氷創の英雄 ~転生したけど、特典の組み合わせで不老不死になった!~   作:星の空

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第15話 謎の少女とオスカー・オルクス

「すみません、間違えました」

そう南雲が代表して言って全員出てからそっと扉を閉めようとする金糸雀。それを金髪紅眼の女の子が慌てたように引き止める。もっとも、その声はもう何年も出していなかったように掠れて呟きのようだったが……

ただ、必死さは伝わった。

「ま、待って! ……お願い! ……助けて……」

「嫌です」

そう言って、やはり扉を閉めようとする金糸雀。鬼である。

「ど、どうして……何でもする……だから……」

女の子は必死だ。首から上しか動かないが、それでも必死に顔を上げ懇願する。

そこで、代赤が鬱陶しそうに言い返した。

「あのなぁ、こんな奈落の底の更に底で、明らかに封印されているような奴を解放するわけねぇだろ?絶対ヤベェって。見たところ封印以外何もないみたいだし……脱出には役立ちそうもねぇ。っつう訳で……」

全くもって正論だった。

だがしかし、普通、囚われた女の子の助けを求める声をここまで躊躇いなく切り捨てられる人間はそうはいないだろう。

まぁ、豪快不遜故に叛逆の騎士はズケズケと言えるのだろう。

すげなく断られた女の子だが、もう泣きそうな表情で必死に声を張り上げる。

「ちがう! ケホッ……私、悪くない! ……待って! 私……」

知らんとばかりに扉を閉めていき、もうわずかで完全に閉じるという時、南雲が歯噛みをした。もう少し早く閉めてくれていれば聞かずに済んだのにと。

「裏切られただけ!」

もう僅かしか開いていない扉。

しかし、女の子の叫びに、閉じられていく扉は止まった。ほんの僅かな光だけが細く暗い部屋に差し込む。十秒、二十秒と過ぎ、やがて扉は再び開いた。そこには、苦虫を百匹くらい噛み潰した表情をした南雲と心配顔な香織が立っていた。

因みに俺らは外に出て割とのんびりしている。まぁ、囚われている少女のことを知っているからだ。

南雲としては、何を言われようが助けるつもりなどなかった。こんな場所に封印されている以上相応の理由があるに決まっているのだ。それが危険な理由でない証拠がどこにあるというのか。邪悪な存在が騙そうとしているだけという可能性の方がむしろ高い。見捨てて然るべきだ。

(何やってんだかな、俺は)

内心溜息を吐くハジメ。

南雲に最終決定権を委ねている香織からしてみれば内心嬉しそうである。

“裏切られた”――その言葉に心揺さぶられてしまうとは。もう既に、檜山が放ったあの魔弾のことはどうでもいいはずだろうと思ってた。“生きる”という、この領域においては著しく困難な願いを叶えるには、恨みなど余計な雑念に過ぎないはずだった。

それでも、こうまで心揺さぶられたのは、やはり何処かで割り切れていない部分があったのかもしれない。そして、もしかしたら同じ境遇の女の子に、同情してしまう程度には前の南雲には良心が残っていたのかもしれない。

南雲が頭をカリカリと掻きながら、女の子に歩み寄る。もちろん油断はしない。

「裏切られたと言ったな? だがそれは、お前が封印された理由になっていない。その話が本当だとして、裏切った奴はどうしてお前をここに封印したんだ?」

南雲が戻って来たことに半ば呆然としている女の子。

ジッと、豊かだが薄汚れた金髪の間から除く紅眼で南雲を見つめる。何も答えない女の子に南雲がイラつき「おい。聞いてるのか? 話さないなら帰るぞ」と言って踵を返しそうになる。それに、ハッと我を取り戻し、女の子は慌てて封印された理由を語り始めた。

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

枯れた喉で必死にポツリポツリと語る女の子。話を聞きながら俺達は呻いた。なんとまぁ波乱万丈な境遇か。しかし、ところどころ気になるワードがあるので、湧き上がる何とも言えない複雑な気持ちを抑えながら、これまた南雲が代表して尋ねた。

「お前、どっかの国の王族だったのか?」

「……(コクコク)」

「殺せないってなんだ?」

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

「……そ、そいつは凄まじいな。……すごい力ってそれか?」

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

ハジメは「なるほどな~」と一人納得した。

自分達も魔物を喰ってから、魔力操作が使えるようになった。身体強化に関しては詠唱も魔法陣も必要ない。他の錬成などに関しても詠唱は不要だ。

ただ、南雲の場合、魔術適性がゼロなので魔力を直接操れても巨大な魔法陣は当然必要となり、碌に魔術が使えないことに変わりはない。

だが、この女の子のように魔術適性があれば反則的な力を発揮できるのだろう。何せ、周りがチンタラと詠唱やら魔法陣やら準備している間にバカスカ魔術を撃てるのだから、正直、勝負にならない。しかも、不死身。おそらく絶対的なものではないとだろうが、それでも勇者すら凌駕しそうなチートである。

それを聞いたサーヴァント勢が俺の方を見る。

「……………大方、真祖か神祖或いはガチでエヒトルジュエの依り代かもしれねぇ。」

とだけ答えておく。

「……たすけて……」

南雲が一人で思索に耽り一人で納得しているのをジッと眺めながら、ポツリと女の子が懇願する。

「……」

南雲はジッと女の子を見た。女の子もジッと南雲を見つめる。どれくらい見つめ合っていたのか……

「…………コホンッ、何をじっと見つめあってるのかな?」

「ッ!!?……………はぁ。」

香織の小言に一瞬ビクついた南雲がガリガリと頭を掻き溜息を吐きながら、女の子を捕える立方体に手を置いた。

「あっ」

女の子がその意味に気がついたのか大きく目を見開く。南雲はそれを無視して錬成を始めた。

南雲の魔物を喰ってから変質した赤黒い、いや濃い紅色の魔力が放電するように迸る。

しかし、イメージ通り変形するはずの立方体は、まるで南雲の魔力に抵抗するように錬成を弾いた。迷宮の上下の岩盤のようだ。だが、全く通じないわけではないらしい。少しずつ少しずつ侵食するように南雲の魔力が立方体に迫っていく。

俺らは手伝わない。面倒いというのもあるが、乱雑な面が大きすぎて少女を傷つける可能性が高いからだ。

南雲はそれを知ってか知らずか分からないが協力を求めずに1人でこなそうとする。

「ぐっ、抵抗が強い! ……だが、今の俺なら!」

南雲は更に魔力をつぎ込む。詠唱していたのなら六節は唱える必要がある魔力量だ。そこまでやってようやく魔力が立方体に浸透し始める。既に、周りは南雲の魔力光により濃い紅色に煌々と輝き、部屋全体が染められているようだった。

南雲は更に魔力を上乗せする。七節分……八節分……。女の子を封じる周りの石が徐々に震え出す。

「まだまだぁ!」

南雲が気合を入れながら魔力を九節分つぎ込む。属性魔法なら既に上位呪文級、いや、それではお釣りが来るかもしれない魔力量だ。どんどん輝きを増す紅い光に、女の子は目を見開き、この光景を一瞬も見逃さないとでも言うようにジッと見つめ続けた。

南雲は初めて使う大規模な魔力に脂汗を流し始めた。少しでも制御を誤れば暴走してしまいそうだ。だが、これだけやっても未だ立方体は変形しない。南雲はもうヤケクソ気味に魔力を全放出してやった。

なぜ、この初対面の少女のためにここまでしているのか南雲自身もよくわかっていない。

だが、とにかく放っておけないのだから仕方ない。邪魔するものは皆排除し、徹頭徹尾自分の目的のために生きると決めたはずなのだが……南雲はもう一度、内心で「何やってんだか」と自分に呆れつつ、何事にも例外は付きものと割り切って、「やりたいようにやる!」と開き直った。

今や、南雲自身が紅い輝きを放っていた。正真正銘、全力全開の魔力放出。持てる全ての魔力を注ぎ込み意地の錬成を成し遂げる!

