」

鋭い歯が無数に並んだ巨大な顎門を開いて、サメのような魔物がタールの中から飛び出してきた。俺の頭部を狙った顎門は歯と歯を打ち鳴らしながら閉じられる。咄嗟に身を屈めて躱してタール全てを凍らせた(・・・・・・・・・・)

「こりゃ些かオーバーキルじゃねぇか?」

「お前がな!!!」

 ツッコミを入れたのはセタンタで、あと1μm近かったらセタンタも一緒に凍っていたのだ。凍らせたのはいいがセタンタの周辺だけ極刑王(カズィクル・ベイ)の様に棘が大量に生えたのだ。サメについてはタールに潜れず凍ったタールの上を滑って何処かに消えてしまったが。

セタンタ以外は何処か感が鋭いのかそれぞれセタンタから避けていた。

「?何言ってんだ?1μmは避けてやってんだ。あんたの幸運E-だから故意的に意識しねぇと当たるんじゃねぇかってヒヤヒヤしてんだぜ?」

「あんたの故意かよ!?まさかあれか!?俺で遊んでんじゃねぇよ!!」

 

( ˙-˙)スッ

 

「いや、弄るの楽しいとか思ってねぇからな?」

「思いっきり顔逸らしてんじゃねぇよ!?」

「アッハッハッハッハッ」

俺は笑いながら先を歩く。それにいじけながらあとに続くセタンタ。

皆はそれを見て

「ランサーが死んだって言えんかった…」

とか言ってたとか言ってなかったとか。

 

そして、数日ほど経った。

タールザメの階層から更に五十階層は進んだ。俺達に時間の感覚は既にないので、どれくらいの日数が過ぎたのかはわからない。それでも、驚異的な速度で進んできたのは間違いない。

その間にも理不尽としか言いようがない面白さを発揮した魔物と何度も戦いを演じてきた。

例えば、迷宮全体が薄い毒霧で覆われた階層では、毒の痰を吐き出す二メートルのカエル(虹色だった)や、麻痺の鱗粉を撒き散らす蛾(見た目モ○ラだった)に襲われた。代赤の赤雷によって被害は一切無かったが、赤雷が無かったらただ探索しているだけで死んでいたはずだ。

虹色ガエルの毒を受ける前に女子勢が気持ち悪いという理由で殲滅したのでどんな毒かは不明。

当然、二体とも喰った。蛾を食べるのは流石に抵抗があったが、己らを強化するためだと割り切り意を決して喰った。カエルよりちょっと美味かったことに、なんとなく悔しい思いをする一行であった。

また、地下迷宮なのに密林のような階層に出たこともあった。物凄く蒸し暑く鬱蒼としていて今までで一番不快な場所だった。この階層の魔物は巨大なムカデと樹だ。

密林を歩いていると、突然、巨大なムカデが木の上から降ってきたときは、流石の俺も全身に鳥肌が立った。余りにも気持ち悪かったのである。

しかも、このムカデ、体の節ごとに分離して襲ってきたのだ。一匹いれば三十匹はいると思えという黒い台所のGのような魔物だ。

各自で対処するも、如何せん数が多かった。結局、俺が全てを凍らせたことで事なきを得たがあまり使いたくはない。なんせ、俺の心の中を見せてる様な気がするから。せめて、氷で武器を造るのならば造作もない事だ。

ちなみに、樹の魔物はRPGで言うところのトレントに酷似していた。木の根を地中に潜らせ突いてきたり、弦を鞭のようにしならせて襲ってきたり。

しかし、このトレントモドキの最大の特徴はそんな些細な攻撃ではない。この魔物、ピンチなると頭部をわっさわっさと振り赤い果物を投げつけてくるのだ。これには全く攻撃力はなく、代赤が試しに食べてみたのだが、直後、数十分以上硬直した。毒の類ではない。めちゃくちゃ美味かったそうだ。甘く瑞々しいその赤い果物は、例えるならスイカだった。リンゴではない。

