氷創の英雄 ~転生したけど、特典の組み合わせで不老不死になった!~   作:星の空

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第19話 クラスメイト救出戦

南雲達と別れてから4ヶ月程が経過した今、俺達はホルアドに来ている。

なぜ来ているのかというと、ここで光輝(ひかってる)達に悲劇?が起こるからである。

因みに、俺達がここに残った目的は愛ちゃん先生を連れ去るであろう神の使徒ノイントを通してエヒトルジュエの居場所を突き止める為だ。

そのために1度日本に行って萌愛を呼んだ程だ。

因みに、俺達一行は皆冒険者ランクが金まで登ったのである。

そして、今は何とか習得したアタランテの獣耳と獣尾を気化させることで素顔を晒して歩けるのである。

歩いていたら前方から幽鬼のような姿をした遠藤浩介(影の薄い奴)が通り過ぎた。

〈全員聞こえるか?〉

[あぁ、聞こえるぞ泉奈]

[此方も問題ありません。]

〈そうか。既に騒動は始まった。恐らく南雲もこちらに来てるはずだ。クラスメイト達を助けたい奴だけは行け。それ以外は自由だ〉

【了解】

隣にいた鈴と一緒にオルクス大迷宮に向かう。

あぁ、言い忘れていたが、鈴に全てを明かした後入籍しました。はい。

ん?言葉通りだ。まぁ、正確には俺が犯されただけである。ならばと色々と吹っ切れて最後までヤったのである。ナニをとは言わない。

 

✲✲✲

 

「……魔人族……ね」

冒険者ギルドホルアド支部の応接室にハジメの呟きが響く。対面のソファーにホルアド支部の支部長ロア・バワビスと遠藤浩介が座っており、遠藤の正面にハジメが、その両サイドに香織とシアが座り、シアの隣にティオが座っている。ユエは香織の膝の上に座り、ミュウはハジメの膝の上だ。

遠藤から事の次第を聞き終わったハジメの第一声が先程の呟きだった。魔人族の襲撃に合い、勇者パーティーが窮地にあるというその話に遠藤もロアも深刻な表情をしており、室内は重苦しい雰囲気で満たされていた。

……のだが、ハジメの膝の上で幼女がモシャモシャと頬をリスのよう膨らませながらお菓子を頬張っているため、イマイチ深刻になりきれていなかった。ミュウには、ハジメ達の話は少々難しかったようだが、それでも不穏な空気は感じ取っていたようで、不安そうにしているのを見かねてハジメがお菓子を与えておいたのだ。

「つぅか!何なんだよ!その子!何で、菓子食わしてんの!?状況理解してんの!?みんな、死ぬかもしれないんだぞ!」

「ひぅ!?パパぁ!」

場の雰囲気を壊すようなミュウの存在に、ついに耐え切れなくなった遠藤がビシッと指を差しながら怒声を上げる。それに驚いてミュウが小さく悲鳴を上げながらハジメに抱きついた。

当然、ハジメから吹き出す人外レベルの殺気。パパは娘の敵を許さない。

「てめぇ……何、ミュウに八つ当たりしてんだ、ア゛ァ゛?殺すぞ?」

「ひぅ!?」

ミュウと同じような悲鳴を上げて浮かしていた腰を落とす遠藤。両隣から「……もう、すっかりパパ」とか「さっき、さり気なく“家の子”とか口走ってましたしね~」とか「果てさて、ご主人様はエリセンで子離れ出来るのかのぉ~」とか聞こえてくるが、ハジメは無視する。そんな事より、怯えてしまったミュウを宥める方が重要だ。

ソファーに倒れこみガクブルと震える遠藤を尻目にミュウを宥めるハジメに、ロアが呆れたような表情をしつつ、埒があかないと話に割り込んだ。

「さて、ハジメ。イルワからの手紙でお前の事は大体分かっている。随分と大暴れしたようだな?」

「まぁ、全部成り行きだけどな」

成り行き程度の心構えで成し遂げられる事態では断じてなかったのだが、事も無げな様子で肩をすくめるハジメに、ロアは面白そうに唇の端を釣り上げた。

「手紙には、お前の“金”ランクへの昇格に対する賛同要請と、できる限り便宜を図ってやって欲しいという内容が書かれていた。一応、事の概要くらいは俺も掴んではいるんだがな……たった数人で六万近い魔物の殲滅、半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅……にわかには信じられんことばかりだが、イルワの奴が適当なことをわざわざ手紙まで寄越して伝えるとは思えん……もう、お前が実は魔王だと言われても俺は不思議に思わんぞ」

ロアの言葉に、遠藤が大きく目を見開いて驚愕をあらわにする。自力で【オルクス大迷宮】の深層から脱出したハジメの事を、それなりに強くなったのだろうとは思っていたが、それでも自分よりは弱いと考えていたのだ。

何せハジメの天職は“錬成師”という非戦系職業であり、元は“無能”と呼ばれていた上、“金”ランクと言っても、それは異世界の冒険者の基準であるから自分達召喚された者とは比較対象にならない。なので、精々、破壊した転移陣の修復と、戦闘のサポートくらいなら出来るだろうくらいの認識だったのだ。

元々、遠藤が冒険者ギルドにいたのは、高ランク冒険者に光輝達の救援を手伝ってもらうためだった。もちろん、深層まで連れて行くことは出来ないが、せめて転移陣の守護くらいは任せたかったのである。駐屯している騎士団員もいるにはいるが、彼等は王国への報告などやらなければならないことがあるし、何より、レベルが低すぎて精々三十層の転移陣を守護するのが精一杯だった。七十層の転移陣を守護するには、せめて“銀”ランク以上の冒険者の力が必要だったのである。

そう考えて冒険者ギルドに飛び込んだ挙句、二階のフロアで自分達の現状を大暴露し、冒険者達に協力を要請したのだが、人間族の希望たる勇者が窮地である上に騎士団の精鋭は全滅、おまけに依頼内容は七十層で転移陣の警備というとんでもないもので、誰もが目を逸らし、同時に人間族はどうなるんだと不安が蔓延したのである。

そして、騒動に気がついたロアが、遠藤の首根っこを掴んで奥の部屋に引きずり込み事情聴取をしているところで、ハジメのステータスプレートをもった受付嬢が駆け込んできたというわけだ。

そんなわけで、遠藤は、自分がハジメの実力を過小評価していたことに気がつき、もしかすると自分以上の実力を持っているのかもしれないと、過去のハジメと比べて驚愕しているのである。

遠藤が驚きのあまり硬直している間も、ロアとハジメの話は進んでいく。

「バカ言わないでくれ……魔王だなんて、そこまで弱くないつもりだぞ?」

「ふっ、魔王を雑魚扱いか?随分な大言を吐くやつだ……だが、それが本当なら俺からの、冒険者ギルドホルアド支部長からの指名依頼を受けて欲しい」

「……勇者達の救出だな?」

遠藤が、救出という言葉を聞いてハッと我を取り戻す。そして、身を乗り出しながら、ハジメに捲し立てた。

「そ、そうだ!南雲!一緒に助けに行こう!お前がそんなに強いなら、きっとみんな助けられる!」

「……」

見えてきた希望に瞳を輝かせる遠藤だったが、ハジメの反応は芳しくない。遠くを見て何かを考えているようだ。遠藤は、当然、ハジメが一緒に救出に向かうものだと考えていたので、即答しないことに困惑する。

「どうしたんだよ!今、こうしている間にもアイツ等は死にかけているかもしれないんだぞ!何を迷ってんだよ!仲間だろ!」

「……仲間?」

ハジメは、考え事のため逸らしていた視線を元に戻し、冷めた表情でヒートアップする遠藤を見つめ返した。その瞳に宿る余りの冷たさに思わず身を引く遠藤。先程の殺気を思い出し尻込みするが、それでも、ハジメという貴重な戦力を逃すわけにはいかないので半ば意地で言葉を返す。

「あ、ああ。仲間だろ!なら、助けに行くのはとうぜ……」

「勝手に、お前等の仲間にするな。はっきり言うが、俺がお前等にもっている認識は唯の“同郷”の人間程度であって、それ以上でもそれ以下でもない。他人と何ら変わらない」

「なっ!?そんな……何を言って……」

ハジメの予想外に冷たい言葉に狼狽する遠藤を尻目に、ハジメは、先程の考え事の続き、すなわち、光輝達を助けることのデメリットを考える。

ハジメ自身が言った通り、ハジメにとってクラスメイトは既に顔見知り程度の認識だ。今更、過去のあれこれを持ち出して復讐してやりたいなどという思いもなければ、逆に出来る限り力になりたいなどという思いもない。本当に、関心のないどうでもいい相手だった。

ただ、だからといって、問答無用に切り捨てるのかと言われれば、答えはNOだ。なぜなら、その答えは愛子先生のいう“寂しい生き方”につながっていると思うから。

それに、そんなことをしたら愛子先生が悲しんでしまう。南雲は周りの香織達を見やる。

「……ハジメ君のしたいようしていいよ。私はどこまでも南雲と共に着いて行くから」

「……香織」

慈愛に満ちた眼差しで、そっとハジメの手を取りながらそんな事をいう香織に、ハジメは、手を握り返しながら優しさと感謝を込めた眼差しを返す。

「……ん…………ハジメが決めて」

「わ、私も!どこまでも付いて行きますよ!ハジメさん!」

「ふむ、妾ももちろんついて行くぞ。ご主人様」

「ふぇ、えっと、えっと、ミュウもなの!」

ハジメと香織が二人の世界を作り始めたので、慌てて自己主張するユエ達。ミュウは、よくわかっていないようだったが、取り敢えず仲間はずれは嫌なのでギュッと抱きつきながら同じく主張する。

対面で、愕然とした表情をしながら「え?何このハーレム……」と呟いている遠藤を尻目に、ハジメは仲間に己の意志を伝えた。

「ありがとな、お前等。神に選ばれた勇者になんて、わざわざ自分から関わりたくはないし、お前達を関わらせるのも嫌なんだが……ちょっと恩を返したい奴がいるんだ。だから、ちょっくら助けに行こうかと思う。まぁ、あいつらの事だから、案外、自分達で何とかしそうな気もするがな」

ハジメの本心としては、光輝達がどうなろとうと知ったことではなかったし、勇者の傍は同時に狂った神にも近そうな気がして、わざわざ近寄りたい相手ではなかった。

危険度に関しては特に気にしていない。遠藤の話からすれば既に戦った四つ目狼が出たようだが、キメラ等にしても奈落の迷宮でいうなら十層以下の強さだろう。何の問題もない。

「え、えっと、結局、一緒に行ってくれるんだよな?」

「ああ、ロア支部長。一応、対外的には依頼という事にしておきたいんだが……」

「上の連中に無条件で助けてくれると思われたくないからだな?」

「そうだ。それともう一つ。帰ってくるまでミュウのために部屋貸しといてくれ」

「ああ、それくらい構わねぇよ」

「………………話は聞いた。俺達にも協力させて欲しい。」

そこで、今まで霊体化していた迦楼那が霊体化を解除して突如現れる。

「ぅえっ!?迦楼那先生!?」

「んなッ!!?何処から現れた!!?」

遠藤とロア支部長がそれに驚愕して、ハジメは

「視線がひとつ多いと思っていたがやっぱり居たんだな先生。」

地味に霊体化した存在に気付いていた。

「そ、それで、俺達と言ったが他は誰が?」

「既に何人か向かっている。」

結局、ハジメが一緒に行ってくれるということに安堵して深く息を吐く遠藤とそれを眺める迦楼那を無視して、ハジメはロアとさくさく話を進めていった。

流石に、迷宮の深層まで子連れで行くわけにも行かないので、ミュウをギルドに預けていく事にする。その際、ミュウが置いていかれることに激しい抵抗を見せたが、何とか全員で宥めすかし、ついでに子守役兼護衛役にティオも置いていく事にして、漸くハジメ達は遠藤の案内で出発することが出来た。

「おら、さっさと案内しやがれ、遠藤」

「うわっ、ケツを蹴るなよ! っていうかお前いろいろ変わりすぎだろ!」

「やかましい。さくっと行って、一日……いや半日で終わらせるぞ。仕方ないとは言え、ミュウを置いていくんだからな。早く帰らねぇと。一緒にいるのが変態というのも心配だし」

「……お前、本当に父親やってんのな……美少女ハーレムまで作ってるし……一体、何がどうなったら、あの南雲がこんなのになるんだよ……」

迷宮深層に向かって疾走しながら、ハジメの態度や環境についてブツブツと納得いかなさそうに呟く遠藤。強力な助っ人がいるという状況に、少し心の余裕を取り戻したようだ。しゃべる暇があるならもっと早く走れとつつかれ、敏捷値の高さに関して持っていた自信を粉微塵に砕かれつつ、遠藤は親友達の無事を祈った。

 

✲✲✲

 

俺と鈴は今、大迷宮のとある階層に来ていた。そして、目の前には、

「ぐぅう!何だ、こいつの強さは!俺は“限界突破”を使っているのに!」

「ルゥアアアア!!」

苦しそうに表情を歪めながら、“限界突破”発動中の自分を圧倒する馬頭の魔物に焦燥感が募っていく光輝が、このままではジリ貧だと思いダメージ覚悟で反撃に出ようとしていた。

だが……

 

ガクン

 

「ッ!?」

その決意を実行する前に、遂に、光輝の“限界突破”の時間切れがやって来た。一気に力が抜けていく。短時間に二回も使った弊害か、今までより重い倦怠感に襲われ、踏み込もうとした足に力が入らず、ガクンと膝を折ってしまう光輝がおり、

その隙を馬頭が逃すはずもない。突然、力が抜けてバランスを崩し、死に体となった光輝の腹部に馬頭の拳がズドン! と衝撃音を響かせながらめり込んだ。

「ガハッ!」

血反吐を撒き散らしながら体をくの字に折り曲げて吹き飛び、光輝は再び壁に叩きつけられた。“限界突破”の副作用により弱体化していたこともあり、光輝の意識はたやすく刈り取られ、肉体的にも瀕死の重傷を負い、倒れ込んだままピクリとも動かなくなった。むしろ、即死しなかったことが不思議である。おそらく、死なないように手加減したのだろう。

馬頭が光輝に近づき首根っこを掴んで持ち上げる。完全に意識を失い脱力している光輝を馬頭は魔人族の女に掲げるようにして見せた。魔人族の女がそれに満足げに頷くと隠し部屋に突入させた魔物達を引き上げさせる。