直後、女の子の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。

それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しかった。そのまま、体の全てが解き放たれ、女の子は地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。

南雲も座り込んだ。肩でゼハーゼハーと息をし、すっからかんになった魔力のせいで激しい倦怠感に襲われる。

荒い息を吐き震える手で神水を出そうとして、その手を女の子がギュッと握った。弱々しい、力のない手だ。小さくて、ふるふると震えている。南雲が横目に様子を見ると女の子が真っ直ぐに南雲を見つめている。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。

そして、震える声で小さく、しかしはっきりと女の子は告げる。

「……ありがとう」

その言葉を贈られた時の心情をどう答えたらいいのか分からなかった南雲。

「そこは素直にどういたしましてだよハジメ君。」

そこに香織から助けが入る。ちゃっかりと南雲を下の名呼んでいる。

繋がった手はギュッと握られたままだ。

一体どれだけの間、ここにいたのだろうか。

少なくともハジメの知識にある吸血鬼族は数百年前に滅んだはずだ。この世界の歴史を学んでいる時にそう記載されていたと記憶している。

話している間も彼女の表情は動かなかった。それはつまり、声の出し方、表情の出し方を忘れるほど長い間、たった一人、この暗闇で孤独な時間を過ごしたということだ。

しかも、話しぶりからして信頼していた相手に裏切られて。よく発狂しなかったものである。もしかすると先ほど言っていた自動再生的な力のせいかもしれない。だとすれば、それは逆に拷問だっただろう。狂うことすら許されなかったということなのだから。

「神水を飲めるのはもう少し後だな」と苦笑いしながら、気怠い腕に力を入れて握り返す。女の子はそれにピクンと反応すると、再びギュギュと握り返してきた。

「……名前、なに?」

女の子が囁くような声で南雲に尋ねる。そういえばお互い名乗っていなかったと苦笑いを深めながら南雲は答え、女の子にも聞き返した。

「ハジメだ。南雲ハジメ。お前は?」

「私は香織。白崎香織。」

女の子は「ハジメ、カオリ」と、さも大事なものを内に刻み込むように繰り返し呟いた。そして、問われた名前を答えようとして、思い直したように南雲と香織にお願いをした。

「……名前、付けて」

「は? 付けるってなんだ。まさか忘れたとか?」

長い間幽閉されていたのならあり得ると聞いてみる南雲だったが、女の子はふるふると首を振る。

「もう、前の名前はいらない。……ハジメ達の付けた名前がいい」

「……はぁ、そうは言ってもなぁ」

「うぅん…………」

おそらく、南雲が、変心した南雲になったのと同じような理由だろう。前の自分を捨てて新しい自分と価値観で生きる。南雲は痛みと恐怖、飢餓感の中で半ば強制的に変わったが、この女の子は自分の意志で変わりたいらしい。その一歩が新しい名前なのだろう。

女の子は期待するような目で南雲と香織を見ており、南雲はカリカリと頬をかき、考える。

そして、香織がいち早く思いついたのか言う。

「“ユエ”ちゃん。なんてどう? ユエって言うのはね、私達の故郷で月を表すの。ユエちゃんを最初に見たとき貴方の髪と瞳の色から夜に浮かぶ月を幻想したんだ。」

「ユエ? ……ユエ……ユエ……」

相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

「うん、取り敢えずは手を離して着替えない?」

「?」

礼を言う女の子改めユエの握っていた南雲は咄嗟に手を解き、香織と立ち位置を交代をする。香織は自分の服を幾つか取り出す。

「ね、ユエちゃん。。何時までも裸だと色々と危ないから私ので悪いけど着ようね。」

「……」

そう言われて差し出された服を反射的に受け取りながら自分を見下ろすユエ。確かに、すっぽんぽんだった。大事な所とか丸見えである。ユエは一瞬で真っ赤になる香織に渡された服をギュッと抱き寄せ上目遣いでポツリと呟いた。

「ハジメのエッチ」

「……」

何を言っても墓穴を掘りそうなのでノーコメントで通す南雲。ユエはいそいそと香織の服を着る。ユエの身長は百四十センチ位しかないのでぶかぶかだ。一生懸命裾を折っている姿が微笑ましい。

南雲は、その間に神水を飲んで回復する。活力が戻り、脳が回転を始める。そして“気配感知”を使い……凍りついた。とんでもない魔物の気配が直ぐ傍に存在することに気がついたのだ。

場所はちょうど……真上!

南雲がその存在に気がついたのと、ソレが天井より降ってきたのはほぼ同時だった。

咄嗟に、南雲はユエと香織に飛びつきギリギリ2人を片腕で抱き上げると全力で“縮地”をする。一瞬で、移動した南雲が振り返ると、直前までいた場所にズドンッと地響きを立てながらソレが姿を現した。

その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。一番分かりやすい喩えをするならサソリだろう。二本の尻尾は毒持ちと考えた方が賢明だ。明らかに今までの魔物とは一線を画した強者の気配……俺らには(笑)が付くが…………を感じる。自然と南雲の額に汗が流れた。

部屋に入った直後は全開だった“気配感知”では何の反応も捉えられなかった。だが、今は“気配感知”でしっかり捉えている。

ということは、少なくともこのサソリモドキは、ユエの封印を解いた後に出てきたということだ。つまり、ユエを逃がさないための最後の仕掛けなのだろう。それは取りも直さず、ユエを置いていけば俺達だけなら逃げられる可能性があるということだ。

腕の中のユエをチラリと見る。彼女は、サソリモドキになど目もくれず一心に南雲を見ていた。凪いだ水面のように静かな、覚悟を決めた瞳。その瞳が何よりも雄弁に彼女の意思を伝えていた。ユエは自分の運命を南雲に委ねたのだ。

その瞳を見た瞬間、南雲の口角が釣り上がり、何時もの不敵な笑みが浮かぶ。

南雲にとっては香織以外の他人はどうでもいい存在だが、ユエにはシンパシーを感じてしまったようだ。崩壊して多くを失ったはずの心に光を宿されてしまった。そして、ひどい裏切りを受けたこの少女が、今一度、その身を託すというのだ。これに答えられなければ男が廃る。

「上等だ。……殺れるもんならやってみろ」

南雲はユエを香織に預け一瞬でポーチから神水を取り出すと抱き直したユエの口に突っ込んだ。

「うむっ!?」

試験管型の容器から神水がユエの体内に流れ込む。ユエは異物を口に突っ込まれて涙目になっているが、衰え切った体に活力が戻ってくる感覚に驚いたように目を見開いた。

南雲はそのままサソリもどきに向き、香織は理解してユエを抱っこして移動する。衰弱しきった今の彼女は足でまといだが、置いていけば先に始末されかねない。流石に守りながらサソリモドキと戦うのは勘弁だ。ならば一緒にいる香織に預けて先に逃がしたらいいではないか。

「ユエを頼むぞ!香織(・・)!」

「っ!!うん!!」

全開には程遠いが、手足に力が戻ってきた香織に抱きかかえられたユエはギュっと香織の肩にしがみついて南雲を見る

ギチギチと音を立てながらにじり寄ってくるサソリモドキ。ハジメは背後にユエと香織を感じつつ、不敵な笑みを浮かべながら宣言した。

「邪魔するってんなら……殺して喰ってやる」

完全に俺達のことを忘れているな彼奴。

あ、鈴は香織の援護のために其方に向かった。

サソリモドキの初手は尻尾の針から噴射された紫色の液体だった。かなりの速度で飛来したそれを、南雲はすかさず飛び退いてかわす。着弾した紫の液体はジュワーという音を立てて瞬く間に床を溶かしていった。溶解液のようだ。

南雲はそれを横目に確認しつつ、ドンナーを抜き様に発砲する。

 

ドパンッ!

