Fate / Amazing Grace   作:牡丹座

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# scene2-2

 オジョウ・スツリカは決して鋒鋩な気質ではなかったが、宵に差し掛かるその暮れの時分に理由もわからずにつれ回されるのは少し気に食わなかった。ついでに彼女の雇い主であるヒカル・ジョージ・ステンラルの様子も普段とは趣が違うことにもペースを乱されるようだった。

 彼女が気が立つのも無理はないのかもしれない。日々、ジョージと行動を共にしている彼女にしても、普段であればジョージは割合紳士的な気質でオジョウに余暇を気軽に与え、彼女が気が乗らない場合は同行を強要するようなことはなかった。まして、人込みを厭うオジョウに対して北京西駅という人々の往来の中に連れ込まれることなど、今までではあまり考えられなかった。

 

 オジョウ・スツリカがジョージに雇われたのは半年ほど前のこと。

 家庭の事情につき、半浮浪者のような存在となった彼女はアメリカの名も知られていないような土地で盗みを働く夜盗になり、やがてあまりよろしくない者たちと関わりを持つようになり、次第に裏組織の一員として社会に関わっていくようになった。主に使い捨ての面倒遂行係のような存在で、どうにも多国籍マフィアとやらの系統に属する組織の端くれで自らの席を確保していた。

 危険が伴い、罪が伴い、魂を摩耗させる日々が続いていた。それでも、端で自分と同年代の少女たちが『商品』として売られていく姿を見ていては、体が売られていないだけましだと考え、狭い心の檻に自らを仕舞いこんで静かに埋まることが出来ていたのだ。

 いつしか、人を傷つけるような仕事と役割を任されたことがある。失敗はあり得ず、成功して褒められるわけではない。ただ漠然と提示されたミッションを掻い潜るたびに次、その次にと別の依頼と役割が与えられてしまった。そのうちに自分に与えられたミッションに報酬が付くようになり、道具としての人生が少しだけ変わった。生存条件としてのミッションが、己の腕を見込んで任された職務へと変わっていった。

 自分の座る椅子が次第に大きくなっていくようだった。

 独房にも似た雑部屋で食う寝るだけを行っていた時期とは違い、やはり末端組織ではあるにしろ、幹部のような者たちを横目に流しながら肩を並べて食事を行う機会も珍しくはなくなった。

 

 気が付く頃には齢が三十に近づこうとしていた。それに比較して白髪は実に多く、目つきも一般人と遜色がないとは言えないような澱みを抱えていた。色褪せない生傷が隠されずに服の合間の至るところから垣間見える。また、口の左端には妙な具合に縫合跡がついているものだから群衆の中とはいえ、やたらと目につくことも多い。

 もともと頭のキレが良いということで便利に使われたオジョウだったから、最低限の教養を身に着けるのにはさほど問題はなかった。語学に長けているとは決して言えないが、仕事の都合上で何かと中国人やスペイン人と関わることが多かったがためにいくつかの言語で基本的会話くらいは可能なくらいに言葉を紡げるようにはなっていた。代わりに計算問題がこれっぽっちも出来なかったが、マフィアの中で金の流れと身近な所にいたために金勘定と価値判断は達者だった。

 

 そんな時、ジョージが彼女を組織から引き抜いたのだ。多額の資金提供。武器・薬物の提供。マフィアの組織的体力を底上げするに値するだけの資金資材を以てして謎の男が突如として彼女を個別契約を結んだ。それ自体も彼女にとっては衝撃的で、まさか自分個人を完全に所有しようと資金を投じるような者が現れるとは思ってもいなかった。

 それからはしばらくジョージは無言で彼女と共に過ごしていた。幾つかの鉱山を渡り歩き、地質調査の真似事のような、ただの散歩であるかのような、そんな時間を過ごしたのだ。

 言葉の通じない数各国を渡り歩き、それでも無言で肩を並べて歩く期間が二ヶ月あった。そして日本という国のある港町の埠頭で急に口を効くようになったのだ。

 

