月、ころてる   作:鈴本恭一

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第3幕・第1章:屋上にやってきた紲星あかり

○結月家・居間(朝)

 

 あかり、ゆかり、ゆかり父母。4人で食卓を囲み、朝食を摂る。

 窓の外、曇天。

 

テレビ「―――非常に強い台風18号は勢力を保ったまま、本日の夕方頃に本州へ上陸する見込みです。交通機関への影響が懸念されますので、早めの帰宅を心掛けるようお願い致します」

 

 ゆかりの両親、台風という単語に肩を震わせ、ゆかりを見る。

 ゆかり、水の入ったコップを前にして瞑想。

 

紲星あかり「(抑えた声音)……ごちそうさまでした」

 

 あかり、両手を合わせて頭を下げる。

 料理は半分ほど食べ残している。

 ゆかり父母、驚きの顔。

 

ゆかり母「大丈夫? 具合悪い?」

紲星あかり「(表情を曇らせ)ごめんなさい。食欲がなくて……」

ゆかり母「無理しないで。私たちで食べるから、気にしないでね」

紲星あかり「ありがとう。ごめんなさい」

ゆかり母「(一瞬、たじろいで息を呑む)」

 

 あかり、頭を下げながら席を立つ。自分の部屋に行く。

 

ゆかり父「あかりちゃん、お祭りに行ってから調子悪そうだけど、大丈夫かな」

ゆかり母「……」

ゆかり父「花火見てて友達がいきなり気を失ったって言ってたから、ショックなんだろうけど」

ゆかり母「え、ええ……」

 

 ゆかり父、ゆかり母へ訝しみながら、あかりの料理を下げようとする。

 

結月ゆかり「(あかりの皿を、自分の手元に掴み寄せる)」

 

 ゆかり父、驚く。

 

結月ゆかり「私が」

 

 ゆかり、皿を持ったまま席を立つ。自分の部屋に下がる。

 

 ゆかり父母、不安の顔。

 

 

 

○コンビニエンスストア前(昼)

 

 店員(声のみ)「ありがとうございましたー」

 

 店の遠景。

 あかり、店の自動ドアから外に出る。

 手にビニールの買い物袋。

 朝より悪化した曇り空の下を進む。

 

 

○公園(昼)

 

(あかり達が水鉄砲で遊んだ公園)

 

 あかり、水飲み場で蛇口をひねる。全開。

 

 勢いよく放出した水があかりの顔を直撃する。

 あかり、水を飲まない。顔に水をかけ続ける。

 しばしその姿を維持。

 

 きゅ、と蛇口を閉める。

 ボタボタとあかりの顔や髪から水が垂れる。

 

 不意に、水の滴りが止まる。

 

 紲星あかり「(顔を上げる)」

 

 水気は完全に乾いている。

 

 あかり、曇天を見上げる。

 雲、さらに濃くなる。

 

 

○結月家・居間(昼)

 

 ゆかり母、食卓につき、顔を両手で覆う。

 ゆかり父、ゆかり母の前にコーヒーの入ったカップを置く。

 

ゆかり母「(ゆかり父を見ずに)……あかりちゃんが、一瞬だけ、あの子に見えた」

ゆかり父「……」

ゆかり母「(疲れ果てた声)私は、ひどい母親」

ゆかり父「そんなことはない」

ゆかり母「あかりちゃんを、本当の娘みたいに思ってたくせに。ゆかりに似てると思ったら……いきなり、突然、ものすごく遠くに感じた」

ゆかり父「(哀しみの眼差し)」

ゆかり母「ゆかりにも、同じことを感じてるの。実の娘なのに」

 

 ゆかり母、肩を震わす。

 

ゆかり母「ひどい、母親」

ゆかり父「(ゆかり母の肩を優しくさする)そんなことはない」

 

 ゆかり、音もなく部屋に現れる。

 手には皿。

 (あかりの料理が乗っていた皿)

 

 ゆかり母、はっと顔を上げる。

 ゆかり父もゆかりを見る。

 ゆかり、皿を台所の食器入れにしまう。

 

結月ゆかり「(両親に目を向けず)天気が心配なので、あかりさんを迎えに行ってくる」

ゆかり父「あ、ああ。気をつけて」

ゆかり母「(青ざめた顔のまま見詰める)」

 

 ゆかり、部屋を出て行く。

 その直前、呟く。

 

結月ゆかり「……あの子は、私みたいにはならない」

 

 

 

 

 

○廃材置き場(昼)

 

 解体された建物の建材や、廃車の部品で構成された山の麓。

 分解済みの工業機械が重なる中腹。

 廃棄された家具でできた山頂部。

 

 あかり、廃材の山の先端に佇む。

 

紲星あかり「(空を見上げる。表情は伺えない)」

 

 頭上は曇天。

 遠く、雷鳴。

 

 

 

○結月家のあるマンション・屋上(昼)

 

 ゆかり、内階段の最上階から扉を開け、屋上に現れる。

 

