月、ころてる   作:鈴本恭一

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第3幕・第8章:さんがむりや vs よろうてつ(さろめ)

○海岸

 

 

 

(日の暮れた海岸。荒れ狂う波と風。

 黒に近い澱んだ大空の下、羽枝の塊が佇立している。

 

 "さんがむりや"

 

 4つの巨大な触手を伸ばし、猛然と吹き荒ぶ雨風を浴びている。

 白く輝く球状の部位が、その光の濃度を高めていく。

 

 ふと、その球体の濃度が異なる部分――瞳孔に似た箇所――が、水平線の彼方に向けられる。

 

 海原に舞うものがある。

 

 

 虹色の竜巻。

 

 細く長く、その全長は天と地を結ぶほど。

 

 

 "さんがむりや"の視線に気付くと、その竜巻は一気に霧散する。

 散り散りになった七色の風、海面を断ち割る。

 海水も荒波も虹色になって飛散していく。七色の衝撃波は海を切り裂きながら、猛烈な速さで浜辺に突き進み、そして上陸する。

 子供の笑い声と共に) 

 

 

 

 ○"さんがむりや"次元

 

 

 あはははははは……!

 

 

 あかりの歪んだ全身を覆う黒い塊、七色の風を噴き上げながら蒸発する。

 (子供の笑声)

 

 虹色の風の一部はあかりの体を取り巻き、残りは全て天空へ駆け上がっていく。

 幾つもの色をもつ風、そのうち赤色の一陣で巨大な傘を作る。

 

 青い光、その赤い風の傘に阻まれる。

 (青と赤が接触。紫へ)

 紫色の空間層を形成する。

 殺傷光線は紫の天蓋を貫けず、地上に届かない。

 

 

 あはは、あはははははは!

 

 あかりを貪っていた羽枝たち、ことごとく七色の風に包まれ、蝕まれる。

 (ある羽枝はどろどろに溶け)

 (ある羽枝は虹色の水ぶくれに覆われて崩れ)

 (またある羽枝は萎れて収縮し、粉状になって散失する)

 

 

結月ゆかり「性悪の同棲相手……」

 

 ゆかり、手を翳す。

 青い枝、発光。

 Y字状の果実が、あかりを包む七色の風に発射される。

 

 果実、風に刺さる。風はその場で動きを固定されてしまう。

 (黒靄を破断させたように)

 生き残っていたわずかな羽枝、殺到する。

 (Y字の果実を掴んで引き裂く構え)

 

 …くすくす、くすくす、笑い声。

 

 固定された風、刺さった部分が玉虫色に輝く。

 果実、震動し、ぽろっと抜け落ちる。

 (鍵が形の合わない穴から取れるように)

 固定されていた風、自由を取り戻し、Y字物体を包んで融解させる。

 押し寄せていた羽枝の残党も一気に飲み込む。童のはしゃぐ声、触手たちを虹色に染め上げ、破裂させる。

 (羽枝、全滅)

 

紲星あかり「(あかりの全身、七色に包まれる。

 そのうち胸部から腹部に至る部分の風が濃縮し、虹色の光となって散る。その下から傷ひとつない肌が現れる。

 散った光がその肌を飾り、一瞬だけ眩く輝くと、あかりは手品のように現れたブラウスに包まれている。

 続いて両足が同じように極彩色の渦を纏う。渦の消滅と共に一瞬だけ肌を露出させ、タイツとスカートに覆われる。

 次に両腕。肩の付け根から指先まで完全な形で現れ、アームカバーがこれを包む。

 溶けて砕けた黒い殻は七色の飛沫となってあかりに降り注ぎ、ワンピースを出現させる。ブーツ、襟元のリボンがそこにあしらわれる)」

 

 あかりの長い髪、虹色の風に絡め取られて宙を掻く。

 まるで髪が自力で動いているような滑らかさで、長い三つ編みを結っていく。

 (黒い靄が片翼のように背から吹き出る)

 (鮮やかに彩色された風があかりに逆巻く)

 

 最後にフライトジャケットを羽織り、あかり、閉じていた瞳を開ける。

 

 露草色の双眸。

 (ゆかりを見据える)

 

結月ゆかり「あかりさん……」

 

 ゆかり、左腕を横に伸ばす。

 ゆかりの脇腹からナンテンに似た枝葉が伸び、密集した赤い実を生やす。

 赤い実、発光。消失。

 

 あかり、激甚の爆裂に包まれる。

 赤黒い爆風が四方八方に広がり、衝撃波で黒い海面が吹き飛ばされる。

 (反響する爆音)

 (海面上を包み広がる爆煙)

 (一気に悪化した視界)