 

最大威力だろう攻撃であった。秒速三・九キロメートルの弾丸がサソリモドキの頭部に炸裂する。

南雲の背中を見ているユエの驚愕がこっちにも伝わって来た。見たこともない武器で、閃光のような攻撃を放ったのだ。それも魔術の気配もなく。若干、右手に電撃を帯びたようだが、それも魔法陣や詠唱を使用していない。つまり、南雲が自分と同じく、魔力を直接操作する術を持っているということに、ユエは気がついたのである。

自分と“同じ”、そして、何故かこの奈落にいる。ユエはそんな場合ではないとわかっていながらサソリモドキよりも南雲を意識せずにはいられなかった。

一方、南雲は足を止めることなく“空力”を使い跳躍を繰り返した。その表情は今までになく険しい。南雲には、“気配感知”と“魔力感知”でサソリモドキが微動だにしていないことがわかっていたからだ。

それを証明するようにサソリモドキのもう一本の尻尾の針が南雲に照準を合わせた。そして、尻尾の先端が一瞬肥大化したかと思うと凄まじい速度で針が撃ち出された。避けようとする南雲だが、針が途中で破裂し散弾のように広範囲を襲う。

「ぐっ!」

南雲は苦しげに唸りながら、ドンナーで撃ち落とし、“豪脚”で払い、“風爪”で叩き切る。何とか凌ぎ、お返しとばかりにドンナーを発砲。直後、空中にドンナーを投げ、その間にポーチから取り出した手榴弾を投げつける。

サソリモドキはドンナーの一撃を再び耐えきり、更に散弾針と溶解液を放とうとした。しかし、その前にコロコロと転がってきた直径八センチ程の手榴弾がカッと爆ぜる。その手榴弾は爆発と同時に中から燃える黒い泥を撒き散らしサソリモドキへと付着した。

いわゆる“焼夷手榴弾”というやつだ。タールの階層で手に入れたフラム鉱石を利用したもので、摂氏三千度の付着する炎を撒き散らす。

流石に、これは効いているようでサソリモドキが攻撃を中断して、付着した炎を引き剥がそうと大暴れした。その隙に、南雲は地面に着地し、既にキャッチしていたドンナーを素早くリロードする。

それが終わる頃には、 “焼夷手榴弾”はタールが燃え尽きたのかほとんど鎮火してしまっていた。しかし、あちこちから煙を吹き上げているサソリモドキにもダメージはあったようで強烈な怒りが伝わってくる。

「キシャァァァァア!!!」

絶叫を上げながらサソリモドキはその八本の足を猛然と動かし、南雲に向かって突進した。四本の大バサミがいきなり伸長し大砲のように風を唸らせながら南雲に迫る。

一本目を“縮地”でかわし、二本目を“空力”で跳躍してかわす。三本目を“豪脚”で蹴り流して体勢を崩している南雲を、四本目のハサミが襲う。

が、南雲は、咄嗟にドンナーを撃ち、その激発の衝撃を利用して自らを吹き飛ばしつつ身を捻ることで何とか回避に成功した。

南雲は、そのまま空中を跳躍し、サソリモドキの背中部分に降り立った。そして、暴れるサソリモドキの上で何とかバランスを取りながら、ゴツッと外殻に銃口を押し付けるとゼロ距離でドンナーを撃ち放った。

 

ズガンッ!!

 

凄まじい炸裂音が響き、サソリモドキの胴体が衝撃で地面に叩きつけられる。

しかし、直撃を受けた外殻は僅かに傷が付いたくらいでダメージらしいダメージは与えられていない。その事実に歯噛みしながら、南雲はドンナーを振りかぶり“風爪”を発動するが、ガキッという金属同士がぶつかるような音を響かせただけで、やはり外殻を突破することは敵わなかった。

サソリモドキが「いい加減にしろ!」とでも言うように散弾針を自分の背中目掛けて放った。

南雲は、即行でその場を飛び退き空中で身を捻ると、散弾針の付け根目掛けて発砲する。超速の弾丸が狙い違わず尻尾の先端側の付け根部分に当たり尻尾を大きく弾き飛ばすが……尻尾まで硬い外殻に覆われているようでダメージがない。完全に攻撃力不足だ。

空中の南雲を、再度、四本の大バサミが嵐の如く次々と襲う。南雲は苦し紛れに“焼夷手榴弾”をサソリモドキの背中に投げ込み大きく後方に跳躍した。爆発四散したタールが再びサソリモドキを襲うが時間稼ぎにしかならないだろう。

どうすべきかと、南雲が思考を一瞬サソリモドキから逸した直後、今までにないサソリモドキの絶叫が響き渡った。

「キィィィィィイイ!!」

その叫びを聞いて、全身を悪寒が駆け巡り、咄嗟に“縮地”で距離をとろうとする南雲だったが……既に遅かった。

絶叫が空間に響き渡ると同時に、突如、周囲の地面が波打ち、轟音を響かせながら円錐状の刺が無数に突き出してきたのだ。

「ちくしょうっ!!」

これには完全に意表を突かれた。

南雲は必死に空中に逃れようとするが、背後から迫る円錐の刺に気がつき、躱すのに身を捻ったため体勢が崩れる。ドンナーと“豪脚”で何とかいなすが、そんな南雲に、サソリモドキの散弾針と溶解液の尻尾がピタリと照準されているのが視界の端に見えた。

顔が引き攣る南雲。

しかし、地面から氷柱が生えたことで盾ができる。

「はぁ、だいぶマシになったがまだまだ経験不足だな?」

その言葉を聞いた南雲は今更ながらに泉奈達がいることを思い出した。

「ってさっきから見てたんなら手をかせやっ!?」

「あんた、銃弾を弾くのはどんなもんか考えたらいいだろうが。あんたのそれを弾いた時点であのサソリもどきの皮膚が鉱石だって気づけよ。後、自分が忘れてたのに何言ってんだよ。」

「っ!!!それは盲点だった!!!」

南雲が俺の言葉で何かに気づき、サソリもどきを鉱物鑑定をする。

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シュタル鉱石

魔力との親和性が高く、魔力を込めた分だけ硬度を増す特殊な鉱石

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結果は当たる。

サソリもどき自身の魔力によって超硬化しているのだ。そこで、南雲は高速で動いてサソリもどきを撹乱し再び背中に乗って、

「錬成っ!!!」

たったそれだけであっさりと皮膚を越えて中のサソリもどき自身の身体が見えた。

「………これでも喰らえ!!」

最後にドンナーによる射撃で止めを刺す。

「……………こんなんならもっと早く気づけりゃ良かった。」

 

✲✲✲

 

南雲がサソリもどきを倒してから、ユエの話を聞くこととなりあの封印部屋前にてサソリもどきの肉を食べながら聞いていた。

「そうすると、ユエって少なくとも三百歳以上なわけか?」

「……マナー違反」

女子勢が非難を込めたジト目で南雲を見る。女性に年齢の話はどの世界でもタブーらしい。

南雲の記憶では三百年前の大規模な戦争のおり吸血鬼族は滅んだとされていたはずだ。実際、ユエも長年、物音一つしない暗闇に居たため時間の感覚はほとんどないそうだが、それくらい経っていてもおかしくないと思える程には長い間封印されていたという。二十歳の時、封印されたというから三百歳ちょいということだ。

「吸血鬼って、皆そんなに長生きするのか?」

「……私が特別。“再生”で歳もとらない……」

聞けば十二歳の時、魔力の直接操作や“自動再生”の固有魔法に目覚めてから歳をとっていないらしい。普通の吸血鬼族も血を吸うことで他の種族より長く生きるらしいが、それでも二百年くらいが限度なのだそうだ。

