氷創の英雄 ~転生したけど、特典の組み合わせで不老不死になった!~   作:星の空

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第20話 混戦

「全員いるな?」

今この場には

セイバー・モードレッドこと代赤

アーチャー・ケイローンこと慧郎

ランサー・カルナこと迦楼那

ライダー・アストルフォこと飛斗

キャスター・メディアこと萌愛

アルターエゴ・沖田総司

逆廻十六夜

逆廻金糸雀

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

アーチャー・ヘラクレスこと栄光

ランサー・エルキドゥこと天鎖

ランサー・クー・フーリンことセタンタ

誘宵美九

八重樫雫

八重樫白音

姜弩織咫

と、異世界トータスの真実を知っている者達がトータスの上空に隠蔽して駐屯させていた虚栄の空中庭園(バンキングガーデンズ・オブ・バビロン)の会議室に集合していた。

そして、何故皆がここに揃っているのかと言うとハイドリヒ王国の王や狂信者、1部の平民がが異常崇拝を始めた事にある。

「皆も知っているだろうが、エヒトルジュエが動き出した。恐らく南雲たちを排除しようとするだろう。だから、各々の判断で行動してエヒトルジュエの思い通りにさせないようにしてくれ。特に、魔王軍も襲撃してくるから奴らもどうにかしないといけん。」

「ノイント……だっけ?と南雲っちが神山でどんパチするんだよね?その間に檜山の強硬を抑えてカオリン(香織)を助ける。と言った所かな?」

鈴はこの庭園の書庫にある原作(・・)を読んでから出した結論を言う。

「概ねそうだが、転生者達がいる以上はイレギュラーが必ず付いてくる。萌愛はノイントと南雲が戦っている間に逆探知をしてエヒトルジュエの居場所を突き止めてくれ。それ以外は言わなくても分かるはずだ。既にハイドリヒ王国の真上に来ているからあとは行動あるのみだ。」

皆が頷き、その中で神妙な顔をしていた代赤が

「……………………泉奈、俺の感だがエヒトルジュエ側に強大な何かがいやがる。場合によっては星眠を使う覚悟はしておけよ。まぁ、不滅のあの中だったらバカスカ撃てるだろうがな!」

己の感からして俺の星眠を解放覚悟でいるように言ったあとにとんでもない事を口にした。

『あっ……………』

代赤以外が口をポカンと開ける。無論俺もだ。

「……………………俺の心象現象たる固有結界内なら星眠を幾らでも使える……………考えたことも無かった。」

そう、代赤に言われて、ふと考えてみたらその通りだ。これならば確実にエヒトルジュエを消すことは可能だ。

「……………考えたことも無かったって……………おいおい、これを前提として貰ったんじゃねぇのかよ………」

「……呆れんな…それはいいから移動するぞ。」

俺達は外側の端まで移動することにした。

何があっても直ぐに出れるようにだ。

 

✲✲✲

 

外に出てから10刻ほど経った。

「…………ねぇ、私今物凄く言いたいことがあるんだけど………いい?」

庭園の外側でハイドリヒ王国の動きを観察、待機して数刻が経ちほぼ夜と言っていい時間帯になってイリヤが声を上げた。

『…………?』

皆が首を傾げつつイリヤに注目する。

「………あのさ、外に出て待機するのはいいけど…………外に出るのは早すぎじゃないかな!!?もう外に出てから10時間が経つけど誰一人喋らないから昼頃には事が起こるのかと思ったけどもう午後8時過ぎちゃってるからね!!?」

「?何言ってんだ?どれくらいの時に来るか分からねぇからずっといるんだろ。それに飯や菓子は各自で食ったはずだろ?」

「いつ!!?私が見てた中では誰もその場を動いてなかったんだけど!!?」

「……………各自で菓子や飯を用意してたんだが…イリヤは持ってきてないのか?」

「……………」

「はぁ、これでも食っとけ。この唐辛子の束(・・・・・)でも─」

『食えるかッ!!?』

今まで黙っていた者までツッコミ入れてきた。

「あらら、皆喋っちったな。全員飛び降り移動だ。」

『ッ!!?しまった!!?』

「みんなして何してたの!!?」

「それは────」

 

ズゴオォォォォォオンッ!!!!!!

 

「────始まった。皆準備はいいな?なら開戦だ!!!」

ちょっとした余興をしていたら、魔王軍がハイドリヒ王国に攻めてきた。

「一番槍、この俺が頂く!!」

セタンタが最初に槍を持って飛び降りる。

それに続いて次々に降りていく。飛び降りれないものは担がれて降りる。

最後に俺は鈴を抱えてから降りる。

「え、ちょ、高す…………わひゃあァァァァァァァァァ!?!?」

流石に高すぎたのか悲鳴を上げて少し五月蝿いが。

 

✲✲✲

 

「クラスメイトんとこ行く奴は着いてこい!」

代赤が声を上げて、今降り立った鈴と栄光に担がれて降りた雫、金糸雀、天使を解放した美久、天鎖の鎖に巻かれて降りた白音が代赤に付いて王城に行った。

「………………僕はこっちに行くよ。」

「ならば俺がお供しよう。」

飛斗は白竜がいる方に行き、それに着いて行く迦楼那。

「ならば私達は─────」

栄光が何か言いかけた途端、天鎖が鎖で両腕を縛って引いた。丁度そこに剣が物凄い威力で地面に落ちる。

その剣は宝具であった。

「はっ、やっとお出ましか雑種共。俺の計画を邪魔しおって………この(オレ)直々に天罰を下してやる!!!」

放った本人は転生者の1人、英王儀留雅である。

「最初にこの世界に召還された時は異世界ものだと興奮していたが、よもやありふれた職業で世界最強などという本の中だったとはな。それはさておき、俺の計画上ではヒロインを我がものとする筈だった。が、あの時貴様等が連れて行くから台無しにな─────」

「────はぁ、親友の見た目と力を持つだけで粋がるなんてふざけないでよ茶坊主」

儀留雅が独白するが、天鎖が一刀両断。しかも、親友本人ならばそんな事を言わない。それが分かっているからこそ茶坊主と言ったのである。

「はっ、我が友の見てくれをした雑種風情が何を言う。貴様がその姿をしていること自体が万死に値する!!?」

そう儀留雅は言って王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から刀剣類を射出する。しかし、ありえない量の天の鎖が全てを絡め取り全て砕く。

「ッ何!!?」

「僕やその他の正体を見破れない時点で君は終わりだ。…………この茶坊主は僕が殺るから皆はここから離れてね。」

天鎖が英王を足止めする中、十六夜、栄光、栄光の肩に乗るイリヤは魔王軍の元に向かう。

俺はそれを見届けたあとに視線を感じたので慧郎を伴って其方に向かう。

萌愛は沖田を伴って既に神山に向かっている。

 

✲✲✲

 

「ハッハッハッハッハッハ………」

飛斗は全力で走っていた。何か鬼気迫る感じで走り続ける。それに追従する迦楼那は疑問を持っていた。

満月ですらないのに何時もの陽気さが無く、何故飛斗は焦っているのかと。だが、この状態の彼を止めたとしても止まらない。ならばついて行けばいいだけだ。

ただ、先程

「………ヒポグリフに乗っていかないのか?」

と問うたところ、

「あの子を使ったら両陣営から的になっちゃうからまだダメだ。本気で戦うか、周りが認知してないとあの子と共に戦場を駆けれない。」

それ以降無言のまま走っている。しかし、ここでアクシデント?が起こった。

 

ズドォオオン!!

 

パキャァアアン!!

 

砲撃でも受けたかのような轟音が響き渡り、直後、ガラスが砕け散るような破砕音が王都を駆け抜けたのだ。

「ッ!!?………破壊された。」

「………」

人魔が混戦する中、飛斗は邪魔する者を誰彼構わず殺さず捌きながら走り、白竜の元に着く。

そこにあるのは人族側の無惨な死体の山とそれを足場に立つ竜人。

「ゥグルルルゥウゥゥゥゥ!!!」

しかし、その竜人を飛斗と迦楼那は知っていた。

「────やっぱり……………………なんで…………君がここにいるんだい…………マスター(ジーク)!?」

それでも飛斗は驚愕していた。なんせ、外典(・・)で龍化して大聖杯と共に裏世界に旅立ったはずの存在がいるのだから。

「あぁもう!!君達ほんと邪魔!!!僕はマスター(ジーク)がここにいる訳を知りたいんだ!!出来ることならあの苦しみから解放したい!!」

だが、敵は待つ事などせずに部下であろう魔物を嗾ける。飛斗はそれに手を焼いて、ジークに近づけないでいた。

そこに、

「聞くことならば俺も出来るが?いや、俺が聞いてこよう。あのとき(・・・・)闘った事があるしな。何より、あの男が命を賭して救った子だ。ならば、俺も救おうではないか。」

「あっ!!?ちょっ!!?迦楼那!!?もう!!!分かったよ!!!露払いは僕に任せて!!!」

「それでは行ってくる。」

飛斗と一緒に魔物と相対していた迦楼那が外典(・・)の頃の好敵手が救った少年が堕ちているのなら自分は元に戻すというかたちで救おうと、ジークVer.ジークフリート第四霊基の元に光速1歩手前の速さで戦場を駆ける。

そのまま、直感で幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)を構えていたジークに刺突を繰り出してその勢いで遥か遠くに行ってしまった。

「よし、僕もやるぞ!恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)!!」

腰にぶら下げていた小型の角笛を取り出すとそれは飛斗を覆う程の大きさとなり、飛斗はその大きくなった角笛を吹く。

すると、吹かれた途端音波となって広がり、その音波を聞いた魔物や魔人族が錯乱しながら全身から血を噴き出して倒れ逝く。

その後は生き残った者達を殲滅しに乗馬槍を構えて駆けていく。

飛斗達とはかなり離れた地で何も無い荒野に黄昏と日輪はぶつかり合う。

両者は空を音速の領域で立体機動で動きながら衝突を繰り返し、荒野を破壊する。

そんな事を気にせず、お互いに得物を振るう。

日輪……迦楼那は突きを放ち、黄昏……ジークはそれを片手で持ったバルムンクの刀背で払う。

払った後直ぐに両手で持って振り下ろそうとしたが、迦楼那が払われた勢いを落とさずに槍を回転させて石突を隙だらけであった左肩に叩きつけてジークを地面に落とす。

迦楼那は落ちたジークから少し離れた位置に着地。直後、落ちた拍子に発生した土煙の中からジークが出て来てバルムンクを地面に叩きつけようとしていきなり迦楼那の顎目掛けて方向転換する。迦楼那は槍の柄で防ぐ。

しかし、そのまま跳ね上げられてしまう。

そのまま追撃してくるジークに気が付いて魔力放出をして火炎弾をいくつかぶつけて再び地面に落とす。

迦楼那は着地をしてやっと声を発した。

「先程から気になってはいたが、やはり、貴様の剣からあの頃の守りたい者を守ろうとする気迫が無い。いや、失っていると言ったところか。ジークよ、俺の声が聞こえるのなら答えろ。貴様に何があった?飛斗……黒のライダーの反応からして別れた時はそんな形では無かったのはわかった。それに、今の貴様は何かに取り憑かれてそれに対抗……身体の主導権を取り戻そうとしているのが戦って見て分かった。あの時の貴様ならば可能だったはずなのに今は出来てない。どういう事だ?」

「グルルルルゥ………レヴィジュ……厶ディギョウ……ゥルルルルォラァァァ!!!」

ジークが1度答えたが、また狂化してしまう。

直後、ジークの背後の空間が繋がり、南雲と相対した事があり、今の今までユエと殺り合っていたはずのフリードが現れジークに告げた。

「制圧は完了した。あの王城に行くぞバーサーカー。」

それを聞いて迦楼那は直ぐにフリードを突こうとしたが、ジークに防がれて、ジークとフリードは繋がっていた空間の向こうに渡り、繋がりが切れた。

「………………奴がジークのマスターか。………すまん飛斗よ、貴殿との約束を果たせ無かった。」

空間の繋がりが切れたのが分かった迦楼那は遥か遠くにある王城を見て呟いた。

ちなみに飛斗は魔物達に手を焼いていたのでフリードの事など気にしてはいなかったりする。

 

✲✲✲

 