 (その中を)

 

 あかり、突進。

 黒い爆炎を引き裂き、七彩のつむじ風が猛進する。様々な色の尾を引いて、瞬間的な加速でゆかりに襲い掛かる。

 

 ゆかり、足元の海面を蹴る。そこから巨大な羽枝が数本、海面を突き破って出現。あかりを迎撃しに飛びかかる。

 あかり、黒靄を前面に出す。黒の中に星々が煌めく。金の光刃。

 無数のレーザーカッターが羽枝を易々と切り裂く。切り刻まれた羽枝の破片を鮮やかに掻い潜るあかり(千紫万紅の軌跡を描く)

 

 

結月ゆかり「(右腕から太い触腕を生やす。また同時に先端に剣が生えた蔓状の触手を何本も伸ばし、触腕に絡ませる)」

 

 ゆかりの触腕を軸とし、その周りに触手が巻き付く。

 (剣状をした触手の先端は寄り合わされて癒合し、一体化。ゆかりの背丈の倍を超す長大な刀身を形成する)

 (それはもはや槍だった)

 (細長い円錐形。根元と腕の結合部分を、無数の触糸で縫い付けている)

 (薄く透明な吸収皮膜が、その槍の刀身を覆う)

 

 紲星あかり「(ゆかりに肉薄しながら銀色の光線を黒靄から放射)」

 結月ゆかり「(その太い銀の光柱めがけて槍を突き刺す)」

 

 (光撃と刺突)

 

 銀の光が槍を呑み込む。

 刹那の後、光は槍の皮膜に吸い込まれる。槍、白銀に発光。全ての銀光を吸収し尽くす。

 

 紲星あかり「(かまわず突進。片手を前にかざす)」

 

 あかりの手の前で金と銀の粒子が混ざり、光球が生まれる。それを核として黒靄が高密度で集結。

 あかり、暗黒球体を作る。

 

 結月ゆかり「(槍を覆う銀光を先端部に結集させる。切っ先が目を灼かんばかりに輝き、猛烈な速さで迫り来るあかりへ向けられる)」

 

 紲星あかり「(暗黒球体を楯にかざし、突撃)」

 結月ゆかり「(銀の槍を構える)」

 紲星あかり「(打突)」

 結月ゆかり「(突き抜く)」

 

 ふたり、衝突。

 

 (黒と銀の衝撃波が青い空間を烈しく揺さぶる)

 (黒球、銀槍、ごく僅かな間隙を挟んで押し合う)

 (力と力がぶつかり荒ぶる)

 (槍の先端から放出される銀光)

 (黒い球体がその光刃を微細に削り取る)

 

  あかり、虹色の気流の推進力で力任せに押し込む。

  ゆかり、突き出した槍でそれに対抗。

 

 (あかりの三つ編みが後ろに流れ)

 (ゆかりのパーカーが千切れそうなほど裾をはためかせる)

 (あかりとゆかり、至近距離)

 

結月ゆかり「(あかりの瞳を見つめ)2体目への同居を許すとは……あかりさん」

紲星あかり「ゆかりさんは7体もいるじゃない!」

結月ゆかり「あなたと私は違う」

紲星あかり「何がっ」

結月ゆかり「あなたには、私みたいになってほしくはなかった」

紲星あかり「あっちとかこっちとか、ゆかりさんが言ったくせに!」

 

 あかり、弾かれるように後方の空中へ跳ぶ(虹色の尾を引く)

 ゆかり、槍を引きながら距離を取る(切っ先が銀の残影を描く)

 (ゆかりの槍に帯びていた銀光は、かなり淡くなっていた)

 

紲星あかり「(黒の片翼を打ち広げる。黒靄の中で金の星々が妖しく瞬き、幾本の光刃を抜き放つ)」

結月ゆかり「(ナンテンめいた樹を激しく振り回す。再び生えた赤い実の一部がY字状に変化し、散弾銃のように発射される)」

 

 Y字物体、黄金色の光に触れ、光を空間へ固定する。

 そこを未変化の赤い実が襲い、金光を悉く破砕。

 (金色の破片、煌びやかにこぼれ落ちる)

 

 樹木状の触手、新たなY字物体を黒靄に向けて発射。

 

紲星あかり「(七色の風に包まれた手で虚空を薙ぐ。風の壁を展開)」

 

 渦巻く虹色の風、障壁となって立ちふさがる。

 Y字の実、風に刺さらず跳ね返る。赤い実、風をすり抜けた黄金の光線に撃墜される。

 

