ソードアート・オンライン~剣と槍のファンタジア~   作:白泉

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 どうも、白泉です!前回に引き続き、シリカ編です!ただ、今回は少々残酷な描写+狂気が入りますので、苦手な方は読むのをやめておいてください。

 それでも大丈夫という方はさっそく、どうぞ!


12話 お話と花園で

あれから、簡素な食事とデザートにチーズケーキを食べ、シリカたちは予約した部屋に上がった。装備を解除し、どさりと固いベッドに倒れ込む。そのベッドは、今日はやけに広く感じた。

 

 いつもはピナが一緒にいて、抱き枕代わりにして寝付くのがいつものスタイルだった。8層で初めてピナと出会い、そしてテイムした日が頭をよぎり、再び涙がにじむ。

 

 結局、あれから寝ようと頑張ってみたが、寝ようと思えば思うほど目が冴えて、眠れる気配さえしない。そっと首を傾けると、隣の部屋とこの部屋を隔てる壁がある。その向こうには、リアがいる部屋だ。

 

 シリカにとって、リアはこの世界で初めて心を許してもよいと思える人だった。シリカは一人っ子だが、お姉ちゃんがいたらこんな感じなんだろうなという、理想の人だ。尚且つ、今までシリカが見てきた女性の中で一番美人で、ものすごく強くて、さらにツカサさんみたいな超が付く程かっこいい彼氏までいる。

 

 それでも、そんなことは全く鼻にかけてないリアに対して嫉妬心は一切なく、あるのは憧れのみ。いつか、あんなふうな女性に慣れたらいいなあとシリカは思ってしまう。

 

 

 気づいたときには、ベッドから降り、自分の部屋の扉を押し開けていた。色々、彼女と話してみたかった。彼女が今まで何をして、そして何を思ってきたのか。

 

 リアの部屋を数回ノックすると、すぐにリアの声が聞こえ、ドアが開いた。

 

「あれ、シリカ。どうしたの?」

「あ、えっと……」

 

 しかし、ここで一つシリカは自分が大切なことを忘れていることに気が付いた。リアの後ろには、ベッドに腰を掛け、ウィンドウを操作している人物がいる。ツカサだ。

 

 考えてみれば、二人は恐らく付き合っているのだし、同じ部屋で寝て当然…。ここで「リアさんと少しお話してみたくて…」なんて言おうものなら、まるでツカサを邪魔者のように扱うこととなる。だが、かといって「あ、何でもないです、すみません」などといって部屋へ帰るわけにもいかない。

 

「あ、あの、よ、47層のこと、聞いておきたいと思って!」

 

 どもりながらもシリカが何とか返答をひねり出す。

 

 

「ああ、そういえば説明してなかったね。ツカサ君がいてもよかったらこの部屋でいい?」

 

 幸いなことに、リアは特に疑う様子もなくそう言った。ほっとしたシリカが小さくうなずくと、リアはシリカを部屋にあげ、椅子に座らせた後、自分も向かいの椅子に座った。そして、手早くウィンドウを操作し、手の中に小さな箱を実体化させた。中を開けると、透き通ったコバルトブルーの水晶がランタンの明かりを照り返す。

 

「綺麗…それ、なんですか?」

「“ミラージュ・スフィア”っていうアイテムなの」

 

 見せたほうが早いか、っといって、リアは何やら操作をして、OKボタンをクリックする。と、目の前に円形のホログラムが映し出された。それはどうやらアインクラッドの層ひとつを丸ごと映し出しているようだ。恐らく、もしプレイヤーが空を飛べたとしたら、こんな景色が見えるのだろう。

 

「攻略組にとって、地形把握は大切だからね。ほとんどの攻略組は持ってる必須アイテムなんだ」

「へぇ、そうなんですか」

 

 そこから、リアは丁寧に一つ一つ説明してくれた。そこでポップするモンスターやトラップなどはどうやらお手の物らしく、ドロップするものまで完璧だ。流石情報すらも取引するオールラウンダーというべきか。

