月、ころてる   作:鈴本恭一

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第3幕・第6章:さんがむりや vs よろうてつ(さんがむりや・ありかんじょ)

 

○"よろうてつ"の結界(??)

 

 

 ゆかりの全身、無数の羽枝で覆われる。

 

 そのうち何本かの羽枝、恐るべきスピードで巨大に生長。八方に伸びる。

 両腕を貫いていた長槍も羽枝に覆われ、音もなく崩れる。

 

 くねり、ゆらぎ、ざわめきながら拡がる羽枝。

 

 ゲバラギュギカ!

 ゲバラギュギカ!

 

 異音、触手の塊から鳴り続ける。

 

 紲星あかり「(重力のない動きで跳ね、退く。金色の瞳でゆかりを凝視)」

 

 暗黒空間が震動する。

 

 ぴしり、ぴしり。

(乾いた音)

(罅)

 

 妖しく揺らめく羽枝に合わせ、無明の世界に白い罅割れが走る。

(黒い世界に広がる白い罅)

 

(ゆらゆら、揺らぐ羽枝)

 

 触手の塊となったゆかりの肉体、ゆっくりと浮遊。浮かび上がる。

 無数の羽枝をくゆらせながら、あかりよりずっと高い位置に上昇。

 あかり、それを見上げる。

 

 蠢く塊から、不意に光が漏れる。

 白い光。

 その輝く強さが急激に増していく。

(烈光)

 光度の高ぶりに合わせ、触手の塊がさらに激しく蠢き始める。

 

 そして唐突に、塊が縦に割れる。

 

 中から現れる、光の球体。

 

 (光輝く正体不明の物質で構成された、億分の一の歪みもない、完全なる球体)

 

 2つに裂かれた触手達が、光の球体を囲むように分裂し、幾つも枝分かれする。

 (もはや結月ゆかりの肉体は、その形も大きさも保たれていない)

 立体的な格子で光球を囲う羽枝。

 そこからありとあらゆる方向へ伸ばす。枝を、羽を。

 

 

 ィジキキキキ!

               キジャミュリチュオピゥケケケ!

 ケケティレ!

             シュシスィシシシ!

 

 白い光球と黒い羽枝の複合体、怪音を撒き散らす。

 そのたびに白い亀裂が空間に増え、どんどん広がる。

 

(件の異音が球体と触手のどちらから発せられているのかは、曖昧模糊として不明である)

 

 

紲星あかり「(光の球体へ睥睨し)……あなたが、"さんがむりや"?」

 

 対峙するあかり、異形を見上げる。

 

 羽枝に囲まれた光球、ひときわ長い羽枝を上下左右に伸ばす。十字架のように。

 その長く大きな4つの羽枝、淡く白い光に包まれる。

 残光を引いて揺れる触手。

 白い罅割れが一気に加速する。

 (もう黒より白の方が多い)

 

 異形たる"さんがむりや"の背後に、光のリングが出現する。

(光輪)

 リング、上方を指す大触手のさらに上へ移動。傾きを水平に。

 

 

 また白い球体の前面に、新たな白光が生まれる。

 微妙に濃さの異なる白い光が、円形に幾重にも重なる。

 (眼球のように)

 

 あかり、その(まなこ)めいたものと目が合う。

 

紲星あかり「―――……」

 

 あかりの髪、袖、裾が、非物理的な風で吹き流される。

 あかり、両目を見開いてそれを受け止める。

 

 白い光の眼球。

 金の光の双眸。

 

 (天使と少女)

 

 "さんがむりや"の光輪、膨張する。

 そして超高速で拡散。

 すひん、という怪音。

 同時、無数の亀裂が一斉に弾け飛ぶ。

 

 暗黒世界が崩れる。

 轟々という暴風の音。

 (雷鳴と豪雨)

 

 (海と砂浜)

 

 

 

○海・浜辺(夕)

 

 

紲星あかり「"よろうてつ"の結界が……」

 

 あかり、土砂降りの海浜で頭上を仰ぐ。

 

 (水桶をひっくり返したかのような、沛然たる豪雨)

 (狂気に冒され荒れ狂う風波)

 (衰退した陽光)

 (天の全てを覆う分厚い暗雲)

 (うつし世)

 

 

 霊妙なる後光を差しながら、"さんがむりや"が降臨する。 

 

 

 (――ィジキキキキォキジ!

