1.私と『ワタシ』
prologue
これから私が話すのは、突飛で奇妙な話。
魔法少女の件と同じくらい不思議な物語。
1.
カーテンの隙間から射し込む光で目を覚ます。
私、ロンギヌスの朝は早い。
朝のお祈りをして、身支度を済ませて、朝食を作って...
やることは多いが、習慣として身に付いてしまえば特に苦でもない。
そうして今日も、私はいつも通りやることを終え、いつも通り学校に行く。
いつも通りの通学路。同じ制服を着た生徒が朝からはしゃいでいる。
いいなぁ、と思わないでもない。仲のいい人はいるのだが、学校は別々だ。会えるのは放課後や休日で、日中は話せる機会がない。それに、私はあまり人と話すのが得意でない。友人が多い人を見ると、若干羨ましい。
ふと、誰かに見られているような気がして、振り返る。視線の先には、カーブミラーとそこに映る自分がいるだけだった。
2.
誰かと誰かの、何気ない会話。
「なあ、知ってるか?あの噂」
「どの噂だよ?」
「ドッペルゲンガーの噂だよ」
「どっぺ...?」
「ドッペルゲンガー。自分と全く同じ姿のやつが現れて、そいつに会っちまうと殺されちまうって話だぜ?」
「はあ?なんだそりゃ」
「ま、噂だよウワサ...でもさ、なんか胸騒ぎっつうか...妙な感じなんだよな...」
3.
教室。夕方。一人きり。
...いままで私は何をしていたのだろう?
確かホームルームが終わって、それから...駄目だ、思い出せない。
それにしても、妙に静かだ。普段ならもっと騒がしいのに。
辺りを見回してみる。やはり、いつもの教室だ。
とりあえず立ち上がり、出入口の扉に手をかける。
開かないようだ。
廊下に面した窓も開かない。
そうやって一通り確認して、改めて教室の中を見る。
窓際の席に誰かが座っていた。
先程までは誰もいなかったはずなのに。
射し込む夕日が眩しくて、その誰かがどんな人なのかよく見えない。
窓際の誰かが、こちらを向いた。
タイミングを見計らうように日射しが弱まる。
そして、私は気づいてしまう。
その人は、いや、それは。
私と瓜二つ、いや、それ以上だった。
視界がぐにゃりと歪む。
私とそっくりのそれは立ち上がり、こちらに歩いてくる。
身長も、髪型も、身体的特徴はほとんど同じだ。
強いて言うなら、それは若干目付きが鋭かった。
それは私の目の前で立ち止まり、じっと見つめてくる。
息が苦しい。動悸がおさまらない。頭が痛い。
うずくまる私を見下ろし、それはそっと口を開いた。
「――、――、――、――」
それは、呪詛のように繰り返し繰り返し同じ言葉を発する。その言葉はだんだん明確に聞き取れるようになる。
それが私の首に手をかけ、そのまま、ぐい、と持ち上げる。
「妬ましい、妬ましい」
その手から逃れようともがくが、抜け出せない。
「妬ましい、妬ましい、妬ましい、妬ましい」
徐々に意識が遠退く。
ああ、最期に、あの子の、顔が、見たかったな...
そこで私の意識は途切れた。
4.
深い、深い、闇の中。
水底に沈んでいくような感覚。
「あの子の性格、妬ましい」
ああ、そうか。
「この子の運動神経、妬ましい」
ここは私の心の中。
「とにかく妬ましい、妬ましい」
普段意識しない、心の底。
「妬ましい、妬ましい、妬ましい」
私の姿のそれは。いや、『ワタシ』は繰り言を吐く。
それは、普段私が外に出さない感情。押し込めて、無いかのように扱ってきたもの。
『ワタシ』はその感情の塊。私が日々、目を背けてきたもの。もう一人の、私。
だからこそ。
私は『ワタシ』にそっと近づく。
「ごめんなさい、寂しい思いをさせて。全部押しつけて...」
そのまま『ワタシ』を抱きしめる。
「…いいんですか?」
『ワタシ』は私に問う。
「また、あなたに酷いことをするかも知れませんよ?」
「それでも、あなたは『ワタシ』ですから」
闇が晴れてゆく。沈むような感覚はもうない。
光に包まれると、意識がふわふわと遠のく。
彼女が、『ワタシ』が、笑っているような気がした。
5.
ゆうやけこやけで ひがくれて
「―――…」
やまのおてらの かねがなる
「――ヌス...ロ――ヌス...」
おててつないで みなかえろ
「ロンギヌス!ロンギヌス!」
からすといっしょに かえりましょ
「…マスター?」
「よかった...なかなか反応しなかったから...」
どうやら、席に突っ伏して寝ていたようだ。
まだ現実に戻ってきたという感覚がない。
ふと、窓の方を見る。そこには
「あ――」
『ワタシ』が、先程までの私と同じように、机に突っ伏していた。
「えっと...なんか妙なことになってるね...」
すぅ、すぅ、と寝ている彼女。原理こそ分からないが、私の心の底からいでし、もう一人の『ワタシ』。
「ええと...どこから話したらいいのか...」
夕陽が彼女の優しい寝顔をそっと照らす。
柔らかい風が、彼女の髪を揺らした。
6.
後日。再び何気ない会話。
「なあ、あの噂なんだけどよ...」
「ん?あのどっぺる何とかの?」
「そうそう、あの噂。あれに何でか続きができててよ」
「へぇ...どんな」
「なんでも、ドッペルゲンガーに向き合うことができれば殺されず、むしろ自分の助けになるってんだ」
「...それって、ペルs」
【会話記録はここで途切れている】
epilogue
これが、私と『ワタシ』の出会い。非日常の一幕。
そして、これからの日常の始まりの物語。