月、ころてる   作:鈴本恭一

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第2幕・第4章:きれいなあのこ

 

 

 

琴葉葵「(M)私を置いていかないで」

 

 

 

○あかりの小学校の教室?(昼)

 

 あかり、葵と共に教室の窓辺にいる。

 ふたり、外を眺めている。

 

紲星あかり「ねえ、見える? あそこにいるアレ」

 

 あかり、教室の窓から指さす。

 示した先は、電線の通った鉄塔。

 

琴葉葵「(顔をしかめ)なんのこと?」

紲星あかり「あの鉄塔の一番上にね、ウニとマリモを合体させたみたいなのがいるの。塔の上をぐるぐる回ったりして、おもしろいの」

 

 あかり、笑う。

 無邪気に。

 あどけなく。

 

琴葉葵「……」

 

 葵、その笑顔に見とれる。

 

琴葉葵「(はっ、として首を振りながら)何も見えないよ」

紲星あかり「じゃ、教えてあげる。面白いよー」

 

 あかり、葵から目を離し、遠くを見やる。笑う。

 

 葵、あかりを見詰める。笑わず。

 手をぐっと握りしめながら。

 

 

 

琴葉葵「(M)あかりは、いつも楽しそうだった。楽しそうにそれを見てた。

 私達が見えないことなどお構いなしに」

 

 

 

○あかりの小学校の教室?(昼)

 

 窓際のあかりの席。

 あかり、授業中にも窓の外へ視線を向ける。

 何かを見て微笑んでいる。

 

 そんなあかりを見ている、葵。

 

 

 

○あかりの小学校の教室?(昼)

 

 休み時間。

 葵、姉(双子)の茜と喋る。

 

琴葉茜「あかりちゃん、最近どっかに1人でおって、なんやぼおっとどっか眺めること多なったな」

琴葉葵「でも、声かければちゃんと一緒に遊んでくれるよ」

琴葉茜「せやな。まあ、でも、1人でおって寂しいって感じでもあらへんし、心配することないやろうけど……おし、葵、あかりちゃん呼んで。アルゴやるで」

 

 茜、カードゲームを机の上に展開し始める。

 葵、頷いてあかりを呼びに行く。

 あかり、やってきて微笑みながら卓につく。

 3人、笑い合いながら遊ぶ。

 

 

 

琴葉葵「(M)あの子は同じ笑い方で、窓の外を見てた。

 いつも、遠くを」

 

 

○あかりの小学校・校舎の外の非常階段?(昼)

 

 

 非常階段の最上段。

 鉄柵ひとつ挟んだ向こう側が屋上。

 あかり、その踊り場から遠くを眺める。

 学校で一番高い場所。

 

 風に煽られる三つ編み。

 じっと何かを見詰める瞳。

 

 葵、階段を上って声を掛ける。

 

琴葉葵「あかりちゃん、危ないよ?」

 

 あかり、葵へ顔を向け、笑う。また遠くを見る。

 

琴葉葵「ねえ、戻ろうよ。お姉ちゃん待ってる」

紲星あかり「うん。もうちょっとだけ。もう少しだけ見たら、戻るから」

 

 あかり、その場から動かずに返す。

 

 葵、手を握り、拳を作る。

 

琴葉葵「……そんなに、面白いの?」

紲星あかり「面白いよ」

 

 あかり、即応。

 その早さに、葵、びくり震える。

 

紲星あかり「骨がないのにきれいに歩くのが好き。雲に紛れて雲の真似してるのが好き。

 家の壁に張り付いて、電線を通って、地面に着かずどこまで体を伸ばせるか遊んでるのが好き。

 影の中で泳いで跳ねてるタコみたいな鳥も、くるくる回る羽毛つきの岩も好き」

琴葉葵「……」

紲星あかり「あれを眺めるのが好き。遠くてよく見えないことの方が多いけど」

 

 葵、あかりを見上げながら尋ねる。

 

琴葉葵「あかりちゃんは、近くに行きたいの?」

 

 あかり、きょとんとする。

 一拍の間を置いて、ふふっと笑う。葵、それに目を奪われる。

 

紲星あかり「うん、そうだね。きっとそう」

琴葉葵「あかりちゃん……?」

紲星あかり「私が近付けばいいんだ。遠くにいるから、目を凝らさなきゃって思ってたけど、私の方からあっちに行けばいいんだ」

琴葉葵「(息を呑む)」

紲星あかり「(葵の様子に気付かず)もっと近くで見たいな。行き方わからないけど」

 

 あかり、楽しげに頭を揺らす。

 葵、呆然とそれを見る。

 握り拳を震わせる。痛いほど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

琴葉葵「(M)そっちにいたいのなら こっちにいるのは おかしいでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 葵、同級生らに何かを告げる。

 同級生ら、不安な顔になる。

 

 * * *

 

琴葉葵「(M)わたしはこっち。あなたもこっち」

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 葵、姉の茜に何かを告げる。

 茜、心配な顔で葵を見る。

 

 * * *

 

琴葉葵「(M)いっしょにこっちにいないと、いっしょにあそべない」

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 あかり、授業中に外を眺める。

 同級生ら、不安な顔であかりを見る。

 茜だけ、心配げに葵を見る。

 

 葵、無表情にあかりを見詰める。

 

 

 * * *

 

琴葉葵「(M)だから、あなたはこっち」

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 あかり、自分の机に突っ伏している。

 同級生たち、教室の端で群れ、遠巻きにあかりを見やる。

 ひそひそ声が教室に染み渡る。

 

 誰もあかりに近づかない。

 ひそひそ声がいつまでも続く。

 

 * * *

 

