「アーシアちゃん」
話を終えた後に一泊した兵藤家を出ようとしたときに義母から呼び止められた。
「はい、なんでしょう?」
「アーシアちゃんがイッセーと別れるのは分かったけど。もしかして今、良い人はいるの?」
「あ、その……はい……一緒になりたい人が居ます……」
義母の質問にアーシアは頬を染めて申し訳なさそうに頷いた。
しかし反対に義母は嬉しそうだ。
「なら、今度家に連れて来なさい。アーシアちゃんの新しい恋人。会うのが楽しみだわ!」
「イッセーの時は言えなかったが俺もお前に娘はやらん!って台詞を言ってみたかったんだ!」
「まぁ、あなたったら」
相手がどんな男なのか質問したり自分たちで想像したりする義両親にアーシアは呆気を取られながらもむず痒い気持ちになり、やっぱり敵わないと再認識する。
この人たちはいつも面白おかしく、楽しそうに振る舞い、自分たちのことを1番に想ってくれるのだ。
「はい!必ず連れてきます!」
また目頭が熱くなったが、それはとても嬉しいことだった。
一誠は冥界に帰国する列車で苛立ちを隠せずにいた。
原因は先日妻のひとりであるアーシアから送られてきた自分と離婚したいというメールのことだった。
どういうことなのかとメールや通信を送っても直にあって話をしましょうの一点張りでそれ以外取り合おうとしなかった。
そんな一誠にリアスは今日の朝に届いたグレイフィアからの手紙を広げる。
「最近のアーシアの動向を調べて送ってもらったのだけれどどうやらとある男性と仲の良い姿が確認されているわ。それもその人とデートする姿も目撃されてるみたい」
「デート!?」
「あらあら。新しい恋ですか。アーシアちゃんもやりますわね」
リアスの報告に一誠はあからさまに動揺し、朱乃は面白そうに笑みを深めている。
「相手は同じ職場のレーティングゲームの医療スタッフ。冥界の地方出身で家柄は低いけど努力と功績で評価を上げた叩き上げ。性格は至って温厚かつ物腰の柔らかい人で周りからの評判も良い」
リアスは一緒に送られてきたシオンの写真を2人に見せる。
そこには取り分け目立つ容姿ではない、特徴のないことが特徴のとでも表せる眼鏡をかけた男性が写っていた。
それを一誠は親の仇を見るように凝視している。
「周りになんて思われてようが人の女に手を出そうなんて最低な奴だ!きっとディオドラみたいな奴に決まってるぜ!」
一誠はそう吐き捨てながらかつてアーシアを陥れたひとりの悪魔を思い出して不機嫌さを増す。
あのアーシアが自分以外の男と一緒に居るという怒りと何かあったのではないかという不安。
もしかしたらこの男に何かしらの脅迫を受けているのではないかとすら思える。
アーシアが自分以外の男に靡く可能性を始めから切り捨てて一誠は怒りを蓄積させる。
「とにかく、人の女に手を出すクズな男は俺がぶっ飛ばしてやるぜ!これ以上アーシアの周りはうろつかせねぇ!」
そう決意を込めて一誠は神滅具が宿った左手を握り締めた。
兵藤一誠が冥界に帰国する十日間の間にアーシアとシオンは特に何かしら進展は無かった。
たまに2人で食事を摂ることは有れど、基本的には普段通り過ごしていた。
まぁ、ゼノヴィアたちがシオンを力づくで連れていった件はアーシアの耳に入ることとなり、翌日謝ったが。
「あの、シオン先生……」
仕事の合間に誰もいないのを見計らって話かけられシオンは一瞬どうしたのかと思ったが、すぐに要件に気付いた。
「明日ですね……」
「……はい」
明日、兵藤一誠が冥界に帰国する。
向こうの話ではすぐ家に帰って話がしたいらしい。
