オラーシャの赤い兎   作:八志 牛男

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総評する前の話

 

「とりあえず、一言言わせてもらって良いんですよね?」

 

「もちろん、オッケーですよ~~」

 

「私は、今回の悲惨な演習結果を受けての緊急の、内輪での、話し合いって、貴女から聞いてたんだと思っていたんですけど、……何で、うちの、スポンサーさんがいるんですか?」

 

 さっきボコボコにされた側からすると腹立たしいような笑顔を振りまいてくれるパウリーナ・アンブラジエーネ空中軽戦闘ウィッチさんに聞いてみます。

 

 この人は、私を受け入れてくれたお義父様の家でメイド長をしてくれてる人です。私の短い間でしかないオラーシャ連邦民としての感想としてもこの人は一級品のおかしい人です。

 

 普通、ウィッチがメイドをするわけはないっていうのは、共感していただけると思いますが、まぁ……お義父様は救国の英雄ということでその家ならウィッチが働くこともあるって納得することにしておきます。……そういうことにしておくんです、……話は変わりますが、オラーシャ連邦のヒスパニア戦役での最高記録の撃墜エースはパウリーナ・ルィチャゴフ赤色空軍第1101戦闘機連隊第一分隊長の40機になっています。11はキエフ管区の番号なんで、お隣さんです。

 

 お隣さんとは一緒に演習してみたりするのは自然の流れですし、向こうさんは私達に対抗しているのか第1101戦闘機連隊にヒスパニア戦役の経験者を集中して配備しています。……それも、これからある内戦を考えると自然なことです。悲しいですけど。

 

 

 

 

 問題は、その演習で相手を1人で皆殺しにしているこの人のことです。

 

 

 空戦演習で相手を2t爆弾で吹き飛ばす。

 

 

 

 ……えっ、幻月作戦じゃないんですから、空戦ウィッチがそんなものに巻き込まれられるはずがないじゃないですか~~。はははははは。……本当なんですか?

 

 密集しなかったら手榴弾で殺す。……密集したらどこかから2t爆弾を調達してきた?

機銃弾を未来予知したように回避するのでついたあだ名は『機動の神様』?

 

 

 ……空戦ってそんなんでしたっけ?

 

 

 ……ともかく、事実としてこの人は機関銃の反動にも耐えられない弱小ウィッチのはずなんですし、確かに機関銃を装備している所を見たことはありませんが、……そんなことはもう、どうでもいいです。

 そういうものです。誰もこの人を落とすことはできないし、この人は敵を殺します。……ならそれでも良いじゃないですか。それ以上に何があるっていうんですか?保守派のヒスパニア戦役経験者の集いが我が家で開かれたときに、非公式撃墜王(大型7を含む地上撃破154、空中撃破6機)として尊敬されていましたけど、そんなのは幻覚です。実際、ウィッチは空中撃破しか戦果としてたたえられないという風潮があり、陸戦ウィッチが1段低い扱いをされていることに不満が渦巻いているので彼女たちには英雄が必要であり、この人には十分な魅力があるということは分かりますけれども……。

 

 

 普通、メイドとして就職した人が『戦場が私を呼んでます~~』なんて言って、戦役が勃発するやいなや義勇軍として志願していくなんてないはずでしょう?

 

 そのせいで、お義父様と私が『私も行きたい』って言うお義姉様を止めるのに苦労したんですよ?しかも仕事の引き継ぎは完璧だったし、うちで働く皆には早く帰って来て欲しいと慕われてるとか何ですか、その完璧なメイド長ぶりは。この戦役の前は絶対お義父様がウィッチを個人的に確保するための名目メイド長だと思ってて済みませんでした。

 

 しょうがないじゃないですか、完璧なメイド長だと思うには貴女の振る舞いが奔放すぎるんですから。……それも、貴女の良いところだと皆に思わせるのが貴女の人徳ってやつですよね。でも、見習いたいとは思わせないのもまた味ではあるんですけど……。

 

 

