駆逐艦響戦闘詳報   作:Вер提督

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誤字報告ってこんな感じになってるんですね。今まで使ったことのない機能だったので新鮮でした。


第三報告:昭和一九年 六月一四日 フィリピン/ダバオ基地

第三報告

 

昭和一九年 六月一四日

フィリピン/ダバオ基地

 

 

 あの誓いを響と電が交わし合って既に二ヶ月が経つ。

 響は、誰が見ても解る程に困憊していた。

 

 一ヶ月前、つまりは五月の今日の事だ。

 電が死んだ。

 それも、響の目の前で。

 

 神や仏が居るのならば、そいつはよほどの加虐趣味者らしい。

 どれだけ奪えば気が済むのか。

 姉たち、理解者たる上司、そして同僚たち。

 皆死んでいった。

 響の力不足ではないというのは、頭では理解しているつもりだ。

 

 しかし、それでこの呵みの響きが頭中を離れる訳ではない。

 

 電との約束を守れなかった。誓いを果たせなかった。

 だが、約束は「電と響を全力で護る」。

 響は死ぬわけにはいかなかった。

 電を護れなくとも、己くらいは護らねば、電に向ける顔が本当に無くなってしまう。

 それはこじつけだったが、電亡き今拠り所が響には必要だったのだ。

 

 つい四日前、電が除籍された。

 そしてそれに伴い、響だけになった第六駆逐隊は解散。

 響は、これで書類上でも独り。

 

 響は自らを壊すように、自らの思考を嘲っている。

 雷が死んだ時もそうだ。千代田の死を願ったのは気の迷いではないだろう。

 醜い。

 響は己の弱さと同じくらい、己の醜さを嫌っている。

 

 姉妹を奪った米英への憎しみというのは浮かばなかった。

 唯々(ただただ)、自らの無力さに嘆き、我武者羅に生きるしかなかった。

 米英は敵だ。

 仲間を何人も殺しているし、被害は響たち艦艇だけに留まらない。

 そしてそれを響が言う資格はない。

 響も、米艦隊に攻撃した事は何回もあるのだから。

 

 これは戦争だ。

 国を護る戦いなのだ。

 相手も、自らと同じように考えているはず。

 

 敵だけに憎しみを向けるのは間違っている。

 ならばこれを命じた、この状況を作った上を憎むべきなのか?

 天皇陛下、政府、大本営、()しくは――米国の(大統領)

 

 否、否、否。

 彼らもまた、国を護る戦いをしているのだ。

 自分たちは彼らの手足となり()を構えるだけである。

 響は軍人だ。日の本に生まれたという、()民の誇りもある。

 軍人の役目は民と国を護る事だ。それを(ないがし)ろにしていい筈がない。

 だからこそ、かもしれない。民を()兵とするのは間違っていると響は思っているのかもしれない。

 

 その考えに、今まで至らなかった事にふと疑問を持った。

 だが直ぐに(こうべ)を振ってその考え(危険思想)を消し去る。

 

 響は誇り有る軍人だ。響に限らず、聯合艦隊の艦にそうでない者は居ない。

 軍艦、駆逐艦、輸送船。

 皆、国の為に戦っているのだ。天皇陛下の御為(おんため)にと。

 皆、誇り有る軍人として生まれたのである。

 その存在意義を、忘れてはいけない。

 疑いを持っては、いけないのだ。

 

 響はそこで一旦思考を中断した。

 これ以上踏み込んではいけない気がしたからだ。

 だからこそ気づけない。

 艦たちを誇り有る軍人として設計し、創り出した存在がいるのだ。彼らが彼らに都合が悪い事態になる事を予想し対策しない筈がないのだ。

 彼らは艦たちに命令を下し、艦は逆らう事無く命令を遂行しようとする。

 彼女たちは、その態勢に疑問を抱けない。抱くことを、必要とされていない。

 

 

 あ号作戦。

 グアム、サイパン、テニアンの戦力を強化し、パニラに誘い込む。

 そして第一機動艦隊と第一航空艦隊を主力とする基地航空隊により撃破するという作戦である。

 五月二〇日に旗艦大鳳(たいほう)が開始を宣言した。

 

