○結月家・居間(昼)
あかり、電話を握りしめる。
受話器の向こうの相手に、強張った顔で頷いている。
あかり、受話器を下ろす。
細く重い溜息。
震え両手で、顔を覆う。
紲星あかり「どうしよう……」
○廃材置き場(昼)
ゆかり、積み上げられた廃材の山の頂に佇む。
あかり、廃材の山の麓からあかりを見上げる。
紲星あかり「お祭りに行かないか、って、電話があったの。その、友達から……」
結月ゆかり「(あかりに目線を向けないまま)あなたを怖がっているという?」
紲星あかり「うん……その子、今おばあちゃん家に来てて、ここの近くなんだって。私がこっちにいるって、私のお母さんたちから聞いて、それで」
結月ゆかり「わざわざ調べて回ったのですね、その子は」
紲星あかり「(不安に俯き)……私、行くべきかな」
結月ゆかり「人間模様をゆかりさんに尋ねるとは、あかりさんもなかなかの豪勇です」
紲星あかり「(おそるおそる)迷惑だった?」
結月ゆかり「いいえ。この夏は、あなたのために出来る殆どのことをするつもりでいますから」
紲星あかり「(面映ゆく口元を綻ばせ)……ありがとう」
結月ゆかり「とはいえ、その子の件で私に言えることは2つしかありません」
紲星あかり「なに?」
結月ゆかり「まず、私達が見えるあの生き物について話題に出してはいけません。たとえ目の前に見えても」
紲星あかり「(やや表情に翳を作り)……やっぱり、そうだよね」
結月ゆかり「私なら気にはしませんが、繊細な問題でもあります。とりあえずここは見に周り、その子の意図を探りましょう」
紲星あかり「もうひとつは?」
結月ゆかり「祭りがあるのは、例の神社です。つまり、例の池に近付きます」
紲星あかり「ああ、あの危なそうなのが棲んでるっていう?」
結月ゆかり「しかり。廃祠に潜む輩で、非常に悪質です。それでいて強力。初日に出会った余所者とはわけが違います。このあたりではゆかりさんの次に強いです」
紲星あかり「ゆかりさんなら勝てるんだ?」
結月ゆかり「もちろんです。プロフェッショナルですから」
紲星あかり「さんがむりやってそんなに強いの?」
結月ゆかり「人間と同居すると、発揮できる力が大幅に増えるのです。そしてこのあたりで彼らと同居している人間は、私くらいしかいません」
紲星あかり「なんでみんな住み着かないんだろう?」
結月ゆかり「そこは分かりません。人に住むことに興味がないのか、わりと好みがうるさいのか」
ゆかり、軽い動作で廃材の山からひとっ飛びで降りる。
あかりの前に着地。顔が間近。
ゆかり、その近さに目を瞠る。
結月ゆかり「あかりさんは大変モテそうなので大変心配です」
紲星あかり「……じゃあ、行かないほうがいい?」
結月ゆかり「人間に住み着いていない以上、彼らはたいしたことが出来ません。なので彼らのことは、あまり考えなくていいです」
紲星あかり「つまり?」
結月ゆかり「あかりさんが行きたければ行くべきで、行きたくないのなら行かないのが正です」
紲星あかり「……」
○結月家・居間(夕)
あかり、ゆかり母に浴衣を着付けてもらう。
ゆかり母「うん、これで大丈夫。長さもちょうどよくて助かったわ」
紲星あかり「ありがとう。いきなり言い出してごめんね」
ゆかり母「ううん。ゆかりのお下がりだけど、とっておいて良かった」
紲星あかり「ゆかりさんのなんだ」
ゆかり母「あそこの神社のお祭り、ゆかりはあまり行きたがらなかったから、全然出番なかったけどね」
紲星あかり「じゃあ、ゆかりさんの分まで楽しんでくるね」
ゆかり母「(驚いた顔で、優しく微笑む)……うん、楽しんできて。何かあったら電話してね」
紲星あかり「はい!」
部屋の奥から声。
結月ゆかり「あかりさん」
紲星あかり「なあに?」
結月ゆかり「着付けが終わりましたら、こちらへ」
あかり、ゆかり母に断りを入れてから、ゆかりの部屋へ行く。
○同・ゆかりの部屋(夕)
結月ゆかり「とっておきの香油があるのを思い出しましたので、せっかくですからあかりさんに、と」
紲星あかり「香油?」
結月ゆかり「スミレの香りのパフュームオイルです。アルバイトでもらったのですが、すっかり忘れていました」
紲星あかり「使っちゃっていいの?」
結月ゆかり「使われない道具は不幸ですから」
ゆかり、椅子にゆかりを誘う。
あかり、背を向けながら嬉しげに座る。
紲星あかり「ゆかりさん、アルバイトなんてしてたんだ?」
結月ゆかり「たまにですが」
紲星あかり「どんな仕事?」
結月ゆかり「危険生物の駆除が多いです。野生化した元ペットのワニであったり、クマであったり。頻度が最も多いのは蜂の巣の駆除ですね。ときどき心霊現象が起きる建物でお祓いみたいなこともします」
紲星あかり「(自慢げに)さがむりやは無敵だもんね」
ゆかり、香油を手に数滴垂らす。両手と指の間に念入りに広げ、あかりの長い髪を根本から両手で梳く。
あかりの髪が広がる。
優しい手付きで何度も梳く。油が足りなくなれば、また足して同じことをする。
それを繰り返す。
紲星あかり「(軽く目を瞑り)いい匂い」
結月ゆかり「あかりさんに似合うと思いました」
紲星あかり「ありがとう、ゆかりさん」
結月ゆかり「夏の間しか、あなたにしてあげられませんから」
紲星あかり「夏休みだけ? 夏休みが終わっても、またときどき遊びに来ちゃだめ?」
結月ゆかり「秋でも冬でもかまいません。今年のうちなら」
紲星あかり「(訝しみ)……来年は?」
結月ゆかり「そんな先のことは分かりません―――はい、終わりました」
ゆかり、最後に毛先を軽く撫で付け、手を離す。
結月ゆかり「あとは母に編み込んでもらって下さい」
紲星あかり「(椅子から離れ、くるりと振り向き)うん、ありがとう! かわいい?」
結月ゆかり「もちろん」
ゆかり、あかりの頬をそっと手を撫で、微笑む。
結月ゆかり「あなたが一番かわいい」
あかり、えへへ、と頬に紅をし、顔が緩む。