 

 さらに、そこで起こった面白い話などを面白おかしく織り交ぜてくれるので、シリカもたちまち笑顔になる。

 

「それで、この橋を渡ったら…」

 

 リアはシリカにしゃべらないようにと、唇に人差し指を当ててから、すっと立ち上がった。

 

「すぐに丘が見えてくるんだけど、なんかドアのところに大きな虫が張り付いてるみたいなんだよねー‼」

 

 リアはそう言って、稲妻のごとく、扉を開けた。シリカの位置からは見えなかったが、慌ただしく走り去る音が聞こえる。

 

「な、何…!?」

「盗み聞きだね」

「え、でもドア越しじゃ聞こえないんじゃ…」

 

 この世界では、ドア一枚隔ててしまうと、一切の音が通らなくなる。唯一通るのは、叫び声、戦闘音、そしてノックの音だけだ。例外として、ノックした後30秒は遮蔽がなくなる。

 

 だが、ノックの音は聞こえなかったし、こちらが大きい声を出したわけでもない。

 

 扉を閉めながら、リアは首を横に振った。

 

「聞き耳スキルを上げてれば、例えドア越しだろうが関係なくなるんだ。まあ、そんなマイナーなスキル上げてるプレイヤーなんてそうそういないんだけどね」

 

「でも、なんで立ち聞きなんか…」

 

 リアは心配そうなシリカを元気づけるように、ニヤリと笑った。

 

「美人2人でなに話してるか気になったんじゃない?」

 

 思わずシリカは吹き出してしまった。言っている内容もそうだが、言い方が何とも言えず面白かったのだ。

 

「ごめん、シリカちょっと待ってて」

 

 リアはそう言うと、ツカサの袖を引き、部屋の外へと出て言った。

 

 だが、シリカはもう怖くなかった。なんとなくベッドに丸々と、いつしか意識は眠りの底へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱかかったね」

「まさかこんな簡単に行くとは思わなかった…」

 

 ツカサが呆れたように溜息を吐きながら言った。

 

「これで明日、来るかな?」

「あの様子じゃ、そうだろ。第一」

 

 ツカサがリアを見つめた。

 

「盗み聞きされてるってわかってて47層のこと話してただろ」

「さすがツカサ君。よくわかってるね」

 

 リアはそう言って、いたずらっぽく笑った。索敵スキルも、聞き耳スキルもマスターしているリアがずぼらなあのプレイヤーに気づかないはずがないのだ。

 

 ツカサは前髪を掻き上げた。

 

「まあ、何はともあれ、明日襲ってくるってわかったんだから、これでひとまず安心だな」

「だね。…あとは、シリカがこのことを許してくれるかどうか、かな」

 

 壁に寄りかかりながら、リアが言うと、ツカサはゆっくりと笑みを浮かべた。

 

「大丈夫だと思う。随分リアになついてるみたいだしさ」

 

「ツカサ君がそういうなら大丈夫かな」

 

 リアもツカサに笑みを返し、扉を開け、部屋に入ると…

 

「「……」」

 

 そこには、体を丸め、気持ちよさそうに眠るシリカ。流石の2人も何も言えない。

 

「…どうします、ツカサさん」

「俺はどこでもいいんで、あなたが決めてください、リアさん」

 

 

 しばらくの間、2人は入り口に突っ立ったままであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シリカは、ゆっくりと耳元で奏でられる起床アラームで目を覚ました。朝は苦手なほうなのに、今日はなぜかすっきりと目が覚めた。一つ伸びをしたところで、ベッドの隣にあるティーテーブルの机に、一人の人物が座っているのに気づく。それは…

 

「つ、ツカサさん!?」

 

 シリカの上ずった声に、手元に集中していたツカサはシリカのほうを振り返った。

 

