サキの話
菌糸類の研究をいつ始めたのかサキは覚えて
いない。武術の鍛錬を開始したのと同じぐらい
だったはずである。しかしそうすると立って
歩きはじめたぐらいである。
そんなはずはない。
ここ最近は地上と宇宙の居住地で同程度の新種
が発見されるので、サキが年間で地上と宇宙に
いる期間もちょうど半々程度になっていた。
この時代、地上と上空を行き来する人は比較的
珍しくなっていた。
今回は自然重力下、比較的乾燥した地帯の雨期
である。この時期だけ、緑が増える。いい季節
であるが、来年のこの時期までしばらく地上に
降りられないと思っていた。
最近始めたコケ類の研究手法をさがすために
こもるからである。菌糸類では自作のAIで特殊
な走査方法を使用していたが、その焼き直しで
済めば話は早いはず。
そのほかにも、軍事顧問の仕事が増えていた。
16歳で個人国家として独立したサキに興味を
示すのは同じような個人国家に限らない。
もっとも、その軍事顧問の仕事が地上を走査
する際には役に立っていた。セキュリティに絡
んだ情報を各国が一般の研究機関には出し
づらいからである。
おかげでたいした苦労もなく、充分な収入が
得られていた。
ここで接近物の警告が上がってきた。
研究道具はすでに片づけたあとである、あとは
かねてよりの場所に移動するだけだった。
アナログな日よけの帽子にアナログなシャツ、
短パン、その下に光学迷彩。
雑な接近に思えたのは相手によほど自信がある
からだろうか。
ウォーミングアップも兼ねて軽く走りながら開
けた場所へ着いたとき、その相手も走ってきた
感じだった。アンドロイドでもアップするのかな、
などと考えているうちに距離を詰めてきた。
民間用に偽装した軍事タイプ。しかし、見た
ところ武器はない。もちろん、そんなものを持っ
ていればここにつく前にキャッチされているが。
予想はしていたが、話しかけてこないところを
見ると交渉するつもりは全くなさそうだ。短時間
でケリをつけようとしてくる。そして、相手は
こちらの実力を知らない。
ただ、この瞬間はいつも緊張で手が痺れる感覚が
ある。いつも最初の一分が肝心だった。
サトーの話
道に迷ったのはもちろんマニュアル運転に
切り替えていたからである。しかし、サトー
ユタカは、ほかにももっともな言い訳が
ないか探していた。
といっても、今日は出張終わりの空いた時間
である。言い訳する相手もいない。いったん車
を停めて、少し歩いて見晴らしのいい場所で
一服しようとしていた。
この時代でもアナログカーは少なくない。
しかし、最新型よりも値段が高いうえに劣る点
もたくさんあり、妻にもいつも文句を言われて
いた。
しかしサトーはそこだけは譲れないと思って
いた。たしかにガソリン車ではない。この時代
に完全受注タイプのガソリン車はとてもサトー
の給料では買えなかった。
太陽光発電も備えた電気タイプのエンジンで
あるが、ガソリン車風に振動し音を出す。
そこが見る人によってはかえってダサいと感じ
るし、実際エネルギー効率も悪い。
いつかフリーのジャーナリストになってやる、
そう思いながら今の新聞社で10年が経とうと
していた。経緯があって今は妻と一人の子ども
と駐在し、今日は愛車で出張だった。
違和感を感じたのは、遠目に一人乗りの
ホバーを停めてから足で走る人影が大型店舗
などで見るような制服を着ていたからだ。
そして、これも忽然と現れた日よけ帽を
かぶった十代と見られる女性と挨拶したかと
思いきや、制服のほうが殴り掛かった。
ように見えた。というのは、少女のほうが、
つまずいたのかどうなのか、とにかく避けた
のだ。が、制服はそのまますごい勢いで殴る
蹴る。少女はそのうち派手に吹っ飛んだり転が
ったりしているが、なぜか意識を保っている
ように見える。
ナンだこれは、と一瞬呆気にとられている
間に、テキストが飛んできた。「ロボットが
暴走しています、避難してください」しかし、
サトーは内容を読む前にこれまでの経験から、
直感から、非常にマズい事態であることを
把握した。
単なる暴走でなかったら?
民間のアンドロイドがあのような動きができる
わけもないし、もし軍事用であればその意味
するところは明白だった。
この子がやられたら間違いなく、次に証拠隠滅
で消されるのは自分、地方の新聞社とはいえ、
ジャーナリストの勘がそう言っていた。ヒザが
躍るのをかっこ悪いと思う暇さえなかったし、
妻や子の顔が思い浮かぶ暇もなかった。
愛車をどう発進させたかほとんど憶えていな
かったが、自動運転に切り替えていったん落ち
着いた。何か理由を見つけて家族で一時帰国し、
そしてまた理由を見つけてこっちに戻らない、
などとぼんやり考えていた。
ふつうの人生とは何だろうか、などと思って
みた。
サキの話2
「やっぱり特殊仕様はないみたいね」
「私相手にノーマルで来るとかムリがある
よね?」
ほとんど口に出して言っていたが、次の瞬間、
肩口にシャツを掴んできた相手の腕がバキっと
大きな音を立てた。外見には何も変わったよう
に見えないが、駆動系がイカレたのを察知した
のか、制服はいったん距離をとる。
「これ以上の行為に対しては相応の報復措置を
とります」
「よく言うよ」
引き込んだのちに裏をとり、拘束帯を取り出し
て生きているほうの腕もきめた。コネクタを
見つけてデバイスを挿す。
「前に来たやつはコネクタも殺してたんだけど」
「私と戦ったあとに再利用できるとか思ってた
んだ」
今回襲ってきた軍事用アンドロイドはふだん
から練習しているうちのひとつだった。武器の
所持や隠し武器などがないのはあらかじめ走査
してわかっていたが、自分の知らない技を使用
するかどうかに数分見極めが必要だった。
と言っても、かわす自信もあり、つまり念の
ための見極めだ。武術の指導者からも慎重さが
足りないとか言われないために。
今回は機体の仕様を充分熟知しており、弱点も
わかっていた。特に肩口からつかんで投げを狙
って来た際に、腕にダメージを与えられる角度
と強さは何度も練習していた。
じゃあ強度をなぜ高めないのかとなるが、そう
すると繊細な技が出せなくなる。だいたい武術
の世界大会レベルの人間でも、そんな弱点を
つける者は数人しかいなかった。
可視区域内に民間人がいることも気づいてい
たが、すでに照会できていたので特に気にしな
かった。新聞社勤めまでわかっていたが、とく
に記事にすることもないだろう。
数分してハッキングに成功したので、この機体
からは嘘の報告があがっているはずだ。
「ターゲットおよび目撃者の処理に成功。ただし、
本機については移動不可能なダメージを負った
ため、偽装記録を上書きしたうえで機能停止
する」
こういった場合、もちろん襲わせた側、依頼主
が機体を回収したいものだが、サキが呼んだ
警備会社が先に回収してこれまたありがちな
報告を一般公開のサイトに上げた。
しかし、一点気になる部分があった。通常この
ような出来事があった場合、機体の出どころは
テロ組織であったり、そのたぐいの小国から
送り込まれた形跡が記録からわかるものである。
今回は大国の名前があった。これを理由に、
この後サキは公式の場から完全に消えさる。
事故死ということで小さな記事にもなった。
「やり方が雑だよね」
と思いつつも、ある大国がある意図をもって
動き出していることは明確だった。公式な身分
のまま正面から戦うと、ちょっと厳しい、
というのは軍事コンサルとしての知識からも、
生き物としての直感からも感じられること
だった。
サトーの話2
家に帰ってまず確認したのは、最近の女性の
格闘家の画像や動画であった。そして、やはり
いた、年齢や背格好がその少女にそっくりな
選手。
しかも車で2時間の場所にその子たちが所属
するジムの支部があった。翌朝仕事に行くふり
をしてそこを訪ねる。職場には身内に不幸が
あったとして一時帰国とその準備のための
休暇を願い出ていた。
そして、会えた。本人たちではないが、
トレーナーで母親のエマ・ハントである。本人
たちはすでにプロ格闘家としてデビューして
おり、そこにはいなかったが、ジェニーと
ジェシカ、親のエマも現役当時そうとう強かっ
たが、期待の双子だった。
エマに入門希望と別に話がある旨を伝え、部屋
に案内されてさっそくその話を切り出した。
「それはうちの娘たちじゃないね。最近は印象
づくりもあって一人で行動することはほとんど
ないし」
「あの二人地上はそんな好きじゃないみたいだし」
「でも思いあたる節もあるんだよ、下の子と話し
てみる?」
ジェレイドはその双子の弟で、彼ももうすぐ
デビュー間近だった。
「それ、サキかもね」
従妹がいるとのことだった。3人並べばだいぶ
違うのがわかると。
しかし、驚いたことに、その双子は女子選手
なのにジェレイドより強い、いや、重量級の
トップクラスでさえ倒してしまうかもしれ
ないと。そしてさらに、サキはもっと強い
らしい。
「小さいころから何度か練習したけど、一度も
勝てなかった」
「あんた前に一度も触れなかったって言ってなか
った?まあプロデビュー前にそんな話他人に
できないか。」
「なんせ親があれだからねえ」と横からエマ。
親も有名な人らしい。
が、そのあとエマから出た話も驚愕、というか
ある程度予想できた部分もあるが、他人から
あらためて言われると膝の裏あたりにぞわぞわ
と寒気を感じた。
「家族も含めて狙われると思ったほうがいい」
もう少し出世していれば、脅迫して口止め、
というかたちをとってくるところだが、今の
位置だと消される、らしい。
「うちは警備会社もやってるでしょ、その手の
話多いんだよ」
「うちの本部ジムに来ればいい。そう、家族で
宇宙に移動。ちょうど仕事も募集してたから、
新聞記者でしょ? ブログ書けるよねえ?」
というわけで、妻をどう説得するか、そこだけ
だった。
サトーの話3
説得は呆気なく終了した。どうも前々から
宇宙に出たいと思っていたらしい。
「どうしてもダメならお金持ちの知り合い作って
子どもだけ連れて出てもよかったのよ」
と妻はニッコリ笑った。
ジムの建物内に住める家具付きの部屋が空いて
るとのことで、荷物をまとめて持てないものは
箱詰めして郵送し、そして家を出た。夜逃げ
のごとく。
そして行先は月の裏側にある第三エリアと呼ば
