月、ころてる   作:鈴本恭一

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第3幕・第2章:ばうちすも

○結月家のあるマンション・屋上(昼)

 

結月ゆかり「隠し事?」

 

 ゆかり、表情なく小首を傾げる。

 

結月ゆかり「あかりさんに隠していることなど何もありません」

紲星あかり「私に嘘をつくことは?」

結月ゆかり「ありません」

紲星あかり「じゃあ、来年、ゆかりさんはこの家にいる?」

結月ゆかり「……」

紲星あかり「来年も、こうして一緒に遊んでくれる?」

結月ゆかり「……」

紲星あかり「来年も、再来年も、私と一緒にいてくれる?」

 

 ゆかり、沈黙。

 あかり、眉根を寄せる。

 

紲星あかり「(低く)……やっぱり、よろうてつの言ったことは本当なんだ」

結月ゆかり「あの性悪が、何か吹き込んだのですか?」

紲星あかり「よろうてつが言ってた。ゆかりさんはどこかに行っちゃうって」

 

 あかり、苦しみの表情で呻く。

 

紲星あかり「ゆかりさんは―――誰にも会わないとこに、独りで行っちゃうんでしょ?」

紲星あかり「私を、置いて……」

 

 ゆかり、目を細め、表情を完全に消す。

 あかり、ゆかりの変化を見てたじろぐ。

 (初めて見るゆかりの表情に、歯を鳴らす)

 

紲星あかり「(絞り出す声で)ねえ、なんで? どうして?」

結月ゆかり「……ここが、私の棲み処ではないからです」

 

 ゆかり、屋上からの景色を見やる。

 町並み。

 人間達の家々。

 

結月ゆかり「以前にも言ったように、月に住むウサギは、地球のウサギとは違います。その中身の異形さ故に、地球に住み続けることは出来ないのです」

紲星あかり「じゃあ、月に帰るの?」

結月ゆかり「そうなります」

紲星あかり「どうやって?」

結月ゆかり「同居人が行います。あかりさんの眼をもっても視ることの叶わない深い領域まで、私を連れて行きます」

紲星あかり「……やっぱり、私を置いてくんだ」

 

 あかり、ビニール袋を床に落とす。視線も床へ。

 (手と肩を震わせて)

 

紲星あかり「(俯き)私はね、みんなのとこに戻りたかった。けど、もう、戻れなくなっちゃったの」

 

 あかり、両手を胸の前で合わせる。

 

紲星あかり「視えない子は、視える私がどこかに行っちゃうって思うみたい。だから、私は視えちゃダメなんだって。視えなかったら、戻ってきていいって」

紲星あかり「(首を大きく横に振り)でも、もう、無理。もう戻れない。"さんがむりや"さえ視えちゃう私じゃ、もう……」

 

 あかり、両手で顔を覆う。

 

紲星あかり「(くぐもった声)だから、視えちゃう私は、ゆかりさんの傍にいるしかないの」

 

 あかり、肩を震わせ。

 

紲星あかり「今なら、ゆかりさんの気持ちが分かる」

結月ゆかり「……」

紲星あかり「どこにも、誰のところにも入れない、このズキズキするドロドロの気持ちが、分かる」

結月ゆかり「……」

紲星あかり「だから、ここに居続けて苦しみ続けるくらいなら、"さんがむりや"達の場所に行く方がいいのも、今なら理解できるの」

 

 あかり、手で顔を覆ったまま、首をぶんぶんと横に振る。

 

紲星あかり「あなたを思いやったら、邪魔しないのが一番いいって分かるの。私の中の良い子が言うの。でも、でもね」

 

 

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 (黒い靄に金の文字)

 

      " ほ ん し ん を さ ら せ "

 

 

 * * *

 

紲星あかり「……よろうてつが言うの」

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

      " ほ ん し ん を さ ら せ "

 

      " ほ ん し ん を お お う き さ ま の りょ う し ん を "

 

      " わ た し の せ ん れ い が う ち く だ く "

 

 * * *

 

結月ゆかり「たぶらかされているのです、あの悪質な生き物に」

紲星あかり「そうかもしれない。けど、"よろうてつ"は私にいろんなものをくれる。この屋上も開けてくれた。私の願いを叶えてくれる」

 

 あかり、手を離して顔をさらす。

 小さく笑み、ゆかりを見詰める。

 

紲星あかり「(弱々しく)ねえ、ゆかりさん」

結月ゆかり「……」

紲星あかり「(震える肩)これが最後。最後の、お願いなの」

紲星あかり「私の願いを叶えて。"よろうてつ"なしで、私の願いを叶えて」

結月ゆかり「……」

紲星あかり「……ずっと、私のそばにいて」

 

 遠く、雷の音。

 一陣の強風が、2人を横殴りにする。

 あかりの長い髪が吹き流される。

 ゆかり、パーカーのフードと裾がはためく。

 

 風が収まる。

 

 

 沈黙。

 

 沈黙。

 

 沈黙。

 

 沈黙。

 

 ゆかり。

 

 ゆかり――――首を横に振る。

 

 

紲星あかり「(目を見開き、息を呑む。わなわなと震えながら)」

 

 あかり、口元を噛み締める。

 あかり、眉根を寄せ、眉尻をつり上げる。

 あかり、ゆかりを睨み付ける。

 (熾烈な感情を込めて)

 

 

 あかり、ゆっくり形相を歪ませる。

 憤怒。

 

 

 あかりの双眸、染まる。

 黄金に。

 

 

紲星あかり「――――"よろうてつ"」

 

 (周囲の光量が落ちる)

 

紲星あかり「私に洗礼をして」

 

 (陰が濃くなった屋上の影から、黒い靄が沸き立つ)

 

紲星あかり「私の中に住み着いて。私の願いを叶えて」

 

 (小さく低い笑い声。影から囁く)

 

紲星あかり「よろうてつ!」

 

 

 ぞぶり

 

 黒の靄、あかりを包む。

 

 

 ゆかり、あかりへ手を伸ばしかける。

 

 その腕が、唐突に炎に包まれる。

 (金色の炎)

 唐突に現れ、煌々と輝く金の火焔。

 

結月ゆかり「(不愉快げに表情を歪めながら、炎に包まれた腕を払う)」

 

 払い落とされた火は火の粉となって宙を舞う。

 金の粉。

 空で波紋のように広がりながら、集合と拡散を繰り返す。

 

 (いつの間にか、黒の靄が上空全域を覆っている)

 (金の輝き達は、その黒い空で舞い遊んでいる)

 

 金の領域の周縁部を、銀の砂塵が漂う。

 一部の銀砂は金の中に混じり、煌めきを増していく。

 

 濃く暗い曇天に、偽りの星屑が踊る。

 金と銀の星図。

 

 

 

 その下にいる、あかり。

 

 黄金色の瞳。

 銀の粉で飾られた髪。

 

 体内から溢れては消える黒い靄を、羽衣のように纏う。

 (風に煽られて翻る靄の束が、何かしらの翼にも似て)

 

 

 

         "よろうてつ" 紲星あかり。

 

 

 

紲星あかり「……」

 

 あかり、腕を無造作に掲げる。

 広げた掌の上に、黄金の粒子が球状となって密集する。

 

 黒い靄、その金の球を丸く包み込む。

 (光を放たない、暗黒の球状物体)

 

 黒い球体が、身じろぐ。

 

 

 

 

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