氷創の英雄 ~転生したけど、特典の組み合わせで不老不死になった!~   作:星の空

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第17話 ハウリア一族と大賢者ケイローン

ライセン大峡谷に悲鳴と怒号が木霊する。

ウサミミを生やした人影が岩陰に逃げ込み必死に体を縮めている。あちこちの岩陰からウサミミだけがちょこんと見えており、数からすると二十人ちょっと。見えない部分も合わせれば四十人といったところか。

そんな怯える兎人族を上空から睥睨しているのは、奈落の底でも滅多に見なかった飛行型の魔物だ。姿は俗に言うワイバーンというやつが一番近いだろう。体長は三~五メートル程で、鋭い爪と牙、モーニングスターのように先端が膨らみ刺がついている長い尻尾を持っている。

「あ、ハイベリアだ!」

いつ調べたのかイリヤが教えてくれた。あのワイバーンモドキは“ハイベリア”というらしい。ハイベリアは全部で六匹はいる。兎人族の上空を旋回しながら獲物の品定めでもしているようだ。

そのハイベリアの一匹が遂に行動を起こした。大きな岩と岩の間に隠れていた兎人族の下へ急降下すると空中で一回転し遠心力のたっぷり乗った尻尾で岩を殴りつけた。轟音と共に岩が粉砕され、兎人族が悲鳴と共に這い出してくる。

ハイベリアは「待ってました」と言わんばかりに、その顎門を開き無力な獲物を喰らおうとする。狙われたのは二人の兎人族。ハイベリアの一撃で腰が抜けたのか動けない小さな子供に男性の兎人族が覆いかぶさって庇おうとしている。

周りの兎人族がその様子を見て瞳に絶望を浮かべた。誰もが次の瞬間には二人の家族が無残にもハイベリアの餌になるところを想像しただろう。しかし、それは有り得ない。

 

ジャジャジャジャジャジャジャジャッ!!!

 

大賢者ケイローンこと慧郎が弓を連射で射てハイベリアを撃ち落とす。

それを英霊を知らない南雲達は慧郎の早すぎる弓の連射を見て驚愕して口があんぐりと開いていた。

上空のハイベリア達が仲間の死に激怒したのか一斉に咆哮を上げる。それに身を竦ませる兎人族達の優秀な耳に、今まで一度も聞いたことのない異音が聞こえた。キィィイイイという甲高い蒸気が噴出するような音だ。今度は何事かと音の聞こえる方へ視線を向けた兎人族達の目に飛び込んできたのは、見たこともない黒い乗り物に何人かが乗ってこちらに向かってくる。

その中の内の一人は見覚えがありすぎる。今朝方、突如姿を消し、ついさっきまで一族総出で探していた女の子。一族が陥っている今の状況に、酷く心を痛めて責任を感じていたようで、普段の元気の良さがなりを潜め、思いつめた表情をしていた。何か無茶をするのではと、心配していた矢先の失踪だ。つい、慎重さを忘れて捜索しハイベリアに見つかってしまった。彼女を見つける前に、一族の全滅も覚悟していたのだが……

その彼女が黒い乗り物の後ろで立ち上がり手をブンブンと振っている。その表情に普段の明るさが見て取れた。信じられない思いで彼女を見つめる兎人族。

「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」

その聞きなれた声音に、これは現実だと理解したのか兎人族が一斉に彼女の名を呼んだ。

「「「「「「「「「「シア!?」」」」」」」」」」

南雲は、魔力駆動四輪を高速で走らせながらイラッとした表情をしていた。仲間の無事を確認した直後、シアは喜びのあまりに窓を開けて身を乗り出して手を振りだした。

既にハイベリアは慧郎に殲滅されたので近くに魔力駆動車を止める。

そして、香織はある服を出してシアに渡す。突然渡されたものにキョトンとするものの、それがコートだとわかるとにへらっと笑い、いそいそとコートを着込む。ユエとお揃いの白を基調とした青みがかったコートだ。香織が南雲やユエとのペアルックを画策した時の逸品である。

「も、もう! ハジメさんったら素直じゃないですねぇ~、香織さんとお揃いだなんて……お、俺の女アピールですかぁ? ダメですよぉ~、私、そんな軽い女じゃないですから、もっと、こう段階を踏んでぇ~」

モジモジしながらコートの端を掴みイヤンイヤンしているシア。それに再びイラッと来たのか南雲は無言でドンナーを抜き、シアの額目掛けて発砲した。

「はきゅん!」

弾丸は炸薬量を減らし先端をゴム状の柔らかい魔物の革でコーティングしてある非致死性弾だ。ただ、それなりの威力はあるので、衝撃で仰け反り仰向けに倒れると、地面をゴロゴロとのたうち回るシア。「頭がぁ~頭がぁ~」と悲鳴を上げている。だが、流石の耐久力で直ぐに起き上がると猛然と抗議を始めた。きゃんきゃん吠えるシアを適当にあしらっていると兎人族がわらわらと集まってきた。

「シア! 無事だったのか!」

「父様!」

真っ先に声をかけてきたのは、濃紺の短髪にウサミミを生やした初老の男性だった。はっきりいってウサミミのおっさんとか誰得である。シュールな光景に微妙な気分になっていると、その間に、シアと父様と呼ばれた兎人族は話が終わったようで、互の無事を喜んだ後、南雲の方へ向き直った。

「ハジメ殿で宜しいか? 私は、カム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアの窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか……父として、族長として深く感謝致します」

そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じように頭を下げるハウリア族一同がいる。

「まぁ、礼は受け取っておく。だが、樹海の案内と引き換えなんだ。それは忘れるなよ? それより、随分あっさり信用するんだな。亜人は人間族にはいい感情を持っていないだろうに……」

シアの存在で忘れそうになるが、亜人族は被差別種族である。実際、峡谷に追い詰められたのも人間族のせいだ。にもかかわらず、同じ人間族である南雲に頭を下げ、しかも南雲の助力を受け入れるという。それしか方法がないとは言え、あまりにあっさりしているというか、嫌悪感のようなものが全く見えないことに疑問を抱く南雲。

カムは、それに苦笑いで返した。

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」

その言葉に南雲は感心半分呆れ半分だった。一人の女の子のために一族ごと故郷を出て行くくらいだから情の深い一族だとは思っていたが、初対面の人間族相手にあっさり信頼を向けるとは警戒心が薄すぎる。というか人がいいにも程があるというものだろう。

「えへへ、大丈夫ですよ、父様。ハジメさんは、女の子に対して容赦ないし、対価がないと動かないし、人を平気で囮にするような酷い人ですけど、約束を利用したり、希望を踏み躙る様な外道じゃないです! ちゃんと私達を守ってくれますよ!」

「はっはっは、そうかそうか。つまり照れ屋な人なんだな。それなら安心だ」

シアとカムの言葉に周りの兎人族達も「なるほど、照れ屋なのか」と生暖かい眼差しで南雲を見ながら、うんうんと頷いている。

南雲は額に青筋を浮かべドンナーを抜きかけるが、意外なところから追撃がかかる。

「……ん、ハジメは(ベッドの上では)照れ屋」

「ブフッ!?ユエちゃん!!?」

「ユエ!?」

まさかの口撃に口元を引きつらせる南雲と思い切り噴き出す香織だったが、何時までもグズグズしていては魔物が集まってきて面倒になるので、堪えて出発を促した。

一行は、ライセン大峡谷の出口目指して歩を進めた。

 

✲✲✲

 

「まさかこんな所で会うとはな。」

「えぇ。私としてはハイドリヒ王国にいるはずの貴方達がここにいる方が疑問に思いますが……それはいいとして、南雲少年がこのような物を造り出すとは、相当な熟練度なのでしょう。」

「まぁな。それより、破王の翁から何か言われなかったか?」

「……………結果は当たりだそうです。神聖エルダント帝国という異世界の一国に2次元系の物を広める事をしているそうです。それに、自衛隊に伊丹耀司を確認した所からいずれ銀座に門が現れるのは分かってます。」

「……………そうか。厄介だな。同時に来るなんて事は辞めて欲しいわ。」

「それはフラグでは無いのですか?」

『……………おいっ!?建てんな!!!』Σ\(゚Д゚;)

車内でそれぞれが会話をしていたが、今の俺の発言がフラグじゃないのか慧郎から指摘を受けた途端一斉にツッコミが入る。

因みにこれは移動している間にあった一時である。

 

✲✲✲

 

ウサミミ四十二人をぞろぞろ引き連れて峡谷を行く。

当然、数多の魔物が絶好の獲物だとこぞって襲ってくるのだが、ただの一匹もそれが成功したものはいなかった。例外なく、兎人族に触れることすら叶わず、接近した時点で閃光が飛び頭部を粉砕されるからである。

乾いた破裂音と共に閃光が走り、気がつけばライセン大峡谷の凶悪な魔物が為すすべなく絶命していく光景に、兎人族達は唖然として、次いで、それを成し遂げている人物である南雲に対して畏敬の念を向けていた。

セタンタもやっているのだが伊達に幸運E-ランクではない。

もっとも、小さな子供達は総じて、そのつぶらな瞳をキラキラさせて圧倒的な力を振るう両者をヒーローだとでも言うように見つめている。

「ふふふ、ハジメさん。チビッコ達が見つめていますよ~手でも振ってあげたらどうですか?」

子供に純粋な眼差しを向けられて若干居心地が悪そうな南雲に、シアが実にウザイ表情で「うりうり~」とちょっかいを掛ける。

額に青筋を浮かべた南雲は、取り敢えず無言で発砲した。

 

ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!

