Fate / Amazing Grace   作:牡丹座

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# scene1-3

 戦闘において全霊の戦いというものは、戦闘そのものに興味があろうがなかろうが少なからず血沸くものだ。

 目にも止まらぬ攻防、熟達されて巧さを極めた技の数々、千載一遇を見極めた切り札の使い方。それらはまるで人生に呼びかけるように傍観者を揺り動かすものなのだ、それに年齢や性別は関係ない。

 

 然るに、彼らの戦いでは血沸くことも肉躍ることもなかった。傍観していてもわかる不条理に似た圧倒。双方が己の全霊を駆けて覇を語ればさぞ見応えがあったことだろうが、それでも少なくとも一方はまるで力の半分すら出すことを惜しむかのように達観した眼差しで挑戦者を見据えている。

 教会堂を揺らすのは重い一撃が牧師の体を鳴らすためだけではない、挑戦者であろう椿ヶ丘の怒号にも似た雄叫びが燭台に乗った柔らかな蝋燭の光を靡かせる。

 

 アルターエゴは彼の攻撃を避けることすらしなかった。何かを思い知らせるためというわけではなく、純粋に興味があったのだろう。猛り狂う人間の魔術師がどれほどの力量を備えているのか。それとも本当に身動き一つも必要としないことを伝えたかったのか。

 やがて振り上げたが徐々に傾きだし、ゆっくりと椿ヶ丘の肩にそれが優しく乗せられた。それでも彼は荒れ狂う暴風のように攻撃の手を緩めずに超強化された自身の武脚と警棒を以てしてアルターエゴの打倒を掴み取ろうとしている。

 

 マスターがサーヴァントに基本的性能で勝ることなどあり得ない。たとえ追い付けたとしても、それは同じ土俵にやっとたどり着けたというだけの話。他者の意思で呼び出され、装置として不都合の破却の役割を課せられる英霊に対し、どれほどの覚悟と決意を以てして挑んでもその殻を破ることが出来ない。ましてや、英霊個人に秘められた壮絶な歴史の在り様など、真名や宝具云々で容易に理解した気になれる魔術師が、本当の意味で人類史の偉人たちに立ちはだかることなど出来やしないのだ。

 

「琴海さん、英霊召喚の方法を教えてください」

「………こちらとしても召喚をしてもらわなければ儀式そのものが正式に開始されない。だからどうあっても君に英霊召喚だけはしてもらわなくちゃいけないわけだけども……本当に協力して特異点解決を志してはくれないのかい?」

「それは、サーヴァント次第で決めます」

「……?」

 琴海の元まで忍び寄るように近づいた卵は小声でそう言った。その瞳の奥にある妙な翳りを感じ取り、琴海は若干の不安を煽られた。単純に言って胸騒ぎ、難解に捉えれば野望や綿密な悪巧みの施しを感じてならない。

「どうして、そうするの?」

「どうでしょうね。まぁ僕もちゃんとやる場面ならちゃんとします。マスターとして選ばれたのなら、とりあえず英霊を呼ばないと始まらないでしょう?」

「そうだけどさ。…まぁ…いいや」

「確か、召喚の儀式があるんでしたよね。魔法陣とか、描くんですか?」

「いや、もうある。聖母像の下に少し見えているだろう。座標地点は周到に構成されてるから、おかしなことは起きないと思うよ。……召喚に使う詠唱はーーー」

 

 アルターエゴがいよいよ椿ヶ丘を押しのけた。軽く突き飛ばした程度で、すぐに椿ヶ丘は詰め寄ろうと姿勢を動かしたが、足裏が床を蹴ったというその瞬間に床より少し上の所に空間の濁りのようなものが生じ、その中より複数の白い長鎖が飛び出した。それらが完璧に絡み合うことによって椿ヶ丘の動きが見事に静止し、すぐに床に引っ張られて転倒させられた。

