○"よろうてつ"の結界(??)
ゆかりの全身、無数の羽枝で覆われる。
そのうち何本かの羽枝、恐るべきスピードで巨大に生長。八方に伸びる。
両腕を貫いていた長槍も羽枝に覆われ、音もなく崩れる。
くねり、ゆらぎ、ざわめきながら拡がる羽枝。
ゲバラギュギカ!
ゲバラギュギカ!
異音、触手の塊から鳴り続ける。
紲星あかり「(重力のない動きで跳ね、退く。金色の瞳でゆかりを凝視)」
暗黒空間が震動する。
ぴしり、ぴしり。
(乾いた音)
(罅)
妖しく揺らめく羽枝に合わせ、無明の世界に白い罅割れが走る。
(黒い世界に広がる白い罅)
(ゆらゆら、揺らぐ羽枝)
触手の塊となったゆかりの肉体、ゆっくりと浮遊。浮かび上がる。
無数の羽枝をくゆらせながら、あかりよりずっと高い位置に上昇。
あかり、それを見上げる。
蠢く塊から、不意に光が漏れる。
白い光。
その輝く強さが急激に増していく。
(烈光)
光度の高ぶりに合わせ、触手の塊がさらに激しく蠢き始める。
そして唐突に、塊が縦に割れる。
中から現れる、光の球体。
(光輝く正体不明の物質で構成された、億分の一の歪みもない、完全なる球体)
2つに裂かれた触手達が、光の球体を囲むように分裂し、幾つも枝分かれする。
(もはや結月ゆかりの肉体は、その形も大きさも保たれていない)
立体的な格子で光球を囲う羽枝。
そこからありとあらゆる方向へ伸ばす。枝を、羽を。
ィジキキキキ!
キジャミュリチュオピゥケケケ!
ケケティレ!
シュシスィシシシ!
白い光球と黒い羽枝の複合体、怪音を撒き散らす。
そのたびに白い亀裂が空間に増え、どんどん広がる。
(件の異音が球体と触手のどちらから発せられているのかは、曖昧模糊として不明である)
紲星あかり「(光の球体へ睥睨し)……あなたが、"さんがむりや"?」
対峙するあかり、異形を見上げる。
羽枝に囲まれた光球、ひときわ長い羽枝を上下左右に伸ばす。十字架のように。
その長く大きな4つの羽枝、淡く白い光に包まれる。
残光を引いて揺れる触手。
白い罅割れが一気に加速する。
(もう黒より白の方が多い)
異形たる"さんがむりや"の背後に、光のリングが出現する。
(光輪)
リング、上方を指す大触手のさらに上へ移動。傾きを水平に。
また白い球体の前面に、新たな白光が生まれる。
微妙に濃さの異なる白い光が、円形に幾重にも重なる。
(眼球のように)
あかり、その
紲星あかり「―――……」
あかりの髪、袖、裾が、非物理的な風で吹き流される。
あかり、両目を見開いてそれを受け止める。
白い光の眼球。
金の光の双眸。
(天使と少女)
"さんがむりや"の光輪、膨張する。
そして超高速で拡散。
すひん、という怪音。
同時、無数の亀裂が一斉に弾け飛ぶ。
暗黒世界が崩れる。
轟々という暴風の音。
(雷鳴と豪雨)
(海と砂浜)
○海・浜辺(夕)
紲星あかり「"よろうてつ"の結界が……」
あかり、土砂降りの海浜で頭上を仰ぐ。
(水桶をひっくり返したかのような、沛然たる豪雨)
(狂気に冒され荒れ狂う風波)
(衰退した陽光)
(天の全てを覆う分厚い暗雲)
(うつし世)
霊妙なる後光を差しながら、"さんがむりや"が降臨する。
(――ィジキキキキォキジ!)