 ジョージは二ヶ月間一緒にいても謎の男だった。

 裏社会の大物なのか、探偵や小説家なのか、スパイ的な何かなのか、何でも屋の類か暗殺者の一種か。見当もつかないくらいに放浪していたのだ。

 埠頭で潮風に吹かれている時、彼はオジョウにこれまで彼女が身を置いていた多国籍マフィア系統の傘下組織『emerald』が壊滅したと告げた。その時、どんな気持ちになったか。今となっては彼女は忘れてしまったが、少し驚いたような気がする。

 壊滅したとは比喩表現ではなく、事実に即して構成員の全員が皆殺しにされて立ち行かなくなったという状態を指していた。そして、殺させたのは自分で、同じようにマフィア系統の組織の幾つかも同じように壊滅させると続けて語った。

 なぜ、そのようなことをするのか。したいのか。オジョウは尋ねなかった。興味がなかったのかもしれないし、突然の会話だったから物怖じる気持ちが勝ったのかもしれなかった。

 

 イタリア調の紳士的な装いで風に吹かれていた彼はそれからは実に饒舌な調子で、これまでの沈黙を忘れてしまうほどに良く言葉を交わそうとした。しばらくは日本という言葉の通じない国の中で過ごし、ジョージは何らかの調査を行っていた。やはりジョージがどういった人間で何を目的として生きているのかは謎に包まれてはいたが、それでものんびりと彼の横を歩いて特別でもない内容の会話を重ねながら旅をする日々は堪らなく愛おしいものだった。

 

 ジョージは平生から温和で物腰が柔らかく、それでも罪を決して恐れない大胆な男だった。立ち入り禁止区画や機密地帯にも平気で歩み入るし、荒れた連中に絡まれたとしても表情一つ変えずに撃退したりする。時には怪物や魔物の類とも思われるような異形の獣を前にして煙草を蒸かしていたこともあったし、理由も告げずに人を殺していたことも珍しくはなかった。

 ただひとつオジョウが信頼を持っていたのはジョージが様々な物事に対して親愛を向ける人間だったからだ。ジョージはオジョウを軽んじて扱ったことはほとんどないし、何か暴力的な動きの対象としてオジョウを選んだこともない。三食はどこからか湧き出てくるような資金で保証してくれ、寝床は各地のホテルを転々としていたが、それでも金に糸目を付けずに良い待遇を進んで選ばせてくれた。

 

 普段のオジョウの役割はそういった食事と寝床を見繕うことだった。基本的に一日中外を往来している彼女らは外食しかせず、移動範囲も広いために宿所も目的地に沿って変えなくてはいけない。そんな中でオジョウがいくらかの見当の末に決定していくのだ。とはいえ、現代社会において、幾つか融通の利く携帯端末を常備していれば簡単にそれらのサーチが可能であるし、よほどの田舎や秘境でなければ食事と宿に困ることは少なかった。

 

 

ーーーーー 北京西駅

 

「オジョウ、クジラの声はどのくらいの距離にまで聞こえると思う?」

 電車を降り、凄まじい数の人並に揉まれる中、唐突にジョージはそんな質問をした。

「ごめん、聞こえない」

 雑踏のただなかでは会話などまともに聞こえぬほどの騒々しさに呑まれていた。そこで何やらふっと零れるような笑みを浮かべた彼はオジョウの手を強めに引いてその雑踏の合間を縫って進んでいった。目的地は改札でなく、駅舎の屋根の上らしく、駅の発着によって人々の往来が絶えない中で立ち入り禁止の意味合いがありそうなマークが印された扉をあけ放ち、民間人のいる表舞台から姿を消した。

 まるで所見の建物でないかのようにするりするりと進み、オジョウもまたジョージの歩みに追随した。もう慣れたものだが、ジョージが何か目標を的確に定めて行動する時の移動速度は普段のそれとは比較にならないほどに素早くなる。彼が目指していると思われる駅舎の頂点に何があるのかは知れたことではないが、それでも平生とはやはり様子が少し異なった彼の姿は口を挟むのは少し憚られた。

 

最短ルートを的確についたような効率の良さで駅舎の上層部の外側に出たジョージは周囲を俯瞰して煙草に火をつける。何か深く考え入る時はよく煙草に手を出すのだが、オジョウはこれをあまり好かなかった。組織にいたころ、多くの者らが嗜んでいたそれはどうにも昔の記憶を妙な具合に煽ってくるので気が落ち着かないのだ。

