思えばそれが人生最大の転機だったようだ。
目が眩んだと思えば右手の甲にはまるで冬の魁星のような模様があり、激しい痛みと共に様々な感情がこみ上げてきた。傷つけ合い、殺し合う。そんな他人事極まりない世界にこれから自分が身を投じようとしていると思うだけで反吐出る思いだった。
駆け巡る虫唾に苛まれる様子を嘲笑するでもなく、罵倒するでもなく、傍らに佇む青年は静かに自らが置かれている状況を受け入れようとしていた。別段その様子を眩しく感じたわけではない。ただただ愚かに見えた。戦う覚悟を決めることほど、人間の行く末を死に近づける精神ではないのだから。
★
「どうやら二人とも令呪が顕現したようだね。まぁ、これも異質の一部だね。高位存在に名指しされた者らにはその事実が通告された瞬間に令呪が授けられる。それは強力な魔力を秘めていてね、その画数の分、自分の使い魔に対して強制命令を執行できるんだ。或いは魔力ブーストに使うのもありらしいけど、聖杯戦争という儀式そのものに対して知識の浅い我々には無暗な行使は憚られるね」
その琴海の発言に椿ヶ丘は目を丸くした。次いで食い気味に問う。
「我々って今言ったな?ということはもしかしてアンタも」
「あぁ、私は二番目に通告されたマスターだよ」
琴海はほぼ三重の円となっている令呪を見せた。
「私にはイルミナティから連絡が入ってね。彼らは高位存在と間継ぎ役としていろいろ情報を提供してくれた。今回の聖杯戦争の基本的なルールは聞き及んでいる」
「イルミナティは俺たちへの接触はしないんだな」
「それは高位存在がどうにも最後まで参加者を決定していなかったからのようだよ。実際、まだ聖杯戦争は始まっていない。そして残りの君たちが参加者だと決定された段階でイルミナティが面倒を省くために私に状況説明を仰せつけたというわけさ」
琴海は肩を竦める。そして呆けている卵に向き直った。
「正直、歳くった私はともかく若い君たちには酷な現実だと思う。でも最悪というわけではないさ、なにせ今度の聖杯戦争は我々七人のマスターで争わなくて良いんだから」
目を覚ますように卵はふっと言葉を漏らす。
「じゃあ、誰を斃せば良いっていうんですか」
「んん……それが今回の聖杯戦争の肝の肝。我々七人のマスターが打倒すべきは彼の特異点であるアメリカはニューヨーク、国連本部に巣くう七騎の英霊さ。だから今回の事例は聖杯大戦に近しいものがある。七騎対七騎では通常の聖杯戦争と比べて戦略性も高く、工夫次第では損耗なしに強大な英霊を打破することも十分に出来る。だからこそ、私はここで我々の結束を高めたいと思ってるんだよ。ここで君たちが英霊召喚をした時点で聖杯戦争は始まる。もう後戻りできない異常、結託してこの困難に立ち向かおうじゃないか…」
「はっ、道化爺かと思えば大した小心者だな。だが、まぁそれもやむなしだ。特異点の解決云々よりも個人的な生存欲で戦わせてもらう。願わくば高位存在とやらの殺害も狙ってな…」
「意気込みは結構。意気軒昂でないと聖杯戦争なんてとても乗り切れない。そうさ、生き延びるためにはやるしかないんだ」
楽観主義だな。
卵の中で不満が溶けた。
琴海も椿ヶ丘も結局は道化師だ。自分の中に確かにある恐怖をしょうもない演技で取り繕っている。
椿ヶ丘がどれほど裏社会で魑魅魍魎を退治し、人さえも屠ってきたとしてもそれがこの現状にある自分を装飾してくれるわけではない。今まで自分がしてきた成果を今後につなげられるなどと勘違いしている者はやはり愚かなのだ。
結局は同じ条件や状況の戦いなどありはしない。結託しようが信頼しようが死ぬときは死ぬ。だから嫌なのだ。決定的に身の安全が駆けている空間に身を投じる、それ自体でその魂が戦場の中で孤立して死んでいるのと同義。不毛不要ではないにしても、必要そうだから戦うのと必要を迫られて戦うのとでは意味合いが違いすぎる。
「僕は……嫌です」
「ん?」
「卵ちゃん…」