紲星あかり「(空間を蹴るような勢いで再び急加速。空中からゆかりに躍りかかる)」

結月ゆかり「(足元から巨大な羽枝を召喚。前方に密集させて複雑な壁を作り上げ、あかりの進路を妨害する。エネルギー吸収皮膜つきの防壁)」

 

 

 黒靄の翼が翻る(湿った発射音)

 

 (あかりが激突するより先に、羽枝の防壁に何かが突き刺さる)

 (銛だ)

 (いくつもの返しを持つ長い銛。4本。壁に刺さっていた)

 (突き刺さった銛の先端から、虹色の蒸気が噴き出る)

 (くすくす、あはは)

 (極彩色を浴び、吸収皮膜が干涸らび風化)

 (銛、炸裂)

 (翡翠色の爆裂)

 (白藍色の火柱)

 (紫の天蓋に火焔と煙が突き刺さり、黒い海が残虐に吹き散って引き裂かれる)

 

紲星あかり「(薄緑の爆炎の中から躍り出てゆかりに襲い掛かる。羽枝の壁など欠片も残っていない)」

結月ゆかり「(槍を横に構えて迎撃)」

紲星あかり「(片足を軸にしてコマのように回転。虹色の螺旋を描きながら暗黒球体を叩き込む)」

 

 

 あかりとゆかり、再度衝突。

 

 (空間振動)

 (黒球の突進、槍の腹で受け止められる)

 (あかりとゆかりの髪が衝撃で後方へ荒ぶる)

 (瞳の距離、至近)

 

 

紲星あかり「私は"さんがむりや"が憎い!」

結月ゆかり「私も"よろうてつ"が嫌いです」

紲星あかり「ゆかりさんは"さんがむりや"を憎んでないの!?」

結月ゆかり「感慨は何も」

紲星あかり「視えなければ良かったとか、"さんがむりや"がいなければとか、思ったことないの!?」

結月ゆかり「……あかりさんは、視えなければよかったのですか?」

紲星あかり「私は、」

 

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 教室。

 あかり、自分の机に突っ伏している。

 同級生たち、教室の端で群れ、遠巻きにあかりを見やる。

 

 誰もあかりに近づかない。

 ひそひそ声がいつまでも続く。

 

 * * *

 

 

紲星あかり「私は、視えて苦しかった!」

 

 あかり、背中から七色の風を爆発的に放出。強力な大推力でゆかりを押し込む。ゆかりはその場に踏み留まることができない。

 

結月ゆかり「(後方へ押し出される)」

紲星あかり「(さらに推進力を上げ、ロケットブースターめいた噴出で力任せに押し出す)」

結月ゆかり「(抗しきれない。猛烈な勢いで後退。両の踵で海面を削る)」

 

 あかり、青い空気を押し潰しながら突進。

 (黒靄、邪曲な動きで前に広がる)

 靄、ゆかりの槍に向かって針を連射。槍に刺さる。

 

結月ゆかり「(目を細める)」

 

 (針が割れる)

 (中から風。よこしまなほど鮮やかな七色の風が)

 (槍を撫でる)

  槍の表面、一気に腐食。

 (醜く変色し、錆が浮き、孔が開き、罅割れて吹き散る)

  黒靄、銀色に発光。

 (靄の中で銀砂が渦巻く)

 銀の烈光、柱となって至近距離からゆかりに撃ち込まれる。

 

 直撃。

 

 結月ゆかり「(銀光に呑み込まれ、あかりの直進スピードより早く後ろへ吹き飛ぶ。錐揉みながら勢いよく海面に激突。黒い水飛沫をあげ、水切り遊びの石のように転がっていく)」

 紲星あかり「(着地。と同時に黒靄の翼を上に向け、ひときわ大きく伸長させる)」

 

 巨翼となった靄の表面、黒い油を塗ったように滑らか。

 そのぬめった部分から、返しのついた銛、針、槍が震えながら無数に生えてくる。

 

 結月ゆかり「(朽ちかけた槍を海面に叩き付け、停止。樹状の触手を天空目指して軋みながら拡大させていく)」

 

 樹状の触手、黒い巨翼と同等の大きさにまで急生長。

 茂った枝々には大量の赤い実。 

 

 

紲星あかり「――――」

結月ゆかり「――――」

 

 

 あかり、黒い銛を発射。

 ゆかり、赤い実を発射。

 

 無数の弾幕が飛び交い激突。無数の火球が炸裂する

 (轟音が幾つも重なる)

 (Y字状の実が刺さった銛は空中で固定。赤い実に砕かれる)

 (赤い実を槍が貫く。橙色の火炎が噴出。その火炎をY字の実が空間に縫い付け、別の赤い実で粉砕)

