○浜辺・市営バーベキューエリア(夜)
紲星あかり「(M)その日の夜、ゆかりさんのお父さんが浜辺でバーベキューと、キャンプファイヤーをしようと言ってくれた。私はゆかりさんのお母さんに習い、ハンバーグを作ってみた」
設置したバーベキューコンロから、焼きあがった料理を皿に移す(ゆかり以外の)女性陣。
ゆかり母「焼けたわよー」
紲星あかり「はあい。どーぞー」
ゆかり父「お、ありがとう」
紲星あかり「(ハンバーグの乗った皿を差し出しながら)ゆかりさんはどうする?」
結月ゆかり「私はしばらく波の力を吸い込んでいますので、お気になさらず」
紲星あかり「(やや甘い声で、上目遣いに)…ハンバーグ、作ってみたの」
結月ゆかり「……」
ゆかり、あかりを見詰める。
ゆかりの両親、表情を強張らせて見守る。
紲星あかり「まずいかもしれないけど…」
結月ゆかり「(きっぱりと)それは関係ありません」
ゆかり、箸でハンバーグを細かく切り分ける。
ひとかけを機械のような動きで口に入れる。
結月ゆかり「……(咀嚼)」
紲星あかり「…どう?」
結月ゆかり「(飲み込み)…まず美味しいかどうかですが、申し訳ありませんが分かりません」
紲星あかり「え?」
紲星あかり「(目を細め、表情に何も浮かべず)豚と牛の合い挽き肉、玉ねぎ、チーズ、塩こしょうなどで出来ているのは分かります。しかし、味となると、何も言いようがありません」
紲星あかり「味、しなかった?」
結月ゆかり「はい」
あかり、悲しげに俯く。
ゆかり、あかりの頭を優しく撫でる。
結月ゆかり「私には味が分かりません。ですから、私に何も求めてはいけません」
紲星あかり「(悔しげな声で)なんで?」
結月ゆかり「料理を作った人間が、料理を食べた人間に求めているのは、体に害があるかどうかではないでしょう?」
紲星あかり「じゃあ、ゆかりさんは何も食べられないの?」
結月ゆかり「いいえ。口を使わずに摂取することは出来ます。この通り――」
ゆかり、皿に乗せたハンバーグの肉片へ手をかざす。
その途端、周囲の音が低くなる。まるで空間が重さを増したように。
潮気と湿気が入り交じっていた夜気の温度も、一気に下がる。
あかり、不意の肌寒さに体を震わす。
結月ゆかり「―――ごちそうさまでした」
ゆかり、手を皿の上から退ける。
皿の上には、何もない。
ハンバーグの肉も、肉汁も油も、全て綺麗に消失している。
紲星あかり「(目を丸くし)すごい! どうやったの?」
結月ゆかり「私の同居人が食べました。いずれ私の血となり肉となるでしょう」
紲星あかり「あの廃材置き場でも、こういうことしてたの?」
結月ゆかり「そうです。触れる必要がないので様々な場所の様々な物を食べることが出来ます」
ゆかり、両親をちらっと見やる。
ゆかりの両親、悲しげに娘を見詰めている。
結月ゆかり「では私は少し波と戯れてきます。私のことは気にせず、同じものを同じ感じ方の出来る人々と共にしてください」
ゆかり、他の三人に背を向け、足早に波打ち際へ向かう。
ざぶん、ざぶんと暗黒の奥から響く波音。
ゆかりが近付くと、その音も力を失っていく。
ゆかり父「(慰めるように優しく)……あかりちゃん、あとでキャンプファイヤーしようか」
紲星あかり「キャンプファイヤー?」
ゆかり父「簡単なやつだけどね。あの子、ゆかりも、食事はしたがらないけど、火は好きなんだ。一緒にいてあげてくれないかな?」
紲星あかり「私で、いいの?」
ゆかり父「いいんだ。僕らじゃ、あの子の話を理解してあげられないから……」
あかり、海へ視線を移す。
ゆかりが波に足首を沈めて佇んでいる。
闇の中、ひとり。
紲星あかり「(ゆかり父へ)ゆかりさんは、普段なにも食べないの?」
ゆかり父「(悲痛の眼差しで微笑み)……うん。昔、もっと小さい頃は僕らもいろいろと食べさせてあげてたけど、大きくなったらほとんど食べなくなったんだ」
