○結月家・ゆかりの部屋(夜)
あかり、ゆかりのベッドに横たわる。
ゆかり、椅子に座りながらあかりを眺める。
紲星あかり「……っ(目覚める)」
あかり、戸惑いながら天井を眺め、はっとして周りを見回す。
結月ゆかり「起きましたか」
紲星あかり「……ゆかりさん」
結月ゆかり「動けますか?」
紲星あかり「(ゆっくりと上体を起こす。手を握り、開き、また握る)……大丈夫」
結月ゆかり「よかった」
紲星あかり「(ベッドから降り、立ち上がる。少しふらつきながら)ゆかりさん、が?」
結月ゆかり「そうです。あなたが死にかけていたので」
ゆかり、おもむろにあかりを平手打ち。
乾いた音が響く。
紲星あかり「!(叩かれた頬を赤くし、きっ、とゆかりを強く見つめ、平手でゆかりの顔を殴り返す)」
ゆかり、頬を殴られる。
赤い痕が付く。
紲星あかり「(ゆかりの赤い痕に息を呑む)」
結月ゆかり「(平板な声音)あなたは、死ぬところだったんです」
紲星あかり「ゆかりさんだって同じことしようとしてた」
結月ゆかり「私は死ぬわけではありません」
紲星あかり「二度と会えないなら、同じだよ」
結月ゆかり「……」
紲星あかり「……」
ふたり、見つめ合う。
沈黙が続く。
しばしの後、
ぐうぅ、と鳴動音。
あかりの腹から。
結月ゆかり「……」
紲星あかり「……」
結月ゆかり「……食事にしましょう。食べたあとで、ゆっくり講和会議を開きましょう」
紲星あかり「講和会議?」
紲星あかり「ゆかりさんあかりさん戦争はこのゆかりさんの勝利に終わりましたが、お互い共倒れ寸前のピュロスの勝利なので、手打ちにしようと言うことです」
紲星あかり「(ゆかりの言葉を一拍かけて呑み込み、はっとなってうゆかりを凝視。そのあと、部屋の窓の外を見やる。嵐があったとは思えないゆっくりとした空模様)……ゆかりさん、なんで」
あかり、わななく。
紲星あかり「なんで、私――――あの生き物が視えないの?」
ゆかり、わずかに目を瞑り、
結月ゆかり「食事にしましょう。父も母も待っています」
○結月家・ダイニングルーム(夜)
食卓を囲う四人(あかり、ゆかり、ゆかり父母)。
食卓には大量の食事(サフランライス、ビーフシチュー、タンドリーチキン、サーモンのマリネ、アボガドとベーコンのサラダ、トマトとモッツァレラチーズのインサラータ・カプレーゼ)
テーブル中央の大皿に盛られたサフランライスを、各自が必要な分だけ取って食べるスタイル。
紲星あかり「……(戸惑いながら、サフランライスを自分の取り皿にすくう)」
あかり、ライスをおそるおそる口にする。
紲星あかり「!!(目を瞠る)」
あかり、ライスを何度も何度も噛み締め、一飲みにする。
そして慌てて食卓上の料理へ手を伸ばし、恐ろしい勢いで咀嚼していく。
紲星あかり「……ゆかりさん!」
結月ゆかり「はい」
紲星あかり「おいしい!」
結月ゆかり「はい」
紲星あかり「……おいしいよ(言って、涙を流す)」
結月ゆかり「そうでしょう」
紲星あかり「どうして…?」
結月ゆかり「我が家の料理ですから」
紲星あかり「そうじゃな――…」
あかり、言いかけ、やめて、食べ続ける。
ゆかり父「あかりちゃん、もう大丈夫?」
紲星あかり「大丈夫です! おいしいです!」
ゆかり父「(あかりの応えに苦笑しつつ、窓の外を見やる。町並み。海の方。それからあかりとゆかりを見て、小さく首を横に振る)」
ゆかり母「ご飯足りる? 何か作る?」
紲星あかり「あ、ごめん。私ばっかり食べてて」
結月ゆかり「栄養とエネルギーを、あかりさんの体が欲しがっているのです。体を動かしたり維持したりする力が足りないので」
ゆかり、スプーンを手にする。
結月ゆかり「手っ取り早くエネルギーを作るには、食べ物を分解して熱量を得るのが一番です」
ゆかり、言いながら、大皿のサフランライスをスプーンですくい、自分の皿によそう。
ゆかり、ライスを口に含む。
ゆかり、食べる。
紲星あかり「……」
ゆかり父「……」
ゆかり母「……」
ゆかり以外の全員、目を大きく見開く。動きを止める。
食卓に静寂が降りる。
ゆかり、全員の注目を浴びながら、サフランライスを咀嚼。
結月ゆかり「(ぎこちなく、一度に飲み下せず、何度も小分けし、ようやく喉の奥に押し込む。特段感情のない声で)……肉ではない胃腸が誰かさんのせいで荒れているので、肉でできた胃腸を使わざるをえないのです」
