いつものように学校を終え、そのまま道場に向かう。
それから2時間程稽古をつけてもらい、家に帰る。風呂で汗を流し、夕食の席に着いて週末をどう過ごそうか考えていると、両親から週末遠出することを告げられる。なんでもいとこの家に行くようで、予定をあけておいてくれとのこと。道場に行くかゲームをするかぐらいしか週末にやることはないので一つ返事で了承した後、ふと”いとこ”というワードに引っ掛かりを覚えた。
いとこ、つまり両親の兄弟姉妹の子どもで、たしか母の妹さんには娘がいたような、といってあっ、と思い出す。
「直葉か......」
そう口にしてすぐ、自分の失言に気づく。自分は今までに会ったこともなければ、名前すら知らない状態だ。そんな自分が原作で義理の妹である直葉の名前を言ってしまえばおかしいと思うに違いない。
案の定母はあら?と言って、「和人に直葉ちゃんのこと話していたかしら?」と聞いてきた。
「いや、その、前に母さんの家族のことについて聞いたときにいとこのことも話してくれたのを思い出して...」
と咄嗟に返答した。どうやら納得してくれたようで、「それなら話は早いわね。あなたの方が年上でお兄ちゃんなんだからリードしてあげてね」と話が続いた。自分の失言に反省すると同時に、明日のことを考えると少しばかり気分が高揚するのだった。
次の日を迎えた。朝食を済ませ父が運転する車でいとこのいる埼玉へ向かう。ちなみに藍子と木綿季には昨日のうちに連絡を済ませてある。いいなーボクも兄ちゃんのいとこに会いたーい、と木綿季は直葉に会いたいようで、また今度の機会に会わせる約束をした。
遠出、とはいっても埼玉は高速道路を使えば一時間半ほどで着くそうなので寝ることはせずに窓から流れる外の景色を眺める。しばらくすると高速に入り、景色は単調なものへと変わった。
もう見ていても仕方ない、と視線を窓から外した時、目の前が一瞬眩み、そして突如視界が切り替った。
今と変わらず車の後部座席に座っている。
車が緩やかなカーブを抜けようとしたとき、目の前から車が向かってくる。
そして車が目のまe
再び視界が切り替わる。
突然の出来事に理解が及ばず頭が混乱する。今のは夢か、幻か。だがそうではないと頭が、体が警鐘を鳴らす。
後部座席から車の前面のガラス越しに前を見ると、車が緩やかなカーブを曲がり始める。
思考するよりも先に体が動く。
口が動くよりも先に手が動く。
だがその間にも車はやけにゆっくりだがカーブを曲がり続ける。
早く、速く、迅く――――――
そう強く思った時、自分の体がまるで
瞬間、衝撃と共に意識は暗転した。
どこかでカチッと音がした。
目を覚ますと、数年前に自分は病床にいた。まだはっきりしない意識の中自分の体へ視線を向けると、白い物が巻かれていた。どうやら包帯で胴体をぐるぐる巻きにさせられているらしい。自分の状態を確認した時と同じくして、病室にいた看護師の人が目を覚ましたことに気が付き、病室を急ぎ足で出ていく。少しばかり後に看護師の人が2人の男性を伴って再び病室に戻ってきた。1人は白衣を着た人で、どうやら自分の担当の医者らしく一度意識がはっきりしていることを確認してから、けがの状態を説明し始めた。
状態としては背中への強打による打撲。今は包帯を体を巻いてはいるが、それは体をある程度固定するためのようで、見た目ほどけがの度合いは高くないらしい。だが背中を強打したことには変わりはないので数日は絶対安静とのことだ。
医師からの説明が終わると入れ替わるようにして、スーツを着た男性が近くに来た。こういう者です、と見せられた物を見るとその男性は警官だった。簡単に自己紹介を済ませると、事故の顛末を説明し始めた。
事故原因はぶつかって来た相手が高速道路を逆走したため。
その逆走していた車の運転手は高齢男性で、軽度の認知症を患っていた。
事故が起きたその道路は緩いカーブとはいえ前方は少し見づらくなっており、そのカーブを俺たち家族が乗っていた車がカーブを曲がり切ろうとした瞬間に正面衝突が起こった、とのことだ。
