琴葉葵「(M)私を置いていかないで」
○あかりの小学校の教室?(昼)
あかり、葵と共に教室の窓辺にいる。
ふたり、外を眺めている。
紲星あかり「ねえ、見える? あそこにいるアレ」
あかり、教室の窓から指さす。
示した先は、電線の通った鉄塔。
琴葉葵「(顔をしかめ)なんのこと?」
紲星あかり「あの鉄塔の一番上にね、ウニとマリモを合体させたみたいなのがいるの。塔の上をぐるぐる回ったりして、おもしろいの」
あかり、笑う。
無邪気に。
あどけなく。
琴葉葵「……」
葵、その笑顔に見とれる。
琴葉葵「(はっ、として首を振りながら)何も見えないよ」
紲星あかり「じゃ、教えてあげる。面白いよー」
あかり、葵から目を離し、遠くを見やる。笑う。
葵、あかりを見詰める。笑わず。
手をぐっと握りしめながら。
琴葉葵「(M)あかりは、いつも楽しそうだった。楽しそうにそれを見てた。
私達が見えないことなどお構いなしに」
○あかりの小学校の教室?(昼)
窓際のあかりの席。
あかり、授業中にも窓の外へ視線を向ける。
何かを見て微笑んでいる。
そんなあかりを見ている、葵。
○あかりの小学校の教室?(昼)
休み時間。
葵、姉(双子)の茜と喋る。
琴葉茜「あかりちゃん、最近どっかに1人でおって、なんやぼおっとどっか眺めること多なったな」
琴葉葵「でも、声かければちゃんと一緒に遊んでくれるよ」
琴葉茜「せやな。まあ、でも、1人でおって寂しいって感じでもあらへんし、心配することないやろうけど……おし、葵、あかりちゃん呼んで。アルゴやるで」
茜、カードゲームを机の上に展開し始める。
葵、頷いてあかりを呼びに行く。
あかり、やってきて微笑みながら卓につく。
3人、笑い合いながら遊ぶ。
琴葉葵「(M)あの子は同じ笑い方で、窓の外を見てた。
いつも、遠くを」
○あかりの小学校・校舎の外の非常階段?(昼)
非常階段の最上段。
鉄柵ひとつ挟んだ向こう側が屋上。
あかり、その踊り場から遠くを眺める。
学校で一番高い場所。
風に煽られる三つ編み。
じっと何かを見詰める瞳。
葵、階段を上って声を掛ける。
琴葉葵「あかりちゃん、危ないよ?」
あかり、葵へ顔を向け、笑う。また遠くを見る。
琴葉葵「ねえ、戻ろうよ。お姉ちゃん待ってる」
紲星あかり「うん。もうちょっとだけ。もう少しだけ見たら、戻るから」
あかり、その場から動かずに返す。
葵、手を握り、拳を作る。
琴葉葵「……そんなに、面白いの?」
紲星あかり「面白いよ」
あかり、即応。
その早さに、葵、びくり震える。
紲星あかり「骨がないのにきれいに歩くのが好き。雲に紛れて雲の真似してるのが好き。
家の壁に張り付いて、電線を通って、地面に着かずどこまで体を伸ばせるか遊んでるのが好き。
影の中で泳いで跳ねてるタコみたいな鳥も、くるくる回る羽毛つきの岩も好き」
琴葉葵「……」
紲星あかり「あれを眺めるのが好き。遠くてよく見えないことの方が多いけど」
葵、あかりを見上げながら尋ねる。
琴葉葵「あかりちゃんは、近くに行きたいの?」
あかり、きょとんとする。
一拍の間を置いて、ふふっと笑う。葵、それに目を奪われる。
紲星あかり「うん、そうだね。きっとそう」
琴葉葵「あかりちゃん……?」
紲星あかり「私が近付けばいいんだ。遠くにいるから、目を凝らさなきゃって思ってたけど、私の方からあっちに行けばいいんだ」
琴葉葵「(息を呑む)」
紲星あかり「(葵の様子に気付かず)もっと近くで見たいな。行き方わからないけど」
あかり、楽しげに頭を揺らす。
葵、呆然とそれを見る。
握り拳を震わせる。痛いほど。
琴葉葵「(M)そっちにいたいのなら こっちにいるのは おかしいでしょう?」
* * *
(フラッシュ)
葵、同級生らに何かを告げる。
同級生ら、不安な顔になる。
* * *
琴葉葵「(M)わたしはこっち。あなたもこっち」
* * *
(フラッシュ)
葵、姉の茜に何かを告げる。
茜、心配な顔で葵を見る。
* * *
琴葉葵「(M)いっしょにこっちにいないと、いっしょにあそべない」
* * *
(フラッシュ)
あかり、授業中に外を眺める。
同級生ら、不安な顔であかりを見る。
茜だけ、心配げに葵を見る。
葵、無表情にあかりを見詰める。
* * *
琴葉葵「(M)だから、あなたはこっち」
* * *
(フラッシュ)
あかり、自分の机に突っ伏している。
同級生たち、教室の端で群れ、遠巻きにあかりを見やる。
ひそひそ声が教室に染み渡る。
誰もあかりに近づかない。