「…………かなり数が多いね…」

「……それでも、殺らなければこっちが殺られますよ、イリヤ。」

「はっ、あんたを殺せるのはこっち側にしかいねぇだろ?」

飛斗や迦楼那とは別の人魔が入り乱れる戦場に来たイリヤ、栄光、十六夜。

イリヤは数に面倒がり栄光が窘めるも十六夜が皮肉る。

しかし、彼らが見ているのは人魔が混戦する戦場ではなく赤の長槍と黄の短槍を振るう戦士とセタンタがぶつかり合っている方だ。

「…………最早確定ですね。エヒトルジュエの元には奴がいる。」

「ぁん?」

「いえ、こちらの事です。」

栄光は代赤の言うエヒトルジュエの背後の存在が何者か気がついて思わず呟く。それを己の地獄耳で聞き取った十六夜が気にしたが関係ないと言って置く。

「…………まぁいい。それじゃ、始めようか!!!」

十六夜は己の身体スペックを活かして魔王軍に突撃する。

「………………はぁ…………やっちゃえ、バーサーカー!!!!」

それに溜息を吐きながらもイリヤは栄光に特攻指示を飛ばす。

「………………分かりました!推して参る!!!!」

イリヤを肩に乗せてから突撃する栄光。

彼らから離れた地でセタンタは相対している者……ディルムッドに槍の穂先を叩きつけ、ディルムッドは朱槍で逸らして黄短槍で突く。

それをセタンタは石突で跳ね上げて蹴りつけてディルムッドを飛ばす。

「先輩を相手にするのは得策ではないですね。ここは三十六計逃げるに如かず、撤退させて貰います!」

ディルムッドはセタンタに飛ばされた勢いを借りて撤退する。

それに対しセタンタは

「…………フィオナ騎士団一番槍が聞いて呆れる。てめぇに何があったんだ…………ディルムッド」

戦士でなくなったディルムッドを批判しつつも後輩を心配する様子を見せながら、イリヤ達と一緒になって魔人族達を蹴散らせに行く。

 

✲✲✲

 

そこは戦場であった。

だが、その戦場はただの戦場ではなく神話の戦いの如き攻防を繰り返していた。

片方は転生者の英王儀留雅。英雄王ギルガメッシュの容姿と宝具と能力を特典として貰った者。

もう片方は英雄王ギルガメッシュ本人の友であり理解者であるエルキドゥこと天鎖。

英王は神性特攻を持つ低級の宝具を満遍なく使い、稀に高級な宝具を射出している。

それに対して天鎖は権能の応用を使い空中を飛びながら白いローブの袖から出す鎖で弾いたり絡め取ったりして躱し、そんな中で土から精製した見てくれだけの武器を鎖で跳ばす。

そんな光景を見た者は、こう口にしていたりする

『………間の火花は何なんだ?』

と。

これは、固定砲台と化している英王と空中を飛び交う天鎖の間に絶え間なく火花が散り続けているので、英霊という高次元存在の戦いを目で追えてないからこその一言である。

因みに見ている者達は避難場所から見ている。

「どうした!その程度か雑種!!我が友の能力を有しておりながらその程度とは…………余興はもう良い。直ぐに終わらせてやろう!!!」

低級の宝具を仕舞い、高級な宝具を先の数倍の威力と速度で放つ。

それを天鎖は足場(・・)にしながら英王に接近。鎖を右足に巻き付けてから英王の左頬を蹴り、飛んでいく。

足を鎖から解いて尽かさず追撃に出る。

「ッ!!?そうか!!!3騎士の補正か!!!我という者が忘れるとは…」

「違うよ。君に無いものを僕は持っている。それは戦場に立った場数。君自身はギルの力を持ってるけど…それだけはない。こんなふうに………ねっ!!!」

天鎖は鎖を大量に使って大型の弓を造り、己を矢にして弦を足場にして待機。弦が引けなくなったら弦を引いていた鎖を外して天鎖が物理法則を越えた速度で英王に飛来。大量な鎖を己の前に収束して鋭さが増す。

人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)

「ッ!!!行程が遅い!いざ仰げ、天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)よ!!!」

2人の宝具が炸裂して辺りを閃光で照らす。

閃光が収まると、そこには全身を血塗れにした英王と右腕を炭化させた天鎖だった。

「ふっ、我が友のみてくれなだけはある。そろそろ時間だ。貴様を仕留めきれなかったのは業腹だが此方にも都合というものがある。此度は潔く下がるとしよう。」

「ッ!!!!待て!!!!」

天鎖が咄嗟に天の鎖を射出するも、英王はどこで覚えたのか空間転移をして逃げていった。

「いつつ、逃げられたか。帰ったら治して貰お。」

天鎖は空中庭園に飛んで戻って行った。

 

✲✲✲

 

「…………………確かここのはず」

「………この森ですか?確かに視線の主はここにいたようです。しかし、我々が此方に来たのを察知してから直ぐに退散した。と言ったところでしょう。」

今、俺と慧郎は森のこの辺りから視線を感じたので其方に来たのだが誰もいなかった。

否、隠れている(・・・・・)。それに気付いた俺と慧郎はわざと気配が分からない振りをしているのだ。

「いないってことは分かったし………帰る(仕掛ける)か。」

「分かりました。今はこんな事に構う必要はありませんし……奴の所にいるであろうソロモン(・・・・)の居場所を突き止める方がいいでしょう。」

実を言うと、俺と慧郎は代赤の言っていた存在が何者か気がついている。気付いた訳は、萌愛からリリィ(・・・)の時に感じた気配があると言われて、そこから割り出した結果がソロモン72柱となりそいつがいるのならソロモンだっている筈だと解ったのだ。

慧郎が暴露しつつ俺と慧郎は踵を返して立ち去ろうとした。

が、

「ち、ち、ちょっと待ってください!!?」

「おわっ!!?マシュ!!?」

「あんた、出て来たら隠れた意味がないじゃないの!!?」

「……………」

「マスター、我が義娘が申し訳ありません。」

薄紫色のショートカットに前髪が少し長く右眼が隠れている大盾を持った露出が少ないビキニアーマー?の少女、

黒髪の短髪で余り特徴が無い白い服を着た少年、

金髪だが、見た目が完全に遠坂凛である少女、

白髪で襟が大きく肩に馬を模した肩当ての付いた黒コートを着ている青年、

紫の髪に紫の甲冑を見に纏い、ビキニアーマー?の少女を義娘と言った青年、

の5人が少し離れた茂みから出てきたのだ。

「やっぱりいたな。」

「いることが分かっているのにやっぱりは無いでしょう。それで、呼び止めた訳はなんなのですか?我々は忙しくなる中、視線を感じたので敵の患者かどうかを確認しに来ただけであって貴方達と話している余裕はありません。なので要件は早めに言ってください。」

「………貴方は気配を限界まで消しているので皆は気付いていませんでしたが、貴方は英霊ですね?この時代に来てから半年ほど経ちましたが1度も英霊と接触しませんでした。久しぶりに感じた感覚なのでもしやと思いましたが………義父やランサーの反応からして当たっているようですね。

それは一先ず置いといて、聞きたいことがあるのですが………この時代が何時で、あの都市では今、何が起こっているのですか?」

この時俺はこの人達、ここが異世界だと気付いてないの?と思ってしまった。

「………貴方達は此処が地球では無い(・・・・)と認識すらしていないのですか?」

「え、此処が………地球じゃ………ないだって!!?ならば冥王星か!!?」

いかにも初めて知りましたと言わんばかりの反応を見せる特徴が無い少年がおかしな事を言う。

「違う、異世界だ。この異世界の名はトータス。ある愚神によって300年より遥か昔から延々と人魔の戦争が続いている世界だ。そして、あの都市は今魔王軍の襲撃を受けてる。………答えたからもう行くぞ。」

「………貴方達が何者かは問いませんが、ややこしいことを起こさないでください。」

有無を言わさず、俺と慧郎は去ろうとしたがそれは叶わなかった。

 

ズドォオオン!!

 

パキャァアアン!!

 

砲撃でも受けたかのような轟音が響き渡り、直後、ガラスが砕け散るような破砕音が王都とその周辺を駆け抜けたのだ。

「ッ……………あの白竜か。」

「えぇ、あの白竜の極光で王都の三重大結界を破壊されたかと。我々が動いたからには、あの人達に我々がいる事に気づいてますね。」

「別に構わねぇよ。あんたも知ってんだろ、彼奴らがいないだろうと世界の修正力によって必ず関わってしまうと。」

俺はイルカルラを出して

「ちょっ!!?それは!!?」

ブーメランの要領で

「まさかあんた…………」

白竜目掛けて投擲する。

「やめれぇぇぇぇ!!?何投げちゃってんの!!?それ私の何ですけど!!?無くしてたけど!!!」

遠坂凛Ver.金髪がウガー!と怒りながら此方に歩み寄る。

しかし、俺と慧郎はそれを無視して王都に向けて走り出す。

「こら、待ちなさい!!!」

それを追いかけて来るVer.金髪。それに続いて他の4人も付いてくる。

「……英霊が混じってるとは………仕掛けてきやがったか……………魔神王」

走っていたらVer.金髪が追い抜く。白竜の元にイルカルラが着く頃にユエが言葉を発した所だった。

「………私の叔父様を奪った奴の名は分かった。けど今は関係ない。ハジメが傷ついた分、苦しんで死ね。」

ユエがそう告げた途端、泉奈が投げたイルカルラがフリードの首皮1枚を掠めて通り過ぎた。

「ッ!!?」

そして、イルカルラはUターンして白竜の鱗を掠ってから飛んできた方へ戻っていく。

「はあっ!!」

戻る途中に遠坂Ver.金髪が手に取って地面に華麗に着地する。

「やっと戻って来た……私の宝具………ん?何ジロジロ見てんのよ変態。」

遠坂Ver.金髪はすぐ近くにいたフリードとユエにガン見されていたが、フリードに対してだけあたる。

フリードは先程ユエにブ男と言われたばかりなので、額に怒りマークをつくりながら遠坂Ver.金髪に問うた。

「その剣を投げたのは貴様か?」

「あたしじゃないわよ。それより、貴様じゃなくてランサーと言いなさい。後これは槍よ。」

ランサーはイルカルラを地面に突きつけながら言う。

そこで、ランサーに続いて泉奈や慧郎、特徴無き少年と少年が率いる英霊達が到着した。

「おろ?生きてら……まぁ生きてんなら丁度いいや。聞きてぇ事があるし。」

「ほう、貴様があの剣を投げた不届き者か。」

「不届き者はてめぇだ。ま、それはいい。俺が聞きてぇのはあっちの荒野で黄昏と日輪が戦ってるのが分かってんだろ?なら、あの黄昏のマスターは誰だ?日輪から聞いたぜ、黄昏は令呪で命令されたことを抗ってると。あんたの大事な部下さんを音波で消した奴が助けてぇっつてたそうだから大元叩こうと思ってんのさ。」

「………ッ!!?貴様は何故それ(令呪やマスター)を知っている!?それを知っているのは俺と1部の幹部のみのはず………誰かが口を滑らせたか?」

(バーサーカーが押されているだと!!?この世界には英霊以上の存在は我々が崇めしアルヴ様以外いないはず!!?)

