Fate / Amazing Grace   作:牡丹座

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# scene1-4

 その時、彼はひたすらその光景を傍観することしかできなかった。

 自分が赦し、自分が解き放った力。たった一つの命令を遂行するためだけに生じた万物を赦さぬ世界。

 そこに引きずられた時、卵は見つけたのだ。遠く。ずぅっと遠くで草臥れたように作りかけの乾漆像に凭れている田村麻呂の姿を。鬼とも獣とも人とも分からない何かの骨が積み重なった躯の山に背を向けたサーヴァントになる前の彼の姿を。

 

 闇は次第に濃くなっていくようだった。彼を召喚した時以上の悪寒に噎び泣きそうになった。

 あまりの絶景。気が遠くなるほどの破壊の絶唱。濫觴を前にしたような高揚。

 それが自分自身の感覚なのかどうか、わからなかった。

 懐かしい記憶のような、どこか遠くの未来を見ているかのような。他人事ではないような、自分のことであるような。でも、どこか釈然としない感覚。

 

 

★ 

 

「宝具連続使用はこの期に及んで驚きはしないが……対軍ないし対国宝具ほどの力を間髪置かずに撃ち放つとはな…」

 アルターエゴは宝具展開によってあの火力攻撃を防ぐまでに食らってしまったエネルギーの創傷を手ずから治癒した。茨木童子も同様に自身の体に受けたダメージを修復し、椿ヶ丘も黙って意識を集中させて回復に努めている。針路をうまく活用できるだけに修復は早いが、それでも少し掠っただけでも大火傷の大破壊だった。

 

 妙な静けさの合間にセイバー・田村麻呂は立ち尽くし、直刀を見つめていた。

 柚子葉色の背景に溶け込むように、卵が出現させた蟲たちが舞い始める。

 

「真名が割れたな、アルターエゴ・ジョン・ニュートン」

「ふっ…本当はもう一つの宝具の方で何とかなると思っていたが、これは予測の域を越えられたな。迂闊だった。俺がこれ以上『こんなところ』で戦い続ける道理もないだろうさ」

 アルターエゴを包み込む白色のベールが蕩けるように消滅していった。アルターエゴの宝具により生じた壁が田村麻呂の超絶火力の宝具を凌ぎきったことも驚異的な力と言えるだろう。田村麻呂の宝具連続使用に対し、壁による相殺効果の持続時間が長かったことで二発目まで完全に防ぎきってみせたのだ。壁は一見したのみでは一枚のさほど厚くもないものだったが、壁を起点として複数の防御膜が出現し、何層ものカーテンを並べたようなものだった。

 アルターエゴは感服しつつもまだまだ余裕がありそうな柔らかい表情を浮かべながら、地面にその掌を触れさせた。すると、一度大きな振動が起こり、それからそう長く経たないうちに柚子葉色の世界に黒いインクを投げかけたように空間に歪みが生じはじめた。みるみるうちに曼荼羅の世界が搔き乱され、耳に残るような不協和音の中で不気味に浮かぶ太陽も叢雲も御仏の類も有象無象の象形文字のようなものとなり、融解するように霧に変化してしまった。

 魔力的強化状態にある者の強化解除の力は数多くあれど、こうも容易く固有結界ほどの大魔術が消化されてしまったことに田村麻呂も目を丸くした。おそらく彼は三度目の宝具が例の壁に阻まれるかどうかを見極めるために膠着状態を取ろうとしていたのだろうが、よもや自身の曼荼羅世界が現実世界に転換されるとは予想しなかったようだ。

 

「……心象世界を強制還元だと?俺も貴様を見縊っていたようだな」

「まぁ、条件次第ならこんなことも出来るというのがサーヴァントの特権というものだ。なかなかに刺激的な戦いだった。まさか死後にここまで胸躍ることがあるとはな。是非ともお前はこの手で討ち破りたいものだよ」