暫くすると、警戒心たっぷりにクラスメイト達が現れた。そして、見たこともない巨大な馬頭の魔物が、その手に脱力した光輝を持ち上げている姿を見て、表情を絶望に染めた。

「うそ……だろ? 光輝が……負けた?」

「そ、そんな……」

「や、やだ……な、なんで……」

隠し部屋から出てきた仲間達が、吊るされる光輝を見て呆然としながら、意味のない言葉をこぼす。流石の明里や中村も言葉が出ないようで立ち尽くしている。そんな、戦意を喪失している彼等に、魔人族の女が冷ややかな態度を崩さずに話しかけた。

「ふん、こんな単純な手に引っかかるとはね。色々と……舐めてるガキだと思ったけど、その通りだったようだ」

庇いすぎたが故に満身創痍な奈瑠紅が、青ざめた表情で、それでも気丈に声に力を乗せながら魔人族の女に問いかける。

「……何をしたのですか?」

「ん? これだよ、これ」

そう言って、魔人族の女は、未だにブルタールモドキに掴まれているメルド団長へ視線を向ける。その視線をたどり、瀕死のメルド団長を見た瞬間、クラスの皆は理解した。メルド団長は、光輝の気を逸らすために使われたのだと。知り合いが、瀕死で捕まっていれば、光輝は必ず反応するだろう。それも、かなり冷静さを失って。

おそらく、前回の戦いで光輝の直情的な性格を魔人族の女は把握したのだ。そして、キメラの固有能力でも使って、温存していた強力な魔物を潜ませて、光輝が激昂して飛びかかる瞬間を狙ったのだろう。

「……それで? 私達に何を望んでいるのですか? わざわざ生かしたうえにこんな会話にまで応じている以上、何かあるんでしょう?」

「ああ、やっぱり、あんたが一番状況判断出来るようだね。なに、特別な話じゃない。前回のあんた達を見て、もう一度だけ勧誘しておこうかと思ってね。ほら、前回は、勇者君が勝手に全部決めていただろう? 中々、あんたらの中にも優秀な者はいるようだし、だから改めてもう一度ね。で? どうだい?」

魔人族の女の言葉に何人かが反応する。それを尻目に、奈瑠紅は、臆すことなく再度疑問をぶつけた。

「……天之河さんはどうするつもりなのですか?」

「ふふ、聡いね……悪いが、勇者君は生かしておけない。こちら側に来るとは思えないし、説得も無理だろう? 彼は、自己完結するタイプだろうからね。なら、こんな危険人物、生かしておく理由はない」

「……それは、私達も一緒でしょう?」

「もちろん。後顧の憂いになるってわかっているのに生かしておくわけないだろう?」

「今だけ迎合して、後で裏切るとは思わないのですか?」

「それも、もちろん思っている。だから、首輪くらいは付けさせてもらうさ。ああ、安心していい。反逆できないようにするだけで、自律性まで奪うものじゃないから」

「自由度の高い、奴隷って感じですか。自由意思は認められるけど、主人を害することは出来ないという」

「そうそう。理解が早くて助かるね。そして、勇者君と違って会話が成立するのがいい」

奈瑠紅と魔人族の女の会話を黙って聞いていたクラスメイト達が、不安と恐怖に揺れる瞳で互いに顔を見合わせる。魔人族の提案に乗らなければ、光輝すら歯が立たなかった魔物達に襲われ十中八九殺されることになるだろうし、だからといって、魔人族側につけば首輪をつけられ二度と魔人族とは戦えなくなる。

それは、つまり、実質的に“神の使徒”ではなくなるということだ。そうなった時、果たして聖教教会は、何とかして帰ってきたものの役に立たなくなった自分達を保護してくるのか……そして、元の世界に帰ることは出来るのか……

どちらに転んでも碌な未来が見えない。しかし……

「わ、私、あの人の誘いに乗るべきだと思う!」

誰もが言葉を発せない中、意外なことに恵里が震えながら必死に言葉を紡いだ。それに、クラスメイト達は驚いたように目を見開き、彼女をマジマジと注目する。そんな恵里に、龍太郎が、顔を怒りに染めて怒鳴り返した。

「恵里、てめぇ!光輝を見捨てる気か!」

「ひっ!?」

「坂上さん、落ち着きなさい!中村さん、どうしてそう思うのですか?」

龍太郎の剣幕に、怯えたように後退る恵里だったが、奈瑠紅が龍太郎を諌めたことで何とか踏みとどまった。そして、深呼吸するとグッと手を握りしめて心の内を語る。

「わ、私は、ただ……みんなに死んで欲しくなくて……光輝君のことは、私には……どうしたらいいか……うぅ、ぐすっ……」

ポロポロと涙を零しながらも一生懸命言葉を紡ぐ恵里。そんな彼女を見て他のメンバーが心を揺らす。すると、一人、恵里に賛同する者が現れた。

「俺も、中村と同意見だ。もう、俺達の負けは決まったんだ。全滅するか、生き残るか。迷うこともないだろう?」

「檜山……それは、光輝はどうでもいいってことかぁ? あぁ?」

「じゃあ、坂上。お前は、もう戦えない天之河と心中しろっていうのか? 俺達全員?」

「そうじゃねぇ!そうじゃねぇが!」

「代案がないなら黙ってろよ。今は、どうすれば一人でも多く生き残れるかだろ」

檜山の発言で、更に誘いに乗るべきだという雰囲気になる。檜山の言う通り、死にたくなければ提案を呑むしかないのだ。

しかし、それでも素直にそれを選べないのは、光輝を見殺しにて、自分達だけ生き残っていいのか? という罪悪感が原因だ。まるで、自分達が光輝を差し出して生き残るようで踏み切れないのである。

そんなクラスメイト達に、絶妙なタイミングで魔人族の女から再度、提案がなされた。

「ふむ、勇者君のことだけが気がかりというなら……生かしてあげようか? もちろん、あんた達にするものとは比べ物にならないほど強力な首輪を付けさせてもらうけどね。その代わり、全員魔人族側についてもらうけど」

奈瑠紅は、その提案を聞いて内心舌打ちする。魔人族の女は、最初からそう提案するつもりだったのだろうと察したからだ。光輝を殺すことが決定事項なら現時点で生きていることが既におかしい。問答無用に殺しておけばよかったのだ。

それをせずに今も生かしているのは、まさにこの瞬間のためだ、おそらく、魔人族の女は前回の戦いを見て、光輝達が有用な人材であることを認めたのだろう。だが、会話すら成立しなかったことから光輝がなびくことはないと確信した。しかし、他の者はわからない。なので、光輝以外の者を魔人族側に引き込むため策を弄したのだ。

一つが、光輝を現時点では殺さないことで反感を買わないこと、二つ目が、生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い詰めて選択肢を狭めること、そして三つ目が“それさえなければ”という思考になるように誘導し、ここぞという時にその問題点を取り除いてやることだ。

現に、光輝を生かすといわれて、それなら生き残れるしと、魔人族側に寝返ることをよしとする雰囲気になり始めている。本当に、光輝が生かされるかについては何の保証もないのに。殺された後に後悔しても、もう魔人族側には逆らえないというのに。

奈瑠紅は、そのことに気がついていたが、今、この時を生き残るには魔人族側に付くしかないのだと自分に言い聞かせて黙っていることにした。生き残りさえすれば、光輝を救う手立てもあるかもしれないと。

魔人族の女としても、ここでクラスメイト達を手に入れることは大きなメリットがあった。一つは、言うまでもなく、人間族側にもたらすであろう衝撃だ。なにせ人間族の希望たる“神の使徒”が、そのまま魔人族側につくのだ。その衝撃……いや、絶望は余りに深いだろう。これは、魔人族側にとって極めて大きなアドバンテージだ。

二つ目が、戦力の補充である。魔人族の女が【オルクス大迷宮】に来た本当の目的、それは迷宮攻略によってもたらされる大きな力だ。ここまでは、手持ちの魔物達で簡単に一掃できるレベルだったが、この先もそうとは限らない。幾分か、魔物の数も光輝達に殺られて減らしてしまったので戦力の補充という意味でもクラスメイト達を手に入れるのは都合がよかったということだ。

このままいけば、クラスメイト達が手に入る。雰囲気でそれを悟った魔人族の女が微かな笑みを口元に浮かべた。

しかし、それは突然響いた苦しそうな声によって直ぐに消されることになった。

「み、みんな……ダメだ……従うな……」

「光輝!」

「光輝くん!」

「天之河!」

声の主は、宙吊りにされている光輝だった。仲間達の目が一斉に、光輝の方を向く。

「……騙されてる……アランさん達を……殺したんだぞ……信用……するな……人間と戦わされる……奴隷にされるぞ……逃げるんだ……俺はいい……から……一人でも多く……逃げ……」

息も絶え絶えに、取引の危険性を訴え、そんな取引をするくらいなら自分を置いてイチかバチか死に物狂いで逃げろと主張する光輝に、クラスメイト達の心が再び揺れる。

「……こんな状況で、一体何人が生き残れると思ってんだ?いい加減、現実をみろよ!俺達は、もう負けたんだ!騎士達のことは……殺し合いなんだ!仕方ないだろ!一人でも多く生き残りたいなら、従うしかないだろうが!」

檜山の怒声が響く。この期に及んでまだ引こうとしない光輝に怒りを含んだ眼差しを向ける。檜山は、とにかく確実に生き残りたいのだ。最悪、ほかの全員が死んでも香織と自分だけは生き残りたかった。イチかバチかの逃走劇では、その可能性は低いのだ。

魔人族側についても、本気で自分の有用性を示せば重用してもらえる可能性は十分にあるし、そうなれば、香織を手に入れることだって出来るかもしれない。もちろん、首輪をつけて自由意思を制限した状態で。檜山としては、別に彼女に自由意思がなくても一向に構わなかった。とにかく、今はここにいない香織を自分の所有物に出来れば満足なのだ。

檜山の怒声により、より近く確実な未来に心惹かれていく仲間達。

と、その時、また一つ苦しげな、しかし力強い声が部屋に響き渡る。小さな声なのに、何故かよく響く低めの声音。戦場にあって、一体何度その声に励まされて支えられてきたか。どんな状況でも的確に判断し、力強く迷いなく発せられる言葉、大きな背中を見せて手本となる姿のなんと頼りになることか。みなが、兄のように、あるいは父のように慕った男。メルドの声が響き渡る。

「ぐっ……お前達……お前達は生き残る事だけ考えろ!……信じた通りに進め!……私達の戦争に……巻き込んで済まなかった……お前達と過ごす時間が長くなるほど……後悔が深くなった……だから、生きて故郷に帰れ……人間のことは気にするな……最初から…これは私達の戦争だったのだ!」

メルドの言葉は、ハイリヒ王国騎士団団長としての言葉ではなかった。唯の一人の男、メルド・ロギンスの言葉、立場を捨てたメルドの本心。それを晒したのは、これが最後と悟ったからだ。

光輝達が、メルドの名を呟きながらその言葉に目を見開くのと、メルドが全身から光を放ちながらブルタールモドキを振り払い、一気に踏み込んで魔人族の女に組み付いたのは同時だった。

「魔人族……一緒に逝ってもらうぞ!」

「……それは……へぇ、自爆かい? 潔いね。嫌いじゃないよ、そう言うの」

「抜かせ!」

メルドを包む光、一見、光輝の“限界突破”のように体から魔力が噴き出しているようにも見えるが、正確には体からではなく、首から下げた宝石のようなものから噴き出しているようだった。

それを見た魔人族の女が、知識にあったのか一瞬で正体を看破し、メルドの行動をいっそ小気味よいと称賛する。

その宝石は、名を“最後の忠誠”といい、魔人族の女が言った通り自爆用の魔道具だ。国や聖教教会の上層の地位にいるものは、当然、それだけ重要な情報も持っている。闇系魔術の中には、ある程度の記憶を読み取るものがあるので、特に、そのような高い地位にあるものが前線に出る場合は、強制的に持たされるのだ。いざという時は、記憶を読み取られないように、敵を巻き込んで自爆しろという意図で。

メルドの、まさに身命を賭した最後の攻撃に、光輝達は悲鳴じみた声音でメルドの名を呼ぶ。しかし、光輝達に反して、自爆に巻き込まれて死ぬかもしれないというのに、魔人族の女は一切余裕を失っていなかった。

そして、メルドの持つ“最後の忠誠”が一層輝きを増し、まさに発動するという直前に、一言呟いた。

「喰らい尽くせ、アブソド」

と、魔人族の女の声が響いた直後、臨界状態だった“最後の忠誠”から溢れ出していた光が猛烈な勢いでその輝きを失っていく。

「なっ!?何が!」

よく見れば、溢れ出す光はとある方向に次々と流れ込んでいるようだった。メルドが、必死に魔人族の女に組み付きながら視線だけをその方向にやると、そこには六本足の亀型の魔物がいて、大口を開けながらメルドを包む光を片っ端から吸い込んでいた。

六足亀の魔物、名をアブソド。その固有魔術は“魔力貯蔵”。任意の魔力を取り込み、体内でストックする能力だ。同時に複数属性の魔力を取り込んだり、違う魔術に再利用することは出来ない。精々、圧縮して再び口から吐き出すだけの能力だ。だが、その貯蔵量は、上級魔術ですら余さず呑み込めるほど。魔術を主戦力とする者には天敵である。

メルドを包む“最後の忠誠”の輝きが急速に失われ、遂に、ただの宝石となり果てた。最後のあがきを予想外の方法で阻止され呆然とするメルドに、突如、衝撃が襲う。それほど強くない衝撃だ。何だ? とメルドは衝撃が走った場所、自分の腹部を見下ろす。

そこには、赤茶色でザラザラした見た目の刃が生えていた。正確には、メルドの腹部から背中にかけて砂塵で出来た刃が貫いているのだ。背から飛び出している刃にはべっとりと血が付いていて先端からはその雫も滴り落ちている。

「……メルドさん!」

光輝が、血反吐を吐きながらも気にした素振りも見せず大声でメルドの名を呼ぶ。メルドが、その声に反応して、自分の腹部から光輝に目を転じ、眉を八の字にすると「すまない」と口だけを動かして悔しげな笑みを浮かべた。

直後、砂塵の刃が横凪に振るわれ、メルドが吹き飛ぶ。人形のように力を失ってドシャ! と地面に叩きつけられた。少しずつ血溜りが広がっていく。誰が見ても、致命傷だった。満身創痍の状態で、あれだけ動けただけでも驚異的であったのだが、今度こそ完全に終わりだと誰にでも理解できた。

「まさか、あの傷で立ち上がって組み付かれるとは思わなかった。流石は、王国の騎士団長。称賛に値するね。だが、今度こそ終わり……これが一つの末路だよ。あんたらはどうする?」

魔人族の女が、赤く染まった砂塵の刃を軽く振りながら光輝達を睥睨する。再び、目の前で近しい人が死ぬ光景を見て、一部の者を除いて、皆が身を震わせた。魔人族の女の提案に乗らなければ、次は自分がああなるのだと嫌でも理解させられる。

檜山が、代表して提案を呑もうと魔人族の女に声を発しかけた。が、その時、

「……るな」

未だ、馬頭に宙吊りにされながら力なく脱力する光輝が、小さな声で何かを呟く。満身創痍で何の驚異にもならないはずなのに、何故か無視できない圧力を感じ、檜山は言葉を呑み込んだ。

「は? 何だって? 死にぞこない」

魔人族の女も、光輝の呟きに気がついたようで、どうせまた喚くだけだろうと鼻で笑いながら問い返した。光輝は、俯かせていた顔を上げ、真っ直ぐに魔人族の女をその眼光で射抜く。

魔人族の女は、光輝の眼光を見て思わず息を呑んだ。なぜなら、その瞳が白銀色に変わって輝いていたからだ。得体の知れないプレッシャーに思わず後退りながら、本能が鳴らす警鐘に従って、馬頭に命令を下す。雫達の取り込みに対する有利不利など、気にしている場合ではないと本能で悟ったのだ。

「アハトド! 殺れ!」

「ルゥオオオ!!」

馬頭、改めアハトドは、魔人族の女の命令を忠実に実行し、“魔衝波”を発動させた拳二本で宙吊りにしている光輝を両サイドから押しつぶそうとした。

が、その瞬間、

 

カッ!!

