月、ころてる   作:鈴本恭一

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第3幕・第10章:決着

○海の浜辺(昼)

 

 

 "さんがむりや"を中心に広がる、青い空間の裂け目。

 その青い切れ目から、真っ白な烈光が唐突に吹き出る。

 

 "さんがむりや"自身も発光。異形の音を立てながら光の柱になる。

 光の柱、天を衝く。海岸が光に包まれる。

 (町のどこからでも、その光景を見ることが出来た)

 

 光が全て消え去る。

 

 "さんがむりや"は消失。青い空間の断面も同じく。

 

 

 代わりに、ゆかりとあかり、嵐の海岸に出現。

 

 

結月ゆかり「……(槍を持っていた右腕がひしゃげ、腕の皮膚が全て爛れている。爛れは裂傷を伴って肩や首にも広がっている)」

 

 ゆかり、あかりを見る。

 

 あかり、身体が玉虫色の塊になっている。

 尋常の人の表面はひとつもなく、極彩色の煙をぶすぶすとあげている。全身が虹色に炭化していた。

 

結月ゆかり「あかりさん……」

 

 ゆかりの呼びかけに応えはない。虹色の塊、ぴくりとも動かない。

 ただの塊のように。

 

結月ゆかり「(激しい雨に打たれ、全身をずぶ濡れにさせながら、あかりのもとへ近づこうとする、が)」

 

 ゆかり、歩き出した一歩目で膝が崩れる。

 

 膝をつき、苦しく胸を押さえる。

 

結月ゆかり「(荒い息。呼吸がぎこちない。普段そこまで使わない肺で強く呼吸)……力が、もう」

 

 ゆかり、膝立ちのままなんとか進む。

 濡れそぼったゆかりの体、強風に煽られ寒さに震える。

 右半身の傷から血を流し続ける。

 ゆかり、あかりのもとへ辿り着く。

 

結月ゆかり「(強い声で)あかりさん」

 

 あかり、何も応えない。

 毒々しい極彩色の塊が、人の形をしているよう。

 その七色の焦げもどんどん明るさを落とし、黒ずんでいく。

 

結月ゆかり「あの性悪どもはもういないようですが」

 

 ゆかり、折れてない方の手であかりに触れる。

 手から粘糸を伸ばし、あかりの体を診る。眉根を寄せる。

 

結月ゆかり「人の肉が足りない。熱も……人体を維持するための力をごっそり持っていかれた」

 

 あかりの体を診ていた糸、そのままあかりの七色の表面を突き破り内部へ侵入。続々と粘糸群が潜り込む。

 

結月ゆかり「……あなたもたいがい、たちが悪い」

 

 ゆかり、肩胛骨のあたりから木の根に似た触腕を伸ばす。

 大量の水を吸った砂浜に触腕を突き刺し、地中で枝分かれさせ伸長。地面の水分が干涸らびていく。

 同時に多量の粘糸も空中に放出。ゆかりに叩き付けられる風が急速に弱まる。

 

 水と風を喰う勢いに比例して、あかりの体内に潜り込む糸の量が増していく。

 しかし。

 

結月ゆかり「(苦々しく顔を歪め)……足らない。糸たちが短い。窒素を分解しきれない。炭素源も遠い。台風からエネルギーを奪えるはずなのに」

 

 ゆかり、震える。

 

結月ゆかり「嵐を食べるだけの力が、残ってない……」

 

 雨と風を吸い込む触手の範囲は、ゆかりの周囲に限定されている。

 少しずつその範囲を広げてはいるが、あかりの体が黒く変色する速度の方が断然早い。

 ゆかり、その黒化を止められない。

 

結月ゆかり「(初めて使うような、ぎこちない悪態で)……くそ」

 

 ゆかり、力なくうなだれる。自身の頭をあかりの頭に近付ける。

 

結月ゆかり「あかりさん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――頭上から、怪奇音。

 

 

 

 虫の羽音と電子雑音をごちゃ混ぜにしたような、名状しがたい奇妙な大音声。

 異形の高笑い。

 

 

 

 ゆかり、見上げる。

 

 暗黒の曇天。

 舞っている。

 金と銀の粒子。

 

 

 黒い空を背景に、粒子達が形を変える。

 

 

 

 

 

 

   " よ き  あ そ び  に "

 

       " む く い を "

 

 

 

 

 粒子の字、怪音とともに爆ぜて散って消える。

 

 ごろごろという低音の唸り、緊迫する空気。

 

結月ゆかり「(はっとして、背中から羽枝を生やす)」

 

 羽枝、空へ素早くまっすぐ伸びる。

 

 

 

 

 天に閃光。

 

 稲光と霹靂。海を灼く。雷が奔る。

 

 

 

 稲妻、ゆかりに落ちる。羽枝に直撃。

 雷鼓が響き渡る。

 

 ゆかりの全身が発光、帯電。

 体の傷があっという間に治る。ひしゃげていた右腕も高速で修復。力に満ちる。

 

結月ゆかり「(両手でしっかり、あかりの頭を包む)」

 

 ゆかり、ぐっと背中を丸める。

 背からいくつもの羽枝を新たに伸ばす。羽枝の表面には半透明の皮膜。

 羽枝は大きく上空へ広がり、貪欲に嵐を吸い上げていく。

 ぞぶり、と下半身から内臓めいた触腕が数多も這い出てくる。

 触腕は既に地中に刺さっているものも含め、浜辺はおろか海中やコンクリート堤防、その先に広がる街や森へ瞬く間に伸びていく。

 触腕の表面からより細かい粘糸が伸びる。小さな隙間、微粒の物質、そういった些細な場所や物からも、エネルギーや養分を貪っていく。

 

 あかりに潜り込んでいる粘糸、一気にその量と勢いを増す。

 糸を通してゆかりから光が注がれる。光は夜光虫のような輝き方に変換され、次々とあかりの体内を駆け巡る。

 あかりの黒ずむ速度が明らかに鈍っていく。

 

結月ゆかり「……(目を軽く瞑りながら、そっと、あかりの頭に口付ける)」

 

 町中に張り巡らされた触腕の根から、羽枝の大触手があちこちでそそり立つ。

 (その大きさは"さんがむりや"顕現時に匹敵した)

 (この触手たちは常人の眼には見えない)

 しかし犬も猫も吼え立て、鳥という鳥は喚き、人間の子供が泣き叫ぶ。

 嵐に遊んでいた不可視の生物達でさえ、次々と海の彼方へ逃げていく。

 

 街を襲う嵐の力を、群生した大触手が奪い去る。

 (大触手の根元から伸びる微細な触糸が、人間も鳥獣も問わず、虫や魚、一木一草に至るまで、僅かだがその熱と肉をかすめ取っていく)

 

 

 光を注がれるあかりの体、玉虫色から淡い青へ変色する。

 発光する糸がその体を完全に包み込む。完全変態する虫の繭のように。

 

 

紲星あかり「(徐々に光る糸が解けていく。その糸の下から少しずつ見えてくる、生身の人体。傷ひとつ無い、紲星あかり)」

 

結月ゆかり「―――(糸に包まれたままのあかりを、ぎゅっと抱き寄せる)」

 

 

 嵐を貪る大羽枝の数、次々と増えていく。

 根も糸もそれに合わせて量と範囲を広げていく。

 

 (それはまるで森だった)

 ("さんがむりや"の森)

 

 不可視の森が街を覆い、

 嵐を嘘のように消してしまうまで。

 

 

 ゆかりはあかりを抱きしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あらそいが終わった。

 

 

 

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