「まずお前は足元から見直す必要があると思うぞ。死角から引っ張られた程度で転げ落ちるような魔術師をどう相手しろと言うんだ?」

 アルターエゴの傍らに動揺の空間の濁りと澱みが生じ、同時に周辺に渦巻く魔力の気流が爆発的に上昇する。

「それとも、本気で俺に勝てると思っていたのか。ここまで考え無しのマスターなら、案外もう一人の方と大差なく使い物にならないかもしれないぞ……人の事を言えたものではないな」

 加速がついた鎖は瞬く間に椿ヶ丘の全身に纏わりつき、水に濡れた雑巾を引き絞るように四肢と首を重点的に締め上げた。魔力の量が増え、体に触れているだけで痛みを伴うそれが大量に巻き付ているだけに流石に彼の集中の糸が容易く絶たれた。猛っていた闘気が火を掻き消すように煙に巻かれてしまったようだ。

「聖杯戦争が始まらないうちに殺してしまっては『高位存在』に申し訳ない。まぁせめてそこでもう一人の小僧がどんな英霊を召喚するのか眺めていればいい」

「な…に…?」

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。租には日出づる圀の府宝を……降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ……満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 

 セット

 

 

「―――――Anfang」

 

「――――――告げる」

 

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よッ!!!」

 

 

 茂る密林で伏せる虎が見えた。それはまるで絵画だが、大和絵とは少し違った。

 溢れ出る悪感がこの世の全てを呪い殺そうと誰かに語り掛けていた。

 雑草に伏していた。違う。埋もれていた。飛び交う鳶の群れを見て、大の字に叢に自ら埋もれていた。

 それは記憶。きっとこれから姿を現す誰かの記憶。

 流れ込むのはその者を傍らから見つめている誰かの視点。

 そっと手にした刀を喉に添えた男は静かにそれを横え手ずから払った。

 刎ね転げた首が影に落ち、崩れた胴体は赤を垂れ流した。

 青天の中で静かに自殺した男は叢雲から抱擁されるように飛び出した雷に攫われていた。

 

 瞼を開ければその男が聖母像の前に立っている。

 

 黒地に牡丹と菊の模様の入った直垂を着ている。肩に峰を乗せている刀は刃が薄緑に揺らめいていて、咳き込んだ顔は手拭のようなもので口元が隠されていた。目先は鋭く、細身だが筋肉質な体だけに年齢が判別しずらいが、三十代後半か四十代前半だろうと思われた。

 

「ほほう、最優と誉れ高いセイバーのサーヴァントか。ふっ、蟲小僧にしては良い使い魔を拵えたもんだ」

「あ…が……かはッ」

「おっと、悪いな。吊るしたままで召喚できないよな」

 アルターエゴが呑気な口調で言うと、鎖を解こうとした。すると、鷹のような眼を見開いて口を大きく動かしている椿ヶ丘の様子が伺えた。

「…に…鉄……!…た、公ッ…四…門はと…ッ!!……王国に至る三差路は循環せよ…ッ」

「驚いたな、お前、縛られたままで…」

「み、せ…満たせ…みた……満たせ…満たせ!…くり…ド…ただ……刻を…するッ!!!!」

 そこでアルターエゴは束縛する鎖の拘束力を強めてみた。単に興味があったというだけの、嫌がらせにも満たない好奇心だった。

 

 セット

 

「―――――Anfang」

 

「――――――告げる」

 

「…汝、身は我が、とに……が命運…汝の、に。聖杯の寄るべに従い、こ、い、この理にした、うならば応えよ。誓いを此処に。我は……総ての善、成る者、我は……総ての悪を敷、者。されど……侍るべし。汝、…………れし者。我は……る者――。汝……三大の言霊を纏う、七、天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よッ!!!」

 

 聖母像が溶けるように蒸発していった。既に教会堂の内部が椿ヶ丘の内部からにじみ出る魔力によって奇妙な模様で歪められている。空気そのものが揺らめているのだ。融かされた聖母像の下に描かれた魔法陣が赤く点滅し、なんらかの不和を以てして激しい発光と点滅を生じさせる。そんな明滅の中から呼び込まれた英霊が深淵から這い出るように腕を出した。

