今日からマのつく成り代わり!   作:なす

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DER ERSTE AKT(4)

 

とは言ったものの、ここで出鼻を挫く問題発生。

 

【悲報】俺氏、この世界でのマナーを知らない。

 

こんな、正装までしちゃって、高貴なお方が円卓に座っちゃってるのに、俺だけがマナーを知らない。

かっこつけちゃったけど、俺だけが、マナーを、知らない!

マナーがなってない王様とかあり?例えありだとしても、ちゃんとできてた方が好感度は高いよな、きっと。

控えめに言ってもよろしくない事態である。

テーブルマナーはある程度できるつもりだったけど、そもそもそれは異世界で通用するのか、っていう。

今更ながらの気づきに、冷や汗がたらり。しかも置いてあるカトラリーが、見慣れたナイフとフォークにスプーンじゃない。昔懐かしの先割れスプーンでいったいマナーがなんだって?

今回、眞王の晩餐ってことでギュンターは席に着くことができないから、味方は一人減っている。

そんな中、円卓を囲む五人の並びは若い人から時計回り。フォンビーレフェルト卿とツェリ様に挟まれた緊張を余儀なくされる状況で、頼れるのは円卓に着くことができるウェラー卿のみである。

助けを求めるように 、視線がウェラー卿と円卓の上を行ったり来たり。対する卿の反応が、首を傾けてのにっこり笑顔だ。意味もなく見つめただけだとでも思ってんのかなこのお人は。そんな仲良しじゃなかったよね俺たち。鈍感系ヒロインばりの察しの悪さである。

俺の焦燥も置いてけぼりに、持ち上げられるフィンガーボウル。えっ飲むの?フィンガーボウルの水を飲んじゃうの?フィンガー用のボウルじゃねぇの?これが異文化交流……?とりあえず周りに合わせて持ち上げて、ウェラー卿が一人だけ給仕に下げさせているのを目撃した。

おっっまえ……。

だからといって、上げたものを今更下ろすこともできず。ええいままよと口を付けようとして、鼻腔を擽るアルコールの匂いに、ピタリと手を止めた。

 

「陛下?」

「……ごめん、お酒はNGです。」

「ああ、陛下はまだ未成年でしたっけ。」

 

そんなウェラー卿のお言葉で、食器が給仕に下げられる。申し訳なくは思うが、こればっかりは仕方がない。

次いでグラスに注がれた飲み物も、どうやら俺のものは変えてくれたらしい。

 

「ありがとう。」

 

お礼を言うと、給仕の方はきょとんとした後、照れたように笑ってくれた。そして、軽くかがんでメインはどうするのかを尋ねてくれる。

ちょっと内容が、爬虫類だが両棲類だか聞かれたような気もしたけれど、たぶん間違いないので鳥類でお願いした。こんなことでいちいち動揺するんじゃない、俺。

この晩餐ではフォンビーレフェルト卿にビンタをしないことと、決闘にはもちこまないことだけを考えていただなんて、そんな。まさかそんな。だからこんなにも他の部分がガバガバだなんて、まさかそんなことあるわけないだろ。な。

運ばれた前菜を、周りを窺いつつも先割れスプーンで優雅()に口に運んでいく。フォンヴォルテール卿も先割れスプーン使うのかなとか、余計なことを考えてる暇はないぞ。

なにか文句を言われるんじゃないかと、身構えていた俺の杞憂を嘲笑う、意外にも静かな食卓でツェリ様が口を開く。

 

「ねぇ陛下。陛下はどんな国でお育ちになったの?あたくしたちの世界とは、どういう風に違うのかしら。」

 

きゅっと握られた右手を、そっとさり気なく抜き取りながら、質問への答えを考える。

どんな国で育って、こことどういう風に違うのか。

 

「……ここしばらく戦争もない、平和な国で育ちましたよ。

どういう風に違うか、っていうと……。

やっぱり、俺の世界では魔術というものがないってのが、一番の違いですかね。科学も進めば魔法と同じとは言いますが、そこまでの発展はしていないので。」

「いい国だったのね。」

「……そうですね。」

 

その国からここに連れてこられたんですけどね。

返事が苦笑まじりになるのは、どうか許して欲しいところである。

 

「科学は、魔力や法力をもたなくても、遠くの敵を倒せる技術だったかしら?」

「俺の住んでた国では、専ら生活を便利にするために開発されてましたけどね。」

「戦争がないっておっしゃったものね。素敵なことだわ。でも、本当に遠い世界からいらしたのね。王位を継いでくださって嬉しいわ。」

 