フリードが内心そう思っていたら、返事が帰って来た。

「馬鹿かてめぇは?俺がマスターであり、英霊を使役しているから分かってんだろぉが。」

一瞬で巨大な氷柱が幾つも地面から生えた。それは、泉奈達とユエを躱しながら白竜へと迫る。フリードは、気温が一気に零度以下にまで下がったことに頬を引きつらせながら白竜共々空間を移動して避ける。が、氷柱は止まらず突き進み月を覆い隠して上空を旋回していた灰竜達の尽くを凍てつかせた。

まるで、氷河期をもたらした気候変動により一瞬で凍りついたマンモスのように、その身を傷つけることなく絶命した灰竜達は、地上へと落下すると地面に激突してその身を粉々に砕けさせた。体内まで完全に凍りついていたようで、赤い血肉の結晶が大地にコロコロと跳ね返っている。

「……ん、中々やる。私もやる。」

そんな事を意に介さず、ユエも攻撃を開始する。

「……仕方あるまい。掃射せよ!」

一気に二十体近くの灰竜を落とされたフリードは、ギリッと歯を食いしばりながら一斉攻撃の命令を下す。それにより、旋回していた灰竜達が一斉に散開し、四方八方上下、あらゆる方向から極光の乱れ撃ちを行った。

しかし、灰竜達は次々と地に落ちていく。それは彗郎が射て殺したり、紫色の鎧に身を纏う英霊が直接跳んでたたき落としたりして行く。落ちたそれらを特徴が無い少年の使役する英霊達が殺していく。

それを尻目に俺やユエはフリードに攻撃をしていく。白竜の極光を俺の静寂の終剣(イルシオン)で抹消したり、フリードの転移をユエが雷龍で阻害したりする。

攻め続け、ユエが蒼龍を放ったのだが、間に何者かが入ってユエの蒼龍をかき消した。

「…………マスター、そろそろ頃合だと思います。」

セタンタの元から撤退してきたディルムッドである。

「そうか、なら少しだけ耐えろ。バーサーカーを迎えに行ってくる。」

そう言い残して転移し、俺とユエの相手がディルムッドとなった。30秒間俺と剣戟を繰り広げたり、ユエの魔術を無効化したりする。

しばらくしたらフリードがジークを伴って現れ、ディルムッドを拾ってからここを去って行った。去った直後にユエは結構な速さで王宮に向かって行ったので俺は特徴が無い少年と彼が率いる英霊達を空中庭園に招いた。

 

✲✲✲

 

「ったく…………さっきから雑魚ばっか攻めてきやがって…………身の程を弁えろってんだよォ!!!」

ハイドリヒの王都内を蹂躙する魔物達を狩りながら王城に進む中、代赤が愚痴を零す。

「…………そんな事言わないでよ代赤。それがフラグとなったらどうするのよ?」

「………すまん」

雫の指摘を受けて素直に謝る代赤。

「…………それにしても、魔物を狩るのはいいけどやけに多くない?魔王軍が攻めてきてから10分かそこらしかかかってないのにこんな所にまで来てるんだから…」

「………原作だと、こちら側に確実にいたぞ…………裏切り者がな………」

「………ん…………中村恵里が裏切り者だった筈。あとは転生者による。」

「厄介だね。確か彼女の天職は死霊術師だったはず。アランさんや他の死んだ騎士達を操ってるかもしれないな。この魔物達も皆中村が集めた奴らだろう。」

走る中、鈴が疑問に思った事をいい、代赤が裏切り者が此方側にいることを告げる。そしてそれが原作では中村恵里であることを白音が告げ、金糸雀は中村の天職と魔物がいる原因を確認していた。

そろそろ王城に着こうという時にそれは起こった。

 

ズドォオオン!!

 

パキャァアアン!!

 

砲撃でも受けたかのような轟音が響き渡り、直後、ガラスが砕け散るような破砕音が王都を駆け抜けたのだ。

「「「「「ッ!!?」」」」」

直ぐに立ち止まって後ろを向いたら王都を囲っていた大型の結界が破壊されていた。

「ッ!!?……………今は急ぐぞ!!!」

代赤の喝に意識を切り替えて王城を目指す5人。

走ること数刻、泉奈と彗郎が森の中で特徴が無い少年達と接触した頃、6人は王宮に着き、代赤が大声でメルドの名を叫ぶ。

「やっと着いたぁ!!!メルド!!!メルドは何処に!!!」

「…………声が大きい。手分けして探せばいいだけ。」

しかし、全く反応がない。そしてその声を真横で聞いた白音が指摘をしてその通りに動く。

代赤と白音は1階から虱潰しに探し、

美久と雫はクラスメイト達を探しに寝泊まりをしていた区域に、

鈴と金糸雀は王侯貴族を探しに、それぞれ動き出した。

鈴と金糸雀はまず、玉座に向かう。もしかしたらそこに1番年下の王子や14歳辺りの姫が匿われているかもしれない。との事だ。

まぁ、そう言いながら王侯貴族がいそうな所を虱潰しに探りながら来ているが。

美久と雫は寝泊まりしている所に向かう。

クラスメイト達がいる区画に来て、廊下に異常がないことを確かめると、直ぐに向かいの光輝達の部屋をノックした。

扉はすぐに開き、光輝が姿を見せた。部屋の奥には龍太郎もいて既に起きているようだ。どうやら、先程の大音響で雫と同じく目が覚めたらしい。

「光輝、あなた、もうちょっと警戒しないさいよ。いきなり扉開けるとか……誰何するくらい手間じゃないでしょ?」

何の警戒心もなく普通に扉を開けた光輝に眉を潜めて注意する雫。それに対して光輝は、キョトンとした表情だ。破砕音は聞こえていたが、王宮内の、それも直ぐ外の廊下に危機があるかもしれないとは考えつかなかったらしい。まだ、完全に覚醒していないというのもありそうだ。

「…………なんで雫が此処に……ってそんな事より雫、さっきのは何だ?何か割れたような音だったけど……」

「外の大結界が破壊されたのよ。私と美久は皆が無事か確認しに来ただけ。貴方達が無事な事は分かったし、皆を起こして早く移動するわよ。」

雫はそれだけ言うと、踵を返して他のクラスメイト達の部屋を片っ端から叩いていった。ほとんどの生徒が、先程の破砕音で起きていたらしく集合は速やかに行われた。不安そうに、あるいは突然の睡眠妨害に迷惑そうにしながら廊下に出てきた全生徒に光輝が声を張り上げてまとめる。

と、その時、雫と懇意にしていた侍女の一人が駆け込んで来た。彼女は、家が騎士の家系で剣術を嗜んでおり、その繋がりで雫と親しくなったのだ。

「雫様……」

「ニア!」

ニアと呼ばれた侍女は、どこか覇気に欠ける表情で雫の傍に歩み寄る。いつもの凛とした雰囲気に影が差しているような、そんな違和感を覚えて眉を寄せる雫だったが、ニアからもたらされた情報に度肝を抜かれ、その違和感も吹き飛んでしまった。

「満愛様が行方不明(・・・・)になりました。あと、大結界が破壊されました。」

「何ッ!!?」

光輝は大結界が破壊されたことに、

「何ですって!!?」

雫は満愛が行方不明になったことに驚愕した。

「魔人族の侵攻です。大軍が王都近郊に展開されており、彼等の攻撃により大結界が破られました」

「……そんな、一体どうやって……」

ニアからもたらされた情報が余りに現実離れしており、光輝でさえ冷静さを僅かばかり失って呆然としてしまう。

それは、他のクラスメイト達も同じだったようで、ざわざわと喧騒が広がった。魔人族の大軍が、誰にも見咎められずに王都まで侵攻するなど有り得ない上に、大結界が破られるというのも信じ難い話だ。彼等が冷静でいられないのも仕方ない。

「ッ……まさか………大丈夫よね………▪▪▪▪▪▪………いえ、今は……」

雫はある疑惑を持ち、小声である人物を本名で呼んでまで心配したが此方は此方で成すことを成そうと、そのある人物を信じることにした。

その間に光輝は我に返って

「……大結界は第一障壁だけかい?」

険しい表情を作ってニアに尋ねる。王都を守護する大結界は三枚で構成されており、外から第一、第二、第三障壁と呼び、内側の第三障壁が展開規模も小さい分もっとも堅牢な障壁となっている。

「はい。今のところは……ですが、第一障壁は一撃で破られました。全て突破されるのも時間の問題かと……」

ニアの回答に、光輝は頷くと自分達の方から討って出ようと提案した。

「俺達で少しでも時間を稼ぐんだ。その間に王都の人達を避難させて、兵団や騎士団が態勢を整えてくれれば……」

光輝の言葉に決然とした表情を見せたのはほんの僅か。龍太郎や斬切刈須戸(きりぎりがすと)明理藹須(めりおだす)十門司勝俊(じゅうもんじかつと)、永山のパーティーなど前線組だけだった。

他のクラスメイトは目を逸らすだけで暗い表情をしている。彼等は、前線に立つ意欲を失った者達だ。とても大軍相手に時間稼ぎとはいえ挑むことなど出来はしない。

ならば俺達だけでもと、より一層心を滾らせる光輝に、意外な人物、中村恵里が待ったをかけた。

「待って、光輝くん。勝手に戦うより、早くメルドさん達と合流するべきだと思う」

「恵里……だけど」

「ニアさん、大軍って……どれくらいかわかりますか?」

「……ざっとですが十万ほどかと」

その数に、生徒達は息を呑む。

「光輝くん。とても私達だけじゃ抑えきれないよ。……数には数で対抗しないと。私達は普通の人より強いから、一番必要な時に必要な場所にいるべきだと思う。それには、メルドさん達ときちんと連携をとって動くべきじゃないかな……」

「それなら問題ないわ。今、泉奈達が対処に当たってるから。」

「だから数には数って言ってるの。それにメルドさん達と連携を取った方がいいし。」

「………」

恵里の意見に、光輝は逡巡する。しかし、普段は大人しく一歩引いて物事を見ている恵里の判断を、光輝は結構信頼している事もあり、結局、恵里の言う通りメルド達騎士団や兵団と合流することにした。

光輝達は、出動時における兵や騎士達の集合場所に向けて走り出した。すぐ傍の三日月のように裂けた笑みには明理藹須以外一切気が付かなかった……

光輝達が緊急時に指定されている屋外の集合場所に訪れたとき、既にそこには多くの兵士と騎士が整然と並び、前の壇上にはハイリヒ王国騎士団副団長のホセ・ランカイドが声高に状況説明を行っているところだった。月光を浴びながら、兵士達は、みな青ざめた表情で呆然と立ち尽くし、覇気のない様子でホセを見つめていた。

広場に入ってきた光輝達に気がついたホセが言葉を止めて光輝達を手招きする。

「……よく来てくれた。状況は理解しているか?」

「はい、ニアから聞きました。えっと、メルドさんは?」

ホセの歓迎の言葉と質問に光輝は頷き、そして、姿が見えないメルドを探してキョロキョロしながらその所在を尋ねた。

「団長は少しやる事がある。それよりさぁ、我らの中心へ。勇者が我らのリーダーなのだから……」

ホセは、そう言って光輝達を整列する兵士達の中央へ案内した。

居残り組のクラスメイトが、「えっ?俺達も?」といった風に戸惑った様子を見せたが、無言の兵達がひしめく場所で何か言い出せるはずもなく流されるままに光輝達について行った。

無言を通し、表情もほとんど変わらない周囲の兵士、騎士達の様子に、雫の中の違和感が膨れ上がっていく。それは、雫の心を騒がせた。無意識の内に、黒刀を握る手に力が入る。

そして、光輝達が、ちょうど周囲の全てを兵士と騎士に囲まれたとき、ホセが演説を再開した。

「みな、状況は切迫している。しかし、恐れることは何もない。我々に敵はない。我々に敗北はない。死が我々を襲うことなど有りはしないのだ。さぁ、みな、我らが勇者を歓迎しよう。今日、この日のために我々は存在するのだ。さぁ、剣をとれ」

兵士が、騎士が、一斉に剣を抜刀し掲げる。

「始まりの狼煙だ。注視せよ」

ホセが 懐から取り出した何かを頭上に掲げた。彼の言葉に従い、兵士達だけでなく光輝達も思わず注目する。

そして……

 

カッ!!