れる宙域。
一番近い海洋上にある宇宙エレベータで上がり、
そこからシャトルを使って移動する。どちらも
高速のものを選ばなければ発車時でもシート
ベルトなしでくつろげる。
いったん第一エリアでシャトルを乗り換え、
第三エリアへ向かう。宇宙行き出張を一度でも
やっておけばよかった。無重力帯の移動含めて
不慣れなことこのうえない。しかし意外と旅は
快適に過ごせた。
第三エリアでシャトルを降り、そこでいったん
ホテル泊した。そこで、ジムの所長のボブと
会った。たまたま別件で出ており、翌日
いっしょに移動することになった。
ジムに着いて旅装を解いたあと、ボブから例の
双子を紹介してもらった。確かに二人とも
地球で見た少女よりもひと回り体が大きく、
肌も褐色で強そうだった。似てはいるが。
ついでに同じ日に入門することになった女の子
も紹介された。アミという。金髪の14歳。
なんでも音楽活動をやっていて、体づくりの
ために入門するだとか。
なんとなくごつい筋肉の男ばかりがいるところ
を想像していたので、少し気が楽になった。
あとで勘違いであることに気づくのだが。
仕事はジムでのトレーニングの様子を記事に
して発信すること。というわけで、1か月の
基礎トレーニングのあとに、本格的な
トレーニングが開始された。
地獄の始まりだった。
サトーの話4
入って一か月目からスパーリングを始めて、
それでも2か月間ほどは、あの双子はかなり
手加減してくれていたんだな、と後で思った。
実は学生時代に球技をやっていて、けっこうな
ところまで行ったんだ。運動神経には自信が
あった。そりゃ30代でなまってた部分もある
が、最初の1か月の地獄のような筋トレや
走り込みで、かなり戻っていたはずだ。
しかし、最初の一か月が天国だったのはすぐ
判明した。とにかく立っていられない、
ひたすらボコボコにされる。いや、一応こちら
からも攻撃させてくれる。でもすべて、打とう
が投げようが、すべてカウンターで返される。
たまに部外者が合同練習にくるが、双子と
けっこういい勝負をしていた。どれだけ強いん
だとあとで聞いてみたが、外の人間にはあまり
技を見せないらしい。とくに試合で当たる
可能性のある人間には。
たまにジェレイドも練習にくる。そりゃ
もちろん最初のうちはボコボコにされてたが、
日が経つにつれ、ジェレイドとはそこそこ
やりあえるようになっていた。いや、もちろん
負けるのだが、耐えられる時間が少しづつ
延びてくる。
とはいえ双子には相変わらずやられっぱなし
だった。こちらの実力が伸びるのにあわせて
段階的に手加減をなくしていっているように
見える。むしろ、こっちが弱くなったのかと
感じるときさえある。
妹のジェシカは優しい。
いつもスパーリング後のアドバイスがてら
フォローしてくれる。
「あなたはセンスが良くてリズムがあるから
技にかかるのよ」
「センスのないひとと練習すると強い選手でも
調子が落ちるから」
プロなのにおれみたいなのと練習してていい
のか聞いてみた。
「たまに格下と練習して、勝つイメージを作る
のも重要なのよ」
うーむ。
妻は元々料理が得意だったので、ジムの
料理班に入ってはりきっていた。格闘家の体を
作るための料理はいろいろと制約が多くなって
くるが、そこがかえって面白いらしい。
記事も開始して1か月も経たないうちに人気が
出てきた。それは、ジェニーとジェシカが人気
があり、彼女らとの練習を記事にしていること
もあるが、とにかくこのジムはいろんなところ
にいっていろんな練習をする。
打撃系か、投げ技か、というレベルではない。
とにかくあらゆる格闘技の練習をする。それも、
最新理論に基づいたかと思えば、ものすごく
古風な練習法もやる。
そして料理も、練習メニューをあるていど考慮
したものになっているらしい。つまり、ジムに
入門どうこうというよりも、単純に健康法的な
面で人気が出た。
もちろん、私が毎日ヘロヘロになっていること
は書かない。
サトーの話5
とにかくこのジムはよく泳ぐ。
この流派の特徴らしい。常に水をイメージしろ
だと。
こっちはスパーリング中にそんな余裕はないん
だよ。
でもまあそこまではいい。おれはなぜかほぼ
毎日、ドラムを叩く練習をやらされている。
リズムが大事なんだと。納得いかないが、
ジェシカにそう言われると何も言い返せない。
そうだ、楽器と言えば、あの女の子、アミの
ことを書かなければならない。まあ単純にいう
と、強かった。
一応ジェシカに血縁かどうか聞いてみたが、
違うという。もともとやっている音楽活動の
関係で、週に3回トレーニングに参加できる
かどうかという感じだが、数か月でどうも
おれとは違う特別メニューも秘密の部屋で
こなしているらしい。
スパーリングも、むしろ最初のうちのほうが
いい勝負できた。技を覚える速度が半端なく
速いらしい。若いからだと思うようにしている。
双子ほどボコらないのは自分の指を気遣って、
アーティストだから、と本人談。
もちろん楽器もおれよりうまい。本人の専門は
弦楽器らしいがドラムも他の楽器もうまい。
そして、ドラムの先生になってくれている。
金は払わなくていいよ、とのこと。
おじさんには若い世代の音楽の話はよくわから
ないが、その方面ではけっこうな有名人なの
かもしれない。
そう、有名人と言えば、ドン・ゴードンと双子
の練習をみることができた。無差別級で世界
ランカーの、このジム男子でおそらく最強の
ひとだ。サインをくれと言いたい。
勉強のためにスパーリングを見ていいという。
この日は主にジェニー相手に試合形式で練習
していた。印象としては、当然というか、
ジェニーがおされぎみだった。無差別選手相手
に渡り合えるだけで充分なんだけど。
だが、そのあとジェシカが教えてくれた。
ジェニーが不利になるルールでやってたんだと。
例えば、ジャケットマッチ。掴み易くなれば
小さい方が確かに不利か。
ほかにもあるのか聞いてみた。
「股間にひじうちを決めてはいけないとかー」
「練習だからケガさせてはいけないとかー殺して
はー」
なるほど。
「まあそのうちわかるよ」らしい。
サトーの話6
「シントウケイ、ですか」
何やらまた新しい練習が始まった。分厚い筋肉
を「浸透」してその内部に衝撃を与える打撃
方法らしい。
「効果あるんですか?」
エマに聞く。それを教えるために本部まで来て
いた。
「前にあなた入院するのしないのってなったよね、
たしかジェニーとの練習で」
思い出した。先月だったか、いつになくうまく
技をしのげていたと思ったら、珍しく焦った
のか、ジェニーが胴を拳でなく手のひらで
打った。そして、そのあと動けなくなった。
打った直後、腹部の苦しさにうずくまる瞬間、
なぜかジェニーの顔が青くなっていたのを
思い出す。
「シントウケイが入りかけたのよ」
「ジェニーが焦ってたでしょう?あれで臓器交換
とかいう話になると、打ったほうが自腹って
うちのルールだから」
「けっきょく検査で問題無かったけど、検査分は
あの子払ってるよ、罰金罰金」
うーむ、命にかかわる状況だったのか。
医学が進化したとはいえ。
それから、特製の水の入った革袋をひたすら
打つ練習が追加された。水泳の練習も何気に
増えた。シントウケイの威力を高めるために
さらに水を意識せよ、だと。
ちょっと気になったのは、記事には書いては
いけないらしい。そして、のっぴきならない
事態に巻き込まれはじめたのではと勘づいた
のはその次に追加された練習だった。
ドンさんとアミと、三人一組のチームになって、
対多数の練習をするというのである。ドンさん
はしばらく公式の試合を休止して、アミは
トレーニングに参加する日を増やして。
しばらくライブも演らないとか。
アミがやっていた秘密の練習とは、シントウ
ケイのことだったらしい。そしてすでに
かなりの使い手になったらしい。
それで、対多数用の練習相手が到着する前に、
3人を2対一に分けて仮のスパーリングを
やった。ん、意外と戦えるぞ、おれが一人の
場合以外は。
もちろんアミは人間相手にシントウケイを
使ってはいけない。そしてドンさんはシントウ
ケイを使えない。主に敵を引き付ける役まわり
らしい。
タッグの息もそれぞれ合ってきたところで3人
の仲も良くなってきた。
「サトーさん、一度ライブ観にきます?」
「年下なんでドンと呼んでくださいよ、試合呼び
ますよ」
「サトーさん、わたし、足でもシントウケイ打て
るようになったんだよ」
練習終わりのカームダウンの時間に、そう言っ
て足の裏をそっとへそのあたりに持ってくる。
光速の速さで半歩後ろに飛びのいて、背中に
冷たい汗を感じながら、「お嬢ちゃん、大人を
からかってはいけないよ」
と言おうとしたそのとき、和気あいあいの
雰囲気の中で、
背後から声がした。
「こんにちわ」
振り返って、そこに、あいつがいた。
そして、そっと右手を差し出してくる。
「はじめまして」
おれは、
そっと腰を落とし、
アゴを引いてかまえた。
サトーの話7
「ウケるw」
ジェニーがまだ笑っていた。食堂で夕食である。
そして、彼女も座っていた。
キサラギ社製のジェニー型2004年モデルアン
ドロイド、同じ制服を着ていたが、出荷時
デフォルトらしい。シントウケイの練習相手
だった。同じモデルだったが、地球で見たものと
同じ機体ではない。
「相手が右手を差し出して来たら、こっちもこう
やって右手を差し出すのよ」そう言ってまだ
笑っている。一部始終を見ていたのだ。
いつかぎゃふんと言わせてやる。
とりあえず、名前がかぶっているので、アン
ドロイドのほうをケイトリンと呼ぶことになった。
もちろん軍用モデルを一般向けに偽装したタイプ
だ。でないと練習相手にならない。
さらにシントウケイの練習用に特殊な改造がされ
ていて、胴内のセンサーによりシントウケイの
入り具合を計測して結果を出してくれる。
エンジニアに来てもらい、掲示板と連動させて
カウントを出せるようにしてもらった。
これで、双子とケイトリン相手の3対3の練習が
始まった。アミのシントウケイの打数は早い。
もう、打つというより触る、という感じの技の
入り方でもカウントされる。いい時で5秒に
一回ていど。
おれは、まず胴をなかなか打たせてもらえない。
打ててもなかなかカウントしてもらえない。
センサー正しく動いているのこれ?
