○結月家・居間(朝)
あかり、ゆかり、ゆかり父母。4人で食卓を囲み、朝食を摂る。
窓の外、曇天。
テレビ「―――非常に強い台風18号は勢力を保ったまま、本日の夕方頃に本州へ上陸する見込みです。交通機関への影響が懸念されますので、早めの帰宅を心掛けるようお願い致します」
ゆかりの両親、台風という単語に肩を震わせ、ゆかりを見る。
ゆかり、水の入ったコップを前にして瞑想。
紲星あかり「(抑えた声音)……ごちそうさまでした」
あかり、両手を合わせて頭を下げる。
料理は半分ほど食べ残している。
ゆかり父母、驚きの顔。
ゆかり母「大丈夫? 具合悪い?」
紲星あかり「(表情を曇らせ)ごめんなさい。食欲がなくて……」
ゆかり母「無理しないで。私たちで食べるから、気にしないでね」
紲星あかり「ありがとう。ごめんなさい」
ゆかり母「(一瞬、たじろいで息を呑む)」
あかり、頭を下げながら席を立つ。自分の部屋に行く。
ゆかり父「あかりちゃん、お祭りに行ってから調子悪そうだけど、大丈夫かな」
ゆかり母「……」
ゆかり父「花火見てて友達がいきなり気を失ったって言ってたから、ショックなんだろうけど」
ゆかり母「え、ええ……」
ゆかり父、ゆかり母へ訝しみながら、あかりの料理を下げようとする。
結月ゆかり「(あかりの皿を、自分の手元に掴み寄せる)」
ゆかり父、驚く。
結月ゆかり「私が」
ゆかり、皿を持ったまま席を立つ。自分の部屋に下がる。
ゆかり父母、不安の顔。
○コンビニエンスストア前(昼)
店員(声のみ)「ありがとうございましたー」
店の遠景。
あかり、店の自動ドアから外に出る。
手にビニールの買い物袋。
朝より悪化した曇り空の下を進む。
○公園(昼)
(あかり達が水鉄砲で遊んだ公園)
あかり、水飲み場で蛇口をひねる。全開。
勢いよく放出した水があかりの顔を直撃する。
あかり、水を飲まない。顔に水をかけ続ける。
しばしその姿を維持。
きゅ、と蛇口を閉める。
ボタボタとあかりの顔や髪から水が垂れる。
不意に、水の滴りが止まる。
紲星あかり「(顔を上げる)」
水気は完全に乾いている。
あかり、曇天を見上げる。
雲、さらに濃くなる。
○結月家・居間(昼)
ゆかり母、食卓につき、顔を両手で覆う。
ゆかり父、ゆかり母の前にコーヒーの入ったカップを置く。
ゆかり母「(ゆかり父を見ずに)……あかりちゃんが、一瞬だけ、あの子に見えた」
ゆかり父「……」
ゆかり母「(疲れ果てた声)私は、ひどい母親」
ゆかり父「そんなことはない」
ゆかり母「あかりちゃんを、本当の娘みたいに思ってたくせに。ゆかりに似てると思ったら……いきなり、突然、ものすごく遠くに感じた」
ゆかり父「(哀しみの眼差し)」
ゆかり母「ゆかりにも、同じことを感じてるの。実の娘なのに」
ゆかり母、肩を震わす。
ゆかり母「ひどい、母親」
ゆかり父「(ゆかり母の肩を優しくさする)そんなことはない」
ゆかり、音もなく部屋に現れる。
手には皿。
(あかりの料理が乗っていた皿)
ゆかり母、はっと顔を上げる。
ゆかり父もゆかりを見る。
ゆかり、皿を台所の食器入れにしまう。
結月ゆかり「(両親に目を向けず)天気が心配なので、あかりさんを迎えに行ってくる」
ゆかり父「あ、ああ。気をつけて」
ゆかり母「(青ざめた顔のまま見詰める)」
ゆかり、部屋を出て行く。
その直前、呟く。
結月ゆかり「……あの子は、私みたいにはならない」
○廃材置き場(昼)
解体された建物の建材や、廃車の部品で構成された山の麓。
分解済みの工業機械が重なる中腹。
廃棄された家具でできた山頂部。
あかり、廃材の山の先端に佇む。
紲星あかり「(空を見上げる。表情は伺えない)」
頭上は曇天。
遠く、雷鳴。
○結月家のあるマンション・屋上(昼)
ゆかり、内階段の最上階から扉を開け、屋上に現れる。
濃灰色の雲が分厚く広がる空。
腰ほどの高さの鉄柵に囲われた屋上スペース。
あかり、佇んでいる。背を向けて。
手にビニール袋が下がっている。中身あり。
