Twin tale   作:天ノ川遥

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禁断の果実はリンゴだったりブドウだったりするそうです。


4.果実

1.

昼休みの図書室。

この図書室にはテラスが設置されており、晴れた日は外でのんびり読書をすることもできる。...のだが、ほとんど利用されることはなかった。せいぜい誰かが時々昼寝している程度だった。最近までは。

現在テラスでは二人の生徒が最近読んだ本について語り合っている。

一人は私、エンヴィだ。ほとんど他人と関わろうとしなかった私だが、最近はこの時間が楽しみで仕方ない。

そんな私と話しているのは、ふたつ上の先輩であるスイハだ。本について話せる人が周りにいなかったらしく、こうして話している時の彼女の目は、年頃の女の子のようにキラキラ輝いている。大人びた雰囲気の彼女だが、こういった一面もあるのだと思うと、微笑ましいというか、なんというか。

 

あの日以来、昼休みや放課後に彼女と図書室で待ち合わせるようになった。今日のように話をすることもあれば、本を交換して黙々と読むこともある。時折、勉強を教えてもらうこともある。彼女はいつも真剣で、でもどこか楽しそうで―――

昼休み終了の予鈴が鳴る。10分後には午後の授業だ。

「――もうこんな時間ですか。ではエンヴィさん、また。午後からも頑張りましょう」

「はい、先輩も」

楽しい時間は実にあっという間だ。感覚的には5分経っていないというのに、30分も話し込んでいたらしい。

彼女との時間、彼女の言葉は、私に活力を与えてくれる。たった30分、たった一言で、頑張ろうという気持ちになれる。不思議なものだ。

そんなことを考えながら、私は教室に戻るのだった。

 

 

2.

スイハ。歳は私のふたつ上。弓道部所属。

学内ではそこそこ有名人であり、『クールビューティー』というイメージで通っている。

成績優秀、落ち着いた雰囲気、モデル体型。彼女に憧れる生徒も多いとのことだ。

 

...これが、彼女の学内でのイメージらしい。

ほとんどは私も知っている彼女のイメージ通りだ。最も、彼女が有名人であるのは知らなかったが。

だが、私は知っている。彼女が楽しそうに話しているところを。あの目の輝きを。私以外に知る人は、居ないとは言わずとも多くはないだろう。

そう思うと、嬉しいような、くすぐったいような気分になる。今の私は、人に見せられない表情をしていることだろう。幸い今の図書室はほぼ無人であり、図書委員も居眠りをしている。それでも何だか恥ずかしくて、そっと本で顔を隠す。

 

前述の通り、スイハは弓道部所属だ。月曜日以外は練習がある。そのため、スイハに会えるのは昼休みと、月曜日の放課後だけだ。

私は放課後も度々こうして図書室に来て、スイハに薦められた本を読んだり、課題を終わらせたりしている。

月曜日だけ図書室に居る、となると姉さんが何かを察するかも知れないというのが割と大きいが。

...そう言えば姉さんは、先週の日曜日にフォルカスと何処かに遊びに行ってきたらしい。ほわほわと、幸せそうな顔で帰って来た姉さんが妬ましくないと言ったら嘘になる。お土産のトマトジュース(瓶入り)が無かったら、翌日は寝不足になっていたことだろう。

ああ、私もいずれ...

そこまで考えて、その妄想を打ち消す。私とスイハはそんな関係ではない。これまでも、これからも。ただ本の話で盛り上がれる友人。それだけ。

ぱたん、と本を閉じ、帰る支度をする。いつもより少し早いが、姉さんに追いつくようなことはないだろう。

ふと、昼休みにスイハと居たテラスの方を見る。白いテーブルが、夕焼け色に染まっていた。

 

 

3.

翌日の昼休み。

昨日の晩は、妙に寝付きが悪かった。なんだかモヤモヤするというか、落ち着かないというか。とにかく、そのせいで私は少し眠かった。

それでも図書室に来たのだが、

「ふぁ...ぁ」

ついつい欠伸が出てしまう。図書室の静かさも相まってか、眠気が増すような気がした。

「珍しいですね、エンヴィさんが眠そうにしてるとは」

「ええ...なぜか眠れなくて...」

午前の授業で居眠りしなかったのは奇跡的だった。だが、午後からの授業には不安しかない。

「...今少し眠ってはいかがですか?少し眠るだけでも違うと聞きますし」

「しかし...」

「時間なら大丈夫です。20分程で起こしますので」

そういうことではないのだが。

「では、お言葉に甘えて...」

そう言って、私はソファの方に移動する。

ちょうど仮眠するのによさそうなソファ。そこに...