紲星あかり「ゆかりさん、もしかして、おなか、空いてるの?」
結月ゆかり「……そうなります」
あかり、がばっとゆかり母に振り向く。
紲星あかり「ごめんなさい、やっぱり何か―――」
ゆかり母「(あかりの台詞を遮り)うん、分かった」
ゆかり母、慌てて席を立ち、台所に行く。
ゆかり父「ごめん」
ゆかり父、あかりとゆかりに断ってから台所に行く。
食卓の2人からは見えないところに結月夫妻が移動。
台所から、すすり泣く声。
紲星あかり「(ゆかりを見る)」
結月ゆかり「(誰にも目を向けず、黙々と料理を食べる。箸の使い方が覚束ない。ときどき具材をこぼす)」
紲星あかり「(何も言わず、自分も食べ続ける)」
ゆかり母、ホウレン草のソテーを運んで食卓に着く。
ゆかり父、白菜の浅漬けとザワークラウトをタッパーごと持ってくる。
4人、食卓を囲う。
皆で食事をする。
夏の夜。
○結月家・ゆかりの部屋(夜)
ゆかり、ベッドに力なく横たわる。
結月ゆかり「お腹が痛いです。食べ過ぎました」
紲星あかり「(椅子に座りながら)え、そんなに食べてないでしょ?」
結月ゆかり「あかりさんと違って、この肉体の胃腸は緊急用の補助器官にすぎないのです」
紲星あかり「いつもは"さんがむりや"がご飯作ってるもんね」
結月ゆかり「普段なら、口から取り入れる必要も、それを排出する必要もないですから」
紲星あかり「ゆかりさん大丈夫? トイレの場所分かる?」
結月ゆかり「実はウォシュレットの使い方が分かりません」
紲星あかり「ゆかりさん……」
結月ゆかり「とにかく今日はもう寝ましょう。お互い、休息と修理で忙しいですし」
紲星あかり「講和会議は?」
結月ゆかり「(眠たげな声音)明日、ゆっくり休んで、落ち着いてから、お話ししましょう」
紲星あかり「……一緒に寝ていい?」
結月ゆかり「どうぞ」
あかり、椅子から跳ね上がり、猫のように丸まってベッドへ潜り込む。ゆかりに体を添わせて寝る。
ゆかり、布団をあかりに掛けながら、リモコンで部屋の照明を消す。
暗くなる部屋。
結月ゆかり「(自分の腕をあかりの枕にさせて)あかりさんは体温が高いですね」
紲星あかり「ゆかりさんはひんやりしてる。気持ちいい」
結月ゆかり「あかりさんの中にいる分身の方が、私の本体の方より活発になっているのも、面白いですね」
紲星あかり「うん?」
結月ゆかり「貯蓄空間は本体も分身も共有してるので、年貢の取り立てが楽しみです。悪代官の気分ですね」
紲星あかり「なんの話?」
結月ゆかり「"さんがむりや"の分身があかりさんの中にいる、という話です」
紲星あかり「……え?」
結月ゆかり「おやすみなさい」
紲星あかり「いやそこで寝ないでよ! こっちは寝れなくなるよ!」
結月ゆかり「(睡魔に負けている声)……明日に、しましょう。ゆかりさん史上最高に眠いので」
紲星あかり「そんな」
結月ゆかり「明日です。明日なら、ちゃんと」
ゆかり、あかりの頭を撫でながら、
結月ゆかり「ちゃんと、あなたといますから」
ゆかり、眠りに落ちる。
あかり、ゆかりの寝顔をまじまじと見詰め、ぎゅっとゆかりに抱きつきながら、自分も眠る。
○海辺へ続く坂道(昼)
ゆかりとあかり、坂を降っていく。
台風一過の晴れやかな青空の下、車道に近い方を歩くゆかり、平坦な口調で言う。
結月ゆかり「やはり台風はいいです」
紲星あかり「そうなの?」
結月ゆかり「そうなのです。この街全体に網を張って台風のエネルギーを掠め取ったのですが、それでも台風本体にとっては大したことでないらしく、そのまま北上していきました」
紲星あかり「それのどのへんがいいの?」
結月ゆかり「地上のしがらみも何もかも一顧だにせず、圧倒的なエネルギーと規模でひたすら我が道を進む存在感がたまりません」
紲星あかり「強そう」
結月ゆかり「実際強いので」
紲星あかり「"さんがむりや"でも勝てない?」
結月ゆかり「……あかりさんが、どうしてあの生き物達を見れないのかは、私にも分かりません」
ゆかり、青空を見上げる。
結月ゆかり「あの性悪が霊感さえもぎ取っていったのか、"さんがむりや"の修復に手違いがあったのか、それとも一気に感覚と能力を使いすぎた反動なのか……残念ながらよく分かりません」