 

「で、さっきは何て?」

「…………」

 オジョウは細々と視線を街角に向けている彼に尋ねる。彼は久しくちらつく無精ひげの生えた顎元をさすっており、問が投げかけられて少ししてから視点を上にあげた。

「そうそう、クジラの声」

「クジラ?」

「クジラの声はどのくらいの距離まで届くかわかる?」

「クジラねぇ…」

 あまり知識めいたことを聞かれても困るのだが、何か意図があるのだろうと思い、考えを巡らした。どこかで小耳に挟んだことがあるとすれば、サメは百万倍に薄めた一滴の血をかぎつけるとかそのくらいだ。クジラだって名前と姿かたちを知っている程度で生態に関しては興味すら持ったことがない。

「一キロメートルくらい?」

 オジョウは頭の中で青い海の中でずっしりと重い唸り声をあげているクジラを想像してみた。

「ところがどっこい。五百キロメートルも届くんだぜ」

「五百キロ?そんなに?」

「海にゃSOFER層って水深八百から千二百メートルにある太陽光の届かない一定の温度に保たれる場所が存在する。そこでは光ファイバーのように異なる層に挟まれた空間の中で声は光のように反射してより遠くまで運ばれるわけよ」

「………」

 それがなんだ、という表情を彼女が浮かべているということに気が付いたジョージは鼻を啜って滅紫を吐いた。

「ここ最近、ネタが入った。俺が長く探してきたバケモノが目の届きそうなとろこまで来てるっていうんでちょいと急いでここまで来たってわけよ」

「ふうん。で、ここからなら見えるの?…そのバケモノ」

「うんにゃ。俺ぁ今ほどまでこの街のSOFER層を探してた」

「ん?」

「言ってみりゃ世界にはいくつもの『層』ってのがある。地位、文化、精神、概念、宗教、力。数え出せばキリがないくらいのいろんな層があるわけだが、世の中には魔術やら魔力やらって視点もあって、そこでもやっぱり層がある。層っていうからには一つの大きなまとまりじゃなく、大小さまざまなまとまりが折り重なって層を成している。中でも、魔術世界におけるSOFER層には魑魅魍魎が巣くうのさ。光が届かないだけじゃなく、そこにいなきゃ反射して聞こえてこないような声も遠くから聞こえてきたりする」

 その言葉で何を伝えようとしたいのか、オジョウにはなんとなく理解できた。しかし、いきなり魔術がどうだ魔力がこうだという話をされてもその言葉をうまく消化することが難しかった。

 彼女は傾いた陽を眺めながら街を同じように俯瞰してみた。しかし、いまいちわからない。

 

『クチャルフィアクチャルフィア ロン イチシェアイチシェア アロング モア モア 』

 ジョージのイタリアン調のスーツが揺らぐ。上向きの風が妙にも彼の周辺だけに発生し、ゆったりと気流を生み出すように揺らめているようだった。やがてその上向きの風に光の粒がまちまちと交わり、美麗なイルミネーションのような具合に煌いた。

『 我 その法を辿るものなり 我 その外法を敷くものなり 我 その光を纏い 宝玉たる扉に瞳を据える 』

「ジョージ?」

 舞い上がった光の粒がふわりふわりと漂い、やがて強まってきた本当の風の方に乗って街に流れていった。それはどこか幻想的でもあり、儚さを感ぜられたような気もした光景だった。

 

「それが魔術なの?」

「俺は魔術師を名乗るには力不足だよ。今はやったのは布石さ。この街でそのバケモノが大立ち回りするようなら、犬が蜘蛛の巣に引っかかるようなもんで蜘蛛である俺にはそれがわかっても体毛ふさふさのワンちゃんにはそれがなかなか気づけない。要は目印を勝手に拾い集めてもらう魔術を仕掛けたわけよ。これで一応SOFER層での出来事を感知できる程度にはなったかな」