 

光が爆ぜた。

ホセの持つ何かが南雲の閃光弾もかくやという光量の光を放ったのだ。無防備に注目していた光輝達は、それぞれ短い悲鳴を上げながら咄嗟に目を逸らしたり覆ったりするものの、直視してしまったことで一時的に視覚を光に塗りつぶされてしまった。

そして、次の瞬間……

 

ズブリッ

 

そんな生々しい音が無数に鳴り、

「あぐっ?」

「がぁ!」

「ぐふっ!?」

次いで、あちこちからくぐもった悲鳴が上がった。

先程の光に驚いたような悲鳴ではない。苦痛を感じて、意図せず漏れ出た苦悶の声だ。そして、その直後に、ドサドサと人が倒れる音が無数に聞こえ始める。

そんな中、雫と美久、転生者3名だけはその原因を理解していた。広場に入ってからずっと最大限に警戒していたのだ。ホセの演説もどこか違和感を覚えるものだった。なので光が爆発し目を灼かれた直後も、比較的動揺せずに身構え、直後、自分を襲った凶刃を各自で何とか防いだのである。目が見えない状況で気配だけを頼りに防げたのは鍛錬の賜物だろう。

そして、閃光が収まり、回復しだした視力で周囲を見渡した雫が見たのは、クラスメイト達が1部を除いて背後から兵士や騎士達の剣に貫かれた挙句、地面に組み伏せられている姿だった。

「な、こんな……」

呻き声を上げながら上から伸し倒されるように押さえつけられ、更に、背中から剣を突き刺されたクラスメイト達を見て、雫が声を詰まらせる。まさか、全員殺されたのかと最悪の想像がよぎるが、みな、苦悶の声を上げながらも辛うじて生きているようだ。

そのことに僅かに安心しながらも、予断を許さない状況に険しい視線を周囲の兵士達に向ける雫だったが、その目に奇妙な光景が映り込み思わず硬直する。

「あらら、流石というべきかな?……ねぇ、雫?」

「え?えっ……何をっ!?」

そう、瀕死状態のクラスメイト達が倒れ伏す中、たった一人だけ平然と立っている生徒がいたのだ。その生徒は、普段とはまるで異なる、どこか粘着質な声音で雫に話しかける。余りに雰囲気が変わっているため、雫は言葉を詰まらせつつ反射的に疑問を投げ掛けようとした。

その瞬間、再び、雫の背後から一人の騎士が剣を突き出してきた。

「くっ!?」

よく知る相手の豹変に動揺していたため間に合わず刺されそうになった雫。

それを刀身にいくつか穴が空いた片刃の剣が弾く。明理藹須が弾いたのである。

それを見たその生徒は呆れたような視線を向ける。

「これも防げるとか……元から思ってたけど…ホント、あんたって面倒だよね?その剣も王城の金庫には無かったし……」

「何を言ってやがるッ!」

更に激しく、そして他の兵士や騎士も加わり突き出される剣の嵐。雫は転生者3人の助力を受けながら、それらを全て凌ぐが、突然自分の名が叫ばれてそちらに視線を向ける。

「雫様!助けて……」

「ニア!」

そこには、騎士に押し倒され馬乗りの状態から、今まさに剣を突き立てられようとしているニアの姿があった。が、

「ゥオラアァァァァァッ!!!」

「わっ!!?」

「きゃッ!!?」

倒れ込んでいた龍太郎が使えない筈の技能…格闘術の派生にある浸透破壊を地面にして地震を起こし、皆をぐらつかせる。

その隙に自分を組み伏せていた騎士を無理矢理退かせて立ち上がり真横にいたニアを組み伏せる騎士に裏拳を叩きつけてニアの上から吹き飛ばした。

そのままの勢いでニアを抱えて十門司の傍に爆縮地で移動する。

「え、………助かった………の?………………ふぇぇぇぇぇぇんッ!!!怖がっだあぁぁぁぁ!!!」

ニアは助かったことがわかったのか泣き出して龍太郎にしがみつく。

「だあぁぁぁぁ!!!痛てぇぇぇぇ!!!」

「全く、自分が重傷なのにそんな動きをするから痛むんです。ひょっとして貴方ってマゾなんですか?」

そんな龍太郎に美久が呆れながら毒を吐いて、天使である破軍歌姫(ガブリエル)を身に纏い、鎮魂歌(レクイエム)を歌う。

「〜〜〜♪〜〜〜♬」

それによって龍太郎や今も組み伏せられているクラスメイト達は傷の痛みが引いていく。

ついでにニアの精神をリラックスさせることで泣き止ませる。

「それで……どういうつもりなの……恵里」

雫はニアの無事が龍太郎のおかげで得れた事が分かったら目の前の豹変した生徒に声をかける。豹変した人物は常に控えめで大人しく尚且つ気配り上手で心優しい雫達と苦楽を共にしてきた親友の一人、中村恵里その人だった。

組み伏せられている生徒達も、コツコツと足音を立てながら幽鬼のような兵士達の間を悠然と歩く恵里を呆然とした表情で見つめている。

恵里は美久の歌や雫の途切れがちな質問を無視して、何がおかしいのかニヤニヤと笑いながら光輝の方へ歩み寄った。そして、眼鏡を外し、光輝の首に嵌められた魔力封じの一つである首輪をグイっと引っ張ると艶然と微笑む。

「え、恵里…っ…一体……どうしたんだ……」

雫達幼馴染ほどではないが、極々親しい友人で仲間の一人である恵里の余りの雰囲気の違いに、体を貫く剣が邪魔で立てず焦りながらも必死に疑問をぶつける光輝。だが、恵里はどこか熱に浮かされたような表情で光輝の質問を無視する。

そして、

「アハ、光輝くん、つ~かま~えた~」

そんな事を言いながら、光輝の唇に自分のそれを重ねた。妙な静寂が辺りを包む中、ぴちゃぴちゃと生々しい音がやけに明瞭に響く。恵里は、まるで長年溜め込んでいたものを全て吐き出すかのように夢中で光輝を貪った。

光輝は、わけがわからず必死に振りほどこうとするが、数人がかりで押さえつけられている上に、魔力封じの枷を首輪以外にも、他の生徒達同様に手足にも付けられており、また体を貫く剣のせいで無意識的に(・・・・・)力が入らずなすがままだった。

やがて満足したのか、恵里が銀色の糸を弾きながら唇を離す。そして目を細め恍惚とした表情で舌舐りすると、おもむろに立ち上がり、倒れ伏して血を流す生徒達を睥睨した。苦悶の表情や呆然とした表情が並んでいる。そんな光景に満足気に頷くと、最後に雫に視線を定めて笑みを浮かべた。

「とまぁ、こういう事だよ。雫」

『どういう事?』

わけがわからないといった表情で、恵里を睨む雫とその他6人に、恵里は物分りが悪いなぁと言いたげな表情で頭を振ると、まるで幼子にものの道理を教えるように語りだしだ。

「うーん、わからないかなぁ?僕はね、ずっと光輝くんが欲しかったんだ。だから、そのために必要な事をした。それだけの事だよ?」

「……光輝が好きなら告白でもすれば……こんな事…」

雫の反論に、恵里は一瞬、無表情になる。しかし、直ぐにニヤついた笑みに戻ると再び語りだした。

「ダメだよ、ダメ、ダ~メ。告白なんてダメ。光輝くんは優しいから特別を作れないんだ。周りに何の価値もないゴミしかいなくても、優しすぎて放っておけないんだ。だから、僕だけの光輝くんにするためには、僕が頑張ってゴミ掃除をしないといけないんだよ」

そんな事もわからないの?と小馬鹿にするようにやれやれと肩を竦める恵里。ゴミ呼ばわりされても、余りの豹変ぶりに驚きすぎて怒りも湧いてこない。一人称まで変わっており、正直、雫には目の前にいる少女が初対面にしか見えなかった。

「ふふ、異世界に来れてよかったよ。日本じゃ、ゴミ掃除するのは本当に大変だし、住みにくいったらなかったよ。もちろん、このまま戦争に勝って日本に帰るなんて認めない。光輝くんは、ここで僕と二人、ず~とずぅ~~と暮らすんだから」

クスクスと笑いながらそう語る恵里に、雫は、まさかと思いながら、ふと頭をよぎった推測を口からこぼす。

「…まさか…っ…大結界が簡単に…破られたのは……」

「アハハ、気がついた?そう、僕だよ。彼等を使って大結界のアーティファクトを壊してもらったんだ」

雫の最悪の推測は当たっていたらしい。魔人族が、王都近郊まで侵攻できた理由までは思い至らなかったが、大結界が簡単に破られたのは、恵里の仕業だったようだ。恵里の視線が、彼女の傍らに幽鬼のように佇む騎士や兵士達を面白げに見ている事から、彼等にやらせたのだろう。

「君達を殺しちゃったら、もう王国にいられないし……だからね、魔人族とコンタクトをとって、王都への手引きと異世界人の殺害、お人形にした騎士団の献上を材料に魔人領に入れてもらって、僕と光輝くんだけ放っておいてもらうことにしたんだぁ」

「馬鹿な…魔人族と連絡なんて…」

光輝がキスの衝撃からどうにか持ち直し、信じられないと言った表情で呟く。恵里は自分達とずっと一緒に王宮で鍛錬していたのだ。大結界の中に魔人族が入れない以上、コンタクトを取るなんて不可能だと、恵里を信じたい気持ちから拙い反論をする。

しかし、恵里はそんな希望をあっさり打ち砕く。

「【オルクス大迷宮】で襲ってきた魔人族の女の人。帰り際にちょちょいと、降霊術でね? 予想通り、魔人族が回収に来て、そこで使わせてもらったんだ。あの事件は、流石に肝が冷えたね。何とか殺されないように迎合しようとしたら却下されちゃうし……思わず、降霊術も使っちゃったし……怪しまれたくないから降霊術は使えないっていう印象を持たせておきたかったんだけどねぇ……まぁ、結果オーライって感じだったけど……」

恵里の言葉通り、彼女は、魔人族の女に降霊術を施して、帰還しない事で彼女を探しに来るであろう魔人族にメッセージを残したのである。ミハイルがカトレアの死の真相を知っていたのはそういうわけだ。なお、魔人族からの連絡は、適当な“人間”の死体を利用している。

恵里の話を聞き、彼女の降霊術を思い出して雫が顔を青ざめた。

降霊術は、死亡対象の残留思念に作用する魔術である。それを十全に使えることを秘匿したかったということは、実際は完璧に使えるということ。であるならば、雫達を包囲する幽鬼のような兵士や騎士達の様子がおかしいのも分かる。

「彼等の…様子が…おかしいのは……」

「もっちろん降霊術だよ~。既に、みんな死んでま~す。アハハハハハハ!」

雫は、もたらされた非情な解答にギリッと歯を食いしばり、必死の反論をした。

「…嘘よ…降霊術じゃあ受け答えなんてできるはずない!」

「そこはホラ、僕の実力?降霊術に、生前の記憶と思考パターンを付加してある程度だけど受け答えが出来るようにしたんだよ。僕流オリジナル降霊術“縛魂”ってところかな?ああ、それでも違和感はありありだよね~。一日でやりきれる事じゃなかったし、そこは僕もどうしたものかと悩んでいたんだけどぉ……ある日、協力を申し出てくれた人がいてね。銀髪の綺麗な人。計画がバレているのは驚いたし、一瞬、色々覚悟も決めたんだけど……その時点で告発してないのは確かだったし、信用はできないけど取り敢えず利用はできるかなぁ~って」

ホント、焦ったよぉ~と、かいてもいない汗を拭うふりをする恵里。おそらく、その過程にも色々あったのだろうが、そんなことはおくびにも出さない。

「実際、国王まで側近の異変をスルーしてくれたんだから凄いよね?代わりに危ない薬でもキメてる人みたいになってたけど。まぁ、そのおかげで一気に計画を早める事ができたんだ。くふふ、大丈夫!皆の死は無駄にしないから。ちゃ~んと、再利用して魔人族の人達に使ってもらえるようにするからね!」

本来、降霊術とは残留思念に作用して、そこから死者の生前の意思を汲み取ったり、残留思念を魔力でコーティングして実態を持たせた上で術者の意のままに動かしたり、あるいは遺体に憑依させて動かしたり出来る術である。

その性能は当然、生前に比べれば劣化するし、思考能力など持たないので術者が指示しないと動かない。もちろん、“攻撃し続けろ”などと継続性のある命令をすれば、細かな指示がなくとも動き続ける事は可能だ。

つまり、ホセが普通に雫達と会話していたような事は、思考能力がない以上、降霊術では不可能なはずなのだ。それを、違和感を覚える程度で実現できたのは、恵里のいう“縛魂”という術が、魂魄から対象の記憶や思考パターンを抜き取り遺体に付加できる術だからである。

これは、言ってみれば魂への干渉だ。すなわち、恵里は、末端も末端ではあるが自力で神代魔術の領域に手をかけたのである。まさにチート、降霊術が苦手などとよく言ったもので、その研鑽と天才級の才能は驚愕に値するものだ。あるいは、凄まじいまでの妄執が原動力なのかもしれない。

「ぐぅ…止めるんだ…恵里!そんな事をすれば……俺は……」

「僕を許さない?アハハ、そう言うと思ったよ。光輝くんは優しいからね。それに、ゴミは掃除してもいくらでも出てくるし……だから、光輝くんもちゃんと“縛魂”して、僕だけの光輝くんにしてあげるからね?他の誰も見ない、僕だけを見つめて、僕の望んだ通りの言葉をくれる!僕だけの光輝くん!あぁ、あぁ!想像するだけでイってしまいそうだよ!」

恍惚とした表情で自分を抱きしめながら身悶える恵里。そこに、穏やかで気配り上手な図書委員の女の子の面影は皆無だった。クラスメイト達は思う。彼女は狂っていると。“縛魂”は、降霊術よりも死者の使い勝手を良くしただけで術者の傀儡、人形であることに変わりはない。それが分かっていて、なお、そんな光輝を望むなど正気とは思えなかった。