そんなこんなで一年が過ぎ、いったん感じた不穏
な気配も忘れ去って、つらいながらも平和な毎日
が過ぎていくものと思っていた。
その軍人が来るまでは。
サトーの話8
トムと名乗ったその軍人はいかにもマジメな
見た目と話し方だった。
「場所は第4エリア最外部の民間工場で、民間の
シャトルで到着後、現地手配のシャトルに乗り
換えます。」
「ターゲットは1028体ですが、ジェニー型1024体に
加えて特殊型4体です」
「諜報部からの連絡では、当日6割前後が電子攻撃
により動作不可となる予定です。これは、バグを
埋め込んだプログラムをインストールされた
状態で起動することで可能となりますが、
詳細は割愛します」
「当日現地は銃器による武装はありません。従業員
の出勤もなし。重力1Gで大気は通常です」
「ターゲット機体ですが、民間工場で調整後、軍事
施設へ移される予定です。そのため、叩くなら
今回ですね」
「参加される3名は我が国の特殊部隊所属という
扱いになります。遺族の手当ても保証されます」
今回は打ち合わせに妻も参加している。このトム
の言葉に大きくうなずいた。
「3名は武器不所持の状態で突入します。
ターゲット機体があるラボに到着後、10分程度
かく乱したのち、シャトルで脱出します」
「現地警察および警備会社はすべて抑えました。
そのため、もし応援が来るとしても、2~3時間
は必要です。シャトル到着から脱出まで、最悪
でも1時間以内で済ませる計画です」
つまりこうだ、
まだ特定されていないある国による要人暗殺の
ためのアンドロイド部隊が作られようとして
いると。今回はそれをできる限り妨害して時間
稼ぎをすると。
でも、どうやらこのトムという軍人は、任務に
参加する3名を見て生還可能性が薄いと感じて
いるらしい。 高額の生命保険をかけたうえ
での自殺行為とでも思っているらしい。
遺族補償の話が丁寧すぎる。
ま、おそらく我々がシントウケイで本気で
ターゲットをつぶしにいこうと思っていること
など知らないのだろう。なんと言っても主力は
この、あくびしながら聞いている金髪の女の子
だからな。
「今回はキサラギ本社の協力も得ています。ええ、
その民間工場はキサラギ直系ではないですよ」
「社外秘となっている機体の弱点も出してくれま
した。胸部から腹部内奥に制御装置がありますが、
ある周波数で振動を与えると、基盤の電源系の
デバイスが破損する可能性があるとのこと、
あたりどころが悪ければ停止する可能性が
あるそうですね」
そうだよ。そこをシントウケイで狙うんだよ。
400体以上のジェニー型すべてのあたりどころ
を狙うなど何年かかろうが、無理だ、しかもこの
三人で、トムの顔がそう言っていた。
妻という外堀が埋められている時点でこの
話から逃げられそうになかったが、
絶対生きて帰ってやる。
そう、それにおれには、サキの仇をとるという
テーマもあった。少女を残して逃げ出したおれ。
「今回はあたしも参加するよ」打ち合わせ途中で
入ってきたのは化粧のけばいおばさん? えっと、
エマ?
いや、エマは最初からこの打ち合わせに参加して
いる。それにひと回りごつい、誰?
サトーの話9
「叔母さんひさしぶり」ジェニーが挨拶する。
「私の姉のナミカ・キムラよ」
エマが紹介してくれた。
なんでもふだんは第三エリアで軍事コンサル
タントをやっているらしい。今回のように軍の
プロジェクトチームに所属してミッションを
こなすこともよくあるとか。
それにしても露出の多い涼しげな、そして派手な
ルックス。
「叔母さんは太陽系で最強なんだよ」
ジェシカがささやいてくる。普段は軍事関係に
見えないように工夫してるとか。
第三エリアのほぼすべての国を担当している
らしいが、このエリアの国はすべて軍事同盟で
結ばれているので、どの国軍に所属しようが
大差ないらしい。
「あなたたち二人のことはエマからよく聞いて
いるよ」
ドンとは旧知らしい。
「今回のミッションは、相手の意図を探り出すまで
の時間稼ぎとして非常に重要よ」
「背後で第2エリアが動いていることが
わかってるわ」
驚きだった。第2エリアは一国一領土制の、一兆人
を超える人口をかかえる超大国だ。
今回明確な武力行使のかたちをとらないのは、
背後にいる超大国を刺激したくない意図もある
ようだ。
「暗殺仕様のアンドロイドを使って、小国の要人、
とくに個人国家を狙っている。」
「その理由は何なんですか?」
思わず質問してしまった。
「いい質問ね」
「今のところその理由はわかっていない。諜報部門
を使って情報を集めているところだわ」
「でも、太陽系外縁部の状況が関係してるかもしれ
ない、というのは個人的な読みね」
「今回のミッション成功により相手の意図していた
ことが数年遅れることになる」
「キサラギ社の正規ルートを通さずに自分たちで
修理することになるからね」
外縁部と呼んでいるのは木星以遠の空域で、人類
が進出してはいるがまだ未開の宙だった。
火星以内が3兆人に対して、以遠は1,000億も
いない。
「というわけで、ちょうど一か月後ね、準備
ぬかりなく」
サトーの話10
では種明かしをしよう。
ターゲットとなる民間工場は標準的な工業
ユニットで、第三エリアの近所にも同型が
あった。
そこを借りて、ジムのプロモーションビデオの
撮影の風体で侵入経路から戦闘まで練習したのだ。
実戦的練習をやりつつも当日に向け体重もしぼる。
実はジムに来て以来、体重が10キロ増えた。
しかし、体脂肪は半減した。
もちろん体重別の試合に出るわけではないが、
ベストな体重を決めて、そこにもっていく。
2週間前から徐々に練習量を落とし、炭水化物
中心の食事になっていった。
正直、頼もしい味方に囲まれてけっこう気分的に
楽だったが、やはり日が近づくにつれて
プレッシャーが高まってきた。
一週間切ったあたりで聞いてみた。
「いやー死ぬほど緊張してますね」
と言いながらドンはにこにこしている。
いつもより目がキラキラしてないか?
アミはー、趣味仲間と遊びに行ったとか。
聞く相手が間違っていた。よく考えたらこいつら
常人じゃない。おれひとり場違いだったのか。
「いやーリングに一人で立つとものすごい緊張で」
「どんなアーティストでもステージでは緊張する
ものよ」
おれはリングにもステージにも立ったことがない。
そして当日が来た。
起きて、気づいた。体が重い。
サトーの話11
あらかじめ決めていた服装に着替える。
そしてバックパック。
妻がふだん通りなのがむしろ気持ち的に助かった。
子どもといっしょに部屋で見送り。
そのままジムのミーティングルームで軽く打ち合
わせて、シャトル乗り場まで出発する。
ジェシカが見送り際、最高のアドバイスをくれた。
「調子のいいときほど体が重くなったように感じる
ものよ」
「球技の試合でも、いい選手ばかり集めたチームは
意外と弱いものよ、最後まであきらめないで」
第四エリアへはまず民間のシャトルで向かう。
3時間弱の道のりだ。3人とも、ふだんジムで着
ているジャージ姿だが、それぞれに中に何か着込
んでいる。
緊張で口数が少ない、というよりも一般のシャト
ルなので乗客もいるためミッション前に会話し
ないようにしていた。というより、正直この
あたりのことをあまり憶えていない。
そして、空港で自動運転で到着していたシャトル
に乗り換える。民間カラーにしてある軍用だ。
ターゲットの工場までも自動運転で行くが、3人
乗るには広めの機内でそれぞれウォーミング
アップを行う。消化のいいものを少し口にする。
そして、ジャージを脱ぐ。
ドンは黒い戦闘服、しかし、金属性でなく強化
プラスチック性のものを選んだのは銃器と判定
されないためだ。体の防御もあるが侵入者の
主力が彼だと思わせるための装備。
そしてアミは全身スーツタイプの水着。水に濡れ
るとぬめる奴だ。強化された水泳帽にゴーグル、
グローブ、丈夫な靴。ボトルで水着をまんべん
なく濡らしていく。これだけでほぼほぼ掴め
なくなる。掴まったら終わり。
そしておれ、チンピラ風のシャツと短パンに靴
だけしっかりしたもの。シールのタトゥー。
防御力はゼロだ。ここを攻撃しろ、というわけだ。
まんまいかれた民間人の侵入者の風体で、
突入時間が近づく。
5分を切ったあたりでアミが言った。
「ライブ前にいつもやってるやつやろうか」
「いいね」
三人で円陣で肩を組んで、
「ハントジムいくぞー!!」「よっしゃー!!」
サトーの話12
突入といっても、エアロックからは落ち着いて
歩いていく。エアロック入り口はアミが閉めて
しまった。
「逃げ道よりも覚悟が大事」
女は強い。
そして、1,000体以上のアンドロイドたちが鎮座
するルームにたどりついた。アンドロイドたちは
文字通り鎮座していた。一部起動を開始している。
心配していた、有線ケーブルや作業用のテーブル
の類は無かった。
「侵入者でーす」とアミが叫ぶ。始まった。
まずはアミが起動しかかっている10体ほどに
すばやく打撃を決めて停止させる。おれも2体
ほど。彼らはやっとこちらが敵であることを
認識したようだ。わらわらと集まってくる。
そこに雄たけびを挙げてドンが突っ込む、がすぐ
引いて威嚇する。最初の数分はおれの側を気に
してくれていたが、おれの動きもよくなったのを
見て、練習していたフォーメーションを開始だ。
ドンを基点にして、三角形をつくる。そしてドン
がゾーニングして、アミとおれに必要以上に多く
アンドロイドが当たらないようにする。
そして、アミの側はシントウケイを決めながら
前進し、おれの側は後退する。後退しながらも
チャンスがあれば狙う。
これが間違いなく機能していた。
「よーし、サイドチェンジ!」
「一体裏にまわったよ、下がって下がって!」
「サトーさん、うしろうしろ!」
諜報部の連絡どおり、半分近くが確かに起動でき
ていない。目標はアミが5分間で300体。
それ以上かかると、起動に時間がかかる特殊
タイプの4体が上がってきて、手に負えなくなる。
予想していたが、彼らは多対多にチューニング
されていない。動きにチームワークがなかった。
が、少しづつ学習してきたのか、複数で同時に
組み付く。
しかし、ドンに組み付いても、おれに組み付いて
も、アミのいい的になった。そろそろ誰を止め
ないとだめなのか、アンドロイドたちが気づき
出したが、アミは捕まらない。
「待って、下がって。来たわ」
アンドロイドたちが防御的な姿勢をとりはじめた
のは、特殊型が起動して歩いてきたことと関係
あるかもしれない。4体とも。
「やってみる」
アミがアンドロイドの群れに飛び込んでいった。
それを見て、ノーマル型がドンに組み付く。
おれのほうに特殊型が一体来た。
今のおれの実力なら、ぜったいいける、幸い
ノーマル型が邪魔してくる気配がない、アミも
そのうち残りの3体をやってくれる。
と、目の端にアミが戦っているのが見えた。3体
相手にとてもシントウケイを打てる気配がない。
いや、人間離れした体捌きで全部避けている。
それだけで充分か。
そして、そいつはいきなりヒザあたりにタックル
してきた。
段違いに速い。
ジェニーのタックルより速くないか?
そして、あっという間に裏をとられる。あれ、
ちょっと待て、首が極まってるんだが、これどう
やって極めてるんだ?