「ふうん。でも、私にはわかんないからなぁ。……ていうか、そのバケモノに会ってどうするの?殺すとか?」

「うんにゃ。俺に殺せるなら他の有象無象の魔術師崩れでも殺せるだろうよ。アレに恨みを持ってる連中何ていくらでもいるわけだからな。でも、殆どの奴は誰も勝てないことをわかってる。だから見て見ぬふりをしてた。けど、ある意味魔術師の舞台であるSOFER層にあいつが身を置くようになって、終いには大概の魔術師はアレを恐れて縮こまっているようになった。でも俺はちょっとばかりアレに恨みがあって、出来れば目に物見せてやりたいとも思ってる。今日は久しぶりに姿が見えそうなんだ」

「それがジョージの生きる理由なの?」

 ジョージは身を翻し、元来たルートを辿って駅舎の中を引き返していった。

 引き返す足取りは先程よりさらに早々としていて、今日はいつもと違って肩を並べて歩くことがなかった。その背中はどこかいつもよりも遠く感じ、哀愁が漂っているようにも見えた。

 

「生きる理由なんて人間に本来必要ないことなんだぜ」

「ジョージ……?」

「人が生きているのは惰性と曖昧な死生観があるからだ。中でも死にたくないから生きる、とか死ぬのが怖そうだから生きるというのが本当のところ。人が厭世して死んだ方がマシだと考えるのは生涯で平均して十回あるって言われてるが、それでも人間は病気で死ぬことが殆どだし、殺されることも自分から死を選ぶことも全体を通してみればごく少数にとどまっている。……宗教、文化、歴史の中で培われた死後の世界に対する期待や恐怖ってのも心理的には効果抜群だが、結局死の際まで信条に沿った生き方してる連中も少ないんだ」

「…………」

「人間は生き方を真に選べない。だが選べたとしても実際は生き方を全うしきることは出来ない。だからこそ、俺は生きがいなんて本当は持ちたくないし、持たない方が良いと思う。しかし、俺はアイツだけはどうしても殺したいし、それが叶った日にはそのまま死のうが朽ちようが構わないとすら思ってる」

「私、付いてくよ。別にジョージがどんな人だって気にしない」

「俺は外法の復讐者さ。職という職はないが、それなりに評価されてるからスポンサーは確保されてる。あとはアイツの餌になりそうなマフィアなんかを潰して結果社会貢献してるもんだから妙な具合に感謝されたりもする」

「後で、ちゃんとゆっくり聞かせてね」

 

 人の往来の多いホームの付近にまでやってきた二人は駅を離れ、バスに乗った。無賃乗車も厭わないという気質ではあるのだが、それでも彼らは決められた額を支払い、足早に次の目的地まで急いだ。今度に向かおうとしている場所は廃工場群だと言われた。

 何しろ先回りが必要だとかなり焦っているようで、いつもは決して走る以上のことはしない彼だったが、今日に限っては大胆に走行中のバイクを強奪して走破した。奪ったバイクの持ち主には一千万円相当の札束を懐に押し沈めておいたために構わないとジョージは言い、交通法を無視した法外な速度での運転をしてみせた。

 ネオン街とまではいかなくとも、そろそろ日暮れに差し掛かろうとしているだけに街々の明かりは灯り始めている。そんな光の背景が揺らぐほどに速度を高め続けるバイクはやがて跳ね橋を飛び越え、丘陵地帯に差し掛かろうとしているあたりにある木々に見え隠れしている廃工場群に飛び込もうとしていた。

 廃工場群は少なくともまともな人間が出入りするような場所とは思えなかった。何重にも巡らされた有刺鉄線付きの柵に加え、法律上での立ち入りが禁止されていることを指し示すことが掛れた看板が等間隔で取り付けられている。

 なんでまた、こんなところに血相を変えて飛び込むことになったのかを尋ねようとオジョウは疑問を浮かべて口に出そうとしたが、それよりもさきにジョージはさらにバイクを走らせて工場群の中を走破した。その際に周囲を入念に確認しながら進み、ある建物に目星をつけてからはそこに向けて突撃するように疾走した。

 

「ロイ、ロイ・スぺラはいるか!?」

 ジョージが怒鳴る声など、実に久しいものだった。

 見れば廃工場の至る所には人の顔が浮かぶように点在しており、立ち入り禁止区画であってもかなりの人数の人間が身を置いているようだった。誰もが警戒しながらジョージやオジョウを見ており、急な来訪者の発生に狼狽しているようだった。