(異音が海鳴りを掻き消し、町中をすり抜ける)
(町の犬猫その他の獣が吼え立てて狂乱し)
(鳥という鳥が喚き散らす)
(子供は泣き叫び)
(一部の鋭敏な大人も苦鳴をあげる)
紲星あかり「(空中に浮遊する"さんがむりや"を睨み付ける)」
"さんがむりや"、自身の周囲に薄水色をした裂け目を作る。
(異空間の入口)
光の球体を囲う格子から触手達が無数に伸び、その裂け目へこぞって潜り込んでいく。
触手群、薄水色に発光。
(触手の動きと気配に力が満ちる)
紲星あかり「…そこが、ゆかりさんの言ってた異次元? 吸収したエネルギー達の貯蓄場所?」
発光する触手達、その形状を変える。
木の根と動物の内臓を融合させたような触腕。
刀剣状の先端を生やす黒いツタ。
蜘蛛の糸に似た粘糸。
赤い実をつけた枝葉。
ウミシダめいた羽枝。
それらに薄く広がる皮膜。
そして光の球体。
紲星あかり「あれが、"さんがむりや"」
ふと、あかりの眼前に黒い靄が出現。
金粉の文字を浮かび上がらせる。
("よろうてつ")
" あ の お ん な は な ま え を よ ん だ "
" あ の お ん な に す み つ く も の "
" あ れ ら す べ て が "
" な な つ の あ く りょ う "
紲星あかり「七つの……」
" こ ち ら で あ そ ぶ な ま え を え た "
" わ れ ら と お な じ く "
* * *
(フラッシュ)
夜の海辺。
焚き火キットの炎を共に眺めるゆかりとあかり。
結月ゆかり「名前は付けない方がいいと、祖母が言っていました」
結月ゆかり「名前があると、その名前を呼ぶものを認識してしまうからです」
結月ゆかり「また名前を呼ばれた方も、名前によって自分を認識できてしまいます」
* * *
"さんがむりや"、異音を発しながら様々な触手を空中に広げる。
目玉に似た球体、あかりを凝視する。
輝く触手の先端、ゆらゆら揺れながらあかりへ向く。
(空間の裂け目が無音のまま伸びていく)
(異形の眼球、あかりを捉える)
紲星あかり「(さっと手をかざす)」
あかりの目前に、銀色の粒子の渦が現れる。
渦を巻く銀粉、集結。
凝縮した銀塊から、烈しい閃光が迸る。
(極太をした銀光の砲撃)
人間ひとりを呑み込めるほど太い銀の光芒、暴雨を蒸発させながら"さんがむりや"に直撃する。
同時。
あかりの両肩に黒い剣が突き刺さる。
紲星あかり「!?」
あかり、驚愕に瞠る。
(剣の生えたツタが放たれるところを、あかりは見ていない。瞬間移動のように突然だった)
("よろうてつ"の功力により痛みはない)
刺さった刀身から、吸収皮膜が伸びる。
絞めるように首へ。
撫でるように胸へ。
紲星あかり「(空いた手を震わせながら、ぎゅっと握りしめる)」
黒いツタの表面に、無数の針が鋭く刺さる。
針達、一瞬の発光の後、爆ぜる。炸裂。
青磁色の爆炎。金糸雀色の火の粉をあげながら火柱を作る。
ツタも皮膜も灰燼に還る。
一方、銀光が命中したはずの"さんがむりや"、異空間への裂け目を目前に展開している。全くの無傷。
紲星あかり「届いてない……"よろうてつ"の力が、私の気持ちが」
あかり、(その光景を呑気に眺めている暇もなく)さらなる驚きで足元を見る。
(砂地に空間の裂け目)
淡い浅葱色をした空間の断層が、あかりの足元に出現している。
砂地を断裂している水色の切れ目から、木の根に似た触腕が驚くべき素早さで飛び出る。
(触腕はどろどろの粘液で表面を覆われている)
触腕、あかりの両足に巻き付く。
(そのまま足の付け根を目指す、触腕の先端部)
触腕の表面を覆う粘液、あかりのふくらはぎと太ももの肉を溶かす。
あかりの纏う黒い靄から、金の霧が噴出する。
金霧が触腕に殺到し、まとわりつかれた触腕の動きが極端に鈍くなる。
(輝きを失い、炭化する触腕の表面)
(攻勢は続く)
あかりの足元に生まれた空間の亀裂、空へ向かって拡大。
あかりの目線の高さまで水色の切れ目が伸びる。
その切断面から、ごぼり、と粘糸の濁流が流れ込む。
紲星あかり「や、ぁっ!!」
あかりの全身、糸状の触手の奔流に飲み込まれる。
(ナンテンに似た枝が、その粘糸に混ざって襲来)