「僕は死にたくありません、えぇ、嫌です。戦場に赴くなんて信じられません、戦闘能力もおそらく最弱でどうにもならないほどに足手まといでしょう。英霊だって僕如きに使役されることは望まないでしょうし、そんな風に扱いきれない力を押し付けられてもどうしようもない不毛が生まれるだけです」
そこで椿ヶ丘が卵の胸倉をつかむ、顔を寄せて鷹のような眼で卵を覗き込む。
「出来るかどうかじゃないって話をしていたと思うんだが?」
「ええ、だからやりますよ。サーヴァントは召喚し、聖杯戦争を開始させます。でも僕は戦場に行きません、そんな魔王みたいな連中と戦うのは御免です」
「……確かに理論的にはサーヴァントさえ召喚してしまえば聖杯戦争は開始され、君は特異点にはせ参じる必要なはないのかもしれないよ。でも、それは…」
琴海の弱気な声音が椿ヶ丘を刺激したようだった。
「神父。例えば俺がこいつを殺した場合、どうなる?」
「なっ」
「再選されるよな?……流石に吐き気がするぜ、こいつの臆病さ加減にはよ。殺して新しいマスターが再選されればまぁ、流石に二人連続で戦場に行きたくないとか言い出すことはないだろうしな」
卵は懐に仕舞っていた小さな壺形のものを取り出した。その栓を抜き、床に柔らかく投げ放つ。
「いいとも、もとよりこの命、誰かのために使いたいとは思ってたさ。マスターが再選されてもっとまともな適合者になるのならそれも良いと思う。けど、結局僕は死にたくないわけだから僕を殺そうとするなら…」
椿ヶ丘の体を何か霧のようなものが包んだ。
その瞬間、彼の体は宙に浮くように足が床から離れた。凄まじい推進力と揚力に攫われて、彼の全身が教会堂の宙に投げ出された。次いで受け身をとろうと反射的に重心を意識した椿ヶ丘をさらにそのうえから黒い煙のような何かが突進してきた。
結果、受け身は許されずに彼の体は教会堂の床に叩きつけられ、大きく咽込んでしまった。鈍痛が彼の体にいきわたり、状況を理解しようと必死に鷹のような眼を動かしている。
「清々しいほどに背徳的だろ、これが僕の力だ。虫呪を基礎にしいた応用的な兵器に昇華させる術を会得してる。こんな付焼刃みたいな発生蟲じゃあ心もとないけど、人間のアンタを殺すくらい他愛ないことだ!」
「へぇ、そうかよ。わざわざ教えてくれるなら世話ねぇな…」
すると椿ヶ丘の体から途轍もない魔力は吹き荒れた。まとわりついた蟲が瞬時に離散し、あまりの圧力によって焼け溶けた。ビリビリと溢れ出る魔力が徐々に四散的な雷電じみた揺らぎを生じさせ、彼が立ち上がるのに合わせて教会堂の四方の壁に小規模ながら雷がぶつかった。
「雷の魔力放出!?椿ヶ丘君、君って人は人間の身でなんというっ…」
卵が使役していた蟲の全てを吹き飛ばした椿ヶ丘は目を瞑って一度だけ呪文のようなものを唱えた。すると、彼が身に纏っている戦闘服のようなものにエメラルド色の魔術回路が浮かび上がり、仄かに発光する。放出されていた雷はだいぶ小さくなったが、それでもまだ微量の雷電を放出し続けている。一見しただけで魔力のストックが卵と段違いだと思い知らされた。
「さきに攻撃をしたからには文句言うんじゃないぞ、手心なんてなしだ。全霊の一撃で叩き潰してやろう」
「希望的観測は生まれつきか?しっかりと周囲を確かめてから仕掛けるんだな」
「しかし今の俺にゃ蟲細工なんて通じないわけだ。残念だが諦めて大人しくすることだ」
椿ヶ丘の右足が僅かに上がると同時に彼は卵の眼前に肉迫していた。
突きつけられた拳は既に卵の心臓部に命中しており、その硬い拳で卵の心臓を殴り穿っていた。
「だから周囲に警戒しろって言ったんだ」
「『巨魁蟲虚』か…」
心臓を吹き飛ばしたと思われた卵は無数の羽虫となって離散していた。蟲は教会堂の内部を渦巻く渓流のように滑り過ぎ、やがて少数の分隊でも組織するかのように複数の蟲の集団となって浮遊飛行を始めた。