 

光輝から凄まじい光が溢れ出し、それが奔流となって天井へと竜巻のごとく巻き上がった。そして、光輝が自分を掴むアハトドの腕に右手の拳を振るうと、ベギャ!という音を響かせて、いとも簡単に粉砕してしまった。

「ルゥオオオ!!」

先程とは異なる絶叫を上げ、思わず光輝を取り落とすアハトドに、光輝は負傷を感じさせない動きで回し蹴りを叩き込む。

 

ズドォン!!

 

そんな大砲のような衝撃音を響かせて直撃した蹴りは、アハトドの巨体をくの字に折り曲げて、後方の壁へと途轍もない勢いで吹き飛ばした。轟音と共に壁を粉砕しながらめり込んだアハトドは、衝撃で体が上手く動かないのか、必死に壁から抜け出ようとするが僅かに身動ぎすることしか出来ない。

光輝は、ゆらりと体を揺らして、取り落としていた聖剣を拾い上げると、射殺さんばかりの眼光で魔人族の女を睨みつけた。同時に、竜巻のごとく巻き上がっていた光の奔流が光輝の体へと収束し始める。

“限界突破”終の派生技能[+覇潰]。通常の“限界突破”が基本ステータスの三倍の力を制限時間内だけ発揮するものとすれば、“覇潰”はその上位の技能で、基本ステータスの五倍の力を得ることが出来る。ただし、唯でさえ限界突破しているのに、更に無理やり力を引きずり出すのだ。今の光輝では発動は三十秒が限界。効果が切れたあとの副作用も甚大。

だが、そんな事を意識することもなく、光輝は怒りのままに魔人族の女に向かって突進する。今、光輝の頭にあるのはメルドの仇を討つことだけ。復讐の念だけだ。

魔人族の女が焦った表情を浮かべ、周囲の魔物を光輝にけしかける。キメラが奇襲をかけ、黒猫が触手を射出し、ブルタールモドキがメイスを振るう。しかし、光輝は、そんな魔物達には目もくれない。聖剣のひと振りでなぎ払い、怒声を上げながら一瞬も立ち止まらず、魔人族の女のもとへ踏み込んだ。

「お前ぇー! よくもメルドさんをぉー!!」

「チィ!」

大上段に振りかぶった聖剣を光輝は躊躇いなく振り下ろす。魔人族の女は舌打ちしながら、咄嗟に、砂塵の密度を高めて盾にするが……光の奔流を纏った聖剣はたやすく砂塵の盾を切り裂き、その奥にいる魔人族の女を袈裟斬りにした。

砂塵の盾を作りながら後ろに下がっていたのが幸いして、両断されることこそなかったが、魔人族の女の体は深々と斜めに切り裂かれて、血飛沫を撒き散らしながら後方へと吹き飛んだ。

背後の壁に背中から激突し、砕けた壁を背にズルズルと崩れ落ちた魔人族の女の下へ、光輝が聖剣を振り払いながら歩み寄る。

「まいったね……あの状況で逆転なんて……まるで、三文芝居でも見てる気分だ」

ピンチになれば隠された力が覚醒して逆転するというテンプレな展開に、魔人族の女が諦観を漂わせた瞳で迫り来る光輝を見つめながら、皮肉気に口元を歪めた。

傍にいる白鴉が固有魔術を発動するが、傷は深く直ぐには治らないし、光輝もそんな暇は与えないだろう。完全にチェックメイトだと、魔人族の女は激痛を堪えながら、右手を伸ばし、懐からロケットペンダントを取り出した。

それを見た光輝が、まさかメルドと同じく自爆でもする気かと表情を険しくして、一気に踏み込んだ。魔人族の女だけが死ぬならともかく、その自爆が仲間をも巻き込まないとは限らない。なので、発動する前に倒す!と止めの一撃を振りかぶった。

だが……

「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」

愛しそうな表情で、手に持つロケットペンダンを見つめながら、そんな呟きを漏らす魔人族の女に、光輝は思わず聖剣を止めてしまった。覚悟した衝撃が訪れないことに訝しそうに顔を上げて、自分の頭上数ミリの場所で停止している聖剣に気がつく魔人族の女。

光輝の表情は愕然としており、目をこれでもかと見開いて魔人族の女を見下ろしている。その瞳には、何かに気がつき、それに対する恐怖と躊躇いが生まれていた。その光輝の瞳を見た魔人族の女は、何が光輝の剣を止めたのかを正確に悟り、侮蔑の眼差しを返した。その眼差しに光輝は更に動揺する。

「……呆れたね……まさか、今になって漸く気がついたのかい?“人”を殺そうとしていることに」

「ッ!?」

そう、光輝にとって、魔人族とはイシュタルに教えられた通り、残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位版、あるいは魔物が進化した存在くらいの認識だったのだ。実際、魔物と共にあり、魔物を使役していることが、その認識に拍車をかけた。自分達と同じように、誰かを愛し、誰かに愛され、何かの為に必死に生きている、そんな戦っている“人”だとは思っていなかったのである。あるいは、無意識にそう思わないようにしていたのか……

その認識が、魔人族の女の愛しそう表情で愛する人の名を呼ぶ声により覆された。否応なく、自分が今、手にかけようとした相手が魔物などでなく、紛れもなく自分達と同じ“人”だと気がついてしまった。自分のしようとしていることが“人殺し”であると認識してしまったのだ。

「まさか、あたし達を“人”とすら認めていなかったとは……随分と傲慢なことだね」

「ち、ちが……俺は、知らなくて……」

「ハッ、“知ろうとしなかった”の間違いだろ?」

「お、俺は……」

「ほら? どうした? 所詮は戦いですらなく唯の“狩り”なのだろ? 目の前に死に体の一匹(・・)がいるぞ? さっさと狩ったらどうだい?おまえが今までそうしてきたように……」

「……は、話し合おう……は、話せばきっと……」

光輝が、聖剣を下げてそんな事をいう。そんな光輝に、魔人族の女は心底軽蔑したような目を向けて、返事の代わりに大声で命令を下した。

「アハトド! 槍持ちの女を狙え! 全隊、攻撃せよ!」

衝撃から回復していたアハトドが魔人族の女の命令に従って、猛烈な勢いで奈瑠紅に迫る。光輝達の中で、人を惹きつけるカリスマという点では光輝に及ばないものの、冷静な状況判断力という点では最も優れており、ある意味一番厄介な相手だと感じていたために、真っ先に狙わせたのだ。

他の魔物達も、一斉に奈瑠紅以外のメンバーを襲い始めた。優秀な人材に首輪をつけて寝返らせるメリットより、光輝を殺す事に利用すべきだと判断したのだ。それだけ、魔人族の女にとって光輝の最後の攻撃は脅威だった。

「な、どうして!」

「自覚のない坊ちゃんだ……私達は“戦争”をしてるんだよ!未熟な精神に巨大な力、あんたは危険過ぎる!何が何でもここで死んでもらう!ほら、お仲間を助けに行かないと、全滅するよ!」

自分の提案を無視した魔人族の女に光輝が叫ぶが当の魔人族の女は取り合わない。

そして、魔人族の女の言葉に光輝が振り返ると、ちょうど奈瑠紅が吹き飛ばされ地面に叩きつけられているところだった。アハトドは、唯でさえ強力な魔物達ですら及ばない一線を画した化け物だ。不意打ちを受けて負傷していたとは言え“限界突破”発動中の光輝が圧倒された相手なのである。満身創痍な奈瑠紅が一人で対抗できるはずがなかった。

光輝は青ざめて、“覇潰”の力そのままに一瞬で奈瑠紅とアハトドの間に入ると、寸でのところで“魔衝波”の一撃を受け止める。そして、お返しとばかりに聖剣を切り返し、腕を一本切り飛した。

しかし、そのまま止めを刺そうと懐に踏み込んだ瞬間、いつかの再現か、ガクンと膝から力が抜けそのまま前のめりに倒れ込んでしまった。

“覇潰”のタイムリミットだ。そして、最悪なことに、無理に無理を重ねた代償は弱体化などという生温いものではなく、体が麻痺したように一切動かないというものだった。

「こ、こんなときに!」

「天之河さん!!」

倒れた光輝を庇って、奈瑠紅がアハトドの切り飛ばされた腕の傷口を狙って刺突撃を繰り出す。流石に傷口を抉られて平然としてはいられなかったようで、アハトドが絶叫を上げながら後退った。その間に、奈瑠紅は、光輝を掴んで仲間のもとへ放り投げる。

光輝が動けなくなり、仲間は魔物の群れに包囲されて防戦するので精一杯。ならば……自分がやるしかない!と、奈瑠紅は魔人族の女を睨む。その瞳には間違いなく殺意が宿っていた。

「……へぇ。あんたは、殺し合いの自覚があるようだね。むしろ、あんたの方が勇者と呼ばれるにふさわしいんじゃないかい?」

「……そんな事どうでもいいのです。天之河さんに自覚がなかったのは我々の落ち度でもある。そのツケは私が払わせていただきます!」

魔人族の女は、白鴉の固有魔術で完全に復活したようでフラつく事もなく、しっかりと立ち上がり、奈瑠紅をそう評した。

奈瑠紅は、光輝が直情的で思い込みの激しい性格は既知のはずなのに、本物の対人戦がなかったとはいえ認識の統一、すなわち自分達は人殺しをするのだと自覚する事を今の今まで放置してきた事に責任を感じ歯噛みする。

奈瑠紅とて、人殺しの経験などない。しかし、記憶はあるが故に経験したいなどとは間違っても思わない。だが、戦争をするならいつかこういう日が来ると覚悟はしていた。槍術を習う上で、人を傷つけることの“重さ”も叩き込まれている。

しかし、いざ、その時が来てみれば、覚悟など簡単に揺らぎ、自分のしようとしていることのあまりの重さに恐怖して恥も外聞もなくそのまま泣き出してしまいたくなった。それでも、奈瑠紅は、唇の端を噛み切りながら歯を食いしばって、その恐れを必死に押さえつけた。

そして、神速の刺突術で魔人族の女を穿とうと構えを取った。が、その瞬間、背筋を悪寒が駆け抜け本能がけたたましく警鐘を鳴らす。咄嗟に、側宙しながらその場を飛び退くと、黒猫の触手がついさっきまで奈瑠紅のいた場所を貫いていた。

「他の魔物に狙わせないとは言ってない。アハトドと他の魔物を相手にあたしが殺せるかい?」

「くっ」

魔人族の女は「もちろんあたしも殺るからね」と言いながら魔術の詠唱を始めた。素の身体スペックによる予備動作のない急激な加速と減速を繰り返しながら魔物の波状攻撃を凌ぎつつ、何とか、魔人族の女の懐に踏み込む隙を狙う奈瑠紅だったが、その表情は次第に絶望に染まっていく。

なにより苦しいのは、アハトドが満身創痍だが奈瑠紅のスピードについて来ていることだ。その鈍重そうな巨体に反して、しっかり奈瑠紅を眼で捉えており、隙を付いて魔人族の女のもとへ飛び込もうとしても、一瞬で奈瑠紅に並走して衝撃を伴った爆撃のような拳を振るってくるのである。

奈瑠紅は本来、旗を持ち味方を鼓舞する聖女であり、個人の戦闘スペックは万能型。しかし満身創痍故に、“魔衝波”の余波だけでも少しずつダメージが蓄積していく。完全な回避も、受け流しも出来ないからだ。

そして、とうとう蓄積したダメージが、ほんの僅かに奈瑠紅の動きを鈍らせた。それは、ギリギリの戦いにおいては致命の隙だ。

 

バギャァ!!

 

「あぐぅう!!」

 

咄嗟に槍の柄を盾にしたが、アハトドの拳は、奈瑠紅の相棒を半ばから粉砕しそのまま奈瑠紅の肩を捉えた。地面に対して水平に吹き飛び体を強かに打ち付けて地を滑ったあと、力なく横たわる奈瑠紅。右肩が大きく下がって腕がありえない角度で曲がっている。完全に粉砕さてしまったようだ。体自体にも衝撃が通ったようで、ゲホッゲホッと咳き込むたびに血を吐いている。

「姜弩さん!」

綾辻が、焦燥を滲ませた声音で奈瑠紅の名を呼ぶが、奈瑠紅は折れた槍の柄を握りながらも、うずくまったまま動かない。

その時、綾辻の頭からは、仲間との陣形とか魔力が尽きかけているとか、自分が傍に行っても意味はないとか、そんな理屈の一切は綺麗さっぱり消え去っていた。あるのはただ友達の傍に行かなければ”という思いだけ。

綾辻は、衝動のままに駆け出す。魔力がほとんど残っていないため、体がフラつき足元がおぼつかない。背後から制止する声が上がるが、綾辻の耳には届いていなかった。ただ一心不乱に奈瑠紅を目指して無謀な突貫を試みる。当然、無防備な綾辻を魔物達が見逃すはずもなく、情け容赦ない攻撃が殺到する。

だが、それらの攻撃は全て光り輝くシールドが受け止めた。しかも、無数のシールドが通路のように並べ立てられ綾辻と奈瑠紅を一本の道でつなぐ。

これは鈴が手助けをしたのだ。訳を聞いたら目の前でクラスメイトが死んだら寝覚めが悪いとのことだ。

それは置いといて、アハトドが拳を振り下ろす。

己の拳が一度振るわれれば、紙くずのように破壊し、その衝撃波だけで香織達を粉砕できると確信しているのだろう。

今、まさに放たれようとしている死の鉄槌を目の前にして、綾辻の脳裏に様々な光景が過ぎっていく。「ああ、これが走馬灯なのかな?」と妙に落ち着いた気持ちでいた。

が、氷針が無数に生えてアハトドを穿ち殺す。

「あぁあ、やっちったなこりゃあ。」

「え、手を出すきってなかったの?!」

突如として誰か達の声が響く。その声の主達は魔人族の女の後ろにいた。

泉奈と鈴である。無論、泉奈はいつものパーカーを羽織っているため、クラスメイト達は直ぐに誰か分かった。

『氷室NO.3!!?』

俺は無視をして地に伏せるメルドを見つめる。それを訝しげに魔人族の女もメルドを見る。それと同時に変化が起きた。

 

ズズズズズッ!!!