「……今更、こんなことを訊くべきではないのかもしれませんが、本当によろしいんですか?」
例え相手に不満が募っていたとしても数十年籍を入れていた夫だ。こんなにも早く取り決めてしまっていいのかとも思う。
シオンの問いにアーシアは小さく笑い、本当に今更ですね、と頷く。
「今回を逃せば次はいつ話せるかわかりませんし。それに、期待をするだけして動かないのも疲れてしまいましたから」
心のどこかで夫がいつか自分を1番に見てくれる日が来るのではないかと期待していた。だが、アーシアが兵藤一誠に対して愛情を薄めていったように。きっと向こうにとってもアーシアに対する想いに変化はないだろう。
愛してくれているのは本当だろう。そこは疑っていない。だがそれはあくまでも複数の女性のひとりとしてだ。
そこに優劣はなく横並びに与えられる愛情があるだけ。
「誰かさんが1番強く想われる心地良さを教えてくれましたから」
抜け出せなくなっちゃいました、と小さく舌を出す。しかしすぐに表情を曇らせた。
「シオン、さんこそ……その、よろしいんですか?」
「あの時の言った言葉が全てです。貴女には笑って居て欲しい。そして貴女の傍に居たい。その為なら、です」
真っ直ぐと言い切るシオンにアーシアは顔を赤くして少し距離を取る。
「そ、それじゃあ!私はBブロックのほうですから!?」
「はい。後の治療も頑張りましょう」
そう言って別れると何もない廊下で転びそうになるアーシアを見て、この後の治療大丈夫かなと不安になったが彼女もプロだ。すぐに意識を切り替えるだろう。
「しかし、赤龍帝か」
冥界の英雄。全ての神話でも最強の一角とも謳われている存在。
そんなドラゴンから
「遺書くらい、書いておいた方がいいかもしれませんね」
そんな不吉な考えが頭に過った。
翌日の昼にアーシアから教えられた場所に車を停めるとゼノヴィアが迎えに来てくれた。
「やぁ」
軽く手を振って挨拶をするゼノヴィアに若干の警戒心を持って対応する。
「今日は、当身とかやめてくださいね?」
「貴方も大概失礼だな。先日はあくまで必要だったからだ。それにレーティングゲームの出場資格のある者が一般人を攻撃するのは普通に犯罪だ」
当たり前だがレーティングゲームの出場選手は人間界で言えばプロの格闘家に近い立場だ。不用意に攻撃することは当然禁じられている。
「あの時はちゃんとカメラの位置を確認していた。もしものことがあってもグレモリー家の権力で、ね。それに今日はそんなことをする必要はないだろう?」
「なんででしょう。まったく安心できません」
案内を受けながらかゼノヴィアと2人で歩き話をする。
「さて、君たちはどうやってイッセーを説得する気かな」
「会ってみないことにはなんとも。さすがに闘って勝てと言われたらお手上げですが」
「正直だね」
「出来ないと分かっていることを出来るというのは格好良い悪い以前詐欺ですよ」
たとえば治療法も治す薬もない病が蔓延して無責任に治せると吹聴する医者がいたとする。それが責任感から来るモノか、同情から来るモノかは知らないが、患者からすれば治るか治らないかしかないのだ。そしてそんなことをすれば医者に対する信頼は地に墜ちるだろう。
だからシオンは出来ることと出来ないことはしっかりと断言する。
「安心してくれていい。イッセーもいい加減いい歳だからね。自制心くらい身に付けている、筈?」
「なぜ疑問形なんでしょうか?」
「気にするな。仮にもし暴れても私と愛理がどうにかする。貴方はアーシアの傍を離れないでくれればいい」
大きな客間の前に案内されて扉の前にはアーシアが立っていた。
