○神社・参道入口の鳥居(夜)
三日月が浮かぶ夜。星も見える。
鳥居の前。
ああり、浴衣姿で待つ友人(琴葉葵)を見つける。
葵、そのあかりに気付く。ゆるく笑みを浮かべ、手を振る。
琴葉葵「久しぶり。浴衣、かわいい」
紲星あかり「(緊張で強張りながら)あ、ありがと」
琴葉葵「ここ、遠くなかった? 平気?」
紲星あかり「ううん、全然。(戸惑うように葵を見やり)……葵ちゃんは、ここのお祭りによく来るの?」
琴葉葵「うん。毎年、おばあちゃん家に遊びに来るから」
紲星あかり「茜ちゃんは?」
琴葉葵「お姉ちゃんは、今年ミニバスの合宿とかぶっちゃって、私だけ」
紲星あかり「そっか」
琴葉葵「(小首を傾げ)……あかりちゃん、何かつけてる?」
紲星あかり「え?」
琴葉葵「なんか、いい香りするから」
紲星あかり「あ、うん。浴衣と、香油、借りたの。おばさん家で」
琴葉葵「香油」
紲星あかり「(不安に眉を下げ)香油……変かな?」
琴葉葵「(はっきり確り笑い)全然。似合ってる。ぴったり」
紲星あかり「(安堵で息を吐き)そう? よかった」
琴葉葵「(笑い掛け)じゃ、行こっか」
葵、あかりの手を引いて神社の境内を進む。
あかり、硬い動きでそれに着いていく。
○神社・境内(夜)
長い参道を挟み込むように、屋台が無数に連なる。
青や黄色のポップな幟、赤い暖簾や提灯のもと、景気よく客寄せの声が響く。
それなりに多い人混みの中を、あかりと葵は練り歩く。
琴葉葵「あかりちゃん、お金大丈夫? おごる?」
紲星あかり「ううん、平気」
* * *
(フラッシュ)
あかりが結月家を出る直前。
ゆかり、千円札の束をあかりに手渡す。
* * *
紲星あかり「(微笑み)お小遣いもらったから」
琴葉葵「良かった。うちの近所だとお祭りなんてないから、こっちに来たとき多めに使っちゃうんだ」
紲星あかり「美味しそうな匂いがする」
琴葉葵「たこ焼きだね」
紲星あかり「買っていい?」
琴葉葵「いいよ」
紲星あかり「焼きそばもある」
琴葉葵「美味しそう」
紲星あかり「ポテトフライ」
琴葉葵「少なめだね」
紲星あかり「綿飴と水飴が並んでる」
琴葉葵「飴仲間だ」
紲星あかり「焼き鳥と焼きイカ」
琴葉葵「焼かれちゃった仲間だ」
紲星あかり「子供用ビール!」
琴葉葵「それ好き。まずいけど」
紲星あかり「……全部買ったからお金なくなっちゃった」
琴葉葵「(くすくす可笑しそうに)あっちで食べよ」
○神社・簡易ベンチ(夜)
祭り用に設けられた簡易ベンチで、買い込んだ料理のパックを食す2人。
あかり、脂っこい味付けに目を輝かせながら、猛然とそれらに食いつく。パックの蓋を全て開放し、平行で平らげていく。
葵、やや呆れ気味に、しかし楽しげに柔らかくそれを見詰める。
○神社・境内(夜)
屋台群を練り歩く2人。
射的。葵が景品を撃ち落とす。あかり、全部外す。
ボール的当て。あかり、葵に勝利。
金魚すくい。2人とも収穫ゼロ。
型抜き。やり方が分からず2人とも惨敗。
最奥の神社で参拝する2人。
並ぶ2人。
笑い合う2人。
紲星あかり「(M)葵ちゃんは、私のことを何も聞かなかった。
夏休み中に何してたのかも、夏休みの前のことも。
まるで何も変なことなんか起きてないみたいに、普通に接してくれた。
楽しかった。本当に、楽しかった」
○神社・参道入口の鳥居(夜)
ふたり、練り歩きも終わり、待ち合わせに使った鳥居まで戻る。
空に三日月。
あかり、白いイヌのお面を顔の横へ付けている。耳が立ったアイヌ犬。
葵、キツネのお面。昔ながらの狐面だが、縁取りは藍を使っている。
紲星あかり「たくさん食べたね」
琴葉葵「戻るときにお好み焼き屋のおじさんが奢ってくれたからね、あかりちゃんが屋台の前で物欲しげにしてたら」
紲星あかり「いい人だった!」
琴葉葵「ていうか、あれだけ食べてまだ食べれるのすごいね」
紲星あかり「これからどうしよっか?」
琴葉葵「もうちょっとで花火が上がるんだけど……(ちらっとあかりを伺う表情で)私、よく見える穴場知ってるんだ」
紲星あかり「穴場? どこ?」
琴葉葵「この近くに池があって、そこの空き地」
紲星あかり「……」
あかり、表情を硬くする。
葵、それに気付いて慌てて手を振る。
琴葉葵「あ、全然危なくないよ? 池って言っても水張ってるところは全然遠いし、街灯もあるし、通りからもけっこう近いし」
紲星あかり「(逡巡の貌)……」
琴葉葵「もう見るとこ全部回っちゃったし、あかりちゃんがすぐ帰りたいなら、引き留めない……けど」
葵、唇を引き締め、眉を寄せながら強い瞳であかりを見る。
琴葉葵「まだ、あなたといたいの」
紲星あかり「……分かった」
あかり、頷く。