掛けられたことないぞこの絞め技・・・
と思っているうちに、意識が遠のいた。
ドンの話
打ち合わせでは、特殊型の起動はもう少し時間
がかかるのと、一体づつシークエンスに上がって
くるはずだった。なのでアミが一体づつ倒して
いく手筈だったが。
サトーが裏をとられているのを見て、ドンは事態
がかなりやばいことに気づいた。が、数十体に
組み付かれて、さすがに身動きがとれない。
そこにその二人が入ってきた。
「盛り上がってきたかな?」赤い衣装? を
まとったナミカと、黒い戦闘着のサキだった。
「そこ、サトーさんのとこ、特殊型ですよ!」
特殊型が気配を感じて飛びのく、
が、一瞬だった。
ナミカに気圧されてじりっと下がった瞬間、
回り込んだサキに背中から打たれた。一瞬で
十数発。
停止した特殊型にナミカがロックを極める。
「ごめんねちょっと試させて」
腕、肩まわりをかなり強化されている特殊型の
肩口あたりがバキっと音をたてた。
サキはすでにドンに組み付いているノーマル型に
アプローチしている。そしてドンが動けるように
なった。
「サトーさんをお願い」
「うぃっす!」
「アミ!ノーマルやるから!そのまま耐えて!」
「あいよー」
サトーが起きた。
ナミカとサキの二人でみるみるノーマル型が停止
していく。そして、特殊型三体だけになった。
「よーし、こういう場合の戦い方を教えてあげるよ」
ナミカが叫んだ。
「ドンとサトーは二人をゾーニングして!」
「はい!」
サトーは特に返事しないままふらつきながらも
対峙する。
アミとサキとナミカ、これも一瞬だった。
ナミカのフェイントにアミとサキ、前後から二十
数発受けて停止。
そしてすぐさま、ドンを吹き飛ばした一体に同様。
その間、サトーはまた落ちた。本日2度目。
同じ絞め技だったがこの短時間でかわし方を思い
つくのは不可能。
サトーを絞め落とした最後の一体に3人が近づく。
「これちょっとわたしやっていい?」
サキとアミが牽制する。ナミカの重い双掌で停止
した。
サトーが起きる。サキが話かける。
「サトーさんわかる?」
「ああ、あ、え?えっと・・・」
誰だかわかったのだろうか。
「私が2度とも起こしてあげたのよ」
違う、起こしたのは2度とも私だ。しかしそれは
あえて言わなかった。
そしてそれを聞いてサトーは、安心したのか、
また落ちた。安堵の寝顔で。
テルオの話
テルオはどんな時でも静かに微笑んでいる
ようなそんな少年だった。
親が警備会社を持っており、小さいころ家は裕福
だった。テルオが5歳のころ、もともといた第3
エリアから第2エリアへ家族で引っ越した。
事業拡大だった。
最初の数年は非常に順調だった。拠点を増やすか
どうかという話も出ていた。
7年ほど経った頃、状況が変わった。
第2エリアの景気悪化とともに事業も悪化し、
撤退。現在は家族とも第3エリアに戻っているが、
そこでも業績が悪化。
今年から実家を出て一人暮らしをはじめた。
戸建ての借家であるが、実家からもそんなに離れ
ていない。家事を手伝いにいくからである。
家があるのは第三エリアのバームクーヘン型多層
都市。その最下層の農業区画にあった。
ドーナツ型のバームクーヘンから切り出した形の
この都市は、一辺が100キロの巨大なもの
だった。まったく同型がケーブルでつながれて対
になってお互いゆっくりと回転し、弱重力を
作り出していた。
第三エリアには同型が数都市あるが、月の裏側に
あるこのエリアには他の空域と比較して多彩な
都市構造がある、というより太陽系にあるほぼ
すべてのタイプの宇宙都市構造がここにも揃って
いた。
第三エリアには、同じ領土内に複数の国家が存在
する。住民は好きな行政サービスを選択する。
つまり、国家を選ぶ。
テルオの一家はコウエンジ連邦に属していた。
コウエンジは、地球上のある民族が住んでいた
土地に由来する。特殊な趣味を持った人たちが、
自分たちの趣味のための国を作りたい、そうして
始まった。今では一千億人を超える。
しかし、第三エリアで最大の人口を擁するのは
ユノ国である。比較的地球から遠い位置にある
このエリアで、温泉業を始めたのがユノ国
のはじまりだった。
宇宙空間でも癒しを求めるひとが多いのか、建国
以来人口は急速に増えていった。コ連の人々が
中心に作り出す世界観や豊富なエンターテイ
メントも人々を惹きつけるようだ。
テルオは日中家にいる場合、縁側を開け、香を
焚いて昼寝する。部屋は、草を乾燥させて編み、
タイル状にしたマットで敷き詰められていた。
外は住居もまばらの農業地帯の、のんびりした
風景だった。
そのあたりは、地面に水を張るタイプの農作物を
作るエリアであり、それもあってか少し蒸し
暑かった。
最下層は、地面から光を入れ、上層側、つまり
天井から反射させつつ、発電による光でも補って
いた。しかしそれも1キロ上空のため青く霞んで
いる。
テルオの話2
テルオは時々親の仕事を手伝った。
といっても、経営のほうではなく、現場で警備員
としてである。たまに上層階での仕事もある。
この都市は、上層階にいくほど人口密度が上がり、
最上階に近づくとまた人口密度が少し下がる。
最上階は上面から光を取りいれたリゾート地が
ある。
北面と南面の中央には階層ごとをつなぐ交通機関
があった。上の階層ほど、そして階層間交通が
近いほど、雑多な街並みとなり、離れるほど閑散
としてくる。
各階層内でもそれぞれ異なる交通機関があり、
地下鉄道が縦横に張り巡らされた階層もあるが、
テルオが住む最下層は、鉄道といっても
単線一両編成のもっとも単純なものであり、
かつ駅からも少し距離があった。
この都市には四季がある。夏は暑く冬は雪も降る。
しかし、一般の構造都市では快適な一定温度、
湿度で一年中設定してあることが多かった。
テルオは雨の日は家で歴史や哲学を学んだ。
その際基本的にはネットワーク端末を使用するが、
特に気に入っているものについては、木の繊維を
薄く成形したものに文字を印刷したものを
数個持っていた。
それは、宇宙世紀前からある哲学が当時の原文で
書かれたもので、テルオはなるべくそれが生まれ
たままの姿で読みたかった。
この時代、量子コンピュータの発達により、また、
データベース構造の技術革新により、言語の壁を
容易に超えることができた。
例えばネットワークゴーグルの着用により、
その言語の意味を他の複数の言語、複数の
表現で瞬時に表示したり、音声で読み上げたり
できた。
これは、言語そのものの習得にも役立った。
憶えた単語を実際に使う相手もたいていすぐに
見つかる。
テルオの家には入浴するための部屋もついて
いたが、頻繁に温泉にも通った。家から近い
場所にある温泉はいつも空いていて、
低温の湯船に長時間浮きながら思索するのが
近年の日常だった。
テルオの話3
最近はよく輪廻転生についてよく思索する。
宇宙の年齢は現在時点で約140億年と聞く。
宇宙世紀以前よりも寿命が延びたとはいえ、
それでも150年もヒトは生きられない。
この先宇宙が何億年つづくのかよくわからないが、
これまで自分の意識が存在せず、そして
100年少し生きてまたこの先ずっと自分の
意識が存在しない、
ということはありえないのではないか。
宇宙の広さは、年齢分光が進んだ距離である。
つまり、140億光年四方の広さを持つと
言われる。そしてそれは光の速さで広がる。
宇宙歴22000を超えた今でも輪廻転生に
ついて科学的に解明はされていないが、
少なくとも可能性として、この宇宙のどこかの、
生物として生まれてくるのではないか。
その際に、どの肉体の器で生まれてくるのか、
選択権はあるのだろうか。物理的空間的に、
住居を選ぶようにどの空域のどの生物かを
選べるのだろうか。
もし選べないとしたら、
ある特定の生き物に対して極端に過酷な環境を
意図して作るのは、あまりいいことではない
のではないか。
そういった環境が、すべて自分に還ってくる
可能性がある。
だが、例えば人間であれば、人間以下の
生物と明確にコミュニケーションの方法、
とくに相手の状況を侵害しているようなこと
がないか、ということはわかっていない。
そういった方法は今後見つかるのか。それは、
逆に人類より高度な知性をもった生命体に
対する意思伝達についてもいえる。
我々は、自分たちより明確に、各段に優れた
知的生命体に対して、自分たちの権利を
主張することができるのだろうか。
それは特に、ふだんから弱者をいじめ、侵害し、
迫害し、時によっては死に至らしめるような
者たちだった場合。
少し方向を変えてみよう。
数世代を経て、今の自分とまったく同じ
趣味趣向、こだわりをもった人間が生まれて
くるとする。これは可能性として充分あり得る。
もちろんその人が、今の自分の意識として
生まれてくる可能性もあるが、ほかの意識を
持って生まれてくる可能性のほうが高そう
である。
この場合、おそらく輪廻転生ではない。
しかし、その場合でも、今生きている自分は、
そのひとにいい生き方をしてもらいたい。
少なくとも、自分の人生で味わった苦労を
味わってほしくない。
自分が生きているうちに、次の自分のために、
理不尽でつらい思いをしないような、そう
いった社会を作れないものか。
自分の意識と、自分の器。
テルオの話4
テルオが少年期を過ごした第2エリアの話に
移る。
第2エリアの国の正式名称があるが、ここでは
それを使わず、神聖バニラ帝国という名で呼ぼう。
これは、テルオが考えた蔑称である。もちろん
人前でこの名前を口にしたことはない。
平凡な、とか退屈な、とかいう意味である。
月のラグランジュポイントとしては2番目に
進出が開始された第2エリアで作られたこの国は、
建国当時は希望に満ち溢れたものだった。
宇宙世紀開始直前、自由と民主主義を謳うある
大国が、経済崩壊と内乱により解体された。
宇宙世紀開始後、自由と民主主義の復活として、
多くの人々に受け入れられ、実際に多くの
ひとが移民した。
それ以外のエリアが、比較的中規模、または
小規模の経済圏で自給自足をできることを
模索しているのと対照に、この神聖バニラ
帝国は、集中大量生産で経済を効率化
する方向を目ざしていた。
それは政治も同じで、地方分権よりも
中央集中、むしろ、太陽系の国々は自由と
民主主義の名の元に統一されるべき、という
理念を掲げていた。
それはいい。
あらゆるかたちをまず試してみることは、
テルオも悪いことではないと思っていた。
生まれてから4歳まで第三エリアに住んでいた
ことも影響したのかもしれない、バ国の
文化は、何かこう、突き抜けたものがない、
テルオはいつしかそう感じるようになっていた。
それは、テルオたちがちょうど移転したころを
ピークに、どんどん悪化しているように見えた。
人々は、一見希望に満ち溢れているように
見えるが、けしてある壁を越えない、箱の外に
出ない。
自分の意識が高すぎるのだろうか?
