「原則を確認しましょう」
オルインピアダ・コベレフ第二中隊付陸上重戦闘指導ウィッチが不満渦巻く小屋の中で機先を制して喋り出してくれます。
「能動的に自らの運命を決定出来ない者は歴史の掃き溜めに向かうしかない、と……それは戦略的次元に限ったものではなく、戦術的にも、……で、私達は歴史の掃き溜めに向かいつつある兵種であるのだ、と」
彼女が言ってることにはヒスパニア戦役の戦訓の1解釈が反映されています。陸戦ウィッチはついぞ決定的戦果を挙げることは出来なかった。それは、速度に勝る空戦ウィッチには敵の撃滅が適任であり、数に勝る陸戦ウィッチには防衛任務が適任である。本当はこんなお上品には表現してくれないんですが……。
空戦ウィッチには何でも出来る。陸戦ウィッチはその数合わせに過ぎない。政治が防衛に兵を割くことを求めるならば奴らでも貼り付けておけ。
……彼女はヒスパニア戦役経験者ではなく、後方に置いていかれたユークライン人に過ぎません。だからこそ、先鋭化しています。自分たちの価値が認められていないことに二重の被差別意識をもって応じるのです。私達(陸戦ウィッチ)は日の当たる場所に何とかして出なければならないのだと……。
差別に敏感で面倒見がよく、身内至上主義。同類意識故に私たちの中で陸戦ウィッチを組織化するのが最も上手く、それ故に第一中隊付指導ウィッチになることは出来なかった。私から見たらそんな人です。
……しかし、物事には常に別の面もあります。ネウロイとて存在するための原則を破ることなどできません。存在し続ける為には自らを保全し続けないといけないのです。彼らも決戦は常にお互いが自分が勝つと思っているか、強要されない限り生起しないという原則を破ったりしません。そして私達には彼らに決戦を強要できる戦略的重要拠点が存在するのかどうかすらわかっていない上に、彼らには常に決戦を避けるには十分な狡猾さ(ゲリラ戦)と地上での機動優位(陸上戦艦)があります。
陸戦ウィッチはネウロイに与えられる馬草であると誰が評したのかはともかくも、戦闘を彼らが開始できる条件があって彼らが決定できる以上は、私たちは常に赤字に追い込まれざるを得ません。それを破ることが出来るのは今のところ空戦ウィッチの速度だけです。
「トロッキーの引用でしたっけ、それって。……じゃなくて、私たちは所詮ウィッチ、政治の従属者達、雇われの存在なんですけど何か言いたいことでも?」
第三中隊付陸上重戦闘指導ウィッチのクセニア・モジャイスキーが応えます。
「空戦に巻き込まれた陸戦ウィッチは、どうしようもないなら……空を諦めるべきだ、と。高射砲を車載したウィッチ中隊ならば機動戦と空戦の両面で対応できます。政治的には出来るだけ重要地点に素早く駆け付けるべきかもしれないけれども……それは私達の命よりも大事なことですか?」
「もちろん、そんなことはないよ。……それに君の言うことは多分正しいでしょう。ただ、私が尻尾を振るのは上の人たちに、ってだけです。上が混乱した指示を出してきたとしてもその結果を私たちが受け入れるのが私たちの仕事で、私たちはただ上からの指示を受けて訓練するだけです」
彼女の言うことは正しいんですが、あまりにも長いものに巻かれすぎるのが難点です。長いものとは政治的には上に盲目的に従うということですが、私生活的には幸福の追求に余念がないということで表現されます。……彼女が主催するイベントに今まで外れたことはなく、そのために幸福追求会なる実行部隊を中隊の枠を超えて編成している組織者です。
そのイベントに乗じて事(いたずら)を起こそうという使い魔を飼ってる身としては痛し痒しです。彼女のイベントが発生するたびに私は最終的に怒られることになるんですが、それでも楽しい事には楽しいと認めざるを得ません。ですので彼女には中隊の枠を超えた普遍的支持があるのですが、能動的にそれを組織化する手腕と意思には欠けてるように見えます。
「でも、そういうわけにもいかないでしょう?上も私たちの意見を一応聞いてくれる態度を見せてくれたんだから意見を述べておくべきよ。私達と彼らの視点からは別のものが見えているのだから、伝えるだけは伝えれるように努力しておきましょう。最終的には常に現場は叩き落されるとしても、上が1枚岩でさえなければいつか反対派が拾ってくれるでしょうよ」
第四中隊付陸上重戦闘指導ウィッチでうちの指導層唯一のヒスパニア戦役経験者のカティアは彼女自身も信じてなさそうな風に注意しました。
結局彼女たちの意見の争点は下級部隊が戦闘ドクトリンに疑問を持つべきか?持つとしたら変更させる為に政治活動を行うのか、非公式に不服従するのか?これは最終的にはウィッチというものはどのように軍と関わっていくのかについての思想の違いです。
