今日からマのつく成り代わり! 作:なす
弓使いな魔王様に無限の可能性を感じた、などと供述しており─────
Stance
Set
Nocking
Set up
Drawing
Full Draw
Release
「…………。」
Follow Through
ひとつひとつ、動作を確認して丁寧に放つ。
矢は風を切り、的の中央を穿った。
弓を下げ、もう一本矢を取ると、次はおもむろに、もう一度。
……中央より、少し右。
まぁ、悪くはないだろう。
目を閉じて、一つ息をついた。
「お見事。」
声をかけられて振り向くと、爽やかに笑う男前の姿が視界に入る。
同時に、薄暗かった空が明るくなり始めていることに気づいた。
「どーも。
……付き合わせてなんだけど、飽きねぇの?」
俺はそりゃ、時間も忘れるくらい好きだけど。
矢を番える時の感覚も、緊張感も、的に当たるときのあの音も、どうしようもないくらいに魅せられている。
……が、こいつがそうじゃないのは知ってるし。
その上、見てるだけって、正直つまんないだろう。
なのにこの男はさぁ。
「いいえ?まったく。」
そう言う顔は、やっぱり腹立つくらい爽やかだった。
つくづくこの男は俺に甘い。ゲロ甘だ。
……ぜんっっぜん嬉しくねー。
「ですが陛下、そろそろ。」
絶対、あからさまに嫌なものを見た、って顔を俺はしてただろうに、こいつはそれを認識してないような態度で、眉を下げた。
最初はもっと戸惑ってただろお前。なんだその厚かましさ。
まぁ、俺も同じで、いい加減慣れたけどさぁ。
「はいよ。……それと、陛下って呼ぶなよ名付け親。」
「そうでした。ユーリ。」
で。
ここはどこで、俺は何者で、なーんで男とこんな痒くなりそうなやり取りしてるかって?
そんなん俺が一番聞きたいわ。
だけどひとつだけ言うのなら、不本意ながら俺は魔王様だってこと!
今日からマのつく成り代わり!
「渋谷ー、帰ろうぜー。」
みなさんは、『今日からマのつく自由業!』という作品をご存知だろうか。
原作は小説だが、漫画化、アニメ化までした人気作品である。
ちなみに、アニメならタイトルは『今日からマ王!』で、通称は『まるマ』になる。
ストーリーはそのタイトルの通り、ひょんなことから異世界に行っちゃった男子高校生が突然魔王をやることになって、様々な問題やらなんやらを解決したりするものなわけだが。
……なんでこんな説明を急に始めたかって?
「渋谷ー?」
それはだな、
「渋谷有利くーん?なに、もしかして立ったまま寝てる?」
「……いーや、起きてるよ。」
俺がまるマの主人公、渋谷有利に成り代わっちゃってるからだよ!!!
◇
物心ついた時から、自分がなーんかおかしいことには気付いていた。
体験した覚えのない記憶が、ふとした時に頭をよぎる、なんて、相っ当に想像力豊かで思い込みの激しいやつじゃなきゃありえない。
それも、何も知らない子供じゃもっと無理だ。
本来なら、年月と共に培っていく知識の棚はからっぽのはずで。なのに、これはなんだ、と疑問に思った時、既にその答えが俺の中にあったりする。
それが、自分が前の人生で必死こいて詰め込んだ引き出しの影響であることも、いつの間にか引っ越してきたその中身により理解していた。
それが普通じゃねぇってことも。
ま、だからといってそれに悲観したりとかはしないんだけどさ。
順応性の高さには自信がある。
今は、その記憶にかなり、つーか完全に影響を受けた、ほぼ同じような人格が形成されたと言っていい。
記憶にある『俺』も俺だと思う程度には馴染んでいるし。
でも、それを確かに理解するまでは、頭の中に某検索エンジンがあるようなもんだった。
思えば、それはそれで面白くはあったんだけど、一応当時は戸惑ったし、頭の中で回答にラグが生まれるのは困るから、いいところに落ち着いたとは思っている。
で、だ。
俺はある程度時間が経つまで、自分の前生きていた世界に転生したんだと思っていたが、それはどうやら違うらしい。
物心ついた時から、『俺』としての記憶があることは、まぁ、そんなこともあるよね、で軽く適応した俺だ。
再度言うが悲観もしてないし順応性には自信がある、んだけど。
さすがに二次元に転生したとなったらちょっとはビビるというか。それなんてラノベ展開。ネットの巡回はしても世界まで巡回するとは誰も思わない。
別の人生歩んでた記憶を引き継ぐとか、誰にも言わなければ発覚しないような、言っても嘘だと思われるようなちょっとしたファンタジーならまだしも。(だって嘘だと誰にも証明できない。)
次元超えちゃうとかは、ちょっと。
ありえない事はありえなくても、意味わからんものはやっぱり意味がわからんのである。
そんな、順応性比較的高めで許容範囲広めだけど妙なところで現実的な俺が、この世界がまるマ世界だと理解するのが、さっき言った通り生まれ落ちてちょっと経ってからだった。
始めは、まるマファンの家庭にでも転生したのかと思っていた。
両親の名前まで同じとか夫婦揃ってファンなんだなぁ、運命感じるね、とか。
俺の名付け親エピソードって実際にあったことじゃなくて、まるマの原作に準拠してるんだろ?本当に好きなんだなぁ、と生暖かく見守ったりとか。
ハマのジェニファーって通り名自分でつけたのかな?フェンシングまで極めるとか情熱やべぇな、とか。
とか。とか。とか!