そして、何を思ったのか、おもむろに一番近くに倒れていた近藤礼一のもとへ歩み寄る。

近藤は、嫌な予感でも感じたのか「ひっ」と悲鳴をあげて少しでも近づいてくる恵里から離れようとした。当然、完璧に組み伏せられ、魔力も枷で封じられているので身じろぎする程度のことしか出来ない。

近藤の傍に歩み寄った恵里は、何をされるのか察して恐怖に震える近藤に向かって再び、ニッコリと笑みを向けた。光輝達が、「よせぇ!」「やめろぉ!」と制止の声を上げる。

「や、やめっ!?がぁ、あ、あぐぁ…」

近藤のくぐもった悲鳴が上がる。近藤の背中には心臓の位置に再び剣が突き立てられていた。ほんの少しの間、強靭なステータス故のしぶとさを見せてもがいていた近藤だが、やがてその動きを弱々しいものに変えていき、そして……動かなくなった。

恵里は、その近藤に手をかざすと今まで誰も聞いたことのない詠唱を呟くように唱える。詠唱が完了し“縛魂”の魔法名を唱え終わったとき、半透明の近藤が現れ自身の遺体に重なるように溶け込んでいった。

直後、今まで近藤を拘束していた騎士が立ち上がり一歩下がる。光輝達が固唾を呑む中、心臓を破壊され死亡したはずの近藤は、ゆっくりのその身を起こし、周囲の兵士や騎士達同様に幽鬼のような表情で立ち上がった。

「は~い。お人形一体出来上がり~」

無言無表情で立ち尽くす近藤を呆然と見つめるクラスメイト達の間に、恵里の明るい声が響く。たった今、人一人を殺した挙句、その死すら弄んだ者とは思えない声音だ。

「そういや、鈴にはありがとねって言いたかったな。日本でもこっちでも、光輝くんの傍にいるのに鈴はとっても便利だったから。」

「……え?」

「参るよね?光輝くんの傍にいるのは雫と香織や氷室家の女性陣って空気が蔓延しちゃってさ。不用意に近づくと、他の女共に目付けられちゃうし……向こうじゃ何の力もなかったから、嵌めたり自滅させたりするのは時間かかるんだよ。その点、鈴の存在はありがたかったよ。馬鹿丸出しで何しても微笑ましく思ってもらえるもんね?光輝くん達の輪に入っても誰も咎めないもの。だから、“谷村鈴の親友”っていうポジションは、ホントに便利だった。おかげで、向こうでも自然と光輝くんの傍に居られたし、異世界に来ても同じパーティーにも入れたし……うん、ほ~んと鈴って便利だった!だから、ありがとってね!」

「恵里っ!あなたはっ!」

余りの仕打ち、雫が怒声を上げる。それを刈須戸が羽交い締めにして抑える。しかし、それがどうしたと言わんばかりに、雫の瞳は怒りで燃え上がっていた。

「ふふ。怒ってるね?雫のその表情、すごくいいよ。僕ね、君のこと大っ嫌いだったんだ。光輝くんの傍にいるのが当然みたいな顔も、自分が苦労してやっているっていう上から目線も、全部気に食わなかった。だからね、君にはする事したら特別に、とっても素敵な役目をあげる」

「っ…役目……ですって?」

「くふっ、ねぇ?久しぶりに再会した親友に、殺されるってどんな気持ちになるのかな?」

その一言で、恵里が何をしようとしているのか察した雫の瞳が大きく見開かれる。

「…まさか、香織をっ!?」

よく出来ました!とでも言うように、恵里はパチパチと手を鳴らし、口元にニヤついた笑みを貼り付けた。恵里は傀儡にした雫を使って、香織を殺害しようとしているのだ。

「南雲が持っていくなら放置でも良かったんだけど……あの子をお人形にして好きにしたい!って人がいてね~。色々手伝ってもらったし、報酬にあげようかなって。僕、約束は守る性質だからね!いい女でしょ?」

「ふざけないでっ!!」

怒りのままに、刈須戸を引き剥がしてでも恵里を殴り掛かろうとする雫。

「アハ、どう?僕のことが許せない?まぁ、僕は優しいからね。今すぐ、楽にして上げる……」

今度は雫の番だというように、ニヤニヤと笑みを浮かべながら死霊騎士達に雫を捕らえるように指示を出す恵里。雫が近藤と同じように殺されて傀儡にされる光景を幻視したのか光輝達が必死の抵抗を試みる。

特に、光輝の抵抗は激しく、必死に制止の声を張り上げながら、合計五つも付けられた魔力封じの枷に亀裂を入れ始めた。“限界突破”の“覇潰”でも使おうというのか、凄まじい圧力がその体から溢れ出している。

しかし、脳のリミッターが外れ生前とは比べものにならないほどの膂力を発揮する騎士達と関節を利用した完璧な拘束により、どうあっても直ぐには振りほどけない。光輝の表情に絶望がよぎった。

雫は諦める気が無いのか、強い意志を持ち、激烈な怒りを宿した眼で睨み続けた。

それを、直ぐに絶望してしまうのが目に見えて分かるのか、ニヤついた笑みで見下ろす恵里は、死霊騎士達に蹂躙して絶望させて捕らえるように指示を強化する。

「じゃあね?雫。君との友達ごっこは反吐が出そうだったよ?」

雫は、恵里を睨みながらも、その心の内は親友へと向けていた。届くはずがないと知りながら、それでも、これから起こるかもしれない悲劇を思って、世界のどこかを旅しているはずの親友に祈りを捧げる。

(ごめんなさい、香織。次に会った時はどうか私を信用しないで……生き残って……幸せになって……)

死霊騎士達の剣が月の光を反射しキラキラと光らせる。そして、津波が街を蹂躙を様な感じで死霊騎士達が襲いかかる。

迫る凶刃を見つめながら、雫は、なお祈る。どうか親友が生き残れますように、どうか幸せになりますように。私は諦めないが逝ってしまうかもしれない、逝った私は貴女を傷つけてしまうだろうけど、貴女の傍には彼がいるからきっと大丈夫。強く生きて、愛しい人と幸せに……どうか……

色褪せ、全てが遅くなった世界で腹を括った雫の脳裏に今までの全てが一瞬で過ぎっていく。ああ、これが走馬灯なのね……最後に、そんなことを思う雫達に襲いかかる騎士達は、蹂躙を

…………出来なかった。

「え?」

「え?」

雫と恵里の声が重なる。

騎士達は、一部屋の壁くらいの大きさの輝く障壁に止められていた。何が起きたのかと呆然とする皆に、ここにいるはずのない者の声が響く。ひどく切羽詰まった、焦燥に満ちた声だ。雫が、その幸せを願った相手、親友の声だ。

「雫ちゃん!」

その声と共に、いつの間にか展開されていた十枚の輝く障壁が雫達を守るように取り囲んだ。そして、その内の数枚が死霊騎士達の眼前に移動しカッ!と光を爆ぜた。バリアバーストモドキとでもいうべきか、障壁に内包された魔力を敢えて暴発させて光と障壁の残骸を撒き散らす技だ。

「っ!?」

騎士達は吹き飛び、恵里はその閃光に怯んでバランスを崩した瞬間に砕け散った障壁の残骸や余波に打ち付けられて後方へと吹き飛ばされた。

雫が、突然の事態に唖然としつつも、自分の名を呼ぶ声の方へ顔を向ける。

そして、周囲を包囲する騎士達の隙間から、ここにいるはずのない親友の姿を捉えた。夢幻ではない。確かに、香織が泣きそうな表情で雫を見つめていた。きっと、雫達の惨状と、ギリギリで間に合ったことへの安堵で涙腺が緩んでしまったのだろう。

「か、香織……」

「雫ちゃん!待ってて!直ぐに助けるから!」

香織は、広場の入口から兵士達に囲まれる雫達へ必死に声を張り上げた。そして、急いで全体回復魔法を詠唱し始める。光系最上級回復魔法“聖典”だ。クラスメイト達の状態と周囲を状況から一気に全員を癒す必要があると判断したのだ。

「っ!?なんで、君がここにいるのかなぁ!君達はほんとに僕の邪魔ばかりするね!」

恵里が、怒りに顔を歪めながら周囲の騎士達に命令を下す。香織の詠唱を止めるため、騎士達が一斉に香織へと襲いかかった。

しかし、彼等の振るった騎士剣は光の障壁に阻まれ、香織を傷つけること叶わない。

「ちょっと、これどういう事か説明してくれる?エリエリ?」

最上級回復魔法を唱える香織を守ったのは、合流したであろう鈴が、自分と金糸雀、香織、リリアーナを包むように球状の障壁が二人を守る。

「みなさん!一体、どうしたのですか!正気に戻って!恵里!これは一体どういうことです!?」

リリアーナは、騎士や兵士達が光輝達を殺そうとしている状況やまるで彼等の主のように振舞う恵里にひどく混乱していた。障壁を張る鈴に魔力を供給しながら、鈴と同じように恵里に説明を求めて声を張り上げる。しかし、恵里はまるで取り合わない。

リリアーナは術師としても相当優秀な部類に入る。モットーの隊商を全て覆い尽くす障壁を張り、賊四十人以上の攻撃を凌ぎ切れる程度には。

しかし、大迷宮攻略者である鈴が上手だったので己は鈴の補助に当たる。

実を言うと鈴の障壁は、栄光の是・射殺す百頭(ナインライブズ)を4撃耐える程の強度にまで成長しているのである。

故に、騎士達がリミッターの外れた猛烈な攻撃を行ったところで、香織の詠唱が完了するまで持ち堪えることは十二分に可能だった。

そして、それを理解したのか若干、恵里の表情に焦りの色が見える。

「チッ、仕方ないかな?」

その焦り故か、恵里はクラスメイト達の傀儡化を諦めて、癒される前に殺してしまおうと決断した。

と、その時、突如、リリアーナの目の前で障壁に騎士剣を振るっていた騎士の一人が首を落とされて崩れ落ちた。

その倒れた騎士の後ろから姿を見せたのは……檜山大介だった。

「白崎!リリアーナ姫!2人も無事か!」

「檜山さん?あなたこそ、そんな酷い怪我で!?」

リリアーナが檜山の様子を見て顔を青ざめさせる。詠唱を途切れさせてはいないが、香織もまた驚愕に目を見開いていた。それもそのはずだ、檜山の胸元はおびただしい血で染りきっていたのだから。どうみても、無理をして拘束を抜け出して来たという様子だ。

ぐらりとよろめき、障壁に手をついた檜山を見て、鈴は障壁の一部を解いたりせず檜山を中に入れなかった。

「ッ!!?鈴さん!!?何故檜山さんを中に入れないのですか!!?これだと檜山さんが!!?」

「ダメだよ。粗方知ってるの。私が檜山を中に入れたら此奴はカオリンを殺そうとする。

だって、檜山はエリエリの協力者だもん。」

鈴に言われてからクラスメイト達は気がついた。なぜ、光輝すら抜け出せない拘束を檜山だけ抜け出せたのか、恵里が言っていた香織を欲する人間が誰なのか……

「ちっ、巫山戯んな!中に入れろよ!入れろいれろイレロイレロイレロッ!!!!!!!!」

中に入れてもらえなかった檜山が喚きながら鈴の障壁を攻撃し出す。

檜山が突きを繰り出す。そこで、何かが突き抜ける音がした。

途端に鈴の障壁が砕け、そこに広がった光景は、砕かれた拍子に吹き飛ばされ地面に横たわる鈴とリリアーナ、金糸雀の姿と塀の上に腰掛ける血だらけの英王、そして、檜山に背後から抱き締められるようにして胸から刃を突き出す香織の姿だった。

「香織ぃいいいいーー!!」

「はっ、その程度の障壁など我の前では紙と同然よ。」

雫の絶叫が響き渡る。そんな中、英王が射出した破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を仕舞いながら呟く。

檜山は瞳に狂気を宿しながら香織を背後から抱き締めて首筋に顔を埋めている。片手は当然背中から香織の心臓を貫く剣を握っていた。

檜山は最初から怪我などしていなかったのだ。勇者である光輝の土壇場での爆発力や不測の事態に備えてやられたふりをして待機していたのである。そして、香織達の登場に驚きつつもこのままでは光輝達を回復されてしまうと判断し、一芝居打ったのだ。

「ひひっ、やっと、やっと手に入った。……やっぱり、南雲より俺の方がいいよな?そうだよな?なぁ、しらさ…いや、香織?なぁ?ぎひっ、おい、中村ァ、さっさとしろよぉ。契約だろうがぁ」