 

「さっさと出てこい、バーサーカー!」

「カカッ、正気か汝れ。吾をここまで騒々しく、ましてかように半端な程度で呼び出しておいて…」

 

 バーサーカーはやがて飛び出すように魔法陣の中から姿を現した。例を見ない無茶苦茶な英霊召喚だけにその鬼は体の一部が蕩けて欠けていた。既に血を流していた彼女は自身のスキルと思われる能力でその傷を己で修復させ、巨大な骨刀を振り上げて声を張り上げた。

「サーヴァント、バーサーカー、茨木童子。大江山の鬼の首魁よ。吾を呼び寄せたのならそれなりに要求はさせてもらうが…まず汝れは吾を解き放て、されば見せてくれよう」

「は……鬼…かよ。……皮肉か、こりゃ……さんざん鬼を殺しまくってきた俺には…似合わねぇな」

「マスターよ、何故汝れはかようなところで吊るされているのだ?」

 金髪の小柄な鬼は口の端を緩めてそう言った。次の瞬間には彼女は椿ヶ丘を束縛する無数の鎖を両断し、次いで空気中に曇っている澱みも薙ぎ払った。

 

「サーヴァント、セイバー。召喚に応じ現界した次第。一瞥してあまり余裕がない様子な故、ここで刃の向きをお決めになられよ」

 尖った目つきと比較して、まるで喉のつぶれた老人のような声音だった。蟲の羽音にも似た、乾いたそれ。だが、彼の佇むその姿は深夜の冷めた世界に曙が訪れたような柔らかさがあった。しなやかで、なおかつ研ぎ澄まされた尖兵のような存在。それがセイバー、彼だった。

 セイバーは刃の物打に薄緑の靄が揺らめている刀で八相の構えを形作る。刀身には両面に『上上上不得他家是以為誓謹思』という文字が刻まれており、直刀にしてはやけに刀身の縦幅が長かった。八相の構えを取った時点で彼の周囲の空気が一瞬だけ震えて鎧武者の外殻を作り出し、同時に上帯と太刀帯に絡まれた腰刀が現れる。

 

「……さて、これでそちら側も七騎の英霊が数を満たしたな。ようやく聖杯戦争が開始されるということで良いのか、それとも戦場もあちらに場所を変えた方が良いのか……」

 アルターエゴは見事に体を半分ほど仰け反らせて仁王立ちしながらも背後での卵とセイバーの姿を見つめて言った。そして、今の発言の通り、この場で戦うのかどうかを迷う様子を見せた。

「何を言ってやがる。ここまで急かしに来たんだろう?ならこの場で死合うのが常道じゃないか?」

「俺はそれでも構わないんだが、何分こちらにはお偉いグランドマスターがいるものでね、そう好き勝手するわけには………と、いや、良いそうだ」

「?」

「赦しが出た。この場でそちら側のサーヴァントを三騎も一度に減らしてしまうのは非常に心苦しいところだが、仕方がないな。そうも意気軒昂ときたら、俺もそれなりの返礼をもって応じなければ…」

 

 アルターエゴが出現させた複数の空間の濁りが一斉に白い鎖を噴出させる。飛び出した鎖が椿ヶ丘とバーサーカーを檻に閉じ込めるように周囲を囲い、次いで頭上に出現したそれらが五月雨のように振り注がれる。それらを二人は器用に得物を弾くと、凄まじい勢いでアルターエゴに向けて飛び掛かった。

「俺も戦う。殺れッ!バーサーカー!」

「術理で殴るとは酔狂よなァっ!嫌いではないぞぅ」

 アルターエゴも今度は攻撃目的で鎖を操っている。一撃が強力な迫撃かつ狙撃であるそれらを前にして完全に避けきることは難しく、バーサーカーはともかく椿ヶ丘は捌き切れずに被撃している。叩きつけられた鎖はどれも高速なだけに威力が高く、強い衝撃に椿ヶ丘は簡単に吹っ飛ばされてしまった。