ツェリ様の言葉が途切れると、円卓にメインディッシュが運ばれてくる。隣の女性の前にあるのが、どう見たってカエルの丸焼きなのは気にしないことにしよう。

 

「いきなり王になれなんて言われて、不安もおありでしょうね。あたくしの時もそうだったもの。」

 

だからといって深刻に考えずとも、難しいことは周りがやってくれるし、息子達も、誠心誠意陛下にお仕えする、と。

続けられた言葉に、ついにフォンビーレフェルト卿が口を開いた。

 

「母上。ぼくはこいつに仕えるつもりなどありません。」

 

メインにナイフを入れながら、ぴしゃりと彼が言い放つ。

 

「一応魔族ではあるらしいが、こんな何処の馬の骨とも知れない男に、なぜぼくが。

そもそも、この男が魔王だという証拠はどこにあるんです?」

 

フォークに刺さった鳥肉を、上品さを保ちつつも乱暴に口に運び、俺をじろりと一瞥して咀嚼する。

困ったように頬に手を当て、眉を下げるツェリ様と、口を挟まんとするウェラー卿を視界の端に入れつつ、俺もメインにナイフを入れた。

……証拠。証拠か。

 

「……俺が魔王だって示せる証拠はないけど、眞王のお言葉に逆らったらよくないことが起こるっていうのは聞いてる。

それが俺だけなら、俺を追い出せば済む話だろうけど、国に何かあったら良くないよな?

危険を冒してでも俺を排除したいっていうなら、わからなくもないけど。」

 

とか、言ってから、思ったんですけど。

……今の発言は失敗だったかもしれない。たぶん、言い方がちょっと嫌味ぽかった。

口を挟んだことを少しだけ後悔しつつも、丁度いい大きさに切れた料理を口に運ぶ。

あ、おいしい。やっとご飯らしいものを口にできた気がする。俺お腹すいてたんだな。

 

……でも、そうか。俺が偽物の魔王であってもまた然りだ。それで国に被害があったら嫌だから、ってのもあんのかな。

喧嘩売りたいわけじゃないのに、上手いこと伝えられなかった自覚はある。ただ、国の心配がある以上、一度様子見しておいた方がいいんじゃないかって。それで何も無かったら、魔王である証拠ってやつにもなるし、っていう、それだけなんだけどな……。

頭ではそう考えつつも、表向きは平然と食事を続ける俺に、フォンビーレフェルト卿はカチンときた様だった。先よりも怒りの滲んだ声が俺を詰る。

 

「だからお前に仕えろと!?見も知らない世界から来た、お前に国を任せろとでも言うのか!?」

 

蓄積言語を引き出せた以上、俺の魂がこの世界にいたことがあるのは確実だけど、それは屁理屈ってやつか。

 

「無理に仕えてほしいとは言わないけど、任せてくれたらとは、思ってる。」

 

目を合わせて言えば、ギリ、と歯を食いしばる音がする。

 

「っ兄上!兄上はどうお考えなのですか。」

 

唐突に会話の矛先を向けられたフォンヴォルテール卿が、グラスを置いてため息をついた。

 

「……そいつが本当に魔王であるかどうかは、特に確かめたいとも思わない。どこから来たのかも、事ここに至っては重要ではない。

ただ、王としての責任を果たす気もない国頭が、どれだけ民の犠牲を生むか。」

 

その言葉は、経験から来るものなのだろうか、とか。微笑みを絶やすことのないツェリ様が、少しだけ気になった。

意識を一瞬逸らした俺に、鋭い青の双眸が突き刺さる。

 

「もしも、王として生きる覚悟をお持ちでないなら、今すぐ元の世界にお戻りください。民の期待が、高まらぬうちに。」

 

痛いくらいに真剣な目が、俺に向いている。

この人が真にこの国を愛していなければ、こんな言葉は出てこないだろう。

ずしりと重さをもって、言葉が胸に落ちていく。

 

「……そうでないなら?」

「この国で王として、国を治める覚悟があると?」

 

無愛想だった顔に、どこか皮肉げな笑みが浮かべられる。

無意識に、ゴクリと唾を飲んだ。

 

「……そのために、呼ばれた。俺が治めなければならないと、決まっているのなら覚悟を決めようと。

できることなら、誰も傷つかないように。誰かの大切に思うものを、俺が傷つけてしまわないように。そう思って、ここに来た。」

「……それで?」

 

