1.
意識は舞う花弁のように、或いは波に揺れる海月のように。
寝ている訳でもなく、起きている訳でもないこの時間は至福と言う他ない。
この微睡みに永遠に浸っていたいところだが、そうはいかない。でも、せめてあと5分...いや、10分...
「姉さん、起きてください」
至福の時は中断されることとなった。具体的には布団をとられた。それも、『ワタシ』によって。
「…おはよう、エンヴィ」
「おはようございます、姉さん。そんな恨めしそうな目で見ても駄目です」
字面的に、『ダメな姉を起こす優秀な妹』の図式なのだが、目の前で呆れたような表情(あまり表情の変化が無いから分かりづらい)をしているのは、元は『もう一人の自分』だ。
あの一件の後、『ワタシ』は消滅しなかった。理由は不明だが、不思議な事は私も見てきた。理屈では通らないこともある、という事で一応納得している。
さて、そんな『ワタシ』だが、『ワタシ』と呼ぶのも都合が悪い。彼女は私の嫉妬の感情から生じた存在だ。実に安直だが、私は彼女をエンヴィと呼ぶことにした。
2.
「姉さん、早く着替えてください。遅刻してしまいます」
「え、もうそんな...ってまだ余裕じゃないですか」
少し焦った。時間に余裕を持つのはいいことだが、普段より起きるのが10分遅れたくらいで遅刻したりしない。
なお、エンヴィは既に制服に着替えていた。今日の朝食当番も彼女だ。
「とにかく、早めに身支度を済ませてください」
そう言って私の部屋を後にするエンヴィ。
...今更だが、彼女は本当に『もう一人の自分』なんだろうか。若干、いや、結構違う気がする。まあ、違うからこそ不便が生じなかったとも言える。
エンヴィをどうするかは非常に難しい問題だった。自分とマスターだけではどうにもならないと判断し、理事長に相談したところ、
「なら、新学期からうちの生徒として通えばいいのよ」
と言われた。
「大丈夫、住むところはこっちでなんとかするから」
とも。
そうして理事長の粋な、粋すぎる計らいで私とエンヴィは共同生活を始めることになった。
エンヴィの学年は一つ下、ということになった。
「え?アンタから出てきたんだから実質妹みたいなものでしょ?」
という理事長の一言により姉妹設定が付与され、それ故にエンヴィは私を「姉さん」と呼ぶようになった。なってしまった。
3.
「それでは、私は日直ですので先に行きます。姉さん、戸締りをお願いします」
そう言うと、彼女は先に行ってしまった。
いつもは一緒に出るのだが、その時も心なしか避けられているような気がする。私が鍵をかけている間に歩いていってしまうし。
出かける支度をしながら、彼女について考える。
一度、帰り道でフォルカスに会ったことがあった。一応話だけはしていたのだが、やはり驚いた様子だった。気を遣ったのか、それとも気まずかったのか、エンヴィは先に帰ってしまった。その時、フォルカスは彼女について、
「ロンギヌスにはない威圧感というか…近づくなオーラが凄いですね」
と言っていた。
...彼女は、エンヴィは、一体何者なのだろう?改めて考える。私の欠片、もう一つの顔、裏人格...?どれも当てはまり、どれも違う気がする。
「……あっ」
ふと時計を見ると、もう出かける時間だった。
いつものように戸締りをし、いつも通り学校に向かう。
ここ最近はエンヴィと一緒だったからか、今日は少し寂しい気がする。こんなにも、誰かがいるのといないのとで変わるものなのか。
ふと、何かが気になって振り返る。野良猫がにゃあ、とないていた。
4.
夕方、放課後、帰り道。
エンヴィは、まだ用事があるとのことなので先に帰ることにした。
校門を出ると、フォルカスが待っていた。
久しぶりの、二人きりの時間。無意識に、互いの距離が近づく。
そっと手を繋ぐ。彼女の頬が少しだけ赤らむ。
思いきって、彼女に身を寄せる。彼女はどぎまぎしながらも、頭をなでてくれる。
蕩けるような甘い時間は、スプーンからこぼれる砂糖のように。
「では、また」「ええ、また」
なお、早く用事が終わったエンヴィが追い付いていて途中から見ていたことは、この時の私は知るよしもなかった。夕飯の席でのエンヴィからの視線が非常に痛かったことをここに記しておこう。
5.
日常とは、何気ないものだ。
だからこそ。
それは砂の城のように、脆く崩れやすい。
「その時」は突然やってくるように見える。
だが。
それは影のように忍び寄ってきているのだ。
かの聖人は言った。
『目を覚ましていなさい』と。
その時がいつなのか、だれにもわからないのだ。
デュリンが便利キャラみたいになってるえど、なんだかんだ不思議現象に対応してくれるやろ、という信頼を寄せてる。