というか今でもそっちの方が嬉しいし、その可能性は捨てたくないのだけども。
でも、あまりにも似通った状況に、あれ?これガチでは……?と焦り、ちょっと急にまるマ読みたくなったかも~と、冷や汗かきつつまるマシリーズを探しまくって見つからなかったのが10年前。
原作の知識は書き留めて見られたら困るからと、まるマ世界にきた可能性を自覚してからも、記憶だけを頼りに今年で生まれて15年。
大まかなストーリーはともかくさすがに細かいところは覚えていない。
読み返しの回数的に、巻のはじめの方はまだましなんだけど。
キャラのファミリーネームとかは無理だな。フォンほにゃららなんちゃらヴォルフラム?あれ?
というわけで、一応、今年が原作の開始時期だってことはちゃんとわかってる。
本当にここがまるマ世界なのかどうかも、その時がきたらわかるだろう。
というか、それよりちょっと気になることがあってだな。
俺がこの渋谷有利に成り代わりだか転生だかしたことは意味わからんけど、考えても答えでないだろうしもうパラレルワールドかな?ってことと魔法の言葉ご都合主義で置いとくことにして。
渋谷有利の前世って、ジュリアさんじゃなかった?ってことがずっと気になっている。
でも俺にはジュリアとしての記憶はない。のに、俺の記憶はある。
というか、俺の魂はまるマの原作がある世界から、まるマという世界のさらに異世界でジュリアさんになって、そのあと渋谷有利になったというややこしい経歴を持っているんだろうか。俺→ジュリア(記憶なし)→俺(渋谷有利)?ちょっとよくわからない。
もちろん、推測はいくつかして、限りなく答えに近いと思ったものもあるんだけど。
というか、そうであってほしくはないけど、そうである可能性が高いっていうか。
やっぱご都合主義ってあるんだな、っていうか。
もし、ジュリアに俺としての記憶があったら、おそらくジュリアの死は全力で回避する。断言できる。つまり、次期魔王の魂を持たずに生まれた渋谷有利は魔王にならない。どころか、『ユーリ』ですらないだろう。
だからジュリアは俺じゃないし、死んだ。のかな。眞王様の思し召しってやつ?
確か愉快犯じゃなかったっけ、あの人。
俺に今ジュリアの記憶がない理由はわからないけど、ジュリアはやっぱ他人だとしか思えないし、それは構わない。
もしかしたら、記憶があったら、そうは思わないのかもしれない、けど。
あくまで、前世は前世だと思う。
俺は俺以外として生きるつもりはない。
もちろん、記憶にある前の『俺』であるつもりもない。
確かに『俺』も俺だけど、今の俺とは違う存在で。
人格に多大な影響を及ぼしていて、知識も有難く吸収してはいる。ほぼ同じ人間ではあるんだろう。
でも、『俺』がもう存在していないことは確固たる事実だ。
そして、今生で得た
『俺』は『俺』として生を終え、
明確な差別化は、やっぱりしておくべきだろ。
そうしておけば、きっと選ぶものを間違えないで済む。
いざと言う時、もう存在しない前の生、なんてものを選ばないように。
やり直せない過去を選ばないように。
優先順位は、決めておくべきだろう。
あと、『渋谷有利』の場所を乗っ取ったとかも、悪いけど思ってない。だってキリないだろその葛藤。いつ終わんの?生きてる限り終わんねーよ。
だから、俺は自分の好きなようにやるつもりだ。
こんな性格の悪いやつに育ってごめんな、おそらく一番悲しむだろう未来の保護者兼ボディーガード殿?