恵里が、檜山の言葉に肩を竦める。そして、香織に“縛魂”するため歩き出した。

直後、横の壁が爆発した。否、破壊されたのだ。

破壊された壁から飛び出して来たのは半壊した不貞隠しの鎧(シークレットベディグリー)を纏う代赤と、その腕に抱え込まれた白音。

そして、黒い鎧に身を包んだ満愛ことアルトリア・ペンドラゴン・オルタナティブ(・・・・・・・)であった。

 

✲✲✲

 

数分前

「だぁれも人がいねぇなぁ。」

「…………気にしたら負け。でも、嫌な予感がする。」

「…………あぁ。」

代赤と白音は1階から虱潰しに部屋を見ていた。見た部屋はわかりやすく扉を開けっ放しである。

1階の部屋全てを見たが何も無く、次に2階へ向かう。確か、この階には騎士達の溜まり場?があったはずである。

そして、2階も虱潰しに部屋を見て行く。半分見終わり、次を見ようとした。

が、暗い廊下の先から来た黒の斬撃が来たため、断念する。代赤と白音は臨戦態勢をとる。

奥からゆっくりと歩いてきたのは、満愛であった。しかし、姿は何時もの青を基調とした服ではなく黒の鎧に身を包み、頭のチャームポイントであるアホ毛が無かった。

「ッ!!?父上…………その姿は……………まさか…………」

「………?知ってるの代赤?」

「…あぁ。奴は生前の俺を殺した奴だ。父う………母上とは違う。」

白音にそう説明しながら不貞隠しの鎧を身に纏い、燦然と輝く王剣(クラレント)を構える代赤。

それに対して黒い満愛は無言で攻撃を開始し始めた。

代赤は的確に黒満愛の攻撃を逸らしたり弾いたりして対抗し、鍔迫り合いとなったら右拳で黒満愛の腹を殴って後退させて燦然と輝く王剣を振りかぶって左上から袈裟懸けの一撃を放つ。が、魔力放出をされて失敗に終わる。

「いい加減………何か話せよ!!!!」

代赤は憤怒の形相で赤雷を纏って黒満愛に音速の域で迫る。

しかし、黒満愛には丸見えであり、代赤は満愛が放った回し蹴りを腹で諸に受けて吹き飛ばされる。

吹き飛ばされた先には満愛を捕縛する術に取り掛かっていた白音がおり、代赤がぶつかって一緒に飛んでいく。

そのままの勢いでいくつかの部屋の壁を破壊していった。

ある部屋の中で体勢を立て直し、後ろに気絶していた白音を背負いながら着地して止まる。

「フゥ、危な────」

そんな隙を黒満愛が逃すはずなく、魔力を纏った剣で代赤を殴る。その勢いで再び壁を突き破った。

「ちっ、面倒くッ!!?」

その壁の先の部屋は死霊騎士がクラスメイト達を囲っており、組み伏せられていた。

そんな中、ある光景を見て代赤は黒満愛という一種の脅威を無視して怒鳴った。

「てめぇ、檜山ァァァ!!!ッガハッ!!?」

隙だらけの代赤に黒満愛は剣の刀背で腹を再び殴られてしまった。

 

✲✲✲

 

誰もそれどころではなく気にしてはなかったが先程からの小規模の揺れは代赤が黒満愛に飛ばされて壁を突き破った時の揺れであった。

「ちっ、面倒くッ!!?てめぇ、檜山ァァァ!!!ッガハッ!!?」

飛ばされながら愚痴を零すが、この部屋に死霊騎士軍団とクラスメイト達、何より香織を殺して嗤う檜山を見てブチギレるも黒満愛に剣の刀背で腹を殴られて飛ばされてしまったのである。

それを明理藹須が闇を制御してクッションとする事で助ける。

「…………あら、貴方は氷室No.2じゃん。氷室No.4と戦ってたんだ。」

「………」

「ちっ、いけ好かない奴。」

「そいつのその状態はそんなもんだ。諦めろ。」

会話の内容からしてどうやら、恵里と英王は満愛が黒満愛となった訳を知っているようである。

そこで、絶叫が響き渡る。

「がぁああああ!お前らァーー!!」

光輝だ。怒髪天を衝くといった様子で、体をギシギシと軋ませて必死に拘束を解こうとする。香織が殺されたと思ったようで、半ば、我を失っているようだ。五つも付けた魔力封じの枷がますます亀裂を大きくしていく。途轍もない膂力だ。しかし、それでも枷と騎士達の拘束を解くにはまだ足りない。

と、その様子を冷めた目で見ていた檜山の耳にボソボソと呟く声が聞こえてきた。見れば、何と香織が致命傷を負いながら何かを呟いているのだ。檜山は、それが気になって口元に耳を近づける。そして、聞こえてきたのは……

「――――ここ…に…せいぼ…は……ほほえ…む…“せい…てん”」

致命傷を負ってなお、完成させた最上級魔術の詠唱。香織の意地の魔術行使。檜山の瞳が驚愕に見開かれる。

香織にも、自分が致命傷を負ったという自覚があるはずだ。にもかかわらず、最後の数瞬に行ったのは、泣くことでも嘆くことでも、まして愛しい誰かの名前を呼ぶことでもなく……戦うことだった。

香織は思ったのだ。彼は、自分が惚れた彼は、どんな状況でもどんな存在が相手でも決して諦めはしなかった。ならば、彼の隣に立ちたいと願う自分が無様を晒す訳にはいかないと。そして、ほとんど意識もなく、ただ強靭な想いだけで唱えきった魔術は、香織の命と引き換えに確かに発動した。

香織を中心に光の波紋が広がる。それは瞬く間に広場を駆け抜け、傷ついた者達に強力な癒しをもたらした。突き刺さされた剣が癒しの光に押されて抜け落ちていく。どういう作用が働いたのか、傀儡兵達の動きも鈍くなった。

当然、癒しの光は香織自身も効果に含め、その傷を治そうとするが、香織が受けたのは他の者達と異なり急所への一撃。しかも、傷が塞がろうとすると檜山が半狂乱で傷を抉るので香織が癒されることはなかった。それは香織に、より確実な死をもたらす。

「あぁああああ!!」

光輝の絶叫が迸る。

癒された体が十全の力を発揮し、ただでさえ亀裂が入って脆くなっていた枷をまとめて破壊した。同時に、その体から彼の激しい怒りをあらわすように純白の光が一気に噴き上がる。激しい光の奔流は、光輝を中心に纏まり彼の能力を五倍に引き上げた。“限界突破”の最終派生“覇潰”である。

「お前ら……絶対に許さない!」

光輝を取り押さえようとした騎士達だったが、光輝は、自分を突き刺していた騎士剣を奪い取るとそれを無造作に振るい、それだけで傀儡兵達を簡単に両断していった。そして、手を突き出し聖剣を呼ぶと、拘束された際に奪われていた聖剣がくるくると空中を回転しながら飛び光輝の手の中に収まった。

恵里が無表情で、傀儡兵達を殺到させるが光輝はその尽くを両断した。人殺しへの忌避感は克服できていない。しかし、今は、激しい怒りで半ば我を失っていることと、相手は既に死んでいるという認識から躊躇いなく剣を振るうことが出来ているようだ。

一方、他のクラスメイト達も前線組が中心となって、居残り組を守るようにして戦い始めていた。いくら倒してもそこかしからわらわらと湧いて出る傀儡兵に、魔力封じの枷を解除する暇もなく純粋な身体能力のみで戦わなければならない。加勢に入った龍太郎や3人の転生者、永山が文字通り盾となって、震えてへたり込む居残り組の生徒達を必死に守っていた。

雫も、泣きそうな表情で必死に香織のもとへ行こうとする。しかし、龍太郎達と同じく傀儡兵達から怒涛の攻撃を受けて中々前に進めない。

その時、遂に、光輝を囲む傀儡兵達がやられ包囲網に穴ができた。光輝は、怒りの形相で、恵里と檜山を睨みつけ光の奔流を纏いながら一気に襲いかかった。

だが、そこで、恵里は光輝の弱点につけ込んだ切り札を登場させる。それにより、恵里の予測通り、光輝の剣は止まってしまった。

光輝が震える声で、その切り札の名を呼ぶ。

「そ、そんな……メルドさん…まで……」

そう、光輝の剣を正面から受けて止めていたのは騎士団団長のメルド・ロギンスその人だったのだ。

「……光輝…なぜ俺に剣を向ける…俺は、そんなこと教えてはいないぞ───」

「なっ…メルドさん……俺は」

「光輝!聞いてはダメよ!メルドさんももうっ!」

動揺する光輝に雫の叱咤が飛ぶ。ハッと正気を取り戻した時には、メルドの鋭い剣撃が唐竹に迫っていた。咄嗟に、聖剣でその一撃を受ける。が、何時まで経っても攻撃が来ず、目前にある聖剣を少しずらしたらメルドの鋭い剣撃は光輝の死角から迫っていた騎士の剣を弾いて、その剣を持っていた騎士を切り裂いた。

「───何より………俺はまだ……生きているのだから!!!」

光輝の元からクラスメイト達の方へ行き、騎士にタックルをかまして庇うように立つ。そして、

「何を怯えている!!!死にたくないなら抗え!!!そして、俺が教えた数々の力を発揮しろ!!!俺はお前達が死を怖がるのは分かっている!本来は俺が庇うのが道理だろう。だが、すまないがたった一人では出来ん!!!もう一度言う、死にたくないなら、生きたいのなら抗え!!!お前達のミスは俺がフォローする!!!あと、感情に飲み込まれるな光輝!!!」

メルドの喝によって奮い立たされ、クラスメイト達は立ち上がる。ちゃっかり光輝にも指摘をする。

「龍太郎、もうちょっとだけ耐えろ!!皆のこれ外すから!!」

影が薄すぎて魔力封じの枷をかけられる以前に捕まらなかった遠藤浩介が恵里からこっそりと奪っていた枷の鍵でクラスメイト達の枷を外していく。

「何であんたは生きてんの!!?」

「何、簡単なことだ。泉奈が蘇生術をもう1つ仕込んでいたのだろう。蘇生による魔力と体力の消耗で暫く死霊騎士達の様な動きしか出来なかった。が、美久の歌と香織の聖典のおかげで復活出来た!!!」

「……………」

また、氷室家の誰かに邪魔をされたことで黙り込む恵里。

しかし、ここで異変が起きた。

「ッ!?ガハッ!」

突如、光輝の限界突破覇潰が解けて、光輝が血反吐を吐いて倒れる。

「光輝!!?」

「ふぅ~、やっと効いてきたんだねぇ。結構、強力な毒なんだけど……流石、光輝くん。団長さんを用意しておかなかったら僕の負けだったかも」

余裕そうな声音でのたまう恵里に、光輝が崩れ落ちるのをメルドが光輝を支えながら疑問顔を向ける。

「くふふ、王子様がお姫様をキスで起こすなら、お姫様は王子様をキスで眠りに誘い殺して自分のものに……何て展開もありだよね?まぁ、万一に備えてっていうのもあるけどねぇ~」

その言葉で代赤と白音、黒満愛以外は気がついた。最初に恵里がしたキス。あの時、一緒に毒薬を飲まされたのだろうと。恵里自身は、先に解毒薬でも飲んでいたのだろう。まさか、口移しで毒を飲まされたとは思わなかった。まして、好意を示しながらなど誰が想像できようか。光輝は、改めて自分達が知っている恵里は最初からどこにもいなかったのだと理解した。

毒が周り、完全に動けなくなった光輝を見て、恵里は満足そうに笑うと、くるりと踵を返して香織のもとへ向かった。そろそろ“縛魂”可能なタイムリミットが過ぎてしまうからだ。檜山が鬼のような形相で恵里を催促している。

香織が死してなお汚される。そのことに光輝も雫も焦燥と憤怒、そして悔しさを顔に浮かべて必死に止めようとする。

しかし、無常にも恵里の手は香織にかざされてしまった。恵里の詠唱が始まる。数十秒後には、檜山の言うことを何でも従順に聞く香織人形の出来上がりだ。雫達が激怒を表情に浮かべ、檜山が哄笑し恵里がニヤニヤと笑みを浮かべる。が、ここで乱入者が現れる。

そして……その声は絶望渦巻く裏切りの戦場にやけに明瞭に響いた。

「……一体、どうなってやがる?」

それは、白髪眼帯の少年、南雲ハジメの声だった。

ハジメの登場に、まるで時間が停止したように全員が動きを止めた。それは、ハジメが凄絶なプレッシャーを放っていたからだ。

本来なら、傀儡兵達に感情はないためハジメのプレッシャーで動きを止めることなどないのだが、術者である恵里が、生物特有の強者の傍では身を潜めてやり過ごすという本能的な行動を思わずとったため、傀儡兵達もつられてしまったのである。