ちなみに、人間族の平均寿命は七十歳、魔人族は百二十歳、亜人族は種族によるらしい。エルフの中には何百年も生きている者がいるとか。

ユエは先祖返りで力に目覚めてから僅か数年で当時最強の一角に数えられていたそうで、十七歳の時に吸血鬼族の王位に就いたという。

ほぼ不死身の肉体。行き着く先は“神”か“化け物”か、ということだろう。ユエは後者だったということだ。

欲に目が眩んだ叔父が、ユエを化け物として周囲に浸透させ、大義名分のもと殺そうとしたが“自動再生”により殺しきれず、やむを得ずあの地下に封印したのだという。ユエ自身、当時は突然の裏切りにショックを受けて、碌に反撃もせず混乱したまま何らかの封印術を掛けられ、気がつけば、あの封印部屋にいたらしい。

その為、あのサソリモドキや封印の方法、どうやって奈落に連れられたのか分からないそうだ。もしかしたら帰る方法が! と期待した南雲はガックリと項垂れた。

「ん?依り代から逃す為じゃなかったのか?」

「?…………どういう事?」

「いや何、吸血鬼や妖狐は神と関わり合いが強く、職種によるが神が依り代として乗っ取ることがあるんだが、あんたの叔父はあんたの職種を知ってか、あんたが乗っ取られないように封印したっていう場合もあるぞ?

序に言えば、俺らが南雲について来たのは目的があるからだ。地球にいた頃に神っつう概念体から神託?が降りてきてな。ある吸血鬼が依り代を封じることで阻止した事だがある世界の神が己が世界をゲーム板に見立てて遊んだ挙句、その世界を下界の依り代を乗っ取って滅ぼそうとしてるからその神を殲滅してくれってさ。あ、その吸血鬼は神の眷属神が乗っ取って魔王と名乗ってるらしい。」

『………………ってその概念体、バリバリユエのことを言ってるような気がするんだが!?!?』

概念体を知らない者達から一斉にツッコミが入る。

「あぁ、この話が本当なら魔王城にはユエの叔父が、それを乗っ取った眷属神がいる筈だ。」

 

✲✲✲

 

ユエは先の話を否定出来ず、尚且つ裏切られてはなかったのでは無いか?という可能性が少しでも出てきたために希望を持った。

そして、ユエの力についても話を聞いた。それによると、ユエは全属性に適性があるらしい。本当に「何だ、そのチートは……」と呆れる南雲だったが、ユエ曰く、接近戦は苦手らしく、一人だと身体強化で逃げ回りながら魔術を連射するくらいが関の山なのだそうだ。もっとも、その魔術が強力無比なのだから大したハンデになっていないのだが。

ちなみに、無詠唱で魔術を発動できるそうだが、癖で魔術名だけは呟いてしまうらしい。魔術を補完するイメージを明確にするために何らかの言動を加える者は少なくないので、この辺はユエも例に漏れないようだ。

“自動再生”については、一種の固有魔術に分類できるらしく、魔力が残存している間は、一瞬で塵にでもされない限り死なないそうだ。逆に言えば、魔力が枯渇した状態で受けた傷は治らないということ。つまり、あの時、長年の封印で魔力が枯渇していたユエは、サソリモドキの攻撃を受けていればあっさり死んでいたということだ。

「それで……肝心の話だが、ユエはここがどの辺りか分かるか? 他に地上への脱出の道とか」

「……わからない。でも……」

ユエにもここが迷宮のどの辺なのかはわからないらしい。申し訳なさそうにしながら、何か知っていることがあるのか話を続ける。

「……この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」

「反逆者?」

聞き慣れない上に、何とも不穏な響きに思わず錬成作業を中断してユエに視線を転じるハジメ。

南雲を手伝っていた香織もユエに目を向ける。

南雲の作業をジッと見ていたユエも合わせて視線を上げると、コクリと頷き続きを話し出した。

「反逆者……神代に神に挑んだ神の眷属のこと。……世界を滅ぼそうとしたと伝わってる。………まぁ、イズナの話でそれが逆だった可能性があるけど。」

ユエは言葉の少ない無表情娘なので、説明には時間がかかる。南雲としては、まだまだ消耗品の補充に時間がかかるし、サソリモドキとの戦いで攻撃力不足を痛感したことから新兵器の開発に乗り出しているため、作業しながらじっくり聞く構えだ。

ユエ曰く、神代に、神に反逆し世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属がいたそうだ。しかし、その目論見は破られ、彼等は世界の果てに逃走した。その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。この【オルクス大迷宮】もその一つで、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。

「……そこなら、地上への道があるかも……」

「なるほど。奈落の底からえっちらおっちら迷宮を上がってくるとは思えない。神代の魔法使いなら転移系の魔法で地上とのルートを作っていてもおかしくないってことか」

見えてきた可能性に、頬が緩む南雲。再び、視線を手元に戻し作業に戻る。ユエの視線も南雲の手元に戻る。ジーと見ている。

「……そんなに面白いか?」

口には出さずコクコクと頷くユエ。だぶだぶの香織の服を着て、袖先からちょこんと小さな指を覗かせ膝を抱える姿は何とも愛嬌があり、その途轍もなく整った容姿も相まって思わず抱き締めたくなる可愛らしさだ。

(だが、三百歳。流石異世界だぜ。ロリババアが実在するとは……)

変心してもオタク知識は健在の南雲。思わずそんなことを思い浮かべてしまい、ユエがすかさず反応する。

「……ハジメ、変なこと考えた?」

「いや、何も?」

とぼけて返す南雲だが、ユエの、というより女の勘の鋭さに内心冷や汗をかく。無論、何を考えたか分かった女子勢が白い目を向ける。

黙々と作業することで誤魔化していると、ユエも気が逸れたのか今度は南雲に質問し出した。

「……ハジメ達、どうしてここにいる?」

当然の疑問だろう。ここは奈落の底。正真正銘の魔境だ。魔物以外の生き物がいていい場所ではない。

ユエには他にも沢山聞きたいことがあった。なぜ、魔力を直接操れるのか。なぜ、固有魔術らしき魔術を複数扱えるのか。なぜ、魔物の肉を食って平気なのか。左腕はどうしたのか。そもそもハジメは人間なのか。ハジメが使っている武器は一体なんなのか。

ポツリポツリと、しかし途切れることなく続く質問に律儀に答えていく南雲。たまに香織が補足を入れる。

南雲自身も会話というものに飢えていたのかもしれない。面倒そうな素振りも見せず話に付き合っている。南雲が何だかんだで香織は勿論、ユエにも甘いというのもあるだろう。

俺達が、仲間と共にこの世界に召喚されたことから始まり、南雲が無能と呼ばれていたこと、ベヒモスとの戦いで檜山という馬鹿に裏切られ奈落に落ちたこと、魔物を喰って変化したこと、爪熊との戦いと願い、ポーション(南雲命名の神水)のこと、故郷の兵器にヒントを得て現代兵器モドキの開発を思いついたことをツラツラと話していると、いつの間にかユエの方からグスッと鼻を啜るような音が聞こえ出した。

「何だ?」と再び視線を上げてユエを見ると、ハラハラと涙をこぼしている。香織が慌てて抱きしめて頭を撫でながら流れ落ちるユエの涙を拭きながら尋ねた。

「いきなりどうしたの?」

「……ぐす……ハジメ……つらい……私もつらい……」

どうやら、南雲のために泣いているらしい。南雲は少し驚くと、表情を苦笑いに変えて自分もユエの頭を撫でる。

「気にするなよ。もうクラスメイトの事は割りかしどうでもいいんだ。そんな些事にこだわっても仕方無いしな。ここから出て復讐しに行って、それでどうすんだって話だよ。そんなことより、生き残る術を磨くこと、故郷に帰る方法を探すこと、それに全力を注がねぇとな」