 (針がY字の実に刺さって弾ける。中から虹色の風が炸裂し、果実を水膨れだらけにして溶融する。その風を赤い実が爆発で掻き消す)

 

 黒翼と樹状の応酬を頭上で展開させながら、

 あかりとゆかり、対峙。

 

 

紲星あかり「私は視えるのが楽しかっただけ。誰にも何もしてない。ただ視てただけなのに、なんであんなに苦しまなきゃいけなかったの、って思った」

結月ゆかり「その理由を、あなたはすでに知っているはずです」

紲星あかり「でも、ゆかりさんと会ったら、もう苦しくなくなった」

結月ゆかり「(首を横に振り)一時的な話です。この夏が終われば、あなたはまたそこに戻るのです」

紲星あかり「……ゆかりさんが、また私と遊んでくれるなら、私はあそこに戻っても構わない」

結月ゆかり「……」

紲星あかり「学校のみんなから怖がられても嫌われても、ゆかりさんがいれば、私はもう何も怖くない」

結月ゆかり「……」

紲星あかり「私は」

 

 黒靄、発砲を止める。

 樹状触手、ぴたりと発射停止。

 (静寂が戻る)

 静けさの中。

 

紲星あかり「――――ゆかりさんみたいになりたいよ」

 

 あかり、微笑む。

 憧れをのせて。

 

 

結月ゆかり「………(瞳、刹那の間だけ揺れる。その瞳であかりを眇める)」

 

 

 あかり、両腕をばっと広げる。

 

 左右の手、それぞれ発光。

 

 あかりの右手に、黄金の微粒。

 あかりの左手で、白銀の砂塵。

 (金と銀、渦巻き逆巻く、光輝く2つの粒子)

 

紲星あかり「ゆかりさんの熱量をここで溶かす。ここで、全部」

 

 あかり、両手を組む。

 (金と銀の粒子が激しく反応。輝度を大幅に上昇させる)

 あかり、2種の光に包まれた両手を、ゆっくり前へ伸ばす。

 (ゆかりに向けて)

 

結月ゆかり「!(槍を刺突の構え)」

 

 あかり、光を放出。

 

 (金銀が激しく絡み合い急激に膨張)

 (螺旋を描いて混合し、恐ろしい勢いで前へ放たれる)

 (それは濁流)

 (強大な煌めきとエネルギーを有する噴流が、金の放電と銀の火花を周囲に撒き散らし、怒濤となって有象無象を呑み込んでいく)

 (ゆかり目指して)

 

結月ゆかり「――ッ!(槍を突き出す。迫り来る金銀に刺さる。それは大河の激流に朽ちかけた槍を突き刺すのに等しい。先端部分は容易く砕け、罅割れがさらに槍全体に走る)」

 

 ゆかり、樹状触手を瞬時に槍へ絡ませ、ひび割れた部分を補強する。枝に連なる赤い実を至近距離で連続発射、金銀の波濤に叩き込む。赤い爆炎は波に呑み込まれてしまうが、爆発の衝撃でなんとか怒濤を押し返す。

 (それでも槍は確実に先端から削られ、破壊されていく)

 (そしてあかりは金銀の怒濤を吐き出し続ける。容赦なく)

 

 

紲星あかり「私は倒すの! 私と出会う前のゆかりさんを!」

結月ゆかり「(防御姿勢で俯きながら)…なぜ?」

紲星あかり「もっと早くゆかりさんと出会えてたら、私はゆかりさんの決意を変えられた。私を置いていかないように、私のことをもっともっと好きになってもらえたのに!」

結月ゆかり「今でも好きです」

紲星あかり「違うの! そうじゃなくて、そうじゃなくって、もっと早く出会ってた、らっ(声が滲む)」

 

 ゆかり、俯いていた頭を上げる。

 

結月ゆかり「(瞠る)」

 

 

 あかり、涙をこぼしている。

 

 (表情は変わらない。涙だけが一筋、あかりの薄青の瞳から流れ落ちる)

 

 

紲星あかり「―――ゆかりさんを苦しめた全部のものと、私は闘えたのに……」

 

結月ゆかり「……(赤い実の連射が鈍る。槍が悲鳴を上げる。刀身の崩壊が加速する)」

 

 ゆかり、構わずあかりを凝視する。

 あかり、見詰め返す。

 

紲星あかり「私がいれば、ゆかりさんの言いたいことをおばさんやおじさんに伝えられたのに。私がいれば、ゆかりさんの好きなことを一緒に遊べたのに。私がいれば……私なら、ゆかりさんのために、なんでもしたのに!(金銀の波動を増加させる。ゆかりの槍、苦鳴をあげてへし折れていく)」