ひそひそ声がいつまでも続く。
* * *
琴葉葵「(M)あなたはこっち あなたはこっち あなたはこっち」
* * *
(フラッシュ)
葵、手を手で包む。
* * *
琴葉葵「(M)ひどい目に遭いたくないでしょう?」
○池の近くの空き地(夜)
金の霧が晴れる。
完全な満月の夜空。
その下にある悠久の祠。
琴葉葵「いや……いやぁ……」
葵、祠の前で仰向けに倒れている。
両手で顔を覆い、泣きじゃくる。
紲星あかり「……なんで」
あかり、その葵に近付いていく。ゆっくりと。
動きの残影に、金色の影が付着する。
紲星あかり「なんで、あなたが、私を……?」
あかり、すすり泣く葵の横まで歩み寄る。
無表情で見下ろす。
紲星あかり「友だちだと、思ってたのに」
琴葉葵「――私だって!」
叫び。
琴葉葵「私だって、友達だって思ってた! 一番仲がいいって思ってた! いつも一緒だった! なのに……」
むせび。
琴葉葵「私達のことなんて見てなかったくせに、あっちばっか見てたくせに。あんなに、あんなに」
泣く。
琴葉葵「……あんなにきれいに笑わないで……」
葵、顔を手で隠したまま、全身をわななかせる。
琴葉葵「そっちに行かないで……こっちにいて……なんのためらいも後ろめたさもないみたいな顔で、私のとこから離れないで……」
あかり、見下ろす。
紲星あかり「どうして、あんなことをしたの?」
琴葉葵「そっちに行かせたくなかった……そっちに行くなら、ひどい目に遭うんだって教えたかった。そっちのことを見たり言ったりしたら、ひどい目に遭うの。それを、教えたかった」
紲星あかり「……」
琴葉葵「ひどい目に遭うのがイヤなら、こっちにいて。こっちにいて。あなたはこっちにいて。私たちのところにいて。こっちにいてくれるのなら、また、元みたいに遊べるから……」
嗚咽。
琴葉葵「わたしを見て……あのきれいなかおで、わたしを見て……」
紲星あかり「――――"よろうてつ"」
あかりの瞳が金色に染まる。
紲星あかり「(低く冷く)私の心を見せてあげて」
あかりの全身から金の粒子が出現する。
それに呼応するように、葵の体からも銀色の粒子が現れる。
2つの粒子達が舞い踊り始める。
紲星あかり「私はずっと、あなたたちの所に戻りたかった」
銀の流れがあかりへ飛ぶ。
金の流れが葵へ跳ねる。
あかりと葵の狭間で、金と銀が混じり合う。
金銀の融合体がふたりの頭上に浮上。照らす。
紲星あかり「あなたたちがどれだけ私を怖がっても、それでも、私はあなたたちが好きだった」
あかり、かまわず地面へひざまずく(浴衣は不思議と汚れない)
葵の顔に、自分の顔を近付ける。
紲星あかり「この子の心を私に見せたんだから、私の心もこの子に見せて、"よろうてつ"」
あかり、葵の顔へ腕を伸ばす。
葵の顔を覆う手を、掴む。
紲星あかり「私の心を見せてあげて。この子の心を傷つけて。私の傷を教えてあげて」
葵、ぶるぶると震えながら抵抗する。
あかり、無頓着にこじあける。
ゆっくり開かれた手の向こうに、汗と涙と鼻水でめちゃくちゃになった葵の顔が現れる。
あかり、顔をさらに近付ける。
ぐちゃぐちゃに崩れた葵の双眸と、あかりの金の瞳が、触れそうになるほど接近する。
紲星あかり「―――私を見るたび痛むといい」
葵、びくんと体が跳ねる。
あかり、そっと笑む。
紲星あかり「(ゆっくりと優しい声音)そして、私の心を見せたら、この子に今夜のことは忘れさせてあげて。夢の中の出来事にさせてあげて」
葵の怯える瞳。
妖しく煌めくあかりの瞳。
痙攣を起こす葵の体。
一顧だにしないあかりの腕。
どれだけ震えても触れることのないまなことまなこ。
彼女らを照らす金と銀。
よろうてつ。
紲星あかり「あなたにあげる。一夜だけのにくしみを」
微笑む。きれいに。
紲星あかり「だから、いっぱいきずついて」
葵、叫ぶ。
金と銀の光が炸裂する。
空き地が再び金の霧に包まれる。
銀の粒子がそれに混じる。
葵の声も霧と光に吸い込まれて消失する。
金の霧を泳ぐ銀光が、葵の身に再び襲いかかろうとする。
「―――――子供をたぶらかす遊びは、品がないとゆかりさんは思います」
ピシ。
音が鳴る。
金の霧がひび割れる。
紲星あかり「!」
匂い立つ。スミレの香り。
あかり自身の匂い。嗅覚が戻る。
瞬く前に崩壊していく景色。
金の霧は消え失せ、月明かりに照らされた空き地が現れる。
三日月の下。
フードをかぶった少女。
結月ゆかり「今夜は私と同居人が遊んであげます。おいでなさい、池沼の生き物」
ゆかり、登場。