スンスンと鼻を鳴らしながら、撫でられるのが気持ちいいのか猫のように目を細めていたユエが、故郷に帰るという南雲の言葉にピクリと反応する。

「……帰るの?」

「うん? 元の世界にか? そりゃあ帰るさ。帰りたいよ。……色々変わっちまったけど……故郷に……家に帰りたい……」

「……そう」

ユエは沈んだ表情で顔を俯かせる。そして、ポツリと呟いた。

「……私にはもう、帰る場所……ない……」

「……」

そんなユエの様子に彼女の頭を撫でていた手を引っ込めると、南雲は、カリカリと自分の頭を掻いた。

別に、南雲は鈍感というわけではない。なので、ユエが自分に新たな居場所を見ているということも薄々察していた。新しい名前を求めたのもそういうことだろう。だからこそ、南雲が元の世界に戻るということは、再び居場所を失うということだとユエは悲しんでいるのだろう。

南雲は、内心「“徹頭徹尾自分の望みのために”と決意したはずなのに、どうにも甘いなぁ」と自分に呆れつつ、再度、ユエの頭を撫でた。

「あ~、何ならユエも来るか?」

「え?」

「ハジメ君っ!?」

南雲の言葉に驚愕をあらわにして目を見開くユエと香織。ユエに涙で潤んだ紅い瞳にマジマジと見つめられ、何となく落ち着かない気持ちになったハジメは、若干、早口になりながら告げる。

「いや、だからさ、俺達の故郷にだよ。まぁ、普通の人間しかいない世界だし、戸籍やらなんやら人外には色々窮屈な世界かもしれないけど……今や俺も似たようなもんだしな。どうとでもなると思うし……あくまでユエが望むなら、だけど?」

しばらく呆然としていたユエだが、理解が追いついたのか、おずおずと「いいの?」と遠慮がちに尋ねる。

しかし、その瞳には隠しようもない期待の色が宿っていた。

キラキラと輝くユエの瞳に、苦笑いしながら南雲は頷く。

すると、今までの無表情が嘘のように、ユエはふわりと花が咲いたように微笑んだ。

思わず、見蕩れてしまう。呆けた自分に気がついて慌てて首を振って香織を見たら頬を膨らませていたので目で深く謝罪をする。

前門のユエ、後門の香織を避けるために南雲は作業に没頭することにした。

ユエも興味津々で覗き込んでいる。但し、先程より近い距離で、ほとんど密着しながら……

「……ムッ!」

それに対抗して香織がユエとは反対側から密着してくる。

南雲は気にしてはいけないと自分に言い聞かせる。

「……これ、なに?」

南雲の錬成により少しずつ出来上がっていく何かのパーツ。一メートルを軽く超える長さを持った筒状の棒や十二センチ(縦の長さ)はある赤い弾丸、その他細かな部品が散らばっている。それは、南雲がドンナーの威力不足を補うために開発した新たな切り札となる兵器だ。

「これはな……対物ライフル:レールガンバージョンだ。要するに、俺の銃は見せたろ? あれの強力版だよ。弾丸も特製だ」

南雲の言うように、それらのパーツを組み合わせると全長一・五メートル程のライフル銃になる。銃の威力を上げるにはどうしたらいいかを考えた南雲は、炸薬量や電磁加速は限界値にあるドンナーでは、これ以上の大幅な威力上昇は望めないと結論し、新たな銃を作ることにしたのだ。

当然、威力を上げるには口径を大きくし、加速領域を長くしてやる必要がある。

そこで、考えたのが対物ライフルだ。装弾数は一発と少なく、持ち運びが大変だが、理屈上の威力は絶大だ。何せ、ドンナーで、最大出力なら通常の対物ライフルの十倍近い破壊力を持っているのだ。普通の人間なら撃った瞬間、撃ち手の方が半身を粉砕されるだろう反動を持つ化け物銃なのである。

この新たな対物ライフル――シュラーゲンは、理屈上、最大威力でドンナーの更に十倍の威力が出る……はずである。

素材は先程のサソリもどきから取れた鉱石である。

いい素材が手に入って結果オーライと割り切ったハジメは、より頑丈な銃身を作れると考え、シュラーゲンの開発に着手した。ドンナーを作成した時から相当腕が上がっているので、それなりにスムーズに作業は進んだ。

南雲は弾丸にもこだわっている様だ。タウル鉱石の弾丸をシュタル鉱石でコーティングした、所謂、フルメタルジャケット……モドキというやつだ。燃焼粉も最適な割合で圧縮して薬莢に詰める。一発できれば、錬成技能[+複製錬成]により、材料が揃っている限り同じものを作るのは容易なのでサクサクと弾丸を量産した。

そんなことをツラツラとユエに語りつつ、南雲は、遂にシュラーゲンを完成させた。

中々に凶悪なフォルムで迫力がある。南雲が自己満足に浸りながら作業を終えた。一段落した南雲は腹が減ってきたので、サイクロプスやサソリモドキの肉を焼き、食事をすることにした。

が、香織や鈴がそれらを済ませており、結局食べるだけとなった。

因みに香織がユエに食べられ(血を吸われ)て百合百合しい事になったり、全く関係ないが鈴は食べ終わったら俺の膝を枕にしてオッサンのような鼾を書いて寝ていた。

 

✲✲✲

 

あれから時間的に数日経ち遂に、次の階層で奈落の始まりの階層から百階目になるところまで来た。その一歩手前の階層で俺達は装備の確認と補充、コンディションの確認にあたっていた。相変わらずユエは飽きもせずに南雲の作業を見つめている。というよりも、どちらかというと作業をする南雲を見るのが好きなようだ。今も、南雲のすぐ隣で香織に抱っこされた状態で南雲の手元と南雲を交互に見ながらまったりとしている。その表情は迷宮には似つかわしくない緩んだものだ。

ユエと出会ってからどれくらい日数が経ったのか時間感覚がないためわからないが、最近、ユエはよくこういうまったり顔というか安らぎ顔を見せる。露骨に甘えてくるようにもなった。無論、香織にも甘える事があり、1度代赤が止めるほど官能的な事になりかけた事があるらしい。

その時俺はおらず、何があったのか聞こうにも拒否された。本当に何があった?

特に拠点で休んでいる時には必ず南雲か香織に密着している。横になれば添い寝の如く腕に抱きつくし、座っていれば背中から抱きつく。吸血させるときは正面から抱き合う形になるのだが、終わった後も中々離れようとしない。南雲や香織の胸元に顔をグリグリと擦りつけ満足げな表情でくつろぐのだ。完全に親子である。

………年齢は子の方が高いが…

「………何か言った、イズナ?」

「何、こう見れば完全に親子だなって。」

それを聞いてユエと香織がニマニマしだす。そして、真剣な表情をする南雲を見て、

「ハジメ……いつもより慎重……」

「うん? ああ、次で百階だからな。もしかしたら何かあるかもしれないと思ってな。一般に認識されている上の迷宮も百階だと言われていたから……まぁ念のためだ」

俺達が最初に落ちた階層から八十階を超えた時点で、ここが地上で認識されている通常の【オルクス大迷宮】である可能性は消えた。奈落に落ちた時の感覚と、各階層を踏破してきた感覚からいえば、通常の迷宮の遥かに地下であるのは確実だ。

南雲は銃技、体術、固有魔術、兵器、そして錬成。いずれも相当磨きをかけたという自負があった。そうそう、簡単にやられはしないだろう。しかし、そのような実力とは関係なくあっさり致命傷を与えてくるのが迷宮の怖いところである。