その表情は誰が見てもわかるほどに緊張している。
「シオンさん……」
シオンを見て僅かだが強張っていた表情が緩む。
「あはは……やっぱり、緊張しますね」
そう笑っていたアーシアはすぐに表情を引き締める。
「シオンさん。イッセーさんとはちゃんと話をしたいと思います。今までのこと。そしてこれからのことも」
だから、出来る限り話に割って入らずに自分に任せて欲しいと言う。
少し考えてから分かりましたと承諾する。
それにホッとして使用人が扉を開けると、そこには長いテーブルが置かれており、向かいの奥にリアス。その近い席に一誠と朱乃。扉近くの席にアーシアの実子である愛理と誠二が座っていた。
一誠はシオンの姿を見るなりその顔を憤怒のモノへと変える。もし殺意が物理的な攻撃力を持つなら、睨まれただけでシオンは肉片も残らずに消し飛んでいたかもしれない。
「来たわね。座ってちょうだい」
リアスが指示すると中に居た使用人がテーブルの椅子を引き、座るように促す。そしてすぐに使用人を退出させた。
「リアスお姉さま、朱乃さん、イッセーさん。お久しぶりです」
「えぇ。会えて嬉しいわ、と素直に喜べないわね。今回は。」
リアスはシオンに目を向けると自己紹介し、シオンも無作法にならないように名を名乗った。そこからリアスが話を取り仕切る
「今回はあまり大っぴらに話せることではないから専用の部屋を用意したわ。ここなら魔術的、機械的にも盗聴の心配はない。時間があまり取れないから早速本題に入りましょう。アーシア、イッセーと離婚したいという話、本気なの?」
「はい……」
「なんでだよ!?」
頷くアーシアに一誠が勢いよく立ち上がった。弾みで椅子が倒れる。
「なんでそんな話になるんだよ!?おかしいだろ!?そいつに何かされたのか!?だったら、俺が何とかして―――――」
イッセーの言葉にアーシアは静かに首を横に振った。
「確かに、離婚を踏み切ろうと思ったのはシオンさんの存在は大きいです。ですがその考え自体はシオンさんと仲を深める前から有ったものです」
アーシアもどうして自分がこんなにも落ち着いて話せるのか理解していなかった。まるで劇場の外から舞台の上を操作しているような感覚で自分の肉体に自らの想いを吐かせる。
しかしその感覚も一誠の言葉でヒビが入った。
「なんでそんな風に思ったんだよ!俺たち、ずっとこれまでに上手くやってきたじゃないか」
「上手く……?」
アーシアは一誠の言葉に表情を僅かに歪めた。
ここまで認識が違ったのかと呆れや哀しみが生まれた。
「イッセーさんは本当にそう思っているんですか?」
僅かに動いた表情。アーシアにはそんなつもりはなかったのかもしれないが、その視線は一誠を睨んでいるように周りには見えた。
感情的になってはいけないと一度息を吐く。
「少し前に誠二くんが起こし続けていた問題を覚えてますか?」
「な、なんだよアーシア。その件はもう解決したって……」
「はい。確かに解決しました。今の誠二くんは学園で問題も起こしてません。以前よりも大分落ち着いてくれました。ですが問題はそこではないんです。イッセーさん。私は何度もイッセーさんに誠二くんのことを相談しました。その時々に返していた返事を覚えてますか?」
「それは……」
口ごもる一誠にアーシアは答えた。
「その内誠二くんも落ち着くだろうから今は我慢してくれ、です。他にも色々ありましたがこれが1番多かったです」
「でも実際にっ!?」