ゆかり父、あかりに近づき、小声で囁く。
ゆかり父「……母さんは、もっともっと美味しいものが作れれば、あの子の味覚が戻ると思ってた時期があるんだ」
紲星あかり「……」
ゆかり父「(あかりから離れ)あかりちゃんのハンバーグ、美味しいよ。きっと料理上手になる」
ゆかり父、食事を続ける。
あかり、ゆかり母を見る。思い詰めた顔で食事をしている。
ゆかり、変わらず波打ち際で海を眺めている。
○同・キャンプファイヤーエリア(夜)
焚き火キットによる簡易的なキャンプファイヤー。
(大きく平べったいスチール缶の中に燃料があり、そこへ着火して焚き火にする。結月家のいる地域では一般的なキャンプ用品。
スマートライフ研究所の『炎の缶詰』参照)
あかり、ゆかり、椅子に座りながら焚き火の向こうにある黒い海を眺める。
紲星あかり「(海を指さし)ゆかりさん、海の上、ブーメランみたいなのが飛んでる」
結月ゆかり「普段は海の中にいるものですね。夜になるとああして空中を飛んで、海面にどれだけ近付けるか遊んでいるのです」
紲星あかり「あ、海から出てきた腕に捕まっちゃった…」
結月ゆかり「あの飛んでいるものの一部が海中に残っていて、海面に近付く方を捕まえる遊びをしています」
紲星あかり「(海の上空を見上げ)……上になんかいる。円盤みたいな、ひまわりみたいに花びらが縁取ってる。しかも同じのが3枚重なってて」
結月ゆかり「星明かりを食べているのです。こちらに害意がなければ大人しいですが、ひとたび食事を邪魔されると非常に攻撃的になります。ゆかりさんも少しばかり苦戦しました」
紲星あかり「……なんで邪魔しちゃったの?」
結月ゆかり「彼らを食べようと思いまして。ゆかりさん自身は食べられなくても、私の同居人があれらを捕食できます」
紲星あかり「で、ゆかりさんのご飯にしてくれるんだ」
結月ゆかり「その通りでございます」
紲星あかり「すっごい優しいね、ゆかりさんに住んでるの」
結月ゆかり「私を健康的に長生きさせる遊びにはまっているようです」
紲星あかり「遊びなんだ?」
結月ゆかり「遊んで暮らせる生き物たちですから」
あかり、焚き火の遥か上空を見上げる。
紲星あかり「上の方にもなんだか色々いるけど、こっちまで降りてこないね」
結月ゆかり「私がいますからね。積極的に彼らを捕食して回ったので、だいぶ警戒されているようです……あかりさんは見慣れない顔なので、向こうの興味津々なのでしょう」
紲星あかり「どうして?」
結月ゆかり「人間の子供は彼らをよく見つけます。彼らもそれを知っているので、子供をかどわかしたりするのです。特に、例の神社の池に棲んでいるものは、子供を好む悪質な輩なので特に気をつけてください」
紲星あかり「はあい……その、名前とかないの?」
結月ゆかり「どれがですか?」
紲星あかり「その池に棲んでるのとか、この町にいる生き物達それぞれの名前。"さんがむりや"だって、私が付けただけだし、あれだけ色々いるから、名前ないと不便じゃない?」
結月ゆかり「名前は付けない方がいいと、祖母が言っていました」
紲星あかり「なんで?」
結月ゆかり「名前があると、その名前を呼ぶものを認識してしまうからです。また名前を呼ばれた方も、名前によって自分を認識できてしまいます」
紲星あかり「……日本語で言ってみて?」
ゆかり、苦笑。
結月ゆかり「例えば、私の目の前にいる女の子は、何十億という人間達の一体です。人間の女の子などいくらでもいます。しかし私がこの夏を一緒に過ごすのは、その他大勢のいくらでもいる女の子達などではありません」
紲星あかり「ん……(少し気恥ずかしく俯く)」
結月ゆかり「(気付かず)また女の子の方も、大勢いる女の子の中から、「あなたとこの夏を一緒に過ごす女の子は私だよ」と訴えても、それだけでは私があなたと他の女の子を見分けることなど出来ません」