「皆さん。今回の任務に退くという選択肢は在りません。私たちにどんな被害が出ようとも、どれほどの損害が出ようとも、戦闘を止める事はありえません。

 負けはありません。勝てない私たちに存在意義は無く、敵艦隊の撃滅を以てこれは証明されます。

 必要ならば……誰かを囮部隊として使う事を。また、旗艦の不全、通信機器の故障などで連絡系統が途切れた場合、各艦独断による行動を許可します。

 ……それでは、皆さん。健闘を」

 

 大鳳は表情を崩さずそう宣った。

 だが響には解る。大鳳も辛いのだ。

 後ろに控えていた一航戦の緑髪の方が不満げな顔をしていた事が印象強い。

 戦局だけではなく、聯合艦隊全体の精神も摩耗している。

 いつまで持つか。あと一年くらいではないだろうかと響は予想していた。海も陸も、兵も資源も足りていないのだから。

 

 響は本隊への補給を担当する第一補給部隊に配属された。

 響の他には、浜風(はまかぜ)時雨(しぐれ)白露(しらつゆ)、秋霜が配属されている。

 秋霜にはあの時悪い事をしたと響は思う。雷の沈没を教えてくれた時だ。

 そして時雨。彼女には興味がある。ちゃんとした会話も交わした事はないが、それなりに気が合うと思う。

 あと、白露か。彼女も、自分と同じように疲れ切っているのが一目で解った。彼女も響を見て同じ事を思ったようで、皮肉げに口端を一瞬曲げたのを響は認めた。

 白露は長女だ。(とお)いた白露型も今や片手の指で足りる。第二七駆逐隊は一週間前の春雨の戦闘不能状態で三人になっていた。その心労は察するに余りある。

 同族なのだろう、響はそう考えていた。姉妹の最期に立ち会えない悲しさに無意味な後悔心を募らせ、救えなかった無力感に身を浸らせる。

 ただ白露が響と違う点は、響で言う電が、妹がまだいる事だ。

 故に、白露はまだ立ち直れると、響は自らを諦めながら、無責任に思った。

 

「やぁ響」

 

「……やぁ時雨」

 

 いつの間にか背後まで接近していた時雨の気配を感じ取れなかった事に抱いた焦りのようなものを隠しながら、挨拶を返す。

 これから輸送護衛任務だというのに、気が緩んでいると響は気を引き締めた。

 

「準備はできてるかい?」

 

「ああ」

 

「それは良い。もう少しで出撃だからね」

 

「……白露から目を離してていいのかい」

 

「大丈夫だよ、白露は。僕は信頼してる」

 

「信頼、……信頼か」

 

「うん、その通りだ。姉を信じるのも、妹の務めだろう?」

 

「否定はしないよ」

 

 私は裏切られたけど。

 そう続けようか迷ったが、止めておいた。時雨の姉は生きているのだ。

 ただ、信じるだけでは何も変わらないという事を、暁を(うしな)った響は知っている。

 響だって、姉を信じていた。

 

「白露には僕と五月雨(さみだれ)がいる。それよりも、僕は君の事が心配だな」

 

 七人も沈んでいるのに、気楽な事だ。

 いや、覚悟だろうか。

 時雨はソロモンで戦った側だ。損傷で戦いを許されなかった響とは違うものを見ているのかもしれない。

 全て奪われた響とは違い、時雨は前を向いている。まだ希望を持っている。

 

「私は大丈夫だよ、時雨。私に構っている暇があるのなら、白露と一緒にいてあげた方がいい」

 

 まだ出港までは時間が少しある。

 

「……そうか、君が言うならそうするよ。でも、君も僕たちの仲間なんだ。それを忘れないでくれ」

 

 姉妹と共に居れる時間は尊い。失ってからは遅いのだ。

 それを時雨も理解しているからこそ、響の言葉に頷いた。

 時雨は、白露と似たような状態である響が死なないかどうか心配だったのだろう。白露には自分がいるが、響には既に姉妹がいない。楔を作ろうとしたのだ。

 

 響は既に電との誓いという楔を持っていた。

 非常に不安定で危ういものではあるが、時雨の予想に反し響は生を諦めようとは一切思っていなかった。

 電との約束こそが響の拠り所。約束は、響が諦めぬ限り決して潰えない。

 そこは、白露と違う点かもしれない。

 

 響の目から見て。

 白露は、限界が近いように見える。

 死相。そう言う訳ではないが、覇気と言うか生気と言うか、そう言ったものが決定的に失われている。

 

 姉の下へ向かう時雨の後ろ姿を眺めながら、その考えを仕舞い込んだ。

 

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