回収するつもりはないです。
放課後。喫茶店のカウンター席で本を読む生徒が一人。コーヒーを飲もうとして、カップが空なのに気づく。
「店主、コーヒーのおかわりを」
ここ数ヶ月通っているからか、店主も慣れたようにカップを下げ、コーヒーを淹れる用意をする。
芳しい匂いがカウンターの奥から店全体へ広がり…
丁度開いた扉から外へ流れてゆく。
「いらっしゃいませ」
入ってきた女性は生徒の隣に座る。
「コーヒーと、それからシフォンケーキを」
「かしこまりました」
女性は上着を脱ぎ椅子の背もたれにかけると、生徒に話しかける。
「あなたがマスター、ね」
「…よくご存じで、ラグナロクさん」
「あなたこそ。どこで調べたのかしら」
「よく喋る小さい学長がいるので」
「はぁ…あの人、悪い人じゃないのだけれど」
「お待たせしました」
ラグナロクにコーヒーとケーキを出す店主。
「でも、どうして私の事を?」
「関わった件についてはある程度調べるようにしてるので」
「……そう」
コーヒーを一口。ケーキを一口。
しばらく沈黙が流れる。
「で、私に何か用ですか?ラグナロクさん」
「学校では随分と活躍しているそうじゃない。どんな子か一度話してみたくて」
「……それだけですか?」
「うん、それだけ」
「……そうですか」
再び沈黙。
時計の音が妙に大きく感じる。
「で、私の事を探ってくれたみたいだけど。関わった件、って?」
「……スイハさん関連で」
「ふぅん?」
思い当たることがあるのか、ニヤリと笑うラグナロク。
「で、スイハの事を調べる中で私についても?」
「そういうことです」
「じゃあ何か聞きたいこと、あるんじゃない?」
「……当人に、直接?」
「そうしないと手に入らない情報もあるのよ」
マスターは鞄から手帳をおもむろに取りだし、ページをめくる。疑問点を列挙したページ。それも、当人にしか聞けないような疑問。
「……随分と子供を引き取ってるようですね。ここ数年で7人ですか」
「やっぱり、そこかぁ」
「そりゃこれだけ引き取ってれば目につきますよ、ラグナロク警部」
「……そこまで喋ったの?あの学長」
「自慢げに」
「……はぁ」
二度目のため息。お喋りな知り合いを持つのは大変だ。
「で、引き取った子に共通するのは……」
今度はファイルを取り出すマスター。中には新聞の切り抜きが幾つか入っている。その一枚を取りだし、
「不可解な殺人事件、その生き残りってことですね」
『【○○市でまたしても殺人事件】
20XX年9月○日 ○○市内住宅街にて悲鳴が聞こえると近隣住民が通報。
警察が駆けつけると、■■さん、■○さんが倒れているのが見つかった。病院に搬送されるも死亡が確認された。■■さんと■○さんの娘であるスイハさんは無事であり、警察に保護された。
警察は被害者の傷痕などから殺人事件と断定、捜査を進めている。○○市内では殺人事件が相次いでおり、関連性についても調査中とのこと。』
「……三年前の事件ね」
「この他にも同様の事件が、今年の4月までに7件」
「ええ……私も捜査に加わってるわ、全部」
「そして全ての事件で家族のうち一人、子供だけが無事で、その子たちを引き取っている、と」
「そう、ね……」
ラグナロクの表情はやや暗い。それはそうだろう。殺人事件のことなんて、本当は聞かない方がいい。
「……聞かれたくなければ、言ってください」
「ううん、君にはある程度話しておきたいし……」
「……なぜ、私に?」
「―――同じ、バイブスを持つ者として、かな」
ラグナロクはマスターの手元のファイルから、週刊誌の一ページを的確に抜き出す。
『【○○市殺人事件 不可解な手口 見つからない証拠】
○○市ではここ二年ほど凄惨な殺人事件が相次いでいる。だが、その手口については不可解な部分が多いと関係者は語る。
まず始めに、被害者の傷。人間ではこのような傷をつけるのは不可能だと言う。
また、子供が一人残されているという共通点。なぜ犯人は家族全員に手を出さなかったのか。
そして、誰も犯人らしき人物の姿を見ていないということだ。凶器も見つかっておらず、捜査は難航しているとのこと。』
「……言わんとすることは分かります」
「そう。なら――」
「――でも、いや、そんな……」
「……あくまで推測。でも、それなら辻褄が合う」
「なら、あなたは――」
「……そうね。あの子たちには悪いことをしてる」
「ラグナロク、さん……」
「……もう行かないと。店主さん、お勘定を」
勘定を済ませ、店から出るラグナロク。再び店内が静かになる。
(……そんなことって)
マスターは一人、思索に耽る。
人間にはつけられない傷。
生き残った子供。
見つからない犯人。
疑うのは当然だろう。
そして、ラグナロクは―――
やっていることは、マスターがやっていることと変わらないのかも知れない。バイブスを持つ者の役目とも言える。
「……もう少し、調べる必要があるか」
手帳を閉じ、ファイルと一緒に鞄にしまう。
冷めたコーヒーに映る丸い灯りが揺れる。
ゆうやけこやけは、まだ聞こえない。
『9/■
スイハはあまり口をきかない。あんなことがあった後だし、当然か。
グラーシーザはスイハに積極的に話しかけていた。スイハもグラーシーザには少し心を開いたようだ。
この子たちが、あんなことをしたとは思えないし、思いたくない。けれど、可能性としては一番高い。
異族化を抑制できる私がついていなければ。』
回収するつもりのない伏線。