駆逐艦響戦闘詳報   作:Вер提督

8 / 9
E5戦力一本目周回してたらオイゲンが来たので満足です。


第八報告:昭和二〇年 八月一五日 日本/新潟港沼垂岸壁

第八報告

 

昭和二〇年 八月一五日

日本/新潟港沼垂岸壁

 

 運命のあの日、響が痛恨に堪えない失敗で意識を失った日。

 響は朝霜(あさしも)に護衛され呉に戻る途中で目を覚ました。

 自分は最後の戦いに参加すらもできないのかと失意のまま、呆然としたまま、気づいたら呉に帰ってきていた。

 もう二度と戻る事は無いと思っていた場所に戻ったまま、船渠入りした。

 朝霜と途中で別れた事に気づいたのは随分と経ってからで、傷が癒える頃には全てが終わっていた。

 

 四月の七日。

 もうあれから四ヶ月も経つ。

 大和、轟沈。

 矢矧、同上。

 冬月、中破。

 涼月、大破。

 磯風、処分。

 浜風、轟沈。

 雪風、損害軽微。

 朝霜、落伍後轟沈。

 初霜、損害軽微。

 霞、大破後処分。

 大和以下十隻から構成される部隊は坊ノ岬沖で起こった海戦にて壊滅。

 帰還した艦は四隻のみであった。

 

 戦力が失われた第二水雷戦隊及び所属第七駆逐隊は解隊。

 第六駆逐隊の次に与えられた響の所属は須臾にして消えた。

 響の傷は深く、艦体全体の歪みと重油タンク破損による漏油の影響は通常航行すら支障ありと判断された。

 修理を終えた後は舞鶴に回され、七月の頭にはここ新潟湾の防空砲台となる。

 航行できない環境は響の精神をさらに摩耗させていた。

 

 

 胡乱な目で空を眺めていた響の視界に異物が入り込んだ。

 米機。紅く眼を迸らせ響は須臾に迎撃態勢へ移行する。

 機銃を構え、発射。

 久しぶりに艤装が駆動し、増設を重ねた25mm機銃が火を噴く。

 憎き爆撃機。

 響たちが立ち入れない(おか)で民を襲う敵の尖兵。

 戦争とは兵と兵が戦うものだ。

 工場や軍基地だけならばまだしも、無辜を殺すとは何事か。

 多少は過ちがあるのは仕方が無い。だが襲撃を繰り返し、そしてあの原爆とかいう戦術兵器。大量破壊、大量殺戮を目的とし土地を毒する悪鬼の如き閃光。

 非常に腹立たしく、そして忌々しい。

 自分の無力さを更に突きつけられる形となった訳だ、怒気はもはや諦念と化していた。

 まだ、敗北しきったわけではない。

 

 そう、まだ。

 

 結局、あのB-27には逃げられてしまった。

 戦闘音を聞きつけた整備兵が慌てたように出てくる様子を斜眼に見ながら舌打ちする。

 満足に動けないこの体では、航空機一機すら仕留められない。

 艤装から海中に垂れ下がる錨をじゃらりと鳴らした。

 体を動かす事すら気怠く感じる。戦闘行動がままならないのも当然だ。

 

 あの艦載機が去る姿が脳裡から離れなかったので、響は昇ったばかりの太陽を睨めつけた。

 それで何か変わるという訳ではないが、光で印象を塗りつぶそうと思ったのだ。

 時刻は七時ちょっと。天候は少し曇りのある晴れ。

 響が行った機銃発射は、大日本海軍聯合艦隊最期の対空射撃となった。

 

 

 響は新聞(特報)を読んでいた。

 内容は昨日、そして今朝ラヂオで国全体に通達されていた事と同じ。

 

 けふ正午に重大放送

 國民必ず厳肅に聴取せよ

 

 繰り返し、そして一般()民にも伝える事。

 そんなの、ひとつしかないじゃないか。

 とうとうこの時が来てしまったのだ。

 響は新聞紙を握り潰した。

 

――只今ヨリ重大ナル放送ガ有リマス。全国ノ――

 

 正午、放送が始まった。

 街中の、否国中の人々が固唾を呑んでラヂオを見ている。

 響は彼らを遠くから感情の覗かせない瞳で眺めていた。国歌(君が代)が流れ出しても只ぼうっとするのみで、そんな響に誰も注目していなかった。

 

――朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現狀トニ鑑ミ――

――朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ――

――然ルニ交戦――

――世界ノ――

――朕ハ――

 

 そして、玉音が放送された。

 街からは泣き声が聞こえた気がする。しかし響には音が何も入ってこない。

 

――御名御璽。昭和二〇年八月一四日――

――謹ミテ天皇陛下ノ玉音放送ヲ終ワリマス――

 

 気付くと終わっていた。

 全く頭に入ってこなかったが、矢張り()戦したという事は解った。

 陛下の詔書を、偉い人が再び読み上げたがそれも頭に入ってこない。

 

 響の中で燻り続けていた僅かな火が、消えていく。

 執念、闘争心、復讐心、使命感。そういったものが。

 無くなってゆく。失われてゆく。絶えてゆく。

 

 響の心には、何も残らない。

 

 じゃらりと錨に繋がる鎖が音を出す。

 耳障りだ。

 

 穏やかな波が砕ける音が聞こえる。

 耳障りだ。

 

 啜り泣く国民の声が聞こえる。

 耳障りだ。

 

 ラヂオから放送が聞こえる。

 耳障りだ。

 

 響ちゃん?大丈夫なのです?

 響?元気出しなさい!一体どうしちゃったの?

 響!疲れてるのなら休んだ方がいいと思うわ!私が言うんだから間違いないわよ!

 

 懐かしい声が聞こえた気がする。

 みみ、ざわりだ。

 

 心を閉ざす。

 耳を塞ぐ。

 思考を止める。

 帽子を目深に被り直し、光を遠ざける。

 

 もう、何も感じたくない。

 哀しみも。憎しみも。絶望も。悔いも。焦りも。苛立ちも。

 

 忘れてしまおう。

 誇りも。親愛も。名誉も。安心も。勝利も。

 

 否定する。

 自分を。喪失を。安寧を。感情を。

 

 自然と目から水滴が生じた。

 響はそれに気付かない。

 乾いた頬を伝り、顔からぽたりと下に落ちる。

 塩風に晒され続けたために草臥(くたび)れ、少し(ほつ)れたところもある水兵服に吸われて消えた。

 

 僅か一滴のみで響は涙を涸らした。

 流すべき涙は、もう無い。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。