 バーサーカーは大骨刀を軽々と大振りしてその風圧だけで鎖を払いのけているうえ、飛び掛かった瞬間には大骨刀の一撃とほぼ同時に蹴り上げと掴み掛りを行っている。まさに全身を武器としたダイナミックな攻撃手法にアルターエゴはそれなりに丁寧な対策を強いられ、目にも止まらぬ速さで鎖を繰っている。

 先ほどは微動だにしていなかったアルターエゴだが、いざ動き出すとなると存外な機敏な動きを見せた。アクロバットやパルクールにも似た器用かつ俊敏な回避によって的確に距離を取りながら、詠唱や発動モーションを必要としない上に威力がやけに高い鎖を至る所から噴出させて波状攻撃を仕掛けている。

 教会堂の中はたちまちに大混戦になり、見れば琴海も呪文を詠唱して魔力の塊を弾にして逃げ回るアルターエゴに投げかけていた。今まではは宙に出現した靄の中から高速で飛び出すばかりの白い鎖だったが、複数人を一挙に相手取るにあたっては複雑な挙動やうねりをしながら三方向からの攻撃に併せて防御とその先の自身の機動力と展開力を保たせている。

 

 

「セイバー」

「決まりましたか」

 セイバーは八相の構えを崩さずに声だけで応える。その視線は常に鋭く、教会堂の中を存分に使い潰すようなダイナミックな戦闘に向けられている。近くにいるだけで、ピリピリを軋むような威圧を感じた。誰かに惧れを抱かせることに慣れているような、自分から人間を付き跳ねるような静かな怒りのようなもの。祈りにも似た、理解の及ばぬ境地に立つ者の風格を感じ得なかった。

「真名を強く隠す必要はない。最もこの場で効果の強い宝具を選んで、他の英霊を区別なく殺せ」

「ほぅ、既に私の真名を看破しておられるのか?」

「いや、だが、その宝具や力の片鱗くらいはその剣に記されている文字で分かったよ」

 そこで卵はふと、先ほど脳裏を駆け巡った情景のことを思い出した。確か、彼は丈の長い叢に埋もれていて、どこか遠い空を眺めていた。そのあと、自身で首を刎ねて自害したのだが、その時には別の剣を用いていた気がした。

「しかし、よろしいのか?共闘できる者も区別なく殺すなど、この先に支障がないとはとても言えないことかと」

「…………」

 卵は無言で顎をしゃくる。さっさとやれ。その程度の意味合いでしかないのだろう。

「受け賜わった。この剣、マスターのものであることをこの場で示しましょう」

 

 するとセイバーはこれまで保ってきた八相の構えを解いた。となればこれまでのこの構えは敵から攻撃された際に素早く対応するためか、それとも単に魔力を研ぎ澄ませるためのものだったのだろう。

 今度は剣を正眼に構え、ゆっくりと切っ先を床につくかつかないかのような所まで下げていった。そこで彼は口を少しだけ開き、皺枯れた声音で蝉の断末魔のような詠唱を絞り出した。

 

『 剣で殺すことなかれ 剣で奪うことなかれ 剣で裁くことなかれ 

  されど 剣で殺さぬことなかれ 剣で奪わぬことなかれ 剣で裁かぬことなかれ 剣で絶たぬことなかれ 

  落葉は床 木漏れ日は愁祭 風の間隙に立ち より多きを絶て その剣は盾ではない 隠匿されし蜜を啜れ

  人殺しを殺せ 全ては偉大なる帰路のため 繋がりはそこにある 案ずるな 果報はここにあり 』

 

 世界が塗りつぶされた。

 あまりの規格外、予想外、そして垣間見える人外の域。

 インドでは魔術的意味合いの強い召喚の際にはこれを取り扱うという。日本では古くは密教芸術が最盛に至った際に広く認知され、仏の世界というものを人々の間に鮮明にイメージさせるのにとても意味を持ったそれ。現代における独特な日本の混合宗教観の中でも鮮烈に人々の意識の中で神仏世界を喚起させるその『曼荼羅』の世界においては、四方と天井の消滅したぽっかりとした教会堂は場違いが過ぎるようだった。

