月、ころてる   作:鈴本恭一

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第1幕・第2章:廃材置き場

○結月家の台所(昼食後)

 

  ゆかり母、皿を洗っている。

  あかり、居間から現れる。

 

紲星あかり「あれ、ゆかりさんは?」

ゆかり母「え、いない?」

紲星あかり「どこにも。昼食のとき、茹でた麺を持ってきてくれたのが最後」

ゆかり母「(溜息とともに)ああ、じゃあきっといつもの廃材置き場ね」

紲星あかり「廃材?」

ゆかり母「表の通りを海の方に進んで、ふたつ目の信号の所にあるの。あの子、食事のときはいつもあそこにいるのよ」

紲星あかり「なんで?」

ゆかり母「(目をそらしながら)……さあ、私には分からないわ。ゆかりに何かご用だった?」

紲星あかり「あの、学校の宿題があるから、図書館の場所を教えて欲しかったの」

ゆかり母「まあ、うっかりしてた! それを教えてなかったなんて……ああ、でもあの子、携帯電話とか持ってないから、洗い物が終わったら私が図書館まで一緒に行ってあげる」

紲星あかり「いいの?」

ゆかり母「(ゆっくりと穏やかに微笑み)あなたのお母さんから、あなたのことを頼まれてるの。それくらい全然平気」

紲星あかり「ありがとう!」

 

○結月家の車内(運転中。図書館からの帰り・夕方)

 

  ゆかり母、運転席。

  あかり、助手席。

 

紲星あかり「あの、帰りにゆかりさんのところに寄ってもいい?」

ゆかり母「それはかまわないけど、あの子を車で拾うことはできないわ。多分まだしばらくあの廃材置き場にいたいと思うから」

紲星あかり「ゆかりさんはそこで何してるの?」

ゆかり母「(表情を陰らせ)……ごめんなさい。私には理解できないの」

紲星あかり「(少々わざとらしく朗らかに)じゃあ、ゆかりさんと一緒に帰るね。図書館、ありがとうございました」

ゆかり母「大丈夫?」

紲星あかり「ゆかりさんと一緒は、心配?」

ゆかり母「心配と言えば心配だし、心配ないと言えば心配ないし……」

紲星あかり「だめ、ですか?」

ゆかり母「いえ、大丈夫。あの子もあなたを気に入ってたみたいだし」

 

○廃材置き場前(夕方)

 

  あかり、車を降りてゆかり母にお辞儀。

  ゆかり母、車を出す。

  あかり、廃材置き場へ進む。

 

○廃材置き場(夕方)

 

 

  廃棄された材木、プラスチック製品、鉄骨、スクラップ、廃車のフレーム、そういった雑多な有象無象が山となって積まれている。

  ゆかり、その塵芥の山の頂に、佇む。

  音も風もない。

  その一角だけ空気が変容しているような、異質な雰囲気。

  鈍く重たい夏の青空を背景に、悠然と、まっすぐに、ゆかりは立っている。

 

紲星あかり「(ゆかりを見て、息を呑む)……」

 

  しばし無言の間を置いて、

 

結月ゆかり「(あかりの方を見ないまま)あかりさん、どうかしましたか?」

紲星あかり「……図書館を案内してもらってたの。ゆかりさんと一緒に帰ろうと思って」

結月ゆかり「ああ、それは申し訳ありません。少し、栄養分を調達していたもので」

紲星あかり「栄養って?」

結月ゆかり「空気中の窒素と、廃材の炭素と、ここからでは見えませんが地下の水道管からの水ですね」

紲星あかり「……?」

結月ゆかり「窒素と炭素と酸素と水素があれば、だいたいの有機化合物が賄えます。ミネラル分は合成できませんから、後で海に行きますが」

紲星あかり「ゆかりさんは空気を食べてるの?」

結月ゆかり「仙人ではないので霞だけというわけにはいきませんが、概ねその通りです」

紲星あかり「だから、おそば食べられなかったの?」

結月ゆかり「……概ねその通りです」

紲星あかり「普通のご飯は食べられないの?」

結月ゆかり「口を使って養分を摂取することは可能です。単にしないだけです」

紲星あかり「どうして?」

結月ゆかり「追々お話ししましょう。少々込み入った話なので」

 

  ゆかり、重さのない動きで廃材の山から下りる。

  そのまま、あかりへ手を差し出す。

 

結月ゆかり「お手を拝借しても?」

紲星あかり「(小首を傾げながら)いいよ」

 

  あかり、ゆかりの手を握る。

  ゆかり、そっと出口に向かって歩き出す。

 

 

○結月家への帰り道(夕方)

 

  ふたり、手をつないで歩く。

  身長差があるので、ゆかりが意識的にゆっくりと歩を進めている。

 

結月ゆかり「あかりさんのお母様とゆかりさんの母は姉妹ですが、その母親、つまり私達の祖母は、あの生き物達が見える人でした」

紲星あかり「そうなの? ゆかりさん、おばあちゃんに会ったことあるの? 私ないよ?」

結月ゆかり「私もお会いしたのは一度だけです。子供の頃に。こことは別の、もっと山奥の地方におひとりで住んでいました」

 