そんな事の顛末を意識はあるものの、ぼんやりとまるで他人事のように聞いていた。別段その運転手に怒りや憎しみを覚えることもなかった。でもそれはその運転手が認知症だったから覚えなかった、とかではない。自分でも何故そう思うのか説明はできない。そんな心境にあった俺をどう捉えたのか、再び医者が口を開いた。
「そして、あなたのご両親なのですが、ひとまず双方とも無事です。命の危険はありません。それはご安心ください。ですが、お二人とも前の座席に座っていたこともあって、和人君よりもけがの度合いがひどく、完治には時間がかかります」
と言った。
両親の無事が聞け、体の力が少し抜ける。どうやら思考とは別に体は強張っていたようだ。
「無事でよかった」と口にすると、警官も再び話し始めた。
「ええ、本当に全員無事で良かった。なんでも事故現場の道路の調査結果を見ると、和人君が乗っていた車のタイヤのブレーキ跡とその跡からハンドルを右に切っていたのが分かったんだ。これはあくまで予想だけど、おそらくその二つが無ければもっと大きな事故につながっていたと思うよ。あなたのお父さんの咄嗟の判断力のおかげだね」
父がハンドルを咄嗟にきった判断力に驚きつつ、自分がブレーキをしたということは口に出さなかった。特に話すことでも無く、言えばいろいろ聞かれそうだと思ったからだ。だがそれとは別に、あの時見たデジャヴュとも取れるあの出来事は一体なんだったのか、それが唯一心の中に残った。
数週間後、胴体に巻きついていた包帯は取れ、日常生活に復帰するためのリハビリが始まった。数日とはいえ、横になっていた分筋力が落ちたようでリハビリ初日の前半は体の動きが鈍かった。
両親2人は俺がリハビリに励んでいる間に目を覚まし、検査終わった後面会した。自分の時よりも多く包帯が何重にも巻かれており、その見た目にそぐわず大分けががひどいようであまり顔色は優れていなかった。だが、面会に来た俺を見るなり2人とも涙を流しながら喜んでくれた。十分両親が泣いたあと面会時間まで話し、ひとまず今後のことは互いのけががある程度治ってから詳しく話すことと相成った。
また、事故のことを聞きつけた紺野一家が神奈川からお見舞いにやってきてくれた。藍子と木綿季はとても心配してくれたようで、木綿季はギャン泣き、藍子は声さえ上げなかったがかなりの量の涙を流して、2人とも泣き止むのに時間がかかった。心配してくれたのは嬉しかったが、まだけがが治っていない状態の自分に突進してきて、どう突っ込んでくるか予測できたので上手く衝撃を分散したからいいものの、むしろこれに命の危機を感じたのは秘密だ。
そんなこんなでさらに数日が過ぎ、自分は無事リハビリが終わり退院できるようになった。だが両親はまだリハビリにも移れていなく、包帯が取れてさえいなかった。どうやら治るまで数年単位かかるらしい。そんな中、自分が退院する前日に両親と面会すると、予想もしていなかったことを伝えられた。
それは今後両親が退院できるまで、事故が起きたあの日行こうとしていた埼玉の親戚の家、つまり桐ケ谷家に預かってもらう、という事だった。すでに数日前に親同士で話はついていたようで、あとは本人、つまり俺次第となっていた。自分たちがこんな状態で、なおかつ俺はまだ小学生。とても1人では生活できないと判断したためのこと。また長期間の入院となるため、学校などのことで自分たちが責任を持つのが厳しい、ということで苗字も変えるそう。
確かに、小学生が一人暮らしをするのは年齢的に不可能だ。苗字に関しても変えることが可能なら特に拒む理由もない。
特に反対することなくその提案を受け入れたのだった。
そうして俺は、何の因果か原作と同じく”桐ケ谷和人”となった。
変えた運命の先に、変わらない運命
備考:
簡単に苗字が変えられるわけがない、と思う方もいると思いますが、納得はいかずとも理解してもらえると嬉しいです。