○結月家のあるマンション・屋上(昼)
結月ゆかり「隠し事?」
ゆかり、表情なく小首を傾げる。
結月ゆかり「あかりさんに隠していることなど何もありません」
紲星あかり「私に嘘をつくことは?」
結月ゆかり「ありません」
紲星あかり「じゃあ、来年、ゆかりさんはこの家にいる?」
結月ゆかり「……」
紲星あかり「来年も、こうして一緒に遊んでくれる?」
結月ゆかり「……」
紲星あかり「来年も、再来年も、私と一緒にいてくれる?」
ゆかり、沈黙。
あかり、眉根を寄せる。
紲星あかり「(低く)……やっぱり、よろうてつの言ったことは本当なんだ」
結月ゆかり「あの性悪が、何か吹き込んだのですか?」
紲星あかり「よろうてつが言ってた。ゆかりさんはどこかに行っちゃうって」
あかり、苦しみの表情で呻く。
紲星あかり「ゆかりさんは―――誰にも会わないとこに、独りで行っちゃうんでしょ?」
紲星あかり「私を、置いて……」
ゆかり、目を細め、表情を完全に消す。
あかり、ゆかりの変化を見てたじろぐ。
(初めて見るゆかりの表情に、歯を鳴らす)
紲星あかり「(絞り出す声で)ねえ、なんで? どうして?」
結月ゆかり「……ここが、私の棲み処ではないからです」
ゆかり、屋上からの景色を見やる。
町並み。
人間達の家々。
結月ゆかり「以前にも言ったように、月に住むウサギは、地球のウサギとは違います。その中身の異形さ故に、地球に住み続けることは出来ないのです」
紲星あかり「じゃあ、月に帰るの?」
結月ゆかり「そうなります」
紲星あかり「どうやって?」
結月ゆかり「同居人が行います。あかりさんの眼をもっても視ることの叶わない深い領域まで、私を連れて行きます」
紲星あかり「……やっぱり、私を置いてくんだ」
あかり、ビニール袋を床に落とす。視線も床へ。
(手と肩を震わせて)
紲星あかり「(俯き)私はね、みんなのとこに戻りたかった。けど、もう、戻れなくなっちゃったの」
あかり、両手を胸の前で合わせる。
紲星あかり「視えない子は、視える私がどこかに行っちゃうって思うみたい。だから、私は視えちゃダメなんだって。視えなかったら、戻ってきていいって」
紲星あかり「(首を大きく横に振り)でも、もう、無理。もう戻れない。"さんがむりや"さえ視えちゃう私じゃ、もう……」
あかり、両手で顔を覆う。
紲星あかり「(くぐもった声)だから、視えちゃう私は、ゆかりさんの傍にいるしかないの」
あかり、肩を震わせ。
紲星あかり「今なら、ゆかりさんの気持ちが分かる」
結月ゆかり「……」
紲星あかり「どこにも、誰のところにも入れない、このズキズキするドロドロの気持ちが、分かる」
結月ゆかり「……」
紲星あかり「だから、ここに居続けて苦しみ続けるくらいなら、"さんがむりや"達の場所に行く方がいいのも、今なら理解できるの」
あかり、手で顔を覆ったまま、首をぶんぶんと横に振る。
紲星あかり「あなたを思いやったら、邪魔しないのが一番いいって分かるの。私の中の良い子が言うの。でも、でもね」
* * *
(フラッシュ)
(黒い靄に金の文字)
" ほ ん し ん を さ ら せ "
* * *
紲星あかり「……よろうてつが言うの」
* * *
(フラッシュ)
" ほ ん し ん を さ ら せ "
" ほ ん し ん を お お う き さ ま の りょ う し ん を "
" わ た し の せ ん れ い が う ち く だ く "
* * *
結月ゆかり「たぶらかされているのです、あの悪質な生き物に」
紲星あかり「そうかもしれない。けど、"よろうてつ"は私にいろんなものをくれる。この屋上も開けてくれた。私の願いを叶えてくれる」
あかり、手を離して顔をさらす。
小さく笑み、ゆかりを見詰める。
紲星あかり「(弱々しく)ねえ、ゆかりさん」
結月ゆかり「……」
紲星あかり「(震える肩)これが最後。最後の、お願いなの」
紲星あかり「私の願いを叶えて。"よろうてつ"なしで、私の願いを叶えて」
結月ゆかり「……」
紲星あかり「……ずっと、私のそばにいて」
遠く、雷の音。
一陣の強風が、2人を横殴りにする。
あかりの長い髪が吹き流される。
ゆかり、パーカーのフードと裾がはためく。
風が収まる。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
ゆかり。
ゆかり――――首を横に振る。
紲星あかり「(目を見開き、息を呑む。わなわなと震えながら)」
あかり、口元を噛み締める。
あかり、眉根を寄せ、眉尻をつり上げる。
あかり、ゆかりを睨み付ける。
(熾烈な感情を込めて)
あかり、ゆっくり形相を歪ませる。
憤怒。
あかりの双眸、染まる。
黄金に。
紲星あかり「――――"よろうてつ"」
(周囲の光量が落ちる)
紲星あかり「私に洗礼をして」
(陰が濃くなった屋上の影から、黒い靄が沸き立つ)
紲星あかり「私の中に住み着いて。私の願いを叶えて」
(小さく低い笑い声。影から囁く)
紲星あかり「よろうてつ!」
ぞぶり
黒の靄、あかりを包む。
ゆかり、あかりへ手を伸ばしかける。
その腕が、唐突に炎に包まれる。
(金色の炎)
唐突に現れ、煌々と輝く金の火焔。
結月ゆかり「(不愉快げに表情を歪めながら、炎に包まれた腕を払う)」
払い落とされた火は火の粉となって宙を舞う。
金の粉。
空で波紋のように広がりながら、集合と拡散を繰り返す。
(いつの間にか、黒の靄が上空全域を覆っている)
(金の輝き達は、その黒い空で舞い遊んでいる)
金の領域の周縁部を、銀の砂塵が漂う。
一部の銀砂は金の中に混じり、煌めきを増していく。
濃く暗い曇天に、偽りの星屑が踊る。
金と銀の星図。
その下にいる、あかり。
黄金色の瞳。
銀の粉で飾られた髪。
体内から溢れては消える黒い靄を、羽衣のように纏う。
(風に煽られて翻る靄の束が、何かしらの翼にも似て)
"よろうてつ" 紲星あかり。
紲星あかり「……」
あかり、腕を無造作に掲げる。
広げた掌の上に、黄金の粒子が球状となって密集する。
黒い靄、その金の球を丸く包み込む。
(光を放たない、暗黒の球状物体)
黒い球体が、身じろぐ。