「ああ、シリカか…おはよう」

「あ、お、おはようございま、す…?」

 

 なぜか最後が疑問形になってしまう。なぜ自分の部屋に彼がいるのだろうか。昨日の記憶をたどったところで、シリカの顔は一気に真っ赤になった。感情オーバーなSAOなので、その顔はゆでタコのように赤い。

 

 自分は、彼らの部屋に来て、そのままベッドで寝てしまったのだ。

 

「あ、あの、あ、あたし…」

 

「…別に気にしてないから」

 

 作業しながら、ツカサはそっけなく言った。だが、シリカには、それが最大限の気遣いの言葉だとわかる。

 

「ありがとうございます…!」

 

 返事はなかったが、シリカには、少しツカサが微笑んだような気がした。

 

 それにしても、彼は何をやっているのだろうか?

 

「あの、それ何やってるんですか?」

 

「…これ?…この間、いい素材が入ったから、加工しようと思って。細工中」

「え、ツカサさん、細工スキル持ってるんですか!?」

 

 ツカサはゆっくり頷いた。シリカが驚くのは無理もない。数が限られているスキルスロットを攻略組が裂くなど、少々異常なことだからだ。だが、考えてみると、オールラウンダーでそのような依頼も受け付けているのだから、持っているのは当たり前か。

 

「…仕事上必要っていうのもあるけど、ただ単に昔からこういうことが好きだから」

「へぇ…」

 

 ツカサの手元をのぞき込み込むと、ツカサはどうやら赤い玉のようなものを細工しているようだった。

 

 ツカサの手を見ながら、ツカサの意外な一面を見れて、嬉しいという感情がこみあげるのがシリカ自身でもわかる。人見知りだというツカサは、全然しゃべらなくて、怖い印象さえ受けるが、本当は優しい人だ。

 

 シリカは、一人で微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、ツカサがリアをたたき起こして朝食を済ませた後、転移門から47層へと転移した。そして、目の前に広がった光景に、

 

「うわぁ…!!」

 

 とシリカは歓声を上げた。視界一面を色とりどりの花が咲き乱れている。

 

「ここは通称“フラワーガーデン”って呼ばれていて、フロアもすべて花だらけなんだ」

 

 リアの説明を聞きながら、シリカは花壇の花の一つに駆け寄った。矢車草に似た花の香りをかぐと、ほんのり甘い香りがする。こんな場所は低層にはないために、シリカは心が浮き立つのを感じる。

 

 その時、ふとこの花壇周辺にいるプレイヤーたちが目に入る。彼らは、全員二人一組。しかも、性別は男と女…所謂、カップル。対して、自分たちははた目から性別も年齢さえもわからないフードをかぶった2人と、中学生ぐらいの女の子。…いったいどんな風に見えているのだろう。

 

「シリカー。置いてっちゃうよー」

「あ、はーい!」

 

 そんな考えを振り払い、小走りで少し先まで歩いていたリアとツカサの隣まで追いついた。

 

 

 

 

 

 メインストリートを抜け、フィールドに出るための南門の前で、リアとツカサは足を止めた。

 

「シリカ。昨日渡した装備と、今のシリカのレベルなら、ここのモンスターは、倒せない敵じゃない。だけど、フィールドでは何が起こるかわからないっていうのが鉄則だから」

 

 そういって、シリカの手にリアはポーチから取り出した転移結晶を渡した。

 

「もしも何かあったら、この結晶で、どこでも思いついた街に転移してほしいの。私たちのことは心配しなくていいから」

 

「でもっ…!」

 

 納得しないシリカに、リアはシリカの頭に手を乗せ、なでる。

 

「誰かを同行させるときに必ずどのプレイヤーにも守ってもらうルールなんだ。…お願いできる?」

 

 口調は優しいが、圧のある言葉に、シリカはただ頷くことしかできなかった。

 

 シリカが頷くと、フードの奥でリアが笑った気がした。

 