結月ゆかり「っ!(ゆかり、再び姿勢を屈めて俯く。激しい振動に全身が揺さぶられる。樹状の触手もあちこち千切れ掛け、刀身はあと少しで完全に崩壊してしまう)」

 

 あかり、両手を組みながら前に突き出す姿勢のまま、唇を歪める

 (悔しさの表情)

 

紲星あかり「もしもっと早く出会えてたら、ゆかりさんが私にほれちゃうくらい、好きになっちゃうくらい、私はゆかりさんを守ったのに……」

結月ゆかり「……あかりさんは、やり直したいのですね?」

紲星あかり「うん」

結月ゆかり「あなたがいないときに私が決めたことを、あなたは許さないのですね?」

紲星あかり「うん。そうだよ。だから私は、このままゆかりさんを溶かす」

 

 (あかりの決意)

 

紲星あかり「"よろうてつ"が力に変えた私の悔しさで、ゆかりさんの14年間をこのまま溶かすの!」

 

 

 

○海岸

 

 (吹き荒れる七色の風の中から、金色に輝く粒子が吹き出る。

 

 きらきらと輝くそれらは一箇所に集まり、塊を形成。

 その金塊の周囲に、より細かい銀の粒子が湧き上がる。銀粉は金塊の表面を覆い、輝きの色合いを複雑にする。

 そして金銀の核を包むように、薄い金の霧が球状に現れる。

 

 いびつな三層の透視天球儀。

 "よろうてつ"

 従えるのは、金霧の外側を自由な軌道で周る七色の風。

 

 

 "さんがむりや"と相対する。

 

 

 "さんがむりや"、青い空間の断裂を展開。"よろうてつ"にぶち当てる。

 "よろうてつ"の周りを走る虹色の風、笑声を立てながら青い亀裂に殺到。空間の断裂へ赤い風を注ぎ込む。断裂は紫色に変色し、裂け目を弱々しく小さくする。子供の笑い声。

 

 "よろうてつ"、自身の核を一瞬だけ瞬かせる。

 

 "さんがむりや"の躯である羽枝の触手群が、金の炎に包まれる。黒い触手は瞬く間に赤熱化。外側から崩れ落ちていく。

 "さんがむりや"は体内から動物の内臓めいた触腕を伸ばして対応。触腕を覆う粘液を火の手があげる部分に掛ける。金色の炎は瞬く間に勢いを弱め、逆に傷ついた触手部分が再生を始めていた。

 

 "よろうてつ"の金霧が内部で黄金色の放電をいくつも発生させ、それを"さんがむりや"に投げつける。当たった箇所から銀の火花が散り、"さんがむりや"の姿勢を揺らがせる。

 "さんがむりや"は剣の生える蔓状触手を砲弾のように発射して応戦。数本の触手は金霧を貫き、核へ到達する。

 正確には、核の手前までしか到達できなかった。

 核の手前に黒い靄が発生し、そこから伸びる銛が触手の剣を受け止めていた。

 止められた触手へ、黒靄は無数の針を浴びせる。針は刺さると同時に炸裂。霧の内部で膨れあがった翡翠色の爆炎が、触手達を灰燼に帰す。

 

 "よろうてつ"の核、再び瞬く。

 "さんがむりや"の4つの大触手が爆発。表面から金の業火と銀の火の粉が明滅しながら放散した。爆裂にのたうつ大触手に、霧からの金の放電が追い打ちする。火花を散らせて傷ついていく大触手。

 

 "さんがむりや"はエネルギー吸収皮膜を大触手に展開するものの、七色の風に表面を撫でられて濁り、萎れ、その性質を発揮できくなる。

 

 "よろうてつ"の猛攻が続く。

 "さんがむりや"は防御できない。

 "よろうてつ"が押し切ろうとする。

 

 

 

 ………"さんがむりや"の球体部分が、輝きを膨らませた)

 

 

 

 

○"さんがむりや"次元

 

 

 

 

 あかりの決意、それと同時に。

 

 

結月ゆかり「―――……」

 

 

 ゆかり、振動を停止。

 ぴくりとも動かなくなる。

 

 

 (金銀の波濤は槍を一気に破壊する。樹状触手はぶちぶちと引き千切られ、癒着した蔓状触手も芯材の触腕もばらばらに崩壊していく)

 (ゆかりは一顧だにしない)

 (ゆかりの足元がざわめく)

 

 ゆかりの足元から、羽枝が何本も出現。

 ゆかりの両足に巻き付いていく。

 足元だけではなく、黒い海面からいくつも姿を現す。その全てがゆかりの足や胴体に巻き付き、スカート状を形成していく。

 

結月ゆかり「あかりさん」

紲星あかり「…なに?」

 

 

 

結月ゆかり「―――――私の14年を舐めないでいただきたい」

 

 

 

 羽枝、青く発光。

 黒い海の中から夜光虫の大群が発生。蒼い光が群れをなして羽枝に集まっていく。

 光の群れ、黒い羽枝を通してゆかりに集束。触手のスカートが蒼く輝く。光群が右腕の槍に雪崩れ込む。

 (――ィジキキキキォキジ!)