 

「あわわわわわわわっ!?」

ゴム弾が足元を連続して通過し、奇怪なタップダンスのようにワタワタと回避するシア。道中何度も見られた光景に、シアの父カムは苦笑いを、ユエは呆れを乗せた眼差しを向ける。

香織はそんなみんなを見て苦笑いだ。

「はっはっは、シアは随分とハジメ殿を気に入ったのだな。そんなに懐いて……シアももうそんな年頃か。父様は少し寂しいよ。だが、ハジメ殿なら安心か……」

すぐ傍で娘が未だに銃撃されているのに、気にした様子もなく目尻に涙を貯めて娘の門出を祝う父親のような表情をしているカム。周りの兎人族達も「たすけてぇ~」と悲鳴を上げるシアに生暖かい眼差しを向けている。

「いや、お前等。この状況見て出てくる感想がそれか?」

「思いっきりズレてるぞ?」

代赤の言う通り、どうやら兎人族は少し常識的にズレているというか、天然が入っている種族らしい。それが兎人族全体なのかハウリアの一族だけなのかは分からないが。

そうこうしている内に、一行は遂にライセン大峡谷から脱出できる場所にたどり着いた。慧郎や魔力駆動車から降りている栄光が“遠見”で見る限り、中々に立派な階段がある。岸壁に沿って壁を削って作ったのであろう階段は、五十メートルほど進む度に反対側に折り返すタイプのようだ。階段のある岸壁の先には樹海も薄らと見える。ライセン大峡谷の出口から、徒歩で半日くらいの場所が樹海になっているようだ。

南雲が何となしに遠くを見ていると、シアが不安そうに話しかけてきた。

「帝国兵はまだいるでしょか?」

「ん?どうだろうな。もう全滅したと諦めて帰ってる可能性も高いが……」

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……ハジメさん……どうするのですか?」

「?どうするって何が?」

質問の意図がわからず首を傾げる南雲に、意を決したようにシアが尋ねる。周囲の兎人族も聞きウサミミ耳を立てているようだ。

「今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵……人間族です。ハジメさんと同じ。……敵対できますか?」

「残念ウサギ、お前、未来が見えていたんじゃないのか?」

「はい、見ました。帝国兵と相対するハジメさんを……」

「だったら……何が疑問なんだ?」

「疑問というより確認です。帝国兵から私達を守るということは、人間族と敵対することと言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと……」

シアの言葉に周りの兎人族達も神妙な顔付きで南雲を見ている。小さな子供達はよく分からないとった顔をしながらも不穏な空気を察してか大人達と南雲を交互に忙しなく見ている。

しかし、そんなシリアスな雰囲気を慧郎と入れ替わっていた迦楼那がぶち壊す。

「それならば問題は無い。」

「えっ?」

疑問顔を浮かべるシアに迦楼那は特に気負った様子もなく世間話でもするように話を続けた。

「人間とは常に争いを好むのかの如く戦争をする。それならば慈悲を持っていては逆に己の身を滅ぼすこととなる。」

「同族なのに…………ですか……」

「お前らだって、同族に追い出されてるじゃねぇか」

「それは、まぁ、そうなんですが……」

「そもそも、根本が間違っている」

「根本?」

さらに首を捻るシア。周りの兎人族も疑問顔だ。

「いいか? 俺達はお前達が樹海探索に便利だから雇った。そして、それまで死なれると攻略が困難となる。それを避けるために守っているだけだ。断じて、お前達に同情したり、義侠心に駆られて助けているわけじゃない。まして、今後ずっと守ってやるつもりなんて毛頭ない。忘れたわけじゃないだろう?」

「うっ、はい……覚えてます……」

「だからこそ、樹海案内の仕事が終わるまでは守る。我々のためにな。それを邪魔する者達はたとえ神だろうと人間族だろうとしても関係ない。道を阻むものは敵、敵は殺す。南雲少年にとってはそれだけのことだ」

「な、なるほど……」

南雲の代わりに迦楼那が南雲の心情を教え、いかにも南雲が考えそうなことだと苦笑いしながら納得するシア。“未来視”で帝国と相対する南雲を見たといっても、未来というものは絶対ではないから実際はどうなるか分からない。見えた未来の確度は高いが、万一、帝国側につかれては今度こそ死より辛い奴隷生活が待っている。表には出さないが“自分のせいで”という負い目があるシアは、どうしても確認せずにはいられなかったのだ。

「はっはっは、分かりやすくていいですな。樹海の案内はお任せくだされ」

カムが快活に笑う。下手に正義感を持ち出されるよりもギブ&テイクな関係の方が信用に値したのだろう。その表情に含むところは全くなかった。

一行は、階段に差し掛かった。栄光とセタンタを先頭に順調に登っていく。

因みに階段前に来てから魔力駆動車を降りて歩いている。魔力駆動車は俺の固有結界内に保存している。

話は戻るが、帝国兵からの逃亡を含めて、ほとんど飲まず食わずだったはずの兎人族だが、その足取りは軽かった。亜人族が魔力を持たない代わりに身体能力が高いというのは嘘ではないようだ。

そして、遂に階段を上りきり、俺達はライセン大峡谷からの脱出を果たす。

登りきった崖の上、そこには……

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」

三十人の帝国兵がたむろしていた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を携えており、俺達を見るなり驚いた表情を見せた。

だが、それも一瞬のこと。直ぐに喜色を浮かべ、品定めでもするように兎人族を見渡した。

「小隊長! 白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」

「おお、ますますツイテルな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

「小隊長ぉ~、女も結構いますし、ちょっとくらい味見してもいいっすよねぇ? こちとら、何もないとこで三日も待たされたんだ。役得の一つや二つ大目に見てくださいよぉ~」

「ったく。全部はやめとけ。二、三人なら好きにしろ」

「ひゃっほ~、流石、小隊長! 話がわかる!」

帝国兵は、兎人族達を完全に獲物としてしか見ていないのか戦闘態勢をとる事もなく、下卑た笑みを浮かべ舐めるような視線を兎人族の女性達に向けている。兎人族は、その視線にただ怯えて震えるばかりだ。

帝国兵達が好き勝手に騒いでいると、兎人族にニヤついた笑みを浮かべていた小隊長と呼ばれた男が、漸く俺達の存在に気がついた。

「あぁ? お前等誰だ? 兎人族……じゃあねぇよな?」

俺は、帝国兵の態度から素通りは無理だろうなと思いながら、一応会話に応じる。

「ああ、人間だ」

「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か? 情報掴んで追っかけたとか? そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら兎人族は国で引き取るから置いていけ」

勝手に推測し、勝手に結論づけた小隊長は、さも自分の言う事を聞いて当たり前、断られることなど有り得ないと信じきった様子で、そう俺達に命令した。

当然、俺達が従うはずもない。

『断る』

「……今、何て言いった?」

「断ると言ったんだ。こいつらは今は俺達のもの。あんたらには一人として渡すつもりはない。諦めてさっさと国に帰ることをオススメする」

 聞き間違いかと問い返し、返って来たのは不遜な物言い。小隊長の額に青筋が浮かぶ。

「……小僧、口の利き方には気をつけろ。俺達が誰かわからないほど頭が悪いのか?」

「十全に理解している。あんたらに頭が悪いとは誰も言われたくないだろうな」

南雲の言葉にスっと表情消す小隊長。周囲の兵士達も剣呑な雰囲気で南雲を睨んでいる。その時、小隊長が、剣呑な雰囲気に背中を押されたのか、南雲の後ろから出てきた香織に気がついた。幼い容姿でありながら纏う雰囲気に艶があり、そのギャップからか、えもいわれぬ魅力を放っている美貌の少女に一瞬呆けるものの、南雲の服の裾をギュッと握っていることからよほど近しい存在なのだろうと当たりをつけ、再び下碑た笑みを浮かべた。

「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇが唯の世間知らず糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。くっくっく、そっちの嬢ちゃんえらい別嬪じゃねぇか。てめぇの四肢を切り落とした後、目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ」

その言葉に南雲は眉をピクリと動かし、香織は南雲を見て誰でも分かるほど嫌悪感を丸出しにしている。そして、香織と手を繋いでいたユエが目の前の男が存在すること自体が許せないと言わんばかりに右手を掲げようとした。

だが、それを制止する南雲。訝しそうなユエを尻目に()静寂の終剣(イルシオン)呼び出しながら最後の言葉をかける。

「つまり敵ってことでいいよな?」

「あぁ!? まだ状況が理解できてねぇのか! てめぇは、震えながら許しをこ───」

 

チュインッ!!!