 空間そのものを曼荼羅へと引きずり込んだ。事実としてはそれだけだが、それを成せる者など果たして存在して良いのかどうかも考えものだった。自身の能力として曼荼羅という世界そのものを構成し、顕現させ、周囲の者や物体を部分的または全てその世界の中に取り込む。

 紛れもない大魔術『固有結界』。

 宮曼荼羅、垂迹曼荼羅、浄土曼荼羅、一重に曼荼羅とはいっても、その世界はこれらすべてを内包したような普遍的な連想意識の中での曼荼羅を構成していた。簡単に言えばごちゃ混ぜ。弥勒菩薩から千手観音、仁王から廬舎那仏まで様々な仏がその世界の宙を埋め尽くさんという叢雲の上に佇み、また座している。世界は深い柚子葉色に染まり、遠近に見られる多種多様な太陽がその世界の中で天の川のように煌々と黄金の光を放っていた。

 

「は……?」

 戦闘に没入していた狂戦士の動きすら止めてしまうその光景。日本の鬼である茨木童子にとって、仏の世界に己があることは言葉にならない心境に至らせるに十分だった。また、そのマスターである椿ヶ丘も完全に思考が停止して呆けてしまっている。口をぽかんとあけ、その荘厳で果ての無い世界を前にして立ち尽くす。

 アルターエゴは異変を感じて一早く霊体化しようとしたらしい。しかしそれは叶わずに、発生させた無数の鎖で自身を囲みながら早急に事態を確認しようとしているようだった。

 

「悪いな、醍醐味を減らすのは趣味じゃないが、これは仕方ない」 

 そういうとアルターエゴは目を見開く。その瞳の色が赤く色づき、しきりに瞬きをしながらその異様な世界を生み出した根源であるセイバーを見極めようとしていた。その赤い瞳がぎょろりぎょろりと動き回り、セイバーの顔を執拗に見つめているうちにセイバーがふと何かに気が付いたように口を大きく開いた。

「……ッ!?……挑戦者のセイバー、お前、私の能力を知っているのか?」

「ああ、貴様のスキルの中に相手の歯を見定めることで真名を看破する力があることくらいは想像できる。んん、俺は貴様の真名を一足先に看破してしまったが、俺の真名は知れたか?」

「ふふ、なんという自信のありようだろうか。どれほどの歴戦の猛者でもサーヴァントとして現界したからにはそれなりに敵に敬意を払ったりその正体から特性を暴こうと躍起になり中々油断しないものだが、まるで慢心を絵に描いたような男だな、お前は」

「慢心していたら宝具展開などしない」

 アルターエゴは周囲を囲んでいた大量の鎖を解いた。

 

「お陰様でお前の真名を見極めさせてもらった。……少しこの国の史実には疎くてね、本来ならこの曼荼羅という世界を顕現させた時点で候補を絞るくらいはして見せるべきだったのだが、スキルを使わせてもらった」

 アルターエゴは続ける。瞳の色は戻り、鎖は新たに出現して柔らかく折り重なりながら建造物のようなものを形作り始める。

 

「日本史実において、英雄中の英雄と名高く、武の化身として崇拝の大いなる対象された大英雄『坂上田村麻呂』。桓武朝を始めとした歴代天皇に使えた武人。軍事と造作を支えることでその忠臣ぶりが広く知られ、征夷大将軍という称号を得て東北地方を駆け抜けたことは言うにも及ばない。また、賊や鬼の討伐にも奇才を見せ、坂上田村麻呂伝説では魏石鬼八面大王、悪路王、鈴鹿御前、大獄丸、阿久良王といった名だたる鬼の首魁たちを次々と討伐し人々を救った仏の化身。また田村麻呂が同時に建立した伝えられる六ヶ寺には箟獄観音、牧山観音、大武観音、小迫観音、長谷観音、鱒淵観音のいづれにも成敗された賊や鬼神が埋められている。やがては日本全国においてお前を祀る寺院が建立され、お前を由縁とされる寺院は百を超えると言われている。……天皇に讃えられ、民草に崇拝され、やがては毘沙門天と同一視されるようになった紛れもない武神信仰の対象。その生涯の中で英雄譚を生み出し、死後になお崇拝し続けられた存在であるお前は紛れもなくサーヴァントとしてこの仏の世界を顕現させる権利があるのだろうな」