(菱形の葉を茂らせた枝、あかりの二の腕を脇の下から掬い上げ、触手の濁流に倒れそうになったあかりの体を支える)
粘糸状の触手、あかりの手を指の間ひとつひとつに至るまで絡みつく。
枝の先に赤い実が連なり、あかりの耳元に押し寄せる。
粘糸、枝葉のそれぞれから吸収皮膜がアメーバ運動めいた動きで展開。あかりを瞬く間に包む。
(皮膜、あかりの耳の穴や肩の傷口等から体内への侵入を試みる)
あかり、全身を硬直させながら、まだ皮膜が及んでいない唇で叫ぶ。
紲星あかり「"よろうてつ"!!」
あかりの体、真珠色に発光。数度瞬く。
(体表に無数のスパーク)
体内から銀の光線が四方八方へ無作為に照射される。
同時に金色の火花が衝撃波を伴い、怒濤となって全方向に駆け抜ける。
(金と銀の激震、爆裂)
(甲高い放射音)
(粉々に爆砕されて消し飛ぶ粘糸、枝葉、皮膜、触腕)
(塵芥と化した触手の欠片を浴びながら、自由になるあかり)
紲星あかり「(はぁはぁ、と荒い呼吸を繰り返す。肩や足の傷に金の粒子が集り、瞬く間に元通りに)」
あかり、"さんがむりや"を見据える。
"さんがむりや"、周囲に空間の裂け目をいくつも浮かべ、その亀裂から様々な触手が淡く輝きながら伸びている。
(格子から伸びる触手群と合わせ、その偉容に衰えはない)
紲星あかり「(わなわなと手を震わせ)……私を、食べようとした。私を食べてゆかりさんのご飯にしようとした」
あかり、歯軋り。
紲星あかり「(憤怒に震える声)同じにした! 私を、そのあたりの廃棄物と同じ扱いにした! 私を! "さんがむりや"!」
* * *
(フラッシュ)
夜の海辺で焚き火キットに手を突き入れるゆかり
* * *
(金の粉が揺れる)
" ち か ら が ほ し い か "
(わらい声)
紲星あかり「(拳を握りしめながら)ほしい」
" ど れ ほ ど ? "
紲星あかり「"さんがむりや"を打ち倒せるくらい。その向こうにいるゆかりさんを傷だらけにできるくらい」
(暗い夕暮れの海、後光を振りまく"さんがむりや")
紲星あかり「……私を傷つけたゆかりさんなんて、私に傷つけられればいい」
あかり、虚空から吹き出た黒い靄に全身を包まれる。
(金粉が乱舞)
(金が舞うたびに銀が弾ける)
(黒い靄が法衣のように広がる)
" な ら ば も や せ "
" こ こ ろ を も や せ "
(虫の羽音と弦楽器を無理やり融合させたような笑声)
" も え る こ こ ろ が あ る か ぎ り "
" わ が ち か ら つ き る こ と な し "
黒い靄、あかりを中心に拡大。荒海も浜辺も、曇天も黒く塗り潰す。一気に。
黒い背景の中に星々が浮かぶ。
金と銀の星屑。
黄金色の天の河。
侵蝕する宇宙、"さんがむりや"と対峙。
"さんがむりや"の球体、輝きを増す。
天を指す大触手から光の輪が出現。
先に出したリングよりさらに大きく太く輝いている。
シャピピキュケ!
(怪奇音)
光輪、拡散。
(蜃気楼のように全ての景色が揺れる)
(星々も、天の河も)
(侵蝕中だった暗黒空間も、わずかに残っていた海辺の通常空間も)
(湾曲する空間に波紋が走る)
(高い音は低く、低い音は高く歪む)
(その歪む波紋が、あかりに迫る)
紲星あかり「!!」
あかり、目の前に金と銀の粒子、黒い靄を一瞬で集める。三種の要素が無明の球体を形成。
暗黒球体、収縮。
(無限小の点へ)
揺れて歪む世界、水をぶちまけられた水彩画のように霞む。
(意味のある線も色も失われ)
(バーナーに炙られるワセリンめいて景色が溶けていく)
(歪みの波紋)
(溶融する空間)
(激突)
空間が割れる。
(破却される世界)
水色の切れ目、拡大。
粉々の世界の全てを呑み込む。
(あかりも含めて)
あかり、落下。
(大地も呑み込まれる)
淡いベイビーブルーの空間。
山吹色の雲が幾つも重なる。
その雲と雲の間の層に、鶯色の粉塵が薄く散りばめられている。
(途中、緋色の煙霧が、材木、鉄骨、スクラップ等の雑多な有象無象を包んで空間に固定している)
あかり、それらを通り抜け、底へ落ちる。落ちる。
熱をもって脈動する水色の世界。
("さんがむりや"の世界)
その底に。
紲星あかり「………ゆかりさん」
結月ゆかりが待っていた。