この階層が不快な環境であることなど頭から吹き飛んだ。むしろ迷宮攻略すら一時的に頭から吹き飛んだ。実に、何十日ぶりかの新鮮な肉以外の食い物である。俺達の眼は完全に狩人のそれとなり、トレントモドキを狩り尽くす勢いで襲いかかった。ようやく満足して迷宮攻略を再開した時には、既にトレントモドキはほぼ全滅していた。

そんな感じで階層を突き進み、気がつけば五十層。未だ終わりが見える気配はない。

俺達は、この五十層で作った拠点にておかしな所がないかとか、戦闘を知らない南雲や香織に銃技や蹴り技その他の戦闘技術、知り得る中でだが錬成の師事をしながら少し足踏みをしていた。というのも、階下への階段は既に発見しているのだが、この五十層には明らかに異質な場所があったのだ。

それは、何とも不気味な空間だった。

脇道の突き当りにある空けた場所には高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していたのだ。

代赤曰く、その空間に足を踏み入れた瞬間全身に悪寒が走るのを感じたらしく、セイバーの感がヤバイと言っているので一旦引いたのである。もちろん装備を整えるためで避けるつもりは毛頭ない。ようやく現れた“変化”なのだ。調べないわけにはいかない。

俺は期待と面白そうな予感を両方同時に感じていた。あの扉を開けばとうとうこの世界ありふれた職業で世界最強(・・・・・・・・・・・・)の要である存在と相対することになる。

だが、しかし、同時に終わりの見えない迷宮攻略に新たな風が吹くような気もしていた。

「さながらパンドラの箱だな。……さて、どんな希望が入っているんだろうな?」

南雲が自分の今持てる武技と武器、そして技能。それらを一つ一つ確認し、コンディションを万全に整えていく。全ての準備を整えてから南雲はゆっくりドンナーを抜いた。

そして、そっと額に押し当て目を閉じる。覚悟ならとっくに決めている。しかし、重ねることは無駄ではないはずだ。南雲が己の内へと潜り願いを口に出して宣誓する。

「俺は、俺達は、生き延びて故郷に帰る。日本に、家に……帰る。邪魔するものは敵。敵は……殺す!」

目を開けた南雲の口元には何時も通りニヤリと不敵な笑みが浮かんでいた。それを見ていた香織は少し複雑な心境なのか顔が少し歪んでいた。

扉の部屋にやってきた一行は油断なく歩みを進める。特に何事もなく扉の前にまでやって来た。近くで見れば益々、見事な装飾が施されているとわかる。そして、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれているのがわかった。

「? わかんねぇな。結構勉強したつもりだが……こんな式見たことねぇぞ」

南雲は無能と呼ばれていた頃、自らの能力の低さを補うために座学に力を入れていた。もちろん、全ての学習を終えたわけではないが、それでも、魔法陣の式を全く読み取れないというのは些かおかしい。

「相当、古いってことか?」

南雲が推測しながら扉を調べるが特に何かがわかるということもなかった。如何にも曰くありげなので、トラップを警戒して調べてみたのだが、どうやら今の南雲程度の知識では解読できるものではなさそうだ。

「仕方ない、何時も通り錬成で行くか」

一応、扉に手をかけて押したり引いたりしたがビクともしない。なので、何時もの如く錬成で強制的に道を作る。南雲が右手を扉に触れさせ錬成を開始した。

しかし、その途端、

 

バチィイ!

 

「うわっ!?」

扉から赤い放電が走り南雲の手を弾き飛ばした。南雲の手からは煙が吹き上がっている。悪態を吐きながら神水を飲み回復する南雲。直後に異変が起きた。

 

オォォオオオオオオ!!

