○海の浜辺(昼)
ゆかり、腰からツル草に似た茎を生やす。何本も。
先端部は刀剣状の硬質な突起。色は黒。枝分かれした茎の全てに備わっている。
また脇腹からも、樹の枝そっくりの器官が生える。
枝には葉が生い茂り、その先に指先ほどの赤い実が密集している。ナンテンに近い姿。
("さんがむりや"の武装)
結月ゆかり「発射」
赤い実が輝く。
紲星あかり「!」
あかり、手を前へかざす。
黒い靄、あかりの体から吹き出る。繭のようにあかりを覆う。
(同時)赤い実、全て弾け飛ぶ。
黒い靄、爆裂。
紅色の爆発が黒の靄の密集を消し飛ばす。
黒の繭を引き千切り、あかりの姿を晒す。
紲星あかり「すごい」
あかり、呟きながら手を今度は上へ挙げる。
頭上の黒雲に、金の光点と銀の砂が踊るように出現。
二種類の光の乱舞が一気に拡大。浜辺を覆い尽くす。
("よろうてつ"の偽星図)
銀光、急速に輝度を増す。
光の塊を無数に発射。
(砲撃)
ゆかりの黒いツタ、先端がロケットめいた動きと速さで上昇。銀光の砲弾と瞬く間に衝突する。
(迎撃)
銀色の炸裂。海の大気が震動で揺さぶられる。
破壊の烈光を引き裂いて、黒い剣のツタが無傷で飛翔。
黒剣、金の星々へ肉薄する。
金の星、瞬く。
黄金色のレーザービーム放出。薄暗い砂浜が格子状に彩られる。一瞬だけ。
整然とした光の刃の彩りを、黒剣が乱雑に叩き壊す。
(金の光刃を黒い剣が跳ね返す)
黄金のレーザー刃は黒い刀身を切断できず、反射される。
レーザー発射口である金の星に斬撃を繰り出す。
断ち割られる金の星々、さらに細かい粒子となって散り散りになる。
(破壊)
紲星あかり「(うっすらと笑み)すごいよ、ゆかりさん」
あかり、手を、ゆっくり掲げる。
黒靄があかりの背中から片翼のように吹き出す。
虚空から金の光、銀の霞が現れる。
黒い靄の一部と共に、ゆかりの掌に集結する。
(金、銀、黒が手の上で混ざり合う)
暗黒の球体、出現。
ゆかり、黒球を睨む。
結月ゆかり「(脇腹から生えた枝葉をあかりに向ける)」
ゆかりの枝、赤く実る。
結月ゆかり「―――」
紲星あかり「―――」
球体が縮小。
赤い実が消失。
轟音と激震。
ふたりのほぼ中間の位置で、菫色の爆炎が花開く。
薄紫の火の粉に、無数の赤い欠片が混じって散る。
(炸裂。爆発)
(あかりが発射していた針――屋上でゆかりの手を灼いたそれ――と、ゆかりの赤い実が激突した)
雨風を蹴散らす激風、あかりのパーカーとゆかりの三つ編みを激しく揺らす。藤色の火の粉が舞う。
ゆかりの黒いツタ、爆発の余韻が消えきる前に突進。剣状の先端をあかりに向かって突撃させる。
(砂地を高速で這う蔓の群れ)
あかり、黒球を持っていない方の腕を横手に伸ばす。
腕の先、銀光の渦が4個出現。
銀河のように渦巻き模様を描く銀砂の中心に、烈光が膨らむ。
(迎え撃つ銀の渦)
銀渦の中心から火花が散り、放電。
4つの光がひとつに集い、光線を放射。
(直径が身の丈ほどもある、一条の高エネルギービーム)
あかりの目の前の砂浜を穿つ。
(立ち上る砂煙)
(振動で上下する大地)
ビームの先端を滑らせ、迫り来る黒剣達へぶつける。
黒剣ら、千切られはしないものの木っ端のように軽々と吹き飛ぶ。
(壊乱)
極太の銀光、地面を縦に削りながらゆかりに振り上げられる。
ゆかり、樹の枝を横に構え、体の前へ。
銀光、直撃。
(光の火柱)
(千々に撒き散らされる銀灰の破片)
(光が潮の匂いを一掃する)
土砂と銀粉が乱れ飛ぶ中、ゆかり、無傷で現れる。
樹の枝、銀色に帯電。赤い実は全て黒く朽ち果てている。
(防御に成功)
あかり、目を細めたまま笑みを深くする。