南雲のステータスは、初めての魔物を喰えば上昇し続けているが、固有魔術はそれほど増えなくなった。主級の魔物なら取得することもあるが、その階層の通常の魔物ではもう増えないようだ。魔物同士が喰い合っても相手の固有魔術を簒奪しないのと同様に、ステータスが上がって肉体の変質が進むごとに習得し難くなっているのかもしれない。

暫くして、全ての準備を終えた俺達は、階下へと続く階段へと向かった。

その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。

なかったものもあるが俺の中のアタランテとアキレウスにはかなり縁がある見た目である。

空中庭園で両者が殺しあったあの場だ。

柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。

俺達が、暫しその光景に見惚れつつ足を踏み入れる。すると、全ての柱が淡く輝き始めた。ハッと我を取り戻し警戒する一行。柱は俺達を起点に奥の方へ順次輝いていく。

俺達は暫く警戒していたが特に何も起こらないので先へ進むことにした。感知系の技能をフル活用しながら歩みを進める。二百メートルも進んだ頃、前方に行き止まりを見つけた。いや、行き止まりではなく、それは巨大な扉だ。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。

「……これはまた凄いな。もしかして……」

「……反逆者の住処?」

「…………着いたのか」

如何にもラスボスの部屋といった感じだ。実際、感知系技能には反応がなくとも俺の本能が警鐘を鳴らしていた。この先は修羅道だと。それは、皆も感じているのか、薄らと額に汗をかいている。

「ハッ、だったら最高じゃねぇか。ようやくゴールにたどり着いたってことだろ?」

十六夜は本能を無視して不敵な笑みを浮かべる。たとえ何が待ち受けていようとやるしかないのだ。

「……あぁっ!」

それに呼応して皆も覚悟を決めた表情で扉を睨みつける。

そして、一行は扉の前に行こうと最後の柱の間を越えた。

その瞬間、扉と俺達の間三十メートル程の空間に巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。

俺達は、その魔法陣に見覚えがあった。忘れようもない、あの日、南雲が奈落へと落ちた日に見た自分達を窮地に追い込んだトラップと同じものだ。だが、ベヒモスの魔法陣が直径十メートル位だったのに対して、眼前の魔法陣は三倍の大きさがある上に構築された式もより複雑で精密なものとなっている。

「おいおい、なんだこの大きさは? マジでラスボスかよ」

「……大丈夫……私達、負けない……」

南雲が流石に引きつった笑みを浮かべるが、ユエは決然とした表情を崩さず南雲の腕をギュッと掴んだ。香織については南雲の服を摘んでいる。

ユエの言葉に「そうだな」と頷き、苦笑いを浮かべながら南雲も魔法陣を睨みつける。どうやらこの魔法陣から出てくる化物を倒さないと先へは進めないらしい。

魔法陣はより一層輝くと遂に弾けるように光を放った。咄嗟に腕をかざし目を潰されないようにする一行。

そんな中、栄光だけは逸らさずに見ており、

「まさか、この気配はっ!?あの頃より気迫が弱いが我が試練が1つ─────」

光が収まった時、そこに現れたのは……

 体長三十メートル、99の頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。

「────百首の(ビースト)、ヒュドラ!!!」

神話の怪物ヒュドラだった。

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

不思議な音色の絶叫をあげながら無数の眼光が俺達を射貫く。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようというのか、常人ならそれだけで俺ですら鳥肌が立つ程の壮絶な殺気が俺達に叩きつけられた。

そして、頭がガパッと口を開き火炎放射を放った。それはもう炎の壁というに相応しい規模である。

しかし、それをいつの間にか持っていた岩の巨剣で振り払った栄光。

「皆は下がってなさい!?これは私の試練が1つ!!!周りの者に助力されては私が消えてしまう!」

「栄光っ!?」

イリヤが呼ぶか戦闘は始まっており、聞こえなくなっていた。

「是・射殺す百頭!!!是・射殺す百頭!!!是・射殺す百頭!!!」

栄光は止めどなく巨矢を射る。

様々な首が千切れ、消え、破裂される。

数時間が経って99個の首を狩ると、100個目の首が生える。

俺達は神話の戦士の力量を見て呆然とする。

「…………やはは、大英雄ってここまで桁違いなのかよ…」

十六夜に至っては呆れてすらいる。巨弓だけで99もの首を狩ったのだから。

そんな中激戦を繰り出す栄光とヒュドラ。

たった1本となったら全身の傷口から流れ出る血が毒と化してヒュドラを守る。巨矢がヒュドラに通らなくなったら、栄光は巨剣を弓に番える。

そして、

射殺す百頭(ナインライブズ)っ!!!」

「クルゥァァアアン!!!」

ヒュドラの毒を含んだブレスと栄光が放った9つの龍の形をした閃光がぶつかり合う。

8つの閃光でブレスが止み、最後の1つで100個目の首を胴体ごと穿つ。

すると、毒化していた血がただの血に戻って流れ出る。

「……………ふぅ、試練達成。この世界なら英霊、サーヴァントとしての縛りがないのでしょう。お陰で生前より楽に成せました。」

「…………この……………お馬鹿あぁああああ!!!試練って言うのは分かったけど一言は告げて行きなさいよ!!急にいなくなって驚いたんだからね!?」

「うっ、それは申し訳ないイリヤ。私もまだまだですね。」

イリヤがポカポカと栄光を叩く中、俺と迦楼那以外は、

『……………ヒュドラ…………哀れ也……』

ヒュドラを哀れんでいた。その通りである。ヒュドラと戦った事のある戦士、ヘラクレスがこちらにはいたのだから。

因みに、南雲は飛来した瓦礫で右眼を失明していたので、香織とユエがショックを受けていた。

 

✲✲✲

 

 

しばらくしたら一行は歩み、そして踏み込んだ扉の奥に。

「……反逆者の住処」

その扉の中は広大な空間に住み心地の良さそうな住居があった。

まずは、反逆者の住処を探索することにした。探索していたらユエがどこから見つけてきたのか上質な服を持ってくる。男物の服だ。反逆者は男だったのだろう。

探索する中で注目する物があった。

まず、注目するのは耳に心地良い水の音。扉の奥のこの部屋はちょっとした球場くらいの大きさがあるのだが、その部屋の奥の壁は一面が滝になっていた。天井近くの壁から大量の水が流れ落ち、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいく。滝の傍特有のマイナスイオン溢れる清涼な風が心地いい。よく見れば魚も泳いでいるようだ。もしかすると地上の川から魚も一緒に流れ込んでいるのかもしれない。

川から少し離れたところには大きな畑もあるようである。今は何も植えられていないようだが……その周囲に広がっているのは、もしかしなくても家畜小屋である。動物の気配はしないのだが、水、魚、肉、野菜と素があれば、ここだけでなんでも自炊できそうだ。緑も豊かで、あちこちに様々な種類の樹が生えている。

俺達は川や畑とは逆方向、ベッドルームに隣接した建築物の方へ歩を勧めた。建築したというより岩壁をそのまま加工して住居にした感じだ。

「君達より先に来て調べたけど、開かない部屋も多かったよ……」

「そうか。どっかに鍵があるかもな。」

石造りの住居は全体的に白く石灰のような手触りだ。全体的に清潔感があり、エントランスには、温かみのある光球が天井から突き出す台座の先端に灯っていた。薄暗いところに長くいた俺達には少し眩しいくらいだ。どうやら三階建てらしく、上まで吹き抜けになっている。

取り敢えず一階から見て回る。暖炉や柔らかな絨毯、ソファのあるリビングらしき場所、台所、トイレを発見した。どれも長年放置されていたような気配はない。人の気配は感じないのだが……言ってみれば旅行から帰った時の家の様と言えばわかるだろうか。しばらく人が使っていなかったんだなとわかる、あの空気だ。まるで、人は住んでいないが管理維持だけはしているみたいな……