「よし。じゃあいこっか」

「はい!」

 

 

 シリカは、2人の足を引っ張らないようにしなければと心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 …なのだが。

 

「きゃぁぁぁぁぁ‼」

 

 現在進行形で、シリカは逆さで宙ぶらりんになっていた。その足に巻き付いているのはシリカの腕ほどもある太い触手。

 

 一言で表現するとしたら歩く花。リトルネペントの頭が向日葵のような形状になったような姿かたちだ。植物系モンスター“ガーリッシュ・ガーベラ”。リトルネペントと違う点は、攻撃判定がある触手だろう。普通はそれを振り回したり突いたりして攻撃してくるのだが、なぜかそれはシリカの脚に絡みつき、彼女をさかさまにつるし上げたのだった。

 

 シリカのスカートは仮想の重力によってめくられて…と、シリカがパシリとスカートのすそを抑えた。

 

「り、リアさぁーん!」

 

 シリカの悲鳴を聞いて、リアは小さな声で問うた。

 

「…ツカサ君、目、閉じてる?」

「……ああ…」

 

 その返事を聞くと、リアは剣を握りなおし、ザンッという空気を鳴らし、一瞬にしてガーリッシュ・ガーベラの弱点である首根っこを切り落とした。まさに、「あっ」という間である。そして、空から落下してきたシリカを腕の中に抱き留めた。つまり…俗にいう、お姫様抱っこで。

 

「大丈夫?」

 

「ヒェッ!だ、大丈夫です!」

 

 シリカは奇妙な声を上げて、その顔を真っ赤にさせる。リアはシリカに微笑みかけた後に、そっとその体を下した。シリカは赤い顔のまま、スカートを数回払う仕草をする。

 

 

 

 にこにこ笑うリア。赤い顔のシリカ。微妙な沈黙が流れる中、ぼそりと唯一の男の声がした。

 

「…もう目、開けていいか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、リアとツカサがサポートをしながらシリカがモンスターを倒すということをやっているうちに、丘の頂上に着く前にシリカはたちまちレベルを一つ上げた。

 

 

「ほら、シリカ。あの岩の上に花があるはずだよ」

 

 

 丘の頂上付近はモンスターがポップすることはない。シリカはリアの言葉を聞くと、2人の元を離れ、待ちきれないというように岩場まで走る。そして、シリカの胸ほどまである岩の上をのぞき込むが…

 

「ない…ないよ、リアさん!」

「大丈夫だよ、ほら」

 

 シリカに追いついたリアが、シリカにもう一度見るように促す。涙目になっているシリカがもう一度見ると、今まさに、一本の芽が伸びていくところだった。

 

 それは、花の成長を早回しで見ているようだった。双葉から茎がみるみるうちに伸びていき、そして小さな蕾ができる。それは膨らんでいき、やがて鈴が鳴るような音とともにほころんで、光り輝く美しい花を咲かせた。

 

 

 なんとなく、触れない気がして、シリカは振り向く。リアがこくりと頷くのを見て、シリカもうなずき返し、その茎に手をかける。それはすぐに手折れて、シリカの手の中には花だけが残った。それをアイテムストレージに収納する。アイテム名“プネウマの花”。

 

 

「これで、ピナを生き返らせられるんですね…」

「そうだよ。“ピナの心”に、その花の雫を振りかけるだけでいいの。だけど、ここは強いモンスターが多いから、街に戻ってからにしよう」

「はい!」

 

 

 帰り道は先ほどのモンスターの多さは嘘のようだった。ほとんどポップせず、あっという間に丘の麓にたどり着く。あとは街道を1時間歩くだけだ。弾む胸を押さえつけ、小川に架かる橋を渡ろうとする。が、その時、肩にリアの手が置かれ、シリカはドキッとして立ち止まった。

 

 

 顔はフードで見えないが、何かわからない不思議なオーラのようなものがその体から放出されている気がした。

 