 アルターエゴは指を鳴らす。彼の体の周りに十字架のような模様が複数発生し、イングランド教会で聞けるような鐘の音が響いてきた。

「マスター、指示を」

「この場で討てるなら、そうしな。他の人たちはもう攻撃しなくていい」

 田村麻呂は二秒ほど静観していた。三秒目にはアルターエゴの体が瞬間移動染みた消滅をしたために、この場での決着を諦めたのだろうが、それでもまだ敵と呼べる存在が残っている。田村麻呂や卵、アルターエゴには固有結界の消滅から元の教会堂に戻るまでに別段差し障りはなかったが、強制的に複数の世界を引き摺られた琴海や椿ヶ丘たちはしばらく昏倒していた。それでもアルターエゴの姿が消滅した頃にはまず椿ヶ丘が起き上がり、次いでバーサーカー、琴海の順に目を覚まし出す。

 卵としては、この場で全員を殺害してしまうことが最も快いことに思えてはいた。いきなり押し付けられた大役を買って出る果敢さなど見いだせないし、せめてこの不満を椿ヶ丘に向けて発散することが精神的に良いと感じた。だが、それをしてしまうとその後が何かと問題になってくるのはこの教会堂の一見で知れてしまった。やはり今回の聖杯戦争は少なくとも世界規模で意味合いの強い魔術戦争であることはアルターエゴのグランドマスターである高位存在の存在によって確定してしまった。不平不満のままにマスターである椿ヶ丘を殺してしまえば、高位存在から不服を買って強制的に因果消滅を受ける可能性もあるだろうし、事の次第によっては世界中を敵に回す可能性すらあるのだ。少なくとも琴海に言うように棄権を名乗り出てもそう簡単に認められはしないのだろう、高位存在に選抜されたマスターであり、この猶予のない枠を手ずから潰してしまうなら時計塔やアトラス院からの叱責や報復など考えただけでも耐えられるものではない。

 とはいえ、このまま惰性的にマスターとして国連本部に出向くにしても課題は多い。第一にこの聖杯戦争そのものが秘匿案件であるがために日本国家からのバックアップは期待できないうえ、庇護と監視の行き届いた国内から出ればそれだけで聖堂教会の人間などから目をつけられて殺害される可能性もある。そのうえ秘匿の重要性次第では国家にも聖杯戦争参加を告げることが出来ないため、このまま黙って国内を出ればそれだけで国家は歴史の黒い部分で良いように飼い使っていた魔術師を海外に逃がすのと同じこと、つまりは日本政府から秘密秘匿のために追いかけられて直接駆除される可能性すら十分に有り得るのだ。

 状況的に言えばナクサトロズがこの大役の椅子に座れと言われた時点で『積み』なのだ。

 うまく政府や魔術師たちからの攻撃を忌避して聖杯戦争に突入したとして、待ち受けるのは歴史にその名をとどろかせた英霊たち。運よく勝ち越せたとしても聖杯戦争後でも無防備な状態におかれることは目に見えている。もはやこれを積みと言わずしてどう表現できるのだろうか。

 

「琴海さん。アメリカ行きの便は国内線ですか?」

「んあ?…あぁ…いいや、個人用、というか魔術師専用の機体を使う。途中で中国を経由してもう一人のマスターをピックアップしていく予定だよ。明日の深夜には聖杯戦争参加者と関係者の本部が構えてあるニューヨークの『overture』というホテルに到着し、状況を見次第で国連本部へ向けての策略が固められる手筈になってる」

「国連本部というと、タートル・ベイですよね。そこが特異点として形成され、本来の座標とは逸脱した空間へと塗り替えられているわけでしょう?…ならば流石に事態の秘匿性も何もないはず。国際的に重みのある地点が異世界に呑まれましたなんて報道がされるとも思えない」

 琴海は非常に神妙な面持ちだった。

「そこはほれ、米国様の隠蔽と秘匿能力が評価される所さ。無論、かなり上層階級にある国家視点では筒抜けだろうけど、そこまで行くと宗教的観点からの圧力で報道はなくなるさ。高位存在が絡むというのはそういうことさ。フリーメイソンやイルミナティ、場合によってはさらに深層社会に位置する啓蒙結社が各国に圧力をかけまくっている。だから現状、事件発生は墨で塗られたように闇に葬られているのさ」