南雲は警戒しながらだが、俺は気にせず進む。更に奥へ行くと再び外に出た。其処には大きな円状の穴があり、その淵にはライオンぽい動物の彫刻が口を開いた状態で鎮座している。彫刻の隣には魔法陣が刻まれている。試しに魔力を注いでみると、ライオンモドキの口から勢いよく温水が飛び出した。どこの世界でも水を吐くのはライオンというのがお約束らしい。

「まんま、風呂だな。こりゃいいや。何ヶ月ぶりの風呂だか」

「やった!!しばらく入ってなかったから嬉しいな!!」

鈴というマスコットのような少女がはしゃぐのを見て思わず頬を緩める一行。

しかし、1部は日本人で他は日本文化が10数年に渡り染み付いているのだ。例に漏れずお風呂大好き人間達である。安全確認が終わったら堪能しようと頬を緩めてしまうのは仕方ないことだろう。

それから、二階で書斎や工房らしき部屋を発見した。しかし、書棚も工房の中の扉も封印がされているらしく開けようとしたが飛斗が先程言っていた部屋がこれらであるとのこと。仕方なく諦めて探索を続ける。

一行は三階の奥の部屋に向かった。三階は一部屋しかないようだ。奥の扉を開けると、そこには直径七、八メートルの今まで見たこともないほど精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。いっそ一つの芸術といってもいいほど見事な幾何学模様である。

しかし、それよりも注目すべきなのは、その魔法陣の向こう側、豪奢な椅子に座った人影である。人影は骸だった。既に白骨化しており黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っている。薄汚れた印象はなく、お化け屋敷などにあるそういうオブジェと言われれば納得してしまいそうだ。

その骸は椅子にもたれかかりながら俯いている。その姿勢のまま朽ちて白骨化したのだろう。魔法陣しかないこの部屋で骸は何を思っていたのか。寝室やリビングではなく、この場所を選んで果てた意図はなんなのか……

「……怪しい……どうする?」

ユエもこの骸に疑問を抱いたようだ。おそらく反逆者と言われる者達の一人なのだろうが、苦しんだ様子もなく座ったまま果てたその姿は、まるで誰かを待っているようである。

迦楼那はここに訪れた事があるのか、あのアミューズメントパークへ続く転移門を探してくるとのことで退室する。ってここにも展開してんのかよ。

そう思いつつ、概念魔術を手に入れている俺らは南雲を見守っている。

まぁ、地上への道を調べるには、この部屋がカギなんだろうしな。俺の錬成も受け付けない書庫と工房の封印……調べるしかないだろう。ユエと香織は待っててくれ。何かあったら頼む。」

「ん……気を付けて」

南雲はそう言うと、魔法陣へ向けて踏み出した。そして、南雲が魔法陣の中央に足を踏み込んだ瞬間、カッと純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げる。

まぶしさに目を閉じる南雲ハジメ。直後、何かが頭の中に侵入し、まるで走馬灯のように奈落に落ちてからのことが駆け巡った。

やがて光が収まり、目を開けた南雲の目の前には、黒衣の青年が立っていた。

魔法陣が淡く輝き、部屋を神秘的な光で満たす。

中央に立つ南雲の眼前に立つ青年は、よく見れば後ろの骸と同じローブを着ていた。

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

話し始めた彼はオスカー・オルクスというらしい。【オルクス大迷宮】の創造者のようだ。驚きながら彼の話を聞く。

「ああ、質問は許して欲しい。これは唯の記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」

そうして始まったオスカーの話は、南雲が聖教教会で教わった歴史やユエに聞かされた反逆者の話しとは大きく異なった驚愕すべきものだった。

それは狂った神とその子孫達の戦いの物語。

神代の少し後の時代、世界は争いで満たされていた。人間と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。争う理由は様々だ。領土拡大、種族的価値観、支配欲、他にも色々あるが、その一番は“神敵”だから。今よりずっと種族も国も細かく分かれていた時代、それぞれの種族、国がそれぞれに神を祭っていた。その神からの神託で人々は争い続けていたのだ。

だが、そんな何百年と続く争いに終止符を討たんとする者達が現れた。それが当時、“解放者”と呼ばれた集団である。

彼らには共通する繋がりがあった。それは全員が神代から続く神々の直系の子孫であったということだ。そのためか“解放者”のリーダーは、ある時偶然にも神々の真意を知ってしまった。何と神々は、人々を駒に遊戯のつもりで戦争を促していたのだ。“解放者”のリーダーは、神々が裏で人々を巧みに操り戦争へと駆り立てていることに耐えられなくなり志を同じくするものを集めたのだ。

彼等は、“神界”と呼ばれる神々がいると言われている場所を突き止めた。“解放者”のメンバーでも先祖返りと言われる強力な力を持った七人を中心に、彼等は神々に戦いを挑んだ。

しかし、その目論見は戦う前に破綻してしまう。何と、神は人々を巧みに操り、“解放者”達を世界に破滅をもたらそうとする神敵であると認識させて人々自身に相手をさせたのである。その過程にも紆余曲折はあったのだが、結局、守るべき人々に力を振るう訳にもいかず、神の恩恵も忘れて世界を滅ぼさんと神に仇なした“反逆者”のレッテルを貼られ“解放者”達は討たれていった。

最後まで残ったのは中心の七人だけだった。世界を敵に回し、彼等は、もはや自分達では神を打つことはできないと判断した。そして、バラバラに大陸の果てに迷宮を創り潜伏することにしたのだ。試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。

長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑む。

「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

そう話を締めくくり、オスカーの記録映像はスっと消えた。同時に、ハジメの脳裏に何かが侵入してくる。ズキズキと痛むが、それがとある魔法を刷り込んでいためと理解できたので大人しく耐えた。

やがて、痛みも収まり魔法陣の光も収まる。南雲はゆっくり息を吐いた。

「ハジメ……大丈夫?」

「ああ、平気だ……にしても、何かどえらいこと聞いちまったな」

「……ん……イズナが言う概念体の話は事実の可能性大。どうするの?」

ユエがオスカーの話を聞いてどうするのかと尋ねる。

「うん? 別にどうもしないぞ? 元々、勝手に召喚して戦争しろとかいう神なんて迷惑としか思ってないからな。この世界がどうなろうと知ったことじゃないし。地上に出て帰る方法探して、故郷に帰る。それだけだ。……ユエは気になるのか?」

一昔前の南雲なら何とかしようと奮起したかもしれない。しかし、変心した価値観がオスカーの話を切って捨てた。お前たちの世界のことはお前達の世界の住人が何とかしろと。しかし、ユエはこの世界の住人だ。故に、彼女が放っておけないというのなら、南雲も色々考えなければならないだろう。オスカーの願いと同じく簡単に切って捨てられるほど、ユエとの繋がりは軽くないのだ。そう思って尋ねたのだが、ユエは僅かな躊躇いもなくふるふると首を振った。

「私の居場所はここ……他は知らない」

そう言って、南雲と香織の手を取る。ギュと握られた手が本心であることを如実に語る。ユエは、過去、自分の国のために己の全てを捧げてきた。それを信頼していた者たちに裏切られ、誰も助けてはくれなかった。ユエにとって、長い幽閉の中で既にこの世界は牢獄だったのだ