悪いが太陽のようにはなれそうにない。
正直、魔王なんかにもなりたくないし、決心だって未だできてないけど、ならなきゃいけないなら、なる。やるからには、責任もって眞魔国も護る。
それだけは誓いたいと思うから、それで許してほしいもんだ。
まぁでも、魔王になること以外は原作の通りに行動するつもりもないんだけど。
だって、成り行き知ってんのにわざわざ苦労したくないし。
知識を有効に使うとなると、原作と同じような行動にはなるのかもしれんが。
あと、俺がここにいる時点で、原作が絶対とも言えない、っていう懸念もある。
俺が違うのに、他の存在が同じであるなんて言い切れない。
……ま、今考えても仕方がない。なるようになれ、だ。
本来は未来なんてわからないのが普通なんだ。どうせなら、その時その時の自分なりの最善を選べばいい。原作だって最高でも、それが最善と言えるかなんて、結果がでないとわからないし。
臨機応変にいこう。
モットーは原作の美味しいとこ取り、で決定!
というわけで、だ。
現在高校一年生の俺は、もうすでにだいぶ原作のユーリとは違う人生を送っちゃっていたりする。
だって!
ユーリに成り代わってるからってユーリと同じことする必要なんてないし!どうせなら違うことやろうかなって!思うじゃん!?
そんなこんなで野球少年ならぬアーチェリー少年で制服ブレザーでオシャレにも気を使っちゃう今どき高校生渋谷有利が誕生しました。
後悔はしてないけど反省はしてる。
そもそもだな?長ったらしく語りはしたが要するに。
異世界から魔王になる魂をこの地球に運び、俺の中に入れる際、我が父勝馬は俺が魔王に相応しく育つ様にしろと言われていたみたいだが、俺がインしちゃった時点で無理なわけだろ?
原作の渋谷有利のような正義感のある男に、すでに人格が形成されているやつがなれると思うか?答えは否だ。
その時点で破錠してるんだから好き勝手やったろうと思ったのが一番でだな。
父に野球やろうとか、キャッチャーやろうとか説得されてもガン無視して、前世で……いや前世は一応ジュリアさんか。覚えてないけど。まぁ、前前世でやっていたアーチェリーをやることにした。
だからと高校もアーチェリーのある高校にしたら、制服もブレザーになったわけでして。黒シャツと青いラインが端に入った白ネクタイに、濃い灰色のベストとブレザーというこのオシャレ制服具合。
これは平凡と称されようとそこそこいいと信じてやまない見た目も活かさねばと、髪も美容院で整えたりして。
オシャレ男子でそこそこモテちゃう渋谷有利くんのできあがりである。
秘められた可能性!飾るのが楽しくってなにより!
…………前前世の性別は、ご想像にお任せしよう。
ごほん。
身長だって伸ばそうとずっと努力してたから170は普通に超えてる。これからもっと伸びる予定。そしてもっとモテる予定。……は、冗談だけど。
いや、モテるのは楽しいんだよ。嬉しいし。
でも、誰かと付き合う予定はない以上、不誠実なのはよくないよな。
だって、ほら、ねぇ?
たぶん村田はわかってくれる。はず。
とにかく!魔王になるなんて未来が俺の妄想なら最高に充実した生活を送れると思う。
異世界いったらいくら美形でも周りは男ばっかなんて花がないないなさすぎる!
男と馬でタンデムするくらいなら女の子とバイクでタンデムしたい。
男に様付けされるくらいならメイド喫茶でご主人様と呼ばれたい!
だが行く先は男ばっか!
そこはかとなく香る芳しい展開おおいに結構!別に嫌いじゃあないさ。見るのはな!
でもやっぱ、男といるより女の子の方が癒されるし、かわいい。
マジモンのメイドさんとの絡みは少なく、ツェリ様は三児の母なうえ基本的に旅行でいないし、アニシナさんはそもそも遭遇率低め、ニコラは人妻、唯一の癒しは
いやいいけどね!ロリ!