「はい。確かに落ち着いてくれました。でもその間はとても辛かったです。学園に呼び出されて英雄の妻のくせに子供の教育1つまともに出来ないダメな母親となじられたこともあります。私も、自分が至らないから誠二くんが問題を起こすのだとずいぶん悩みました。その所為か、何を食べても味がしなくなって、好きなものを食べても美味しいと感じられなくなり、嫌いなものを食べても美味しくないとも思えなくなりました。そんな私を支えてくれたのは愛理ちゃんとゼノヴィアさんでした」
2人には思い悩むアーシアを随分と慰め、励ましてもらった。他にも言うなら、まだ幼い子供たちの気遣いにも癒された。
そこで朱乃が話しに割って入った。
「でもアーシアちゃん。離婚は飛躍しすぎじゃないかしら?失礼かもしれないけど、その方をアーシアちゃんの2人目の夫にすることも、冥界なら可能ですわよ」
「朱乃!?俺は反対だよ!!こんなどことも分からない奴が俺のアーシアの夫になるなんて!!」
「私としては朱乃に賛成かしら」
「リアス!?」
「だって彼が優秀な医者なのは功績から見ても明らかだもの。ここには小さな子たちも居るし、何かあった時に対処できる人が多ければ心強いわ。もちろん、彼の人格に問題ありなら別だけど……」
「そ、そうだ!人の女に手を出すような奴だぞ!?まともな訳ないだろ!どうせアーシアの身体とか能力や財力とかそういうの目当てで―――――」
頭に血が上って思いつく限りの暴言をシオンを指さして口にする。
しかしそれはアーシアの声で鎮まる。
「イッセーさんっ!!」
大きな声で呼ばれて一誠は体を硬直させた。
「これ以上、シオンさんを侮辱するのはやめてください。それと今は
強くそう言われて一誠はたじろぐ。あんなにも大人しいアーシアに強く制されたのに驚いた。
一息ついてアーシアが話を続ける。
「私は、シオンさんをそういう立場に置くつもりはありません。イッセーさんとの離婚は私なりのケジメではありますが、1番の理由はもう私は、イッセーさんと夫婦として在れる自信がないんです。このことは既にお義父さまとお義母さまに話を通してあります」
さすがにこの言葉には周りも驚いた。
「イッセーさん。イッセーさんは新しい奥さんを迎え入れましたよね?」
「あ、あぁ……で、でもそれはアーシアも納得してただろ!?」
「はい。確かに私はイッセーさんがお決めになったのなら反対しないと言いました。だって――――」
次に口から出された言葉に場が凍り付いた。
――――――どうでも良かったんですもの。
「ど、どうでも……?」
「はい。イッセーさんが誰を迎え入れようと、子を為そうと、無感動だったんです。そんな私がここにいつまでも居られないと思ったんです。それにイッセーさん」
「な、なんだよ……?」
もう一誠にはアーシアの言葉を聞くのが恐ろしく感じ始めていた。まるで自分の不甲斐無さを突き付けてくるようで。
「誠二くんの好きな食べ物を
覚えていますか?ではなくご存知ですか?と聞いた。
「あ、それは、その……」
一度誠二の顔を見るが答えられずに悩ませている。
アーシアはさらに続ける。
「アリスちゃんは?ミカドくんは?ターニャちゃんは?レオナちゃんはどうですか?」
今挙げた名前は一誠の子供たちの中でも特に幼い物心ついたばかりの子たちだ。
一誠は何1つ答えられないでいる。
当然だ。そういうのを知るのにその子たちは一誠と過ごした時間は殆どないのだ。
「で、でもそれは仕方ないだろ!?」
「はい。分かってます。イッセーさんはとても大事な仕事をしています。貴方のおかげで多くの人が助かっているのも事実です。でも、だからこそもう私たちはもう駄目なんです」
この先、また一誠の子を産んでも、彼はどれだけ同じ時間を過ごせるだろう?
