月、ころてる   作:鈴本恭一

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第3幕・第5章:さんがむりや vs よろうてつ(骨髄を灼く熱情。骨肉。相愛)

 

 

○海の浜辺(昼)

 

 ゆかり、腰からツル草に似た茎を生やす。何本も。

 先端部は刀剣状の硬質な突起。色は黒。枝分かれした茎の全てに備わっている。

 

 また脇腹からも、樹の枝そっくりの器官が生える。

 枝には葉が生い茂り、その先に指先ほどの赤い実が密集している。ナンテンに近い姿。

 ("さんがむりや"の武装)

 

結月ゆかり「発射」

 

 赤い実が輝く。

 

紲星あかり「!」

 

 あかり、手を前へかざす。

 黒い靄、あかりの体から吹き出る。繭のようにあかりを覆う。

 

 (同時)赤い実、全て弾け飛ぶ。

 

 黒い靄、爆裂。

 紅色の爆発が黒の靄の密集を消し飛ばす。

 黒の繭を引き千切り、あかりの姿を晒す。

 

紲星あかり「すごい」

 

 あかり、呟きながら手を今度は上へ挙げる。

 

 頭上の黒雲に、金の光点と銀の砂が踊るように出現。

 二種類の光の乱舞が一気に拡大。浜辺を覆い尽くす。

 ("よろうてつ"の偽星図)

 

 銀光、急速に輝度を増す。

 光の塊を無数に発射。

 (砲撃)

 

 ゆかりの黒いツタ、先端がロケットめいた動きと速さで上昇。銀光の砲弾と瞬く間に衝突する。

 (迎撃)

 銀色の炸裂。海の大気が震動で揺さぶられる。

 

 破壊の烈光を引き裂いて、黒い剣のツタが無傷で飛翔。

 黒剣、金の星々へ肉薄する。

 

 金の星、瞬く。

 黄金色のレーザービーム放出。薄暗い砂浜が格子状に彩られる。一瞬だけ。

 整然とした光の刃の彩りを、黒剣が乱雑に叩き壊す。

 (金の光刃を黒い剣が跳ね返す)

 黄金のレーザー刃は黒い刀身を切断できず、反射される。

 レーザー発射口である金の星に斬撃を繰り出す。

 断ち割られる金の星々、さらに細かい粒子となって散り散りになる。

 (破壊)

 

紲星あかり「(うっすらと笑み)すごいよ、ゆかりさん」

 

 あかり、手を、ゆっくり掲げる。

 

 黒靄があかりの背中から片翼のように吹き出す。

 虚空から金の光、銀の霞が現れる。

 黒い靄の一部と共に、ゆかりの掌に集結する。

 (金、銀、黒が手の上で混ざり合う)

 

 暗黒の球体、出現。

 

 ゆかり、黒球を睨む。

 

結月ゆかり「(脇腹から生えた枝葉をあかりに向ける)」

 

 ゆかりの枝、赤く実る。

 

結月ゆかり「―――」

紲星あかり「―――」

 

 球体が縮小。

 赤い実が消失。

 

 轟音と激震。

 

 ふたりのほぼ中間の位置で、菫色の爆炎が花開く。

 薄紫の火の粉に、無数の赤い欠片が混じって散る。

 (炸裂。爆発)

 (あかりが発射していた針――屋上でゆかりの手を灼いたそれ――と、ゆかりの赤い実が激突した)

 雨風を蹴散らす激風、あかりのパーカーとゆかりの三つ編みを激しく揺らす。藤色の火の粉が舞う。

 

 ゆかりの黒いツタ、爆発の余韻が消えきる前に突進。剣状の先端をあかりに向かって突撃させる。

 (砂地を高速で這う蔓の群れ)

 

 あかり、黒球を持っていない方の腕を横手に伸ばす。

 腕の先、銀光の渦が4個出現。

 銀河のように渦巻き模様を描く銀砂の中心に、烈光が膨らむ。

 (迎え撃つ銀の渦)

 