 (異音が海鳴りを掻き消し、町中をすり抜ける)

 (町の犬猫その他の獣が吼え立てて狂乱し)

 (鳥という鳥が喚き散らす)

 (子供は泣き叫び)

 (一部の鋭敏な大人も苦鳴をあげる)

 

 

 

紲星あかり「(空中に浮遊する"さんがむりや"を睨み付ける)」

 

 "さんがむりや"、自身の周囲に薄水色をした裂け目を作る。

 (異空間の入口)

 光の球体を囲う格子から触手達が無数に伸び、その裂け目へこぞって潜り込んでいく。

 触手群、薄水色に発光。

 (触手の動きと気配に力が満ちる)

 

紲星あかり「…そこが、ゆかりさんの言ってた異次元? 吸収したエネルギー達の貯蓄場所?」

 

 発光する触手達、その形状を変える。

 

 

 木の根と動物の内臓を融合させたような触腕。

 刀剣状の先端を生やす黒いツタ。

 蜘蛛の糸に似た粘糸。

 赤い実をつけた枝葉。

 ウミシダめいた羽枝。

 それらに薄く広がる皮膜。

 

 そして光の球体。

 

 

紲星あかり「あれが、"さんがむりや"」

 

 ふと、あかりの眼前に黒い靄が出現。

 金粉の文字を浮かび上がらせる。

 ("よろうてつ")

 

 

      " あ の お ん な は な ま え を よ ん だ "

 

      " あ の お ん な に す み つ く も の "

      " あ れ ら す べ て が "

 

      " な な つ の あ く りょ う "

 

 

紲星あかり「七つの……」

 

 

      " こ ち ら で あ そ ぶ な ま え を え た "

 

      " わ れ ら と お な じ く "

 

 

 * * *

 

 

 (フラッシュ)

 

 夜の海辺。

 焚き火キットの炎を共に眺めるゆかりとあかり。

 

結月ゆかり「名前は付けない方がいいと、祖母が言っていました」

結月ゆかり「名前があると、その名前を呼ぶものを認識してしまうからです」

結月ゆかり「また名前を呼ばれた方も、名前によって自分を認識できてしまいます」

 

 * * *

 

 "さんがむりや"、異音を発しながら様々な触手を空中に広げる。

 目玉に似た球体、あかりを凝視する。

 輝く触手の先端、ゆらゆら揺れながらあかりへ向く。

 (空間の裂け目が無音のまま伸びていく)

 

 

 (異形の眼球、あかりを捉える)

 

 紲星あかり「(さっと手をかざす)」

 

 あかりの目前に、銀色の粒子の渦が現れる。

 渦を巻く銀粉、集結。

 凝縮した銀塊から、烈しい閃光が迸る。

 (極太をした銀光の砲撃)

 

 人間ひとりを呑み込めるほど太い銀の光芒、暴雨を蒸発させながら"さんがむりや"に直撃する。

 

 

 同時。

 

 

 

 あかりの両肩に黒い剣が突き刺さる。

 

 

 

 紲星あかり「!?」

 

 あかり、驚愕に瞠る。

 (剣の生えたツタが放たれるところを、あかりは見ていない。瞬間移動のように突然だった)

 ("よろうてつ"の功力により痛みはない)

 

 刺さった刀身から、吸収皮膜が伸びる。

 絞めるように首へ。

 撫でるように胸へ。

 

紲星あかり「(空いた手を震わせながら、ぎゅっと握りしめる)」

 

 黒いツタの表面に、無数の針が鋭く刺さる。

 針達、一瞬の発光の後、爆ぜる。炸裂。

 

 青磁色の爆炎。金糸雀色の火の粉をあげながら火柱を作る。

 ツタも皮膜も灰燼に還る。

 

  一方、銀光が命中したはずの"さんがむりや"、異空間への裂け目を目前に展開している。全くの無傷。

 

 

紲星あかり「届いてない……"よろうてつ"の力が、私の気持ちが」

 

  あかり、(その光景を呑気に眺めている暇もなく)さらなる驚きで足元を見る。

 

 (砂地に空間の裂け目)

 

 淡い浅葱色をした空間の断層が、あかりの足元に出現している。

 砂地を断裂している水色の切れ目から、木の根に似た触腕が驚くべき素早さで飛び出る。

 (触腕はどろどろの粘液で表面を覆われている)

 

 触腕、あかりの両足に巻き付く。

 (そのまま足の付け根を目指す、触腕の先端部)

 触腕の表面を覆う粘液、あかりのふくらはぎと太ももの肉を溶かす。

 

 あかりの纏う黒い靄から、金の霧が噴出する。

 金霧が触腕に殺到し、まとわりつかれた触腕の動きが極端に鈍くなる。

 (輝きを失い、炭化する触腕の表面)

 

 (攻勢は続く)

 

 あかりの足元に生まれた空間の亀裂、空へ向かって拡大。

 あかりの目線の高さまで水色の切れ目が伸びる。

 

 その切断面から、ごぼり、と粘糸の濁流が流れ込む。

 

紲星あかり「や、ぁっ!!」

 

 あかりの全身、糸状の触手の奔流に飲み込まれる。

 (ナンテンに似た枝が、その粘糸に混ざって襲来)

 (菱形の葉を茂らせた枝、あかりの二の腕を脇の下から掬い上げ、触手の濁流に倒れそうになったあかりの体を支える)

 

 粘糸状の触手、あかりの手を指の間ひとつひとつに至るまで絡みつく。

 枝の先に赤い実が連なり、あかりの耳元に押し寄せる。

 粘糸、枝葉のそれぞれから吸収皮膜がアメーバ運動めいた動きで展開。あかりを瞬く間に包む。

 (皮膜、あかりの耳の穴や肩の傷口等から体内への侵入を試みる)

