Twin tale   作:天ノ川遥

3 / 8
重力加速度です。


―落ちる果実とその加速度について―
3.『9.8』


1.

神様は不公平だ。よく聞くそんな台詞を吐く人に「この世の何が万人に公平なのだ」と聞いてみたい、と思ったことはある。一体全体、完全な公平などというものがあるものか、と。

だが、こうなっては認めるしかない。公平なものはあるのだと。例えばそう、重力とか。

現実逃避はこの辺りにして。私、エンヴィは落ちていた。

 

遡ること数分前。昼休みも半ばを過ぎる頃。

私は暇を潰すべく図書室に来ていた。

...別に教室に居づらいとか、そういう訳ではない。教室にいて、ぼーっとしているくらいなら図書室で本を読む方が有意義だと判断したまでだ。

ちょうど、気になっていた本があったのだが、本棚の高いところに収められていて脚立を使わないと取れなかった。都合のいいことに、その近くに脚立がひとつ置いてあったので、それを使わせてもらうことにした。

念のため言っておくが、私では身長が足りない、ではなく、大抵の人では身長が足りないのだ。具体的には私二人分くらいのところ。1.5×2=3メートルくらい。

で、自分の身長と同じくらいの高さの脚立に上って本を取ろうとしたその時。

...端的に言おう。バランスを崩した。

 

そして現在に至る訳だが、ここまでの回想をしている間に既に頭と足が水平位置に来ている。想像しづらいなら、体と床が並行な状態、とでも言おうか。

人間の最も重い部位は頭だろう。で今、私は空中で床と並行な状態。つまりこの後、床と真っ先に接触するのは、背中ではなく恐らく頭だろう、ということだ。

痛いだろうなぁ...いや、痛いで済めばまだ良い方か。

こんな時に似つかわしくない、妙に落ち着いた思考は、重力に逆らう力によって中断された。

「…大丈夫ですか?」

それが彼女、スイハとのファーストコンタクトだった。

月曜日、12時41分の出来事である。

 

 

2.

午後の授業は、あまり頭に入ってこなかった。ノートの字は所々書きかけで止まっていたり、或いは判読不可能になっていたりした。まあ、幸い『私』が一年前に受けた授業だ。ある程度の知識はこちらにも引き継がれているし、不安なら(少し癪だが)『私』――今は姉さんだ――から教えて貰えばいい。せいぜい妹としての特権を使わせて貰うとしよう。

それよりも。

あの後、私を華麗にキャッチして助けてくれた彼女に何度もお礼を言っているうちに昼休みが終わってしまった。結局、彼女の名前も聞いていない。同じ学内の生徒だから何処かで会えるとは思うのだが、やはり今一度落ち着いてお礼を言いたい。

…また図書室に行けば会えるだろうか。ふと頭をよぎるその考えは、今のところ一番よい手段のように思えた。教室を覗いて回るよりはまともな手段だろう。

姉さんには悪いが、一人で帰ってもらうことにしよう。むしろ、フォルカスと過ごせるチャンスをあげるようなものだ。せいぜい私の見てないところでイチャイチャするといい。

そんなことを考えながら、私は図書室に向かうのだった。

 

 

3.

放課後の図書室。静かな空間に、音楽室から微かに聞こえるピアノの音色が心地よい。

できるだけドアの開閉には気を遣っているつもりだが、やはり多少音はしてしまうものだ。幸いと言うべきか、図書室にはほとんど人が居なかった。図書委員がカウンターの向こうで、うつらうつらとしている。

そして部屋の奥の方、窓際の椅子に腰掛け一人本を読んでいる人―――間違いない、昼休みの彼女だ。

大きな声は出せないが、小さな声では聞こえない。

「あ...あの...」

少し抑え気味、でも聞き取れる声で話しかけた…つもりだったのだが、緊張の為か普通程度の声量になってしまう。

「おや、あなたはお昼の...」

「あの時は本当にありがとうございました。改めてお礼をと思って...」

顔にも声にも出さないようにしているが、非常に緊張していた。次の言葉が出てきづらい。言葉を接ぐので精一杯、声は徐々に小さくなっていく。

「そうでしたか。わざわざありがとうございます。しかし...よく私がここにいると分かりましたね」

「あ、いえ、何となく、ここかと...」

どぎまぎしつつ、何とか返事をする。なんというか非常に私らしい。かつ、ワタシらしくない。

「...まだ名前も言ってませんでしたね。私はスイハといいます」

「え、あ、私はエンヴィといいます。改めてスイハさん、助けていただきありがとうございました」

「いえ、私は当然のことをしたまでです」

微笑みながらそう返す彼女は、随分と大人びて見える。

さらりと揺れる黒髪、前を見据える瞳...

そのすらりと伸びた指先は本の頁の隙間に―――

「『車輪の下』、ですか」

彼女が持っているのは、ヘルマン・ヘッセの代表作だ。『少年の日の思い出』の作者、と言えばピンとくる人も多いだろう。

「ええ―――本、お好きなんですか?」

彼女の目が心なしか輝いて見える。

「はい」

嘘ではない。私自身――つまり『エンヴィ』として――暇があれば本を読んでいるくらいだ。

「ちなみに、どのような...」

彼女の目の輝きが増す。

「ええと...本当に色々で...ミステリーとかは好きでよく読みますが...」

ライトなノベル、SF、ファンタジーから純文学まで...ジャンルに対するこだわりはそこまでない。強いて言うならミステリーが多い、という程度だ。

「...あの、エンヴィさん」

彼女は、本に栞を挟んで机の上に置き、改めてこちらに向きなおる。その目は真剣でありながら、キラキラと輝いている。

「もしよろしければ、時間のあるときに、その...本の話とか...できれば...と...」

もじもじとしながらも彼女は、今日会ったばかりの私にそう言ってくれた。

かくして、私とスイハの交流が始まったのだった。

ある晴れた、春の日の話である。

 

 

4.

ふわふわした気分のまま家に着く。

「...ただいま」

「あ、おかえりなさい、エンヴィ。遅かったですね」

姉さんがキッチンから顔を出す。

「ええ、ちょっと色々あって...」

曖昧な返事をしつつ、自室に向かう。

「...?」

姉さんは不思議そうな顔をしていたが、特に気にならなかった。

 

自室。ベッドの上。

着替えないとシワになるのはわかっていたが、制服のままベッドにうつ伏せになる。

今日の出来事を振り返り、一巡した辺りで身悶えする。

それは嬉しさからなのか、恥ずかしさからなのか...大方五分五分だろうが。

『エンヴィ』として、始めての『友人』という奴ではなかろうか。一緒の時間を過ごして、楽しみを共有して...

姉さんとフォルカス...は、もう少し深い関係だが、それに近い―――姉さんと...フォルカス...

先日の二人のアレを思い出し、再び悶える。そんな感じじゃない!もっと、こう、なんか...

「エンヴィ、ご飯ですよ~」

ごちゃごちゃになった思考は、姉さんの声によりリセットされた。

...あとでスカートにアイロンをかけないと。

そんなことを考えながら私は部屋着に着替え、姉さんの待つキッチンに急ぐのだった。




ロンギヌスの身長は148cmです。2cmくらい誤差ですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。