 銀渦の中心から火花が散り、放電。

 4つの光がひとつに集い、光線を放射。

 (直径が身の丈ほどもある、一条の高エネルギービーム)

  あかりの目の前の砂浜を穿つ。

 (立ち上る砂煙)

 (振動で上下する大地)

  ビームの先端を滑らせ、迫り来る黒剣達へぶつける。

  黒剣ら、千切られはしないものの木っ端のように軽々と吹き飛ぶ。

 (壊乱)

  極太の銀光、地面を縦に削りながらゆかりに振り上げられる。

 

 ゆかり、樹の枝を横に構え、体の前へ。

 銀光、直撃。

 (光の火柱)

 (千々に撒き散らされる銀灰の破片)

 (光が潮の匂いを一掃する)

 

 土砂と銀粉が乱れ飛ぶ中、ゆかり、無傷で現れる。

 樹の枝、銀色に帯電。赤い実は全て黒く朽ち果てている。

 (防御に成功)

 

 あかり、目を細めたまま笑みを深くする。

 

紲星あかり「これが、戦う気になった"さんがむりや"の力なんだね。普段の、食べ物を漁る力じゃなくて」

結月ゆかり「ここまで同居人の力を引き出したのは、あかりさんが初めてです」

紲星あかり「初めては私?」

結月ゆかり「そうです。ゆかりさんの初めては、あなたです」

紲星あかり「……ゆかりさんに、血を流させたのも?」

結月ゆかり「そうです。この体が何年生きるのかは分かりませんが、きっと一生思い出すでしょう。あなたが私を傷つけた、この日のことを」

紲星あかり「―――…」

 

 あかり、口元を緩める。

 その口を、両手で覆う。

 あかりの肩、震える。

 (目がさらに細められる)

 (口元を隠してる為、表情が伺えない)

 (が、全身で情念を放射する)

 (あかりの狂熱を)

 

 灰色に濁る海、不意に、音を無くす。

 暗黒色の空、立体感を無くす。

 

 暗黒の染み、天頂に現れる。

 染み、拡大。

 (透明な水に墨汁を零したような動き)

 (霧、煙、霞、靄、それらの同類)

 (光を完全に吸収するか黒さが、周囲の風景を侵蝕する)

 

 光景、一変。

 

結月ゆかり「(頭上を見上げる)」

 

 暗黒。

 満天の星屑。

 天の川。

 

 

 (雨雲は消失)

 (海も無い)

 (水平線も。嵐も。大地も。昼も)

 ゆかりとあかり、虚空に立っている。

 (上下左右の全て、星々が散りばめられた暗黒空間)

 (360度全て。星団。88星座)

 

 

紲星あかり「……ゆかりさんは卑怯だ。ずるい」

 

 あかり、手で顔の半分を隠しながら睨む。

 

紲星あかり「どこかに行っちゃうなら、なんでそんなこと私に言うの?」

結月ゆかり「あなたに嘘などつけな―――」

紲星あかり「(遮り)私のことなんて欲しくないくせに!」

 

 あかり、顔を完全に手で覆い、叫ぶ。

 宇宙が震える。

 (声も震える)

 

紲星あかり「私は、ゆかりさんが欲しいよ」

結月ゆかり「……」

紲星あかり「私はゆかりさんが欲しいから、ゆかりさんをどこにも行かせない。でも、ゆかりさんは私が欲しくないから、私を置いてどこかに行っちゃうんでしょ?」

結月ゆかり「それは」

紲星あかり「今なら」

 

 天の川が波打つ。

 

紲星あかり「今なら、葵ちゃんの気持ちが分かる」

 

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 あかり、非常階段の踊り場から遠くを見やる。

 葵、それを見詰める。

 拳を痛いほど握りしめて。

 

 * * *

 

 

紲星あかり「私を見て」

 

 細かく輝く金の粉が、あかりの頭の周囲を舞う。

 (煌めく金粉をあかりに贈る)

 

 あかり、手を下にずらす。

 瞳を晒す。

 妖しく、そして烈しく燃え盛る、黄金(こがね)色の双眸。

 