紲星あかり「(焦りの混じる上擦った声で)で、できないの?」
結月ゆかり「識別するためには、あなたに関する様々な情報が必要です。あなたは、あの生き物達を見ることができ、よく食べよく笑う、三つ編みの似合う、かわいらしい、私の従姉妹です」
紲星あかり「(顔を赤くして口ごもる)う、ぁ、はい……」
結月ゆかり「こういった情報をひとつに集約したものが、名前です。『紲星あかり』という5文字の羅列は、私の従姉妹を意味します」
あかり、小首を傾げる。
紲星あかり「同姓同名の人がいたら?」
結月ゆかり「私の従姉妹の他に『紲星あかりさん』がいたとしても、私が呼ぶ『紲星あかりさん』とは、『私の従姉妹のあかりさん』という意味です」
紲星あかり「つまり?」
結月ゆかり「私が『あかりさん』と呼ぶ相手は、この世にひとりしか意味しない、ということです」
紲星あかり「(パァッと顔を輝かせ)ゆかりさん……!」
結月ゆかり「また、あかりさんの方も、私が『あかりさん』と呼んだ場合、従姉妹である自分のことだと理解できます。私が呼んでいるのはあなただけなのですから」
あかり、嬉しく顔を綻ばせる。
しかしふと我に返り、
紲星あかり「……ごめん、そもそもなんの話してたんだっけ?」
結月ゆかり「名前を付けることで、あの名前のない生き物達を呼び寄せやすくしてしまう、というお話です」
紲星あかり「そ、そっかあ……」
あかり、火を眺める。
ゆかり、無造作に立ち上る火炎の中に手を突っ込む。普通なら火傷をしてしまうほどの距離。
紲星あかり「ゆかりさん、熱くない?」
結月ゆかり「全然。良い熱源です」
紲星あかり「ゆかりさんは怖いものとかないの? ゆかりさんは無敵超人なの?」
結月ゆかり「暴力で私は倒せません」
ゆかり、火に近付けていた手を引っ込め、あかりの方をじっと見詰める。
結月ゆかり「あかりさんには」
一拍だけ、間を置く。
結月ゆかり「何か怖いものがあるのですね?」
あかり、指先をもじもじと合わせ、じっと火を見詰める。
紲星あかり「……私もね、ゆかりさんみたいに、近付いちゃいけなさそうやつを教えたんだ。友達に」
あかり、苦笑。
紲星あかり「最初は、みんな笑ってた。おどかしてるだけ、って思ってたっぽい。けど、私が本気だって分かると、みんな笑わなくなった」
* * *
(フラッシュ)
教室で俯く、独りのあかり。
* * *
紲星あかり「いじめられたわけじゃないよ? みんな、私と話さなくなったし、遊ばなくなった。みんな、私を怖がった。怖いものを見る目で、私を見る。あの目が、私は怖いの」
焚き火の炎が海風で揺れる。
ゆかり、火から手を引っ込め、あかりを見やる。
紲星あかり「……ゆかりさんみたいになりたい」
結月ゆかり「(僅かに驚きの表情)私みたいに?」
紲星あかり「うん。怖いものなんかない人になりたいの。どんな目を向けられても、私はあの子達が好きだから、あの子達に怯えたりなんかしない人間になりたい」
結月ゆかり「もし怯えない心を持てたら、あかりさんはどうしたいですか?」
紲星あかり「難しいことじゃないの。単に、またみんなと遊びたいだけなの。前みたいに」
結月ゆかり「友達から怖がられているのに?」
紲星あかり「私が怖がられてるからって、私まであの子達を怖がってったら、きっと永遠に歩み寄れないと思うから」
結月ゆかり「……以前、あかりさんは、自分のことを手遅れと言ったのを覚えてますか?」
紲星あかり「え? あ、うん」
結月ゆかり「私は決してそうは思いません。なぜなら、あかりさんはまだ、私のようになってないからです」
ゆかり、あかりから目を離し、焚き火を見詰める。
結月ゆかり「私は多くの大人と多くの子供に怖がられました」
紲星あかり「……」
結月ゆかり「他の子たちが楽しいと言うほとんどのものを私は楽しいと感じませんでしたし、私が楽しいと思うものに共感する子もいませんでした」
