Fate / Amazing Grace   作:牡丹座

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 人類史きっての不朽の課題。

 ‘差別闘争,

 文字通り、差別から始まる第一者と他者の間に生じる関係。これに多くの場合攻撃的姿勢が伴うことから闘争という言葉を仮に適用する。

 

 会話から始まり、戦争や宗教までもを発生させるのは人間の存在があるからこそ。しかし人間が一人で空間に座標を打っていても会話も諍いも始まらない。そこで何かが起きるには多面性を持つ第二の同位存在が必要不可欠なのだ。

 

 論題として、人が一人だけならば差別はなくなるのか否かというのが注目されてきた。確かに人間を個別空間に隔離して個人が完全解離のもとに営まれる社会では複数の人間の同時存在に起因する差別は生じないだろう。そこには会話もなく、争いもない。

 しかし現実と相反関係にある論題など掲げても栓の無きことというのが人間の余興的性質というもの。つまりは論じたところでどうすることも出来ないことに限って余裕を持て余した識者などは好んで課題に掲げて言葉を交わしたがる。そこで新たに意見の相違を得て対立を始めるというのだから道理でこの世界に進展が訪れないことも頷ける。

 人間自体の本質が日本でいう旧石器時代から変容していないと指摘する声は紀元前から聞こえる。事実、生命体としてのレベルアップでいえば微々たるものと言えよう。無論人間社会が形成した技術面に関しては語るに尽くせないほどのドラマティックな人間の奮闘があったからこそ、今日までの社会が形成されるに至っている。技術がもたらした平和はたとえ『仮初め』と揶揄されても平和には変わらない。

 

 とにかく平和が訪れたら不毛のようにも思われてもいろいろと思惟したがるのが人間の惰性ともいえる。

 そこで目下の格好の餌食となるのが『差別闘争』。差別というものが人間の基本構造として成立するのに不可欠な競争的性質を喚起させるのに必要となれば、問題なのはそれがどういう形であれ闘争に発展してしまうことと考えて問題はない。言ってしまえば人が二人いれば比べるのは‘当たり前,でもそこで悪い感情を挟んで‘喧嘩する必要ないよね?,という課題を人間は紀元前から近代まで温めてきたということだ。

 

 これはいわばそのような神でも覆せないような人間の基本構造(惰性)に対して一定の試練と課題を設け、小粋な計らいとして人類に一計を案じたある存在が催したゲーム。

 

 偉大なる恩寵は他人事ではない。恩寵が神から享受するするものと仮定するのは愚かなことで、さしずめ自らが望んで行動しない限りは人の世に変容などあるはずもない。

 

 人々がその論題の解答《answer》を生命をかけて渇望した時ようやく、大地が溶けてもなお生き続ける新たな人類の概念が形成される。何万年を経ても生き続ける解答はそうして神から人に委ねられるのだ。

 

 さぁ。前口上が長くなりました。

 しかしてこれよりの物語はさらに長く苦しい闘いの物語。

 

 聖杯の所有権を巡った紛れもない‘聖杯戦争,に御座います。

 

 

 

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