 

想像した通りに俺達が怯えないことに苛立ちを表にして怒鳴る小隊長だったが、その言葉が最後まで言い切られることはなかった。なぜなら、一瞬の斬輝と共に、肉体が消滅したからだ。

何が起きたのかも分からず、呆然と小隊長がいた場所を見る兵士達に追い打ちが掛けられた。

「俺の権能で俺の気に触った者はこの剣の錆と化す。終焉を越える勇気があるならば向かってこい」

その声はやけに響き渡った。

どういうことかと言うと、凍らせて砕いただけだ。ただ、早すぎて斬輝と化したが。

突然、小隊長の身体と背後の大地が消し飛ぶという異常事態に兵士達が半ばパニックになりながらも、武器を俺達に向ける。過程はわからなくても原因はわかっているが故の、中々に迅速な行動だ。人格面は褒められたものではないが、流石は帝国兵。実力はかなりのものらしい。

早速、帝国兵の前衛が飛び出し、後衛が詠唱を開始する。だが、

「パワー0.1%、星起するは静寂の終剣(イルシオン・ステラ)

 

ドガァンッ!!

 

帝国兵を一撃で残り2人を残して消滅した。

その一瞬を見る事が叶った2人には悪夢そのものであった。

そんな彼等の耳に、これだけの惨劇を作り出した者が発するとは思えないほど飄々とした声が聞こえた。

「やっぱこの程度か。ギルガメッシュ位の度量は欲しかったかな。」

兵士がビクッと体を震わせて怯えをたっぷり含んだ瞳を俺に向けた。俺は終剣を鞘に仕舞いながらゆっくりと兵士に歩み寄る。

「ひぃ、く、来るなぁ! い、嫌だ。し、死にたくない。だ、誰か! 助けてくれ!」

命乞いをしながら這いずるように後退る兵士。その顔は恐怖に歪み、股間からは液体が漏れてしまっている。俺は冷めた目でそれを見下ろし、地面から氷針を生やして1人殺す。

「ひぃ!」

もう1人の兵士が身を竦める。が、何も無いのにそれに気が付いたのか、生き残りの兵士が恐る恐る背後を振り返り、殺された1人を見るが今度こそ隊が全滅したことを眼前の惨状を持って悟った。

振り返ったまま硬直している兵士の頭にゴリッと氷で造った銃の銃口が押し当てられる。再び、ビクッと体を震わせた兵士は、醜く歪んだ顔で再び命乞いを始めた。

「た、頼む! 殺さないでくれ! な、何でもするから! 頼む!」

「そうか? なら、他の兎人族がどうなったか教えてもらおうか。結構な数が居たはずなんだが……全部、帝国に移送済みか?」

俺が質問したのは、百人以上居たはずの兎人族の移送にはそれなりに時間がかかるだろうから、まだ近くにいて道中でかち合うようなら序でに助けてもいいと思ったからだ。帝国まで移送済みなら、わざわざ助けに行くつもりは毛頭なかったが。

「……は、話せば殺さないか?」

「お前さん、自分が条件を付けられる立場にあると思っとるん? 別にどうでもいい情報なんや。今すぐ逝くか?」

「ま、待ってくれ! 話す! 話すから! ……多分、全部移送済みだと思う。人数は絞ったから……」

“人数を絞った”それは、つまり老人など売れそうにない兎人族は殺したということだろう。兵士の言葉に、悲痛な表情を浮かべる兎人族達。俺は、その様子をチラッとだけ見やる。直ぐに視線を兵士に戻すともう用はないと瞳に殺意を宿した。

「待て! 待ってくれ! 他にも何でも話すから! 帝国のでも何でも! だから!」

俺の殺意に気がついた兵士が再び必死に命乞いする。しかし、その返答は……

「ギルティ。」

 

ジュッ!!!

 

一発の氷弾だった。

息を呑む兎人族達。あまりに容赦のない俺の行動に完全に引いているようである。その瞳には若干の恐怖が宿っていた。それはシアも同じだったのか、おずおずとハジメに尋ねた。

「あ、あのさっきの人は見逃してあげても良かったのでは……」

はぁ? という呆れを多分に含んだ視線を向ける南雲に「うっ」と唸るシア。自分達の同胞を殺し、奴隷にしようとした相手にも慈悲を持つようで、兎人族とはとことん温厚というか平和主義らしい。南雲が言葉を発しようとしたが、その機先を制するようにユエが反論した。

「……一度、剣を抜いた者が、結果、相手の方が強かったからと言って見逃してもらおうなんて都合が良すぎ」

「そ、それは……」

「……そもそも、守られているだけのあなた達がそんな目をイズナに向けるのはお門違い」

「……」

ユエは静かに怒っているようだ。守られておきながら、南雲に向ける視線に負の感情を宿すなど許さないと言わんばかりである。当然といえば当然なので、兎人族達もバツ悪そうな表情をしている。

「ふむ、ハジメ殿、申し訳ない。別に、貴方に含むところがあるわけではないのだ。ただ、こういう争いに我らは慣れておらんのでな……少々、驚いただけなのだ」

「ハジメさん、すみません」

シアとカムが代表して謝罪するが、

「俺はいいが泉奈にするだろ普通。」

そう言われ俺に謝罪をしてくる。

「何、たとえどんな存在だろうと命を奪ったんだ。剣で人を殺すのなら己が殺される覚悟を持ってから殺せ。って奴さ。」

南雲は、無傷の馬車や馬のところへ行き、兎人族達を手招きする。樹海まで徒歩で半日くらいかかりそうなので、せっかくの馬と馬車を有効活用しようというわけだ。魔力駆動四輪を“宝物庫”から取り出し馬車に連結させる。馬に乗る者と分けて一行は樹海へと進路をとった。

無残な帝国兵の死体は俺が凍らせて粉々に砕くことで証拠を隠滅する。

七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国フェアベルゲンを抱える【ハルツィナ樹海】を前方に見据えて、南雲の乗った魔力駆動四輪が牽引する大型馬車二台と数十頭の馬と俺が乗った魔力駆動四輪が殿を努めながら、それなりに早いペースで平原を進んでいた。

前の四輪には、南雲、ユエ、香織、雫、美九、シアが、後ろの俺が乗っている四輪には俺、慧郎、十六夜、金糸雀、イリヤ、鈴、飛斗、織咫が乗って、魔力駆動二輪に代赤、セタンタは走り、迦楼那と栄光は霊体化している。当初、南雲はシアには馬車に乗るように言ったのだが、断固として四輪に乗る旨を主張し言う事を聞かなかった。ユエが何度叩き落としても、ゾンビのように起き上がりヒシッとしがみつくので、遂にユエの方が根負けしたという事情があったりする。シアとしては、初めて出会った“同類”である二人と、もっと色々話がしたいようだった。南雲達と一緒に乗れて上機嫌な様子のシア。果たして、シアが気に入ったのは四輪の座席か南雲の隣か……場合によっては手足をふん縛って引きずってやる! とユエは内心決意していた。

若干不機嫌そうなユエ、香織と上機嫌なシアに挟まれた南雲は、四輪を走らせつつ遠くを見ながらボーとしていた。

その間、女子勢はワイワイと話をしていた。

それから数時間して、遂に一行は【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。

「それでは、ハジメ殿、ユエ殿。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。お二人を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「ああ、聞いた限りじゃあ、そこが本当の迷宮と関係してそうだからな」

カムが、南雲に対して樹海での注意と行き先の確認をする。カムが言った“大樹”とは、【ハルツィナ樹海】の最深部にある巨大な一本樹木で、亜人達には“大樹ウーア・アルト”と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないらしい。峡谷脱出時にカムから聞いた話だ。

当初、俺達は【ハルツィナ樹海】そのものが大迷宮かと思っていたのだが、よく考えれば、それなら奈落の底の魔物と同レベルの魔物が彷徨いている魔境ということになり、とても亜人達が住める場所ではなくなってしまう。なので、【オルクス大迷宮】のように真の迷宮の入口が何処かにあるのだろうと推測した。そして、カムから聞いた“大樹”が怪しいと踏んだのである。

カムは、南雲の言葉に頷くと、周囲の兎人族に合図をして俺達の周りを固めた。

「皆様、できる限り気配は消しもらえますかな。大樹は、神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや、他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です」

「ああ、承知している。俺や香織、勿論ユエも、ある程度、隠密行動はできるから大丈夫だ」

南雲は、そう言うと“気配遮断”を使う。ユエも、奈落で培った方法で気配を薄くした。

「ッ!? これは、また……ハジメ殿、できれば香織殿くらいにしてもらえますかな?」

「ん? ……こんなもんか?」

「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見失いかねませんからな。いや、全く、流石ですな!」

因みにサーヴァント勢は霊体化し、俺は気化していたりするが。こら、鈴よ俺を吸うな。

元々、兎人族は全体的にスペックが低い分、聴覚による索敵や気配を断つ隠密行動に秀でている。低級のサーヴァント・アサシンと同レベルと言えば、その優秀さが分かるだろうか。達人級といえる。しかし、南雲の“気配遮断”は更にその上の佐々木小次郎をはじめとした剣士辺りを行く。普通の場所なら、一度認識すればそうそう見失うことはないが、樹海の中では、兎人族の索敵能力を以てしても見失いかねないハイレベルなものだった。

カムは、人間族でありながら自分達の唯一の強みを凌駕され、もはや苦笑いだ。隣では、何故か香織が自慢げに胸を張っている。シアは、どこか複雑そうだった。南雲の言う実力差を改めて示されたせいだろう。