 今の様子から察するに、ジョージの知り合いか友達かがこの廃工場群にいるように見える。

「ヒカルじゃないか。なんだってんだ騒々しい。お前さんも婆肝糺の噂が入って中国まで来たんだろうがよ」

 婆肝糺という単語が出たからには、ジョージの言っていたごく少数の婆肝糺に対して交戦的な意識を持った者たちなのだろうという想像はついた。だが、ジョージがなぜここまで焦っているのかが解せなかった。

「何をとち狂えばこんなところに陣を構えるというんだ!今すぐここにいる祓魔師全員連れて離れろッ」

「おいおい、何言ってやがんだ。俺らは三週間かけてここに結界を張ってたんだぜ?婆肝糺の影姿も何度か確認されてる。俺はお前が中国に来るってのも聞いてたからせっかくならお前らがやり合って消耗した婆肝糺をここまで逃がしてもらってから集中砲火で消し飛ばしてやろうって算段だったんだぜ」

「どういう冗談でそんな気の違ったことを口にするのか知りたいもんだ。婆肝糺をそこらの魔物と同じ括りでいるようなら間違いなく命はないぞ。神代から身を映す大妖怪だぜ。吐息で土地を融かし、命を涸らす。眼光は雷より鋭く、巻き散らす瘴気は山を谷に換えてしまう。人を欺き、人を弄び、心を食らい心臓で渇きを潤わせる。……奴にとってこの魔法陣が意味を持つと考えるのは台風に落とし穴を用意しておくのと大差がねぇ」

 それを聞き、ロイは眉を寄せて肩を竦めた。

「ああ、ああ。俺だってこの目で婆肝糺の姿を何度も見てきたぜぇ、それに何度も追い詰めた。奴の動き方や身のこなしなんてもう見切れるレベルだ。だったらチャンスがあったら仕掛けるべきなんじゃねぇかと思ってな」

「まずそれが間違いだ。お前が追ってるのは……ッ!!!?」

 

 周囲の空気が張り詰める。魔力が瞬間的に変換され、仕掛けられた術式がより強固な結界となって周囲の敵対存在の捕捉をしようと廃工場群を駆け巡る。祓魔師の結界は流派によってかなり癖があるが、中でもこれはかなり高位に位置する術式のようだった。しかし、それが無駄であろうということをジョージは知っていた。

 

「ほら、来たぜ」

 

 獣や怪物と思わせるような体毛と棘に包まれた胴体。脚は靴を履かずに代わりに竜種のそれが延びている。顔は年若い女のそれで、体中からあふれ出ている瘴気と翳りによって周辺の空間が歪められているようだった。

 

『まったく…』

 婆肝糺の言葉が静かに響く。異形の姿で周囲を見回す婆肝糺はまるで結界など意にも留めずに竜種の脚で地面を掴む。腕は黒い靄だったが次第に実体化し、蜥蜴のような形に変化して地面を触る。四つん這いに近い姿勢になってから婆肝糺は黒い靄を体からいっそう噴き出すようになり、自ら進んで影に包まれようとしている。

「ここであったが百年目だなァ婆肝糺」

 ロイの高らかとした声音がそのまま彼を滑るように動かした。華麗にステップを踏んだロイが踊るように婆案糺の影に詰め寄ると、彼は古典エクソシストが用いる槍を出現させて婆肝糺に斬りかかった。すると婆肝糺は交戦することなく連撃を回避し、それよりも他の無いかが気になるような風にしていた。

 オジョウはジョージの様子を確かめようと顔を捻ったが、先ほど立っていた場所に彼はおらず、代わりにエンジンをかけたバイクの走行音が耳に飛び込んできた。彼は華麗なドリフトを決めて彼女を掻っ攫うと、そのまま背にオジョウを引っ付けたまま息を巻いて廃工場群を飛ぶように去っていった。

 

「なんなの?ほんと」

「ロイはSOFER層が感じ取れない。気の毒だが、もうあそこにいる全員は死んだ」

 

 遥か遠くの空から飛び掛かる無数の烈弾がその後、たちまちに廃工場群を消し飛ばしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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