 

傷だらけだった身体が綺麗になり死に体となる前に戻ったのだ。それに、指がピクリと動いて徐々に身体を起こす。

「う、うぅん………俺は………死んだ筈では…………」

『ッ!!?』

俺以外の皆が驚愕していた。それもそうだろう。死した人間が蘇生されたのだから。

「何故だッ!?貴様は死んだ筈では!!?いや、蘇生されたのか!!!」

メルドを見て驚愕していた魔人族の女は直ぐに気がついて俺を見やる。

「当たりだ。それは俺自身が持つ権能で与えたもの。全身を痛め付けた挙句殺したから同じ手は通じねぇぞ?」

俺が魔人族の女に蘇生された訳が俺にある事と、副次的な効果を教えた。

それと同時に、

 

ドォゴオオン!!

 

轟音と共にアハトドの頭上にある天井が崩落し、同時に紅い雷を纏った巨大な漆黒の杭が凄絶な威力を以て飛び出したのは。

スパークする漆黒の杭は、そのまま眼下の串刺し状態アハトドを、氷と挟むように潰してひしゃげさせ、そのまま氷にフィットした。

全長百二十センチのほとんどを氷に埋め紅いスパークを放っている巨杭と、それと氷の間から血肉を撒き散らして原型を留めていないほど破壊され尽くしたアハトドの残骸に、眼前にいた綾辻と奈瑠紅はもちろんのこと、光輝達や彼等を襲っていた魔物達、そして魔人族の女までもが硬直する。

戦場には似つかわしくない静寂が辺りを支配し、誰もが訳も分からず呆然と立ち尽くしていると、崩落した天井から人影が飛び降りてきた。その人物は、綾辻達に背を向ける形でスタッと軽やかにアハトドの残骸を踏みつけながら降り立つと、周囲を睥睨する。

そして、肩越しに振り返り背後で寄り添い合う綾辻と奈瑠紅を見やった。

「……あんたらってそんなに仲良かったっけか?」

苦笑いしながら、そんな事をいう彼に、驚愕する一同。

髪の色が違う、纏う雰囲気が違う、口調が違う、目つきが違う。しかし、奈落へ自ら落ちた俺や鈴の様子からもしやと思い声を上げる。

そう、

「ッ!!?南雲さんッ!!?」

俺と鈴は態々光輝が覚醒するのを待っていたが、覚醒して直ぐにあんなことがあって活躍する間も無く南雲が到着した。

その穴に続いて雫と迦楼那が降り立つ。

「へ? 南雲? って南雲君? えっ? なに? どういうこと?」

奈瑠紅の驚愕に満ちた叫びに、隣の綾辻が混乱しながら奈瑠紅と南雲を交互に見やる。どうやら、奈瑠紅は一発で目の前の白髪眼帯黒コートの人物が南雲だと看破したようだが、綾辻にはまだ認識が及ばないらしい。

しかし、それでも肩越しに振り返って自分達を苦笑い気味に見ている少年の顔立ちが、記憶にある南雲ハジメと重なりだすと、綾辻は大きく目を見開いて驚愕の声を上げた。

「えっ? えっ? ホントに? ホントに南雲くんなの? えっ? なに? ホントどういうこと?」

「いや、落ち着けよ綾辻。」

奈瑠紅と同じく死を覚悟した直後の一連の出来事に、流石の綾辻も混乱が収まらないようで痛みも忘れて言葉をこぼす。そんな綾辻の名を呼びながら諌める南雲は、ふと気配を感じて頭上を見上げた。そして、落下してきた黒髪の女の子香織をお姫様抱っこで受け止めると恭しく脇に降ろし、ついで飛び降りてきた金髪少女のユエとウサミミ少女のシアも同じように抱きとめて脇に降ろす。

最後に降り立ったのは全身黒装束の少年、遠藤浩介だ。

「な、南雲ぉ! おまっ! 余波でぶっ飛ばされただろ! ていうか今の何だよ! いきなり迷宮の地面ぶち抜くとか……」

文句を言いながら周囲を見渡した遠藤は、そこに親友達と魔物の群れがいて、硬直しながら自分達を見ていることに気がつき「ぬおっ!」などと奇怪な悲鳴を上げた。そんな遠藤に、再会の喜びとなぜ戻ってきたのかという憤りを半分ずつ含めた声がかかる。

「「浩介!」」

「重吾! 健太郎! 助けを呼んできたぞ!」

“助けを呼んできた”その言葉に反応して、光輝達も魔人族の女もようやく我を取り戻した。そして、改めて南雲と香織、二人の少女を凝視する。だが、そんな周囲の者達の視線などはお構いなしといった様子で、南雲は少し面倒臭そうな表情をしながら、香織とユエとシアに手早く指示を出した。

「ユエ、悪いがあそこで固まっている奴等の守りを頼む。香織は向こうで倒れている騎士甲冑の男の容態を見てやってくれ。シアはその護衛だ。」

「ん……任せて」

「分かった!!」

「了解ですぅ!」

ユエは周囲の魔物をまるで気にした様子もなく悠然と歩みを進め、シアは香織を抱えて驚異的な跳躍力で魔物の群れの頭上を一気に飛び越えて倒れ伏すメルドの傍に着地した。

「南雲さん……」

奈瑠紅が、再度、南雲の名を声を震わせながら呼んだ。その声音には、生きていた喜びを多分に含んではいたが、同じくらい悲痛さが含まれていた。それは、この死地に南雲が来てしまったが故だろう。どういう経緯か奈瑠紅にはわからなかったが、それでも直ぐに逃げて欲しいという想いがその表情から有り有りと伝わる。

南雲は、チラリと奈瑠紅を見返すと肩を竦めて「大丈夫だから、そこにいろ」と短く伝えた。そして、即座に“瞬光”を発動し知覚能力を爆発的に引き上げると、“宝物庫”からクロスビットを三機取り出し、それを奈瑠紅と綾辻の周りに盾のように配置した。

突然、虚空に現れた十字架型の浮遊する物体に、目を白黒させる奈瑠紅と綾辻。そんな二人に背を向けると、南雲は元凶たる魔人族の女に向かって傲慢とも言える提案をした。それは、魔人族の女が、まだ南雲の・・・・敵ではないが故の慈悲であった。

「そこの赤毛の女。今すぐ去るなら追いはしない。死にたくなければ、さっさと消えろ」

「……何だって?」

もっとも、魔物に囲まれた状態で、普通の人間のする発言ではない。なので、思わずそう聞き返す魔人族の女。それに対して南雲は、呆れた表情で繰り返した。

「戦場での判断は迅速にな。死にたくなければ消えろと言ったんだ。わかったか?」

改めて、聞き間違いではないとわかり、魔人族の女はスっと表情を消すと「殺れ」と南雲を指差し魔物に命令を下した。

この時、あまりに突然の事態――――特に虎の子のアハトドが正体不明の攻撃により一撃死したことで流石に冷静さを欠いていた魔人族の女は、致命的な間違いを犯してしまった。

南雲の物言いもあったのだろうが、敬愛する上司から賜ったアハトドは失いたくない魔物であり、それを現在進行形で踏みつけにしている南雲に怒りを抱いていたことが原因だろう。あとは、単純に迷宮の天井を崩落させて階下に降りてくるという、ありえない事態に混乱していたというのもある。とにかく、普段の彼女なら、もう少し慎重な判断が出来たはずだった。しかし、既にサイは投げられてしまった。

「なるほど。……“敵”って事でいいんだな?」

南雲がそう呟いたのと2匹のキメラが襲いかかったのは同時だった。南雲の背後から「南雲さん!」「南雲君!」と焦燥に満ちた警告を発する声が聞こえる。しかし、左側から襲いかかってきたキメラに氷の針が地面から生えて穿ち殺す。

「俺を忘れてんじゃねぇよ。」

右側から来たキメラを左の義手で持ち上げて見ていた南雲は、

「悪ぃな。って、おいおい何だ? この半端な固有魔法は。大道芸か?」

気配や姿を消す固有魔術だろうに動いたら空間が揺らめいてしまうなど意味がないにも程があると、南雲は、思わずツッコミを入れる。奈落の魔物にも、気配や姿を消せる魔物はいたが、どいつもこいつも厄介極まりない隠蔽能力だったのだ。それらに比べれば、動くだけで崩れる隠蔽など、俺達からすれば余りに稚拙だった。

数百キロはある巨体を片手で持ち上げ、キメラ自身も空中で身を捻り大暴れしているというのに微動だにしない南雲に、魔人族の女やクラスメイト達が唖然とした表情をする。

南雲は、そんな彼等を尻目に、観察する価値もないと言わんばかりに“豪腕”を以てキメラを地面に叩きつけた。

 

ズバンッ!!

 

ドグシャ!

 

そんな生々しい音を立てて、地面にクレーターを作りながらキメラの頭部が粉砕される。そして、ついでにとばかりにドンナーを抜いたハ南雲は、一見、何もない空間に向かってレールガンを続けざまに撃ち放った。

 

ドパンッ! ドパンッ!

 

乾いた破裂音を響かせながら、二条の閃光が空を切り裂き目標を違わず問答無用に貫く。すると、空間が一瞬揺ぎ、そこから頭部を爆散させたキメラと心臓を撃ち抜かれたブルタールモドキが現れ、僅かな停滞のあとぐらりと揺れて地面に崩れ落ちた。

俺達からすれば、例え動いていなくても、風の流れ、空気や地面の震動、視線、殺意、魔力の流れ、体温などがまるで隠蔽できていない彼等は、南雲にはただそこに佇むだけの的でしかなかったのである。

瞬殺した魔物には目もくれず、南雲が戦場へと、いや、処刑場へと一歩を踏み出す。これより始まるのは、殺し合いですらない。敵に回してはいけない化け物による、一方的な処刑だ。

あまりにあっさり殺られた魔物を見て唖然とする魔人族の女や、この世界にあるはずのない兵器に度肝を抜かれて立ち尽くしているクラスメイト達。そんな硬直する者達をおいて、魔物達は、魔人族の女の命令を忠実に実行するべく次々に南雲へと襲いかかった。

黒猫が背後より忍び寄り触手を伸ばそうとするが、俺が、終剣で全てをみじん切りにする。音速を優に超えた剣戟は、あっさり黒猫の全身を微塵にした。

砂化した仲間の魔物には目もくれず、左右から同時に四つ目狼が飛びかかる。が、いつの間にか抜かれていたシュラークが左の敵を、ドンナーが右の敵をほぼゼロ距離から吹き飛ばす。

その一瞬で、絶命した四つ目狼の真後ろに潜んでいた黒猫が、南雲の背後から迫るキメラと連携して触手を射出するが、それを俺が凍らせておき、南雲は、その場で数メートルも跳躍すると空中で反転し上下逆さとなった世界で、標的を見失い宙を泳ぐ黒猫二体とキメラ一体をレールガンの餌食とした。

血肉が花吹雪のように舞い散る中で、着地の瞬間を狙おうとでも言うのか、踏み込んで来たブルタールモドキ二体がメイスを振りかぶる。しかし、そんな在り来りな未来予想が化け物たる南雲に通じるはずもなく、南雲は、“空力”を使って空中で更に跳躍すると、独楽のように回りながら左右のドンナー・シュラークを連射した。

解き放たれた殺意の風が、待ち構えていたブルタールモドキ二体だけでなく、その後ろから迫っていたキメラと四つ目狼の頭部を穿って爆砕させる。それぞれ血肉を撒き散らす魔物達が、慣性の法則に従い南雲の眼下で交差し、少し先で力を失って倒れこんだ。

南雲は、四方に死骸が横たわり血肉で彩られた交差点の真ん中に音もなく着地し、虚空に取り出した弾丸をガンスピンさせながらリロードする。

と、その時、「キュワァアア!」という奇怪な音が突如発生した。南雲がそちらを向くと、六足亀の魔物アブソドが口を大きく開いて南雲の方を向いており、その口の中には純白の光が輝きながら猛烈な勢いで圧縮されているところだった。

それは、先程、メルド団長のもつ“最後の忠誠”に蓄えられていた膨大な魔力だ。周囲数メートルという限定範囲ではあるが、人一人消滅させるには十分以上の威力がある。

その強大な魔力が限界まで圧縮され、次の瞬間、南雲を標的に砲撃となって発射された。射線上の地面を抉り飛ばしながら迫る死の光に、しかし、南雲の瞳に焦燥の色は微塵もない。それは、

静寂の終剣(イルシオン)

魔力の砲撃が直撃した瞬間、魔力そのものが消えたからだ。

俺の終剣の力で魔力を帯びたあらゆる攻撃を無効化する力が働いたのだ。

そして、南雲はいたずらっぽい笑みを口元に浮かべると盾に角度をつけて砲撃を受け流し始めた。逸らされた砲撃が向かう先は……

「ッ!? ちくしょう!」

魔人族の女だ。南雲があっさり魔物を殺し始めた瞬間から、危機感に煽られて大威力の魔術を放つべく仰々しい詠唱を始めたのだが、それに気がついていた南雲が、アブソドの砲撃を指示したであろう魔人族の女に詠唱の邪魔ついでに砲撃を流したのだ。

予想外の事態に、慌てて回避行動を取る魔人族の女に、南雲は盾の角度を調整して追いかけるように砲撃を逸していく。壁を破壊しながら迫る光の奔流に、壁際を必死に走る魔人族の女。その表情に余裕は一切ない。

しかし、いよいよ逸らされた砲撃が直ぐ背後まで迫り、魔人族の女が、自分の指示した攻撃に薙ぎ払われるのかと思われた直後、アブソドが蓄えた魔力が底を尽き砲撃が終ってしまった。

「チッ……」

南雲の舌打ちに反応する余裕もなく、冷や汗を流しながらホッと安堵の息を吐く魔人族の女だったが、次の瞬間には凍りついた。

 

ドパァンッ!