「それでは、行きましょうか」

カムの号令と共に準備を整えた一行は、カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。

暫く、道ならぬ道を突き進む。直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくる。しかし、カムの足取りに迷いは全くなかった。現在位置も方角も完全に把握しているようだ。理由は分かっていないが、亜人族は、亜人族であるというだけで、樹海の中でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。

順調に進んでいると、突然カム達が立止り、周囲を警戒し始めた。魔物の気配だ。当然、俺達も感知している。どうやら複数匹の魔物に囲まれているようだ。樹海に入るに当たって、南雲が貸与えたナイフ類を構える兎人族達。彼等は本来なら、その優秀な隠密能力で逃走を図るのだそうだが、今回はそういうわけには行かない。皆、一様に緊張の表情を浮かべている。

と、突然南雲が左手を素早く水平に振った。微かに、パシュという射出音が連続で響く。

直後、

 

ドサッ、ドサッ、ドサッ

 

「「「キィイイイ!?」」」

三つの何かが倒れる音と、悲鳴が聞こえた。そして、慌てたように霧をかき分けて、腕を四本生やした体長六十センチ程の猿が三匹踊りかかってきた。

そこを、代赤が赤雷を燦然と輝く王剣(クラレント)に纏わせて振るう。

空中にある猿を何の抵抗も許さずに上下に分断する。その猿は悲鳴も上げられずにドシャと音を立てて地に落ちた。しかも、この深い霧を代赤を中心に払われる。

残り二匹は二手に分かれた。一匹は近くの子供に、もう一匹はシアに向かって鋭い爪の生えた四本の腕を振るおうとする。シアも子供も、突然のことに思わず硬直し身動きが取れない。咄嗟に、近くの大人が庇おうとするが……無用の心配だった。

栄光が霊体化を解いてその2匹の首を鷲掴みして折って殺す。

それと、南雲が使ったのは、左腕の義手に内蔵されたニードルガンである。かつて戦ったサソリモドキからヒントを得て、散弾式のニードルガンを内蔵した。射出には、“纏雷”を使っておりドンナー・シュラークには全く及ばないものの、それなりの威力がある。射程が10m程しかないが、静音性には優れており、毒系の針もあるので中々に便利である。暗器の一種とも言えるだろう。樹海中では、発砲音で目立ちたくなかったのでドンナー・シュラークは使わなかった。

「あ、ありがとうございます、栄光さん」

シアは、突然の危機に硬直するしかなかった自分にガックリと肩を落とした。

その様子に、カムは苦笑いする。南雲から促されて、先導を再開した。

その後も、ちょくちょく魔物に襲われたが、俺達が静かに片付けていく。樹海の魔物は、一般的には相当厄介なものとして認識されているのだが、何の問題もなかった。

しかし、樹海に入って数時間が過ぎた頃、今までにない無数の気配に囲まれ、俺達は歩みを止める。数も殺気も、連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。カム達は忙しなくウサミミを動かし索敵をしている。

そして、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を見せた。シアに至っては、その顔を青ざめさせている。

俺達も相手の正体に気がつき、面倒そうな表情になった。

その相手の正体は……

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人だった。

樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている。

その有り得ない光景に、目の前の虎の亜人と思しき人物はカム達を裏切り者を見るような眼差しを向けた。その手には両刃の剣が抜身の状態で握られている。周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いているようだ。

「はっ、殺気バリバリに放ってんな。」

十六夜が何か言う。

「あ、あの私達は……」

カムが何とか誤魔化そうと額に冷汗を流しながら弁明を試みるが、その前に虎の亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれる。

「白い髪の兎人族…だと?……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め!長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは!反逆罪だ!もはや弁明など聞く必要もない!全員この場で処刑する!総員かッ!?」

 

ドパンッ!!

 

虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下そうとしたその瞬間、南雲の腕が跳ね上がり、銃声と共に一条の閃光が彼の頬を掠めて背後の樹を抉り飛ばし樹海の奥へと消えていった。

理解不能な攻撃に凍りつく虎の亜人の頬に擦過傷が出来る。もし人間のように耳が横についていれば、確実に弾け飛んでいただろう。聞いたこともない炸裂音と反応を許さない超速の攻撃に誰もが硬直している。

そこに、気負った様子もないのに途轍もない圧力を伴った南雲の声が響いた。“威圧”という魔力を直接放出することで相手に物理的な圧力を加える固有魔術である。

「今の攻撃は、刹那の間に数十発単位で連射出来る。周囲を囲んでいるヤツらも全て把握している。お前等がいる場所は、既に俺のキルゾーンだ」

「な、なっ……詠唱がっ……」

詠唱もなく、見たこともない強烈な攻撃を連射出来る上、味方の場所も把握していると告げられ思わず吃る虎の亜人。それを証明するように、ハジメは自然な動作でシュラークを抜きピタリと、とある方向へ銃口を向けた。その先には、奇しくも虎の亜人の腹心の部下がいる場所だった。霧の向こう側で動揺している気配がする。

「殺るというのなら容赦はしない。約束が果たされるまで、こいつらの命は俺が保障しているからな……ただの一人でも生き残れるなどと思うなよ」

威圧感の他に南雲が殺意を放ち始める。あまりに濃厚なそれを真正面から叩きつけられている虎の亜人は冷や汗を大量に流しながら、ヘタをすれば恐慌に陥って意味もなく喚いてしまいそうな自分を必死に押さえ込んだ。

(冗談だろ! こんな、こんなものが人間だというのか! まるっきり化物じゃないか!)

恐怖心に負けないように内心で盛大に喚く虎の亜人など知ったことかというように、南雲がドンナー・シュラークを構えたまま、言葉を続ける。

「だが、この場を引くというのなら追いもしない。敵でないなら殺す理由もないからな。さぁ、選べ。敵対して無意味に全滅するか、大人しく家に帰るか」

虎の亜人は確信した。攻撃命令を下した瞬間、先程の閃光が一瞬で自分達を蹂躙することを。その場合、万に一つも生き残れる可能性はないということを。

虎の亜人は、フェアベルゲンの第二警備隊隊長だった。フェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事で、魔物や侵入者から同胞を守るというこの仕事に誇りと覚悟を持っていた。その為、例え部下共々全滅を確信していても安易に引くことなど出来なかった。

「……その前に、一つ聞きたい」

虎の亜人は掠れそうになる声に必死で力を込めて南雲に尋ねた。南雲は視線で話を促した。

「……何が目的だ?」

端的な質問。しかし、返答次第では、ここを死地と定めて身命を賭す覚悟があると言外に込めた覚悟の質問だ。虎の亜人は、フェアベルゲンや集落の亜人達を傷つけるつもりなら、自分達が引くことは有り得ないと不退転の意志を眼に込めて気丈に南雲を睨みつけた。

「樹海の深部、大樹の下へ行きたい」

「大樹の下へ……だと? 何のために?」

てっきり亜人を奴隷にするため等という自分達を害する目的なのかと思っていたら、神聖視はされているものの大して重要視はされていない“大樹”が目的と言われ若干困惑する虎の亜人。“大樹”は、亜人達にしてみれば、言わば樹海の名所のような場所に過ぎないのだ。

「そこに、本当の大迷宮への入口があるかもしれないからだ。俺達は七大迷宮の攻略を目指して旅をしている。ハウリアは案内のために雇ったんだ」

「本当の迷宮?何を言っている?七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

「いや、それはおかしいぜ」

「なんだと?」

突然割って入り、妙に自信のあるセタンタの断言に虎の亜人は訝しそうに問い返した。

「大迷宮というには、ここの魔物は弱すぎる」

「弱い?」

「そうだ。大迷宮の魔物ってのは、どいつもこいつも地上からしたら化物揃いだ。少なくとも【オルクス大迷宮】の奈落はそうだった。それに……」

「なんだ?」

「大迷宮っつうのは、“解放者”達が残した試練という事が既に調べて分かった事だ。無理難題がある筈なのに亜人族は簡単に深部へ行けるんだろ? それじゃあ、試練になってない。だから、樹海自体が大迷宮ってのはおかしいんだよ」

「……」

セタンタの話を聞き終わり、虎の亜人は困惑を隠せなかった。セタンタの言っていることが分からないからだ。樹海の魔物を弱いと断じることも、【オルクス大迷宮】の奈落というのも、解放者とやらも、迷宮の試練とやらも……聞き覚えのないことばかりだ。普段なら、“戯言”と切って捨てていただろう。

だがしかし、今、この場において、セタンタが適当なことを言う意味はないのだ。しかも、妙に確信に満ちていて言葉に力がある。本当に亜人やフェアベルゲンには興味がなく大樹自体が目的なら、部下の命を無意味に散らすより、さっさと目的を果たさせて立ち去ってもらうほうがいい。

虎の亜人は、そこまで瞬時に判断した。しかし、南雲程の驚異を自分の一存で野放しにするわけには行かない。この件は、完全に自分の手に余るということも理解している。その為、虎の亜人は南雲に提案した。

「……お前が、国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行くくらいは構わないと、俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけには行かないからな」

その言葉に、周囲の亜人達が動揺する気配が広がった。樹海の中で、侵入して来た人間族を見逃すということが異例だからだろう。

「だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っている方もがおられるかもしれない。お前に、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」