 琴海は続ける。

「しかし、それが徹底しすぎているせいで、ある種そういったネタを食い荒らすのが専門職のメディアではちらほらと目を輝かせる連中が続出している。あまりに事態を抹消しようとする動きが強いために、それ自体に反応する者たちがこぞって特異点に近づこうとしているんだ。…報道規制という名で既に公職と市民の間で戦闘すら起こってる。何しろ特異点に変化したタートル・ベイ周辺には空間規模の歪みからなる妙な黒霧や烈風が生じているからね。それらも丸ごと隠しこもうと大量の資金が投入されて隠蔽工作が強いられているわけだ。その過程で周辺住民との大なり小なりの衝突が生じるのも頷ける」

「そうですか……」

 そこで髪を掻きながら椿ヶ丘が歩みよってくる。顔色が随分と悪くなっており、精神的な消耗が伺えた。

「んで、そんな緊急事態だってのにどこかのマスターは死にたくないから参加しません、とかほざいてるわけだ。気は変わったか?そうでなくとも一発は殴らせてもらうわけだが」

 もはや彼からは先程のような猛々しい魔力は感じられない。それでも、戦闘を行うにおいて最小限の実力は発揮できるように力を針路のどこかにうまく隠しているような気配も感じた。針路を巧く運用する魔術師は殆どナクサトロズに限定され、そのの特徴や運用方法もなんとなく卵には理解できた。というのも、卵の操る蟲や蟲を使った呪いもその行使に多少の針路でも魔力調節が必要となるのだ。

 そう考えると、針路とは非常に便利な魔力調節装置に思われる。魔力の放出の際のエンジン、魔力を貯蔵するためのタンク、魔力の体内循環を助けるポンプ、魔術回路のさらに奥の方の魔力の動き方を自己的に改造できる変形性の高さ。さらに体内の一部機関でうまく歯車のように魔力循環を咬み合わせれば、ゼロから魔力を大量に生み出すことも可能となる。人体における心臓や肺や肝臓をうまく掛け合わせたような利用恩恵の塊のような存在とも言えるだろう。

 そこでふと思い出すことがある。セイバー・田村麻呂の尋常でない魔力の自己精製力と貯蔵力。先程の戦闘にしても、事実、サーヴァントとしてあり得ないくらいに卵からの魔力供給を行っていなかった。あれほどの宝具を連発するなど、魔力供給源である卵を殺すような行いといっても過言ではない。となれば、田村麻呂は自身の中に卵や椿ヶ丘を超越した針路を持ち、それを非常に巧みに使いこなしているのかもしれない。

 

「…………椿」

「あぁ?」

 卵は足を引いて膝を床に付ける。もう片方の膝も床に触れ、両手を床に添えて顔を埋めた。

「申し訳なかった。……僕が愚かで軽薄だった。この戦い。世界の為にこの身を捧げることを誓おう」

「土下座ねぇ」

「反省してるよ。気が済まないのなら殴ってくれても構わない。これからは同じ国のマスターとして、ナクサトロズとして共闘したいと思ってる」

「そうかい」

 そこで椿ヶ丘は警棒を取り出した。力半分も出していないようだが、それでもかなりの魔力をその警棒に注いでいるように感じられた。怒りという怒りはそこまで感じられない。だが、もし気が済まないついでにそれを叩きつけられれば致命傷になりうる。卵は蟲の大群に変化しようかどうか迷った。

「赤須卵。あんたの発言の真偽はどうでもいいが、それは行動で見定めさせてもらう。別に俺はあんたを裁く立場にあるわけでもそういう役を買って出るわけでもない。第一、いちいちあんたをイライラしながら見るのもつかれるからな。だからそっちの言い分通り、俺は協力関係に賛成だし、ナクサトロズとして境遇を共有している部分もある。相棒になるつもりはない、友達になるつもりもない、だが、マスターとしてこの戦いを一団結して乗り切ろうじゃないか」

「そう言ってくれると、助かるよ」

「だが、お前さんのサーヴァントは少し様子がおかしいようだ。まぁ別にとっかえひっかえできるものでもないだろうからどうしろとは言わない。だが、マスターだけが知り得るようなことで、こいつの力の大切な所を秘匿しようとするならばそれはこの世界の重要事態において大切な部分を言わないのと同じだ。何か気が付いたり、知れたりしたら隠すんじゃない」