ハジメは、自分を注視する何百人という人間の視線をまるで意に介さず、周囲の状況を睥睨する。クラスメイト達を襲う大量の兵士と騎士達、一塊になって円陣を組んでいるクラスメイト達、メルドに抱えられている光輝、黒刀を片手に膝をついている雫、硬直する恵里と檜山、そして……檜山に抱き締められながら剣を突き刺され、命の鼓動を止めている香織……

その姿を見た瞬間、この世のものとは思えないおぞましい気配が広場を一瞬で侵食した。体中を虫が這い回るような、体の中を直接かき混ぜられ心臓を鷲掴みにされているような、怖気を震う気配。圧倒的な死の気配だ。血が凍りつくとはまさにこのこと。一瞬で体は温度を失い、濃密な殺意があらゆる死を幻視させる。

刹那、ハジメの姿が消えた。

そして、誰もが認識できない速度で移動したハジメは、轟音と共に香織の傍に姿を見せる。

轟音は、檜山が吹き飛び広場の奥の壁を崩壊させながら叩きつけられた音だった。ハジメは、一瞬で檜山の懐に踏み込むと香織に影響が出ないように手加減しながら殴り飛ばしたのである。

本来なら、檜山如きは一撃で体が弾け飛ぶのだが、その手加減のおかげで今回は全身数十箇所の骨を砕けさせ内臓をいくつか損傷しただけで済んだ。今頃、壁の中で気を失い、その直後痛みで覚醒するという地獄を繰り返しているだろう。

ハジメは、片腕で香織を抱き止めると、そっと顔にかかった髪を払った。そして、大声で仲間を呼ぶ。

「ティオ!香織を頼む!」

「っ……うむ、任せよ!」

「し、白崎さんっ!」

ハジメの呼びかけに応えて、一緒にやって来たティオが我を取り戻したように急いで駆けつけた。傍らの愛子も血相を変えて香織の傍にやって来る。ハジメから香織を受け取ったティオは急いで詠唱を始めた。

「アハハ、無駄だよ。もう既に死んじゃってるしぃ。まさか、君達がここに来てるなんて……いや、香織が来た時点で気付くべきだったね。……うん、檜山はもうダメみたいだし、南雲にあげるよ?僕と敵対しないなら、魔法で香織を生き返らせてあげる。擬似的だけど、ずっと綺麗なままだよ?腐るよりいいよね?ね?」

にこやかに、しかし額に汗を浮かべながらそう提案する恵里。傍らで愛子が驚愕に目を見開いているのを尻目に、ハジメはスッと立ち上がった。ハジメの力を知っている恵里は、内心盛大に舌打ちしながらも自分に手を出せば、香織はこのまま朽ちるだけだと力説する。

だが、ハジメは止まらず歩み寄る。

「待って、待つんだ南雲。ほら、周りの人達を見て? 生きているのと変わらないと思わない?死んでしまったものは仕方ないんだし、せめて彼等のようにしたいと思うよね?しかも、香織を好きなように出来るんだよ?それには僕が絶対に必要で……」

後退りしならが言い募る恵里。

と、その時、ハジメの背後に人影が走る。それは、他の傀儡兵とは比べ物にならない程の身のこなしでハジメに鋭い剣の一撃を放った。影の正体は黒満愛。一応仲間だからということで恵里を殺られない為に動いたのだ。

その一撃がハジメごと地面を抉り、土煙を上げる

「アハハ、油断大敵ぃ~。それとも怒りで我をっ……」

さっきまでのどこか焦ったような表情を一転させてニヤついた表情に戻った恵里だったが、ハジメが何の痛痒も感じていないかのように歩みを止めない事で、その表情を引き攣らせた。ハジメの後ろにいたなら気がついただろう。紅い魔力の塊がテープのような一本線に圧縮され、袈裟懸けの一撃を逸らしたことを。“金剛”の派生“集中強化”だ。

ハジメは、無言で左腕の肘を背後に向けると、何の躊躇いもなくショットガンを撃ち放った。轟音が響き渡り、同時に、超至近距離から放たれた大威力の散弾を黒満愛は、その全てを黒く可視化した風で逸らす。が、逸れた先にいた近藤礼一に当たり、全身をビチャビチャと血肉を飛び散らせて生々しい音が響く。

「ッ!!!てめぇの相手は俺だ!!!」

ハジメの乱入にぼけっとしていたが再起動?した代赤が黒満愛にタックルをして王城から出ていく。

白音は気絶していたため、先程から歌い続けていた美久が背負う。

それを見ずにハジメは歩み続ける。

恵里が徐々に表情を険しくしながら次の傀儡兵とアランを前に出した。ハジメも光輝ほどではないがアランとはそれなりに親しくしていたし、【オルクス大迷宮】では、稀に弱った魔物をけしかけてレベルアップに協力してくれたのである。なので、光輝がメルドに驚愕したのと同じように動揺して隙を晒すと踏んだのだ。周囲では、傀儡兵が虎視眈々とハジメが隙を晒すのを待ち構えている。

しかし、そんな常識的な判断がハジメに通じるわけがない。

ハジメは、アランが踏み込んで来るのを尻目に“宝物庫”からメツェライを取り出した。いきなり虚空から現れた見るからに凶悪なフォルムの重兵器に、その場の全員が息を呑む。

咄嗟に、雫が叫んだ。

「みんな伏せなさい!」

龍太郎や3人の転生者達、永山が立ち尽くしているクラスメイト達を覆いかぶさる様に引きずり倒した。

直後、独特の回転音と射撃音を響かせながら、破壊の権化が咆哮をあげる。かつて、解放者の操るゴーレム騎士を尽く粉砕し、数万からなる魔物の大群を血の海に沈めた怪物の牙。そんなものを解き放たれて、たかだか傀儡兵如きが一瞬でも耐えられるわけがなかった。

電磁加速された弾丸は、一人一発など生温いと言わんばかりに全ての障碍を撃ち砕き、広場の壁を紙屑のように吹き飛ばしながら、ハジメを中心に薙ぎ払われる。傀儡兵達は、その貴賎に区別なく体を砕け散らせて原型を留めない唯の肉塊へと成り下がった。

やがて、メツェライの咆哮が止み、静寂が戻った広場に再び足音が響く。誰もが伏せた体勢のまま身動きを取れない中で、その道を阻むものの全てを薙ぎ払い進撃するのは当然、ハジメだ。

他の皆と同じく、必死に頭を下げて嵐が過ぎ去るのをひたすら待っていた恵里の眼前に、靴の爪先が突きつけられた。恵里が、のろのろ顔を上げる。靴から順に視線を上げていき、見上げた先には、何の価値も無い路傍の石を見るような無機質な瞳が一つ。ハジメの手にメツェライは既にない。ただ恵里の眼前に立ち見下ろしている。

恵里が何も言えず、ただ呆然と見つめ返していると、おもむろにハジメが口を開いた。

「で?」

「っ……」

ハジメは、恵里が何をしたのか詳しい事は知らない。ただ、敵だと理解しただけだ。これが唯の敵なら、無慈悲に直ちに殺して終わりだった。しかし、恵里は決して手を出してはいけない相手に手を出したのだ。もはや、ただ殺すだけでは足りない。死ぬ前に“絶望”を……

だから、ハジメは問うたのだ。お前如きに何ができる?何もできないだろう?と。

それを正確に読み取った恵里は、ギリッと歯を食いしばった。唇の端が切れて血が滴り落ちる。今の今まで自分こそがこの場の指揮者で、圧倒的有利な立場にいたはずなのに、一瞬で覆された理不尽とその権化たるハジメに憎悪と僅かな畏怖が湧き上がる。

恵里が、激情のまま思わず呪う言葉を吐こうとした瞬間、ゴリッと額に銃口が押し当てられた。

認識すら出来なかった早抜きに、呪いの言葉を呑み込む恵里。

「……てめぇの気持ちだの動機だの、そんな下らないこと聞く気はないんだよ。もう何もないなら……死ね」

ハジメの指が引き金に掛かる。理恵は、ハジメの目に、クラスメイトである自分を殺害すること、香織を傀儡に出来ないことへの躊躇いが微塵もない事を悟った。

――死ぬ

恵里の頭を、その言葉だけが埋め尽くす。しかし、恵里の悪運はまだ尽きていなかったらしい。

恵里の脳天がぶち抜かれようとした瞬間、ハジメ目掛けて火炎弾が飛来したからだ。かなりの威力が込められているらしく白熱化している。しかし、ハジメにはやはり通用しない。ドンナーの銃口を火炎弾に向けるとピンポイントで魔法の核を撃ち抜き、あっさり霧散させてしまった。

「なぁぐぅもぉおおおー!!」

その霧散した火炎弾の奥から、既に人語かどうか怪しい口調でハジメの名を叫びながら飛び出してきたのは満身創痍の檜山だった。手に剣を持ち、口から大量の血を吐きながら、砕けて垂れ下がった右肩をブラブラとさせて飛びかかってくる。もはや、鬼の形相というのもおこがましい、醜い異形の生き物にしか見えなかった。

「…うるせぇよ」

ハジメは、煩わしそうに飛びかかって来た檜山にヤクザキックをかます。

 

ドゴンッ!

 

という爆音じみた衝撃音が響き、檜山の体が宙に浮いた。吹き飛ばなかったのは衝撃を余すことなく体に伝えたからだ。

そして、ハジメは、宙に浮いた檜山に対して、真っ直ぐ天に向けて片足を上げると、そのまま猛烈な勢いで振り下ろした。まるで薪を割る斧の一撃の如き踵落としは檜山の頭部を捉えて容赦なく地面に叩きつけた。地面が衝撃でひび割れ、割れた檜山の額から鮮血が飛び散る。勢いよくバウンドした檜山は既に白目を向いて意識を失っていた。

既に誰が見ても瀕死の檜山。それでも手を緩めないのがハジメクオリティーだ。バウンドして持ち上がった頭を更に蹴り上げ、再び宙に浮かせる。絶妙な手加減がされていたのか、その衝撃で檜山は意識を取り戻した。

ハジメは、宙にある檜山の首を片手で掴み掲げるようにして持ち上げる。宙吊りになった檜山が、力のない足蹴りと拳で拘束を解こうと暴れるが、ハジメの人外の膂力は小揺ぎもしない。

「おま゛えぇ!おま゛えぇざえいなきゃ、がおりはぁ、おでのぉ!」

溢れ出る怨嗟と殺意。人間とはここまで堕ちる事ができるのかと戦慄を感じずにはいられない余りの醜悪さ。常人なら見るに堪えないと視線を逸らすか、吐き気を催して逃げ去るだろう。

しかし、ハジメは、檜山のそんな呪言もまるで意に返さない。それどころか、むしろ、ハジメの瞳には哀れみの色すら浮かんでいた。

「俺がいようがいまいが結果は同じだ。少なくとも、お前が何かを手に入れられる事なんて天地がひっくり返ってもねぇよ」

「きざまぁのせいでぇ」

「人のせいにするな。お前が堕ちたのはお前のせいだ。日本でも、こっちでも、お前は常に敗者だった。“誰かに”じゃない。“自分に”だ。他者への不満と非難ばかりで、自分で何かを背負うことがない。……お前は生粋の負け犬だ」

「ころじてやるぅ!ぜっだいに、おま゛えだけはぁ!」

ハジメの言葉に更に激高して狂気を撒き散らす檜山。ハジメは、自分に負け続けた負け犬を最後に一瞥したあと、何かに気が付いたように明後日の方向へ視線を向けた。その方向には、王都に侵入してきた魔物の先陣がたむろしていた。

ハジメは、冷めた眼差しを檜山に戻し、再度宙に投げると、重力に従って落ちてきたところで義手の一撃を叩きつけた。その衝撃により回転力が加わって、くるくると独楽のように回転する檜山。

「生き残れるか試してみな。まぁ、お前には無理だろうがな」

ハジメは、更にダメ押しとばかりに空気すら破裂するような回し蹴りを叩き込んだ。檜山は、その衝撃で

 

ボギュ!