冷や汗を流しながら、それでも強い意志を瞳に宿して睨み付けてくる虎の亜人の言葉に、南雲は少し考え込む。

虎の亜人からすれば限界ギリギリの譲歩なのだろう。樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑されると聞く。今も、本当は俺達を処断したくて仕方ないはずだ。だが、そうすれば間違いなく部下の命を失う。それを避け、かつ、南雲という危険を野放しにしないためのギリギリの提案。

南雲は、この状況で中々理性的な判断ができるヤツだと、少し感心した。そして、今、この場で彼等を殲滅して突き進むメリットと、フェアベルゲンに完全包囲される危険を犯しても彼等の許可を得るメリットを天秤に掛けて……後者を選択した。大樹が大迷宮の入口でない場合、更に探索をしなければならない。そうすると、フェアベルゲンの許可があった方が都合がいい。もちろん、結局敵対する可能性は大きいが、しなくて済む道があるならそれに越したことはない。人道的判断ではなく、単に殲滅しながらの探索はひどく面倒そうだからだ。

「……いいだろう。さっきの言葉、曲解せずにちゃんと伝えろよ?」

「無論だ。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

「了解!」

虎の亜人の言葉と共に、気配が一つ遠ざかっていった。南雲は、それを確認するとスっと構えていたドンナー・シュラークを太もものホルスターに納めて、“威圧”を解いた。空気が一気に弛緩する。それに、ホッとすると共に、あっさり警戒を解いた南雲に訝しそうな眼差しを向ける虎の亜人。中には、“今なら!”と臨戦態勢に入っている亜人もいるようだ。その視線の意味に気が付いたのか南雲が不敵に笑った。

「お前等が攻撃するより、俺の抜き撃ちの方が早い……試してみるか?」

「……いや。だが、下手な動きはするなよ。我らも動かざるを得ない」

「わかってるさ」

包囲はそのままだが、漸く一段落着いたと分かり、カム達にもホッと安堵の吐息が漏れた。だが、彼等に向けられる視線は、南雲に向けられるものより厳しいものがあり居心地は相当悪そうである。

暫く、重苦しい雰囲気が周囲を満たしていたが、そんな雰囲気に飽きたのか、ユエが南雲に構って欲しいと言わんばかりにちょっかいを出し始めた。それを見たシアが場を和ませるためか、単に雰囲気に耐えられなくなったのか「私も~」と参戦し、苦笑いしながら相手をする南雲に、少しずつ空気が弛緩していく。香織はそんな彼らに慈愛に満ちた笑顔を向けていた。敵地のど真ん中で、いきなりイチャつき始めた(亜人達にはそう見えた)南雲に呆れの視線が突き刺さる。

時間にして一時間と言ったところか。調子に乗ったシアが、ユエに関節を極められて「ギブッ! ギブッですぅ!」と必死にタップし、それを周囲の亜人達が呆れを半分含ませた生暖かな視線で見つめていると、急速に近づいてくる気配を感じた。

場に再び緊張が走る。シアの関節には痛みが走る。

霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は、森人族いわゆるエルフなのだろう。

俺達は、瞬時に、彼が“長老”と呼ばれる存在なのだろうと推測した。その推測は、当たりのようだ。

「ふむ、お前さんが問題の人間族かね? 名は何という?」

「ハジメだ。南雲ハジメ。あんたは?」

南雲の言葉遣いに、周囲の亜人が長老に何て態度を! と憤りを見せる。それを、片手で制すると、森人族の男性も名乗り返した。

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。“解放者”とは何処で知った?」

「うん?オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家だ」

目的などではなく、解放者の単語に興味を示すアルフレリックに訝みながら返答する南雲。一方、アルフレリックの方も表情には出さないものの内心は驚愕していた。なぜなら、解放者という単語と、その一人が“オスカー・オルクス”という名であることは、長老達と極僅かな側近しか知らない事だからだ。

「ふむ、奈落の底か……聞いたことがないがな……証明できるか?」

あるいは亜人族の上層に情報を漏らしている者がいる可能性を考えて、南雲に尋ねるアルフレリック。南雲は難しい表情をする。証明しろと言われても、すぐ示せるものは自身の強さくらいだ。首を捻るハジメに香織が提案する。

「……ハジメ君、魔石とかオルクスの遺品は?」

「ああ! そうだな、それなら……」

ポンと手を叩き、“宝物庫”から地上の魔物では有り得ないほどの質を誇る魔石をいくつか取り出し、アルフレリックに渡す。

「こ、これは……こんな純度の魔石、見たことがないぞ……」

アルフレリックも内心驚いていてたが、隣の虎の亜人が驚愕の面持ちで思わず声を上げた。

「後は、これ。一応、オルクスが付けていた指輪なんだが……」

そう言って、見せたのはオルクスの指輪だ。アルフレリックは、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。

「なるほど……確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達だけでなく、カム達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声があがる。それも当然だろう。かつて、フェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから。

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に付いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。しかし、今度は南雲の方が抗議の声を上げた。

「待て。何勝手に俺の予定を決めてるんだ? 俺は大樹に用があるのであって、フェアベルゲンに興味はない。問題ないなら、このまま大樹に向かわせてもらう」

「いや、お前さん。それは無理だ」

「なんだと?」

 あくまで邪魔する気か? と身構える南雲に、むしろアルフレリックの方が困惑したように返した。

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で、霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは十日後だ。……亜人族なら誰でも知っているはずだが……」

 アルフレリックは、「今すぐ行ってどうする気だ?」と南雲を見たあと、案内役のカムを見た。俺達は、聞かされた事実にポカンとした後、アルフレリックと同じようにカムを見た。そのカムはと言えば……

「あっ」

まさに、今思い出したという表情をしていた。南雲の額に青筋が浮かぶ。

「カム?」

「あっ、いや、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行ったことがあるだけで、周期のことは意識してなかったといいますか……」

しどろもどろになって必死に言い訳するカムだったが、俺達のジト目に耐えられなくなったのか逆ギレしだした。

「ええい、シア、それにお前達も! なぜ、途中で教えてくれなかったのだ! お前達も周期のことは知っているだろ!」

「なっ、父様、逆ギレですかっ! 私は、父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って……つまり、父様が悪いですぅ!」

「そうですよ、僕たちも、あれ? おかしいな? とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって……」

「族長、何かやたら張り切ってたから……」

逆ギレするカムに、シアが更に逆ギレし、他の兎人族達も目を逸らしながら、さり気なく責任を擦り付ける。

「お、お前達! それでも家族か! これは、あれだ、そう! 連帯責任だ! 連帯責任! ハジメ殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」

「あっ、汚い! お父様汚いですよぉ! 一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」

「族長! 私達まで巻き込まないで下さい!」

「バカモン! 道中の、ハジメ殿の容赦のなさを見ていただろう! 一人でバツを受けるなんて絶対に嫌だ!」

「あんた、それでも族長ですか!」

亜人族の中でも情の深さは随一の種族といわれる兎人族。彼等は、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任を擦り付け合っていた。情の深さは何処に行ったのか……流石、シアの家族である。総じて、残念なウサギばかりだった。

青筋を浮かべた南雲が、一言、ポツリと呟く。

「……ユエ」

「ん」

南雲の言葉に一歩前に出たユエがスっと右手を掲げた。それに気がついたハウリア達の表情が引き攣る。

「まっ、待ってください、ユエさん! やるなら父様だけを!」

「はっはっは、何時までも皆一緒だ!」

「何が一緒だぁ!」

「ユエ殿、族長だけにして下さい!」

「僕は悪くない、僕は悪くない、悪いのは族長なんだ!」

 喧々囂々に騒ぐハウリア達に薄く笑い、ユエは静かに呟いた。

「“嵐帝”」

―――― アッーーーー!!!

天高く舞い上がるウサミミ達。樹海に彼等の悲鳴が木霊する。同胞が攻撃を受けたはずなのに、アルフレリックを含む周囲の亜人達の表情に敵意はなかった。むしろ、呆れた表情で天を仰いでいる。彼等の表情が、何より雄弁にハウリア族の残念さを示していた。

濃霧の中を虎の亜人ギルの先導で進む。

行き先はフェアベルゲンだ。俺達一行、ハウリア族、そしてアルフレリックを中心に周囲を亜人達で固めて既に一時間ほど歩いている。どうやら、先のザムと呼ばれていた伝令は相当な瞬足だったようだ。

暫く歩いていると、突如、霧が晴れた場所に出た。晴れたといっても全ての霧が無くなったのではなく、一本真っ直ぐな道が出来ているだけで、まるで霧のトンネルのような場所だ。よく見れば、道の端に誘導灯のように青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分埋められている。そこを境界線に霧の侵入を防いでいるようだ。

南雲が、青い結晶に注目していることに気が付いたのかアルフレリックが解説を買って出てくれた。

「あれは、フェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は“比較的”という程度だが」

「なるほど。そりゃあ、四六時中霧の中じゃあ気も滅入るだろうしな。住んでる場所くらい霧は晴らしたいよな」

どうやら樹海の中であっても街の中は霧がないようだ。十日は樹海の中にいなければならなかったので朗報である。ユエも、霧が鬱陶しそうだったので、二人の会話を聞いてどことなく嬉しそうだ。

そうこうしている内に、眼前に巨大な門が見えてきた。太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、其処に木製の十メートルはある両開きの扉が鎮座していた。天然の樹で作られた防壁は高さが最低でも三十メートルはありそうだ。亜人の“国”というに相応しい威容を感じる。