紲星あかり「戻るのかな」
結月ゆかり「分かりません。ただ、少なくともあの生き物達があかりさんに住み着く心配はないので、そこはご安心下さい」
紲星あかり「……"さんがむりや"の分身がいるから?」
結月ゆかり「そうです。あなたを修復する際、体中に植え付けました。骨や血肉、細胞の隅々にまで分身の糸が張り巡らされています。つまり、」
ゆかり、心底重たく溜息をつき、
結月ゆかり「あなたは私と同じになりました」
紲星あかり「ゆかりさんと、同じ……」
結月ゆかり「と言っても、あかりさんの意思に"さんがむりや"が応じるわけではないですし、水と空気をご飯にできるわけでもありません。今まで通りエネルギーは三大栄養素と酸素です」
紲星あかり「え、じゃあ私に分身残してる意味は?」
結月ゆかり「あかりさんはゆかりさんの植民地ですから」
さらりと言われ、あかり、唇を噛み締める。
紲星あかり「……負けちゃったんだね、私」
結月ゆかり「はい。私の勝利です。宣言通りあかりさんは同居人の支配下に置かれ、その摂取エネルギーを私に貢ぐ形になります。年貢のように」
紲星あかり「年貢」
結月ゆかり「税金のことです。以後、ゆかりさんはあかりさんの宗主となり、あかりさんの体内環境の運営権を行使できます」
紲星あかり「つまり?」
結月ゆかり「あなたは私のものです」
紲星あかり「(はっと息を呑む)……いいの?」
結月ゆかり「期限付きですが」
紲星あかり「?」
結月ゆかり「私がここではないどこかに行くためのエネルギーを、昨日の戦争で使い果たしました。さらに最後の頼みの綱だった台風も、誰かさんを救命するのにほとんど使ってしまったので、現状エネルギーの貯蓄がありません」
紲星あかり「だって」
結月ゆかり「だって?」
紲星あかり「ゆかりさん、私のこと好きって言ったから。だから絶対に助けてくれるって思った」
結月ゆかり「……どこでそんな悪魔的なこと覚えたんですか」
ゆかり、肩を上下させ、溜息。
結月ゆかり「またエネルギーを貯めなくてはなりません。ここではないところに行くための」
紲星あかり「私から吸い上げた力で?」
結月ゆかり「そうです。もっとも、あかりさんを健全に運営しながらなので強引な税収はできず、けっこうな時間が掛かるでしょう」
紲星あかり「……来年とかじゃなくて?」
結月ゆかり「来年は流石に無理です。火力発電所を乗っ取って地方一帯を停電に陥らせる、みたいな強攻策をとらない限り」
紲星あかり「つまり私はゆかりさん専用の人間火力発電所ってこと? 胃はそのボイラー室?」
結月ゆかり「そうなります」
紲星あかり「私が食べ過ぎたら、そのご飯はゆかりさんのお腹に行くってこと?」
結月ゆかり「そうなります」
紲星あかり「つまりいくら食べても大丈夫ってこと? むしろいっぱい食べた方が良いってこと?」
結月ゆかり「……そうなります」
紲星あかり「すごいよゆかりさん!」
あかり、顔を輝かせてから、はたと気付く。
紲星あかり「(みるみる顔を不安にさせて)でも力が溜まったら、また行っちゃうの?」
結月ゆかり「それはあかりさん次第ですね」
ゆかり、ふふっと笑う。
あかり、ゆかりの笑顔に瞠る。
結月ゆかり「あかりさんが何もしなければ、私はあかりさんを奴隷にしてストレスの捌け口にしてさんざん弄んだ挙げ句にぽいっと捨てて一人どこかに行きます。そういう話でしたよね?」
紲星あかり「ゆかりさん……」
結月ゆかり「あかりさんに猶予をあげます」
ゆかり、あかりよりも前へ進み、坂を下る。距離を作る。
ゆかり、くるりと振り返る。あかりを見上げる。
あかり、ゆかりの表情がよく見える。
結月ゆかり「(穏やかに微笑み)私を、守ってくれるのでしょう?」
紲星あかり「―――……!」
あかり、ゆかりのもとへ駆け出す。
距離が縮まる。
あかり、ゆかりの手を掴む。
ゆかり、あかりの手を握り、振り返って坂を下りていく。
結月ゆかり「あの生き物達も見えず、性悪達の力も借りられず、同居人にも接触できないあかりさんが、どこまで抗えるのか楽しみです」
紲星あかり「視えない私は、好きじゃない?」
結月ゆかり「そういうの、本当にどこで覚えてくるんです?」
ふたり、手をつないだまま歩く。
笑ったまま。
夏空の下。
真昼の白い月の下で。
ふたり。
(終幕)