 槍が異音をたてながら激しく振動する。

 夜光虫の光の群れを槍が全て吸い上げ、槍を構成する素材全てがベイビーブルーに輝き出す。

 (槍自体が、光そのものに置き換わる)

 (光の槍へ)

 

 紲星あかり「(涙に汚れた顔で驚き)ゆかりさん……」

 結月ゆかり「教えてさしあげます、あかりさん(青白い光を一気に再拡張。元の槍の長さまで復活する。身幅は以前の倍近く。その勢いのまま、光の白刃を金銀の噴流へ突き刺す)」

 

 光刃が奔流を叩き斬る。

 怒濤とぶつかった蒼光の切っ先、さらに細かく拡がって金銀の粒子を一方的に蒸発させる。斬撃を喰らった粒子、輝きを無くして霧散していく。

 

 (ィジギャクシュピピピ! ミィキリヒケピジジォ!)

 

結月ゆかり「(怪奇音を発する光の槍、切っ先と逆の石突きからも幅広の光刃を伸長。ゆかりの手を中心に、ヘリコプターのメインローターの如く回転を開始)」

 

 ゆかり、回転により光の壁と化した槍を奔流へ押し付ける。

 (高速回転する光刃は金銀の奔流を粉微塵に切り刻み、大量の細片を周囲へ噴霧)

 (野菜類を加工するミキサーめいた執拗さで、撹拌と粉砕を徹底する)

 (あかりは放出を続けるが、その威力が回転光刃を揺るがすことは、もうなかった)

 

 あかり、たじろぐ。

 ゆかり、冷徹に睨む。

 

結月ゆかり「このゆかりさんの14年間が、あなたのひたむきさで打ち勝てるような代物でないことを教えてあげます」

 

 

 唐突に。

 

 無明。

 空間から光が消える。

 

 

紲星あかり「!?(驚き、周囲を見る。黒い海を流れていた夜光虫も、空からの青い滅殺光線も無くなっていた。部屋の照明を電源ごと落とされたように)」

 

 (その世界で光を宿すものは、あかりの金銀の奔流と、それを無慈悲に撹拌する青白い光の槍、頭上に広がる赤い風、そして)

 

 天頂の真円。

 光の球体。

 偽りの満月。

 

 "さんがむりや"

 

 (その真珠色に輝く球体の、瞳孔に似た部分から、一筋の光芒が音もなく放たれる)

 (一条の光、容易く風の天蓋に大穴を開け、地上に到達)

 (ゆかりの槍に刺さる)

 (月とゆかり、一筋の光で繋がる)

 (ゆかりの下半身を包む羽枝、さらに数を増やして強固にゆかりを固定していく。艦船を抑える錨鎖のように)

 

 ゆかりの槍、その光度が爆発的に上昇する。

 (光の色も変化。夜光虫の青に近い白さから、月光の白さへ)

 (その明るさは留まることを知らず、槍の光明だけで空間の全てを照らし出していた)

 

結月ゆかり「(槍の回転を停止。切っ先をあかりへ向ける。金銀の奔流は圧倒的な光量を浴び、刃に触れる前に消滅する)」

紲星あかり「ゆかり、さ―――」

結月ゆかり「―――磔刑に処せ、《さんがむりや・ありかんじょ》」

 

 光の刃、爆裂する。

 

 (ゆかりを中心とした同心円状に光刃が撒き散らされ、羽枝たちのいくつかが海面ごと切り裂かれる。

 しかし最も強大な威力を誇ったのは、前方正面への攻撃だった。

 膨張した甚大な烈光の太さは、光刃が高速回転していたときの直径さえ凌駕していた。高密度の光芒が金銀の濁流をそよ風のように両断。真っ二つに引き裂きながら放出口であるあかりの両手へ突き刺さる。

 組まれていたあかりの両手、強制的に外へ弾かれる。

 激光の奔流、あかりの胴体に直撃。全身を呑み込み、押し流す。

 光の驀進が止まらない。光芒の厚みは金銀の噴流の比ではなく、海面さえ巻き込んでどこまでも直進していく。黒い海が月光の巨剣に斬り裂かれ、その切っ先はついに世界の果ての蒼い木々にまで到達した)