 

炸裂音が轟くと同時に右頬を衝撃と熱波が通り過ぎ、パッと白い何かが飛び散ったからだ。

その何かは、先程まで魔人族の女の肩に止まっていた白鴉の魔物の残骸だった。思惑通りにいかなかったハジメが、腹いせにドンナーをアブソドに、シュラークを白鴉に向けて発砲したのである。

アブソドは、音すら軽く置き去りにする超速の弾丸を避けることも耐えることも、それどころか認識することもできずに、開けっ放しだった口内から蹂躙され、意識を永遠の闇に落とした。

白鴉の方も、胴体を破裂させて一瞬で絶命し、その白い羽を血肉と共に撒き散らした。レールガンの余波を受けた魔人族の女は、衝撃にバランスを崩し尻餅を付きながら、茫然とした様子でそっと自分の頬を撫でる。そこには、白鴉の血肉がべっとりと付着しており、同時に、熱波によって酷い火傷が出来ていた。

あと、数センチずれていたら……そんな事を考えて自然と体が身震いする魔人族の女。それはつまり、今も視線の先で、強力無比をうたった魔物の軍団をまるで戯れに虫を殺すがごとく駆逐している南雲は、いつでも魔人族の女を殺すことが出来るということだ。今この瞬間も、彼女の命は握られているということだ。

戦士たる強靭な精神をもっていると自負している魔人族の女だが、あり得べからざる化け物の存在に体の震えが止まらない。あれは何だ? なぜあんなものが存在している? どうすればあの化け物から生き残ることができる!? 魔人族の女の頭の中では、そんな思いがぐるぐると渦巻いていた。

それは、光輝達も同じ気持ちだった。彼等は、白髪眼帯の少年の正体を直ぐさま南雲とは見抜けず、正体不明の何者かが突然、自分達を散々苦しめた魔物を歯牙にもかけず駆逐しているとしかわからなかったのだ。

「何なんだ……彼は一体、何者なんだ!?」

光輝が動かない体を横たわらせながら、そんな事を呟く。今、周りにいる全員が思っていることだった。その答えをもたらしたのは、先に逃がし、けれど自らの意志で戻ってきた仲間、遠藤だった。

「はは、信じられないだろうけど……あいつは南雲だよ」

「「「「「「は?」」」」」」

遠藤の言葉に、光輝達が一斉に間の抜けた声を出す。遠藤を見て「頭大丈夫か、こいつ?」と思っているのが手に取るようにわかる。遠藤は、無理もないなぁ~と思いながらも、事実なんだから仕方ないと肩を竦めた。

「だから、南雲、南雲ハジメだよ。あの日、橋から落ちた南雲だ。迷宮の底で生き延びて、自力で這い上がってきたらしいぜ。ここに来るまでも、迷宮の魔物が完全に雑魚扱いだった。マジ有り得ねぇ!って俺も思うけど……事実だよ」

「南雲って、え?南雲が生きていたのか!?」

光輝が驚愕の声を漏らす。そして、他の皆も一斉に、現在進行形で殲滅戦を行っている化け物じみた強さの少年を見つめ直し……やはり一斉に否定した。「どこをどう見たら南雲なんだ?」と。そんな心情もやはり、手に取るようにわかる遠藤は、「いや、本当なんだって。めっちゃ変わってるけど、ステータスプレートも見たし」と乾いた笑みを浮かべながら、彼が南雲ハジメであることを再度伝える。

皆が、信じられない思いで、南雲の無双ぶりを茫然と眺めていると、ひどく狼狽した声で遠藤に喰ってかかる人物が現れた。

「う、うそだ。南雲は死んだんだ。そうだろ?みんな見てたじゃんか。生きてるわけない!適当なこと言ってんじゃねぇよ!」

「うわっ、なんだよ! ステータスプレートも見たし、本人が認めてんだから間違いないだろ!」

「うそだ!何か細工でもしたんだろ!それか、なりすまして何か企んでるんだ!」

「いや、何言ってんだよ?そんなことする意味、何にもないじゃないか」

遠藤の胸ぐらを掴んで無茶苦茶なことを言うのは檜山だ。顔を青ざめさせ尋常ではない様子で南雲の生存を否定する。周りにいる近藤達も檜山の様子に何事かと若干引いてしまっているようだ。

「そりゃあ錯乱するわな。自分が殺した筈の人間が目の前で蹂躙劇を繰り広げてんだから。ま、俺らが間に合わずとも生きてたさ。これよりもっと酷くなるだろうがな。」

そんな錯乱気味の檜山に、俺は言って、その直後に比喩ではなくそのままの意味で冷水が浴びせかけられた。檜山の頭上に突如発生した大量の水が小規模な滝となって降り注いだのだ。呼吸のタイミングが悪かったようで若干溺れかける檜山。水浸しになりながらゲホッゲホッと咳き込む。一体何が!? と混乱する檜山に、冷水以上に冷ややかな声がかけられる。

「……大人しくして。鬱陶しいから」

その物言いに再び激高しそうになった檜山だったが、声のする方へ視線を向けた途端、思わず言葉を呑み込んだ。なぜなら、その声の主、ユエの檜山を見る眼差しが、まるで虫けらでも見るかのような余りに冷たいものだったからだ。同時に、その理想の少女を模した最高級のビスクドールの如き美貌に状況も忘れて見蕩れてしまったというのも少なからずある。

それは、光輝達も同じだったようで、突然現れた美貌の少女に男女関係なく自然と視線が吸い寄せられた。女子勢などは明からさまに見蕩れて「ほわ~」と変な声を上げている。単に、美しい容姿というだけでなく、どこか妖艶な雰囲気を纏っているのも、見た目の幼さに反して光輝達を見蕩れさせている要因だろう。

と、その時、魔人族の女が指示を出したのか、魔物が数体、光輝達へ襲いかかった。メルドの時と同じく、人質にでもしようと考えたのだろう。普通に挑んでも、南雲を攻略できる未来がまるで見えない以上、常套手段だ。

「……大丈夫」

ユエが、一言告げて、今まさにその爪牙を、触手を、メイスを振るわんとしている魔物達を睥睨する。そして、ただ一言、魔術のトリガーを引いた。

「“蒼龍”」

その瞬間、ユエ達の頭上に直径一メートル程の青白い球体が発生した。それは、炎系の魔法を扱うものなら知っている最上級魔術の一つ、あらゆる物を焼滅させる蒼炎の魔術“蒼天”だ。それを詠唱もせずにノータイムで発動など尋常ではない。特に、後衛組は、何が起こったのか分からず呆然と頭上の蒼く燃え盛る太陽を仰ぎ見た。

しかし、彼等が本当に驚くべきはここからだった。なぜなら、燦然と燃え盛る蒼炎が突如うねりながら形を蛇のように変えて、今まさにメイスを振り降ろそうとしていたブルタールモドキ達に襲いかかるとそのまま呑み込み、一瞬で灰も残さず滅殺したからだ。

宙を泳ぐように形を変えていく蒼炎は、やがてその姿を明確にしていく。それは蒼く燃え盛る龍だ。全長三十メートル程の蒼龍はユエを中心に光輝達を守るようにとぐろを巻くと鎌首をもたげた。そして、全てを滅する蒼き灼滅の業火に阻まれて接近すら出来ずに立ち往生していた魔物達に向かって、その顎門をガバッっと開く。

 

ゴァアアアアア!!!

 

爆ぜる咆哮が轟く。と、その直後、たじろぐ魔物達の体が突如重力を感じさせず宙に浮いたかと思うと、次々に蒼龍の顎門へと向けて飛び込んでいった。突然の事態にパニックになりながらも必死に空中でもがき逃げようとする様子から自殺ではないとわかるが、一直線に飛び込んで灰すら残さず焼滅していく姿は身投げのようで、タチの悪い冗談にしか見えない。

「なに、この魔法……」

それは誰の呟きか。周囲の魔物を余さず引き寄せ勝手に焼滅させていく知識にない魔術に、もう光輝達は空いた口が塞がらない。それも仕方のないことだ。なにせ、この魔術は、“雷龍”と同じく、炎系最上級魔術“蒼天”と神代魔術の一つ重力魔術の複合魔術でユエのオリジナルなのだから。

ちなみに、なぜ“雷龍”ではなく“蒼龍”なのかというと、単にユエの鍛錬を兼ねているからという理由だったりする。雷龍は、風系の上級である雷系と重力魔術の複合なので、難易度や単純な威力では“蒼龍”の方が上なのだ。最近、ようやく最上級の複合も出来るようになってきたのでお披露目してみたのである。

当然、そんな事情を知らない光輝達は、術者であるユエに説明を求めようと“蒼龍”から視線を戻した。しかし、背筋を伸ばして悠然と佇み蒼き龍の炎に照らされる、いっそ神々しくすら見えるユエの姿に息を呑み、説明を求める言葉を発することが出来なかった。そんなユエに早くも心奪われている者が数人………全く関係ないが、鈴の中の小さなおっさんが歓喜の声を上げているようだ。軽く嫉妬をした。

一方、魔人族の女は、遠くから“蒼龍” の異様を目にして、内心「化け物ばっかりか!」と悪態をついていた。そして、次々と駆逐されていく魔物達に焦燥感をあらわにして、先程復活をしたメルドの傍らにいる黒髪清楚な少女と兎人族の少女、離れたところで寄り添っている二人の少女に狙いを変更することにした。

しかし、魔人族の女は、これより更なる理不尽に晒されることになる。

シアに襲いかかったブルタールモドキは、振り向きざまのドリュッケンの一撃で頭部をピンボールのように吹き飛ばされ、逆方向から襲いかかった四つ目狼も最初の一撃を放った勢いのまま体を独楽のように回転させた、遠心力のたっぷり乗った一撃を頭部に受けて頭蓋を粉砕されあっさり絶命した。

また、奈瑠紅と綾辻を狙ってキメラや黒猫が襲いかかった。殺意を撒き散らしながら迫り来る魔物に歯噛みしながら半ばから折れた槍を構えようとする奈瑠紅だったが、それを制止するように、周囲で浮遊していたクロスビットがスっと奈瑠紅とキメラの間に入る。

自分を守るように動いた謎の十字架に奈瑠紅が若干動揺していると、突然、十字架が長い方の先端をキメラに向けて轟音を響かせた。綾辻が「ホントに何なの!?」と内心絶叫していると、その頬を掠めるように何かがくるくると飛び、カランカランという金属音を響かせて地面に落ちた。綾辻の側でも同じく轟音が響き、やはり同じように金属音が響く。

綾辻と奈瑠紅が、混乱しつつも、とにかく迫り来る魔物に注意を戻すと、そこには頭部を爆砕させた魔物達の姿が……唖然としつつ、先程の金属音の元に視線を転じてその正体を確かめる。

「これって……薬莢?」

「薬莢って……銃の?」

綾辻と奈瑠紅が、馴染みのない知識を引っ張り出し顔を見合わせる。そして、南雲が両手に銃をもって大暴れしている姿を見やって確信する。自分達を守るように浮遊する十字架は、どこぞのオールレンジ兵器なのだと。

「す、すごい……南雲さんはファ○ネル使いだったのですか。」

「彼、いつの間にニュー○イプになったのよ……」

周囲の魔物が一瞬で駆逐されたことで多少の余裕を取り戻した綾辻と奈瑠紅が、二人には似つかわしくないツッコミを入れる、実はそれがクロスビットを通して南雲に伝わっており、なぜ二人がそのネタを知っているのかと逆に南雲の方がツッコミを入れていたりするのだが、ユエ達で鍛えられたスルースキルで、南雲は気にしないことした。

「ホントに……なんなのさ」

力なく、そんなことを呟いたのは魔人族の女だ。何をしようとも全てを力でねじ伏せられ粉砕される。そんな理不尽に、諦観の念が胸中を侵食していく。もはや、魔物の数もほとんど残っておらず、誰の目から見ても勝敗は明らかだ。

魔人族の女は、最後の望み! と逃走のために温存しておいた魔術を南雲に向かって放ち、全力で四つある出口の一つに向かって走った。南雲のいる場所に放たれたのは“落牢”だ。それが、南雲の直ぐ傍で破裂し、石化の煙が南雲を包み込んだ。光輝達が息を飲み、綾辻と雫奈瑠紅悲鳴じみた声で南雲の名を呼ぶ。

動揺する光輝達を尻目に、魔人族の女は、遂に出口の一つにたどり着いた。

しかし……

「はは……既に詰みだったわけだ」

「その通り」

魔人族の女の目の前、通路の奥に十字架が浮遊しておりその暗い銃口を標的へと向けていた。乾いた笑いと共に、ずっと前、きっと南雲に攻撃を仕掛けてしまった時から既にチェックメイトをかけられていたことに今更ながらに気がつき、思わず乾いた笑い声を上げる魔人族の女。そんな彼女に背後から憎たらしいほど平静な声がかかる。

魔人族の女が、今度こそ瞳に諦めを宿して振り返ると、石化の煙の中から何事もなかったように歩み寄ってくる南雲の姿が見えた。そして、拡散しようとする石化の煙を紅い波動“魔力放射”で別の通路へと押し流す。

「……この化け物め。上級魔法が意味をなさないなんて、あんた、本当に人間?」

「実は、自分でも結構疑わしいんだ。だが、化け物というのも存外悪くないもんだぞ?」

そんな軽口を叩きながら少し距離を置いて向かい合う南雲と魔人族の女。チラリと魔人族の女が部屋の中を見渡せば、いつの間にか本当に魔物が全滅しており、改めて、小さく「化け物め」と罵った。

南雲は、それを無視してドンナーの銃口をスっと魔人族の女に照準する。眼前に突きつけられた死に対して、魔人族の女は死期を悟ったような澄んだ眼差しを向けた。

「さて、普通はこういう時、何か言い遺すことは?と聞くんだろうが……生憎、お前の遺言なんぞ聞く気はない。それより、魔人族がこんな場所で何をしていたのか……それと、あの魔物を何処で手に入れたのか……吐いてもらおうか?」

「あたしが話すと思うのかい?人間族の有利になるかもしれないのに? バカにされたもんだね」

嘲笑するように鼻を鳴らした魔人族の女に、南雲は冷めた眼差しを返した。そして、何の躊躇いもなくドンナーを発砲し魔人族の女の両足を撃ち抜いた。

「あがぁあ!!」

悲鳴を上げて崩れ落ちる魔人族の女。魔物が息絶え静寂が戻った部屋に悲鳴が響き渡る。情け容赦ない南雲の行為に、背後でクラスメイト達が息を呑むのがわかった。しかし、南雲はそんな事は微塵も気にせず、ドンナーを魔人族の女に向けながら再度話しかけた。

