月、ころてる   作:鈴本恭一

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序章:台風ハンターゆかりさん

紲星あかり(11)…他人には見えない生物が見える女子小学生

結月ゆかり(14)…あかりの従姉妹。不思議な生物をその身に宿す

 

 

 

○海辺からの帰りの坂道(昼)

 

  坂を登っていく結月ゆかりと紲星あかり。

  夏のもやっとした空気の中、ゆかりの周囲だけが(物理的に)涼しげだ。

  車道に近い方を歩くゆかりが平坦な口調で言う。

 

結月ゆかり「台風が好きです」

紲星あかり「そうなの?」

結月ゆかり「そうなのです。台風ハンターゆかりさんとは私のことです」

紲星あかり「なんで台風が好きなの?」

結月ゆかり「私の中に同居人が住んでいる事は、前に話しましたね?」

紲星あかり「うん。〝さんがむりや〟のことでしょ」

結月ゆかり「名前はなんでもいいです。その同居人はなんでも食べてエネルギーにしてしまいます」

紲星あかり「エネルギー」

結月ゆかり「そのエネルギーで私の同居人は空気や水やアスファルトを分解し、有機化合物を作り、最終的にゆかりさんの栄養になります。凄いでしょう?」

紲星あかり「すごい」

結月ゆかり「しかも食べたエネルギーは肉体とは別の、よく分からないところに貯蓄できます」

紲星あかり「どこ?」

結月ゆかり「私も知りません。体重計には出ないのでたぶん異次元にでも収納しているのでしょう」

紲星あかり「ずるいよゆかりさん!」

結月ゆかり「なんとでも仰って下さい。とにかく同居人は色々なことを私にしてくれるのですが、そのためのエネルギー源が要ります」

紲星あかり「あ、だからこの前アパートの屋上から身投げしてたの?」

結月ゆかり「そうです。落下の位置エネルギーを同居人に食べさせていました」

紲星あかり「単なる自殺にしか見えなかったよ」

結月ゆかり「高い位置まで昇るエネルギーはエレベータが肩代わりしてくれるので、ゆかりさんは労せずエネルギーを稼げる良いアイデアだと思ったのですが……」

紲星あかり「ですが?」

結月ゆかり「よくよく考えればそのエレベータのモーターパワーや電力を同居人に食べさせれば良い事に気付いてしまいましたので、あれ以降やっていません」

紲星あかり「普通に騒ぎになってたからじゃないの?」

結月ゆかり「そうとも言います」

紲星あかり「台風にウキウキで近づくのも騒ぎになるんじゃない?」

結月ゆかり「ゆかりさんはその辺りプロですから」

 

  喋るふたり。誰もすれ違わない。熱も音も何かが吸収してるかのように控えめ。

 

紲星あかり「ていうか、普通に栄養欲しかったらご飯を食べればいいんじゃない? ゆかりさんのお母さんのご飯、とっても美味しいのに」

 

  あかり、小首を傾げて不思議そうにする。

 

結月ゆかり「……あかりさんは、あれが美味しいのですか?」

  

  ゆかり、若干間を開け、殊更に無機質な口調で言う。

 

紲星あかり「うん。すっごい美味しい」

結月ゆかり「美味しいのですね?」

紲星あかり「? 美味しいよ?」

結月ゆかり「では今度から私の分も差し上げましょう。私は食べる必要がないので」

紲星あかり「……ゆかりさん?」

 

  あかり、訝しげにゆかりを見上げる。ゆかりは坂の上を見上げている為、表情が分からない。

 

結月ゆかり「あかりさんが我が家に来てくれて、本当に嬉しいです」

 

  ゆかり、目線を合わせないまま言う。

  あかり、不安げにゆかりを見詰める。ゆかりが何を言いたいのかよく分からない。

 

結月ゆかり「美味しいものを美味しいと感じる人が食べてこそ、正しい料理と食事だとゆかりさんは思います」

紲星あかり「ゆかりさんは、美味しくなかったの?」

 

  あかり、驚きに目を瞠る。足を止め、ゆかりを凝視。

  ゆかり、合わせて足を止める。涼しげな表情をあかりに向ける。

 

結月ゆかり「月に住むウサギは、地球のウサギとは違います。似てるのは見た目だけ。その中身は異形なのです」

 

 

  ゆかり、歩みを再開する。前だけを見て、視線をあかりに合わせない。

 

紲星あかり「ゆかりさん……」

 

 

  あかり、ゆかりを追わず、その細い背中をじっと見詰める。

  

  熱気と喧噪が大きくなる

  ゆかりから離れると、夏の空気が復活する。

 

  ゆかりとの距離が遠のく。

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