駆逐艦響戦闘詳報   作:Вер提督

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第六報告:昭和一九年 九月六日 台湾/高雄基地

第六報告

 

昭和一九年 九月六日

台湾/高雄基地

 

 響は後悔していた。

 また、だ。

 またやってしまった。

 嫌な予感しかしない。

 自分の望みが遠ざかり、同時に死が遠のく。

 死の淵にありながら、響は絶望した。

 

 少し前、九時半頃に起きた出来事だ。

 先月から行っていた東支那海での護衛任務を果たし、ミ15船団からタマ25船団に護衛対象を入れ替えたのだ。高雄を出撃し、内地へ帰投しようとしていた。

 そろそろ沖縄島の南方方面海域に差し掛かるという所で、護衛対象の一人であった永治丸が突如として文字通り真っ二つになった。

 響は動揺を抑えながら、爆沈した永治丸から脱出した輸送中の陸軍兵を救助しようと接近したのだ。

 それが間違いだった。

 

 否、行動自体は誤ってはいなかった。

 だが周囲を警戒すべきだった。

 警戒はしていたが、不足していた。

 

 響の艦首で爆発が起こった。

 触雷したのだ。

 そう理解した時には遅く、艦首だけでなく第一砲塔付近の左舷部も大破した。

 事態を重く見て高雄(ここ)まで戻ってきたのだが、予想以上に傷は深かったのだ。

 これでは捷号(しょうごう)作戦に参加できない。

 

 サイパン陥落を切っ掛けとして、テニアン、グアムと次々に重要拠点が落ちている。

 日本が設定していた絶対国防圏は崩壊した。

 故に大本営は決戦が想定される四つの海域にそれぞれ作戦を練った。

 それが捷号作戦だ。

 一号が比島(フィリピン)方面。

 二号は九州南部、南西諸島及び台湾方面。

 三号が本州や四国、九州、小笠原諸島方面。

 四号が北海道方面。

 最も可能性が高いのは連合軍総裁(マッカーサー)軍による比島方面侵攻であり、その準備が着々と進められていたのである。

 艦艇のみならず乗員も不足している今、響も動員される筈だった。

 その筈だったのである。

 

 また、だ。

 ありえない。

 また修理で死に場所を逃すのか?

 ありえない。

 ありえてたまるか。

 一瞬の気の緩みがこの有様だ。

 ああ畜生。

 どうして、私はこうなんだ。

 

 響の頭の中では、ずっとその言葉が反復して消えては浮かびを繰り返していた。

 

 只管(ひたすら)に無念であった。

 

 

 九日から一一日にかけて響に応急修理が行われ、第一砲塔は撤去された。

 二八日に馬公へ送られ引き続き修理を行ったが、入渠中など知らぬとばかりに来襲する米艦載機と対空戦闘を繰り広げるなど行程は一向に進まなかった。

 捷二号作戦警戒発令、そして台湾沖航空戦、レイテ沖海戦を経た一一月五日、基隆に下がる。

 ただ何もできず訃報を聞く日々は響に尋常ではない心労を与えていた。

 レイテ沖海戦。史上最大の海戦と後に呼ばれる海戦である。この戦いで、聯合艦隊の名簿から戦艦三隻、空母四隻、重巡六隻、軽巡四隻、駆逐一一隻、潜水艦三隻の名が除かれた。そこには極秘建造されていた大和型戦艦武蔵(むさし)や嘗ての聯合艦隊旗艦山城(やましろ)、開戦から戦線を支え続けた航空母艦瑞鶴(ずいかく)などが含まれている。

 そして一水戦も旗艦阿武隈(あぶくま)轟沈を始めとして壊滅的な被害を受けた。かつてマリアナ沖海戦の直前に行動を共にした彼女(時雨)だけが生き残ったようだ。

 だが姉妹の全滅(五月雨の死)、そして僚艦の全滅(部隊の死)を見届けてしまった彼女は自分と同じになってしまったらしい。即ち、目が死を追いかけているのだ。

 時雨は何を思っただろう。あの時、響が投げかけた言葉の意味を時雨は理解してくれただろうか。きっとしてくれただろう。

 響とは違い、砲雷撃戦の中で仲間を失ったのだ。それはきっと、響のそれよりも力不足を突きつけられる感覚が強かったに違いない。

 いずれにしても、響に出来る事は戦士たちの冥福を祈る事だけだ。

 後は任せてくれ絶対に勝つ、何て口が裂けても言えない。同情は抱かない。それは、戦って死んでいった彼女たちへの侮辱だから。

 

 そして、響の身は予想だにしなかった災難に見舞われた。天候不順により乗員たちが赤痢を(わずら)ってしまったのだ。損傷は回復しきっていないというのに。

 本土へ戻る事にしたが、ついでとばかりに爆撃により速力が低下していた運送船護国丸の護衛を命じられ、一一月七日、護国丸と共に出港したが間もなく赤痢は響乗員の間で蔓延。

 

「すまない、護国丸。急がないと危ない。先に佐世保へ行かせて貰う」

 

 足をやられていた彼女を置いていくのは心苦しかったが、一刻の猶予も許されない状態であり、歯噛みをしながら護国丸に告げた。

 快諾してくれた彼女と別れ、佐世保へ。そして呉を経由し一六日に横須賀に帰投した。

 

――まずい、隔離して消毒急げ!

――検疫錨地に回航だ!

 

 満身創痍であった響は磯子区長浜に隔離された。

 響と別れた護国丸が単独航行中に潜水艦の雷撃を受け沈没した事を知ったのは随分後になってからであった。永治丸に続き護国丸まで。二人に心の中で謝罪する。

 護衛任務すら満足に(こな)す事ができない自分が海戦に駆り出される事は無いだろう。

 現状は人手不足であるため、そうとも言い切れないが。

 

 翌年。

 昭和二〇年一月。

 検疫が終了したため修理が再開された。

 取り外した第一砲塔は中旬に帰投した駆逐艦(うしお)のものを譲り受け、移設。

 修理完了後、響は呉に回航され聯合艦隊附属から第二艦隊第二水雷戦隊第七駆逐隊に編入された。

 〈華の二水戦〉と過去に謳われた第二水雷戦隊に嘗ての力は無かったが、響は昔冗談半分に夢想した事が現実のものとなり、乾いた声を溢した。

 ここで移籍になるという事は、何かが近いうちに起こる。

 

 そして、響の中の昏い感情は増した。

 知識としては聞かされていた。だが自分が扱う事になると、やはり嫌な気持ちしかない。

 特殊兵器〈回天〉。九三式酸素魚雷を改造して作られた、人間入り自爆兵器だ。

 

 これが「劣勢を打破できる新兵器」とやららしい。

 回天との協同訓練を行いながら、響は激情を押さえ込んだ。

 この頃から、響の表情は固まり動かなくなっていた。

 




明日の6時、12時、18時に三話投稿して、拙作の幕を下ろさせていただく予定です。
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