 彼女以外のうちで働いている人は見た目は普通の人なんで、お義父様に引き取ってもらった当初はうちは私はここが普通の貴族の家だと思っていました(普通の貴族ってなんぞやって聞かれたら私は返答に困りますけど)。

 

 でも、そうじゃなかったんです。今、私の目の前で困った顔をして座ってる人がその典型例です。

 

 

 この普通のおじさんにしか見えず、資本主義諸国なら中間管理職、うちなら村区長かどこかの工場の管理人として立場の割には書類整理と利害調整がうまいけど出世欲が足りないから上には行けずに奥さんと幸せな家庭を築いて本当の勝ち組っぽい人生を送りそうな人はバルタザール・タムさんです。またの名をオラーシャキエフ軍管区長と言います。

 

 

 今となっては保守派の首都となってしまったキエフの重要性から分かるようにこの人はお義父様の腹心の部下で特にその政治面での能力を評価されています。出身が富農(クラーク)の子だったことから考えると政変以来保守派として一番出世した人なのですが英雄伝を作成するには地味すぎるので、あまり評価されてない不遇な立ち位置の人です。奥さんと幸せな家庭を営んでいければあとのことはどうでもいいって本気で笑えてしまえるような人でもあるのでそんなことは全く気にしていないでしょうし、お義父様がこの人を引き込めたことは本当に幸運でしたねって言いたいぐらい裏で地味に活躍しましたし、今となっても欠かせません、そんな人です。

 

 

 

 そんな人だからこそ、今は会いたくなかったんですよ。ここの小屋に緊急に集められた各中隊長も相手が誰かをすぐに理解して流石に顔色を変えています。豪胆すぎるこいつらにもそんな可愛げがあることを初めて知れて良かった、……なんて、言える立場だったら私も幸せなんですけど。もちろん、私もさっきから顔色を変えてる組の方です。

 こんな状況下でも顔色を全く変えないローザ・メルクロワ第八中隊付陸上軽戦闘指導ウィッチの可愛げのなさにむしろ感心してしまいます。この人に参謀になってもらいたいと思うぐらいに冷静沈着、合理主義な人で頼りにしたいと思える人なんですけども、……本人が現場第一主義で合理的すぎる意見を具申する傾向にあり、相手を説得するのが下手すぎて生き方が不器用というめんどくささもある人です。……下手したら、中隊指揮という現在の立場でも上に行き過ぎてると思ってる節さえあります。そんな人でも中隊指導ウィッチの立場を維持できる我が連邦の奥行きの深さに感動します。

 

「内輪って言えば、タムさんも含まれるに決まってますよ~~。私達はキエフ軍管区所属部隊なんですから~~」

 

「内輪って言うには規模が大きすぎません?ここに集まった人の中で面識が有るって言えるのは貴女と私だけじゃないですか」

 

「タムさんはそんな人じゃありませんよ~~。式典で会っただけでも名簿と写真をどこかから調達してきて勝手に人柄とその弱点を把握してくれちゃうような人ですからね~~。だからタムさん的には皆面識ありです~~。皆さんも、最低1回は会ったんですから~~、ちゃんと把握しておきましょうね~~。貴女達の運命を左右できる上司さんですよ~~。……そこらへん、何とか出来ない人間は死にます。これは人としては最低限把握しておかなければならないことです。ではでは~~、今回の総評をお願いしますね~~」

 

「……その紹介をする君にしても相当アレだと思うんだがね、……今回の演習内容は実に酷い、たった3人の空戦ウィッチが相手の、まぁ1人はおかしいヤツだったとしても、1会戦で603人の陸戦ウィッチの損耗にわが国、もちろんどの国でもだと思うが、は耐えることは出来ない上に撃破したのは1人だけだ。それも、本人の襲撃方法の愚かさによるものにすぎなかった。この結果にはうち(オラーシャ陸軍)の立つ瀬なんてない。正直に言うと、私は、君たちを各部隊が派遣してきたのは使えないウィッチを厄介払いしたに過ぎなかったのではないかと疑ってすらいる。これは最後通牒なんだが、何か言い残しておくことはあるかね?」

 

 

 ……そこまで言われても、何も言い返せません。私だけじゃなくて全員がです。この状況に無意識にパウリーナさんの方に頼る目を向けてしまいましたが、過去最高級の笑顔で返してくれるだけです。

 

 

 あーー、もう!!そういう態度を取らなくてもいいんじゃないですかね!?