琴葉葵「(M)あなたはこっち あなたはこっち あなたはこっち」

 

 * * *

 

 (フラッシュ)

 

 葵、手を手で包む。

 

 * * *

 

 

 

 

琴葉葵「(M)ひどい目に遭いたくないでしょう?」

 

 

 

 

 

 

○池の近くの空き地(夜)

 

 金の霧が晴れる。

 

 完全な満月の夜空。

 その下にある悠久の祠。

 

 

琴葉葵「いや……いやぁ……」

 

 葵、祠の前で仰向けに倒れている。

 両手で顔を覆い、泣きじゃくる。

 

紲星あかり「……なんで」

 

 あかり、その葵に近付いていく。ゆっくりと。

 動きの残影に、金色の影が付着する。

 

紲星あかり「なんで、あなたが、私を……?」

 

 あかり、すすり泣く葵の横まで歩み寄る。

 無表情で見下ろす。

 

紲星あかり「友だちだと、思ってたのに」

琴葉葵「――私だって!」

 

 叫び。

 

琴葉葵「私だって、友達だって思ってた! 一番仲がいいって思ってた! いつも一緒だった! なのに……」

 

 むせび。

 

琴葉葵「私達のことなんて見てなかったくせに、あっちばっか見てたくせに。あんなに、あんなに」

 

 泣く。

 

琴葉葵「……あんなにきれいに笑わないで……」

 

 葵、顔を手で隠したまま、全身をわななかせる。

 

琴葉葵「そっちに行かないで……こっちにいて……なんのためらいも後ろめたさもないみたいな顔で、私のとこから離れないで……」

 

 あかり、見下ろす。

 

紲星あかり「どうして、あんなことをしたの?」

琴葉葵「そっちに行かせたくなかった……そっちに行くなら、ひどい目に遭うんだって教えたかった。そっちのことを見たり言ったりしたら、ひどい目に遭うの。それを、教えたかった」

紲星あかり「……」

琴葉葵「ひどい目に遭うのがイヤなら、こっちにいて。こっちにいて。あなたはこっちにいて。私たちのところにいて。こっちにいてくれるのなら、また、元みたいに遊べるから……」

 

嗚咽。

 

琴葉葵「わたしを見て……あのきれいなかおで、わたしを見て……」

 

 

紲星あかり「――――"よろうてつ"」

 

 あかりの瞳が金色に染まる。

 

紲星あかり「(低く冷く)私の心を見せてあげて」

 

 あかりの全身から金の粒子が出現する。

 それに呼応するように、葵の体からも銀色の粒子が現れる。

 2つの粒子達が舞い踊り始める。

 

紲星あかり「私はずっと、あなたたちの所に戻りたかった」

 

 銀の流れがあかりへ飛ぶ。

 金の流れが葵へ跳ねる。

 

 あかりと葵の狭間で、金と銀が混じり合う。

 金銀の融合体がふたりの頭上に浮上。照らす。

 

紲星あかり「あなたたちがどれだけ私を怖がっても、それでも、私はあなたたちが好きだった」

 

 あかり、かまわず地面へひざまずく(浴衣は不思議と汚れない)

 葵の顔に、自分の顔を近付ける。

 

紲星あかり「この子の心を私に見せたんだから、私の心もこの子に見せて、"よろうてつ"」

 

 あかり、葵の顔へ腕を伸ばす。

 葵の顔を覆う手を、掴む。

 

紲星あかり「私の心を見せてあげて。この子の心を傷つけて。私の傷を教えてあげて」

 

 

 葵、ぶるぶると震えながら抵抗する。

 あかり、無頓着にこじあける。

 

 ゆっくり開かれた手の向こうに、汗と涙と鼻水でめちゃくちゃになった葵の顔が現れる。

 

 あかり、顔をさらに近付ける。

 ぐちゃぐちゃに崩れた葵の双眸と、あかりの金の瞳が、触れそうになるほど接近する。

 

 

紲星あかり「―――私を見るたび痛むといい」

 

 

 葵、びくんと体が跳ねる。

 あかり、そっと笑む。

 

紲星あかり「(ゆっくりと優しい声音)そして、私の心を見せたら、この子に今夜のことは忘れさせてあげて。夢の中の出来事にさせてあげて」

 

 葵の怯える瞳。

 妖しく煌めくあかりの瞳。

 

 痙攣を起こす葵の体。

 一顧だにしないあかりの腕。

 

 どれだけ震えても触れることのないまなことまなこ。

 彼女らを照らす金と銀。

 よろうてつ。

 

 

紲星あかり「あなたにあげる。一夜だけのにくしみを」

 

 微笑む。きれいに。

 

紲星あかり「だから、いっぱいきずついて」

 

 葵、叫ぶ。

 

 金と銀の光が炸裂する。

 空き地が再び金の霧に包まれる。

 銀の粒子がそれに混じる。

 葵の声も霧と光に吸い込まれて消失する。

 金の霧を泳ぐ銀光が、葵の身に再び襲いかかろうとする。

 

 

「―――――子供をたぶらかす遊びは、品がないとゆかりさんは思います」

 

 ピシ。

 音が鳴る。

 金の霧がひび割れる。

 

紲星あかり「!」

 

 匂い立つ。スミレの香り。

 あかり自身の匂い。嗅覚が戻る。

 

 瞬く前に崩壊していく景色。

 金の霧は消え失せ、月明かりに照らされた空き地が現れる。

 

 

 三日月の下。

 フードをかぶった少女。

 

 

結月ゆかり「今夜は私と同居人が遊んであげます。おいでなさい、池沼の生き物」

 

 

 ゆかり、登場。

 

 

 

 

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