 

 烈光、世界の果てに突き刺さる。

 蒼い樹がさけび、わめく。

 

 

 

○海岸

 

("さんがむりや"の球体から放たれた光芒が、"よろうてつ"を貫いた。

 

 

 七色の風を蹴散らし、金の霧に巨穴を穿ち、銀の外殻を貫通する。

 

 核の前に漂っていた黒靄など、その真珠色の光に触れた瞬間に蒸発した。

 

"よろうてつ"を串刺しにした烈光はその背後の海に着弾し、荒波を物理的に撃砕。海面を断ち切っていく)

 

 

 

 

○"さんがむりや"次元

 

 

 

 ゆかり、黒い海と蒼い森を穿ちつその光槍を、重い動きで振り上げる(その動きの反動で羽枝たちが音を立てて千切れ飛ぶ)

 

 水平線を貫通していた光芒、空を下から切り裂き始める。

 (光刃に照らし出される青い空とそこに張り付いていた木々の枝達が蹴散らされる。光の通ったあとは真珠色に焼け爛れ、大空に線上の痕が刻まれる。天と地の間にあった七色の風も蒸発させて)

 

 ゆかり、光槍をついに真上にまで振り上げる。

 月のような球体へ光芒が刺さる。

 異音。

 天地が震撼する。

 月、光を吸い込み、より強く輝く。

 月とゆかり、再び一条の光で結ばれる。

 

 

 (その光の柱の中に、あかりがいた)

 (月とゆかりの中間の位置で責められている)

 

紲星あかり「(翼のようだった黒靄や、全身に渦巻いていた七色の風は、完膚無きまでに消滅している。衣服や身体も表面的な外傷こそないものの、透過する光刃があかりの内部を霊的に蝕んでいた。激痛に悲鳴をあげようとするものの、叫び声さえ光に撹拌されてせめがれる。慈悲はない)」

 

 

 

○海岸

 

(金の中心核を貫いた"さんがむりや"は、放ち続けている光芒をおもむろに振り上げる。

 

 "よろうてつ"の核が、完全に断ち割られる。

 

 銀の殻も金の霧も両断され、天球儀めいた怪異はその力を急速に失い、形を維持できず散っていく。

 

 "さんがむりや"、怪音を曇天にむけて咆哮する。

 勝利を報せる喇叭(ラッパ)のように)

 

 

 

 

 

○"さんがむりや"次元

 

 

 しばしの間、月とゆかりの間で責め苦の光柱が佇立する。

 そしてその光芒が、ふっと掻き消える。

 

 世界に暗闇が舞い降りる。

 ゆかりの光の槍、当初の長さまで縮小。

 海と空に刻まれた真珠色の傷跡、妖しく燃える。

 

 あかり、落下。

 

 月、見下ろす。

 

 ゆかり、あかりを見上げる。

 

結月ゆかり「あなたの心で、私を打ち倒すことはできない」

 

紲星あかり「……(霞む目をなんとか開く。地上を見やる。ゆかりを)」

 

 

 

 

 

○(回想)浜辺・キャンプファイヤーエリア(夜)

 

 

紲星あかり「……ねえ、ゆかりさん」

結月ゆかり「なんでしょう」

紲星あかり「ゆかりさんは、自分を人とは違う生き物だって言うけどさ」

 

 あかり、肩をゆかりの方へそっと寄せる。

 

紲星あかり「もしも、ゆかりさんと同じ種類の生き物がいたら、やっぱり嬉しい?」

 

 ゆかり、あかりを受け止める。

 あかり、微笑む。

 

 

 

 

 

○"さんがむりや"次元

 

 

 

 あかり、カッと目を見開く。

 

 

紲星あかり「"さろめ"!!」

 

 

 あかりの全身から、七色の風が勢いよく噴出する。

 (それまでの自然的な渦巻き方ではなく、ジェットエンジンの燃焼ガスのような、直線的な放出。それが、あかりの体のあちこちから噴き出ている)

 

 あかりの衣服、ところどころが玉虫色に変異。そこから虹色のガスを排出する。吹き出した七色の気流があかりの周囲を囲み、あかりの落下速度を緩やかにしていく。

 

結月ゆかり「……やはり、名前をつけるのですね、そちらにも」

 

 ゆかり、光の槍をあかりに向ける。

 切っ先が輝きを増す。

 

 あかり、落ちながら身構え、片腕をゆかりに向ける。

 

紲星あかり「(ゆかりへ向けた腕のあちこちで、極彩色の斑点が生まれる。そこを起点にして、虹色の亀裂が腕に走る。罅割れから七色の気流が湧き出る。気流は宝石の破片を混ぜたように煌めいていた)」

