月、ころてる   作:鈴本恭一

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第3幕・第4章:はらいそのけらくを知らぬあんじょ 中天よりころてるに下りけり

 

 

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 ゆかり母、入院。

 小学生ゆかり、遠くから病床の母を見やる。

 ゆかり母、顔を覆い、泣き続ける。

 

 * * *

 

 

 

 

○結月家・ゆかりの部屋(昼)

 

 ゆかり、明かりも付けず部屋に立ち尽くす。

 

 手をじっと見詰める。

 傷つき、血が流れていた手。

 出血は止まっている。

 

 その傷口がみるみるうちに小さくなり、そして無くなる。

 手以外の傷も完全に修復される。

 

結月ゆかり「……」

 

 ゆかり、焦げ跡の残るパーカーを腕の中で丸める。

 淡く光り、パーカーが消滅する。

 ("さんがむりや"の消化作用)

 

結月ゆかり「(小さく溜息)」

 

 ゆかり、クローゼットから新たなパーカーを取り出し、羽織る。

 

 ふと、机の上を見る。

 香油の瓶。

 (祭りの夜にあかりへ塗った、スミレの香りのオイル)

 

結月ゆかり「……」

 

 ゆかり、部屋を出る。

 

 

○結月家・居間(昼)

 

 ゆかり父、居間で書類仕事をしている。

 窓から見える空模様はさらに荒れており、ひどく暗い。

 ゆかり、居間に入る。

 

ゆかり父「(顔を上げ、やや表情を強張らせ)おかえり。あかりちゃんは?」

結月ゆかり「海に行った」

ゆかり父「それは危ない」

結月ゆかり「危ないね」

ゆかり父「……喧嘩でもした?」

結月ゆかり「実は、した」

 

 ゆかり父、驚きの顔。

 

ゆかり父「解決できそうかい?」

結月ゆかり「……あの子の望みは、きっと私の望みと違うから」

ゆかり父「僕が迎えに行こうか?」

結月ゆかり「ううん……あの子をここに呼ぶことに賛成した日から、こうなることは分かってた。私達は必ず喧嘩になる」

ゆかり父「そっか」

 

 ゆかり父、強張らせていた表情を緩める。

 

ゆかり父「(ふふっ、と笑い)ゆかりも喧嘩とかするんだなあ」

結月ゆかり「衰弱しきった母さんを相手に喧嘩するほど、私は弱くない」

ゆかり父「うん」

結月ゆかり「母さんにも私にも悲しむ父さんに喧嘩するほど、私は鈍くない」

ゆかり父「うん。(目尻を下げ、哀しげに)…ごめんな、こんな父親で」

結月ゆかり「……私は」

 

 ゆかり、窓の外を見やる。

 黒に近い雲がおそろしい速さで流れてる。

 強風がばりばりと窓ガラスを叩く。

 

結月ゆかり「私は、良い子じゃないから」

ゆかり父「ゆかり」

結月ゆかり「なに」

ゆかり父「ありがとう。あのとき、あかりちゃんをうちに呼ぶことに賛成してくれて」

 

 ゆかり父、頭を下げる。

 微笑みながら。

 

結月ゆかり「……」

ゆかり父「きみと喧嘩できるあの子は、僕たちより全然強いな」

結月ゆかり「あかりさんは怒ってた」

 

 ゆかり、瞳を細める。

 

結月ゆかり「結月ゆかりの代わりじゃないと、怒ってた。私達全員から拒絶されて、この家で居場所を無くすかもしれないのに。構わないほど怒ってた。きれいな怒りで」

 

 ゆかり、はにかむ。柔らかく。

 

結月ゆかり「すてきな子。とても、素敵な子」

 

 

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 幼い頃のゆかり。

 火の付いたガスコンロに手を入れる。

 ゆかり母、大げで叫び、ゆかりを抱き上げる。

 ゆかりの手、無傷。

 ゆかり、不思議そうな顔で母を見上げる。

 

 * * *

 

 

○海へと続く坂道(昼)

 

 ゆかり、坂道を歩く。

 

 強風の中に小雨が混じる。

 ゆかりには雨も風も通らない。

 

結月ゆかり「……」

 

 ゆかり、進む。

 人も車も通らない道。

 (傍らには誰もいない)

 