この国は、建国当初から民族のるつぼであった。
しかし、ここ最近、この民族はこうである、
という枠がそれぞれ当てはめられ、そこから
出ることができない。
学校のクラスでもそうである。
もちろん、全員同じ顔をして同じ服を着ている
わけではない。しかし、クラスには必ず
こういうキャラがいて、毎日こういうことを
言って、卒業していく、何か強力な予定調和を
感じた。
とくにいじめられたわけでもない、差別された
わけでもないが、強烈な何かで、がんじがらめ
の毎日だったと後で思った。
テルオの話5
少年期のそういった環境の反動か、第3エリア
コ連に戻ったテルオは、ネットワーク上であるが
自分を表現しだした。
まずは曲を作った。
ブレイクビーツと呼ばれる一見ランダムに聴こえ
るビートの繰り返しに簡単なメロディーとフレ
ーズを乗っけたシンプルなものだったが、その次
に歌も入ったものも作った。
歌と言っても、囁くような語りかけるような
口調から徐々に盛り上がりを見せるようなもの。
いずれもテーマは太陽系から外へ飛び出す、
というものだった。
それらの楽曲を映像に乗せた。
この時代、ネットワーク上で多数の人が参加する
タイプのゲームがあった。3D空間で非常に
リアルな仮想空間を見せることができた。
このゲーム中のデザインを開発するインター
フェースを公開するというサービスがあった。
つまり、人や衣類、道具、乗り物、町、それらを、
ゲーム中で登場するようなリアルなクオリティで
誰でも自由に作成し、閲覧できるようになる
サービス。
作った人物や町を使って動画を作成し、配信する
こともできた。テルオは自ら人や町を作成し、
自ら作った曲をつけた。
まあ、そこまでは誰でもやれる、やっている
ことだ。
テルオが違ったのは、まず、都市や人のデザイン
をあるコンセプトを元に自動化するアドインを
作成したことだ。
それにより、巨大でリアルな都市を短時間で作成
できる。テルオはそれで、次の恒星へ旅立つ
巨大な移動都市をいくつもデザインした。
それはどれも少し奇抜な、この先10年あるいは
100年先の技術で実現できそうな都市デザイン
だった。
これがコ連の特殊な趣味を持った若者を中心に
話題になり、けっきょく今では広告収入がそこ
そこ入るまでになった。
ナミカの話
ナミカはもともと舞台の出身だ。
一般の人々を対象に比較的安価な入場料を
とるタイプの演劇を一家で行っていた。
それは、伝統的な舞踊をベースにしながらも、
題材や舞台装置、衣装などは比較的新しい
ものを取りいれていくというジャンルだった。
ナミカは、そういった役者の家に生まれた
者がみなそうやるように、幼少のころから
舞台で演技していた。
男役をやれば力強く、女役をやれば柔らかく、
重心移動の美しい、人気もある役者だった。
一家は、元をたどれば島国の出身だったらしいが、
大陸を転々としながら芝居を続けた。一家の芸の
特色として、世界各地の格闘技の動きを演技に
取り入れている。
それも、各武術の高段者のレベルに近い。
特に殺陣に関して迫真の演技で定評が高かった。
しかし、若いころのナミカは、武術については
あくまで演技を補助するもの、という意識だった。
舞台に立つうえで舞踊はもちろんだったが、
武術についてもさんざん稽古した。しかし、
ナミカは水泳が好きで、時間の合間を見ては
よく泳ぎにいった。
父の代まで地球上で活動したが、ナミカが二十歳
のとき、宇宙に出る。ナミカが宇宙に出る前に、
二人の妹が月の裏側、第三エリアの格闘技の世界
で、プロデビューし、すでに成功していた。
ナミカは妹たちに助けられながら、演劇の仕事を
探したり、空いた時間に警備員の仕事などを
行った。
ある程度予想していた通りだが、演劇の世界は
地球上と宇宙でだいぶ異なった。
それは、主に居住空間の重力の強さによる。
第三エリアは、弱重力と無重力が主流で、
地球重力の構造都市はほとんどなかった。
役者に限らずであるが、スポーツ選手にしても
並みのひとであればこの重力の違いには、
慣れるのに相当時間がかかる。
ナミカは、地球上での基本ができていたのも
あって、素早い適応を見せそうだった。
とくに水泳が得意だったのがとくに無重力
での適応を早めた。
大きな転機が訪れたのは25歳の時だった。
ナミカの話2
ナミカの恋愛対象は、初恋のころから男性
だった。もとの名前をタカオといった。
世間の、いや、とくに父親が求める男としての
あるべき姿と、自分の心の中との差異に、
大きな戸惑いを感じながらも忙しい毎日を
過ごしていた。
芝居の中で女形を演じたことがタカオの迷いを
確信に変えた。そして、自分の人生を変えるべく
家を飛び出す。名前も変えた。
妹たちは格闘家という人生をすでに歩みだして
おり、母もタカオが出ていくまえに夫からの
ドメスティックバイオレンスにより妹たちを
追って宇宙にすでに出ていた。
25歳のとき、父の死を知った。けして好きな
肉親ではなかったが、大きな衝撃を受けた。
そして、それをきっかけに性転換手術を
決意する。
それは、単に男性機能を捨て去ることだけでは
なく、子どもを産めるようになること。人類は
まだその時点でそういった性転換手術に
成功していなかった。
第三エリアに住む、シャックという無免許医師だ。
宇宙進出の初期段階で建造された、シリンダー
タイプの都市に、たくさんの幼女らしき
アンドロイドの助手と住む。
その構造都市は、古いコロニーの愛好家とともに、
さまざまなタイプの人型の模型を好む人たちが
多く住むことで有名だった。
彼は、成功する手術しか行わない。そして、普段
なら高額の報酬を患者に要求するが、今回は
タダで良いという。
そのかわり、臓器が安定するまでのあいだ、
データを取ることを条件として出してきた。
この手法を一般化させればそれで莫大な
儲けとなる。
もうふたつ条件を出してきた。
「子が生まれても、親と名乗らないこと」
最後の条件には少しだけ納得がいった。
「手術に耐えるだけの体力をつけること、
そうだなあ、例えば、スポーツや格闘技
の世界でトップとなるぐらいの。
5年は必要だろう」
ナミカの話3
一日9時間の芝居の稽古が、そのまま
格闘技のトレーニングに置き換わった。
トレーニングは妹たちが所属するジムを
メインに、様々な場所へ出稽古した。
地球にも行った。
そして、仕上がり具合を第三エリアに住む
師であるリー氏に確認してもらう。
170センチ80キロという、格闘界では
比較的小柄な体格ながら、圧倒的な強さを
身に付けようとしていた。
各種オープンの大会に出て、しかし実力
すべては見せない。出げいこでは、
対戦相手になりそうな者をみつけて、
技をくらう。
30歳になり、
地下格闘技の宇宙大会に出るのだ。
この大会は一般には公開されない。
プロのメジャー選手も出場するが、観客や
選手には守秘義務がある。
格闘技界の世界一を決めるのが趣旨である。
莫大な報奨金が動いたし、少数の観客のみで
あるが賭けの対象にもなった。
参加選手12名、うち実績のあるシード選手が
4名、残り8名のうち、オープン枠が4名
あった。ナミカは、リチャード・タカオの
名でオープン枠4位で出場資格を得る。
ここでナミカは、一回戦こそ苦戦したものの
2回戦優勝候補のシード選手などを破り、
圧倒的強さで優勝する。
その模様は動画などには残っていないが、
解説者ラジープ・カーンの言葉を
ここに引用しよう。
「一回戦のリチャードは徹底的に寝技を
嫌がりますが、それでもタックルにいかれて
何度か危ない場面を迎えます」
「最後はタックル際にラッキーパンチが
入る形でリチャードがKOを奪いましたねえ
20分という試合でした」
「2回戦、優勝候補のマウンテン・リキとの
試合は緊迫した試合で圧巻でした」
「リチャードが女装して入場したところから
緊迫感が増しましたねえ、なんせリキは日頃から
性的マイノリティを批判していますから」
「序盤から、リチャードはリキの強烈な張り手を
何度か受けています。畳みかける攻撃に、これで
終わりかと思われましたが、いったん持ち直し
ます」
「この時点でおそらくセコンドも含め寝技主体に
切り替えたんだと思います。そしてそれが裏目に
でました。」
「リチャードの、意図した攻撃ではなかった
可能性もありますが、ヒザがリキの顔に入ります」
「そこからのリチャードのラッシュが素晴らし
かったですね。独特のフェイントからのボディ
への攻撃、最後は掌打が入って悶絶しTKO」
「準決勝、オープンから上がって来た選手ですが
けして弱い選手でないのはその前の試合を見て
いればわかります」
「長身ですがスピードのあるオールラウンダー相手
に、リチャードは2分かかりませんでした」
「これも開始序盤にリチャードはいいパンチを
数発もらっているんですよね、これで沈まない
のは、打撃のダメージを非常に柔らかく受け
流しているのかもしれません」
「ええ、あまりこういったディフェンスをする選手
私もあまり見たことないんですが、これ、相手は
心折れるんですよねー、自分の回心の一撃で
相手が倒れないなんて」
「決勝ですが皆さんおなじみのサンシロウ・
エメリエンコとリチャードとの対戦となります、
二人とも示し合わせたかのようにジャケット
マッチとなりましたね」
「私の調べですが、リチャードはサンシロウの
兄弟子だそうですよ。同門対決のようですね」
「開始2分でリチャードの綺麗な投げからの
流れるような寝技、間接技で決着となりました」
「ジャケットマッチ世界一のサンシロウ相手に
これですよねえ、つまり、リチャードは相当
寝技もできるということがわかります」
「会員の皆様のみにお送りしておりますこの放送、
お楽しみいただけましたでしょうか、それでは
次回までごきげんよう、さようなら」
ナミカの話4
そのあとのシャックとの別の意味での格闘は
もう思い出したくもない。しかし、結論から
言おう、数年ののち、産めるようになった。
仕事の話に移る。
もともと、武術を学ぶうえでの理論的裏付けと
して、兵法を学んでいた。個人の戦いで身を
持って理解できることで、集団や組織の
戦いに応用できることは多い。
技にかかるかどうか、それは、その技を知って
いるか、実際に受けたことがあるかがとても
重要になってくる。同じ技、あるいは似た技を
何度も受けていればさすがに人間の体は
適応してくる。
つまり、知ること、は個人の戦いにおいても
非常に重要なことであった。相手のことを
よく知り、そして自分に何ができるかも知る。