いつの間にか、円卓の全員が手を止めていたらしい。

衣擦れの音もしない。どくどくとなる心臓の音が、周りに聞こえているんじゃないかと不安になる。

きっともう、後戻りはできない。……それでも。

この国に来た。国民に出会った。ギュンターやウェラー卿、ブランドン。俺に好意的な人達。きらきらと光る期待の眼。

俺は彼等と関わりたい。他でもない、俺の意思で。それだけで、俺は胸を張れるはずだっただろ。

俺が決めたことだ。誇れることはなくっても、弱気になるようなことだってないはずだ。

俺の不安は、今ここでは必要ない。弱気でいたら、人を安心させることもできない。自信のない自分で、それでも自信をもって嘯いて。それを本当にしてしまえばいい。たったそれだけのことだろう。

……息を吸う。

深い青色と目を合わせた。俺の言葉が、少しでも相手に伝わってくれたなら、それ以上のことはない。

 

「俺は、この国の王になる。俺なりの覚悟もできてる。

俺はこの国を好きになって、この国を大切にしたい。大切にさせてほしい。

……それだけじゃ、足りないか?」

 

精悍な顔の眉間によった皺が、快い返事を期待するなと言わんばかりに深くなる。

開いた唇から発されるのは、地響きもかくやといった低い声。

 

「……生温い。」

 

ぐ、と拳に力が入る。

感情の読めない顔を見つめると、次に漏れたのは、深いため息。

 

「……だが、この国の、民の利益となるのなら。私から言うことはなにもない。」

 

ひそめられた眉の下、瞼がおりると同時に、張り詰めた空気が霧散した。

 

「え、」

 

思わずこぼれた声に、目を開けた美丈夫が片眉を上げる。そしてどちらが王かもわからない尊大な態度で腕を組むと、首を傾げた。

 

「……何を驚いていらっしゃる。」

「えっ!?あ、……ありがとう。」

 

思わず出た言葉に、フォンヴォルテール卿は目を細めると、ナイフを手に取った。

 

「料理が冷める。陛下も手を動かすといい。」

 

どこか含みのある声で呼ばれた、俺を示す言葉。

きっと、俺をちゃんと認めてくれた訳では無いんだろう。この国の益となるならば。その一点が護れるのならばと、仮初に認められた王の座だ。だからこれから先、いくらでも失望をさせる可能性があるし、見放される可能性もある。

それでも、一歩くらいは進んだと、考えることは許されるだろうか。一歩を踏み出したその先に、信頼があるというのなら、俺はどんな努力だって惜しまずに、これから前に進んでみせよう。

グラスを手に取り喉を潤すと、少し期待を込めて、もう一度同じ言葉を口にした。

 

「よろしく、フォンヴォルテール卿。」

「……ああ。」

 

よし!

なんかどっと疲れたし、空いてたはずのお腹もいっぱいって感じだけど、すごく満足感はある。

ただ、気になる人は、もう1人。

一応、仮にも、認めてくれるのが、フォンヴォルテール卿が先になるとは思っていなかった。

会話の流れ的に、仕方がなくはあるんだけど。

あと、単純に相性の問題だろうか。

フォークを握って、唇を噛み締める美少年は、兄の選択に虚をつかれたようだったけど、それに追従するほど幼くもないらしい。

この翡翠色に睨まれるのも、もう何度目だろう。

 

「……それでも、ぼくは認めない。」

 

フォンビーレフェルト卿が、カトラリーを円卓に置くと同時に立ち上がる。

カシャンと響いたその音が、どこか物悲しい。

彼はこちらに背を向けると、美しい髪を靡かせ、この場から出ていった。食事も卓上に残したまま。

 

「ヴォルフラム!」

 

ギュンターが彼を呼び止めるが、靴音は遠ざかる一方だから、意味はなさなかったようだ。

ウェラー卿が、あちゃーって思ってるのがよくわかる顔で、口を開く。

 

「陛下、気にしないでくださいね。割とよくある事だから。」

 

それもどうなの。

 

「……さいですか。」

 

気にしないのは流石に無理だけど、追いかけたってそれこそ火に油を注ぐようなもんだろう。

今はどうしようもないし、食事に集中しよう。

 

「ねぇ陛下。ヴォルフったら怒ってる顔が一番かわいいと思わない?」

 

そしてこのお人は何を言っているのかな?

 

「そ、うですね……?」

「ね、陛下もそう思うでしょぉ?

