月、ころてる   作:鈴本恭一

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第2幕・第2章:邂逅

 

○神社・参道入口の鳥居(夜)

 

 三日月が浮かぶ夜。星も見える。

 鳥居の前。

 ああり、浴衣姿で待つ友人(琴葉葵)を見つける。

 葵、そのあかりに気付く。ゆるく笑みを浮かべ、手を振る。

 

琴葉葵「久しぶり。浴衣、かわいい」

紲星あかり「(緊張で強張りながら)あ、ありがと」

琴葉葵「ここ、遠くなかった? 平気?」

紲星あかり「ううん、全然。(戸惑うように葵を見やり)……葵ちゃんは、ここのお祭りによく来るの?」

琴葉葵「うん。毎年、おばあちゃん家に遊びに来るから」

紲星あかり「茜ちゃんは?」

琴葉葵「お姉ちゃんは、今年ミニバスの合宿とかぶっちゃって、私だけ」

紲星あかり「そっか」

琴葉葵「(小首を傾げ)……あかりちゃん、何かつけてる?」

紲星あかり「え?」

琴葉葵「なんか、いい香りするから」

紲星あかり「あ、うん。浴衣と、香油、借りたの。おばさん家で」

琴葉葵「香油」

紲星あかり「(不安に眉を下げ)香油……変かな?」

琴葉葵「(はっきり確り笑い)全然。似合ってる。ぴったり」

紲星あかり「(安堵で息を吐き)そう? よかった」

琴葉葵「(笑い掛け)じゃ、行こっか」

 

 葵、あかりの手を引いて神社の境内を進む。

 あかり、硬い動きでそれに着いていく。

 

○神社・境内(夜)

 

 長い参道を挟み込むように、屋台が無数に連なる。

 青や黄色のポップな幟、赤い暖簾や提灯のもと、景気よく客寄せの声が響く。

 それなりに多い人混みの中を、あかりと葵は練り歩く。

 

琴葉葵「あかりちゃん、お金大丈夫? おごる?」

紲星あかり「ううん、平気」

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 あかりが結月家を出る直前。

 ゆかり、千円札の束をあかりに手渡す。

 

 * * *

 

紲星あかり「(微笑み)お小遣いもらったから」

琴葉葵「良かった。うちの近所だとお祭りなんてないから、こっちに来たとき多めに使っちゃうんだ」

紲星あかり「美味しそうな匂いがする」

琴葉葵「たこ焼きだね」

紲星あかり「買っていい?」

琴葉葵「いいよ」

紲星あかり「焼きそばもある」

琴葉葵「美味しそう」

紲星あかり「ポテトフライ」

琴葉葵「少なめだね」

紲星あかり「綿飴と水飴が並んでる」

琴葉葵「飴仲間だ」

紲星あかり「焼き鳥と焼きイカ」

琴葉葵「焼かれちゃった仲間だ」

紲星あかり「子供用ビール!」

琴葉葵「それ好き。まずいけど」

紲星あかり「……全部買ったからお金なくなっちゃった」

琴葉葵「(くすくす可笑しそうに)あっちで食べよ」

 

 

○神社・簡易ベンチ(夜)

 

 祭り用に設けられた簡易ベンチで、買い込んだ料理のパックを食す2人。

 あかり、脂っこい味付けに目を輝かせながら、猛然とそれらに食いつく。パックの蓋を全て開放し、平行で平らげていく。

 葵、やや呆れ気味に、しかし楽しげに柔らかくそれを見詰める。

 

 

○神社・境内(夜)

 

 屋台群を練り歩く2人。

 射的。葵が景品を撃ち落とす。あかり、全部外す。

 ボール的当て。あかり、葵に勝利。

 金魚すくい。2人とも収穫ゼロ。

 型抜き。やり方が分からず2人とも惨敗。

 最奥の神社で参拝する2人。

 並ぶ2人。

 笑い合う2人。

 

紲星あかり「(M)葵ちゃんは、私のことを何も聞かなかった。

 夏休み中に何してたのかも、夏休みの前のことも。

 まるで何も変なことなんか起きてないみたいに、普通に接してくれた。

 楽しかった。本当に、楽しかった」

 

 

○神社・参道入口の鳥居(夜)

 

 

 ふたり、練り歩きも終わり、待ち合わせに使った鳥居まで戻る。

 空に三日月。

 あかり、白いイヌのお面を顔の横へ付けている。耳が立ったアイヌ犬。

 葵、キツネのお面。昔ながらの狐面だが、縁取りは藍を使っている。

 

紲星あかり「たくさん食べたね」

琴葉葵「戻るときにお好み焼き屋のおじさんが奢ってくれたからね、あかりちゃんが屋台の前で物欲しげにしてたら」

紲星あかり「いい人だった!」

琴葉葵「ていうか、あれだけ食べてまだ食べれるのすごいね」

紲星あかり「これからどうしよっか?」

琴葉葵「もうちょっとで花火が上がるんだけど……(ちらっとあかりを伺う表情で)私、よく見える穴場知ってるんだ」

紲星あかり「穴場? どこ?」

琴葉葵「この近くに池があって、そこの空き地」

紲星あかり「……」

 

 あかり、表情を硬くする。

 葵、それに気付いて慌てて手を振る。

 

琴葉葵「あ、全然危なくないよ? 池って言っても水張ってるところは全然遠いし、街灯もあるし、通りからもけっこう近いし」

紲星あかり「(逡巡の貌)……」

琴葉葵「もう見るとこ全部回っちゃったし、あかりちゃんがすぐ帰りたいなら、引き留めない……けど」

 

 葵、唇を引き締め、眉を寄せながら強い瞳であかりを見る。

 

琴葉葵「まだ、あなたといたいの」

紲星あかり「……分かった」

 