  ゆかり、懐かしそうに目を細める。

 

○(回想)ゆかりの祖母の家(夜)

 

  純和風の一室。暗く狭い。

  幼いゆかり、ゆかり祖母の膝に抱かれている。

 

ゆかり祖母「あたしらの先祖はね、他の連中には見えないもんが見えてたんだがね、馬鹿なもんで、下手打ってしくじりやがってね」

ゆかり(幼)「何に?」

ゆかり祖母「下心もなく明け透けに、見えない連中へそういうのを教えちまったのさ」

ゆかり(幼)「いけなかったの?」

ゆかり祖母「見えない連中に親切心で教えてたら、気付けばこんなとこに追いやられてたそうだよ。そのあと涙ぐましく頑張って見えない連中の血を入れて入れて、見えるモンが滅多に出ないようにしたらしい、けど、お生憎様」

 

  ゆかり祖母、ひひひ、と冷たい嘲笑をあげる。

 

ゆかり祖母「残念ながらあたしみたいな、見えるモンが時々出ちまうのさ。どう頑張ってもね。おかげで親戚中から除け者にされちまった」

ゆかり(幼)「なぜ?」

ゆかり祖母「見える者と見えない奴は一緒に暮らせないのさ。一人寂しいのがイヤだってんなら、見えないように振る舞いな」

ゆかり(幼)「手遅れだと思う」

ゆかり祖母「(おかしそうに)そうなのかい? 運がねえなあ」

 

  ゆかり祖母、ひひひ、と笑う。

 

 

○結月家への帰り道(夕方)

 

 

結月ゆかり「祖母が私に言いました。あの生き物達は、自分たちを見ることのできる人間に気付くと、積極的に絡んでくるそうです」

紲星あかり「絡まれると、どうなるの?」

結月ゆかり「面白がって殺すか、無理やり体の中に住み着くか」

紲星あかり「住むの?」

結月ゆかり「……あの目に見えない生き物達には、棲み家にしている深度みたいなものがあります」

紲星あかり「? なんの話?」

結月ゆかり「水の中に入らなくても、水面近くで遊ぶ小魚は目に見えます。あかりさんが見ているものは、それなのです」

紲星あかり「(訝しくゆかりを見上げる)?」

結月ゆかり「より深いところに棲んでいる生き物は、より目を凝らすか、水の中に入らなければ見ることが出来ません。だから、今のあかりさんには見えないのです」

紲星あかり「……何を?」

 

  ゆかり、足を止める。

 

結月ゆかり「見える人でも見ることの出来ない、深いところに棲む生き物」

 

  ゆかり、空いている手で自分の喉笛を指さす。

 

結月ゆかり「このゆかりさんに棲んでいるものとは、それなのです」

 

  あかり、目を丸くして、ゆかりの全身、頭から爪先までを凝視する。

 

紲星あかり「何も見えないよ?」

結月ゆかり「見えなくて良いのです。見えてしまえば、あかりさんはますます見えない人々から離れることになります」

 

  ゆかり、歩みを再開する。

  あかりも手を握ったまま、それに着いていく。

 

紲星あかり「でもね、ゆかりさん」

結月ゆかり「はい」

紲星あかり「私は、もう、手遅れな気がするんだ」

結月ゆかり「……」

 

  ゆかり、何かを言い掛け、口を開く。

  刹那の後、弾かれたように上空を見上げるゆかり。

 

結月ゆかり「(鋭く)――離れないで」

 

  あかり、不意にゆかりから強く引き寄せられる。

  驚くあかりの視界で、周囲の色調が変化する。

  建物も街路樹も空も、色の鮮やかさを瞬く間に無くしていく。

  何もかもが灰色に近付く中、擦過音が低く響く。

 

  あかり達にほど近い、車道沿いの電柱に、何かが巻き付いている。

 

結月ゆかり「あかりさん、見えますか? 電柱にいるあれです」

紲星あかり「……見える。ヘビみたいに細長いの。とっても長い。ぶよぶよの胴体で、節くれ立ってる。でも頭がない。イソギンチャクみたいに、触手が何本も生えてる……こっち、向いた。こっちを見てる」

結月ゆかり「私から離れないで」

 

  ゆかり、さらに強くあかりを引き寄せる。

  あかり、ゆかりの服を掴み、握りしめる。

 

紲星あかり「ゆかりさん……こっちに来る。触手を長く伸ばして、いっぱい向けてる」

結月ゆかり「あかりさんを狙っているのです」

 

  ゆかり、半身をやや前に出し、あかりを庇うように構える。

 

結月ゆかり「(冷然と)よそ者ですね」

 

  ゆかり、空いている腕を前にかざす。

 

結月ゆかり「この辺りは誰の縄張りでもないとは言え、ゆかりさんが近くにいるのに堂々と襲ってくるとは、なかなかの蛮勇です」

 

  あかり、突然ぞくっと震える。

  何かに撫でられたような感触。

  しかし何も見えない。

 