紲星あかり「これが、戦う気になった"さんがむりや"の力なんだね。普段の、食べ物を漁る力じゃなくて」
結月ゆかり「ここまで同居人の力を引き出したのは、あかりさんが初めてです」
紲星あかり「初めては私?」
結月ゆかり「そうです。ゆかりさんの初めては、あなたです」
紲星あかり「……ゆかりさんに、血を流させたのも?」
結月ゆかり「そうです。この体が何年生きるのかは分かりませんが、きっと一生思い出すでしょう。あなたが私を傷つけた、この日のことを」
紲星あかり「―――…」
あかり、口元を緩める。
その口を、両手で覆う。
あかりの肩、震える。
(目がさらに細められる)
(口元を隠してる為、表情が伺えない)
(が、全身で情念を放射する)
(あかりの狂熱を)
灰色に濁る海、不意に、音を無くす。
暗黒色の空、立体感を無くす。
暗黒の染み、天頂に現れる。
染み、拡大。
(透明な水に墨汁を零したような動き)
(霧、煙、霞、靄、それらの同類)
(光を完全に吸収するか黒さが、周囲の風景を侵蝕する)
光景、一変。
結月ゆかり「(頭上を見上げる)」
暗黒。
満天の星屑。
天の川。
(雨雲は消失)
(海も無い)
(水平線も。嵐も。大地も。昼も)
ゆかりとあかり、虚空に立っている。
(上下左右の全て、星々が散りばめられた暗黒空間)
(360度全て。星団。88星座)
紲星あかり「……ゆかりさんは卑怯だ。ずるい」
あかり、手で顔の半分を隠しながら睨む。
紲星あかり「どこかに行っちゃうなら、なんでそんなこと私に言うの?」
結月ゆかり「あなたに嘘などつけな―――」
紲星あかり「(遮り)私のことなんて欲しくないくせに!」
あかり、顔を完全に手で覆い、叫ぶ。
宇宙が震える。
(声も震える)
紲星あかり「私は、ゆかりさんが欲しいよ」
結月ゆかり「……」
紲星あかり「私はゆかりさんが欲しいから、ゆかりさんをどこにも行かせない。でも、ゆかりさんは私が欲しくないから、私を置いてどこかに行っちゃうんでしょ?」
結月ゆかり「それは」
紲星あかり「今なら」
天の川が波打つ。
紲星あかり「今なら、葵ちゃんの気持ちが分かる」
* * *
(フラッシュ)
あかり、非常階段の踊り場から遠くを見やる。
葵、それを見詰める。
拳を痛いほど握りしめて。
* * *
紲星あかり「私を見て」
細かく輝く金の粉が、あかりの頭の周囲を舞う。
(煌めく金粉をあかりに贈る)
あかり、手を下にずらす。
瞳を晒す。
妖しく、そして烈しく燃え盛る、
紲星あかり「私を見て。私を見てくれないなら、私を置いて行っちゃうくらいなら」
紲星あかり「――――心の腱を傷つけてやる」
(憎悪の軋み)
天の光が全て赤く。
虚空は凍結。
ゆかり、身構える。
宇宙が歪む。
精緻で美麗な像を結んでいた景色が、ぐちゃぐちゃに掻き乱される。
(ブラウン管テレビの砂嵐のように)
(溶けて崩れる蝋細工のように)
空間の歪みは赤い星光を吸い込み、無音のまま疾駆する。
ゆかりに向かって。
(全領域からの収束)
ゆかり、とっさにエネルギー吸収皮膜を全身に展開。
樹の枝も横に構える。
黒剣のツタも円陣を組ませる。重防御態勢。
(無駄)
(無意味)
(無音)
(歪みに歪むゆかりの肢体)
(空間歪曲)
(微に入り細を穿つ宇宙の撹拌)
(重度の精神性疾患を患った者が描くような、混沌の風景)
あかり、片腕を伸ばす。
(もう片方の手で口元を隠す)
伸ばした手の先には暗黒球体。
黒の球、収縮。無限小の点へ。
(発破)
(無秩序の宇宙が割れる)
(割れる)
(砕ける)
(そして散る)
(ゆかりも)
○"よろうてつ"の結界(??)