とってもかわいかったんだけど、グウェンと意見が食い違って拗ねちゃったのね。

意地を張ってるだけだと思うから、どうか気になさらないで?」

 

そんな感じで済ませていいのか甚だ疑問ではあるけれど。

とりあえず曖昧に笑って誤魔化しておこう。

 

「きっとヴォルフも、陛下のことを好きになるわ。」

 

彼女はそう言うと、繊細なグラスに魅惑的なローズの唇を付けた。

『も』って……心当たりは多いけど、一体誰を指しているのやら。

つきそうになった大きなため息を、なんとか飲み込む。

なんでご飯を食べるのに、こんなにも疲れなきゃいけないわけ?

自分の影が落ちる食器を見つめると、目を伏せた。

とりあえず、今回のお食事会は一応やり過ごすことができた、はず。

 

 

 

ㅤㅤ◇

 

 

 

「……つかれた。」

 

晩餐会の後。

与えられた部屋に戻って念願のベッドに身を投げ出す。

なんだかとっても久しぶりな気がする。

枕を抱き込んで、仰向けに天蓋を見つめた。寝る時用の着替えは、制服と同じワイシャツとスラックスを用意してもらったけど、もうこのまま寝てしまおうか。

うとうとと、夢の世界へ片足をつっこんでいると、硬質な音がそれを阻む。厚い扉を叩く音。

 

「……どちらさま?」

 

相当弱った声でも出していたのか、ノックの主は笑いを多分に含んだ声で応えた。

 

「俺です。コンラート。

起こしちゃったかな。出直しましょうか。」

「あー……。」

 

……ウェラー卿が、こんな時間に用事?なんか話したい事でも、……あるだろうなぁ。

のそりと起き上がって、枕を放る。適当に身なりを整えてから、扉が見えるベッドの縁に座った。

この間に帰ってたら申し訳ないと思いつつ、改めて声をかける。

 

「……どうぞ。」

「あれ。」

 

まだいたらしい。

静かに開けられた扉の向こう、湯気の立つふたつのマグカップを乗せたお盆を片手に、ウェラー卿が顔を覗かせる。自分の分も持ってくるところ、嫌いじゃない。

 

「寝ちゃったかと。」

「したらそれは一人で消費すんの?」

「そうなるかな。」

 

腹下すぞ。……という言葉は飲み込んで。

彼もどうやら着替えたらしい、俺と似た、ラフな格好でこちらに歩を進める。ベッドのほど近く、水差しの置かれた丸いサイドテーブルにお盆を置くと、マグをこちらに差し出す。

 

「どうぞ。」

「……ホットミルク?」

「はい。大丈夫ですか?」

「大丈夫です。ありがとう。」

「どういたしまして。」

 

別にアレルギーとかもないし大丈夫だけど、なんのミルクなのかは気になりますね。この世界、俺の世界と生き物結構違うんだよな……。

両手で持つと、じんわりと伝わる暖かさにほっとした。

 

「隣失礼しても?」

「どーぞ。」

 

俺への配慮か、元々パーソナルスペースが広いのか、おそらく前者だろうけど、そこそこの距離をあけてウェラー卿が隣に座る。

ホットミルクをちびちびと飲みながら横目で窺うと、ウェラー卿はウェラー卿で、ミルクを飲みつつもなにか考え事をしているようだった。

 

「で、なんの用事?」

「用事って言われると……。」

 

俺の直球すぎる問いに、ウェラー卿が苦笑する。

 

「おしゃべりしに?」

「そうですね……。」

「……俺に聞きたいことがある。」

「そうとも言う。」

 

熱いはずのホットミルクを、隣の男はぐい、と飲んで、真剣な瞳を、どこか窺うようにこちらに向けた。

本題か?なら腹割って話してやんよ。

と、身構える俺とは裏腹に。

 

「……大丈夫ですか?」

 

柔らかい声がかけられた。

意図もわからず、さっきの会話を再現するように言葉がこぼれる。

 

「大丈夫ですけど……?」

 

ちょっとまて、何の話?

想像とは異なった話の切り出し方に、言葉が詰まった。

俺が、言葉の意図を汲めていないのに気づいてか、ちょっと可笑しそうにウェラー卿が笑う。

 

「心配事はありませんか、って聞きに来たんですよ。」

「心配事。」

「不安なことでも、なんでも。」

 

また、なんで急にそんなこと。

 

「特には……?」

 

全くないって言ったら嘘になるけど、それを誰かに言ったところで、解決はしないだろうし。

それはこの人も例外じゃないわけで。

……いや、なんか、八つ当たりじみたかっこ悪い思考回路だな。ここに来ること以外、決めたのは全部自分だし。なに関係ない人に当たろうとしてんだ。

俺の要領を得ない返答をどう思ったのか、苦笑したウェラー卿が補足するように話し出す。この人の苦笑ばっか見てない?俺。

『ユーリ』だったらもっと違うのかな、とか。それは流石に今更か。

 