 

と嫌な音を立てながら大きく広場の外へと吹き飛ばされていった。

ハジメがさっさと檜山を撃ち殺さず、急所を外して滅多打ちにしたのは無意識的なものだ。自分を奈落に落としたことへの復讐ではない、香織を傷つけられたことへの復讐だ。

本人にどこまで自覚があるかはわからないが、楽に殺してやるものかというハジメの思いが現れたのである。それは、檜山を辛うじて生かしたまま、魔物の群れの中に蹴り飛ばした事にもあらわれていた。

しかし、この檜山への対応が、恵里を殺すための時間を削いでしまった。恵里が逃げ出したのではない。ハジメ目掛けて黄昏の閃光が襲いかかったのだ。

「チッ……」

ハジメは、舌打ちしつつその場から飛び退き、黄昏の閃光の射線に沿ってドンナーを撃ち放った。三度轟く炸裂音と同時に、黄昏の閃光という滝を登る龍の如く、三条の閃光が空を切り裂く。

直後、黄昏の閃光の軌道が捻じ曲がり、危うく光輝を灼きそうになったが、寸前で恵里が飛び出し何とか回避したようだ。恵里としても、誤爆で光輝が跡形もなく消し飛ばされるなど冗談でも勘弁して欲しいところだろう。

やがて、黄昏の閃光が収まり空から白竜に騎乗したフリードと所々鎧がなく、背に菩提樹の葉の跡がある白髪の竜人、紅の長槍と黄の短槍を持つ目の色が反転しているイケメンが降りてきた。

「……そこまでだ。白髪の少年。大切な同胞達と王都の民達をこれ以上失いたくなければ大人しくすることだ」

「ガルル」

「………」

どうやらフリードはハジメを光輝達や王国のために戦っているのだと誤解しているようである。周囲の気配を探れば、いつの間にか魔物が取り囲んでおり、龍太郎達や雫、そしてティオや愛子達を狙っていた。

ハジメ達が本気で戦えば、甚大な被害が出ることを理解しているため人質作戦に出たのだろう。ハジメは知らないことだが、ユエや泉奈に手酷くやられ、ハジメ達には敵わないと悟ったフリードの苦肉の策だ。なお、ユエに負わされた傷は、完治にはほど遠いものの、白鴉の魔物の固有魔術により癒されつつある。泉奈に負わされた傷は一切癒されてはいないが。

と、その時、香織に何かをしていたティオがハジメに向かって声を張り上げた。

「ご主人様よ!どうにか固定は出来たのじゃ!しかしこれ以上は……時間がかかる……出来ればユエの協力が欲しいところじゃ。固定も半端な状態ではいつまでも保たんぞ!」

ハジメは、肩越しにティオを振り返ると力強く頷いた。何のことかわからないクラスメイト達は訝しそうな表情だ。しかし、同じ神代魔術の使い手であるフリードは察しがついたのか、目を見開いてティオの使う魔術を見ている。

「ほぉ、新たな神代魔法か……もしや【神山】の?ならば場所を教えるがいい。逆らえばきさっ!?」

フリードが、ハジメ達を脅して【神山】大迷宮の場所を聞き出そうとした瞬間、ハジメのドンナーが火を噴いた。咄嗟に、亀型の魔物が障壁を張って半ば砕かれながらも何とか耐える。フリードは、視線を険しくして、周囲の魔物達の包囲網を狭めた。

「どういうつもりだ?同胞の命が惜しくないのか?お前達が抵抗すればするほど、王都の民も傷ついていくのだぞ?それとも、それが理解できないほど愚かなのか?外壁の外には十万の魔物、そしてゲートの向こう側には更に百万の魔物が控えている。お前達がいくら強くとも、全てを守りながら戦い続けることが……」

その言葉を受けたハジメは、フリードに向けていた冷ややかな視線を王都の外――王都内に侵入しようとしている十万の大軍がいる方へ向けた。そして、無言で“宝物庫”から拳大の感応石を取り出した。訝しむフリードを尻目に感応石は発動し、クロスビットを操る指輪型のそれとは比べ物にならない光を放つ。

猛烈に嫌な予感がしたフリードは、咄嗟にハジメに向けて極光を放とうとする。しかし、ハジメのドンナーによる牽制で射線を取れず、結果、それの発動を許してしまった。

――天より降り注ぐ断罪の光。

そう表現する他ない天と地を繋ぐ光の柱。触れたものを、種族も性別も貴賎も区別せず、一切合切消し去る無慈悲なる破壊。大気を灼き焦がし、闇を切り裂いて、まるで昼間のように太陽の光で目標を薙ぎ払う。

 

キュワァアアアアア!!

 

独特な調べを咆哮の如く世界に響き渡らせ大地に突き立った光の柱は、直径五十メートルくらいだろうか。光の真下にいた生物は魔物も魔人族も関係なく一瞬で蒸発し、凄絶な衝撃と熱波が周囲に破壊と焼滅を撒き散らす。

ハジメが手元の感応石に魔力を注ぎ込むと、光の柱は滑るように移動し地上で逃げ惑う魔物や魔人の尽くを焼き滅ぼしていった。

防御不能。回避不能。それこそ、フリードのように空間転移でもしない限り、生物の足ではとても逃げ切れない。外壁の崩れた部分から王都内に侵入しようとしていた魔物と魔人族が後方から近づいて来る光の柱を見て恐慌に駆られた様に死に物狂いで前に進み出す。

光の柱は、ジグザグに移動しながら大軍を蹂躙し尽くし、外壁の手前まで来るとフッと霧散するように虚空へ消えた。

後には焼き爛れて白煙を上げる大地と、強大なクレーター。そして大地に刻まれた深い傷跡だけだった。ギリギリ王都へ逃げ込む(・・・・・・・)ことが出来た魔人族は安堵するよりも、唯々、一瞬にして消えてしまった自軍と仲間に呆然として座り込むことしか出来なかった。

そして、思考が停止し、呆然と佇むことしか出来ないのは、ハジメの目の前にいるフリードや恵里、クラスメイト達も同じだった。

「へぇ、これって何時からか分からないけど、朝っぱらから太陽光を収束して溜めておいて今その太陽光やそれから発される熱を1点から放出した様だね。」

唯一分かったのは金糸雀だけであった。

「愚かなのはお前だ、ド阿呆。俺がいつ、王国やらこいつらの味方だなんて言った?てめぇの物差しで勝手なカテゴライズしてんじゃねぇよ。戦争したきゃ、勝手にやってろ。ただし、俺の邪魔をするなら、今みたいに全て消し飛ばす。まぁ、百万もいちいち相手してるほど暇じゃないんでな、今回は見逃してやるから、さっさと残り引き連れて失せろ。お前の地位なら軍に命令できるだろ?」

同胞を一瞬にして殲滅した挙句の余りに不遜な物言いに、フリードの瞳が憎悪と憤怒の色に染まる。しかし、例え、特殊な方法で大軍を転移させるゲートを発動させているとはいえ、ハジメの放った光の柱の詳細が分からない以上、二の舞、三の舞である。それだけは、何としても避けねばならない。

ハジメとしても、逃がすのは業腹ではあったが、今は一刻も早く香織に対して処置しなければならない。時間が経てば、手の施しようがなくなってしまうのだ。まして、初めての試みであり、ぶっつけ本番の作業である。しかも、実は先の光の一撃は、試作品段階の兵器であり、今の一発で壊れてしまった。殲滅兵器なしに、百万もの魔物と殺り合っている時間はない。大軍への指揮権があるであろうフリードを殺すのは得策ではなかった。

そうとは知らないフリードは、唇を噛み切り、握った拳から血を垂れ流すほど内心荒れ狂っていたが、魔人族側の犠牲をこれ以上増やすわけにはいかないと、怨嗟の篭った捨て台詞を吐いてゲートを開いた。

「……この借りは必ず返すっ……貴様だけは、我が神の名にかけて、必ず滅ぼす!」

フリードは踵を返すと、恵里を視線で促し白竜に乗せた。恵里は、毒を受けながらも、その強靭なステータスで未だ生きながらえている光輝を見て、妄執と狂気の宿った笑みを向けた。それは言葉に出さなくても分かる、必ず、光輝を手に入れるという意志の篭った眼差しだった。

白竜に乗ったフリードと恵里、謎の竜人、イケメン、代赤と王城の外に出たはずの黒満愛がゲートの奥に消えると同時に、上空に光の魔弾が三発上がって派手に爆ぜた。おそらく、撤退命令だろう。同時に、ユエとシアが上空から物凄い勢いで飛び降りてきた。

「……ん、ハジメ。あのブ男は?」

「ハジメさん!あの野郎は?」

どうやら二人共、フリードをボコりに追ってきたらしい。光の柱について聞かないのは、ハジメの仕業とわかっているからだろう。

しかし、今は、そんな些事に構っている暇はないのだ。ハジメは、ユエとシアに香織の死を伝える。二人は、驚愕に目を見開いた。しかし、ハジメの目を見てすぐさま精神を立て直す。

そして、ハジメは、その眼差しに思いを込めてユエに願った。ユエは、少ない言葉でも正確に自分の役割を理解すると力強く「……ん、任せて」と頷く。

踵を返してティオのもとへ駆けつけた。そして、ハジメが香織をお姫様だっこで抱え上げ、そのまま広場を出ていこうとする。そこへ、雫がよろめきながら追いかけ必死な表情でハジメに呼びかけた。

「南雲君!香織が、香織を……私……どうすれば……」

雫は、今まで見たことがないほど憔悴しきった様子で、放っておけばそのまま精神を病むのではないかと思えるほど悲愴な表情をしていた。戦闘中は、まだ張り詰めた心が雫を支えていたが、驚異が去った途端、親友の死という耐え難い痛みに苛まれているのだろう。

ハジメは、シアに香織を預けるとティオに先に行くように伝える。雫の様子を見て察したユエ達は、ティオの案内に従って広場を足早に出て行った。

クラスメイト達が怒涛の展開に未だ動けずにいる中、ハジメは、女の子座りで項垂れる雫の眼前に膝を付く。そして、両手で雫の頬を挟み強制的に顔を上げさせ、真正面から視線を合わせた。

「八重樫、折れるな。俺達を信じて待っていてくれ。必ず、もう一度会わせてやる」

「南雲君……」

光を失い虚ろになっていた雫の瞳に、僅かだが力が戻る。ハジメは、そこでフッと笑うと冗談めかした言葉をかけた。

「壊れた八重樫なんか見せたら香織までどうなるか……勘弁だぞ?俺は八重樫みたいな苦労大好き人間じゃないんだ」

「……誰が苦労大好き人間よ、馬鹿。……信じて……いいのよね?」

ハジメは、笑みを収めて真剣な表情でしっかりと頷く。

間近で、ハジメの輝く瞳と見つめ合い、雫はハジメが本気だと理解する。本気で、既に死んだはずの香織をどうにかしようとしているのだ。その強靭な意志の宿った瞳に、雫は凍てついた心が僅かに溶かされたのを感じた。

雫の瞳に、更に光が戻る。そして、ハジメに向かって同じ様に力強く頷き返した。それは、ハジメ達を信じるという決意のあらわれだ。

ハジメは、雫が精神的に壊れてしまう危険性が格段に減った事を確認すると、“宝物庫”から試験管型容器を取り出し、雫の手に握らせた。

「これって……」

「もう一人の幼馴染に飲ませてやれ。あまり良くない状態だ」

ハジメの言葉にハッとした様子で倒れ伏す光輝に視線を移す雫。光輝は既に気を失っており、見るからに弱っている様子だ。ハジメが手渡した神水が、以前、死にかけのメルドを一瞬で治癒したのを思い出し、秘薬中の秘薬だと察する。ハジメとしては、せっかく声をかけても光輝の死で雫が折れてしまっては困るくらいの認識だったのだが……雫の表情を見れば予想以上に感謝されてしまっているようだった。

雫は、ギュッと神水の容器を握り締めると、少し潤んだ瞳でハジメを見つめ「…ありがとう、南雲君」とお礼の言葉を述べた。ハジメは、お礼の言葉を受け取ると直ぐに立ち上がり踵を返す。そして、ユエ達を追って風の様に去っていった。

 

✲✲✲

 

「ここからが本番だ。覚悟しろよ、エヒトルジュエ。」

泉奈は空中庭園に戻ってからずっと縁に立ち尽くして神山を睨めつけていた。




ちなみに、ノイントと南雲はドンパチしていません。
誰が戦った?それは畑山愛子と共に幽閉されていた衛宮士郎が主に戦い、バックアップに遠坂と間桐が付いていたり。
南雲が王宮に着くの遅くね?それは神山とハイドリヒ王国までの距離はかなりあり、ティオが龍化して飛んでくるまでかなり時間を使っています。

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