○海の浜辺(昼)
"さんがむりや"を中心に広がる、青い空間の裂け目。
その青い切れ目から、真っ白な烈光が唐突に吹き出る。
"さんがむりや"自身も発光。異形の音を立てながら光の柱になる。
光の柱、天を衝く。海岸が光に包まれる。
(町のどこからでも、その光景を見ることが出来た)
光が全て消え去る。
"さんがむりや"は消失。青い空間の断面も同じく。
代わりに、ゆかりとあかり、嵐の海岸に出現。
結月ゆかり「……(槍を持っていた右腕がひしゃげ、腕の皮膚が全て爛れている。爛れは裂傷を伴って肩や首にも広がっている)」
ゆかり、あかりを見る。
あかり、身体が玉虫色の塊になっている。
尋常の人の表面はひとつもなく、極彩色の煙をぶすぶすとあげている。全身が虹色に炭化していた。
結月ゆかり「あかりさん……」
ゆかりの呼びかけに応えはない。虹色の塊、ぴくりとも動かない。
ただの塊のように。
結月ゆかり「(激しい雨に打たれ、全身をずぶ濡れにさせながら、あかりのもとへ近づこうとする、が)」
ゆかり、歩き出した一歩目で膝が崩れる。
膝をつき、苦しく胸を押さえる。
結月ゆかり「(荒い息。呼吸がぎこちない。普段そこまで使わない肺で強く呼吸)……力が、もう」
ゆかり、膝立ちのままなんとか進む。
濡れそぼったゆかりの体、強風に煽られ寒さに震える。
右半身の傷から血を流し続ける。
ゆかり、あかりのもとへ辿り着く。
結月ゆかり「(強い声で)あかりさん」
あかり、何も応えない。
毒々しい極彩色の塊が、人の形をしているよう。
その七色の焦げもどんどん明るさを落とし、黒ずんでいく。
結月ゆかり「あの性悪どもはもういないようですが」
ゆかり、折れてない方の手であかりに触れる。
手から粘糸を伸ばし、あかりの体を診る。眉根を寄せる。
結月ゆかり「人の肉が足りない。熱も……人体を維持するための力をごっそり持っていかれた」
あかりの体を診ていた糸、そのままあかりの七色の表面を突き破り内部へ侵入。続々と粘糸群が潜り込む。
結月ゆかり「……あなたもたいがい、たちが悪い」
ゆかり、肩胛骨のあたりから木の根に似た触腕を伸ばす。
大量の水を吸った砂浜に触腕を突き刺し、地中で枝分かれさせ伸長。地面の水分が干涸らびていく。
同時に多量の粘糸も空中に放出。ゆかりに叩き付けられる風が急速に弱まる。
水と風を喰う勢いに比例して、あかりの体内に潜り込む糸の量が増していく。
しかし。
結月ゆかり「(苦々しく顔を歪め)……足らない。糸たちが短い。窒素を分解しきれない。炭素源も遠い。台風からエネルギーを奪えるはずなのに」
ゆかり、震える。
結月ゆかり「嵐を食べるだけの力が、残ってない……」
雨と風を吸い込む触手の範囲は、ゆかりの周囲に限定されている。
少しずつその範囲を広げてはいるが、あかりの体が黒く変色する速度の方が断然早い。
ゆかり、その黒化を止められない。
結月ゆかり「(初めて使うような、ぎこちない悪態で)……くそ」
ゆかり、力なくうなだれる。自身の頭をあかりの頭に近付ける。
結月ゆかり「あかりさん……」
――――――頭上から、怪奇音。
虫の羽音と電子雑音をごちゃ混ぜにしたような、名状しがたい奇妙な大音声。
異形の高笑い。
ゆかり、見上げる。
暗黒の曇天。
舞っている。
金と銀の粒子。
黒い空を背景に、粒子達が形を変える。
" よ き あ そ び に "
" む く い を "
粒子の字、怪音とともに爆ぜて散って消える。
ごろごろという低音の唸り、緊迫する空気。
結月ゆかり「(はっとして、背中から羽枝を生やす)」
羽枝、空へ素早くまっすぐ伸びる。
天に閃光。
稲光と霹靂。海を灼く。雷が奔る。
稲妻、ゆかりに落ちる。羽枝に直撃。
雷鼓が響き渡る。
ゆかりの全身が発光、帯電。
体の傷があっという間に治る。ひしゃげていた右腕も高速で修復。力に満ちる。
結月ゆかり「(両手でしっかり、あかりの頭を包む)」
ゆかり、ぐっと背中を丸める。
背からいくつもの羽枝を新たに伸ばす。羽枝の表面には半透明の皮膜。
羽枝は大きく上空へ広がり、貪欲に嵐を吸い上げていく。
ぞぶり、と下半身から内臓めいた触腕が数多も這い出てくる。
触腕は既に地中に刺さっているものも含め、浜辺はおろか海中やコンクリート堤防、その先に広がる街や森へ瞬く間に伸びていく。
触腕の表面からより細かい粘糸が伸びる。小さな隙間、微粒の物質、そういった些細な場所や物からも、エネルギーや養分を貪っていく。
あかりに潜り込んでいる粘糸、一気にその量と勢いを増す。
糸を通してゆかりから光が注がれる。光は夜光虫のような輝き方に変換され、次々とあかりの体内を駆け巡る。
あかりの黒ずむ速度が明らかに鈍っていく。
結月ゆかり「……(目を軽く瞑りながら、そっと、あかりの頭に口付ける)」
町中に張り巡らされた触腕の根から、羽枝の大触手があちこちでそそり立つ。
(その大きさは"さんがむりや"顕現時に匹敵した)
(この触手たちは常人の眼には見えない)
しかし犬も猫も吼え立て、鳥という鳥は喚き、人間の子供が泣き叫ぶ。
嵐に遊んでいた不可視の生物達でさえ、次々と海の彼方へ逃げていく。
街を襲う嵐の力を、群生した大触手が奪い去る。
(大触手の根元から伸びる微細な触糸が、人間も鳥獣も問わず、虫や魚、一木一草に至るまで、僅かだがその熱と肉をかすめ取っていく)
光を注がれるあかりの体、玉虫色から淡い青へ変色する。
発光する糸がその体を完全に包み込む。完全変態する虫の繭のように。
紲星あかり「(徐々に光る糸が解けていく。その糸の下から少しずつ見えてくる、生身の人体。傷ひとつ無い、紲星あかり)」
結月ゆかり「―――(糸に包まれたままのあかりを、ぎゅっと抱き寄せる)」
嵐を貪る大羽枝の数、次々と増えていく。
根も糸もそれに合わせて量と範囲を広げていく。
(それはまるで森だった)
("さんがむりや"の森)
不可視の森が街を覆い、
嵐を嘘のように消してしまうまで。
ゆかりはあかりを抱きしめていた。
あらそいが終わった。