 

 あかり、全身を硬直させながら、まだ皮膜が及んでいない唇で叫ぶ。

 

紲星あかり「"よろうてつ"!!」

 

 あかりの体、真珠色に発光。数度瞬く。

 (体表に無数のスパーク)

 体内から銀の光線が四方八方へ無作為に照射される。

 同時に金色の火花が衝撃波を伴い、怒濤となって全方向に駆け抜ける。

 (金と銀の激震、爆裂)

 (甲高い放射音)

 (粉々に爆砕されて消し飛ぶ粘糸、枝葉、皮膜、触腕)

 (塵芥と化した触手の欠片を浴びながら、自由になるあかり)

 

紲星あかり「(はぁはぁ、と荒い呼吸を繰り返す。肩や足の傷に金の粒子が集り、瞬く間に元通りに)」

 

 あかり、"さんがむりや"を見据える。

 

 "さんがむりや"、周囲に空間の裂け目をいくつも浮かべ、その亀裂から様々な触手が淡く輝きながら伸びている。

 (格子から伸びる触手群と合わせ、その偉容に衰えはない)

 

紲星あかり「(わなわなと手を震わせ)……私を、食べようとした。私を食べてゆかりさんのご飯にしようとした」

 

 あかり、歯軋り。

 

紲星あかり「(憤怒に震える声)同じにした! 私を、そのあたりの廃棄物と同じ扱いにした! 私を! "さんがむりや"!」

 

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 夜の海辺で焚き火キットに手を突き入れるゆかり

 

 * * *

 

 

 (金の粉が揺れる)

 

      " ち か ら が ほ し い か "

 

 (わらい声)

 

紲星あかり「(拳を握りしめながら)ほしい」

 

      " ど れ ほ ど ? "

 

紲星あかり「"さんがむりや"を打ち倒せるくらい。その向こうにいるゆかりさんを傷だらけにできるくらい」

 

 (暗い夕暮れの海、後光を振りまく"さんがむりや")

 

紲星あかり「……私を傷つけたゆかりさんなんて、私に傷つけられればいい」

 

 あかり、虚空から吹き出た黒い靄に全身を包まれる。

 (金粉が乱舞)

 (金が舞うたびに銀が弾ける)

 (黒い靄が法衣のように広がる)

 

      " な ら ば も や せ "

 

      " こ こ ろ を も や せ "

 

 (虫の羽音と弦楽器を無理やり融合させたような笑声)

 

 

      " も え る こ こ ろ が あ る か ぎ り "

 

      " わ が ち か ら つ き る こ と な し "

 

 

 黒い靄、あかりを中心に拡大。荒海も浜辺も、曇天も黒く塗り潰す。一気に。

 黒い背景の中に星々が浮かぶ。

 金と銀の星屑。

 黄金色の天の河。

 

 侵蝕する宇宙、"さんがむりや"と対峙。

 

 

 "さんがむりや"の球体、輝きを増す。

 

 天を指す大触手から光の輪が出現。

 先に出したリングよりさらに大きく太く輝いている。

 

 シャピピキュケ!

 (怪奇音)

 

 光輪、拡散。

 

 (蜃気楼のように全ての景色が揺れる)

 (星々も、天の河も)

 (侵蝕中だった暗黒空間も、わずかに残っていた海辺の通常空間も)

 (湾曲する空間に波紋が走る)

 (高い音は低く、低い音は高く歪む)

 (その歪む波紋が、あかりに迫る)

 

紲星あかり「!!」

 

 あかり、目の前に金と銀の粒子、黒い靄を一瞬で集める。三種の要素が無明の球体を形成。

 暗黒球体、収縮。

 (無限小の点へ)

 

 揺れて歪む世界、水をぶちまけられた水彩画のように霞む。

 (意味のある線も色も失われ)

 (バーナーに炙られるワセリンめいて景色が溶けていく)

 

 (歪みの波紋)

 (溶融する空間)

 

 (激突)

 

 

 

 

 空間が割れる。

 (破却される世界)

 

 水色の切れ目、拡大。

 粉々の世界の全てを呑み込む。

 (あかりも含めて)

 

 

 

 あかり、落下。

 

 (大地も呑み込まれる)

 

 淡いベイビーブルーの空間。

 山吹色の雲が幾つも重なる。

 その雲と雲の間の層に、鶯色の粉塵が薄く散りばめられている。

 (途中、緋色の煙霧が、材木、鉄骨、スクラップ等の雑多な有象無象を包んで空間に固定している)

 

 あかり、それらを通り抜け、底へ落ちる。落ちる。

 

 

 

 

 熱をもって脈動する水色の世界。

("さんがむりや"の世界)

 

 その底に。

 

 

 

 

 紲星あかり「………ゆかりさん」

 

 

 

 

 

 結月ゆかりが待っていた。

 

 

 

 

 

 

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