月、ころてる   作:鈴本恭一

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第1幕・第3章:水鉄砲、夏休み

紲星あかり「(M)そうして、私はゆかりさんと夏休みを共に過ごした。

 

 ゆかりさんは私のお願いをたくさん聞いてくれた。

 セミが捕りたいと言えば虫取りに付き合ってくれたり、水遊びがしたいと言えば水鉄砲を買いに行ってくれたり。

 

 とても優しかったから、私はすぐにゆかりさんが好きになった」

 

○駅前デパート・おもちゃ売り場(昼)

 

結月ゆかり「水鉄砲を買うのは初めてです」

紲星あかり「そうなの?」

結月ゆかり「撃ち合う相手がいないもので」

紲星あかり「じゃあ私がゆかりさんの初めてなんだね」

結月ゆかり「言い方」

 

○公園(昼)

 

結月ゆかり「ルールはどうしましょう?」

紲星あかり「ルール?」

結月ゆかり「競技では?」

紲星あかり「水鉄砲の?」

結月ゆかり「水鉄砲の」

紲星あかり「ルール……水鉄砲の……」

結月ゆかり「ではルール無用の残虐ファイトを致しましょうか」

紲星あかり「え、具体的に何されるの?」

結月ゆかり「あなたの武装は水鉄砲。対して私は非武装でいきます」

紲星あかり「なんで?」

結月ゆかり「水鉄砲では一度に一条しか撃てません」

紲星あかり「ゆかりさんは水鉄砲ないからゼロ条だよ」

結月ゆかり「ご安心ください。このゆかりさんは水鉄砲なしに水を放てます。機関銃のように情け容赦ない弾雨を浴びせてあげましょう」

紲星あかり「…ゆかりさんって意外と卑怯だよね」

結月ゆかり「ご不満のご様子」

紲星あかり「私も同じ技使いたい!」

 

  ゆかり、目を細め、やや冥く微笑。

 

結月ゆかり「では仕方ありません。私も水鉄砲一丁で正々堂々とスポーツマンシップに則って尋常に勝負しましょう」

紲星あかり「…私だけ2丁拳銃とかダメ?」

結月ゆかり「それではエナジーパックにエネルギーをチャージしましょう」

紲星あかり「水ね」

 

  あかり、ゆかり、ともに自分の銃に水を補充する。

  ふたり、公園の周囲に人がいないことを確認。

 

結月ゆかり「人が来たら終了にしましょう」

紲星あかり「はあい―――隙あり!」

 

  あかり、返事をしながら不意にゆかりへ引き金を引く

  ゆかり、回避せずそれを受け止める

 

結月ゆかり「良い先制攻撃です」

 

  ゆかり、びしょびしょにされながらこともなく頷く。

  あかり、ゆかりの変化に気付く。

  濡れそぼっていたゆかりの衣服や髪が急激に乾いていく。

  見る見るうちに水分は乾燥し、水を浴びる前と同じ姿になる。

 

紲星あかり「何してるの、ゆかりさん?」

結月ゆかり「水が勿体ないので吸い込んだだけです。一撃程度では、このゆかりさんを濡れ鼠にすることは叶わないと悟りなさい」

紲星あかり「悪役だ! 悪役してるよゆかりさん!」

 

  あかり、水鉄砲の引き金を何度も引く。連射。

  ゆかり、避けない。攻撃が命中する。

  水気が瞬く間に乾いていく。

  あかり、慌ててさらに連射。

  ゆかり、その場から動かない。水を浴びせられても意に介さず、悠然と水鉄砲を構える。

 

結月ゆかり「顔を狙います」

 

  ゆかり、引き金を引く。

  あかりの顔面に水流が直撃する。

 

紲星あかり「わっ!」

 

  あかり、慌てて目をつむり、顔を背ける。

  ゆかり、攻撃しない。

  あかり、目を開けて再びゆかりを見やる。

  ゆかりの身を濡らしていた多量の水は、ひとつ残らず消えていた。

  公園に入ったときとまるで変わらないゆかりの姿。

  まるで何も起きていなかったかのように。

 

結月ゆかり「顔を狙います」

 

  ゆかり、宣言しながら引き金を引く。

 

結月ゆかり「顔を狙います」

紲星あかり「ちょっ!」

結月ゆかり「顔を狙います」

紲星あかり「や、待って待って!」

結月ゆかり「顔を―――――」

紲星あかり「ゆかりさん!」

結月ゆかり「なんでしょう?」

紲星あかり「なんで顔ばっかりなの!?」

結月ゆかり「面食いなので」

紲星あかり「意味がちがう!」

結月ゆかり「正々堂々と情け容赦ない残虐ファイトをすると言ったじゃないですか」

紲星あかり「スポーツマンシップは?」

結月ゆかり「ラスベガスで休暇中です」

 

  ゆかり、攻撃を続ける。

  あかり、悲鳴をあげながら逃げ惑う。ときどき反撃する。

 

(あかりの喚き声を残してフェードアウト)

 

 

 

○同(昼)

 

  引き続き水鉄砲で撃ち合っている。

  そこへ、

 

女子「……うわ」

 

  誰かの声。

  明らかな嫌悪と不安の混じった声。

 

女子「結月ゆかりだ……」

女子「あっちいこ」

 

  ゆかりと同年代の女子たちが、公園の入り口でゆかり達を見ていた。

  ゆかりがそちらへ視線を送る。

  女子たち、慌ててその場から逃げる。

 