 濃灰色の雲が分厚く広がる空。

 腰ほどの高さの鉄柵に囲われた屋上スペース。

 

 あかり、佇んでいる。背を向けて。

 手にビニール袋が下がっている。中身あり。

 

結月ゆかり「あかりさん」

紲星あかり「(背を向けたまま)……おばさん、気を悪くしてたかな。朝ごはん残しちゃったから」

結月ゆかり「……」

紲星あかり「ゆかりさんも、この前はごめんね。葵ちゃん負ぶってもらって」

 

 あかり、振り返る。

 顔をゆかりに向ける。

 薄い微笑みを浮かべて。

 

紲星あかり「(ビニール袋に手を入れ)朝ご飯食べないで、こんなの買ったっておばさんに知られたら、怒られるかな」

 

 あかり、ビニール袋から中身を取り出す。

 串付きのフランクフルトソーセージ。

 

結月ゆかり「(目を細める)」

紲星あかり「葵ちゃん、何も覚えてなかったよ。あの空き地に向かってったとこまでしか覚えてなかった」

結月ゆかり「あかりさん」

紲星あかり「なあに?」

結月ゆかり「どうやって、屋上の扉の鍵を開けたのですか?」

 

 ゆかり、自分が通ってきた扉を見やる。

 

結月ゆかり「ここは常に施錠されています。専用の鍵がなければ内側からでも開けられません」

紲星あかり「(変わらない微笑み)」

結月ゆかり「私はいつも同居人に頼んで開けてもらっています。しかし、あなたは」

紲星あかり「(遮り)私ね、これ好き」

 

 あかり、片手でケチャップソースの小パックを取り出し、もう片手で持ったソーセージへ掛ける。

 赤いソースをふんだんに、最後の一滴まで塗りたくる。

 

紲星あかり「友達はケチャップ甘すぎるとか、マスタード辛すぎるとか言うけど、私は大好き」

 

 あかり、マスタードのパックも取り出し、同じようにまんべんなく塗りつける。

 

紲星あかり「いただきます」

 

 あかり、ソーセージを口に頬張る。

 

 先端を舌で舐め、軽くしゃぶり、噛み切る。

 ソーセージを一度、口から離す。

 (千切れた肉片を舌で絡め取り、ケチャップとマスタードに混ぜ合わせ、奥歯で入念に擂り潰す)

 (原型を無くした肉に唾液とソース類をさらに混ぜ込み、口の中で転がす)

 ごくり、と嚥下する。

 

 あかり、再びソーセージを、今度は横笛を吹くような姿勢で食む。

 先にケチャップとマスタードを舌で舐め取る。

 前歯で肉を小さく囓る。

 抉る。

 肉片を一度口に入れ、また噛み、口の奥へ送る。

 少しずつ肉を削っていき、ある程度のところで大胆に口を動かす。

 一気に噛み潰す。

 (数個の肉が挽かれて溶かされ、一塊の不定形になる)

 (舌がそれを細やかな動きで何度も裂き、前歯と奥歯が再び噛み潰す)

 (これらを数回繰り返す)

 (そしてゆっくりと、食道へ送り込む)

 

 串の根本に残った最後の肉片。

 あかり、それを愛おしむように口づけ、前歯を食い込ませる。

 肉を歯で固定し、慎重に串を引き抜く。

 きれいに串が抜ける。

 あかり、それを満足げに見やり、丁寧に肉を口の奥に迎え入れる。

 

 しばしの咀嚼を重ねた後、嚥下。

 

紲星あかり「(目を伏せ)ごちそうさま」

 

 あかり、口元に赤いケチャップを付けながら、ゆかりに目を向ける。

 

紲星あかり「私、これがとても好き。なのにね」

 

 あかり、口についたケチャップを指で掬い取る。

 指先にかかったケチャップを舌先で舐め取る。

 大きく口を動かし、しっかりと飲み込む。

 

紲星あかり「――味が、しないの」

結月ゆかり「(僅かに瞠る)」

紲星あかり「あのお祭りのあった日、私の中で何かが開いたの」

結月ゆかり「あかりさん……」

紲星あかり「まるで開けられた水門から流れ込んでくる川の水みたいに、私に注ぎ込まれるものがあるの。隅々まで染み通って、私に力をくれる。あの生き物たちを視て、感じ取れる、力が」

 

 あかり、凝視。

 淡く金色に染まる瞳で、ゆかりを。

 

紲星あかり「今なら"さんがむりや"だって視える。ゆかりさんの"さんがむりや"」

 

 ゆかり、視線を受け止める。微動だにしない。

 あかり、目を細める。うっすら笑って。

 

紲星あかり「(平板な声)ゆかりさん」

結月ゆかり「……」

紲星あかり「(温もりを無くした声音で)ねえ、ゆかりさん」

結月ゆかり「なんでしょう」

 

 

 

 あかり、はっきりわらう。

 

 明るみのない顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紲星あかり「――私に隠してること、あるでしょ?」

 

 

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