「人間族だの魔人族だの、お前等の世界の事情なんざ知ったことか。俺は人間族として聞いているんじゃない。俺が知りたいから聞いているんだ。さっさと答えろ」

「……」

痛みに歯を食いしばりながらも、南雲を睨みつける魔人族の女。その瞳を見て、話すことはないだろうと悟った南雲は、勝手に推測を話し始めた。

「ま、大体の予想はつく。ここに来たのは、“本当の大迷宮”を攻略するためだろ?」

魔人族の女が、南雲の言葉に眉をピクリと動かした。その様子をつぶさに観察しながら南雲が言葉を続ける。

「あの魔物達は、神代魔法の産物……図星みたいだな。なるほど、魔人族側の変化は大迷宮攻略によって魔物の使役に関する神代魔法を手に入れたからか……とすると、魔人族側は勇者達の調査・勧誘と並行して大迷宮攻略に動いているわけか……」

「どうして……まさか……」

南雲が口にした推測の尽くが図星だったようで、悔しそうに表情を歪める魔人族の女は、どうしてそこまで分かるのかと疑問を抱き、そして一つの可能性に思い至る。その表情を見て、南雲は、魔人族の女が、南雲もまた大迷宮の攻略者であると推測した事に気がつき、視線で「正解」と伝えてやった。

「なるほどね。あの方と同じなら……化け物じみた強さも頷ける……もう、いいだろ?ひと思いに殺りなよ。あたしは、捕虜になるつもりはないからね……」

「あの方……ね。魔物は攻略者からの賜り物ってわけか……」

捕虜にされるくらいならば、どんな手を使っても自殺してやると魔人族の女の表情が物語っていた。そして、だからこそ、出来ることなら戦いの果てに死にたいとも。南雲としては神代魔法と攻略者が別にいるという情報を聞けただけで十分だったので、もう用済みだとその瞳に殺意を宿した。

魔人族の女は、道半ばで逝くことの腹いせに、負け惜しみと分かりながら南雲に言葉をぶつけた。

「いつか、あたしの恋人があんたを殺すよ」

その言葉に、南雲は口元を歪めて不敵な笑みを浮かべる。

「敵だと言うなら神だって殺す。その神に踊らされてる程度の奴じゃあ、俺には届かない」

互いにもう話すことはないと口を閉じ、南雲は、ドンナーの銃口を魔人族の女の頭部に向けた。

しかし、いざ引き金を引くという瞬間、大声で制止がかかる。

「待て!待つんだ、南雲!彼女はもう戦えないんだぞ!殺す必要はないだろ!」

「……」

南雲は、ドンナーの引き金に指をかけたまま、「何言ってんだ、アイツ?」と訝しそうな表情をして肩越しに振り返った。光輝は、フラフラしながらも少し回復したようで何とか立ち上がると、更に声を張り上げた。

「捕虜に、そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて、絶対ダメだ。俺は勇者だ。南雲も仲間なんだから、ここは俺に免じて引いてくれ」

余りにツッコミどころ満載の言い分に、南雲は聞く価値すらないと即行で切って捨てた。そして、無言のまま……引き金を引いた。

 

ドパンッ!

 

乾いた破裂音が室内に木霊する。解き放たれた殺意は、狙い違わず魔人族の女の額を撃ち抜き、彼女を一瞬で絶命させた。

静寂が辺りを包む。クラスメイト達は、今更だと頭では分かっていても同じクラスメイトが目の前で躊躇いなく人を殺した光景に息を呑み戸惑ったようにただ佇む。

だが、当然、正義感の塊たる勇者の方は黙っているはずがなく、静寂の満ちる空間に押し殺したような光輝の声が響いた。

「なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか……」

南雲は、シアの方へ歩みを勧めながら、自分を鋭い眼光で睨みつける光輝を視界の端に捉え、一瞬、どう答えようかと迷ったが、次の瞬間には、そもそも答える必要ないな!と考えさらりと無視することにした。

もっとも、そんなの態度を相手が許容するかは別問題である……

必死に感情を押し殺した光輝の声が響く中、その言葉を向けられている当人はというと、まるでその言葉が聞こえていないかのように、スタスタと倒れ伏すメルドの傍に寄り添う香織とシアのもとへ歩みを進めた。

「香織、メルドの容態はどうだ?」

「うん、命に別状はないけど疲労と魔力枯渇だったから神水を少し分けておいたよ。」

「ああ、この人には、それなりに世話になったんだ。それに、メルドが抜ける穴は、色んな意味で大きすぎる。特に、勇者パーティーの教育係に変なのがついても困るしな。まぁ、あの様子を見る限り、メルドもきちんと教育しきれていないようだが……人格者であることに違いはない。死なせるにはいろんな意味で惜しい人だ」

南雲は、龍太郎に支えられつつクラスメイト達と共に歩み寄ってくる光輝が、未だ南雲を睨みつけているのをチラリと見ながら、シアに、メルドへの神水の使用許可を出した理由を話した。ちなみに、“変なの”とは、例えば、聖教教会のイシュタルのような人物のことである。

「……ハジメ君」

「香織。ありがとな、頼み聞いてくれて」

「うんっ」

香織が自分の名を呼び見上げてくるので頬を優しく撫でながら、南雲は、感謝の意を伝えた。それに、視線で「気にしないで」と伝えながらも、嬉しそうに目元を綻ばせる香織。自然、南雲の眼差しも和らぎ見つめ合う形になる。

「……お二人共、空気読んで下さいよ……ほら、正気に戻って! ぞろぞろ集まって来ましたよ!」

「……ん、周りに注意」

既に病気と言ってもいいくらい、いつも通り二人の世界を作り始めた南雲と香織に、シアがパンパンと手を鳴らしながらツッコミを入れて正気に戻す。ユエも戻って来て注意する。

何やら、光輝とは違う意味で南雲を睨む視線が増えたような気がする。

「おい、南雲。なぜ、彼女を───」

「メルドの体力と魔力がねぇのは当たり前だ。ガチな蘇生だぞ?英霊ならまだしも人間でそんなことをしたら体力が持たずに死ぬのが目に見えてわかる。この世界の人間はあっちより体力があるから生き残ってるがな。」

南雲を問い詰めようとした光輝の言葉を遮って、俺が声を掛ける。

取り敢えず、メルドは心配ないとわかり安堵の息を吐くクラスメイト達。そこで、光輝が再び口を開く。

「おい、南雲、メルドさんの事は礼を言うが、なぜ、かの──」

「そんで、これで取り敢えずは一件落着だ。帰ろうぜ?」

「待ってくれ!南雲は無抵抗の人を殺したんだ。話し合う必要がある。南雲から離れた方がいい」

何処か南雲を責めるように睨みながら、南雲と会話をする俺を引き離そうとしている。単に、人殺しの傍にいることに危機感を抱いているのか

「ちょっと、光輝!南雲君は、貴方達を助けたのよ?そんな言い方はないでしょう?」

今まで、魔物を狩ったり露払いに徹していた雫が此方に歩きながら言う。

「だが、雫。彼女は既に戦意を喪失していたんだ。殺す必要はなかった。南雲がしたことは許されることじゃない」

「あのね、光輝、いい加減にしなさいよ?大体……」

光輝の物言いに、雫が目を吊り上げて反論する。クラスメイト達は、どうしたものかとオロオロするばかりであったが、檜山達は、元々南雲が気に食わなかったこともあり、光輝に加勢し始める。

次第に、南雲の行動に対する議論が白熱し始めた。

そんな彼等に、今度は比喩的な意味で冷水を浴びせる声が一つ。

「……くだらない連中。ハジメ、香織、もう行こう?」

「あー、うん、そうだな」

絶対零度と表現したくなるほどの冷たい声音で、光輝達を“くだらない”と切って捨てたのはユエだ。その声は、小さな呟き程度のものだったが、光輝達の喧騒も関係なくやけに明瞭に響いた。一瞬で、静寂が辺りを包み、光輝達がユエに視線を向ける。

南雲は、元々遠藤から話を聞いて、愛ちゃん先生を悲しませないために来ただけなので用は済んでいる。なので、南雲の手を娘のように引くユエに従い、部屋を出ていこうとした。香織やシアも、周囲を気にしながら追従する。

そんな南雲達に、やっぱり光輝が待ったをかけた。

「待ってくれ。こっちの話しは終わっていない。南雲の本音を聞かないと仲間として認められない。それに、君は誰なんだ?助けてくれた事には感謝するけど、初対面の相手にくだらないんて……失礼だろ?一体、何がくだらないって言うんだい?」

「……」

光輝が、またズレた発言をする。言っている事自体はいつも通り正しいのだが、状況と照らし合わせると、「自分の胸に手を置いて考えろ」と言いたくなる有様だ。ここまでくれば、何かに呪われていると言われても不思議ではない。

ユエは、既に光輝に見切りをつけたのか、会話する価値すらないと思っているようで視線すら合わせない。光輝は、そんなユエの態度に少し苛立ったように眉をしかめるが、直ぐに、いつも女の子にしているように優しげな微笑みを携えて再度、ユエに話しかけようとした。

このままでは埓があかないどころかユエを不快にさてしまうと感じた南雲が言おうとしたが静観していた迦楼那が代わりに少しだけ答えることにした。

「天之河。貴様は嘘つき(・・・)だ。それだと貴様は呪縛から逃れられそうにないだからこそ少しだけ指摘させもらおう」

「嘘つきだって?俺が、間違っているとでも言う気ですか先生?俺は、人として当たり前の事を言っているだけだ」

南雲から心底面倒です!という表情を向けられ、不機嫌そうに迦楼那に反論する光輝に取り合わず、迦楼那は言葉を続けた。

「誤魔化すな」

「いきなり何を……」

「貴様は、南雲があの女を殺したから怒っているんじゃない。人死を見るのが嫌だっただけだ。だが、自分達を殺しかけ、騎士団員を殺害したあの女を殺した事自体を責めるのは、流石に、お門違いだと分かっている。だから、無抵抗の相手を殺したと論点をズラした。見たくないものを見させられた、自分が出来なかった事をあっさりやってのけられた。その八つ当たりをしているだけだ。さも、正しいことを言っている風を装ってな。タチが悪いのは、貴様自身にその自覚がないこと。いや、自覚しようとしない。その息をするように自然なご都合解釈」

「ち、違う!勝手なこと言うな!南雲が、無抵抗の人を殺したのは事実だろうが!」

「敵を殺す、それの何が悪い?」

「なっ!?何がって、人殺しだぞ!悪いに決まってるだろ!」

「ブフッ!?人殺しが悪い!?何当たり前なことを言ってんだ光輝(ひかってる)!だが、それが許容されるもんは確実にあるぜ!!それは戦争だ!!!戦争に善悪無抵抗などない!あるのは命の奪い合い。生きるか死ぬかのどちらかだ!!敵と出会えば殺す。戦争だと当たり前なことだぞ!?それを殺してはならないってそれじゃあただのチャンバラで遊ぶガキの集団と変わんねぇじゃねぇか!!!」

光輝が当たり前なことを言ってきたのでその例外を教えてやる。それに続いて南雲も言う。

「はぁ、お前と議論するつもりはないから、もうこれで終いな?――――俺は、敵対した者には一切容赦するつもりはない。敵対した時点で、明確な理由でもない限り、必ず殺す。泉奈が言ったように善悪だの抵抗の有無だのは関係ない。甘さを見せた瞬間、死ぬということは嫌ってくらい理解したからな。これは、俺が奈落の底で培った価値観であり、他人に強制するつもりはない。が、それを気に食わないと言って俺の前に立ちはだかるなら……」

南雲が一瞬で距離を詰めて光輝の額に銃口を押し付ける。同時に、南雲の“威圧”が発動し周囲に濃密な殺気が大瀑布のごとく降りかかった。息を呑む光輝達。仲間内でもっとも速い奈瑠紅の動きすら見えない光輝には、今の南雲の動きはまるで察知出来ず、戦慄の表情をする。

「例え、元クラスメイトでも躊躇いなく殺す」

「お、おまえ……」

「勘違いするなよ?俺は、戻って来たわけじゃないし、まして、お前等の仲間でもない。愛子先生の義理を果たしに来ただけ。ここを出たらお別れだ。俺には俺の道がある」

それだけ言うと、何も答えず生唾を飲む光輝をひと睨みして、南雲はドンナーをホルスターにしまった。“威圧”も解けて、盛大に息を吐き南雲を複雑そうな眼差しで見るクラスメイト達だったが、光輝は、やはり納得出来ないのか、なお何かを言い募ろうとした。しかし、それは、うんざりした雰囲気のユエのキツイ一言によって阻まれる。

「……戦ったのはハジメ。恐怖に負けて逃げ出した負け犬にとやかくいう資格はない」

「なっ、俺は逃げてなんて……」

実は、南雲達が、ピンポイントであの場所に落ちてこられたのは偶然ではない。ちょうど上階を移動している時に莫大な魔力の奔流を感じて光輝達だと察した南雲が、感知系能力をフル活用して階下の気配を探り、錬成とパイルバンカーで撃ち抜いたというのが真相である。

そして、その時感じた魔力の奔流とは、光輝の“覇潰”だった。感じた力の大きさからすれば、あの状態の光輝なら魔人族の女を討てたはずだと、俺達はわかっていた。なので、その後の現場の状況と合わせて光輝が人殺しを躊躇い、そのためにあの窮地を招いたのだと看破していたのだ。それが、ユエの言う“恐怖に負けて逃げ出した”という言葉である。

光輝が、ユエに反論しようとすると、そこへ、深みのある声が割って入った。

「よせ、光輝」

「メルドさん!」

メルドは、少し前に意識を取り戻して、光輝達の会話を聞いていたようだ。まだ少しボーとするのか、意識をはっきりさせようと頭を振りながら起き上がる。そして、自分の腹など怪我していたはずの箇所を見て、不思議そうな顔で首を傾げた。

香織が、メルドに簡潔に何があったのかを説明する。メルドは、自分が蘇生術で甦り、何やら貴重な薬で奇跡的に助けられたことを知り、そして、その相手が俺や南雲であると聞いて、南雲の生存を心底喜んだ。また、救われたことに礼を述べながら、あの時、助けられなかった事を土下座する勢いで謝罪するメルドに、南雲は居心地悪そうにして謝罪を受け取った。

南雲としては、全く気にしていなかったというか、メルドが言った「絶対助けてやる」という言葉自体忘却の彼方だったのだが……深々と頭を下げて謝罪するメルドを前に空気を読んだのだ。