葵、ぱあっ、と表情を輝かせる。
空。三日月が身じろぎする。
○池へ続く林道(夜)
アスファルトで舗装された細い道。
左右には古めかしい街灯が、弱々しくまばらに灯いている。
樹木の背は高くない。が、幹の長さに比べて枝が異様に多く広く密集している。
濃く拡がる木々の枝葉が、道の上を完全に覆っている。夜空は見えない。木のトンネル。
あかりと葵、その中を歩く。
葵、前を行って先導。
あかり、道の不気味さに不安を感じながら、周囲を警戒する。
紲星あかり「(M)何かが私達の周りにいるのが分かった。
でもよく視えない。
体をものすごく薄く広げていて、輪郭がひどく曖昧だった。
その薄い膜みたいな体が夜の木や枝に絡みついて、町の明かりを遠ざけている。
まるで別の世界に繋がっている、不思議な通路のよう。
もしくは。
何かの生き物の内臓。
私達はそこを通り、そして通り抜けてしまった」
○池の近くの空き地(夜)
林を抜ける。
木も草もひとつも生えていない、地面がむき出しの広場。
ほぼ円形の空き地の中心に、祠がひとつ。
膝丈ほどの高さ。木造。幾年月も風雪に晒され、朽ちかけてはいるが、ぎりぎりのところで形状を保っている。
葵がそれに近づいていく。
あかり、周りを見回す。
木々は壁のように広場の縁に密集し、2人を取り囲んでいる。
木にまとわりついていた生き物たちは、その林の中から出てこない。
三日月と星々の下。
あかりと葵しかいない空き地。
琴葉葵「ね、穴場でしょ?」
紲星あかり「穴場すぎだよ……」
琴葉葵「(苦笑し)毎年、ここでお姉ちゃんと一緒に花火見てるんだ。お姉ちゃん、今年はあかりちゃんと一緒に見たいって言ってたのにねえ」
紲星あかり「……」
琴葉葵「お姉ちゃん、合宿終わったらこっちに来るから。そうしたらあかりちゃんとも遊べるよ。ここのいいとこ、いっぱい連れてってあげたい」
紲星あかり「……」
琴葉葵「夏休みが終わっても、また遊びたいなぁ。あかりちゃん、秋は好き?」
紲星あかり「(頷く)」
琴葉葵「(破顔し)だよね。美味しいものいっぱいあるしね。お姉ちゃんもみんなで一緒に食べに行きたいよね」
紲星あかり「……ねえ」
琴葉葵「なに?」
紲星あかり「どうして、私をお祭りに誘ったの?」
葵、ふわりと小さく笑う。
琴葉葵「あかりちゃんがこっちにいたから」
紲星あかり「私は、みんなに、きらわれてる」
琴葉葵「大丈夫だよ。みんなが何か言ってきても、私とお姉ちゃんがいるよ。私達で遊んでれば、何もしてこないよ。何もされなければ、そのうちみんなと一緒に遊べるよ」
紲星あかり「でも」
琴葉葵「私は、あなたと一緒にいたいよ」
葵、微笑む。
紲星あかり「でも、あなたは、」
あかり、何か言い募ろうと口を開きかけ、言葉に詰まる。
* * *
(フラッシュ)
小学校の教室。
あかりを遠巻きに見やったまま、声を掛けない琴葉姉妹。
* * *
紲星あかり「あなたは、私を―――」
光が差し込む。
紲星あかり「え?」
あかり、頭上を見上げる。
そして、目を瞠る。
夜空。そして月だ。天頂に張り付いている。
満月が。
フルムーン。
三日月ではない。
紲星あかり「!!」
あかり、その月に身震いする。
微塵も欠けていない、完全なる真円の月。
三日月と共に見えていたはずの星々が、今は全く見えない。雲ひとつないというのに。
月から放たれる真珠色の光が、あかり達のいる広場を舐める。
遮るもののない月光が、喧噪と気温を溶かす。
音が消え、暑さも消え、匂いさえしない。
琴葉葵「――――」
葵、月光を浴びて、表情と動きを凍り付かせる。
あかり、その葵を見て、はっと気付く。
打ち棄てられていた祠が、真新しくなっている。
ぼろぼろだった姿は幻だったように、趣深い峻厳な姿を取り戻している。時間の浸食など微塵もない、完全な形。
その祠に、金の粉が降り注ぐ。
紲星あかり「――……!」
あかり、見上げる。
夜空の中央に君臨する満月から、金色に輝く砂がこぼれている。
金の粉は細い糸となり、天と地を結ぶ。
その金の糸の周囲に、銀色の粉が新たに生まれる。
恐ろしく細かい銀粉は金の粉の柱を中心に回転。複雑に輝きを明滅させる。
金と銀の光輝が、月と祠を結んでいる。
紲星あかり「――!」
あかり、葵へ声を掛けようとするが、身体が動かない。
葵、青ざめた表情のまま全身を震わせ、硬直する。目線は祠へ
祠の上に注がれている、金と銀の砂塵。
その光の柱が、突如、破裂。
炸裂した光の爆発が金と銀それぞれに分裂し、生き物のように2人へ襲い掛かる。
金の光はあかりに。
銀の光は葵に。
紲星あかり「!!」
あかり、なんの抵抗も出来ず、妖光の砂嵐を浴びる。
意識が金色に塗り潰される。
のまれた。