「とりあえず個々の戦闘行動の反省を行ってから、それ以外の話を進めるべきだと具申します」
「個々の戦闘行動を判断するにはそれを包括する戦闘ドクトリンの観点から見るしかないのでそっちを先に片付けません?と言っても、私達の抽象的目的は常に1つ、出来る限り早く必要な場所に到着して敵の意図を妨害することですわ。敵を撃破することも……私たちが生存することでさえ副次的目的にすぎないでしょう」
「異議あり!!陸戦ウィッチが追求する目的はネウロイの撃滅を第一義とするべきであり、その為には十分な火力さえ用意できているのならば、あとは決戦を強要するための速度が重視されるべきである。よって今回の失敗は機材であるDC-3輸送機には射角が制限され統一射撃を実施できないこととその為の訓練の不徹底が原因であり、我々は直ちにその為の改善に取り組むべきである」
イライダ・テレシコワ第五中隊付陸上重戦闘指導ウィッチは戦術面を重視した提案を、ザミラ・ウルマノフ第六中隊付陸上重戦闘指導ウィッチは戦略面を重視した意見を出す傾向があり、ブロニスラヴァ・コルチャーク第七中隊付陸上軽戦闘指導ウィッチに至っては攻勢と機動性を重視するプロレタリア軍事理論―しかも風説に流布された単純化されたものーから万事を判断します。こんな人でも訓練の上手さと指揮下の部隊に一体感を醸成することに長けてるので扱いに困ります。いくら何でも反共で組織された部隊が赤い理論で構成されるのは政治的に厳しいと思うんですよね。
イライダは与えられた目の前の問題を解決することが上手く、ザミラは物事の観念的把握が早いことで政治・戦略面での視点に優れていますが、その為に目の前の課題の解決がおろそかになる欠点があることから2人で1人の軍管区長に匹敵すると2人の部隊では評判です。私も同意見ですので今回もその活躍に期待しています。
彼女たちが連合してブロニスラヴァの教条主義に対抗した論争を行い、そこにローザが流れを変えるための一言を放り込むことで部隊の統一見解を形作っていく、うちでよくあるプロセスから私は彼女たちの事をうちの非公式参謀本部と心の中で呼んでいます。その見解にオルインピアダが陸戦ウィッチの、クセニアが上司たちの、カティアが実戦経験者としての意見を追加していくことで深みが加えられていきます。
こう言ってしまえば私の存在なんていらないように思えます。そうです。
……彼女たちがそれぞれの意見を反映しすぎなければそうなんです。
「目的はともあれ、私達は飛行機で機動するしかないのでその線で議論を行うように。車両を用意するのも難しい。輸送力は現在でもかつかつで現地で最適地に事前集積しておくのは明らかに無理がある。……幸いなことにレーダーでのネウロイ索敵成功記録があり、DC-3にも夜間航行用に配備されている。これで安全性を確保する?ブロニスラヴァの意見は議論に値しない」
現状を打破してくれそうですが一言も二言も足りてない言葉を放ってもらったので、とりあえず火消しします。
「コルチャークの意見が議論に値しないのは、その意見は余りにも明確過ぎてそれ以上深めようがないからです。あとで実際にやってみるしかありません。そして私たちはあらゆる可能性を議論する必要があるので納得してください」
「了解しました。ですが、無駄なことだと思います。上は我々に今までと違うことをやらせた上であそこまで言ったのであり、攻勢と機動性の原則にも合致していた以上は空中撃破案は正解だと愚考する所存であります」
「私もそう思っておくべきだという意味でそれに同意します。訓練に戻って上からの指示があるまで待つべきです。今回の演習により上層部での多少のごたごたは想定されるところであり、今不用意に意見をあげると政争に巻き込まれる恐れがあります。特にオルインピアダとザミラあたりが飛ばされる可能性は十分あります」
「それでも構いません」
ブロニスラヴァの暴発を止めようと思ったら別なとこに延焼しました。
私たちのうち私とベロルシア人のイライダを除けばちょうど中隊指導ウィッチの出身はオラーシャとユークラインの半々になります。そのうちで政治的になりあがってくる恐れがある軍管区長に匹敵すると噂のオラーシャ人のザミラはこの部隊が保守派のひいてはユークラインの首都であるキエフの名を冠する有力となるべき部隊にふさわしくないとしての民族感情があるということなのかもしれません。オルインピアダは分かりやすく陸戦ウィッチを組織しすぎて政治的に手に負えなくなる恐れがあるということなんでしょう。