そのうえで、フェイントなどを用いて、
相手が完全に不利な状態を作る。体のバランス
を失った状態や、防御しづらい状態など。
そこに自分がもっとも力の出る形を作る。
相手が弱い状態、自分が強い状態を作り出して
そこでやっと技がかかる。
それが知らない技であればなおさらとなる。
通っているトレーニングジムには、会社の
経営者もいる。
「ナミカさん、そういう話できるならコンサル
なんか向いてるじゃないですか」
その言葉がきっかけとなった。
格闘技術を身に付けていくうえで、兵法以外に
物理学なども学んだ。古典的なものから
最新のものまで。物理的に何が可能なのか、
おおまかに把握しておくためである。
術後は回復のために安静にしていなければ時間
がかなりあった。データをとるための時間も
それなりにかかった。そういった、体力がある
のに暇な時間を政治や経済、軍事外交といった
ことの勉強に費やした。
勉強というほどでもない、暇なので陰謀論などの
眉唾なオンライン書籍などを読み漁ったり、
そういった人たちが集まるサイトで投稿を
読んだりしていただけだ。
情報の虚実を見分ける力が付いたのかもしれない。
ジムには小国の軍事関係者もトレーニングに来る。
軍事をメインに政治経済など国にかかわること
全般のコンサルタント事務所をジムのスタッフ
にも手伝ってもらいながら設立することにした。
アミの話
彼らが巨大な人型機械を操って戦うことに
なったいきさつからまず書いていかなければ
ならない。
5人でまず音楽活動を始めたきっかけが、
ウイン・チカが弦楽器奏者を募集しようと
提案したからだ。アミがそれに申し込んだ
のは、年齢が同じだった、ということも
あるが、その募集メッセージに込められた
キーワードに反応したからだ。
彼らは音楽以外も趣味が合った。
はじめは、端末からネットワークにつないで
5対5の対人戦を行う古典的なゲームをやって
いた。一番うまかったのは、親の影響で小さい
ころからプレイしていたフェイク・サンヒョクだ。
彼らはゲーム中の意思疎通もうまく、ランキング
でもかなりの上位に食い込む腕前を見せた。
もちろん音楽活動の合間の少ないプレイ時間で。
そして、
同じゲーム会社から3年前にシリーズものとして
リリースされたのがスペースカーマ・リアリティ
だ。
これは、自宅から端末でネットワークに繋いで
遊ぶものではなく、エンターテイメントセンター
の一画にそれなりのスペースを占有している
5人分の座席が付いた空間で行う。
一人ひとりは壁で区切られていて、巨大人型機械
の操縦席、という設定だった。こんなものが
都市下層のセンターにリリース当初から置いて
あるのは、裏で軍が関与している、ともっぱらの
噂だった。
これを5人でよく遊んだ。
6人姉妹で家が経済的に苦しいウイン・チカの
プレイ代を出してくれたのはメインの弦楽器を
演奏して歌も歌うマルーシャ・マフノだ。
これに管楽器を使うエマド・ジャマルの計5名。
ゲームのルールはこうだ。
5人はそれぞれ巨大人型機械に搭乗する。しかし、
最初から搭乗機で戦うのではなく、搭乗機と
類似の機能、性能を持った遠隔機を搭乗機の
操縦席から操って、相手国の機械と戦う。
戦場空間には宇宙母艦で向かうが、搭乗機は
それぞれ一機の計5機、遠隔機は搭乗機あたり
3機の計15機。
これにサポートを行うミニオン機100機が、
開始時と4分ごとに20機づつ出撃する。
遠隔機がすべて破壊され、敵が宇宙母艦に接近
したときのみ搭乗機で迎撃する。時間制限も
あり、20分で決着がつかない場合はポイント
制で勝負が決まる。
相手の搭乗機を破壊せずに捕獲するとポイント
も高い。
センターにある操縦席はかなりリアルに作り
込まれており、搭乗機を操縦しているときは
回避行動や衝撃に合わせて席も振動する。
人型機械は、それぞれに役割分担があり、
火力があってチームの主力となるもの、防御
主体のもの、シールドを多用して味方を守ったり
バッテリーを渡してシールドを回復させるもの、
ステルスして突然襲うものなど様々な機種がある。
アミの話2
そして、その軍人がやってきた。
「なんだ、君たちか」
トム・マーレイは驚いた顔を見せた。
ちょうどリアリティのプレイを終えて5人が
出てきたところである。
「あ、トムさんどうも」
5人は体力づくりのため最近よくハントジムに
通っていたが、そこでよくトムともいっしょに
なった。
「なにって?スカウトだよ!君たちに
戦闘機乗りになってもらうのさ!」
巨大人型機械のことをこの時代のひとは戦闘機と
呼んだ。先週から張り込んでいたが、今日やっと
見つけることができたのと、プレイするときは
それぞれハンドルネームを使うので、彼ら5人
だとは気づかなかったらしい。
「先週僕らは地球に行ってたのさ、登山
したんだぜ」
「それぞれサブウェポン持って山頂で
演奏したのよ」
サブウェポンとはそれぞれが得意とする小型の
楽器のことだ。トムは何のことかあまりわかって
ないみたいだが、地球で登山と聞いて興奮
したみたいだ。
「いや、今回は5000メートル級だよ、
夜行登山、ガイドなし」
「違う違う、ゲリラ戦の練習じゃないって」
創作活動のために色々なところに行って色々な
経験をする、という主旨らしい。旅費は
マルーシャが工面してくれているのだろうか。
「アルバイトだよ、アーティストは何でも
金がかかるんだって」とエマド。
「これはいいアルバイトになると思うけど」
「詳しく話を聞かせてもらおうかしら」
ファイナンシャルプラニングの知識も持つウイン
が言った。ウインは活動に関するお金の出入りを
すべてカウントしていて、マルーシャが工面
してくれたぶんも将来はきっちり還すつもりで
いる。
近くのお茶屋にみなで寄る。
「まず安全面について確認したいわ」
「遺族補償については軍から充分な・・・」
というわけで話はまとまった。
軍属はあくまでパートタイムとすること、
なるべく自陣側に引き込んだ地点で迎え討つこと、
搭乗機は充分な適正がない者は迎撃しない、
不利な場合は母艦ごとすぐ退却すること。
これらが通ったのは、この時代パイロット適正が
非常に高い者が少数存在し、圧倒的な成果を
出していたためだ。チームであればなおさらで、
彼らは金額になおすと非常に高価だった。
アミの話3
翌日からすぐに軍施設でトレーニングとなった。
すでに今月のアルバイトが入っていたりしたが、
軍から職場へは連絡がいって補填されている。
トレーニングはまず適正検査からだが、
遠隔機の操作はもちろん問題なかった。
エンターテイメントセンターに設置されている
操縦席より高性能なため、むしろゲーム時より
扱いやすくなっている。
そのため、トレーニングのほとんどは搭乗機の
練習となった。これはかなり過酷である。
旋回時の加速を受けながら戦わないといけない。
男子二人は苦戦、女子3人は適正があった。
とくにアミは遠隔機以上のパフォーマンスを
示した。
「軍属でパイロットに採用されるひとには
そういうタイプが多いよ」
トムが言った。
「なんというか、加速のデメリットよりも、
その場の実感というか、そういう中のほうが
力が出る?搭乗機はラグも理論上無いしね」
「アミは星座の配置憶えていて旋回中も自分の
位置わかっちゃうからなあ。ちょっとずるい」
星座の配置、自分と相手の位置関係から的確に
旋回コースを判断することができるらしい。
というわけで男子二人には軍のトレーニングと
ハントジムのトレーニングともに特別メニューが
組まれた。
「まずは遠隔機主体で実戦に出てみよう」
トムが母艦に搭乗してコーチ役をすることに
なった。出てみよう、といってもまずは迎撃の
かたちとなるため、軍施設でトレーニングしな
がら出撃のタイミングを待つことになる。
迎撃作戦の打ち合わせだ。トムの説明が始まった。
「まず概略からですが、我々コウエンジ連邦軍
による、宙賊または第3国からの人型兵器および
母艦による侵攻に対する迎撃、となります。」
「人型兵器4から6機の母艦の小隊構成に
よる侵攻は近年増えてきています。従来の宇宙
空母とAI戦闘艇による戦闘と異なっており、
軍としては今後人型兵器を全面的に配備する
かどうか、様子を見たいところです」
「そのため、一部パートタイムでの対応を
認めることにしました。軍属の別の小隊の
メンバーもあとで紹介します」
「宙賊と第三国はおそらく連携しています。
背後関係は政府の諜報機関で調査中です。
これはあくまで私の推測ですが、大国の兵器
の試験を他国にやらせているのではないか」
アミの話4
さっそく出撃のタイミングが来た。
軍のネットワークサイトに人型兵器新小隊結成の
ニュースを載せた効果があったのかもしれない。
小隊はけっきょくアミたちの分もいれて3隊
だった。第3小隊として今回は出撃するが、
第1と第2も後方で詰めてくれるらしい。
第3小隊は、アミのハヌマーン、フェイクの
アシュラ、エマドのガネーシャ、マルーシャの
パールバティ、ウインのインドラだ。母艦の
エアロック内のハス型の台にそれぞれ座っている。
今回は第3小隊が敵を補足、第1と第2が
その後方で待機、通常は小隊のさらに後方に
宇宙空母を待機させて不測の事態に備える。
「人間であるおれたちが神に憑依するんだよ」
エマドはまだ余裕があった。
トムは母艦操縦デッキの艦長席に座って緊張した
面持ちだった。
「索敵情報は常にアップデートして!」
「第1第2は予定通り第3が開始して10分経過
するまで戦域外で待機!」
「よーし、あと5分で予想戦闘空域に到達する!」
「遠隔機射出用意のまま待機!」
すべての遠隔機で緑ランプが点灯する。
搭乗機と遠隔機のエアロックは別で、今回は
搭乗機の出撃せずに撤退となる予定だが、
もちろんアミたちも搭乗機側のメカニックも
真空スーツを着込んでいる。
フェイクはいつも、ゲームの開始時でも、
このはじまる瞬間が一番緊張した。戦闘空域
中央で火力を担当する役割なのでなおさらなのだ。
ゲーム中でも最も重要なポジションとなる。
「開始時はいつもどおり」
自分に言い聞かせる。
「敵母艦型式判明!搭乗機5機タイプです!」
「よし!このまま突入する!」
「1分前!」
「30秒前!遠隔機ハッチ開け!」
遠隔機の一台目がそれぞれ射出される。遠隔操作
ではあるが、操縦席からは宇宙空間にほうり
出されたように見える。
ゲーム中では、AI戦や格下の対人戦であれば
その開始時の宇宙に出た瞬間に爽快感を感じる
かもしれない。しかし、同じレベルの