結月ゆかり「あかりさん」
紲星あかり「(背を向けたまま)……おばさん、気を悪くしてたかな。朝ごはん残しちゃったから」
結月ゆかり「……」
紲星あかり「ゆかりさんも、この前はごめんね。葵ちゃん負ぶってもらって」
あかり、振り返る。
顔をゆかりに向ける。
薄い微笑みを浮かべて。
紲星あかり「(ビニール袋に手を入れ)朝ご飯食べないで、こんなの買ったっておばさんに知られたら、怒られるかな」
あかり、ビニール袋から中身を取り出す。
串付きのフランクフルトソーセージ。
結月ゆかり「(目を細める)」
紲星あかり「葵ちゃん、何も覚えてなかったよ。あの空き地に向かってったとこまでしか覚えてなかった」
結月ゆかり「あかりさん」
紲星あかり「なあに?」
結月ゆかり「どうやって、屋上の扉の鍵を開けたのですか?」
ゆかり、自分が通ってきた扉を見やる。
結月ゆかり「ここは常に施錠されています。専用の鍵がなければ内側からでも開けられません」
紲星あかり「(変わらない微笑み)」
結月ゆかり「私はいつも同居人に頼んで開けてもらっています。しかし、あなたは」
紲星あかり「(遮り)私ね、これ好き」
あかり、片手でケチャップソースの小パックを取り出し、もう片手で持ったソーセージへ掛ける。
赤いソースをふんだんに、最後の一滴まで塗りたくる。
紲星あかり「友達はケチャップ甘すぎるとか、マスタード辛すぎるとか言うけど、私は大好き」
あかり、マスタードのパックも取り出し、同じようにまんべんなく塗りつける。
紲星あかり「いただきます」
あかり、ソーセージを口に頬張る。
先端を舌で舐め、軽くしゃぶり、噛み切る。
ソーセージを一度、口から離す。
(千切れた肉片を舌で絡め取り、ケチャップとマスタードに混ぜ合わせ、奥歯で入念に擂り潰す)
(原型を無くした肉に唾液とソース類をさらに混ぜ込み、口の中で転がす)
ごくり、と嚥下する。
あかり、再びソーセージを、今度は横笛を吹くような姿勢で食む。
先にケチャップとマスタードを舌で舐め取る。
前歯で肉を小さく囓る。
抉る。
肉片を一度口に入れ、また噛み、口の奥へ送る。
少しずつ肉を削っていき、ある程度のところで大胆に口を動かす。
一気に噛み潰す。
(数個の肉が挽かれて溶かされ、一塊の不定形になる)
(舌がそれを細やかな動きで何度も裂き、前歯と奥歯が再び噛み潰す)
(これらを数回繰り返す)
(そしてゆっくりと、食道へ送り込む)
串の根本に残った最後の肉片。
あかり、それを愛おしむように口づけ、前歯を食い込ませる。
肉を歯で固定し、慎重に串を引き抜く。
きれいに串が抜ける。
あかり、それを満足げに見やり、丁寧に肉を口の奥に迎え入れる。
しばしの咀嚼を重ねた後、嚥下。
紲星あかり「(目を伏せ)ごちそうさま」
あかり、口元に赤いケチャップを付けながら、ゆかりに目を向ける。
紲星あかり「私、これがとても好き。なのにね」
あかり、口についたケチャップを指で掬い取る。
指先にかかったケチャップを舌先で舐め取る。
大きく口を動かし、しっかりと飲み込む。
紲星あかり「――味が、しないの」
結月ゆかり「(僅かに瞠る)」
紲星あかり「あのお祭りのあった日、私の中で何かが開いたの」
結月ゆかり「あかりさん……」
紲星あかり「まるで開けられた水門から流れ込んでくる川の水みたいに、私に注ぎ込まれるものがあるの。隅々まで染み通って、私に力をくれる。あの生き物たちを視て、感じ取れる、力が」
あかり、凝視。
淡く金色に染まる瞳で、ゆかりを。
紲星あかり「今なら"さんがむりや"だって視える。ゆかりさんの"さんがむりや"」
ゆかり、視線を受け止める。微動だにしない。
あかり、目を細める。うっすら笑って。
紲星あかり「(平板な声)ゆかりさん」
結月ゆかり「……」
紲星あかり「(温もりを無くした声音で)ねえ、ゆかりさん」
結月ゆかり「なんでしょう」
あかり、はっきりわらう。
明るみのない顔で。
紲星あかり「――私に隠してること、あるでしょ?」