月、ころてる   作:鈴本恭一

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第2幕・第3章:金世界

○??

 

 あかり、目を開ける。

 

 周囲は霧だ。

 金色に輝く光の霧。

 深く濃い。指の先さえ見えない。

 霧の光度はあちこちでムラがあった。強く輝いたかと思えば突然弱くなり、白に近い色へと変わる。

 

紲星あかり「(目に力を強く入れ)―――ゆかりさんの言ってた、池に住む生き物……」

 

 あかりが呟くと、金光の霧は明確な明滅を示す。反応していた。

 その霧の中から、黄金の粒子が現れる。

 細い奔流となって、あかりの周囲を取り囲む。

 

琴葉葵「(悲鳴)」

紲星あかり「!」

 

 あかり、金の霧の向こうから届いた葵の悲鳴にハッとなる。

 何も見えない。

 あかり、とにかく前へ走ろうとする。

 が、あかりの全身、頭頂部から爪先まで、金の粒子がぐるぐると輪になって包み込む。

 あかり、それだけで動けなくなる。金縛りだ。

 

 動けないあかりに、さらなる悲鳴。

 

琴葉葵「(悲鳴)いや!」

 

 あかり、目だけ動かして周りをつぶさに見詰める。

 何も見えない。

 何も視えない。

 

紲星あかり「葵ちゃんに変なことしないで!」

 

 金の光がさざ波のように明滅する。

 あかりから見やすい位置で応答するが、それ以上の変化はない。

 

 あかり、その光を睨み付ける。

 

紲星あかり「……やめて」

 

 視えない。

 しかし、睨む。

 あかり、唇を強く噛み締め、告げる。

 

紲星あかり「何かしたいなら、私にすればいい」

 

 金の流れ、一瞬ゆるむ。

 

紲星あかり「ゆかりさんが言ってた。私は、あなたたちが棲みやすいって。人に棲みたくてやってるなら、私に棲めばいい。その代わり、葵ちゃんには何もしないで」

 

 あかり、拳を握る。睨む。

 

紲星あかり「私に入りなさい」

 

 反応が起きる。

 金の流れがその形を変える。

 全身を取り巻いていた金色の粒子達がその拘束を解除し、あかりの眼前に集結する。

 そして、ひとつの形を作る。

 

 文字。

 

      " 見 た く は な い か "

 

 

 あかり、息を呑む。

 (多く見てきた不可視の生物の中で、言葉を使い、あかりへ呼びかけてきた生き物に、初めて出会った)

 

紲星あかり「(震える声で)……なに、を?」

 

 金の霧が淡く瞬く。

 

琴葉葵「いやっ! 見ないで!」

 

 粒子状の方の金が、万華鏡のように形を変える。

 

 

      " き さ ま が う と ま れ た い み "

 

 

琴葉葵「見ないで! 見ないで! 見せないで!」

 

 

      " い ま な ら 見 ら れ る "

 

 

琴葉葵「見ちゃだめ見ちゃだめ見ちゃだめ見ちゃだめ見ちゃだめ!!」

 

 

      " い ま し か 見 ら れ な い "

 

 

琴葉葵「いやいやいやいやいやいやいや! いやあああああああ!」

 

 

 

 葵の悲鳴。

 金の文字。

 霧。

 

 

 それしか存在しない世界。

 

 

 

 

紲星あかり「……」

 

 

 

 あかり、瞳を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 表情が消える。

 

 

 

 

 

紲星あかり「(抑揚のない声)―――あなたが私にそれを見せてくれたとして、その代わりに、私は何をあなたにすればいいの……?」

 

 

      " な ま え を よ こ せ "

 

 

紲星あかり「(薄く眼を開け)名前?」

 

 

      " こ ち ら で あ そ ぶ た め の な ま え を よ こ せ "

 

 

紲星あかり「……」

 

琴葉葵「(悲鳴。掠れる。声ではない声)」

 

 

 葵、声が途切れる。

 霧も粒子も、光の明滅をやめる。

 淡く灯るだけの単純な景色。

 

 時が止まったような世界とあかり。

 

 

 あかり。

 

 あかり。

 

 

 

 あかり、目を開ける。

 光の薄い瞳で。

 

 

 

 

紲星あかり「―――"よろうてつ"」

 

 

 

 

 金の光が、一度、弾ける。

 

紲星あかり「あなたの名前は、"よろうてつ"。今、名付けた。だから、見せて。私の視たいものを。私に視せて」

 

 あかり、手を眼前に伸ばす。

 

 周囲を取り囲む金の霧が激しく輝き始める。

 

 金の粒子達が滅茶苦茶な動きで踊り狂う。

 法則性のない運動をしたまま、あかりのもとへ雪崩れ込む。

 

 あかりの指先に金の光が集結する。

 

 あかりの手に集まった黄金の粒子が、螺旋を描いてあかりの顔に飛び込んでいく。

 金の奔流、あかりの両眼へ吸い込まれる。

 

 あかり、のけぞる。

 

 金の霧が音もなく爆裂する。

 

 

 金の世界が消え失せる。

 

 

 

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