 

 月光の刃先、一瞬で伸長。高加速で突き上げる。

 七色の気流、指向性をもって集束。高速でゆかりに襲い掛かる。

 

 (光と気流が激突。閃光)

 (閃光はプリズムを通したかのように無数に分光。激突するエネルギーのスペクトルが、無数の色の光となって周囲に放射される)

 (その虹色の光は空間さえ変異させる)

 (槍と風が衝突した場所の空間、禍々しい極彩色に変色。辺縁部分は黒ずんでいる)

 

 虹色の侵蝕、槍にまで及ぶ。

 槍の外縁の光刃、七色に歪み、黒く弾けて小さく散る。

 (その侵蝕度合いは切っ先が最も顕著で、槍をそれ以上突き上げることが出来なかった)

 (槍の攻撃を防いだ気流も光刃に切り刻まれ、虹光を発して消失する)

 

 あかり、着地。

 

 (その全身、服と言わず皮膚と言わず、玉虫色の斑点が次々と出来ている。虹色の亀裂が次々と走り、特に背中側は熱水噴出口のように猛然と極彩色のガスを吐き出していた)

 

結月ゆかり「……その2匹目の性悪が何をしてるのか、分かっているのですか?」

紲星あかり「分かってるよ。私の体を食べてるんでしょ?」

 

 あかりの体、次々と虹色の部分に置き換わる。

 あかりが動くたび、変色した部分から破片がぱらぱらと剥がれ落ちていく。

 (剥がれた皮膚の部分は極彩色に塗り潰されている)

 

紲星あかり「"よろうてつ"は、私の心を力にする。けど、それだけじゃ"さんがむりや"には勝てない。だから"さろめ"に名前をあげたの」

結月ゆかり「……」

紲星あかり「"さろめ"は私の体を力にする。私は私を捧げて、ゆかりさんに認めてもらうの」

結月ゆかり「なにを?」

紲星あかり「ゆかりさんを苦しませないために何でもする覚悟」

結月ゆかり「……」

紲星あかり「ゆかりさんのくるしみを、ゆかりさんと一緒に戦って、ゆかりさんを守れるくらいの強さが私にあるってことを、ゆかりさんに認めてもらうの」

 

 排出する玉虫色の煙、肉体を置換して表出した七色の風、宝石めいた色とりどりの煌めき。

 それらがあかりの手元に集結する。

 渦を巻いて。

 

結月ゆかり「……もしも、あなたが力及ばず、私の苦しさを癒せなかったら?」

紲星あかり「もしそうなったら、私を一生ゆかりさんのおもちゃにして」

結月ゆかり「……」

紲星あかり「従姉妹じゃなくて、憂さ晴らしの道具にして。奴隷にして。肉にして。何してもいいおもちゃで構わないから」

 

 あかり、ひび割れた顔で告げる。

 ゆかりに。

 

紲星あかり「あなたをまもれない私なんか、私が絶対に許さないから」

 

 

 あかりの手元に集まった高密度の気流、一本の細長い渦巻きを作る。

 あかり、その渦巻きを両手で握りしめる。

 あかりの両手、虹色化が急激に進む。

 手首から先の全てが虹色に変わり、渦巻きとの境界線があやふやになる。渦巻きの風力と規模が一気に強まり、膨れ上がる。

 

 (七色の竜巻)

 (竜巻の外を別の渦巻きが包む)

 (その渦巻きもまた別の渦に包まれる)

 (全部で三重)

 (宝玉めいた様々な色の輝きを内包するラウンドスパウト)

 

 

紲星あかり「私の覚悟を、あなたに見せるよ、ゆかりさん」

 

 あかり、巨大な多重竜巻を振り上げる。

 

結月ゆかり「……」

 

 ゆかり、目を瞑る。

 

 (世界の光が再び失われる)

 (天頂の月がぎらぎらと輝き出す)

 (目玉の中心から一条の光芒が差し込まれる)

 

 ゆかりの槍、光芒を受け止める。

 

 

 ゆかり、目を開く。

 

 

結月ゆかり「……あかりさんの覚悟を、私の14年が踏み潰します」

 

 

 膨張する光槍。

 ゆかりを固定し始める羽枝達。

 帯電する空気。

 変色する空間。

 

 

 

結月ゆかり「私は地上を蹴って月へ行く」

 

紲星あかり「私は月にだって征ってみせる」

 

 

 

 ゆかり、月光の長槍を突き出す。

 

 あかり、竜巻の剣を振り下ろす。

 

 

 

 

 

 世界が震撼する。

 

 

 

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