さらにやっと立った恋愛フラグで惚れた相手は未亡人。で、しかも失恋。
原作ユーリが不憫でならない。俺なら絶対耐えられない。
……い、行きたくねぇー!しかも不便ときた。
ネットも繋げないし漫画も読めない。書物はあっても字が読めない!最悪だ。これにつきる。
それでも俺の意思とは関係なしに、世界は今日も平常運転。
予定通りの運行ですね。ちょっとはダイヤを乱したら?
ねぇ?
同じ高校の友人と別れてから数分。横切った公園。
バチリと目が合ったのはメガネくん。
俺はお前が腹黒だって知ってっからな!この似非優等生!
ほっといても恐らく強かに生きていくだろう、こいつは。
あと、トイレに顔突っ込むのもごめんだぜ。
俺は原作のユーリじゃないし、正義感だって彼ほどない。
「…………。」
……んだけども。
培った倫理観はそう簡単に捨てらんねぇみたいで、これが。
我ながら損な性格してると思う。
それに俺にはこの場を切り抜ける手段があってだな?残念なことに。
あーあ、クソッタレ。
「そんなところでなぁーにやってんだ?俺も仲間にいれてくんない?」
振り返るのは柄も悪けりゃ頭も悪そうな男達。
キョトンとこちらを見るもう一人の口が、「渋谷」と小さく動くのが見えた。
それにふんと鼻をならして、さっさと逃げろと顎で示すと、意味は伝わったのかそそくさと去っていった。よしよし。
鞄と脱いだブレザーを近くのベンチに放ると、腕をまくる。
実はまるマ世界かもと思った時から格闘技を少々やっている。習熟度はそこそこ。
ついでと言わんばかりに母さんにフェンシングをやらされたのは誤算だが、この調子なら無駄になることもないかもね。むしろ感謝することになったりして。
そう呑気に考えつつ、威嚇か知らないがガンつけながら寄ってきて喚く男が伸ばした手を、ひょいと避けて腕と襟のあたりを掴んでにっこり笑う。
怪訝そうな顔をした相手を、次の瞬間背負って投げた。
手加減はしたからそんなに痛くはないだろう。頭だって当然庇ってやった。アザなんかも絶対できてない。
暴力奮った証拠はないに越したことはないからな。
そんな優しい威力でも、背負い投げはパフォーマンスとしてはとっても有効だっただろ?
「なぁ?」
暴力を許す倫理観はガバガバだって?
こんな怪我にもならないじゃれあいに何を言う。言いがかりはよせよ。
それに俺の中では筋が通ってる。
「さぁて、」
呆然とこちらを見上げる男に笑いかければ、あからさまに顔が引きつった。
未来の魔王様に対して失礼だぞ。なんつって。
「次に投げられたいやつは誰だ?」
◇
逃げていったやつらを尻目に、ブレザーを羽織り直して鞄を肩にかける。
水洗トイレに流されるのは回避したけどさぁてこれからどうするか。
ふらふらと公園の中を歩いていると、中央にでかい噴水が見えた。
「…………近寄らんとこ。」
フラグは折るに限る。
……という発言がフラグ?
でも、そのうち行くことになるのなら、というか今日絶対行くことになってるなら、風呂場(全裸)で最初のスタツアよりかはここから行った方がましかもしれない。
恐る恐る近づいて、水面を覗き込む。
至って普通の噴水だ。溢れる水に水面が揺らされ常に形を変えていく。そこに変な渦が発生したりはしなかった。
……もしかして、ほんとに俺の妄想だったのかも。
というか渋谷有利が魔王にならないパラレルワールドという可能性も!?
したら、俺が今まで悩んでたのはなんだったんだよ。と、ため息をついて踵を返そうとして、
─────トンッ、
「え、」
「あ!」
動かした足が縦に並んだバランスの取りにくい体勢に、後ろから衝撃が加わる。
ふらつく身体。肩からは鞄がずり下がり、地面に落ちた。
そうして俺も、そのまま足が絡まって、青い空が見えたと思えば次の瞬間水にドボン。
途端、待ってましたと言わんばかりに渦を巻く水中。
ぼやけた水上からは、小さな男の子だろうか、こちらに声をかけて手を伸ばす姿が見えた。
そして待ちに待った(待ったとは言ってない)スターツアーズ。
「今日からあなたは魔王です!」
渋谷有利15歳(精神年齢不明)。
今日から、マのつく主人公に成り代わったらしいと認めます。
色々適当でにわか知識のところもあると思いますが、ふわっと読んでやってくださいm(*_ _)m
8/4:加筆修正
ちょっとした修正は割と頻繁にしてたり|ω°)