その牢獄から救い出してくれたのは南雲で大切にしてくれている香織もいる。だからこそ南雲と香織の傍こそがユエの全てなのである。

「……そうかい」

「……ありがとう」

若干、照れくさそうな南雲とはにかむ香織。それを誤魔化すためか咳払いを一つして、南雲が今あったことをさらりと告げる。

「あ~、あと何か新しい魔法……神代魔法っての覚えたみたいだ」

「……ホント?」

信じられないといった表情のユエ。それも仕方ないだろう。何せ神代魔術とは文字通り神代に使われていた現代では失伝した魔術である。俺達をこの世界に召喚した転移魔術も同じ神代魔術である。

「何かこの床の魔法陣が、神代魔法を使えるように頭を弄る? みたいな」

「それって大丈夫なのかな?」

「おう、問題ない。しかもこの魔法……俺のためにあるような魔法だな」

「……どんな魔法?」

「え~と、生成魔法ってやつだな。魔法を鉱物に付加して、特殊な性質を持った鉱物を生成出来る魔法だ」

南雲の言葉にポカンと口を開いて驚愕を表にする香織とユエ。

「……アーティファクト作れる?」

「ああ、そういうことだな」

そう、生成魔術は神代においてアーティファクトを作るための魔術だったのだ。

まさに“錬成師”のためにある魔術である。実を言うとオスカーの天職も“錬成師”だったりする。

「香織とユエも覚えたらどうだ? 何か、魔法陣に入ると記憶を探られるみたいなんだ。オスカーも試練がどうのって言ってたし、試練を突破したと判断されれば覚えられるんじゃないか?」

「私に適正ってあるのかな……」

「……錬成使わない……」

「まぁ、そうだろうけど……せっかくの神代の魔法だぜ? 覚えておいて損はないんじゃないか?」

「分かった。覚えてみる」

「……ん……ハジメが言うなら」

南雲の勧めに魔法陣の中央に入る香織とユエ。魔法陣が輝き香織とユエの記憶を探る。そして、試練をクリアしたものと判断されたのか……

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスry……」

またオスカーが現れた。何かいろいろ台無しな感じだった。南雲達3人はペラペラと同じことを話すオスカーを無視して会話を続ける。

その間、俺達はそれぞれが寝泊まりする部屋を決めに移動している。

「どうだ? 修得したか?」

「ん……した。でも……アーティファクトは難しい」

「う~ん、やっぱり神代魔法も相性とか適正とかあるのかもな」

「私には扱えないかな?」

そんなことを話しながらも隣でオスカーは何もない空間に微笑みながら話している。すごくシュールだった。後ろの骸が心なし悲しそうに見えたのは気のせいではないかもしれない。

「あ~、取り敢えず、ここはもう俺等のもんだし、あの死体片付けるか」

南雲に慈悲はなかった。

「ん……畑の肥料……」

ユエにも慈悲はなかった。

風もないのにオスカーの骸がカタリと項垂れた。

「せめて肥料だけは辞めてげて……」

香織は慈悲があるようだ。

オスカーの骸を畑の端に埋め、一応、墓石も立てた。流石に、肥料扱いは可哀想すぎる。

埋葬が終わると、3人は封印されていた場所へ向かった。次いでにオスカーが嵌めていたと思われる指輪も頂いておいた。墓荒らしとか言ってはいけない。その指輪には十字に円が重った文様が刻まれており、それが書斎や工房にあった封印の文様と同じだったのだ。

まずは書斎だ。

一番の目的である地上への道を探らなければならない。3人は書棚にかけられた封印を解き、めぼしいものを調べていく。すると、この住居の施設設計図らしきものを発見した。通常の青写真ほどしっかりしたものではないが、どこに何を作るのか、どのような構造にするのかということがメモのように綴られたものだ。

「ビンゴ! あったぞ、香織、ユエ!」

「ほんと!!!」

「んっ」

南雲から歓喜の声が上がる。香織やユエも嬉しそうだ。設計図によれば、どうやら先ほどの三階にある魔法陣がそのまま地上に施した魔法陣と繋がっているらしい。オルクスの指輪を持っていないと起動しないようだ。盗ん……貰っておいてよかった。

更に設計図を調べていると、どうやら一定期間ごとに清掃をする自立型ゴーレムが工房の小部屋の一つにあったり、天上の球体が太陽光と同じ性質を持ち作物の育成が可能などということもわかった。人の気配がないのに清潔感があったのは清掃ゴーレムのおかげだったようだ。

工房には、生前オスカーが作成したアーティファクトや素材類が保管されているらしい。これは盗ん……譲ってもらうべきだろう。道具は使ってなんぼである。

「ハジメ……これ」

「うん?」

「どうしたの?」

南雲と香織が設計図をチェックしていると他の資料を探っていたユエが一冊の本を持ってきた。どうやらオスカーの手記のようだ。かつての仲間、特に中心の七人との何気ない日常について書いたもののようである。

その内の一節に、他の六人の迷宮に関することが書かれていた。

「……つまり、あれか? 他の迷宮も攻略すると、創設者の神代魔法が手に入るということか?」

「……かも」

「……そう解釈出来るね」

手記によれば、オスカーと同様に六人の“解放者”達も迷宮の最新部で攻略者に神代魔術を教授する用意をしているようだ。生憎とどんな魔法かまでは書かれていなかったが……

「……帰る方法見つかるかも」

ユエの言う通り、その可能性は十分にあるだろう。実際、召喚魔術という世界を超える転移魔術は神代魔術なのだから。

「だな。これで今後の指針ができた。地上に出たら七大迷宮攻略を目指そう」

「んっ」

明確な指針ができて頬が緩む南雲。その顔を見た香織は思わずユエの頭を撫でるとユエも嬉しそうに目を細めた。

それから暫く探したが、正確な迷宮の場所を示すような資料は発見できなかった。現在、確認されている【グリューエン大砂漠の大火山】【ハルツィナ樹海】、目星をつけられている【ライセン大峡谷】【シュネー雪原の氷雪洞窟】辺りから調べていくしかないだろう。

暫くして書斎あさりに満足した3人は、途中で俺と合流して工房へと移動した。

因みに俺以外は寝ている。結構疲れが溜まったのであろうな。雫と鈴は同じ部屋で寝ているようだ。

工房には小部屋が幾つもあり、その全てをオルクスの指輪で開くことができた。

中には、様々な鉱石や見たこともない作業道具、理論書などが所狭しと保管されており、錬成師にとっては楽園かと見紛うほどである。

南雲は、それらを見ながら腕を組み少し思案する。

そんな南雲の様子を見て、ユエが首を傾げながら尋ねた。

「……どうしたの?」

南雲が暫く考え込んだ後、ユエではなく俺に提案した。

「う~ん、あのな、俺らは暫くここに留まらないか? さっさと地上に出たいのは俺も山々なんだが……せっかく学べるものも多いし、ここは拠点としては最高だ。他の迷宮攻略のことを考えても、ここで可能な限り準備しておきたい。どうだ?」

「それもそうだな。いざって時がいつ来るかわからない以上は色々揃えた方がいい。」

俺はそれに了承する。

ユエは三百年も地下深くに封印されていたのだから一秒でも早く外に出たいだろうと思ったのだが、南雲の提案にキョトンとした後、直ぐに了承した。不思議に思ったハジメだが……

「……ハジメとカオリと一緒なら何処でもいい」

そういう事らしい。ユエのこの不意打ちはどうにかならんものかと照れくささを誤魔化す南雲と香織。

結局、一行はここで可能な限りの鍛錬と装備の充実を図ることになった。




ヒュドラを栄光が倒してオルクス大迷宮の最奥に入る一行。
その最奥には、吸血鬼の少女ユエが言っていた叛逆者の住処があり、一行はここでしばらく力を蓄える事にした。

次回、脱出

「やっとこさあの洞窟から出れるぜ!」
「うん!!でも、なんか再開の予感がするんだよね。」
「お、飛斗もそうか?俺もそう思うぜ!」
「………代赤はセイバーだから可能性が高くなったよ!」

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