ゼノヴィアを含めてグレモリー家の教育係は優秀だ。社会に出る、と言う意味ではさほど問題は起こらないだろう。だがアーシアが言いたいことはそうではなく、一誠もそのことを察した。
「お、俺だってあの子たちとちゃんと接したかったさ!!でもやることは山ほどあって、時間が取れなくて!!でも!でもちゃんといつか――――」
「いつかとは、いつですか?」
その声はさっきまでとは違う、明らかな怒気が含まれていた。
「いつかなんて日はいつですか?」
子供の成長は一瞬だ。悪魔の生ならさらにそう感じるだろう。
一誠に時間が出来た時、子らは一体幾つになっているのか。
「イッセーさんは私の初めての友達になってくれました。リアスお姉さまにはレイナーレさまに殺された私を転生させて生き返らせて、たくさんの幸福を教えてくれました。どれだけ感謝してもし足りません。でも、私は、もうここでイッセーさんを支えられる自信も、頼れる自信もないんです」
締め括るようにアーシアは頭を下げる。
「ごめんなさい……」
少しの沈黙が流れ、ギリッと一誠の奥歯を噛む音がして客間を出て行った。
客間を出た一誠はよく整備された芝生に大の字になって寝転んだ。
そしてすぐに近づいてくる気配に気づく。
「なんでアンタが来るんだよ……」
「貴方とは2人で話がしたいと思っていたので」
現れたのはシオンだった。
一誠はシオンに視線を向けずにポツリポツリと話始める。
「アーシアと初めて会った時、ひとりぼっちだったんだ。悪い堕天使に利用されて。俺からしたらなんでもないことで大喜びして。それからリアスに助けられて、一緒にヤバい奴らと戦って死線を潜り抜けて」
言葉とともに思い出される日々。
何処からズレたのかを探すように振り返る。
「俺がプロポーズしたときも泣きながら喜んでくれたんだ。初めて、守ってあげたいって思った女の子だったんだ。それを……それを、なんでポッと出のアンタなんかに取られなきゃなんねえんだよ!!」
胸ぐらをつかんで睨みつける。
しかしシオンの表情は変わらなかった。
クソッと手を放して毒づく。
「兵藤さん。私は、貴方のように戦う力はありません。それでも、アーシアさんに傍に居たいと思ってます。だから―――――」
一誠を真っ直ぐ見つめて言った。
「アーシアさんを。貴方の奥さんを、私にください」
言われて一誠は絶句する。
「最低な台詞だなぁ」
「自覚はあります。でもこれ以外言いようがないので」
だぁあああっ、と頭を掻いて捲し立てた。
「アーシアにとって俺はもうお払い箱だろ!!好きにしろよ!クソッ!!なんでアーシアに言葉でズタボロにされてアンタにまで追い打ち掛けられなきゃなんねぇんだ!!」
シッシッ!!と追いやろうとする。そこで思い出したようにシオンを指さした。
「もしアーシアを不幸にしたらドラゴン化して喰うからな!!絶対だぞ!」
「はい。その時はひと思いに」
苦笑しながら礼をしてシオンはその場に消えた。
それを確認して一誠はもう一度芝生に寝転がる。
「初めて好きになってくれた女の子ひとり留められないなんて……なにがハーレム王だよ。カッコわりい……」
「まったくね」
現れたリアスが一誠を見下ろす。
「アーシアが今までお世話になりました。ごめんなさい、だそうよ。荷物が纏まったら愛理と誠二2人を連れてここを出るって。アーシアの僧侶の駒のことだけど、お母さまと交換して実質フリーになるでしょうね」
さすがに離婚した相手を眷属としておくのは世間体に悪いため、そういう措置になるだろうと説明する。
起き上がらない一誠にリアスは息を吐いて話を続けた。
「ぼやぼやしてる暇は無いわよ、イッセー。最近、アーシア以外の子たちとも連絡取ってないじゃない?このままだとアーシアの二の舞になるわよ、確実に」
リアスの言葉に一誠は跳び起きた。
「ちょっ!?こんなことが何回もあったら俺立ち直れないよ!?」