 

 

 そりゃ、貴女も私もこの部隊が無くなったところで食うに困ったりはしませんし、なんならその方が幸せに暮らせるかもしれませんよ。

 

 でも、でも……です。責任感ってものはあるでしょう?貴女がこの演習の結果を予測できなかったとは思いません。だって貴女は腹が立つくらい完璧な、……私が尊敬する、この世で最も完璧なメイドさんなんですから。何とでも出来たはずです!!

 

 そんなにここにいるのが嫌ですか?ここに部隊長として配属されるはずだったお義姉様がどれだけ喜んでたか貴女も知ってるでしょう?そこを潰そうって言うんですか?

 

 

 ……絶対許しません。いくら貴女でも、です。

 

 

 考えなさい。レーセン・イナバ、まだ何か言い残すことは出来ます。何とかして、後につなげる時間が。……急げ、急げ、何かないか、何か。……ワタシもいるって言うのに何をしているの?

 

 私にはワタシがいるっていうのに、何で1人で考えようとしているっていうんだか。

 

 ワタシはいたずらだけをする存在じゃないよ。貴女が受け入れればワタシタチにはナンデモできるよ。好きなように世界を変えてみましょう?

 

 それだけで信じるには貴女には前科が多すぎますよ。で?どうするんですか?

 

 酷い言いぐさだなぁ。……本気で言ってるわけないよね。全オラーシャ軍の陸戦ウィッチの5分の1を手中に抑えたんだから手放すわけないじゃん。これはただの圧迫。……それはそれとして、今後の事を考えると反撃はちゃんとかけといてね、部隊長さん?

 

 反撃?私たちの下はいないことを考えると、何とかして上に責任を押し付けるしかないってことです?8中隊のうち6中隊を高射砲中隊として訓練しといて、急に機関銃による空中撃破をさせようとする演習をさせるなって私も疑問に思っていなかったわけじゃないですしね。

 

 

 その線で反論してみます。……みました。

 

 

「0点」

 

 

 ……討ち死にしました。

 

 「反論しようとした気概は買うし、もし部下にやらせてたら0点では許さん。……だが、上に責任を押し付けるつもりなら将来性を感じさせる改善策もつけておけ。上にとって下に責任を押し付けるのは簡単なことだ。それを乗り越えてでも切り捨てるには惜しい部下になることだな」

 

 そう言ってキエフ軍管区長は小屋を出ていきました。その後をパウリーナさんがついていきます。完璧なウインクを私に残していってです。……この、お通夜状態の皆をこれから何とかするのは正直しんどいんですけど……はぁ、頑張りましょうってことですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パウリーナ・アンブラジエーネは最強、最高のウィッチである。

 少なくても彼女は自分の事をそう思ってきたし、また他人に文句を言わせないほどの実績を残してきたとも思っている。保守派についたせいで空戦1位をとれなかったことはちょっと残念だけどそっちのほうが面白そうだったのだからしょうがないと納得した上で嘆息して見せたりもする。人間ってどうしようもない。

 

 

 ……どうしようもなく面倒くさくて面白い。世界は自分にすら予測することも自由にすることもできないなんて。

 

 

「貴方もそう思ってくれますよね?」

 

「その無駄な自負心に感心させられないこともないが、絶対その生き方は生き辛いと忠告はしておいてやろう」

 

 タムさんは全部言わなくてもちゃんとついてきてくれるんで好きです。

 

「貴方の家でメイドを募集してたらそっちに行ってたんですけど、今からでも募集するつもり、ありません?」

 

「お前がいたら気持ちが休まらんしな。家には彼女がいれば十分だ。……だいたいお前は大将のとこで働くのが天職だろう、四六時中陰謀を考えてるようなヤツは家には来ないでくれ」

 

「あ~~!!そういうこと言っちゃうんです!?私が陰謀が好きなのは全く否定しませんけど、……私だって、人並みな幸せに憧れないわけじゃないんですよ?……その点、貴方のとこがこの国、ひいてはこの世界で最高ですので、ぜひぜひそれを身近で見させてもらってニヤニヤさせてもらおうと~~、……思ってるんですよ?」

 

 

 分かってくれないかなぁ……。

 

 

「そんなことを聞いて、誰が雇おうと思うんだ……。ほらほら、お邪魔虫は国の為に働け」

 

 

 私だって、……乙女なんですよ?