巨魁蟲虚という古術は基本的には自身の存在を一定数の蟲に移行して自我を保ちながら蟲として行動するという呪いの発展形。名前は良く知られているものの、基本的に構成されている蟲をすべて蹴散らしたとしても崩壊した存在座標が再集合して人間に戻れるという闘争回避に優れた術だ。逃げに徹された場合は友好的に息の根を止めることは難しいうえ、蟲単位に対する攻撃に慣れていなくては最悪押し負けることも十分に有り得る。
『移植・邂逅・再接続』
椿ヶ丘は戦闘服の腿裏から黒くしなやかな棒を取り出した。それはドラマくらいでしか拝む機会のない警棒と呼ばれるものだった。彼はそれをこともあろうに二本目を取り出して両手に収めた。呼吸を整えて『針路』と呼ばれる魔力の流れる体内脈を調整していった。
うっすらと開いた椿ヶ丘の瞳から眼光が木漏れ日のように流れ出す。赤く濁った瞳が変容した彼の戦闘力の程を告げ、針路を基に再構成された魔力が警棒を煌々と赤く色づかせていた。
「人生における『思いがけない出会いである邂逅』を魔術理論で変形させ、編み込み、針路に満たす。それは幾星霜と受け継がれた運命論すら根底から覆す至高の能力操作。頭は己の体から果ては棒切れまで、自己を取り巻くすべてを魔力の極限まで能力を向上させる秘儀だ……」
「なんて、獰猛な迫力だろうね…」
サングラスをかけてその眩い煌々と赤色を発する双警棒を見つめた。自己の身体能力強化と武器の性能強化と同時に行っているというだけの技といってしまえばそれだけだが、そもそもそれを効率よく行ったり持続させたりするにはその体にストックされている魔力が莫大でなければ話にならない。ましてや周辺の空気まで張り詰めさせるだけの気迫をおつり感覚で生じさせているだけでもかなり椿ヶ丘の魔力量は異様なのだ。
「理論はわかる。……邂逅を自己の駆動エンジンと昇華させるということは針路を解放血管系のように、体内に魔力をいきわたらせやすく自己改造を施しているということだろう。本来なら閉塞的かつ局所的に流動性を持ち、自己修復能を異次元にまで高めるのに重宝される針路をその基礎から解明して発展と応用に辿り着いたのはさすがナクサトロズの家の魔術師というだけはあるよ……」
「それだけじゃない、ナクサトロズから言わせてもらえば、あの時計塔ですら針路に対する見識の着眼点にすら至っていない程度の利用しか出来ていねぇ。針路っていうのは理論でよく持ち出されるが……それを実際に繰り練ろうとすればそれこそ一国単位の庇護や助長を得なくてはとても根本の部分を突き詰めることは出来やしないのさ」
そんな椿ヶ丘に蟲の集合群を突っ込んでいった。幾つかに分かれた分隊的な蟲たちが目まぐるしく彼に向って行き、それに合わせて椿ヶ丘は激しく両手の警棒を振り捌いて行った。
蟲たちは向かっていくとたちまちに霧になるように叩き払われた。それこそ作法の無いような無茶苦茶な棒捌きに見えるが、熟達された剣士、剣聖とも言われるまでの位置にあたると思われるほどに正確無比な連撃を織り成している。
赤い軌跡が彼の編み出す剣線をなぞり、とめどない強襲を振り払っている。見る程にそれは圧巻の太刀筋であり、軌跡が連なるほどに彼の腕が一本、また一本と増えていくような錯覚にも陥った。
(( どう見る、ランサー ))
琴海の静かな声音が乱れる羽音と剣の振り捌かれる風切り音の中で舵を失った船のようにこぼれ出た。まるで花火を見ているような虚ろな瞳のまま、言峰はサングラスを掛けなおす。
<< この人間たちのことかい? >>
(( そう。率直な感想だけを聞かせてほしい ))
<< うぅん。喩えるなら華と雨かな。二人とも美しく唯一の華のような子たちさ、しかし彼らは環境に左右されすぎている。虚飾の人生とまでは言わない、しかし蓋然性の高い不自然な技と力は世襲的側面から芽吹かされた強制力の強いものだと感じたよ。……しかしあの棒の使い手はなかなかにそんな不自然な力を自分のものにしてる。本気を出せば力を出し切る前のサーヴァントに渡り合えるくらいの力を持っている。残念なのは、決定的な経験不足。彼は人生の本当の山場というものをまだ知らない。だからまだ自分自身のうちに潜む人間の美しさを解放することが出来ていない…… >>