 

 椿ヶ丘は生唾を飲み込んだ。泥のような汗が頬を撫でる。

「だからといってやって良いことと悪いことがあるだろ。仏さんがここまで末恐ろしく見えることも無いもんだ」

 燦然と輝く叢雲の合間より発生した尋常でない数の焔。それらが稲妻となって宙を舞い踊り、次第に田村麻呂の頭上の叢雲に座している毘沙門天の右手に集合していった。千手観音、仁王、名だたる有名どころの御仏の類がその毘沙門天の付近に集まり来て、やがて各々がその体の少し前に輝く焔を出現させた。一つ一つが太陽のようなそれ。どこまでも燦然と世界を照らすように煌ているというのに、柚子葉色の世界はずっしりとその重たい影を晴らそうとはしなかった。

 

 宝具 -

 

『 死してなお、我が伽藍堂は広がりけり 』

 

 御仏の類が一斉に『攻撃』を行った。光線、霹、灼熱の吹雪。エネルギーというエネルギーを八方から畳み掛け、圧し潰し、消し飛ばす。特に田村麻呂の頭上に集合した御仏たちの超エネルギーの同時発射はその世界を揺るがすに値した。それらを正面とする曼荼羅世界は裂け、光が連なって、連なりすぎて絶えた。

 それらのエネルギーは十中八九信仰心だろう。

 英霊という存在が信仰心を糧として力を得る側面が存在する以上、混在する宗教観の中でも日本人の心をいくらでも左右する仏教という巨大すぎる存在の信仰心そのものを宝具とする田村麻呂の力は間違いなく絶大だった。例えば人々が多く参拝する新年の初詣などを例にとっても、国内でほぼ同時期に何千万という信仰心が各地に集う。仏事や仏教建築を目当てに訪日する観光客なども年々膨れ上がり、世界規模で日本に向ける信仰心も増大してきている。それらを固有結界という世界に顕現させ、それらを攻撃力として使役することが出来るなど、怪物と言っても収まりが付かないことなのだ。

 

 宝具 -

 

『 素晴らしき恩寵  』

 

 固有結界の全てを焼き払い、破壊するエネルギーの波状攻撃の嵐の中、鈍く仄かに点滅する固有結界が新たに発言した。意味不明な火力すら無に還元させるような奇妙な壁がアルターエゴを始めとして茨木童子や琴海、椿ヶ丘を包み込んでその無為無差別の破壊の絶景を凌ぎきった。

 驚くべきことに田村麻呂の宝具である超絶的な火力攻撃は数分間続いた。信仰心をガソリンとするのは無論の事ではあるが、とはいえ、これほど持続的に高エネルギーをこの世界で発生させるには間違いなく田村麻呂本人の底のしれない魔力量が由縁している。これには先ほどまで椿ヶ丘の様子で脱帽していた琴海も開いた口が塞がらなかった。

 世界を包み込むような無限にも思える破壊光線がやがて点滅、明滅へと変わり、次第に収まっていくにつれてやがてまた柚子葉色に沈んだ世界が姿を現した。あれほどの宝具を使用した後にも関わらず、田村麻呂に変わりはなく、また御仏の類らにも異変はなかった。

 

 宝具 -

 

『 死してなお、我が伽藍堂は広がりけり 』

 

「「「‼‼‼‼???」」」

 

 理解が及ぶ間もなく再び焔の合唱が始まった。

 減七の和音。

 吹き荒ぶエネルギーの奔流。

 無機質な稲妻が競りあうように彼らに襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

素晴らしき恩寵(アメイジング・グレイス)

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