南雲とのやり取りが終わると、メルドは、光輝に向き直り、南雲にしたのと同じように謝罪した。

「メ、メルドさん? どうして、メルドさんが謝るんだ?」

「当然だろ。俺はお前等の教育係なんだ……なのに、戦う者として大事な事を教えなかった。人を殺す覚悟のことだ。時期がくれば、偶然を装って、賊をけしかけるなりして人殺しを経験させようと思っていた……魔人族との戦争に参加するなら絶対に必要なことだからな……だが、お前達と多くの時間を過ごし、多くの話しをしていく内に、本当にお前達にそんな経験をさせていいのか……迷うようになった。騎士団団長としての立場を考えれば、早めに教えるべきだったのだろうがな……もう少し、あと少し、これをクリアしたら、そんな風に先延ばしにしている間に、今回の出来事だ……私が半端だった。教育者として誤ったのだ。そのせいで、お前達を死なせるところだった……申し訳ない」

そう言って、再び深く頭を下げるメルドに、クラスメイト達はあたふたと慰めに入る。

どうやら、メルドはメルドで光輝達についてかなり悩んでいたようだ。団長としての使命と私人としての思いの狭間で揺れていたのだろう。

メルドも、王国の人間である以上、聖教教会の信者だ。それ故に、“神の使徒”として呼ばれた光輝達が魔人族と戦うことは、当然だとか名誉なことだとか思ってもおかしくはない。にもかかわらず、光輝達が戦うことに疑問を感じる時点で、何とも人がいいというか、優しいというか、南雲の言う通り人格者と評してもいいレベルだ。

メルドの心の内を聞き、押し黙る光輝。そう遠くないうちに人を殺さなければならなかったと言われ、魔人族の女を殺しかけた時の恐怖を思い出したようだ。それと同時に、たとえ賊であっても人である者を訓練のために殺させようとしていたメルドの言葉にショックも受けていた。賊くらいなら、圧倒出来るだけの力はあるので、わざわざ殺すなんて……と。

「………………おい光輝、その考え方は捨てろ。言っただろ、この世界での殺し合いは生きるか死ぬかだと。それに、あんたのそれが生粋の戦士達にとって生き恥そのもの。相対したも者の侮辱としれ。」

俺は光輝の考えていることを悟って忠告する。

 

✲✲✲

 

光輝達が微妙な雰囲気になっているのを尻目に、南雲が香織とユエ、シアを連れて、パイルバンカーの杭などいくつかのものを回収し、開けた竪穴から出ていこうとし、俺達もそれに続く。それに気がついた光輝達も、俺達に追随し始める。全員、消耗しているので地上に出るまでの間、南雲達に便乗しようと遠藤が提案し、メルドが南雲に頼み込んで了承を取ったのである。

地上へ向かう道中、邪魔くさそうに魔物の尽くを軽く瞬殺していく南雲に、改めて、その呆れるほどの強さを実感して、これが、かつて“無能”と呼ばれていた奴なのかと様々な表情をするクラスメイト達。

檜山は、青ざめた表情のまま南雲を睨み、近藤達は妬みの視線を送り、永山達は感嘆の視線を向けながらも仲間ではないとはっきり言われた事に複雑な表情をしている。

近藤達は、南雲の実力を間近で見て萎縮はしているものの、以前の南雲に対する意識が抜けきっていないのだろう。永山達は、南雲が檜山達にどういう扱いを受けているか知っていながら見て見ぬふりをしていたことから、後ろめたさがあるようだ。仲間と思われなくても仕方ないかもしれないと……

背後からぞろぞろと様々な視線を向けてくる光輝達を、サクッと無視して我が道を進む南雲。

途中、鈴の中のおっさんが騒ぎ出しユエにあれこれ話しかけたり、南雲に何があったのか質問攻めにしたり、二人が余り相手にしてくれないと悟るとシアの巨乳とウサミミを狙いだしたりして、雫に物理的に止められたり、近藤達がユエやシアに下心満載で話しかけて完全に無視されたり、それでもしつこく付き纏った挙句、無断でシアのウサミミに触ろうとして南雲からゴム弾をしこたま撃ち込まれたり、ヤクザキックを受けて嘔吐したり、マジな殺気を受けて少し漏らしながら今度こそ恐怖を叩き込まれたり――――色々ありつつ、遂に、一行は地上へとたどり着いた。

それは、【オルクス大迷宮】の入場ゲートを出た瞬間にやって来た。

「あっ! パパぁー!!」

「むっ! ミュウか」

南雲をパパと呼ぶ幼女の登場である。

「パパぁー!! おかえりなのー!!」

【オルクス大迷宮】の入場ゲートがある広場に、そんな幼女の元気な声が響き渡る。

各種の屋台が所狭しと並び立ち、迷宮に潜る冒険者や傭兵相手に商魂を唸らせて呼び込みをする商人達の喧騒。そんな彼等にも負けない声を張り上げるミュウに、周囲にいる戦闘のプロ達も微笑ましいものを見るように目元を和らげていた。

 ステテテテー! と可愛らしい足音を立てながら、南雲へと一直線に駆け寄ってきたミュウは、そのままの勢いで南雲へと飛びつく。南雲が受け損なうなど夢にも思っていないようだ。

テンプレだと、ロケットのように突っ込んで来た幼女の頭突きを腹部に受けて身悶えするところだが、生憎、南雲の肉体はそこまで弱くない。むしろ、ミュウが怪我をしないように衝撃を完全に受け流しつつ、しっかり受け止めた

「ミュウ、迎えに来たのか? ティオはどうした?」

「うん。ティオお姉ちゃんが、そろそろパパが帰ってくるかもって。だから迎えに来たの。ティオお姉ちゃんは……」

「妾は、ここじゃよ」

人混みをかき分けて、妙齢の黒髪金眼の美女が現れる。言うまでもなくティオだ。南雲は、いつはぐれてもおかしくない人混みの中で、ミュウから離れたことを批難する。

「おいおい、ティオ。こんな場所でミュウから離れるなよ」

「目の届く所にはおったよ。ただ、ちょっと不埒な輩がいての。凄惨な光景はミュウには見せられんじゃろ」

「なるほど。それならしゃあないか……で?その自殺志願者は何処だ?」

「いや、ご主人様よ。妾がきっちり締めておいたから落ち着くのじゃ」

「……チッ、まぁいいだろう」

「……ホントに子離れ出来るのかの?」

どうやら、ミュウを誘拐でもしようとした阿呆がいるらしい。ミュウは、海人族の子なので、目立たないようにこういう公の場所では念のためフードをかぶっている。そのため、王国に保護されている海人族の子とわからないので、不埒な事を考える者もいるのだ。フードから覗く顔は幼くとも整っており、非常に可愛らしい顔立ちであることも原因の一つだろう。目的が身代金かミュウ自体かはわからないが。

南雲が、暗い笑みを浮かべながら犯人の所在を聞くが、明らかに殺る気だとわかるので、ティオが半ば呆れながら諌める。最初は、パパと呼ばれることを心底嫌がっていたくせに、今では普通にパパをしている南雲。エリセンで、きちんとお別れできるのか……ミュウより南雲の方が不安である。

そんな、南雲とティオの会話を呆然と聞いていた光輝達。南雲が、この四ヶ月の間に色々な経験を経て自分達では及びもつかないほど強くなったことは理解したが、「まさか父親になっているなんて!」と誰もが唖然とする。特に男子などは、「一体、どんな経験積んできたんだ!」と、視線が自然と香織やユエ、シアにそして突然現れた黒髪巨乳美女に向き、明らかに邪推をしていた。南雲が、迷宮で無双した時より驚きの度合いは強いかもしれない。

「ふふっ。」

その時、香織が妖艶な笑顔をしていた。

俺達は、現在、入場ゲートを離れて、町の出入り口付近の広場に来ていた。

南雲は、ロア支部長の下へ依頼達成報告をし、二、三話してから、いろいろ騒がしてしまったので早々に町を出ることにしたのだ。元々、南雲達はロアにイルワからの手紙を届ける為だけに寄った様なものなので、旅用品で補充すべきものもなく、直ぐに出ても問題はなかった筈。

そして光輝達がぞろぞろと、出ていこうとする南雲達の後について来た。何故かと言うと、香織がついて行ったからだ。

せっかく戻ってきたのだ。一緒に居たいと思うのは確実だろう。

いよいよ、南雲達が出て行ってしまうというその時、何やら不穏な空気が流れた。十人ほどの男が進路を塞ぐように立ちはだかっているのが見えた。

「おいおい、どこ行こうってんだ? 俺らの仲間、ボロ雑巾みたいにしておいて、詫びの一つもないってのか?ァア゙ン!?」

薄汚い格好の武装した男が、いやらしく頬を歪めながらティオを見て、そんな事をいう。どうやら、先程、ミュウを誘拐しようとした連中のお仲間らしい。ティオに返り討ちにあったことの報復に来たようだ。もっとも、その下卑た視線からは、ただの報復ではなく別のものを求めているのが丸分かりだ。

この町で、冒険者ならばギルドの騒動は知っているはずなので、南雲に喧嘩を売るような真似をするはずがない。なので、おそらく彼等は、賊紛いの傭兵と言ったところなのだろう。

俺達が、噛ませ犬的なゲス野郎どもに因縁を付けられるというテンプレな状況に呆れていると、それを恐怖で言葉も出ないと勘違いしたようで、傭兵崩れ達は、更に調子に乗り始めた。

その視線が香織やユエ、シアにも向く。舐めるような視線に晒され、心底気持ち悪そうに南雲の影に体を隠す香織とユエ、シアに、やはり怯えていると勘違いして、香織達に囲まれているハジメを恫喝し始めた。

「ガキィ! わかってんだろ? 死にたくなかったら、女置いてさっさと消えろ! なぁ~に、きっちりわび入れてもらったら返してやるよ!」

「まぁ、そん時には、既に壊れてるだろうけどな~」

何が面白いのか、ギャハハーと笑い出す男達。そのうちの一人がミュウまで性欲の対象と見て怯えさせ、また他の一人が兎人族を人間の性欲処理道具扱いした時点で、彼等の運命は決まった。

いつもの通り、空間すら軋んでいると錯覚しそうな大瀑布の如きプレッシャーが傭兵紛いの男達に襲いかかる。彼等の聞くに耐えない発言に憤り、進み出た光輝がプレッシャーに巻き込まれフラついているのが視界の片隅に映っていたが、南雲は気にすることもなく男達に向かって歩み寄った。

今更になって、自分達が絶対に手を出してはいけない相手に喧嘩を売ってしまったことに気がつき慌てて謝罪しようとするが、プレッシャーのせいで四つん這い状態にされ、口を開くこともできないので、それも叶わない。

南雲は、もう彼等に口を開かせるつもりがなかったのだ。シアを性欲処理道具扱いしたことも、南雲をキレさせるには十分な理由だったが、ミュウに悪意を向けて怯えさせたことが、彼等に死よりも辛い人生を歩ませる決断へと繋がった。

南雲は、少しプレッシャーを緩めて全員を膝立ちさせ一列に整列させると、端から順番に男の象徴を撃ち抜いていくという悪魔的な所業を躊躇いなく実行した。さらに、悲鳴を上げながら、股間を押さえてのたうち回る男達を一人ずつ蹴り飛ばし、絶妙な加減で骨盤も粉砕して広場の隅っこに積み重ねていった。これで、彼等は子供を作れなくなり、おそらく歩くことも出来なくなっただろう。今後も頑張って生きていくかは本人次第である。

余りに容赦ない反撃に、光輝達がドン引きしたように後退る。特に、男子生徒達は全員が股間を押さえて顔を青ざめさせていた。

俺は肉体を氷化して股間だけを無くす、俗に言う女体化という方法で股間を押さえるようなことをしなくて済む。後でちゃんと治したが。

 

香織がまた南雲と共に出発。そんな香織の意志に異議を唱える者が……もちろん、“勇者”天之河光輝だ。

「ま、待て!待ってくれ!意味がわからない。香織が付いていく? えっ?どういう事なんだ?なんで、いきなりそんな話しになる?南雲!お前、いったい香織に何をしたんだ!」

「……何でやねん」

どうやら、光輝は、香織が南雲にまた着いていくという現実を認めないらしい。いきなりではなく、単に光輝が気がついていなかっただけなのだが、光輝の目には、突然、香織が奇行に走り、その原因は南雲にあるという風に見えたようだ。本当に、どこまでご都合主義な頭をしているのだと思わず関西弁でツッコミを入れてしまう俺。

完全に、南雲が香織に何かをしたのだと思い込み、半ば聖剣に手をかけながら憤然と歩み寄ってくる光輝に、雫が頭痛を堪えるような仕草をしながら光輝を諌めにかかった。

「光輝。南雲君が何かするわけないでしょ?冷静に考えなさい。あんたはこの前に泉奈に言われた筈だけど、香織は彼の婚約者なのよ?それこそ、日本にいるときからね。どうして香織が、あんなに頻繁に話しかけていたと思うのよ」

「雫……何を言っているんだ……あれは、香織が優しいから、南雲が一人でいるのを可哀想に思ってしてたことだろ? 協調性もやる気もない、オタクな南雲を香織が好きになるわけないじゃないか。そしてそれを見た泉奈が勘違いしたんだろ?」

光輝と雫の会話を聞きながら、事実だが面と向かって言われると意外に腹が立つと頬をピクピクさせる南雲。

そこへ、光輝達の騒動に気がついた香織が自らケジメを付けるべく光輝とその後ろのクラスメイト達に語りかけた。

「天之河くん、みんな、ごめんね。自分勝手だってわかってるけど……私、ハジメくんと一緒にいたい。だから、ここには残らない。本当にごめんなさい」

そう言って深々と頭を下げる香織に、鈴や恵里、綾子や真央など女性陣はキャーキャーと騒ぎながらエールを贈った。永山、遠藤、野村の三人も、香織の心情は察していたので、気にするなと苦笑いしながら手を振った。

おい鈴よ、貴方は私とこの世界では入籍したでしょう。

しかし、当然、光輝は香織の言葉に納得出来ない。

「嘘だろ?だって、おかしいじゃないか。香織は、ずっと俺の傍にいたし……これからも同じだろ?香織は、俺の幼馴染で……だから……俺と一緒にいるのが当然だ。そうだろ、香織」