 

突然、野太い雄叫びが部屋全体に響き渡ったのだ。

 

南雲はバックステップで扉から距離をとり、腰を落として手をホルスターのすぐ横に触れさせ何時でも抜き撃ち出来るようにスタンバイする。俺はイルカルラの弓を構え、それ以外はそれぞれの武器を用意する。

雄叫びが響く中、遂に声の正体が動き出した。

「まぁ、ベタと言えばベタだな」

苦笑いしながら呟く俺の前で、扉の両側に彫られていた二体の一つ目巨人が周囲の壁をバラバラと砕きつつ現れた。いつの間にか壁と同化していた灰色の肌は暗緑色に変色している。

一つ目巨人の容貌はまるっきりファンタジー常連のサイクロプスだ。手にはどこから出したのか四メートルはありそうな大剣を持っている。未だ埋まっている半身を強引に抜き出し無粋な侵入者を排除しようと俺の方に視線を向けた。

その瞬間、

 

チュインッ!!!

 

その一撃で両方のサイクロプスを穿つ。

サイクロプスの残った巨体が倒れた衝撃が部屋全体を揺るがし、埃がもうもうと舞う。

「悪いが、空気を読んで待っていてやれるほど出来た敵役じゃあないんだ」

いろんな意味で酷い攻撃だった。

南雲は素顔不詳であまり信用していない泉奈の戦闘スペックを見て唖然とした。

(はっ?何それ?え、それって槍じゃなかったっけ?イシュタルは槍って言ってたのに何故に矢を放ってるん?ってか矢が見えなかったし何本射たんだよ!?)

と心の中では色々とツッコミたがっていた。

 

閑話休題

 

おそらく、この扉を守るガーディアンとして封印か何かされていたのだろう。こんな奈落の底の更に底のような場所に訪れる者など皆無と言っていいはずだ。

ようやく来た役目を果たすとき。もしかしたら彼ら(?)の胸中は歓喜で満たされていたのかもしれない。万を辞しての登場だったのに相手を見るまでもなく大事な一つ目ごと頭を吹き飛ばされる。これを哀れと言わずして何と言うのか。

「まぁ、いいか。肉は後で取るとして……」

俺達は、チラリと扉を見て少し思案する。

そして何を思ったのか、南雲が“風爪”でサイクロプスを切り裂き体内から魔石を取り出した。血濡れを気にするでもなく二つの拳大の魔石を扉まで持って行き、それを窪みに合わせてみる。

ピッタリとはまり込んだ。直後、魔石から赤黒い魔力光が迸り魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。

次は栄光が先頭となり警戒しながら、そっと扉を開いた。

扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。南雲の“夜目”と手前の部屋の明りに照らされて少しずつ全容がわかってくる。

中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

その立方体を注視していた南雲は、何か光るものが立方体の前面の中央辺りから生えているのに気がついた。

近くで確認したいのか扉を抑えていた金糸雀が大きく開け固定しようとする。いざと言う時、ホラー映画のように、入った途端バタンと閉められたら困るからだ。

しかし、金糸雀が扉を開けっ放しで固定する前に、それは動いた。

「……だれ?」

掠れた、弱々しい女の子の声だ。ビクリッとして俺達は慌てて部屋の中央を凝視する。すると、先程の“生えている何か”がユラユラと動き出した。差し込んだ光がその正体を暴く。

「人……なのかい?」

“生えていた何か”は人だった。

上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が某ホラー映画の女幽霊のように垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗いている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれているし垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。

流石に予想外だった俺達は硬直し、紅の瞳の女の子も1人1人をジッと見つめていた。やがて、南雲が代表してゆっくり深呼吸し決然とした表情で告げた。

「すみません。間違えました」

 




奈落の約50階層にて発見した謎の部屋。
そこを守護する魔物を倒して中に入る。
その部屋で見つけたのはキューブ状の何かに囚われていた謎の少女であった。

次回、吸血鬼とオスカー・オルクス

「………………はぁ。」
「ん?どーしたの栄光?元気ないけど?」
「………あぁ、イリヤですか。実は私にとって因縁深い奴と相対する事になったのですよ。」
「……………ふぅーん。それじゃ、その因縁を祓ったらいいじゃん」
「…………………まぁそうなんですけどね。」
「あ、時間だ。次回もまた宜しくね!」

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