駆逐艦響戦闘詳報   作:Вер提督

9 / 9
最終報告:昭和二二年 七月二二日 ソビエト連邦/ウラジオストク泊地

最終報告

 

昭和二二年 七月二二日

ソビエト連邦/ウラジオストク泊地

 

 南の海を見る。

 新潟湾。あの敗戦の日、響が固定されていた岸壁が見える気がしたからだ。

 もうすぐ一年になる。

 

 響たち生き残った艦艇は武装解除を命じられ、戦争の後始末をさせられた。

 太平洋各所に散らばった陸軍たちの復員、都市から地方へ疎開していた民の復員。

 この任を完了したら、それぞれがそれぞれ、最期を迎えた。

 

 解体される者、処分される者、防波堤となる者。

 そして、敵国に引き渡される者。

 

 米国、支那国、そして蘇連。

 響は蘇連に渡る事になった。

 不可侵協定を突如破り北方を侵略してきた痴れ者の国。

 少なくとも、かつて帝政だったころの大艦隊の精強さは今の露西亜から失われたようである。

 それを聞いたとき、響に一瞬怒りの感情が生じたが、すぐに消え去った。

 敗戦の日から、響の心は動かない。

 ただただ言われた事を淡々とこなすだけだ。

 

 修理を何回も重ねた響はその体を動かすのが精一杯の状態だった。

 武装解除により艤装も奪われ、航行するだけで歪んだ船体が軋む。

 さらに、もう特型駆逐艦は最新鋭艦型ではない旧型艦だ。

 こんな自分を蘇連に渡しても、双方に利益がないだろうと嗤ったが、それは自分が決める事ではない。

 練習艦程度なら務める事もできるだろう。と言っても、日帝の駆逐艦の居住性の()()は悪名高い。どう運用するかは連邦(ソビエト)次第だ。

 ただ蒸気式の缶本(タービン)が採用されていないこの寒い国は、自分をさぞ持て余すだろう事は想像に難くない。

 実際、ここの技術兵たちが響を見て頭を抱える様子は少し可笑しかった。その感情もすぐどこかへ行ってしまったが。

 

 水平線から目を逸らし、手にある露西亜(ロシア)語教本を眺める。

 意思疎通が出来ないと不便極まりないという事で渡されたものだ。

 そこには見慣れない文字で新しい自分の名が書かれている。

 Верный(ヴェールヌイ)

 真実の、だとか信頼できる、とかいう意味らしい。

 つい先程改名されたのだ。

 自分のどこが信頼できるのかヴェールヌイには解らなかったが、もう自分が日の本の軍人ではないのだという事を突き付けられた気がして嫌悪感しか湧かなかった。

 自分にはその資格が自分にないと思い、ヴェールヌイは何も言わなかったが。

 時間が経てば、この名前にも誇りを持てるのだろうか。響という名に抱いていたそれは捨ててしまったヴェールヌイには、判断の出来ない事であったが。

 

 思えば響は、負傷し治療している間に、何もかもが終わってしまう。

 肝心なところでの詰めの甘さが、響の()生を決定づけた。

 最初は、皇紀二六〇〇年の記念艦覧式だった。あの時はただ残念というか悔しいだけだった。

 その次は第三次ソロモン海戦。暁を失ったあの戦いから全てが崩れ始めた。

 雷が沈んだときは電と共に対空強化改装を受けている時だった。

 レイテ沖海戦では自分と似ているようにも感じた時雨が死んだ。

 天一号……いや、菊水一号作戦の坊ノ岬決戦は。参加できなかったがこれ以上無いほど悔やまれる。大和や矢矧は満足に死ねただろうか。ヴェールヌイに海戦の詳細は知らされていない。

 

 何て自分は罪深いのだろうか。

 そもそも参加しなかったという理由で生き残ってしまったのだ。

 自分にはかつての時雨や、響と同じく残存した雪風のように武勲があるわけでもない。

 自分が参加して残した勲功はキスカの撤退作戦くらいなものだ。 

 つくづく自分が嫌になる。

 

 そして居なかったことを言い訳にしてたまるかと、すぐ傍で起こった電と白露の轟沈が響に突き刺さる。

 

 自分には祖国を懐かしむ資格すらないのだ。

 もう一度、祖国がある方角を見たあと、ヴェールヌイは配給されたばかりで糊がとれていない帽子を目深に被った。

 帽子につけられたソビエト連邦所属を示す星と交差する農具の二つの赤い徽章(バッジ)が、海面に照り返す僅かな陽光に反射して煌めく。

 

 ヴェールヌイの白い瞳に再びものが映るのは、何年か先のことである。

 




これにて拙作、そして駆逐艦響の物語は終幕です。
状況解説がごちゃごちゃとあり読みづらかったと思いますが、読んでいただきありがとうございました。
以下はおまけです。響及びヴェールヌイの轟沈ボイスのネタバレを含むのでご注意ください。



謎の文書
平成■■年 ■月■■日 ■■/■■島■■■泊地


――数ある特型駆逐艦の中で、最後まで生き残ったのが、響。

 色素が薄い髪を青い海の上に踊らせて。

――その活躍ぶりから不死鳥の通り名もあるよ。

 白い瞳を嬉しそうに細める。

――不死鳥の秘密は修理のタイミングにもあるんだよ。

 小さな口を動かして姉妹と言葉を交わし。

――賠償艦としてソ連に引き渡され「信頼できる」という意味の艦名になったんだ。

 無表情にも見える顔は喜色に彩られ。

――Верный、出撃する。

 頭の上には星と工具の徽章がついた帽子が誇らしげに乗る。

――私は任務中に眠くならない。

 躯の上に〈妖精〉を乗せ。

――信頼の名は伊達じゃない。

 背には艤装。

――良いな、Спасибо(ありがとう)

 足で波を乗り越える。

――静かな海は……嫌いじゃない。

 人の姿を得た悲劇の軍艇たちは人類の危機に現れた。
 海を赤く染める深海の怪物たちを討つために。

――до свидания(さよなら。再開を祈って)……

 かつては実現しようもなかった配属に、作戦に、共闘に。
 艦娘たちは仲間との再開に噎ぶ。

――私の……最後(本当)の名は、Верный()………………

 海に還るその時まで。

――司令官、作戦命令を。



あなたも、改造で装備を持ってこない以外に欠点が無い響を育てましょう。
対潜高いし大発も積めるよ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。