「えっと……光輝くん。私は幼馴染だなんて思った事無いんだけど…………それにずっと一緒にいるわけじゃないよ?それこそ、当然だと思うのだけど……」

「そうよ、光輝。香織は、別にあんたのものじゃないんだから、何をどうしようと決めるのは香織自身よ。いい加減にしなさい」

幼馴染と思っていた二人にそう言われ、呆然とする光輝。その視線が、スッと南雲へと向く。南雲は、我関せずと言った感じで遠くを見ていた。その南雲の周りには美女、美少女が侍っている。その光景を見て、光輝の目が次第に吊り上がり始めた。あの中に、自分の(・・・)香織が入ると思うと、今まで感じたことのない黒い感情が湧き上がってきたのだ。そして、衝動のままに、ご都合解釈もフル稼働する。

「香織。行ってはダメだ。これは、香織のために言っているんだ。見てくれ、あの南雲を。女の子を何人も侍らして、あんな小さな子まで……しかも兎人族の女の子は奴隷の首輪まで付けさせられている。黒髪の女性もさっき南雲の事を『ご主人様』って呼んでいた。きっと、そう呼ぶように強制されたんだ。南雲は、女性をコレクションか何かと勘違いしている。最低だ。人だって簡単に殺せるし、強力な武器を持っているのに、仲間である俺達に協力しようともしない。香織、あいつに付いて行っても不幸になるだけだ。だから、ここに残った方がいい。いや、残るんだ。例え恨まれても、君のために俺は君を止めるぞ。絶対に行かせはしない!」

光輝の余りに突飛な物言いに、香織達が唖然とする。しかし、ヒートアップしている光輝はもう止まらない。説得のために向けられていた香織への視線は、何を思ったのか南雲の傍らのユエ達に転じられる。

「君達もだ。これ以上、その男の元にいるべきじゃない。俺と一緒に行こう! 君達ほどの実力なら歓迎するよ。共に、人々を救うんだ。シア、だったかな? 安心してくれ。俺と共に来てくれるなら直ぐに奴隷から解放する。ティオも、もうご主人様なんて呼ばなくていいんだ」

そんな事を言って爽やかな笑顔を浮かべながら、ユエ達に手を差し伸べる光輝。雫は顔を手で覆いながら天を仰ぎ、香織は開いた口が塞がらない。

そして、光輝に笑顔と共に誘いを受けたユエ達はというと……

「「「……」」」

もう、言葉もなかった。光輝から視線を逸らし、両手で腕を摩っている。よく見れば、ユエ達の素肌に鳥肌が立っていた。ある意味、結構なダメージだったらしい。ティオでさえ、「これはちょっと違うのじゃ……」と、眉を八の字にして寒そうにしている。

そんなユエ達の様子に、手を差し出したまま笑顔が引き攣る光輝。視線を合わせてもらえないどころか、気持ち悪そうに南雲の影にそそくさと退避する姿に、若干のショックを受ける。

そして、そのショックは怒りへと転化され行動で示された。無謀にもハジメを睨みながら聖剣を引き抜いたのだ。光輝は、もう止まらないと言わんばかりに聖剣を地面に突き立てると南雲に向けてビシッと指を差し宣言した。

「南雲ハジメ!俺と決闘しろ!武器を捨てて素手で勝負だ!俺が勝ったら、二度と香織には近寄らないでもらう!そして、そこの彼女達も全員解放してもらう!」

「……イタタタ、やべぇよ。勇者が予想以上にイタイ。何かもう見てられないんだけど」

「何をごちゃごちゃ言っている!怖気づいたか!」

聖剣を地面に突き立てて素手の勝負にしたのは、きっと剣を抜いた後で、同じように南雲が武器を使ったら敵わないと考え直したからに違いない。意識的にか無意識的にかはわからないが……香織達もクラスメイト達も、流石に光輝の言動にドン引きしていた。

しかし、光輝は完全に自分の正義を信じ込んでおり、ハジメに不幸にされている女の子達や幼馴染を救ってみせると息巻き、周囲の空気に気がついていない。元々の思い込みの強さと猪突猛進さ、それに始めて感じた“嫉妬”が合わさり、完全に暴走しているようだ。

ハジメの承諾も聞かず、猛然と駆け出す光輝。

その瞬間、

人影が割って入り光輝を蹴飛ばす。

「ッ!?」

「天之河光輝!先程から聞いていれば自分の都合がいいことしか言わない愚者め!周りを見てみろ、貴様の愚言を聞いた一般の者達が不安がってるぞ?貴様が勇者で自分の事しか考えていないのではないかとな。現に、少女達が南雲を慕っているのを目に見えてわかるのに貴様だけ世間的におかしな事を言っている。それでも貴様のご都合主義な考えを直さない限り敵に漬け込まれる。ならば今ここで俺が1人の人間として貴様を討ち果たす!」

俺は光輝の言い分を聞いてさすがにブチッと来たので神格を一時的に解放して威圧を放ちながらアスケイルというアキレウスのパルチザンを光輝に向ける。

因みに、姿はFGOのアキレウス最終霊基再臨状態である。序に素顔を晒す。あのアルトリア顔である。

それを見たクラスメイト達は唖然。

この威圧に勝てず、俯く光輝。

今度こそ南雲たちが出発……と思ったら、今度は檜山達が騒ぎ出す。曰く、今回の事もあるし、香織がいないと回復役が不足する。だから、どうか残ってくれと説得を繰り返す。特に、檜山の異議訴えが激しい。まるで、望んでいたものが戻って来たのに再び失われそうになっている。もう直ぐ手に入るという段階で手の中かこぼれ落ちることに焦っているような……そんな様子だ。

檜山達三人は、香織の決意が固く説得が困難だと知ると、今度は、南雲を残留させようと説得をし始めた。過去の事は謝るので、これからは仲良くしようと等とふざけたことを平気でぬかす。

そんなこと微塵も思っていないだろうに、馴れ馴れしく笑みを浮かべながら南雲の機嫌を覗う彼等に、南雲だけでなく、雫達も不愉快そうな表情をしている。そんな中、俺は、再会してから初めて檜山の眼を至近距離から見た。その眼は、香織が出て行くことも影響してか、狂的な光を放ち始めているように俺には思えた。

雫達が、檜山達を諌めようと再び争論になりそうな段階で、俺はせっかくなのであの日の続きを檜山に話しかけてみることにした。

口元に皮肉気な笑みを浮かべながら

「そう言えば檜山。南雲を奈落に落とした時の心情はどうだった?皆は何も言わなかったようだが今はここにいない満愛が言ったはずだ。貴様はプライドを捨てれるかと。日本では南雲は己のプライドを捨ててまで他者を救った。ちっぽけだがそんな英雄譚がある。それに対してお前はそう言った英雄譚がねぇよな?」

「……え?」

突然、投げかけられた質問に檜山がポカンとする。しかし、質問の意図に気がついたのか徐々に顔色を青ざめさせていった。

「な、なに言ってんだ。俺は落としてなんか──」

「嘘は良くないな檜山少年。」

「か、勘違いだろ? いきなり、何言い出して……」

「じゃあ、お前も経験してみるか?」

「……」

今や、檜山の顔色は青を通り越して白へと変化していた。その反応を見て、そんな度量など一切持たないようだ。なのに望む。

そして、出ていこうとする香織への焦った態度から見て、その動機も察する。

南雲自身は、今更、復讐に身を焦がそうなどと言う気持ちを一切持ち合わせていないのは目に見えて分かる。敵対するなら容赦はしないが、そうでなければ放置の方針だった。ここで報復して、光輝達と揉める面倒を背負い込む価値など檜山にはない。檜山達の存在は、南雲にとって、本当に路傍の石ほどにも価値がないのだから。

俺が黙り込んだ檜山から離れると南雲が近藤達も含めて容赦なく告げた。

「お前等の謝罪なんざいらないし、過去の事を気にしてもいない。俺にとって、お前らは等しく価値がない。だから、何を言われようと俺の知ったことじゃない。わかったらさっさと散れ! 鬱陶しい!」

南雲の物言いに怒りをあらわにする近藤達だったが、

「檜山ぁ。お前ならわかってくれるよなぁ?」

と南雲が檜山に満面の笑みで言うと、ビクリと体を震わせた檜山は無言で頷き、近藤達にもう止めるよう言い出した。檜山もまた、南雲の目の前で自分がした事を暴露されたうえに、言外に含まれた意図を悟って、南雲に合わせたのだ。

豹変ともいえる檜山の実態を知る近藤達だったが、檜山が、感情を押し殺した尋常でない様子だったので、渋々、南雲への説得を諦めた。

ようやく、本当にようやく、南雲達は出発を妨げる邪魔者がいなくなった。香織が、お花摘みに行っている僅かな間(檜山達が付いていこうとしたがハジメの“威圧”で止められた)、龍太郎が光輝に脳筋なりに慰めるなか、雫が南雲に話しかけた。

「何というか……いろいろごめんなさい。それと、改めて礼をいうわ。ありがとう。助けてくれたことも、香織を捨てなかったことも……」

迷惑をかけた事への謝罪と救出や香織の事でお礼を言う雫に、南雲は、思わず失笑した。突然、吹き出した南雲に訝しそうな表情をする雫。視線で「一体なに?」と問いかけている。

「いや、すまん。何つーか、相変わらずの苦労人なんだと思ったら、ついな。日本にいた時も、こっそり謝罪と礼を言いに来たもんな。異世界でも相変わらずか……ほどほどにしないと眉間の皺が取れなくなるぞ?」

「……大きなお世話よ。そっちは随分と変わったわね。あんなに女の子侍らせて、おまけに娘まで……日本にいた頃のあなたからは想像出来ないわ……」

「惚れているのは一人だけなんだがなぁ……」

「……かなり順調のようね。これからもずっと香織のこと大切にしてね。お願いよ」

「……あぁ。」

反応が余り大きくなかった南雲に、雫の親友魂が唸りを上げる。

「……ちゃんと大切にしないと……大変な事になるわよ」

「?大変なこと?なんだそ……」

「“白髪眼帯の処刑人”なんてどうかしら?」

「……なに?」

「それとも、“破壊巡回”と書いて“アウトブレイク”と読む、なんてどう?」

「ちょっと待て、お前、一体何を……」

「他にも“漆黒の暴虐”とか“紅き雷の錬成師”なんてのもあるわよ?」

「お、おま、お前、まさか……」

突然、わけのわからない名称を列挙し始めた雫に、最初は訝しそうな表情をしていた南雲だったが、雫が南雲の頭から足先まで面白そうに眺めていることに気がつくと、その意図を悟りサッと顔を青ざめさせた。

「ふふふ、今の私は“神の使徒”で勇者パーティーの一員。私の発言は、それはもうよく広がるのよ。ご近所の主婦ネットワーク並みにね。さぁ、南雲君、あなたはどんな二つ名がお望みかしら……随分と、名を付けやすそうな見た目になったことだし、盛大に広めてあげるわよ?」

「まて、ちょっと、まて!なぜ、お前がそんなダメージの与え方を知っている!?」

「香織の勉強に付き合っていたからよ。あの子、南雲君と話したくて、話題にでた漫画とかアニメ見てオタク文化の勉強をしていたのよ。私も、それに度々付き合ってたから……知識だけなら相応に身につけてしまったわ。確か、今の南雲君みたいな人を“ちゅうに……”」

「やめろぉー! やめてくれぇ!」

「あ、あら、想像以上に効果てきめん……自覚があるのね」

「こ、この悪魔めぇ……」

既に、生まれたての小鹿のようにガクブルしながら膝を付いている南雲。蘇るのはリアル中学生時代の黒歴史。記憶の奥深くに封印したそれが、「呼んだ?」と顔をひょっこり覗かせる。

「ふふ、じゃあ、香織のことお願いね?」

「……あぁ」

「ふぅ、破滅挽歌ショットガンカオス、復活災厄リバースカラミティ……」

「わかった! わかったから、そんなイタすぎる二つ名を付けないでくれ」

「香織のことお願いね?」

「……絶対に手放さないと約束する」

「ええ、それで十分よ。これ以上、追い詰めると発狂しそうだし……約束破ったら、この世界でも日本でも、あなたを題材にした小説とか出すから覚悟してね?」

「おまえ、ホントはラスボスだろ? そうなんだろ?」

羞恥心に大打撃をくらい発狂寸前となって頭を抱える南雲。そんな南雲を少し離れたところから見ていたユエ達や他のクラスメイト達は、圧倒的強者である南雲を言葉だけで跪かせた雫に戦慄の表情を浮かべた。

俺や鈴は爆笑しているが…

南雲が、己の中の黒歴史と現在の自分の見た目に対するあれこれと戦っていると、香織がパタパタと足音を鳴らして戻ってきた。そして、雫の前で項垂れる南雲を見て目を丸くする。

雫の事が気になって詳細を聞きに来たユエと香織が情報を交換する。ユエは、どうにも気心知れたやり取りをした挙句、言葉責めで南雲を下した雫に「むぅ~」と唸り、香織は、そう言えば、二人でこっそり話している事がよくあったような……と南雲と雫の二人を交互に見やる。そして二人は結論を出した。もしかして、女の戦いでもラスボス?と。

名状しがたい表情の香織とユエを気にしつつ、いよいよ出発する南雲達。雫や鈴など女性陣と永山のパーティー、それに報告を済ませて駆けつけたメルドが見送りのためホルアドの入口に集まった。そして、南雲が取り出した魔力駆動四輪に、もはや驚きを通り越して呆れた視線を向ける。

雫と香織が、お互いに手を取り合いしばしのお別れを惜しんでいると、南雲が、“宝物庫”から藍塗りの柄がある旗を付けるような槍を取り出し雫に手渡した。

「これは?」

「姜弩が獲物失ってたろ? 渡しといてくれ。唯でさえまともなのが少ないのに、誰が抑えるのかって話だ。」

「世界一硬い鉱石を圧縮して作ったから頑丈さは折り紙付きだし、切れ味は素人が適当に振っても鋼鉄を切り裂けるレベルだ。扱いは……八重樫にいうことじゃないだろうが、気を付けてくれ」

「……こんなすごいもの……流石、錬成師というわけね。しっかりと届けておくわね。」

「……雫ちゃん?」

「……ラスボス可能性大」

「えっ? なに? 二人共、どうしてそんな目で見るのよ?」

香織の警戒心たっぷりの眼差しと、ユエの困ったような眼差しに、意味が分からず狼狽する雫。最後に何とも言えない空気を残して、雫達が見送る中、南雲達はホルアドの町を後にした。

天気は快晴。目指すは【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】。南雲の旅は続く。

俺達は南雲たちが出るまでの間に去り、雫は槍を奈瑠紅に届けたら迦楼那に担がれて帰って来た。




クラスメイト達を救出した南雲一行と泉奈達。
南雲たちは迷宮攻略を進める中、愛ちゃん先生が攫われたことを命からがら逃げてきたリリアーナ王女から知らされる。
そして、泉奈達が行動に出ようと暗躍し出す。

次回、混戦

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