「私が構います。部隊長が部下の面倒を見てやれないなら辞めてしまうべきでしょう?それにさっき“部下にやらせてたら0点では許さん”と言われたばっかりですしね。とは言え意見具申をするかどうかは議論を終えてからもう1度考えるべきことです。メルクロワに“将来性を感じさせる改善策”を貰いましたが皆はどう思いますか?」
自分が言われたばかりの言葉を早速下に対して使ってみます。確かにこんな部下は守ってやりたくなりますね。……まぁ、私には全員を等しく政治的に守り抜く義務があるのでそんなひいきはしませんけど。私はお義姉様の部隊を預かっているだけです。可能ならば少しでも良い状態でお返ししたいとも思いますけど、こいつらの手綱を引くのは中々骨が折れるので私のそんなささやかな願いが叶うかどうかは彼女たち次第かなぁ……。うん、きっとやってくれるはず。
「レーダーの索敵可能距離と対応体制が構築出来るのかどうかが気になりますね。レーダーの索敵可能距離が仮に60kmだったとして敵もこっちと同速で突っ込んでくるなら10分で送り込まなきゃいけないけど、無視して輸送機を狙われるとどうしようもなくなると思うんですがね。そのへんはどうなってます?」
「昼間なら何とかなるはずです。そもそも論として護衛に空戦ウィッチを前方展開しておけばもっと早く発見して撃滅するにも退避するにも可能だと思いますけど……。夜間戦闘ともなると、……向こうが何らかの探査手段を用いてきたら私が発見そのものは出来るとは思います。思いますけど、その上で戦闘は無理かなと、帰投を考えないで投入するか輸送機に激突するのが落ちです」
空戦ウィッチがここにいないので私が答えます。軽偵察ウィッチの資格しか取ってませんが、空戦の様相は把握しています。ただ最新型ストライカーに乗って戦闘を行うよりも隊長機は長時間空中にいて戦場の様子を把握すべきであり、また固有魔法がその為にぴったりだったのでソードフィッシュが私の乗騎になって、その為の訓練と隊長業務への習熟に駆り出されたので自分で実行するには習熟が足りてないというのが事実です。
内緒話ですが恐らく私は魔道エンジンの波長を無理やり合わせることでどのストライカーでも起動させることが出来るはずです。まともに機動出来るかは別問題になってしまいますが。
「隊長、貴女の索敵可能範囲はどれくらいですか?」
「えっ、敵の探査手段が私に届いた時点で気付くので敵依存でどこまでもですよ?」
「よし!安全性の確保に成功」
「いや、これだけで安全性が確保されたと言うのは早計ですわ。夜間発見された場合にパラシュート空挺を実施できるか確認しておかないことには……。そもそもうちの部隊の夜間戦闘操典が用意できてないのをいい加減何とかするいい機会だと思いますのでそれも含めてまとめてしまいましょう」
「属人的な方法にはあまり頼りたくないんですが」
「今回の演習の教訓から空挺後の部隊の再編成についても話し合うように」
「昼間でも合流に手間取ったのに敵前での夜間だとどれだけ手間取ることやら」
「そもそも航空ネウロイは夜間襲撃を積極的にかけてくるんですかね?」
「昼間戦闘能力でこっちが勝てば合理的にそうしてくると考えておくべきだろう」
「昼間の高射砲演習ですら撃破するのに600発も砲弾を使ったのに、夜間高射砲戦闘なんて補給がもつかどうか」
「ですが夜間も機動と戦闘が出来ないと私たちの価値は単純に半減しますので重点研究対象としてこれから考えておくべき項目ですわよ」
「うわぁ、それ、絶対えぐい仕事量になるんですけども」
話し合いが前向きに活性化してきたことには喜びを感じますが、その仕事量を考えると私もうわぁとしか感想がないです。今回の演習結果から戦闘ドクトリンの改定案を出してそれに対応した個々の戦術行動の具体案の作成にまだ手を付けてもいない夜間戦闘操典の作成までやるとなると案だしだけでもどれほどかかることか。それが終わっても今度は再確認の小演習をひたすら行って深めていくことを考えると今から憂鬱です。
「これで私たちの運命が決定するのです。頑張りましょう、と言っておきます」
オルインピアダの私達思わずため息をついてしまった組への発破掛けが口火を切ってそれから私たちは延々と私たちの部隊に魂を吹き込むための話し合いを続けていきました。
オルインピアダ・コベレフは平凡、普通なウィッチである。
先の大戦で彼女を出産した直後に黒海上のネウロイの巣を攻略する幻月作戦に志願してネウロイとの激烈な戦闘の果てに結局第三派の最終攻撃隊として特注された戦略爆撃機から2t爆弾を抱えて飛び降りて世界を救った母親を持ち父親だけに育てられた良くいるウィッチの1人である。