 まるで体中に爆弾を巻きつけた者を見るような視線を椿ヶ丘は田村麻呂に向けていた。それに対し、田村麻呂は無言で応える。次いで、顕現させていた鎧を解除して元の直垂姿に戻った。

「ああ、そうするよ」

「あと、針路を扱うプロとして個人的にセイバーに聞きたいんだが、お前が宝具を使用する時に周囲に漂っていた魔力の質が正直なところ俺の魔力編纂の時によく似ている。お前は……英雄坂上田村麻呂は生前今でいうナクサトロズの立場にいたのか?」

 椿ヶ丘は警棒に赤く光として溜めていた魔力を軽く炸裂させて魔力を消滅させた。ちらつく赤い閃光を遠くを眺めるような瞳で追いながら、田村麻呂は布に隠された口元から蝉のような擦り切れた声を出す。

 

「貴様を見ていると俺の若い頃を思い出す。……針路か。確かにそれを扱うことで俺は多少なり魔力を自由に使う。それだけではないがな。いつか貴様にも理解できる日が来るだろう。だが、その時は力を使うかどうかを悩め。簡単に自らの人生を決定させるな、答えなんて本来いくらでも用意できるのが人間の特権だからな。もし、軽はずみで目覚めた力の使い道を決めようものなら、必ず後悔するだろう」

「なんだ。随分と饒舌じゃないか。さっきは諸共殺される所だったが、味方となればこんなに心強いサーヴァントもいないだろうな」

「そうさな。鬼斬りでなくばさぞ大成した人の子であっただろう」

 その声は茨木童子だった。大骨刀を携え、腹立たしそうにそっぽを向いている。

「音に聞こえし大鬼斬り。吾は好かん。京に晩年とどまってその力を奮っていようものなら京すべての鬼が屠られていたとも伝えられている。よくも人の子の人生の中でここまで悪名を馳せたものだ、おまけに仏の現身とは身震いする」

「俺の後に生まれたと『される』鬼か。まぁ、田村麻呂の生涯というのはきっと『そういうもの』だったのだろう」

「まるで他人事だな。やはり吾は汝れを好かん」

 

 

「対策本部と連絡が付いた。少し前からovertureの方で少し問題が起こってたみたいで混乱してたみたいだけど、おおそよ問題なく出発できる。私たちはこれから欧奈北区の中央埠頭に向かう。そこで対策本部が用意したヘリに分乗して一機が中国経由でニューヨークまで飛ぶそうだよ」

 茨木童子と田村麻呂は霊体化し、椿ヶ丘と卵は頷いた。

「そういえば、今になって気になったんですが、琴海さんのサーヴァントは何者なんですか?」

「確かに、曼荼羅に引きずり込まれた時もだんまりだったな。ずっと霊体化していたってことか」

「うーん。まぁ、そう遠くないうちには紹介する時が来ると思う。けどまだ何が起こるかわからないからね。少しの間は隠させてくれにないかい?」

 二人とも、まぁ構わないといった風に肩をすくませた。

 

 埠頭に向こうと教会堂を出れば、やはりまだまだ深夜の闇に染まった山だった。

 曼荼羅の世界という別格の非日常を体験した後では、人々が忌み嫌うような不穏な闇の世界すら可愛く思えた。どうにも静まり返った森のはるか遠くでは地方都市の灯が垣間見え、夜空に浮かぶ無数の星々と相まってなんだか幻想的に感じられた。

 

「………」

「どうかした?卵ちゃん」

「いえ、そういえば、この教会堂に入る時、妙な光が教会堂から燦燦としていたなぁ、と」

「光?」

 琴海が繰り返す。

「俺が来た時にはそんなものなかったぞ。第一、深夜にひっそり来いと言われて指定場所が光ってるようならとんだ酔狂な話だ」

「こちらから手を加えて光を出した覚えはないよ。妙な光というのなら十中八九魔術によるものだろうけど…」

「なら、あのアルターエゴの何かの能力の一つだったのかもしれませんね。すみません、光を見たことで何か防げることの一つでもあったかもれないのに…」

「ま、過ぎたことを考えてもしょうがないさ」

 

 そして三人の人間と三騎の英霊は日本を経って行った。

 

 

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