ギルが門番と思しき亜人に合図を送ると、ゴゴゴと重そうな音を立てて門が僅かに開いた。周囲の樹の上から、俺達に視線が突き刺さっているのがわかる。人間が招かれているという事実に動揺を隠せないようだ。アルフレリックがいなければ、ギルがいても一悶着あったかもしれない。おそらく、その辺りも予測して長老自ら出てきたのだろう。

門をくぐると、そこは別世界だった。直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡り歩けるだろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重り、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそうである。

南雲や女子勢がポカンと口を開け、その美しい街並みに見蕩れていると、ゴホンッと咳払いが聞こえた。どうやら、気がつかない内に立ち止まっていたらしくアルフレリックが正気に戻してくれたようだ。

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。南雲は、そんな彼等の様子を見つつ、素直に称賛した。

「ああ、こんな綺麗な街を見たのは始めてだ。空気も美味い。自然と調和した見事な街だな」

「うん……綺麗」

「…………ん」

掛け値なしのストレートな称賛に、流石に、そこまで褒められるとは思っていなかったのか少し驚いた様子の亜人達。だが、やはり故郷を褒められたのが嬉しいのか、皆、ふんっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている。

俺達は、フェアベルゲンの住人に好奇と忌避、あるいは困惑と憎悪といった様々な視線を向けられながら、アルフレリックが用意した場所に向かった。

 

✲✲✲

 

「……なるほど。試練に神代魔法、それに神の盤上か……」

現在、俺達(南雲と香織とユエ、俺と慧郎のみ)は、アルフレリックと向かい合って話をしていた。内容は、南雲がオスカー・オルクスに聞いた“解放者”のことや神代魔術のこと、自分が異世界の人間であり七大迷宮を攻略すれば故郷へ帰るための神代魔術が手に入るかもしれないこと等だ。

アルフレリックは、この世界の神の話しを聞いても顔色を変えたりはしなかった。不思議に思って南雲が尋ねると、「この世界は亜人族に優しくはない、今更だ」という答えが返ってきた。神が狂っていようがいまいが、亜人族の現状は変わらないということらしい。聖教教会の権威もないこの場所では信仰心もないようだ。あるとすれば自然への感謝の念だという。

俺達の話を聞いたアルフレリックは、フェアベルゲンの長老の座に付いた者に伝えられる掟を話した。それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つのが現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことという何とも抽象的な口伝だった。

【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創始者リューティリス・ハルツィナが、自分が“解放者”という存在である事(解放者が何者かは伝えなかった)と、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。フェアベルゲンという国ができる前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えてきたのだとか。最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もないことを知っているからこその忠告だ。

そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったからだそうだ。

「それで、俺達は資格を持っているというわけか……」

アルフレリックの説明により、人間を亜人族の本拠地に招き入れた理由がわかった。しかし、全ての亜人族がそんな事情を知っているわけではないはずなので、今後の話をする必要がある。

南雲とアルフレリックが、話を詰めようとしたその時、何やら階下が騒がしくなった。俺達のいる場所は、最上階にあたり、階下にはシア達ハウリア族が待機している。どうやら、彼女達が誰かと争っているようだ。俺達とアルフレリックは顔を見合わせ、同時に立ち上がった。

階下では、大柄な熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しで、ハウリア族を睨みつけていた。部屋の隅で縮こまり、カムが必死にシアを庇っている。シアもカムも頬が腫れている事から既に殴られた後のようだ。

俺達が階段から降りてくると、彼等は一斉に鋭い視線を送った。熊の亜人が剣呑さを声に乗せて発言する。

「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた? こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

必死に激情を抑えているのだろう。拳を握りわなわなと震えている。やはり、亜人族にとって人間族は不倶戴天の敵なのだ。しかも、忌み子と彼女を匿った罪があるハウリア族まで招き入れた。熊の亜人だけでなく他の亜人達もアルフレリックを睨んでいる。

しかし、アルフレリックはどこ吹く風といった様子だ。

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

「何が口伝だ! そんなもの眉唾物ではないか! フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

「なら、こんな人間族の小僧が資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

「そうだ」

あくまで淡々と返すアルフレリック。熊の亜人は信じられないという表情でアルフレリックを、そして南雲を睨む。ってか何故南雲だけを睨むのだ?まぁいいか。

フェアベルゲンには、種族的に能力の高い幾つかの各種族を代表する者が長老となり、長老会議という合議制の集会で国の方針などを決めるらしい。裁判的な判断も長老衆が行う。今、この場に集まっている亜人達が、どうやら当代の長老達らしい。だが、口伝に対する認識には差があるようだ。

アルフレリックは、口伝を含む掟を重要視するタイプのようだが、他の長老達は少し違うのだろう。アルフレリックは森人族であり、亜人族の中でも特に長命種だ。二百年くらいが平均寿命だったと俺は記憶している。だとすると、眼前の長老達とアルフレリックでは年齢が大分異なり、その分、価値観にも差があるのかもしれない。ちなみに、亜人族の平均寿命は百年くらいだ。

そんなわけで、アルフレリック以外の長老衆は、この場に人間族や罪人がいることに我慢ならないようだ。

「……ならば、今、この場で試してやろう!」

いきり立った熊の亜人が突如、南雲に向かって突進した。あまりに突然のことで周囲は反応できていない。アルフレリックも、まさかいきなり襲いかかるとは思っていなかったのか、驚愕に目を見開いている。

そして、一瞬で間合いを詰め、身長二メートル半はある脂肪と筋肉の塊の様な男の豪腕が、南雲に向かって振り下ろされた。

亜人の中でも、熊人族は特に耐久力と腕力に優れた種族だ。その豪腕は、一撃で野太い樹をへし折る程で、種族代表ともなれば一線を画す破壊力を持っている。シア達ハウリア族と傍らの香織とユエや俺達以外の亜人達は、皆一様に、肉塊となった南雲を幻視した。

しかし、次の瞬間には、有り得ない光景に凍りついた。

 

ズドンッ!

 

衝撃音と共に振り下ろされた拳は、横から入った慧郎が薬指(・・)だけで止めていたからだ。

「……温い拳ですね。ですが、殺意を持って我々に手を出した。覚悟は出来てるんですね?」

そう言って、背負投の要領で空中に投げ、跳んで襟を掴んで木製の壁に投げる。

「ぐっう! 離せ!」

襟を掴まれている時に言っていたが間に合わず、壁に衝突。

 

バキッ!

 

「ッ!?」

熊の亜人の腕からなってはいけない破壊音が響く。それでも悲鳴を上げなかったのは流石は長老といったところか。だが、痛みと驚愕に硬直した隙を慧郎は逃さない。

まだ立ち直っていない熊の長老に発勁?を放つ。

遠慮容赦なく熊の亜人族の腹に突き刺さり、その場に衝撃波を発生させながら、文字通り猛烈な勢いで吹っ飛ばす。熊の亜人は、悲鳴一つ上げられず、体をくの字に折り曲げながら背後の壁を突き破り虚空へと消えていった。暫くすると、地上で悲鳴が聞こえだす。

 誰もが言葉を失い硬直していると、風を切る音が聞こえた。

「それで?次はどなたですか?私の名はケイローン。南雲さんとやりたいのならまずは私で肩慣らししてもらいましょうか。」

その言葉に、頷けるものはいなかった。

慧郎が熊の亜人を吹き飛ばした後、アルフレリックが何とか執り成し、慧郎による蹂躙劇は回避された。熊の亜人は内蔵破裂、ほぼ全身の骨が粉砕骨折という危険な状態であったが、何と一命は取り留めたらしい。高価な回復薬を湯水の如く使ったようだ。もっとも、もう二度と戦士として戦うことはできないようだが……

因みに慧郎がこのような行動に出たのは1種族だけを魔物と同じ力を持つだけでこのような仕打ちをすることに軽く怒りを覚えたからだそう。

現在、当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族(俗に言うドワーフ)のグゼ、そして森人族のアルフレリックが、南雲と向かい合って座っていた。南雲の傍らには香織とユエ、カム、シアが座り、その後ろにハウリア族が固まって座っている。南雲の座る席の後ろに慧郎がたちずさんでいる。

俺達一行はバラバラに座っていたりする。

長老衆の表情は、アルフレリックを除いて緊張感で強ばっていた。戦闘力では一,二を争う程の手練だった熊の亜人(名前はジン)が、文字通り手も足も出ず瞬殺されたのであるから無理もない。

「で? あんた達は俺等をどうしたいんだ? 俺は大樹の下へ行きたいだけで、邪魔しなければ敵対することもないんだが……亜人族・・・としての意思を統一してくれないと、いざって時、何処までやっていいかわからないのは不味いだろう? あんた達的に。殺し合いの最中、敵味方の区別に配慮する程、俺はお人好しじゃないぞ」