彼女にとって母親は歴史に名を刻んだ写真の中だけの存在であり、そんな母親を誇りに思ったり自分が片親しか持たない子である運命を悲しんで、反抗の為に共産主義活動に身を投じてしまうぐらいには普通の存在だった。
……慕っていた先輩がヒスパニア戦役で戦死しなければ彼女は今でも普通の存在だった。
「あ~眩しい。私はこれらに毛布を掛けてから戻って寝ますけど、貴女達はどうします?」
イライダが死屍累々の小屋を見渡しながら私とブロニスラヴァに確認をとる。
「まったく、戦役経験者でもこのざまとはたるんどるな。中隊に戻ってくるので貴官に後を頼んでもいいか?」
「あはははは、寝れるときには寝るというのも戦争の鉄則ですから。あとは頼まれました」
そう言って彼女は揺るがない足取りで小屋を出ていった。
残された私たちは少しの間顔を見合わせて仕方ないなぁというような曖昧な微笑を同時にお互いの顔に発見してちょっと笑ってしまった。
「あの人はああいう人ですからね、演習も無事終わったことですのでお茶でも一杯ご一緒しませんか?」
「分かりました」
私の返事を聞くや否やイライダはぱっぱっと準備して彼女が懐から取り出したクッキーをつまんで私は彼女とお茶を頂いた。
「これから忙しくなることを考えたらここでゆっくりしていきたい所ですが、そういうわけにもいかないんで一杯だけ飲んだらお仕事しますか」
「貴女にとって、これも仕事ですよね」
イライダはちょっとだけ困った顔を見せてから笑顔を私に返した。
「ブロニスラヴァに言ったことと違う」
「あの人がいないとこでしゃべりたかっただけなんで、文脈をちゃんとつなげるがめんどくさくなってですね、私も眠いですし。じゃあ枕はおいてさっさと言います。同盟組みません?」
私は無言でイライダに先を促す。
「うちで今政治的に動員できるのは私とザミラと貴女のとこだけですから、一本化しておきたいんです。存続の危機ですので私たちが急進化して貴女に合流するのは極めて自然なことです。このさい危機感を煽って各中隊に支持層を拡大しておきたいんですけれども、その為には貴女を旗頭にまとまったって話があれば分かりやすくていいんです」
「そして何があったら私だけを飛ばす、と?」
「その代わりに貴女に支持が集まるはずなんでそれは受けてください。クセニアが飛ばされる恐れがあると言った際に貴女は”それでも構いません”と言ったじゃないですか。それにこの場合貴女以外は旗頭になれませんし」
「抑えるのはどっちを?」
「中隊長の方で」
「部隊長じゃなくて?」
私たちの隠語で中隊長はレーセン、部隊長はミーシャのこと。
「部隊長を抑えるのは本気すぎます。部隊長を動かせると私たちの政治的動員可能な中隊が4つになって、他の中隊もこっちに同調する可能性が出てきます。これで反乱可能性を匂わせると上も妥協してくれないと思います。怖すぎます。中隊長だと3中隊で済んで他の中隊が向こうについて確実に鎮圧できる反乱予備軍以上にならないので、多少の飴で黙らせておくでしょう。それにこれに部隊長を持ち出すとスポンサーとご実家が怖いですし」
「中隊長も同じご実家だけどね」
「中隊長は立場的に部隊の存続を図らなきゃならないんですから、ご理解いただけるでしょう。いざとなったら部下の面倒を見てくれるそうなんで、助けてもらいましょう」
「中隊長も大変な仕事ですよね」
「部隊が存続の危機にあるのに大変じゃないわけないですよ、それに貴女が狙ってる立場じゃないですか」
「……いつまで続くの?」
「決定的戦果を挙げるまでです。それじゃあよろしくお願いします。細かいことは後でちょいちょいお手紙しますんで」
そう言ってイライダが小屋から出ていったのを私はぼぉっと見ていたが、イライダは歩哨に事前に用意させていたのか人数分の毛布と自分の枕を受け取り、すぐに帰って来て横になって私を置いて熟睡してしまった。
なんとなくすぐに寝る気にならなかった私は机の上に乱雑に散らばっているメモ用紙を集めながら自問してみた。
「……いつまで続くの?」
いつまで私たちは政治に統制されるの?あと何人殺されればいいの?
他答がふと浮かんできた。
「決定的戦果を挙げるまでです」
決定的戦果とは何を意味するのかこの時の私には分からなかったし、今でも分かった、とは言えないけれども。
何となく中隊長の寝顔をみてみた。このあどけない顔からはウィッチ千人の、ということはおよそ3千万人の命運を預かっているとはとても思えなくて、普通の女学生にみえた。
普通の存在であることを辞めた私が第二中隊で普通にみえるレーセンが中隊長であることには皮肉を感じざるを得ないけど。
……大丈夫。私はまだやれる。全てのウィッチの為に。先輩の為に……。