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 幼いゆかり。

 父と共に台所に立つ。

 台所に置かれた、未調理の野菜類。

 ゆかり、その野菜に触れる。

 野菜、消失。

 ゆかり、満足げに頷く。

 ゆかり父、悲しげな顔でじっとゆかりを見て、首を横に振る。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 幼いゆかり。道路を横断しようとする。

 暴走するトラックが突っ込んでくる。

 衝突。

 トラック、完全停止。

 ゆかり、吹き飛ばされることも傷を負うこともない。

 涼しい顔で道を渡る。

 

 * * *

 

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 ゆかり、小学校で持久走。

 スタートと変わらない速度で走る。

 苦しさに耐えるクラスメイト達を置き去りにし、平然と走り続ける。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 ゆかり、小学校の絵の授業で、不可視の生物群を描いて提出。

 教師、困惑。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 小学校の調理室。調理実習中。

 油に引火して火の手が上がるコンロ。

 ゆかり、手をかざして火を消す。

 目撃するクラスメイト達。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 ゆかり、母の料理を食べる。

 ゆかり母、期待の眼差し。

 ゆかり、首を横に振る。無表情で。

 ゆかり母、落胆。肩を落とす。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 ゆかり、小学校の絵の授業で、不可視の生物群を描いて提出。

 教師、困惑。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 小学校のクラスメイト達、着替えて教室から廊下に出る。

 体操服のゆかり、3階の教室の窓から飛び降りてショートカット。

 そのまま校庭で準備運動を始める。

 

 * * *

 

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 小学生ゆかり、課題の野外写生中。

 ネコの死体に群がるカラスを写生。

 カラスが去った後、ネコの死体に触れ、消す。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 ゆかり母、学校に呼び出される。

 教員達にひたすら謝る。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 ゆかり、小学校の廊下を歩く。

 すれ違う生徒も教師も、皆ゆかりを避ける。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 小学校の給食時間。

 ゆかり、給食を前にして全く食べない。

 クラスメイト、誰もゆかりに話しかけない。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 ゆかり母、入院。

 小学生ゆかり、遠くから病床の母を見やる。

 ゆかり母、顔を覆い、泣き続ける。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 ゆかり、マンションの屋上に佇む。独り。

 

 * * *

 

 

 

 

結月ゆかり「……」

 

 

 

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 あかり、結月家の玄関に入り、お辞儀をする。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 あかり、ゆかり母の料理にはしゃぐ。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 あかり、ゆかり母と一緒に台所に立つ。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 あかり、夜の海でキャンプファイヤー。ゆかり父と談笑。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 あかり、居間で夏休みの宿題。解けず唸る。

 ゆかり、助言。

 あかり、顔を輝かせて解き始める。

 ゆかり、見守る。

 あかり、両手を挙げてガッツポーズ。

 ゆかり、拍手。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 ゆかり、浴衣のあかりの髪を梳く。

 あかり、ゆかりに身をゆだねる。

 

 * * *

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 あかり、笑う。

 

 * * *

 

 

 

 

 

○結月家・居間(回想)

 

結月ゆかり「父さん」

ゆかり父「うん?」

結月ゆかり「……お願いが、あるの」

ゆかり父「なんだい」

結月ゆかり「ご飯を、作っておいて」

結月ゆかり「あの子が食べるから。きっとたくさん食べるから」

 

 

 

 

○海へと続く坂道(昼)

 

 ゆかり、坂の終わりに辿り着く。

 

 坂道に接続された、コンクリートの堤防。

 その向こうに広がる砂浜。

 荒々しく波打つ海。

 暗黒の曇天。

 少女。

 紲星あかり。

 

 

結月ゆかり「……」

 

 

 ゆかり、堤防を軽い動きで飛び越える。

 波打ち際に佇むあかりに近付く。

 

 あかり、ゆかりに気付き、振り向く。笑む。大人びた笑い方。

 

紲星あかり「ゆかりさん」

結月ゆかり「あなたを」

 

 ゆかり、暴風雨の中を貫く声で鋭く告げる。

 

結月ゆかり「あなたを、"よろうてつ"から略奪しに来ました」

 

 ゆかりの周囲の雨と風が静止。

 雨雫が力なく砂浜に落ちる。

 力を奪う領域が急激に広がる。

 ("さんがむりや"展開)

 

 

 

 

 

結月ゆかり「あなたを私の植民地にしてあげます、あかりさん」

 

 

 

 

 

 

 

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