対人戦となるともう緊張しかなかった。
実戦しかり。
しかし、マルーシャはこの5人で戦うのは
いつも楽しかった。緊張感というトンネルを
くぐった先の光景が思い浮かぶのである。
同時にミニオン機体も射出される。
開始時はいつも平面でフォーメーションを組む、
今回は迎撃なので、エマドが右サイド、
中央にフェイク、左にマルーシャ、右後方に
アミ、左さらに後方にウイン。
ミニオンは2隊に分けて左、中央、右の
3か所の間を埋めるかたちで配置、散開、
ゾーニングさせる。
フォーメーション平面を相手の隊形を見て
微調整させながら、戦闘がはじまった。
アミの話5
フェイクの乗るアシュラは中距離遠隔武器を
操る人型機械だ。隠し腕4本から繰り出す
火炎放射は敵機コンピュータの熱暴走と
そこからの行動停止を狙う。
火炎放射は距離が近いほど効果が高いため、
回避主体の動きとなるが、通常腕が持つ放射砲
で敵機をけん制しつつ、相手側ミニオン機の
破壊も狙う。
相手側中央火力を担うのはアンリマンユ型、
拡散放射砲による中距離範囲攻撃が強力だが、
範囲攻撃はどちらかというと複数混戦の
場合に威力を発揮する。
開始序盤は空域を分かれて一対一のなる場合が
多く、複数混戦でなければアンリマンユ型は
それほど恐くなかった。
アンリマンユ型はゲーム内には出てこないが、
類似型が存在するため、新しいからわからない、
ということはない。攻撃機能の射程範囲さえ
序盤で掴めば、あとはだいたいわかる。
明らかにアシュラが押していた。
ミニオン機の減り具合も明らかに相手側の
ほうが早い。相手側の理想としては、
アシュラを押し込んでミニオン機に拡散
武器を使用することだ。
だが、今の状況ではそれもできない。
アンリマンユ型は充填完了するたびに放射砲を
アシュラに対して使用するが、捉えることができ
ない。特別な回避機能をもつわけでもなく、
フェイクは素の機動力で相手の攻撃を避けた。
しかし、押し込めば当然相手陣営側に近づく。
後方から遊撃担当のヘカトンケイル型が
狙っていた。
アミの話6
エマド・ジャマルが操るガネーシャは4本腕、
装甲の人型機械だ。
戦闘開始時、搭乗機は母艦にいる状態で、
遠隔機を出撃させて操る。搭乗機と遠隔機は
ほぼ同じ形状であるが、操縦席のある胸部の
形状が異なる。遠隔機は操縦席のかわりに
通信装備が乗っかる。
戦闘の序盤は、右翼または左翼で重装甲同士の
駆け引きになる場合が多い。
小隊構成上、攻撃よりの機体を選択することは
もちろん可能だ。その場合、近接攻撃主体で
重装甲の相手機は不利となるが、後半複数混戦と
なった場合に重装甲機体による攪乱が有効と
なってくる。
装甲の薄い機体は混戦で脆い。
今回の相手の機体は重装甲のオーガ型だ。
近づくと1秒少し動けなくなる捕縛技を
使ってくる。1対1では大してこわくないが、
複数混戦時に捕まると、敵僚機が味方ごと
撃ち抜いてくる。
第3小隊は、序盤は比較的皆、静かだ。
敵機の移動なども通信の表示機能で伝える。
後半は音声でタイミングを合わせるが、
序盤は一人で戦う時間も多く、
静かなスタートとなる。
しかし、エマドだけ、独り言が多かった。
重装甲同士の戦いは、中央火力担当より
比較的地味になることが多く、しかも後半に
向けて残機を残しておく場合はなおさらとなる。
攻撃というより牽制や挑発のほうが多くなる。
だいたいは相手機を挑発したり技をくらって
ぼやいたりする言葉だが、
ときどき配信動画の有名なセリフを、なんの
関係もないセリフを挟んでくる。
「誰かがやるはずだった。自分がその誰かに
なりたかった」
「神はサイコロを振らない」
「咳をしてもひとり」
独り言であっても他のメンバーには聞こえている。
だいたい誰も反応しないが、マルーシャだけは
ツボに入ってしまうのか、笑いを堪えられない。
そろそろ頃合いだと思ったエマドは、前方
シールドを張ってミニオン機からの砲撃に
耐えつつ、相手オーガ型を押し込んだ、
そこから中央部側へ体を寄せていく。
アミの話7
アミの乗るハヌマーンは遊撃担当だ。
白い機体の装甲の端に金の装飾を施されている。
アミは見た目も機能も気に入っていた。
ハヌマーンは変形機能を持っている。シンプル
な変形機構であるが、それにより多少の
ディフェンス性能の向上、変形時のみの数秒の
シールド、機動力の向上がある。推進機構を
同じ方向へそろえて機動力を上げるのだ。
突入する際、逃げる際、どちらにも使える。
アミはそれを「キントウン形態」と呼んで
いるが、いつもエマドから「自分がキントウンに
なってどうするんだ」と指摘が入る。
武器は特殊鋼で作られたシンプルな棒だ。
遊撃担当は相手の状態を見て、隙があれば
突入して攻撃したり、相手の遊撃担当が
飛び込んできたところを対応したりする。
戦闘開始直後は右翼側でミニオン機を叩いて
離脱し、いったん後方に下がって左翼側に
現れるなど、神出鬼没な動きを続けていたが、
その後マルーシャ機の後方で突入タイミング
を狙うかのような位置取りをしていた。
そして、
中央部、突出したアシュラ機にヘカトンケイル型
が上空より急接近した。同時に、アンリマンユ型
もいつのまにか下空に回り挟み撃ちを狙う。
フェイクの反応は早かった。
ギリギリでヘカトンケイル型の捕縛技をかわし、
アンリマンユの拡散砲に三面シールドを張る。
それでも2機は諦めず、極め切ろうとする。
そこにすでにガネーシャが到着し、渾身の双拳を
ヘカトンケイルに決め、アシュラがとどめを刺す。
下がろうとしたアンリマンユにハヌマーンが
人型に戻った直後の棒の一撃。アンリマンユは
アシュラによりすでにかなり被害が蓄積していた。
敵機の一番機を2台破壊、となった。
これは、第3小隊が相手の狙いを読み切った
動きだった。特にコミュニケーションをかわす
でもなく、エマドとアミが会戦空域に到着
している。始まってから移動していたのでは
間に合わなかった。
見事な返し技が決まった、と言える。
アミの話8
その間、マルーシャの支援型機、パールバティ
とウインの超長距離狙撃型インドラは合流して
いた。
中央部で数的有利を作り出した分、ほかの空域で
相手側が数的有利を作る可能性があるため、
それに警戒したかたちだ。
マルーシャが中央部に支援する場合もあるが、
3対2ですぐ決着が着くとのマルーシャの判断だ。
中央部はさんで反対側で相手のオーガ型が第3
小隊のミニオン機を押し返しているのはわかって
いたし、左翼正面の支援型リリスと中距離狙撃型
のイフリートが突っ込んでくる気配もなかった。
中央部の戦闘が早く決まりすぎて、他空域で
取り返す隙がなかった。
そもそも相手小隊から見て、第3小隊は相性が
悪かった。どちらかというと、飛び込んでくる
相手に対して火力で勝つチーム構成だ。
それに対して、第3小隊は、前線を防御的に
作りつつ、遠距離からの狙撃で倒す。したがって、
チームで飛び込んでくる相手には逆に弱い。
ちなみに、コ連の人型機械小隊でいうと、
第1小隊が火力構成、第2小隊が機動構成だ。
もちろん、極端な構成になっているわけで
はなく、例えば第3小隊は狙撃構成だが、
ハヌマーンのように機動力がある機体もある。
バランスも意識しつつ特徴を出している。
軍は、この3つ巴の関係を意識したうえで、
その時軍に不足していた構成を得意とする
アミたちに声をかけたと言える。
ウインが操る超長距離狙撃型インドラは、
ステルスで接近して火力を出す機体相手に弱い。
しかし、今回はそのタイプの機体がいない。
ウインは、戦闘が開始して時間が経つほど
狙撃の精度が上がる。相手の回避行動のリズム
がわかってくるという。混戦の時間帯に
入ると、中距離砲に持ち替えて戦う場合もある。
アンリマンユ2番機を破壊した時点で敵小隊は
混戦を挑んできた。
アミの話9
「じゃあ、アミが引きつけてからの前衛狙いで!」
このあたりの指示はウインが出す。
「オッケ!」アミが返す。
敵小隊が中央部に集まってくるのに合わせて
第3小隊もガネーシャを先頭に混戦を受ける
構えだ。
ガネーシャが前に出てきたのを見て、オーガ型
とヘカトンケイル型が挟みこむかたちで寄る。
向こうの狙いはガネーシャでなくその後ろにいる
アシュラだ。
両軍が衝突しそうな直前で、アミのハヌマーンが
飛び出し、後方へ回り込む動きをする。
それに対し、相手小隊はあきらかにフォーカス
が乱れた。
前衛ふたりはすでに捕縛機能を使って戦いを
開始してしまっている。相手側はアンリマンユ、
イフリート、リリスの3機でハヌマーンを
瞬殺するつもりでフォーカスを変えたが、
アミの機体は避けるし固い。
キントウン形態のまま旋回を続け、火力機能を
使ったと見えたら1秒少し持つシールドを
張って耐える。
その間にまずヘカトンケイル型が墜ちた。
ハヌマーンは3機に狙われながらそのうちの
一機リリスをその棒で撃破したのちについに
撃墜される。
イフリートとアンリマンユが反転しようと
したときにはオーガ型もすでに撃破されていた。
アンリマンユは瞬間火力、イフリートは
継続火力に優れていたが、4対2ではさすが
に厳しい。
パールバティが相手後方に放った煙幕弾で
一瞬退路を断たれた敵2機は、ついに捉まった。
これで敵母艦は搭乗機を使用せずに退却する。
けっきょく、相手小隊遠隔機11機大破に
対し、第3小隊はハヌマーンの遠隔1機という
初戦にもかかわらず、小隊構成が有利という
のはあったが、大きな戦果を挙げた。
アミの話10
次の作戦の打ち合わせだ。
トム・マーレイの説明が始まった。
「次回以降ですが、みなさんには負けて
いただきます」
今回戦った、火力構成の小隊とは実力どおり
戦ってよい、ほかのタイプの小隊と当たった
場合、勝てそうでも劣勢に見せたうえで
退却する。
その場合、遠隔機でギリギリまで戦うが、
搭乗機はけして出さない。
今回の結果を踏まえて、相手側はおそらく
第3小隊に対して火力構成の小隊をけして
当ててこないだろう。
そこから、普通に勝つのと同じぐらい
難しい戦いが始まった。
相手の機動構成の小隊と当たると、ウインの
狙撃型インドラが後方にまわった敵機に
落とされて負ける、というのを繰り返し
ながら、相手の癖もつかむ。
同じ狙撃構成と当たったときは前半いい
勝負をしながらも、僅差で負ける。
負ける際は、母艦が襲われないように、
相手陣営へ充分押し込んでから負ける。
「隠し玉を用意しています」
「その前に、アミさんに止めを刺されて
いただきます」
実際に撃墜されるわけではないが、