南雲の言葉に、身を強ばらせる長老衆。言外に、亜人族全体との戦争も辞さないという意志が込められていることに気がついたのだろう。

「こちらの仲間を再起不能にしておいて、第一声がそれか……それで友好的になれるとでも?」

グゼが苦虫を噛み潰したような表情で呻くように呟いた。

「何を言っているのですか。殺意を向けたのならば殺される覚悟を持ってから向けなさい。でないと帝国と同じ思想ですよ。」

「き、貴様! ジンはな! ジンは、いつも国のことを思って!」

「それが、初対面の相手を問答無用に殺していい理由になるとでも?」

「そ、それは!しかし!」

「勘違いしないでください? 南雲さんが被害者で、あの熊さんが加害者。私は南雲さんを庇った。長老を襲名しているのならば、罪科の判断も下す筈?ならばそこのところを長老である貴方がはき違えないでください。」

おそらくグゼはジンと仲が良かったのではないだろうか。その為、頭では慧郎の言う通りだと分かっていても心が納得しないのだろう。慧郎は味方を守った。そうとしか認識していない。

「グゼ、気持ちはわかるが、そのくらいにしておけ。彼の言い分は正論だ」

アルフレリックの諌めの言葉に、立ち上がりかけたグゼは表情を歪めてドスンッと音を立てながら座り込んだ。そのまま、むっつりと黙り込む。

「確かに、この少年は、紋章の一つを所持しているし、その実力も大迷宮を突破したと言うだけのことはあるね。僕は、彼を口伝の資格者と認めるよ。まぁ、後ろのフードの子の方が気になるけどね。」

そう言ったのは狐人族の長老ルアだ。糸のように細めた目で南雲を見た後、俺を気にしてから他の長老はどうするのかと周囲を見渡す。

その視線を受けて、翼人族のマオ、虎人族のゼルも相当思うところはあるようだが、同意を示した。代表して、アルフレリックが南雲に伝える。

「南雲ハジメ。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前等さんを口伝の資格者として認める。故に、お前さんと敵対はしないというのが総意だ……可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。……しかし……」

「絶対じゃない……か?」

「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。特に、今回再起不能にされたジンの種族、熊人族の怒りは抑えきれない可能性が高い。アイツは人望があったからな……」

「それで?」

アルフレリックの話しを聞いても南雲の顔色は変わらない。すべきことをしただけであり、すべきことをするだけだという意志が、その瞳から見て取れる。アルフレリックは、その意志を理解した上で、長老として同じく意志の宿った瞳を向ける。

「お前さんを襲った者達を殺さないで欲しい」

「……殺意を向けてくる相手に手加減しろと?」

「そうだ。お前さんの実力なら可能だろう?」

「あの熊野郎が手練だというなら、可能か否かで言えば可能だろうな。だが、殺し合いで手加減をするつもりはない。あんたの気持ちはわかるけどな、そちらの事情は俺にとって関係のないものだ。同胞を死なせたくないなら死ぬ気で止めてやれ」

奈落の底で培った、敵対者は殺すという価値観は根強く南雲の心に染み付いている。殺し合いでは何が起こるかわからないのだ。手加減などして、窮鼠猫を噛むように致命傷を喰らわないとは限らない。その為、南雲がアルフレリックの頼みを聞くことはなかった。

しかし、そこで虎人族のゼルが口を挟んだ。

「ならば、我々は、大樹の下への案内を拒否させてもらう。口伝にも気に入らない相手を案内する必要はないとあるからな」

その言葉に、南雲は訝しそうな表情をした。もとより、案内はハウリア族に任せるつもりで、フェアベルゲンの者の手を借りるつもりはなかった。そのことは、彼等も知っているはずである。だが、ゼルの次の言葉で彼の真意が明らかになった。

「ハウリア族に案内してもらえるとは思わないことだ。そいつらは罪人。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

ゼルの言葉に、シアは泣きそうな表情で震え、カム達は一様に諦めたような表情をしている。この期に及んで、誰もシアを責めないのだから情の深さは折紙付きだ。

「長老様方! どうか、どうか一族だけはご寛恕を! どうか!」

「シア! 止めなさい! 皆、覚悟は出来ている。お前には何の落ち度もないのだ。そんな家族を見捨ててまで生きたいとは思わない。ハウリア族の皆で何度も何度も話し合って決めたことなのだ。お前が気に病む必要はない」

「でも、父様!」

土下座しながら必死に寛恕を請うシアだったが、ゼルの言葉に容赦はなかった。

「既に決定したことだ。ハウリア族は全員処刑する。フェアベルゲンを謀らなければ忌み子の追放だけで済んだかもしれんのにな」

ワッと泣き出すシア。それをカム達は優しく慰めた。長老会議で決定したというのは本当なのだろう。他の長老達も何も言わなかった。おそらく、忌み子であるということよりも、そのような危険因子をフェアベルゲンの傍に隠し続けたという事実が罪を重くしたのだろう。ハウリア族の家族を想う気持ちが事態の悪化を招いたとも言える。何とも皮肉な話だ。

「そういうわけだ。これで、貴様が大樹に行く方法は途絶えたわけだが? どうする? 運良くたどり着く可能性に賭けてみるか?」

それが嫌なら、こちらの要求を飲めと言外に伝えてくるゼル。他の長老衆も異論はないようだ。しかし、南雲は特に焦りを浮かべることも苦い表情を見せることもなく、何でもない様に軽く返した。

「はぁ。貴方達は馬鹿なのですか?」

「な、なんだと!」

慧郎の物言いに、目を釣り上げるゼル。シア達も思わずと言った風に慧郎を見る。南雲達は慧郎の考えがわかったのかのかすまし顔だ。

「我々には、貴方達の事情には一切関係がない。それに、貴方達は南雲さんの道を拒むのですか?そして、それがどういう事かも分かって言っているのかも。」

南雲は長老衆を睥睨しながら、スっと伸ばした手を泣き崩れているシアの頭に乗せた。ピクッと体を震わせ、南雲を見上げるシア。

「俺から、こいつらを奪おうってんなら……覚悟を決めろ」

「ハジメさん……」

南雲が締めとして発した今の言葉は単純に自分の邪魔をすることは許さないという意味で、それ以上ではないだろう。しかし、それでも、ハウリア族を死なせないために亜人族の本拠地フェアベルゲンとの戦争も辞さないという言葉は、その意志は、絶望に沈むシアの心を真っ直ぐに貫いた。

「本気かね?」

アルフレリックが誤魔化しは許さないとばかりに鋭い眼光で南雲を射貫く。

「当然だ。それに、本人は傍観しているが、ハルツィナ樹海全域をシュネー雪原以上の極寒地に変えることができる奴もいるしな。」

しかし、全く揺るがない南雲。ちゃっかりと俺の事を強調をする。そこに不退転の決意が見て取れる。この世界に対して自重しない、邪魔するものには妥協も容赦もしない。奈落の底で言葉にした決意だ。

「フェアベルゲンから案内を出すと言っても?」

ハウリア族の処刑は、長老会議で決定したことだ。それを、言ってみれば脅しに屈して覆すことは国の威信に関わる。今後、南雲達を襲うかもしれない者達の助命を引き出すための交渉材料である案内人というカードを切ってでも、長老会議の決定を覆すわけにはいかない。故に、アルフレリックは提案した。しかし、南雲は交渉の余地などないと言わんばかりにはっきりと告げる。

「何度も言わせるな。俺の案内人はハウリアだ」

「なぜ、彼等にこだわる。大樹に行きたいだけなら案内人は誰でもよかろう」

アルフレリックの言葉に南雲は面倒そうな表情を浮かべつつ、シアをチラリと見た。先程から、ずっと南雲を見ていたシアはその視線に気がつき、一瞬目が合う。すると僅かに心臓が跳ねたのを感じた。視線は直ぐに逸れたが、シアの鼓動だけは高まり続ける。

「約束したからな。案内と引き換えに助けてやるって」

「……約束か。それならもう果たしたと考えてもいいのではないか? 峡谷の魔物からも、帝国兵からも守ったのだろう? なら、あとは報酬として案内を受けるだけだ。報酬を渡す者が変わるだけで問題なかろう。」

「問題大ありだ。案内するまで身の安全を確保するってのが約束なんだよ。途中でいい条件が出てきたからって、ポイ捨てして鞍替えなんざ……」

南雲は一度、言葉を切って今度はユエを見た。ユエも南雲を見ており目が合うと僅かに微笑む。それに苦笑いしながら肩を竦めた南雲はアルフレリックに向き合い告げた。

「格好悪いだろ?」

闇討ち、不意打ち、騙し討ち、卑怯、卑劣に嘘、ハッタリ。殺し合いにおいて、南雲はこれらを悪いとは思わない。生き残るために必要なら何の躊躇いもなく実行して見せるだろう。

しかし、だからこそ、殺し合い以外では守るべき仁義くらいは守りたい。それすら出来なければ本当に唯の外道である。南雲も男だ。奈落の底で出会った傍らの少女達がつなぎ止めてくれた一線を、自ら越えるような醜態は晒したくない。

南雲に引く気がないと悟ったのか、アルフレリックが深々と溜息を吐く。他の長老衆がどうするんだと顔を見合わせた。暫く、静寂が辺りを包み、やがてアルフレリックがどこか疲れた表情で提案した。

「ならば、お前さんの奴隷ということにでもしておこう。フェアベルゲンの掟では、樹海の外に出て帰ってこなかった者、奴隷として捕まったことが確定した者は、死んだものとして扱う。樹海の深い霧の中なら我らにも勝機はあるが、外では魔法を扱う者に勝機はほぼない。故に、無闇に後を追って被害が拡大せぬように死亡と見なして後追いを禁じているのだ。……既に死亡と見なしたものを処刑はできまい」