結月ゆかり「(自動装置めいた冷たさで)このゆかりさんは淑女として名高いので、まず警告します。私の従姉妹にそれ以上近付くなら、私の同居人が徹底的に消化吸収します」

紲星あかり「(焦りと不安に顔を歪ませ)ゆかりさん、あれ、全然こっちの話聞いてないよ……どんどん近寄ってくる」

結月ゆかり「最後の通告です。それ以上接近すれば、捕食を開始します」

紲星あかり「ゆかりさん! 来る!」

結月ゆかり「―――やりなさい」

 

  景色に罅が走る。

  灰色の建物や道路、空や雲に至るまで、あちこちで細かく大きな罅割れが生まれ、あっという間にあかりの視界全てを覆ってしまう。

  そして音もなく、その罅が破裂する。

  砕かれた罅の細片が粉雪のように舞い散る。

  その向こうから、正常に色づく元の世界が現れる。灰色の覆いを取り払われた、通常の町並み。

  その日常的な道路の上に、あの異形の生物がのたうち回っている。

 

結月ゆかり「同居人の張った網にも気付かないのに、よくゆかりさんの警告を無視する気になりましたね」

紲星あかり「ゆかりさん…?」

結月ゆかり「もう心配いりいません。人間に住み着かない状態で私に勝てるほど、力の強い生き物ではありませんでした」

紲星あかり「何をしたの?」

結月ゆかり「同居人があれを糸状の触手で絡め取りました。触手はそのまま表面を溶かし、内部に分身を植え付けています。ああして苦しみ藻掻いてるのはそのためですね」

紲星あかり「分身?」

結月ゆかり「分身は同居人が分裂したものです。侵入した内部で根を張りながら成長し、相手の様々な力を吸収して蝕みます。ほら、弱って抵抗できなくなっているでしょう?」

紲星あかり「ほんとだ。もうほとんど動かない」

結月ゆかり「そうしたら分解専門の触手で完全に溶かし、消化用の触手が吸収します。つまり同居人の養分です」

紲星あかり「どんどん溶けてく……アイスみたいにどろどろだ」

結月ゆかり「こうされるのが分かっていても、あかりさんに近付きたかったのですね」

紲星あかり「なんで?」

結月ゆかり「あかりさんが好みだったのでしょう。気持ちは分かります」

紲星あかり「ん?」

結月ゆかり「食べ終えました。帰りましょう」

 

  あの生き物の姿は完全に消え失せている。

  なんの変哲もない風景。

 

結月ゆかり「この通り以外はたいてい誰かの縄張りなので、さっきみたいなことは滅多に起きません。ご安心ください」

 

  ゆかり、何事もなかったような足取りで歩き出す。

  あかり、ゆかりに掴まりながらそれに着いていく。

 

 

 

 

 

○結月家・客間(夜)

 

  あかり、敷かれた布団に横たわる。

  ゆかり、その隣で寝そべり、うちわをあかりへ仰いでいる。

 

結月ゆかり「なぜあの生き物たちが人間の中に棲みたがるのかは、私にもよく分かりません。しかし律儀なもので、家賃もきちんと払ってくれます」

紲星あかり「家賃って?」

結月ゆかり「人間の体は熱で動きます。その熱は、熱を生む物質から作られます。この熱物質を生産するのに、普通は栄養と酸素を必要とします」

紲星あかり「(困惑し)え、理科の授業なの?」

結月ゆかり「しかし親愛なる同居人は独自のルートで熱物質の生産と貯蓄を行い、私の体に提供します。また各器官への栄養や酸素の供給、及び排出物の分解や再利用も行います」

紲星あかり「……全然わかんない」

結月ゆかり「(苦笑しながら)要は目に見えない血管や臓器が張り巡らされてると思ってください」

紲星あかり「ゆかりさんは、いつからそれと同居してるの?」

結月ゆかり「実のことを言うと、覚えていません。物心ついたときから一緒にいました。他の人、例えば両親にもこういうのが一緒にいるのだと当然のように思っていました」

紲星あかり「(一拍間を置き、重たい顔つきで)……ゆかりさんも」

結月ゆかり「……」

紲星あかり「ゆかりさんも、今まで仲良かった友達が、急に怖がって遊んでくれなくなったこと、ある?」

結月ゆかり「ないです」

紲星あかり「え――(驚きで体を起き上がらせ、ゆかりを見る)」

結月ゆかり「(表情を変えず)仲の良い友達がいませんので、あかりさんのような思いをしたことはないです」

 

  あかり、どんな反応をしていいのか分からない表情で、ゆかりを見る。

  ゆかり、そんなあかりへ小さく笑む。

 

結月ゆかり「そういうわけですので、私の過去の仲良し番付によりますと、あかりさんは現在一位にランクインしています」

紲星あかり「(驚き)え、一位でいいの?」

結月ゆかり「あなたが不快でないのなら」

紲星あかり「ううん、いい。一位がいい」

 

  あかり、表情を綻ばせながら、布団に横になる。

  ゆかり、静かにうちわで風を送る。

 

  初めて出会った日が終わる。

 

 

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