 あかり、頷く。

 葵、ぱあっ、と表情を輝かせる。

 空。三日月が身じろぎする。

 

 

 

○池へ続く林道(夜)

 

 アスファルトで舗装された細い道。

 左右には古めかしい街灯が、弱々しくまばらに灯いている。

 樹木の背は高くない。が、幹の長さに比べて枝が異様に多く広く密集している。

 濃く拡がる木々の枝葉が、道の上を完全に覆っている。夜空は見えない。木のトンネル。

 あかりと葵、その中を歩く。

 葵、前を行って先導。

 あかり、道の不気味さに不安を感じながら、周囲を警戒する。

 

 

紲星あかり「(M)何かが私達の周りにいるのが分かった。

 でもよく視えない。

 体をものすごく薄く広げていて、輪郭がひどく曖昧だった。

 その薄い膜みたいな体が夜の木や枝に絡みついて、町の明かりを遠ざけている。

 まるで別の世界に繋がっている、不思議な通路のよう。

 もしくは。

 何かの生き物の内臓。

 私達はそこを通り、そして通り抜けてしまった」

 

 

○池の近くの空き地(夜)

 

 林を抜ける。

 木も草もひとつも生えていない、地面がむき出しの広場。

 ほぼ円形の空き地の中心に、祠がひとつ。

 膝丈ほどの高さ。木造。幾年月も風雪に晒され、朽ちかけてはいるが、ぎりぎりのところで形状を保っている。

 葵がそれに近づいていく。

 あかり、周りを見回す。

 木々は壁のように広場の縁に密集し、2人を取り囲んでいる。

 木にまとわりついていた生き物たちは、その林の中から出てこない。

 三日月と星々の下。

 あかりと葵しかいない空き地。

 

琴葉葵「ね、穴場でしょ?」

紲星あかり「穴場すぎだよ……」

琴葉葵「(苦笑し)毎年、ここでお姉ちゃんと一緒に花火見てるんだ。お姉ちゃん、今年はあかりちゃんと一緒に見たいって言ってたのにねえ」

紲星あかり「……」

琴葉葵「お姉ちゃん、合宿終わったらこっちに来るから。そうしたらあかりちゃんとも遊べるよ。ここのいいとこ、いっぱい連れてってあげたい」

紲星あかり「……」

琴葉葵「夏休みが終わっても、また遊びたいなぁ。あかりちゃん、秋は好き?」

紲星あかり「(頷く)」

琴葉葵「(破顔し)だよね。美味しいものいっぱいあるしね。お姉ちゃんもみんなで一緒に食べに行きたいよね」

紲星あかり「……ねえ」

琴葉葵「なに?」

紲星あかり「どうして、私をお祭りに誘ったの?」

 

 葵、ふわりと小さく笑う。

 

琴葉葵「あかりちゃんがこっちにいたから」

紲星あかり「私は、みんなに、きらわれてる」

琴葉葵「大丈夫だよ。みんなが何か言ってきても、私とお姉ちゃんがいるよ。私達で遊んでれば、何もしてこないよ。何もされなければ、そのうちみんなと一緒に遊べるよ」

紲星あかり「でも」

琴葉葵「私は、あなたと一緒にいたいよ」

 

 葵、微笑む。

 

紲星あかり「でも、あなたは、」

 

 あかり、何か言い募ろうと口を開きかけ、言葉に詰まる。

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 小学校の教室。

 あかりを遠巻きに見やったまま、声を掛けない琴葉姉妹。

 

 * * *

 

紲星あかり「あなたは、私を―――」

 

 光が差し込む。

 

紲星あかり「え?」

 

 あかり、頭上を見上げる。

 そして、目を瞠る。

 

 夜空。そして月だ。天頂に張り付いている。

 

 満月が。

 フルムーン。

 三日月ではない。

 

紲星あかり「!!」

 

 あかり、その月に身震いする。

 

 微塵も欠けていない、完全なる真円の月。

 三日月と共に見えていたはずの星々が、今は全く見えない。雲ひとつないというのに。

 月から放たれる真珠色の光が、あかり達のいる広場を舐める。

 

 遮るもののない月光が、喧噪と気温を溶かす。

 音が消え、暑さも消え、匂いさえしない。

 

琴葉葵「――――」

 

 葵、月光を浴びて、表情と動きを凍り付かせる。

 あかり、その葵を見て、はっと気付く。

 

 打ち棄てられていた祠が、真新しくなっている。

 ぼろぼろだった姿は幻だったように、趣深い峻厳な姿を取り戻している。時間の浸食など微塵もない、完全な形。

 

 その祠に、金の粉が降り注ぐ。

 

紲星あかり「――……!」

 

 あかり、見上げる。

 

 夜空の中央に君臨する満月から、金色に輝く砂がこぼれている。

 金の粉は細い糸となり、天と地を結ぶ。

 その金の糸の周囲に、銀色の粉が新たに生まれる。

 恐ろしく細かい銀粉は金の粉の柱を中心に回転。複雑に輝きを明滅させる。

 

 金と銀の光輝が、月と祠を結んでいる。

 

紲星あかり「――!」

 

 あかり、葵へ声を掛けようとするが、身体が動かない。

 葵、青ざめた表情のまま全身を震わせ、硬直する。目線は祠へ

 

 祠の上に注がれている、金と銀の砂塵。

 

 その光の柱が、突如、破裂。

 

 炸裂した光の爆発が金と銀それぞれに分裂し、生き物のように2人へ襲い掛かる。

 

 金の光はあかりに。

 銀の光は葵に。

 

 

紲星あかり「!!」

 

 あかり、なんの抵抗も出来ず、妖光の砂嵐を浴びる。

 意識が金色に塗り潰される。

 

 のまれた。

 

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