「今日……いや、昨日もかな。

慣れない環境だったのもあるでしょうが、ずっと緊張しているな、と。

気のせいかとも思ったんですけど。」

 

ウェラー卿はこちらを見ずに、また苦く笑って、言葉を続ける。

マグカップは、両手で強く持たれたまま。

 

「慣れたら変わるかとも考えましたが、どうやらそれも難しそうだ。

思い返してみれば、貴方が否定的な言葉ひとつ言っていないことに気づいた。ここに来たこと。王になること。帰りたいとも、嫌だとも陛下はおっしゃらない。」

 

ひとつ間を空けて、もう一度同じ問いを口にする。

 

「不安なことは、ありませんか。……大丈夫ですか。」

「……え、っと。」

 

たぶん、問答だとかお話し合いだとか、そういうものはこの男にとってはいつだってよくて。なのに、わざわざ今日。こんな時間に俺の部屋を訪れようと思った理由。

……心配をかけた。俺の拙い虚勢に気がついて、無理をしてるんじゃないかって。皆が寝静まるようなこんな時間に、ホットミルクまで持ってきて。

それに気づかなかったのは、結局俺が自分のことばかり考えていたからなのか。

 

「これは俺の我儘なので。何も無いなら、それでいいんですけどね。」

 

細められた目がこちらを見る。なんの含みもない、ただただ気遣うだけの目だ。

俺の考えを聞きたいだけなら、頼ってほしいとか、そういった台詞はなんだって言えたはずなのに。口にしたのは「我儘だから」?

俺に思うところがあるのはわかっていて、それを知りたいとは思っているくせ、聞き出せるかもわからない言葉の選び方。

この時漸く、この男の俺への情が本物なんだと、本当の意味で理解した。理由はやっぱりわからないし、それをどこか怖いと思うことも変わらない。でも、ウェラー卿が俺を害することがないのだけは、それだけはわかってしまった。

確信と言ってもいい。

だからこそ。

 

「なんもないよ。俺は大丈夫。」

 

なんとかなるだろう、なんて。なぜか安心する自分がいる。

根拠も何も無い、楽観的な思考だっていうのに。

 

「、そうですか。」

 

ほんの少し、わからないくらいの落胆が声に滲んでいた。そんなウェラー卿を尻目に、マグカップの中身を一気に飲み干す。

うん。

 

「うまかった!ありがとう!」

「あ、はい。それはなにより……。」

 

相手を真っ直ぐ見つめてお礼を言えば、戸惑い気味の返事をもらった。なんかごめんな。

急に元気になった俺に、ウェラー卿はやっぱり苦笑して、腰を上げた。

手元のマグはするりと抜かれて、来た時と同じように、ふたつ並べて盆に置かれる。

 

「身体は温まりました?」

「お陰様で。」

 

俺の返答に、今度は苦くない笑みが、相手の顔に浮かんだ。

 

「それは良かった。

じゃあ、時間も遅いので、俺はそろそろ行きますね。」

「おー、おやすみ。」

「おやすみなさい、陛下。」

 

ウェラー卿が盆を持って、来たときと同じように、その長い足で扉へと向かう。

開けられた扉の向こう、踏み出される足と、その背を見送ろうとして。

 

「ウェラー卿!」

 

思わず出た、引き止める声に、ウェラー卿が振り返る。

ただ、伝えなくてはいけないと思った。

恐らくしてほしかっただろう相談もできていないし、不安を吐露する事だってできなかったけど。

確かに軽くなった心を自覚した。だから。

 

「ありがとう。」

 

この優しさを返せたらいい。

この優しい人達の、大切なものを守れたらいい。

 

「どういたしまして?」

 

少し不思議そうに、そしてどこか安心したように、ウェラー卿が笑う。

それに釣られてか、ふ、と小さく息を吐き出すように、俺の唇も弧を描いた。

 

「……おやすみ陛下。良い夢を。」

 

もう一度呟かれたそれは、さっきよりもどこか柔らかく。

結局、誰かの優しさに背中を押されて、俺はこの世界を生きていく。

 




ウェラー卿視点はたぶんそのうち。彼等がきちんと信頼関係を結ぶまでを、できる限り丁寧に描写していきたい所存。

評価、感想、お気に入り等してくださった皆様ありがとうございます!大変励みになります。
更新は不定期ですが(保険)、失踪の予定は未定なので頑張ります。
原作へもキャラクターへも、愛だけはいっぱい込めて書いているので、少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
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