無明の暗黒の中で、ゆかり、空間に叩き落とされる。
結月ゆかり「―――……」
ゆかり、何もない空間に背中から激突。跳ねる。
仰向けで虚空に浮かぶ。
重傷だ。
(脚。膝と足首があらぬ方向に曲がっている)
(手。全ての指が折れている)
(腕。関節がひとつずつ増えている)
(パーカーはボロ同然)
(口から血を一筋)
腰から生えていた黒いツタも、脇腹から生えていた樹も、今はない。
(どちらも粉微塵になった。塵埃のように)
ゆかり、ぴくりとも動けない。
光も力もない虚ろな瞳が見上げる先。
あかり、舞い降りる。
紲星あかり「"よろうてつ"は私の気持ちを力にする」
あかり、ゆかりの腹部をまたぐ形で着地。
ゆかりを見下ろす。
紲星あかり「人に住み着かなくても、"よろうてつ"は充分に強かった。そして今は私の胸の中を食べて力にしてる。だから私は"さんがむりや"だって打ち負かせる」
あかり、笑う。
嬉しげに。
紲星あかり「私は無敵になったよ、ゆかりさん。あなたみたいになれた」
結月ゆかり「―――(ぴくり、と瞳が微動)」
紲星あかり「怖いものなんかない。私はもう何も怖くない」
(あかりの頭上から、ぴゅ、と水滴のような音)
ゆかりの折れた両腕に、暗黒色の長い長い槍が突き刺さる。
(いくつもの返しが付いた、銛に近い長槍)
(腕に一本ずつ)
(貫通)
(跳ねるゆかりの躯)
紲星あかり「何も恐れない、あなたを傷つけることも」
あかり、どさ、っとゆかりの腹に腰を落とす。
ゆかり、空間へ大の字に、磔にされる。
(馬乗りになるあかり)
(微笑む)
あかり、おもむろにゆかりの首元へ顔を近付ける。
ボロボロのパーカーを簡単に引き千切り、ゆかりの肩と首筋を露わにさせる。
あかり、その首の付け根へ唇を寄せる。
歯を立てる。
(食む)
前歯と犬歯が皮膚を裂く。
(さく)
血管を破り、肉と脂肪を削り抉る。
肉片を口の中へ転がす。
(舌でねぶる)
(唇とその周りが血で汚れる)
あかり、咀嚼しながら口を開ける。
紲星あかり「ゆかりさんのにく」
ごくん、と飲み込む。
あかり、一度顔をあげ、至近距離でゆかりに微笑む。
紲星あかり「味、しないね。残念」
あかり、黄金の熱を宿す瞳でゆかりを眇める。
紅に染まった唇から息を吐く。熱く。
紲星あかり「あなたが好き」
告げると同時、
あかり、表情が崩壊。
涙する。
結月ゆかり「……」
紲星あかり「(涙腺が壊れたように、瞳から雫を何度も何度もこぼす。口元が荒ぶる熱を抑えられず、くしゃくしゃに震えてしまう。嗚咽と慟哭を醜いほど混ぜ込ませてしまった声)ゆかりさんが欲しい。食べてしまいたいくらい好き。あなたが好き。あなたが好き。あなたが好き。だから、だからいかないで」
(間近に迫る瞳と瞳)
(互いの髪が絡む距離)
(肌と血)
(傷と涙)
(ゆかりとあかり)
結月ゆかり「―――実のことを言うと、悪くないな、と思っていたのです」
ゆかり、ぼそり。
結月ゆかり「このような結界に囲まれて、かわいい妹分と一緒に、誰にも邪魔されずずっと過ごすのも、悪くないと思ってました」
(血を唇から零す)
(その血が、あかりに掛かる)
結月ゆかり「私達を疎む者も、私達のせいで傷つく者もいない。飢えることも渇くこともない、ふたりだけの月世界」
紲星あかり「(ぱあ、と輝く、血で汚れた顔)じゃあ……!」
結月ゆかり「でも、だめですね」
ぎ、ジ……
(擦過音)
結月ゆかり「あなたが好きです、あかりさん」
ギュュ、
チャジャ、シャ、
ピリュキシゥ、
結月ゆかり「よく食べてよく笑う、あなたが好きです」
――ィジキキキキォキジキェェ―――キキジキキィキキァジョキジキキキ―――……
(正体不明の異音)
(ゆかりの体内から)
結月ゆかり「あなたが見せたあの尊い日々を、月世界は作れない」
ゆかりの全身、微細に振動。
あかり、瞠る。
紲星あかり「ゆかりさん……」
結月ゆかり「あなたに私の14年をあげる」
ゆかりの折れた四肢がひときわ激しく振動する。
長槍に刺し貫かれた腕が、一個の生き物のように滅茶苦茶に藻掻き出す。
(傷口から血飛沫が吹き出る)
(ゆかりの両足が、関節も傷も無視してのたうち回る)
ゲバラギュギカ!
チャゥキキ、ュピリュチャ・ルシャシャピピキュア!
デーゥキュリャシシ!
(あかりがのしかかる胴体から、異音が咆哮する)
(何にも似ていない音の重なり)
(そこに混じる、骨が軋み、内臓が弾け、肉が唸る音)
(何かが起きている)
(ゆかりの肉体の内部で、何かが)
(その何かの、音)
結月ゆかり「同居人が14年掛けて、異次元のダムへ貯めに貯め込んだエネルギー。それを、すべて、あなたに」
ゆかり、目を見開く。
(ゆかりの胴体、萌芽)
(一瞬で芝生のように突起の群れが生える)
(その突起が急成長)
(ウミシダの羽枝のような触腕)
びっしりと羽毛が密集した触腕達、あかりを巻き込みながらゆかりの全身を覆う。
顔も、腕も、胴体も足も。
(無数の触腕の塊と化す)
異形の塊が、告げる。
呼ぶ。
名前を。
結月ゆかり「―――――――水門を開けなさい、"さんがむりや"」