「...あの、先輩?」

「どうしました?」

先にスイハが座る。

「えっと...そこで仮眠するつもりだったのですが」

「ええ。ですから...」

スイハは少し恥ずかしそうに目をそらす。

...ああ、そういうことか。彼女の意図を理解するのに数秒を要した。

いや、しかし...膝枕とは。

「......失礼します」

少し躊躇ったが、彼女の好意を無下にするのは失礼だ。

スイハの太ももに頭を預ける。

柔らかな感触、彼女の匂い。心地よい安心感と急速に襲い来る眠気に、私は意識を委ねた。

 

宙に浮いたような、或いはゆっくりと落ちていくような...そんな感じだ。意識が少しずつ現実に戻る。

それと同時に、彼女が私の頭を撫でているのが分かる。

さらり、さらり。それは今まで味わったことの無い、くすぐったいような、それでいて気持ちのいい感覚だった。

「あ...起こしてしまいましたか?」

時計を見ると、まだ10分ほどしか経っていなかった。

覚醒しきらない意識の中、何を思ったか私は彼女の制服に顔をうずめる。

スイハは驚いた様子もなく、私の頭を撫で続ける。

呼吸の度に、彼女の香りが私を満たす。ずっとこの時が続いたらいいの...に...

自分が何をしているかを意識すると、急に目が冴える。

それと同時に、恥ずかしさが込み上げてきてしまう。

「~~~っ!」

顔が熱い。きっと耳まで真っ赤になっていることだろう。

起き上がった後、しばらくスイハの方を見れなかった。

「...すいません、取り乱しました」

「いえ、また眠いときはいつでも」

彼女は心なしか、嬉しそうに見えた。

 

なお、仮眠のおかげか、恥ずかしさのせいか、午後の授業はちゃんと受けることができた。

 

 

4.

放課後。いつもより少しだけ長く図書室に居るつもりだったのだが、いつの間にか随分経っていた。部活をしている生徒も大抵はこの時間になると帰宅する。居眠りしていた図書委員もいそいそと帰っていった。

...もしかしたら、スイハに偶然会えるかもしれない。

そんな期待をしながら、玄関を出ると―――

校門の方に、スイハの姿が見えた。だが、彼女は誰かと話しながら歩いていた。

制服を見るに、他の学校の生徒だろうか。

スイハは、楽しそうにその人と話していた。

私は、二人が歩いていくのを立ち尽くして見ていた。

 

翌日。私は図書室に行かなかった。行けなかった。

スイハの、彼女の隣に居てはいけない気がして。

昼食は何を食べたか忘れた。味のしないナニカをひたすらのどに流し込んだ記憶しかない。

気紛れに缶コーヒーを買ったが、結局開けずにカバンにしまった。

昨日の昼休みのことを思い出そうとするが、それより早く放課後の事が浮かんできてしまう。

授業中も、休み時間も。ずっと上の空だった。

意識はぼんやりしているのに聴覚はハッキリとしていて、嫌でも他人の声が、会話が、些細な音が、ノイズとなって余計に意識を遠ざける。

「ねぇ、昨日...スイハ先輩が...」

そんな雑音の中に、

「ああ、あの人でしょ?一緒に帰るのたまに見るよ」

紛れたソレは。

「もしかして...付き合ってたりとか?」

「かもねー。あのスイハ先輩と並んで帰るとか...」

私の本質を。醜くて、どうしようもない心を。

『嫉妬』を煽るのに充分だった。

 

昼休みも終わりに近づくのに、私は外に出た。

行く先は校舎裏。人気のないそこに、私はフラフラと、何かに操られたかのように向かった。

静かなところで、何も考えずにいたかった。

喧騒が遠ざかり、やがて静寂が訪れ、そして

誰かのすすり泣く声だけが虚しく響いた。

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