(( そうか ))
<< マスター、止めたほうが良いのなら手を貸すよ >>
(( いや、いい。どうにもこの教会堂には妙な気配がある。ランサーの気配検知に引っかからないということはつまり……招かれざる客の中でもかなり面倒な方だと思う。だからまだ霊体でいた方が良い ))
<< そうかい >>
いつの間にか卵はその姿を元の人間のそれに戻していた。しかし、その人間の姿のままでいながらサーヴァントにすら及ぶと評価された打ち込みを器用に避けていた。その避け方はどれもが紙一重だが確実なもので、柔らかい体を生かして止めどない攻撃をすり抜けていた。
「ッ……!…?」
椿ヶ丘は一度警棒を手放して直接拳で攻撃を開始した。拳法家のような滑らかな当身用の連撃だが、それもやはり卵に届かない。
「何故だ…」
椿ヶ丘の大振りの蹴りが教会堂の燭台を蹴り砕いた。次いで突き出された掌底が聖母像を揺らす。卵はそんな彼を見据えて飛び退り、懐から壺型の容器を取り出し、まだまばらに宙に残っている蟲をその壺に吸い込んでいった。
「んん、教会堂の扉を開ければ僕の勝ちだ。赤須の家で僕はこれまで通りの生活をさせてもらう。聖杯戦争でもなんでも勝手にやっていてくれ」
「糞がッ、逃げ足だけは達者だなァオイ!」
「じゃあ捕まえればいいだろ。それが出来ないのがお前のくせに何を怒ってるんだよ」
「おいおい、こんなに侮辱されたのは生まれて初めてだ」
「餞別として教えてあげるよ。ほら」
すると卵は涙袋を指で引っ張り下げて自身の眼を主張した。攻撃を仕掛けている最中には、自分自身のあまりの速度によって見逃していたが、こうして見てみると卵の瞳は教会堂に入ってきた時のような人間らしいそれとはかけ離れたものとなっている。
「……!?…重瞳の者は見たことあるが…ここまで人間離れしている奴を見たのは初めてだ」
椿ヶ丘の唾棄するような歪んだ表情はその視線の先に移った無数に蠢くいくつもの眼球。蠅や蜻蛉などがそれを有しているということで広く認知されている特殊眼『複眼』だ。
特に蠅においては顕著にその特性が知られている。人は時間ごとに目に映る光と光景を区切って脳で繋ぎ合わせ、それを映像として再生させることで残像明滅を世界光景として捉えている。人間が光を感知する速度は一秒間で30Hzと言われてるが、蠅の複眼の特性では一秒間に300Hzまでを感知することが出来る。そうなれば単純に一秒間での情報を十倍まで引き延ばして感知することが出来るため、複眼を持っている生物に速度で勝負を挑んでも基本的には勝負にならない。
まして、卵が今、発現させている複眼は魔術行使によって成されたもの、となればその時間分析能力は十倍では収まらない可能性すらある。道理で椿ヶ丘の攻撃が先ほどからかすることもないわけで、しかも紙一重で回避しているということは殆ど余裕の見切りをつけているくせにわざとあと少しの所で避けて見せているのだ。
まさに生存行動に直結した能力。死を惧れ、強者との戦闘を嫌う魔術師が獲得した魔術の大成といっても良いだろう。
いよいよ教会堂から離れようと入堂時と同様、巨大な木製の扉を開け放とうとした時、卵はいくら力を注いでも扉が微動だにしないことに気が付いた。二度、三度と力を入れてみてもビクともしない。じれったくなって再び壺型の容器から蟲を放出して集団で突進させても変化はなかった。
そこで彼は再び椿ヶ丘に向き直り、蟲を自身の周囲に集結させた。
「何をした?」
「何もしてねぇよ、失せるなら失せろ」
「……?」
この期に及んで魔力効果もなしに扉が封印されるなんてことは考えられない。最期にもう一度扉を開けようとしてみたが、やはりいくら力を入れても動かない。