搭乗機を出すという。もちろん、アミの
腕前であればその演技ができる、という
理由からだ。
ふだんより、相手側に押し込まずに
遠隔機全滅を演じる、母艦はギリギリ
逃げられる距離であるが、相手機
接近にハヌマーン搭乗機を出す。
そして、
搭乗機の出撃に慣れていない感を出させる。
ギクシャクした動き。パニック感。
変形機能を使って、ほうほうのていで逃げ
だした、という演技をアミはやりのけた。
そうこうしているうちに、相手陣営の
動きが活発になってきた。新パイロットも
採用して攻勢に出てくる構えのようだ。
アミの話11
「トムさん、でもこの作戦、軍費的には
けっこう痛いですよね、大丈夫なんですか?」
エマドの問いにトムが答える。
「失敗すれば降格は免れないなハハハ」
というのは嘘で、予算内でやっていれば問題ない。
「軍諜報部が敵組織の新規パイロット採用の
情報をつかんでいます」
「こちらがそれを把握している、ということは
おそらく相手側に気づかれていません」
「この数日で、新規小隊による奇襲が予想
されます」
案の定、数日後。
母艦3機の接近が告げられた。先頭にいる母艦は、
それまで火力構成の小隊を載せていた船である
ことを識別ナンバーが告げている。
第3小隊、かかって来い、というわけだ。
さらに後方に敵母艦2隻も確認できているため、
コ連人型機械第1小隊および第2小隊も
迎撃準備に入る。
後詰の宇宙空母もいつでも出撃態勢だ。
敵母艦識別ナンバーから、火力構成の第1小隊
は敵の機動構成の小隊にあたり、起動構成の
第2小隊は敵の狙撃構成の小隊にあたる。
それぞれ相性の良い相手だ。
「隠し玉ってこれかー!」
エマドが搭乗機デッキ5角形にならんだハス台座
の前で大きな声を出す。
「ちょっと練習したね」とフェイク。
「まあその成果は見ててよ」とウイン。
コ連軍、人型機械全小隊の出撃だ。
「第3小隊はこれより10分後に正面母艦
小隊と戦闘に入る!」
「第1および第2小隊はわれわれからおよそ
10分後に戦闘に入る模様」
「第2小隊はできる限り時間稼ぎしてくれ!」
「第2小隊了解」
「フェイクとウインは設定切り替えを忘れるな!」
「あらためて指示は出す!」
「了解!」
「イエッサー!」
「遠隔機よーい」
「射出!」
始まった。
アミの話12
禍々しい形状をした5機が姿を現した。
「今回はこれに勝たなきゃいけないんだよなあ」
エマドが呟く。
第3小隊はいつもどおりの隊形を組んでいく。
中央はアシュラ、対面にパズス型、右翼は
ガネーシャ、対面はベルゼブブ型、左翼は
パールバティ、対面はテスカトリポカ型であるが、
相手側の継続火力担当のルシファー型が左翼対面
でかなり前に出てくる。パールバティ1機では
支え切れないと見てアミが支援に向かう。
ハヌマーンが左翼に姿を現した瞬間、ルシファー
型とテスカトリポカ型が機動機能を発動させた。
6機の翼タイプの推進機構をもつルシファー型と、
変形機能をもつテスカトリポカ型が、ウインの
インドラめがけて急接近を試みる。
ウインの反応は早かった。
インドラは左翼後方から中央、右翼後方へ
すばやく回避行動をとり、相手側はあきらめて
もとのフォーメーションに戻るかに見えた。
その瞬間、イゾウ型に一刀両断される。
相手側の遊撃機だ。
「うそー!?」
さすがにウインが声を上げるが、すぐに2番機を
出す。左翼はルシファーとテスカトリポカに回り
込まれたかたちになり、パールバティと
ハヌマーンとの2対2の混戦になるが、すぐ
イゾウ型が飛んでくる。
パールバティが墜ちた。
ハヌマーンはかろうじて脱出する。
「よし、予定どおり、フォーメーション変更!」
「ガネーシャ中央!」
トムからの無線が第3小隊5機に入る。
いったん中央アシュラが下がり、右翼ガネーシャ
が中央へ寄る。パールバティ2番機が右翼へ
まわりベールゼブブと対峙、ハヌマーンが左翼に
まわり、対面2機が出てこれないようけん制する。
機動構成と狙撃構成が戦う場合、戦場はつねに
機動構成側が追いかけて、狙撃側がスカー
ミッシュあるいはカイトと呼ばれる後方へ回避
する動きをしながら戦うかたちになる。
そのため、母艦も機動側は少なくとも微速前進、
狙撃側は敵母艦と距離をとる形で微速後退となる。
アミの話13
このフォーメーション変更で状況は少し改善
した。
もともとガネーシャはあまりベールゼブブ型と
対面したくない。腐食系の液体を近接で
放ってくるからだ。食らうとじわじわと
関節系が傷んでくる。
射程があまりないため、射程の長いパールバティ
が対面するほうが相性はよかった。
だが、次の対面のパズスも楽な相手ではない。
ガネーシャは回避に終始する。煙幕と小型
ミサイルの群れを操られてとても近づけそうに
ない。
「こんな奴と平気で戦ってたのかよ」
フェイクの腕をあらためて認識する。
防御近接系機体で対面するのもかなりではあるが。
このまま待っているだけではジリ貧であるが、
ガネーシャはパズス型の上空または下空側に
まわりこむかたちであえて敵陣に押し込む。
これが相手に2択を迫るかたちになった。
もともとの戦術である、第3小隊の後方、
狙撃機インドラを狙い続けるのか、中央に突出
したガネーシャを先に片づけるのか。
敵小隊は後者を選択した。
ガネーシャに釣られるかたちでパズス、
イゾウ型、ルシファー型が取り囲むが、
これがインドラ狙撃のいい的となった。
ガネーシャも簡単に墜ちない。回避と
シールドを使った防御と、攻撃を
織り交ぜながら耐える。といっても
数秒の差だが、それが勝負を決める。
それでもガネーシャが大破するが、
そこにアシュラが間に合った。
インドラに削られた3機を、アシュラの
火炎放射が焼き尽くす。
「おーし!」
ふだん冷静なフェイクが声をあげる。
その間、アミのハヌマーンがテスカトリポカに
掴まったが、両軍3機づつ撃墜でイーブンまで
戻した。
そのあと、敵側もベールゼブブを中央に
配置替えするなどして、敵小隊が若干のリード
のまま、両小隊、残遠隔機数が少なくなっていく。
「敵母艦、速度上げています!」
「よし! このまま、気づかないふりで
微速後退!」
状況が有利なのを見て、敵小隊は決めにくる
つもりのようだ。
ハヌマーン遠隔機の3機目が撃墜される。
「ハヌマーン搭乗機準備!」
「アミ、分かってるな!」
「もちろん!」
「ハヌマーン搭乗機、出ます!!」
第3小隊は遠隔機4機を先頭に混戦をしかける。
これにより、敵機を2機沈めたが、敵小隊側は
残り遠隔3機をAIに切り替え、5機の搭乗機が
現れた。
彼らは勝利を確信していた。
アミの話14
遠隔機すべて破壊されたにもかかわらず、
第3小隊はハヌマーンの搭乗機しか出してこない。
おそらく搭乗機射出に手間取っているだけ
だろうが、搭乗機戦闘に慣れていない。
まずAI操作の遠隔パズス、ベールゼブブ、
ルシファーの3機がアミのハヌマーンをけん制
しながら第3小隊母艦に接近する。
アミは無理にその3機と戦わない。
まず黒い影が第3小隊母艦から静かに
飛び出したが、敵側から検知されていない。
次に、搭乗機ハッチから黄金の光が漏れだした。
ハス型の台に鎮座したそれが、敵遠隔3機を
順番に指さす。その順に、3機が消し飛んだ。
敵母艦と敵搭乗機5機はまだ勝利を確信した
まま急接近を続けている。が、混乱はすぐに
訪れた。
アシュラ型の後継機、全身黄金の機体、シャカだ。
ひょうたん型の遠隔ポッドから火炎を放ちながら、
シャカが向かってくる5機の中に飛び込む。
火炎を放ちながら、時々敵機のうちのどれかを
指さす。
指されたベールゼブブ搭乗機の腕が飛んだ。
イゾウ型搭乗機が勘づいて飛び出す。
狙撃だ。
が、インドラがいない。どこにもいない。
イゾウ型が狙撃を受ける。そして、出撃した
ガネーシャとパールバティに捕まった。
敵搭乗機4体は、立て直してシャカにフォーカス
するが、敵火力機能の発動を見てから、シャカの
防御機能が発動した。
4機の遠隔ポッドが四面体シールドを形成する。
その間、最後方に回り込んだハヌマーンが、
急近接して後尾のベールゼブブを沈める。
シャカに引き続き3機群がるが、敵のすべての
火力機能をぎりぎりでかわす、かわしながら
下がる、時に相手ななめに寄ることでかわす。
シールドはもう使えない。
そして、勝負あった。
ガネーシャが合流して、シャカを守る。その間も
敵残り3機を狙撃し続けるのは、インドラの
後継機、ステルス機能をもつ黒色機体シヴァだ。
もちろん、ウインが搭乗、操縦する。
敵脱出ポッドを回収したハヌマーンと
パールバティも合流して、戦闘は、死闘は
終わった。
いや、第1第2小隊を援護してから終わった。
第3小隊戦の状況を確認してすぐに敵は撤退。
短時間のため被害は軽微。
けっきょくのところ、敵脱出ポッド5台確保の
大戦果、相手側は、新加入パイロット5人を
捕獲されるという大失態となった。
アミの話15
「もう二度とやりたくない」
とフェイク・サンヒョク談。
「同意」とエマド・ジャマル。
ゲームのほうはやるけど、と続ける。
アミは実家に戻ってペットを抱いて死んだ
ように長時間眠る。
ウインはひさしぶりに高い食材を買い込んで
家族で食べる準備をする。
マルーシャは、バイト行ってきたよーと
ふつうに帰宅。軍で戦闘してきたとは
言わない。
高額の報酬を得た彼らは、音楽活動の
ための機材の購入や買い替えができると
喜んだ。
軍からの正式配属のオファーもあったが、
丁重にお断りした。軍もあっさり諦めた。
投降パイロット全員の登用が成功しそう
だったからだ。
彼らはそのまま第3小隊の機体で訓練を
行い、そのまま狙撃構成で戦うという。
コウエンジ連邦に戦闘を仕掛けてきた
宙賊は、原理主義戦闘国家を背後に
活動していた。
今回の件により、しばらくはまともな
活動ができないだろう。
それ以上に、大きな事実が判明していた。
そもそも確保されたパイロットが登用に
応じたのは、原理主義戦闘国家に在住
する家族の確保が可能であることを
伝えたからだが、
特殊工作員による全員分の家族確保が完了
したのち、自ら話し出した。
「全員、一年前に第2エリアから家族ごと
移ったらしい」
「君たち同様、ゲームの戦績が良くて、かつ
経済的に厳しいところをスカウトされたとか」
あとでハントジムに練習にきていたトムから
聞いた話だ。おっと、今のは機密だから
聞かなかったことにしてくれ、とも
付け加えた。
そう、脱出ポッドから出てきたのは、アミ
たちと同年代の、学生たちだったのだ。