紲星あかり「ゆかりさんの好きな楽しいことって何?」
結月ゆかり「激しい雷雨の中、高い屋根の上で風雨を浴びるのが一番好きです。雷が落ちてくれれば言うことありません」
紲星あかり「落ちる? どこに?」
結月ゆかり「私に」
紲星あかり「実際に学校で雨とか風とか浴びてみたの?」
結月ゆかり「浴びてみました。小学校の屋上にある給水塔の上、校舎の一番高いところに登って」
紲星あかり「怒られなかった?」
結月ゆかり「怒られました」
紲星あかり「(悲しげに目を伏せ)……ごめん、ゆかりさん。もし私の学校に雷を浴びたがる子がいたら、やっぱり理解は出来ないよ」
結月ゆかり「いえ、もしあかりさんが「雷を浴びたい」と言ったら、私は全力で止めています。あかりさんは私とは違うのですから。
……ともかく学校中の人間が、私が学校で過ごすことに恐怖したのです。私も、小中学校の学力水準を教科書や参考書で得ていたので、学校に行く意義を感じなくなりました」
紲星あかり「ゆかりさん、学校に行ってなかったの?」
結月ゆかり「言いませんでしたっけ?」
紲星あかり「言ってない」
結月ゆかり「(素っ気なく)そうでしたか。まぁそれはどうでもよく、つまり私と彼らが一緒にいてもお互いなんのメリットもないのですが、あかりさんは違います」
紲星あかり「なんで?」
結月ゆかり「あかりさんはその子達が好きなのですから、一緒にいるメリットがあります。私にはないものです」
紲星あかり「……ゆかりさんには、好きな人とかいないの?」
結月ゆかり「両親は除いて?」
あかり、ゆかりの言葉を聞いて安堵に微笑む。
紲星あかり「ゆかりさんは、おばさんとおじさんが好きなんだ」
結月ゆかり「そうですね」
紲星あかり「好きなのに、料理を食べてあげないのは、なんで?」
結月ゆかり「好きだから、食べないのです」
ゆかり、手を無造作に焚き火の缶へ突っ込む。
あかり、それに驚く。
ゆかり、気にせず言う。
結月ゆかり「材料さえあれば必須栄養素の合成が可能な私にとって、誰かが精魂込めて作った手料理も、そのあたりの廃棄物も、何も変わらないのです」
火に突っ込んでいたゆかりの手が、そのまま缶の底を撫でる。
焚き火からもたらされる温度が急激に低下する。
焔光は弱まり、火自体も消え掛けていく。
ゆかりは無表情のまま、微動だにせずそれを見下ろす。
熱が空間から消えていく。
結月ゆかり「母と父の作ったものを、打ち棄てられたゴミと一緒にすることが、どうしても許せないのです」
焚き火、ほとんど蛍火に。
光源が薄弱になり、周囲に闇がそっと舞い降りる。
ゆかりの表情を、あかりは伺うことが出来ない。
あかり、何も言わずに待つ。
波の音が夜闇に染み渡る。
潮風があかりの髪をささやかに揺らす中、
ゆかり、ようやく口を開く。
結月ゆかり「だから、私は人の作ったものは何も食べません」
紲星あかり「……本当に好きなんだね」
結月ゆかり「ふたりが心痛めていることは知っています。そのことに、私は申し訳ないと思っています。けれど、どうにもならないのです。私は彼らとは違う生き物なのですから」
ゆかり、焚き火の缶から手を引く。
焚き火、責め苦から解放されたように炎を大きくする。
周囲に明かりと温かさが戻る。
紲星あかり「……ねえ、ゆかりさん」
結月ゆかり「なんでしょう」
紲星あかり「ゆかりさんは自分を人とは違う生き物だって言うけどさ」
あかり、肩をゆかりの方へそっと寄せる。
紲星あかり「もしも、ゆかりさんと同じ種類の生き物がいたら、やっぱり嬉しい?」
結月ゆかり「……どうでしょう。考えたことがないので、イエスともノーとも言えません」
紲星あかり「そっかあ」
あかり、首を傾け、頭をゆかりの肩にもたれかける。
ゆかり、従姉妹の頭を無言で支える。
海風と波音、夜の空気。
焚き火の炎が強まる。