その様子に椿ヶ丘は気が付き、落ち着かせ始めていた魔力放出を再び猛らせた。扉が開かない事情など興味はなくとも、逃がさずに戦いを続けられるならば細かいことに興味はなかった。再び警棒を持ち出した彼は即座に扉付近に立っている卵に詰め寄って警棒を振りつけた。
「琴海さん、何かしましたか」
卵は複眼を用いた見切りで先ほどのように椿ヶ丘の攻撃を回避しながら平静的に尋ねた。
「いいや、私は何も……ということは、やっぱり何か…」
「いますね」
その時、卵は足元が硬直した。回避のモーションが停止する。突然なことで理解が追い付かなかった。ぎょっとして足元を確認しようと思った時には既に椿ヶ丘の薙いだ警棒が卵の額に肉迫していた。いくら素早い動きを視認できても、身動きが取れなくては意味がない。
警棒が直撃して頭蓋を割られ、脳髄を吹き飛ばされる。そんな恐怖が卵の全身を飲み込もうとした時、その複眼では同じように身動きが取れずに攻撃が制止されてしまった椿ヶ丘の姿が映った。どうやら彼もまた、何かに動きを封じられたのだ。その証拠に、彼の振り払った警棒を封印するように周囲から伸び絡まった白い鎖が彼の四肢にも巻き付いていた。
「………どうやら国連のサーヴァントが紛れ込んでいたみたいだね。いや、紛れ込んだというよりは最初から居たのかな?」
琴海は二人のように白い鎖に縛られてはいなかった。徐々に数を増して卵と椿ヶ丘の二人を完全に封じていく白い鎖を俯瞰するように見つめながら、彼は聖母像の前で手を絡めながら祈っている男に意識を向けた。
アングリカン・キャソックを身に纏った聖職者姿。聖堂教会の琴海にはそれが一目でカトリックような神父ではなく、プロテスタントの教会堂にいるような牧師であることがわかった。とはいえ、この期に及んで普遍的な牧師が現れるわけもない、間違いなく魔術師かサーヴァント。おそらくは後者と断言して間違いない。
「最初からいたわけじゃない。まぁ向こうから見ていたがね。随分と熱のあるマスターたちだな…と」
牧師と思われる男は祈りの手を解き、卵と椿ヶ丘を見やる。
「どうやら魔術師と言ってもこの二人は件の時計塔やらのそれとは異なるんだな、んん、そっちのはどうしても死にたくないとか……」
男は色白の顔を撫で、ブロンドの短髪を撫でた。牧師と呼ぶにはいささか雰囲気がそれらしくない。しかし格好だけを言えば琴海よりかは聖職者らしい。
「俺はサーヴァントだ。クラスはアルターエゴ、真名は勝手に予想してくれ。……要件はのんびりし過ぎてる日本人たちにさっさと英霊召喚をするように促しに来ただけなんだが、こいつは癖が強そうだな、どうも…」
「アルターエゴ……」
「お前たちがそちら側の最期のマスター、然るに英霊召喚が済みマスターとサーヴァントが揃い次第聖杯戦争が始まるわけだが、遅いんだよ。お前たちのいざこざは後で済ませることにして、さっさとサーヴァントを召喚してしまってくれないか?」
「なら、この鎖を解きやがれ」
椿ヶ丘は自身を封じる白い鎖を忌々しそうに睨みつけた。先程から休まずに抵抗を続け、体をゆすり動かしているが、鎖は底なし沼のようにあがけばあがくほどに彼の体を束縛していた。そんな椿ヶ丘に対し、アルターエゴは素直に四方から出現していた鎖の元となる奇妙な丸い円のようなものを消滅させた。
「お前たちの所為で全体が迷惑をしているわけだ。さっさと済ませてくれ」
「ここでお前を殺すのはありか?なしか?」
「出来るならしても構わないとも。だが、出来ないだろうから時間のロスをこれ以上させないで英霊を召喚しろ」
「やってみなきゃわからないだろうが……それに俺はどうにも聖職者っていう連中が気に障るらしい、見ていてイライラしてどうにも落ち着かない」
再び雷が教会堂に吹き荒れる。まだまだ底が見えない魔力が存分に放出され、待ったなしの身体能力向上が椿ヶ丘の全身を満たしていった。
「ーーーー 再選考すべきはお前かもしれないなァ、糞餓鬼が」
アルターエゴは高らかに右腕を振り上げた。