紲星あかり「私を見て。私を見てくれないなら、私を置いて行っちゃうくらいなら」

 

 

紲星あかり「――――心の腱を傷つけてやる」

 

 

 (憎悪の軋み)

 

 天の光が全て赤く。

 虚空は凍結。

 ゆかり、身構える。

 

 宇宙が歪む。

 精緻で美麗な像を結んでいた景色が、ぐちゃぐちゃに掻き乱される。

 (ブラウン管テレビの砂嵐のように)

 (溶けて崩れる蝋細工のように)

 空間の歪みは赤い星光を吸い込み、無音のまま疾駆する。

 ゆかりに向かって。

 (全領域からの収束)

 

 ゆかり、とっさにエネルギー吸収皮膜を全身に展開。

 樹の枝も横に構える。

 黒剣のツタも円陣を組ませる。重防御態勢。

 (無駄)

 (無意味)

 (無音)

 (歪みに歪むゆかりの肢体)

 (空間歪曲)

 (微に入り細を穿つ宇宙の撹拌)

 (重度の精神性疾患を患った者が描くような、混沌の風景)

 

 あかり、片腕を伸ばす。

 (もう片方の手で口元を隠す)

 伸ばした手の先には暗黒球体。

 

 黒の球、収縮。無限小の点へ。

 

 (発破)

 (無秩序の宇宙が割れる)

 (割れる)

 (砕ける)

 (そして散る)

 (ゆかりも)

 

 

 

 

 

○"よろうてつ"の結界(??)

 

 

 

 無明の暗黒の中で、ゆかり、空間に叩き落とされる。

 

結月ゆかり「―――……」

 

 ゆかり、何もない空間に背中から激突。跳ねる。

 仰向けで虚空に浮かぶ。

 重傷だ。

 

 (脚。膝と足首があらぬ方向に曲がっている)

 (手。全ての指が折れている)

 (腕。関節がひとつずつ増えている)

 (パーカーはボロ同然)

 (口から血を一筋)

 

 腰から生えていた黒いツタも、脇腹から生えていた樹も、今はない。

 (どちらも粉微塵になった。塵埃のように)

 

 ゆかり、ぴくりとも動けない。

 光も力もない虚ろな瞳が見上げる先。

 

 あかり、舞い降りる。

 

紲星あかり「"よろうてつ"は私の気持ちを力にする」

 

 あかり、ゆかりの腹部をまたぐ形で着地。

 ゆかりを見下ろす。

 

紲星あかり「人に住み着かなくても、"よろうてつ"は充分に強かった。そして今は私の胸の中を食べて力にしてる。だから私は"さんがむりや"だって打ち負かせる」

 

 あかり、笑う。

 嬉しげに。

 

紲星あかり「私は無敵になったよ、ゆかりさん。あなたみたいになれた」

結月ゆかり「―――(ぴくり、と瞳が微動)」

紲星あかり「怖いものなんかない。私はもう何も怖くない」

 

 (あかりの頭上から、ぴゅ、と水滴のような音)

 

 ゆかりの折れた両腕に、暗黒色の長い長い槍が突き刺さる。

 (いくつもの返しが付いた、銛に近い長槍)

 (腕に一本ずつ)

 (貫通)

 (跳ねるゆかりの躯)

 

紲星あかり「何も恐れない、あなたを傷つけることも」

 

 あかり、どさ、っとゆかりの腹に腰を落とす。

 

 ゆかり、空間へ大の字に、磔にされる。

 (馬乗りになるあかり)

 (微笑む)

 

 あかり、おもむろにゆかりの首元へ顔を近付ける。

 ボロボロのパーカーを簡単に引き千切り、ゆかりの肩と首筋を露わにさせる。

 

 あかり、その首の付け根へ唇を寄せる。

 歯を立てる。

 (食む)

 前歯と犬歯が皮膚を裂く。

 (さく)

 血管を破り、肉と脂肪を削り抉る。

 肉片を口の中へ転がす。

 (舌でねぶる)

 (唇とその周りが血で汚れる)

 