 

 

「アーニャさんだって、私の味方です~~!!ある日、突然キスで起こされて私に最高のニヤニヤ顔でコーヒーを渡されないように、精々祈っておくべきですよ~~」

 

 

 それが天職を棄ててでもいいなんて言うってことは……。

 

 

「……彼女とのキスが1回増えるなら、お前という耐えがたい屈辱にも耐えてやろう」

 

 

 そういうこと、なんですよ……?

 

 

「メイドを1人雇っていただきありがとうございます~~。いや~~、これは貴方の人生最高の拾い物ですよ~~。これでこれからの貴方の幸せと私のニヤニヤは完全に保証されました~~!!」

 

 

 私は貴方の1番弟子で、生まれてくるのがちょっと遅すぎた以外は完璧なウィッチです。

 

 

「済まんが……お前には、大将を支えてもらわなきゃならん……。悲しいことだが政治的人間は希少な存在で、俺はお前以上のを知らんのだ」

 

 

 だから、……もうちょっとだけは待ってあげます。

 

 

「元帥閣下は私抜きでも何とか出来る人だと思いますけどね~~。でも、貴方は酷い人です。自分だけ最愛の人の横にいて~~、私には趣味の世界に生きることすら許してくれないんですか?いい加減、あの屋敷にはコイバナ成分が足りないんです。貴方には私に最後まで付き合う義務があると思うんです。助けてください」

 

 

 私が貴方たちの運命を超える日まで。……恋の花が咲く日まで。

 

 

「本当に済まない」

 

 

 貴方に頭を下げられただけで許しちゃう、私に芽生えた愛すべき愚かしさも抱えた上でもですよ?

 

 

「……はぁ、引継ぎが終わるまでですよ~~?ちょうどイキのいいのがいますから、何とかすることにします」

 

「……そこまでとは思わなかったが」

 

「アレに押さえつけられたお嬢様の奮闘に期待っていうことです。……それに、単に固有能力頼りの存在じゃないってことだけは私が保証しますよ。……アレは、私と同じようにおかしいやつです。私と同じように政治方面に伸びてくれるのに期待ですよ」

 

「ミーシャが優れてさえいてくれたら……と思うのは罪深いことだが」

 

「貴方はウィッチに重いものを背負わせすぎです。所詮小娘、貴方の期待に応えられるのなんて私ぐらいでしょう?過保護な元帥閣下が守ってくれてる間にせいぜい青春を送ってもらいましょう。ちょうど競わなきゃいけない相手もいますし、育たなければ死んでしまうんです。……そういうとこが嫌いなんですけどね、私」

 

 ……どうしようもなく面倒くさくて面白い。私たちはそうでしかあれなかったけど……貴女達もここまで早く落ちて来ましょう?私の勘に過ぎませんが、大戦争はすぐそこですよ。選択肢が他にあってなお私たちの所に落ちてくる存在が必要なんです。助けてください。

 




 内戦準備中じゃなかったら内戦を起こしてたけど、恋に落ちてしまったので現在活動休止中系ラスボスメイドウィッチのパウリーナ・アンブラジエーネさんです。

 ラスボスにふさわしい強さと我の強さを発揮する予定なんですが大祖国戦争前までにあがりをむかえるか寿退職していきます。いわゆるお助けキャラ枠。

 大型ネウロイ7は陸上戦艦的な存在だと思ってください。


 後方事情の話であと4~5話かけて実戦にもっていければいいかなぁ。

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