「だったらもっとちゃんとなさい。とりあえずまだ時間はあるし、小さい子供たちと遊んであげたら?みんな、おっぱいドラゴンが遊んでくれるっておおはしゃぎよ?」
「それ
「仕方ないじゃない。父子として過ごした時間がほとんどないんだから」
呆れるように言うリアスに一誠は叫んだ。
「クソ!やってやるよ!すぐに俺がお前たちの父ちゃんだって分からせてやるよぉおおおおおっ!!」
ヤケクソ気味に子供たちがいる館へと走る。
そんな夫をリアスは苦笑しながらも温かな瞳で見つめていた。
一誠と別れてシオンはアーシアを発見した。いや、もしかしたら待っていたのかもしれない。
「どうでしたか?」
「アーシアさんを不幸にしたら喰いに来るそうです」
隣に立つと、アーシアが顔を俯かせて震えていた。
「アーシアさん……」
「すみません。ここを離れると思うと、なんだか……」
これは望んだ結末だった筈だった。
しかし何十年と過ごした時間を切り離して何も感じられないほどアーシアはこの場所に思い入れがないなんてことはない。
辛いこと以上に、幸福な時間は確かにあったのだ。
「イッセーさんにも酷いことばかり言って……」
兵藤一誠に対しても憎いだとか、嫌いだとかいう感情が生まれたわけではない。
ただ、想いを向ける場所が変わっただけ。
だからこそ敢えて感情を押し殺して淡々と話をしたのだ。
顔を追い隠すアーシアをシオンを隠すように抱きとめる。
「よく頑張りましたね。ありがとうございます、アーシアさん。ありがとう、アーシア」
優しく頭を撫でる。
声を押し殺して泣くアーシアをずっとそのまま泣き止むまで続けた。
数日後、兵藤一誠とアーシア・アルジェントの離婚が表明される。
会見で一誠は離婚は彼女を支えきれなかった自分が原因と答え、彼女に追及するような真似は控えるように言い含めた。
アーシアも今回の件でレーティングゲームの医療スタッフを辞職することを決意したがそれは多くの選手の嘆願により取り下げられる。
選手の中には彼女の熱狂的なファンもおり、アーシアが辞めたら自分はいったい何を楽しみにレーティングゲームで負傷すればいいのかと宣う馬鹿がいたらしい。
これは極端だが程度はあれ、彼女の存在が選手のモチベーションに関わっている部分もある為、退職は取り下げられることとなった。
昔こんなことがあったんだよ。
バーで飲んでた時に動物の耳を生やした黒髪の色っぽいねーちゃんがいてさ。声をかけて一緒に飲んだら意気投合して。店で会う度に仲良く飲んでたんだ。
その際に胸とか体に当てて来てさ、良い目見させてもらったよ。まぁ、今考えると酒代を一緒に払わされてたからATM代わりにされてたんだろうけどな。それでも良い思いはしたつもりだし、それくらいはどうってことなかったわけよ。
酔った勢いというか、思考が飛躍してさ。こいつ絶対俺に気があるぜ!って思って相手の意識が定まってないことをいいことにホテルに連れてこうとしたんだ。
そしたら、めちゃくちゃ殺気放ってる男が近づいて来て俺の女に何しようとしてんだぁあああって、一発殴られたわけですよ。
俺が口説いてた女は赤龍帝の奥さんのひとりだった訳。
めちゃくちゃ痛くて歯が5本折れてな。首もヤバい方向に曲がったんだよ。まぁ、その時一緒に居たアーシア先生に治してもらったわけだけど。
しかもその後に酔った人妻をホテルに連れ込もうとしたとかで俺が一方的に悪者になってるし。つーか治した後にすげー怖い顔で俺の女に次近付いたら容赦しないとか言ってくんの。
いや確かに邪まな気持ちはあったよ?でも首の骨折ってそれはなくね?ヤクザの美人局かっての!!
やり返そうにもあっちこえぇし、どうしたもんかなぁって十数年考えてたら俺の親友がアーシア先生と両想いっぽいじゃないですか。
これで俺はピンと来たわけですよ!親友の恋を成就して赤龍帝に対して嫌がらせも出来る一石二鳥の策を!