 あかり、咀嚼しながら口を開ける。

 

紲星あかり「ゆかりさんのにく」

 

 ごくん、と飲み込む。

 

 あかり、一度顔をあげ、至近距離でゆかりに微笑む。

 

紲星あかり「味、しないね。残念」

 

 あかり、黄金の熱を宿す瞳でゆかりを眇める。

 紅に染まった唇から息を吐く。熱く。

 

紲星あかり「あなたが好き」

 

 告げると同時、

 あかり、表情が崩壊。

 涙する。

 

結月ゆかり「……」

紲星あかり「(涙腺が壊れたように、瞳から雫を何度も何度もこぼす。口元が荒ぶる熱を抑えられず、くしゃくしゃに震えてしまう。嗚咽と慟哭を醜いほど混ぜ込ませてしまった声)ゆかりさんが欲しい。食べてしまいたいくらい好き。あなたが好き。あなたが好き。あなたが好き。だから、だからいかないで」

 

 

 (間近に迫る瞳と瞳)

 (互いの髪が絡む距離)

 (肌と血)

 (傷と涙)

 

 (ゆかりとあかり)

 

 

結月ゆかり「―――実のことを言うと、悪くないな、と思っていたのです」

 

 

 ゆかり、ぼそり。

 

結月ゆかり「このような結界に囲まれて、かわいい妹分と一緒に、誰にも邪魔されずずっと過ごすのも、悪くないと思ってました」

 

 (血を唇から零す)

 (その血が、あかりに掛かる)

 

結月ゆかり「私達を疎む者も、私達のせいで傷つく者もいない。飢えることも渇くこともない、ふたりだけの月世界」

紲星あかり「(ぱあ、と輝く、血で汚れた顔)じゃあ……!」

結月ゆかり「でも、だめですね」

 

 ぎ、ジ……

 (擦過音)

 

結月ゆかり「あなたが好きです、あかりさん」

 

 ギュュ、

         チャジャ、シャ、

    ピリュキシゥ、

 

結月ゆかり「よく食べてよく笑う、あなたが好きです」

 

  ――ィジキキキキォキジキェェ―――キキジキキィキキァジョキジキキキ―――……

 

 (正体不明の異音)

 (ゆかりの体内から)

 

結月ゆかり「あなたが見せたあの尊い日々を、月世界は作れない」

 

 ゆかりの全身、微細に振動。

 あかり、瞠る。

 

紲星あかり「ゆかりさん……」

結月ゆかり「あなたに私の14年をあげる」

 

 ゆかりの折れた四肢がひときわ激しく振動する。

 長槍に刺し貫かれた腕が、一個の生き物のように滅茶苦茶に藻掻き出す。

 (傷口から血飛沫が吹き出る)

 (ゆかりの両足が、関節も傷も無視してのたうち回る)

 

 ゲバラギュギカ!

 チャゥキキ、ュピリュチャ・ルシャシャピピキュア!

 デーゥキュリャシシ!

 

 (あかりがのしかかる胴体から、異音が咆哮する)

 (何にも似ていない音の重なり)

 (そこに混じる、骨が軋み、内臓が弾け、肉が唸る音)

 (何かが起きている)

 (ゆかりの肉体の内部で、何かが)

 (その何かの、音)

 

結月ゆかり「同居人が14年掛けて、異次元のダムへ貯めに貯め込んだエネルギー。それを、すべて、あなたに」

 

 ゆかり、目を見開く。

 

 (ゆかりの胴体、萌芽)

 

 (一瞬で芝生のように突起の群れが生える)

 (その突起が急成長)

 (ウミシダの羽枝のような触腕)

 

 びっしりと羽毛が密集した触腕達、あかりを巻き込みながらゆかりの全身を覆う。

 顔も、腕も、胴体も足も。

 (無数の触腕の塊と化す)

 

 異形の塊が、告げる。

 呼ぶ。

 名前を。

 

 

結月ゆかり「―――――――水門を開けなさい、"さんがむりや"」

 

 

 

 

 天使(あんじょ)が啼く。

 

 

 


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