○??
あかり、目を開ける。
周囲は霧だ。
金色に輝く光の霧。
深く濃い。指の先さえ見えない。
霧の光度はあちこちでムラがあった。強く輝いたかと思えば突然弱くなり、白に近い色へと変わる。
紲星あかり「(目に力を強く入れ)―――ゆかりさんの言ってた、池に住む生き物……」
あかりが呟くと、金光の霧は明確な明滅を示す。反応していた。
その霧の中から、黄金の粒子が現れる。
細い奔流となって、あかりの周囲を取り囲む。
琴葉葵「(悲鳴)」
紲星あかり「!」
あかり、金の霧の向こうから届いた葵の悲鳴にハッとなる。
何も見えない。
あかり、とにかく前へ走ろうとする。
が、あかりの全身、頭頂部から爪先まで、金の粒子がぐるぐると輪になって包み込む。
あかり、それだけで動けなくなる。金縛りだ。
動けないあかりに、さらなる悲鳴。
琴葉葵「(悲鳴)いや!」
あかり、目だけ動かして周りをつぶさに見詰める。
何も見えない。
何も視えない。
紲星あかり「葵ちゃんに変なことしないで!」
金の光がさざ波のように明滅する。
あかりから見やすい位置で応答するが、それ以上の変化はない。
あかり、その光を睨み付ける。
紲星あかり「……やめて」
視えない。
しかし、睨む。
あかり、唇を強く噛み締め、告げる。
紲星あかり「何かしたいなら、私にすればいい」
金の流れ、一瞬ゆるむ。
紲星あかり「ゆかりさんが言ってた。私は、あなたたちが棲みやすいって。人に棲みたくてやってるなら、私に棲めばいい。その代わり、葵ちゃんには何もしないで」
あかり、拳を握る。睨む。
紲星あかり「私に入りなさい」
反応が起きる。
金の流れがその形を変える。
全身を取り巻いていた金色の粒子達がその拘束を解除し、あかりの眼前に集結する。
そして、ひとつの形を作る。
文字。
" 見 た く は な い か "
あかり、息を呑む。
(多く見てきた不可視の生物の中で、言葉を使い、あかりへ呼びかけてきた生き物に、初めて出会った)
紲星あかり「(震える声で)……なに、を?」
金の霧が淡く瞬く。
琴葉葵「いやっ! 見ないで!」
粒子状の方の金が、万華鏡のように形を変える。
" き さ ま が う と ま れ た い み "
琴葉葵「見ないで! 見ないで! 見せないで!」
" い ま な ら 見 ら れ る "
琴葉葵「見ちゃだめ見ちゃだめ見ちゃだめ見ちゃだめ見ちゃだめ!!」
" い ま し か 見 ら れ な い "
琴葉葵「いやいやいやいやいやいやいや! いやあああああああ!」
葵の悲鳴。
金の文字。
霧。
それしか存在しない世界。
紲星あかり「……」
あかり、瞳を閉じる。
表情が消える。
紲星あかり「(抑揚のない声)―――あなたが私にそれを見せてくれたとして、その代わりに、私は何をあなたにすればいいの……?」
" な ま え を よ こ せ "
紲星あかり「(薄く眼を開け)名前?」
" こ ち ら で あ そ ぶ た め の な ま え を よ こ せ "
紲星あかり「……」
琴葉葵「(悲鳴。掠れる。声ではない声)」
葵、声が途切れる。
霧も粒子も、光の明滅をやめる。
淡く灯るだけの単純な景色。
時が止まったような世界とあかり。
あかり。
あかり。
あかり、目を開ける。
光の薄い瞳で。
紲星あかり「―――"よろうてつ"」
金の光が、一度、弾ける。
紲星あかり「あなたの名前は、"よろうてつ"。今、名付けた。だから、見せて。私の視たいものを。私に視せて」
あかり、手を眼前に伸ばす。
周囲を取り囲む金の霧が激しく輝き始める。
金の粒子達が滅茶苦茶な動きで踊り狂う。
法則性のない運動をしたまま、あかりのもとへ雪崩れ込む。
あかりの指先に金の光が集結する。
あかりの手に集まった黄金の粒子が、螺旋を描いてあかりの顔に飛び込んでいく。
金の奔流、あかりの両眼へ吸い込まれる。
あかり、のけぞる。
金の霧が音もなく爆裂する。
金の世界が消え失せる。