「というわけですよ、ディア・マイ・フレンド」
「……なんでそんなこと今話したのさ」
「とりあえず離婚騒ぎも収まってきたし。お前の再就職祝いと読者へのネタバレ説明をちょっと」
「読者って誰?」
まだ正式にアーシアとの籍はいれていないが、いずれバレるだろうし夫婦で同じ職場だと色々と言われる為に影響の少ないシオンは辞めたのだ。
再就職したのは例のパスタ屋の店長の実家の大病院だ。
おそらくエリル経由で情報を得た店長が推薦状を書いてくれて向こうも人手不足だったこともあり、就職活動とは名ばかりのスピードで再就職先が決定した。
職場説明を受けた帰りにばったり会ったエリルに今の話を聞かされたわけだが。
つまり以前、言っていた赤龍帝に半殺しにされた人物とはエリル本人だったわけだ。
「それじゃあ、チケットを渡してからの展開も君の予想通りなのかな」
「まさか!まさか!俺はただ、2人がちょっと親密になればいいなって思っただけだよ。恋の成就も数年単位で達成すると思ってたし?つか、1回デートして離婚の話まで発展するとか予想できねぇよ!今までお前のその行動力はどこに眠ってたんだ?」
絡んでくるエリルの手を払う。
「で?満足したの?」
「それなりにな!欲を言えば、お前たちが少しずつ仲を進展する様をニヤニヤしながら観察したり隠し撮りしてお前の顔にモザイク掛けて赤龍帝に送ったりして遊んでやりたかったが、まぁそれは贅沢だと諦めるよ」
「……手早く話を進めて良かったと今本気で思ったよ」
はっはっはっと笑うエリルは少しだけ顔を真面目にする。
「正直、お前に殴られるくらいの覚悟はあったぞ。どうする?」
「イヤだよ。君がやったことなんてチケット渡しただけじゃないか。むしろ裏があって安心したし。利用された云々は思うところがあってもそれくらいで怒ってたらこんなに長い付き合いにはなってない」
諦めたように息を吐くとエリルは嬉しそうに笑みを深める。
「詫びと言っちゃなんだが、今度俺のおごりで飲もうぜ!お前の未来の奥さんの酌でな!」
「行かないよ!」
未来の奥さんの酌、と言う単語に反応するシオンにエリルは爆笑した。
「じゃあまたな、
「えぇ、また。
エリルと別れた後に向かったのは慣れ親しんだマンションではなく。
二階建ての一軒家だった。
さすがにあのマンション部屋で4人暮らしは手狭なため、思い切って家を購入することにした。
グレモリー邸に比べて小さな家に多少の申し訳なさがあるが、思いの外に好評だった。
誠二は自分の私室があれば充分らしく、愛理はこれくらいが丁度良いと笑っていた。
アーシアは人間界にある実家に似ているこの家をとても気に入っている。
連れ子である愛理と誠二とはギクシャクすることはあるが概ね上手く行っている。
愛理はこちらを試すような視線を向けるがそれはそれで楽しいと思える。
誠二は稀に猥談を吹っ掛けてくるところに困ることはあるが今のところ仲は悪くない。
またあの時いなかった赤龍帝の奥方たちがこぞってシオンを見ようと家に来るが、今のところ険悪な関係になった者はいない。
「ただいま」
「おかえりなさい」
エプロン姿で出迎えに来たアーシアは新しい職場について聞く。
「案内をしてくれた人も良い人でしたし、やって行けそうです。それにしてもすみません。家事を任せてしまって」
「いいんですよ。向こうじゃ、家政婦の方がたくさんいて、あまりする機会はなかったですから。今は家事ができて楽しんです」
家に上がるとアーシアがじーっとシオンを見ている。
「やっぱりまだダメですか?」
「あの時は勢いで言えたんですけど今はやっぱり気恥ずかしいと言いますか……」
「私は気にしないのに」
アーシアを抱きしめたあの時に呼び捨てに呼んでもらえて嬉しかったらしく、これからもそう呼んで欲しいとお願いされたが、シオンの方がまだ慣れないらしく、たまに無意識に呼び捨てになるくらいだ。ついでに口調ももう少し砕けて欲しいらしい。
残念そうにしていたが、仕方ないと笑みを浮かべる。
「時間はたくさんありますから。ゆっくり行きましょう。あ、でも怠けるのはダメですよ?」
「ハハ……お手柔らかにお願いします」
何も焦る必要はないのだ。
時間はたくさんある。
ゆっくりゆっくりと進んで行けばいい。
自分たちのペースで時間を重ねて行けばいいのだ。
――――そう、歩くような速さで。
これにて完結です。お付き合い、ありがとうございました。