「アルフレリック! それでは!」

完全に屁理屈である。当然、他の長老衆がギョッとした表情を向ける。ゼルに到っては思わず身を乗り出して抗議の声を上げた。

「ゼル。わかっているだろう。この少年が引かないことも、その力の大きさも。ハウリア族を処刑すれば、確実に敵対することになる。その場合、どれだけの犠牲が出るか……長老の一人として、そのような危険は断じて犯せん」

「しかし、それでは示しがつかん! 力に屈して、化物の子やそれに与するものを野放しにしたと噂が広まれば、長老会議の威信は地に落ちるぞ!」

「だが……」

「化け物化け物ってしつけぇんだよ、坊主。」

 ゼルとアルフレリックが議論を交わし、他の長老衆も加わって、場は喧々囂々の有様となった。が、俺の絶対零度の殺気を込めた一言で静まり返る。

中にはちびる者もいる。

「何だ?魔力を持った者全てを化け物っつったら生命力という名の魔力(・・・・・・・・・・)を持つあんたらも化け物だぜ?それに、持つ力や外見なんて関係ねぇ。あるのはその人物がまともか外道かのどっちかだろ?人を見た目や能力で判断したら痛い目見るぜ?」

この場の気温を下げながら告げる。

『…………寒いから辞めろ!!』

一行から辞めるように言われて気温を下げることを辞める。

だが、そんな中、南雲が敢えて空気を読まずに発言する。

「ああ~、盛り上がっているところ悪いが、シアを見逃すことについては今更だと思うぞ?」

何事も無かったかのように言う南雲の言葉に、ピタリと全体が止まり、どういうことだと長老衆が南雲に視線を転じる。

南雲はおもむろに右腕の袖を捲ると魔力の直接操作を行った。すると、右腕の皮膚の内側に薄らと赤い線が浮かび上がる。さらに、“纏雷”を使用して右手にスパークが走る。

長老衆は、南雲のその異様に目を見開いた。そして、詠唱も魔法陣もなく魔術を発動したことに驚愕を表にする。ジンを倒したのは左腕の義手型アーティファクトだけのせいだと思っていたのだ。

「俺も、シアと同じように、魔力の直接操作ができるし、固有魔法も使える。次いでに言えばこっちのユエもな。あんた達のいう化物ってことだ。だが、口伝では“それがどのような者であれ敵対するな”ってあるんだろ? 掟に従うなら、いずれにしろあんた達は化物を見逃さなくちゃならないんだ。シア一人見逃すくらい今更だと思うけどな」

暫く硬直していた長老衆だが、やがて顔を見合わせヒソヒソと話し始めた。そして、結論が出たのか、代表してアルフレリックが、それはもう深々と溜息を吐きながら長老会議の決定を告げる。

「はぁ~、ハウリア族は忌み子シア・ハウリアを筆頭に、同じく忌み子である南雲ハジメの身内と見なす。そして、資格者南雲ハジメに対しては、敵対はしないが、フェアベルゲンや周辺の集落への立ち入りを禁ずる。以降、南雲ハジメの一族に手を出した場合は全て自己責任とする……以上だ。何かあるか?」

「いや、何度も言うが俺は大樹に行ければいいんだ。こいつらの案内でな。文句はねぇよ」

「……そうか。ならば、早々に立ち去ってくれるか。漸く現れた口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいが……」

「気にしないでくれ。全部譲れないこととは言え、相当無茶言ってる自覚はあるんだ。むしろ理性的な判断をしてくれて有り難いくらいだよ」

南雲の言葉に苦笑いするアルフレリック。他の長老達は渋い表情か疲れたような表情だ。恨み辛みというより、さっさとどっか行ってくれ!という雰囲気である。その様子に肩を竦める南雲は香織やユエ、シア達を促して立ち上がった。

ユエは終始ボーとしていたが、話は聞いていたのか特に意見を口にすることもなく南雲に合わせて立ち上がった。

しかし、シア達ハウリア族は、未だ現実を認識しきれていないのか呆然としたまま立ち上がる気配がない。ついさっきまで死を覚悟していたのに、気がつけば追放で済んでいるという不思議。「えっ、このまま本当に行っちゃっていいの?」という感じで内心動揺しまくっていた。

「おい、何時まで呆けているんだ? さっさと行くぞ」

南雲の言葉に、漸く我を取り戻したのかあたふたと立ち上がり、さっさと出て行く俺達の後を追うシア達。アルフレリック達も、俺達を門まで送るようだ。

シアが、オロオロしながら南雲に尋ねた。

「あ、あの、私達……死ななくていいんですか?」

「? さっきの話し聞いてなかったのか?」

「い、いえ、聞いてはいましたが……その、何だかトントン拍子で窮地を脱してしまったので実感が湧かないといいますか……信じられない状況といいますか……」

周りのハウリア族も同様なのか困惑したような表情だ。それだけ、長老会議の決定というのは亜人にとって絶対的なものなのだろう。どう処理していいのか分からず困惑するシアにユエが呟くように話しかけた。

「……素直に喜べばいい」

「ユエさん?」

「……ハジメに救われた。それが事実。受け入れて喜べばいい」

「……」

ユエの言葉に、シアはそっと隣を歩く南雲に視線をやった。南雲は前を向いたまま肩を竦める。

「まぁ、約束だからな」

「ッ……」

シアは、肩を震わせる。樹海の案内と引き換えにシアと彼女の家族の命を守る。シアが必死に取り付けた南雲との約束だ。元々、“未来視”で南雲が守ってくれる未来は見えていた。しかし、それで見える未来は絶対ではない。シアの選択次第で、いくらでも変わるものなのだ。だからこそ、シアは南雲の協力を取り付けるのに“必死”だった。相手は、亜人族に差別的な人間で、シア自身は何も持たない身の上だ。交渉の材料など、自分の“女”か“固有能力”しかない。それすら、あっさり無視された時は、本当にどうしよかと泣きそうになった。

それでもどうにか約束を取り付けて、道中話している内に何となく、南雲なら約束を違えることはないだろうと感じていた。それは、自分が亜人族であるにもかかわらず、差別的な視線が一度もなかったことも要因の一つだろう。だが、それはあくまで“何となく”であり、確信があったわけではない。だから、内心の不安に負けて、“約束は守る人だ”と口に出してみたり“人間相手でも戦う”などという言葉を引き出してみたりした。実際に、何の躊躇いもなく帝国兵と戦ってくれた時、どれほど安堵したことか。

だが、今回はいくら南雲でも見捨てるのではという思いがシアにはあった。帝国兵の時とはわけが違う。言ってみれば、帝国の皇帝陛下の前で宣戦布告するに等しいのだ。にもかかわらず一歩も引かずに約束を守り通してくれた。例えそれが、南雲自身の為であっても、ユエの言う通り、シアと大切な家族は確かに守られたのだ。

先程、一度高鳴った心臓が再び跳ねた気がした。顔が熱を持ち、居ても立ってもいられない正体不明の衝動が込み上げてくる。それは家族が生き残った事への喜びか、それとも……

シアは、ユエの言う通り素直に喜び、今の気持ちを衝動に任せて全力で表してみることにした。すなわち、南雲に全力で抱きつく!

「ハジメさ~ん! ありがどうございまずぅ~!」

「どわっ!? いきなり何だ!?」

「「むっ……」」

泣きべそを掻きながら絶対に離しません! とでも言う様にヒシッとしがみつき顔をグリグリと南雲の肩に押し付けるシア。その表情は緩みに緩んでいて、頬はバラ色に染め上げられている。

それを見た香織とユエが不機嫌そうに唸るものの、何か思うところがあるのか、南雲の反対の手を取るか服の裾を握るだけで特に何もしなかった。

喜びを爆発させ南雲にじゃれつくシアの姿に、ハウリア族の皆も漸く命拾いしたことを実感したのか、隣同士で喜びを分かち合っている。

それを何とも複雑そうな表情で見つめているのは長老衆だ。そして、更に遠巻きに不快感や憎悪の視線を向けている者達も多くいる。

俺達はその全てを把握しながら、ここを出ても暫くは面倒事に巻き込まれそうだと苦笑いするのだった。




ハウリア一族を救出してハルツィナ樹海を目指す一行とハウリア一族。
そこで亜人族と遭遇していざこざが起こる。
それを予見した一行とハウリア一族は亜人族の国を出てハウリア一族を鍛える事にした。

次回、特訓と別れ。

『…………まだ寒い!!!』
「って言われても俺の感情の起伏を抑える冷却機関が動いてんだからしょうがねぇだろ。」
「おめぇ、顔見えねぇからどんな感情かわかんねぇよ!?」
「怒りに決まってんだろセタンタ。命をただの決まりって言うだけで奪おうとするのは許せんからな。」
「じゃあ帝国兵は!?」
「奴らは俺の家族を侮辱。あと、ウサウサ共の命を蔑ろにしたからだ。」
「………………以外にまともだ────」

ピキィンッ!!!

「うっせ」

飛斗「ランサーが死んだ!?」
ヒポグリフ「ピィー!?(この人でなし!?)」

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