紲星あかり「(不安げに見上げ)ゆかりさん?」

結月ゆかり「(表情を全く変えず)気にしないで下さい。大したことではありません」

紲星あかり「友達じゃないの?」

結月ゆかり「たまたま同じクラスになった同い年の子を友達と呼ぶのなら、友達なのでしょうね」

紲星あかり「…友達じゃないんだね」

結月ゆかり「仲の良い子はあなたしかいないと言ったじゃないですか」

 

  ゆかり、水鉄砲を片付け始める。

 

紲星あかり「(水鉄砲の水を捨てながら)ゆかりさんも、私みたいに何かしちゃったの?」

結月ゆかり「私が意図的にしていたことは、給食を食べなかったことだけです」

紲星あかり「それだけ?」

結月ゆかり「それだけです。だから、大したことではなかったのです」

紲星あかり「……」

 

  ふたり、公園を去る。

 

 

 

○帰り道(昼)

 

 

紲星あかり「どうしてゆかりさんは怖がられてるの?」

結月ゆかり「私にもよく分かりません。気づけばああなっていました」

紲星あかり「何かあったの?」

結月ゆかり「そうですね。例えば、小学校のとき、スズメバチの巣が昇降口に出来て誰も近づけなかったことがあります」

 

  ゆかり、思い出す仕草。

 

結月ゆかり「ひどく興奮状態でかなりの数のハチが群れて飛び回っていました」

紲星あかり「うん」

結月ゆかり「私にはどうでもいいことなので、そのまま昇降口を通って学校の中に入りました」

紲星あかり「うん?」

結月ゆかり「それだけです」

紲星あかり「ハチは?」

結月ゆかり「私に群がりましたが、放っておきました。私に毒は効きませんし、そもそも針が通りません」

紲星あかり「何したの?」

結月ゆかり「私は何も。皮膚を刺す力を私の同居人が吸い上げただけです」

紲星あかり「……ハチに群がられながら、学校の中に入ったの?」

結月ゆかり「そうですね。有効打がないのですぐ諦めるかと思ったのですが、意外としつこく付き纏ってきました。興味がないのでそのまま教室に向かいましたが」

紲星あかり「シュールだ」

結月ゆかり「他に校内に生徒はいませんでしたから、おそらく誰も入らないよう学校側が規制してたのでしょう。当時の私にはそこまで思い巡らせられませんでしたが」

紲星あかり「それで?」

結月ゆかり「それだけです。普通に教室の自分の席に座っていました」

紲星あかり「ハチに襲われながら?」

結月ゆかり「ハチに襲われながら」

紲星あかり「……結局、そのあとどうなったの?」

結月ゆかり「学校が呼んだ業者にハチは駆除されました。私は何故か教師陣に呼び出されて怒られました」

紲星あかり「何故か?」

結月ゆかり「ハチの攻撃程度ではこのゆかりさんに傷ひとつ付けられないことを当時主張したのですが、まったく聞き入れてもらえませんでした」

 

  ゆかり、天を仰ぐ。前髪が表情を隠す。

 

結月ゆかり「両親は学校に物凄く謝り、私に物凄く泣いていました。母や父がひどく悲しんでいるのは分かるのですが、何に悲しんでいるのかが私には分かりません」

紲星あかり「普通はハチに襲われると、下手すると死んじゃうからね」

結月ゆかり「扇風機の風を浴びただけで骨肉を引き裂かれる人類はいません」

紲星あかり「蚊は扇風機の風で飛べなくなるよ」

結月ゆかり「……まぁこのようなことと似たエピソードをいくつか重ねていった結果、気づけばああなったとお思いください」

紲星あかり「他にもあるの?」

 

  あかり、驚嘆の声。呆れではなく、純粋な驚き。

 

結月ゆかり「同居人がたいていの災難を防御してくれますから」

紲星あかり「その同居人って、名前とかないの? 私はなんて呼べばいいの?」

結月ゆかり「私以外見えないので特に名付ける意味はありませんでした。なので名なしの同居人です」

紲星あかり「じゃあ、私が名前つけてもいい?」

結月ゆかり「かまいません。私に住み着いているので、私が名前を呼ばない限り、特に問題はないでしょう」

紲星あかり「どういう意味?」

結月ゆかり「お気になさらず。何か、名前の候補はあるのですか?」

紲星あかり「図書館で調べてたの。あのね、"さんがむりや"ってどうかな?」

結月ゆかり「さんがむりや」

紲星あかり「うん。どこかの昔話で、きれいな女の子の中に住み着きたい天の神様がいて、ある子が選ばれて、そのことを女の子に教えにきた神様の使いの名前が、さんがむりや」

結月ゆかり「……だいぶ話を端折ってるせいで、性癖が歪んだ神様に聞こえてしまいますが、女の子に住み着いたのはその神様であって、使者の方ではないのでは?」

紲星あかり「だって神様の名前、あまりかっこよくないんだもん」

結月ゆかり「そうですか。では仕方ありません」

紲星あかり「"さんがむりや"で決定でいい?」

結月ゆかり「構いません。あかりさんのお気に召すまま」

紲星あかり「ふふふ、さんがむりや、さんがむりや」

 

  あかり、弾む声で歌うように口ずさむ。

  ゆかり、その付けられた名前を口にしようとするが、やめる。

  あかり、そのことに気付かない。

 

 

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