「…そこで待ち伏せしてる人、出てきなよ」

「え…」

 

 シリカがいくら目を凝らしても、そこには誰もいない。だが、不意にがさりと木の葉が動き、一人のプレイヤーが出てくる。シリカは目を疑った。真っ赤なウェーブの髪、赤い唇、細身の十字槍…

「ろ、ロザリアさん!?」

 

 そこには、昨日までパーティーメンバーだった赤髪ロザリアが立っていた。ロザリアはシリカの言葉を無視し、その視線はリアに注がれる。

 

「アタシのハンティングを見破るなんてなかなか高い索敵スキルね。侮ってたかしら?」

「ご自分の隠蔽スキルに随分自信がおありのようだけど、実際はずいぶん低い気がするのは気のせいかな?」

 

 リアはロザリアを茶化すようにそう言った。もし、もう少しSAOのエモーション感度があれば、ロザリアの半分さらけ出された額に青筋が入っていただろう。

 

 わずかにピクリと頬が動くが、さすが大人と言おうか、ロザリアはそれをスルーする。そして、視線をシリカに向けた。

 

「どうやら、首尾よくプネウマの花を手に入れられたみたいね。おめでと、シリカちゃん」

 

 ロザリアはそう言った後に、意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「じゃ、早速その花を渡してちょうだい」

「!?な、なにを言っているの!?」

 

 が、その時、シリカの後ろにいたリアが、前に出てくる。

 

「まったく、随分野蛮なんだね、おばさん。…いや、オレンジギルド“タイタンズハント”のリーダー、って言ったほうがいいかな」

 

 

 流石に、衝撃を隠せなかったようで、眉がピクリと跳ね上がり、笑みが消える。

 

 

 SAOでは、窃盗、傷害、殺人などを、システム上の犯罪を犯した場合、通常緑のカーソルがオレンジ色と変わるのだ。そのようなことで稼ぎ、日々の生活の糧にしているプレイヤーは“オレンジプレイヤー”、ギルドは“オレンジギルド”と呼ばれる。

 

 だが、ロザリアのカーソルはいくら見ても緑だ。

 

「え、だって…ロザリアさんのカーソルはオレンジ…」

 

「オレンジギルドって言っても、全員がオレンジじゃない場合が多いんだよ。じゃないと、街にも入れないから、消耗品とか、食糧とか手に入れられなくなるからね。あるいは、グリーンが街で獲物を見繕って、パーティーメンバーにもぐりこみ、フィールドで仲間が待ち伏せているところに誘導、それで袋叩きっていう手口。よくパーティーメンバーにもぐりこめるななんて思ったけど、まあ、ここでは女に飢えてる男が多いから、三十路の醜いおばさんでも需要があるみたいだね。あ、そうだ、昨日盗聴してた男もここのメンバー」

 

 さらりと悪口を織り交ぜて、リアが説明してくれる。だが、そんなことよりもシリカを襲っていたのは驚愕だった。

 

「じゃ、じゃあ、この2週間一緒のパーティーにいたのは…」

 

 

 再び怒りをこらえたロザリアが、頑張って毒々しい笑みを浮かべた。

 

「そうよぉ、あのパーティーの戦力確認と、お金がたっぷり貯まって、おいしくなるのを待ってたの。本当なら、今日あたりにヤッちゃうつもりだったんだけどー」

 

 そう言った後、ロザリアは蛇のように舌なめずりをした。

 

「一番ヤるのが楽しみだったあんたが抜けちゃうって聞いて、どうしようかと思ってたら、レアアイテム取りに行くっていうじゃない?なかなかプネウマの花って、いい相場なのよねぇ」

 

 

 そして、怒りが収まったのか、リアに視線を戻すと、ロザリアは肩をすくめた。

 

「でもあんた、そこまでわかっててノコノコその子に付き合うとか馬鹿?それとも、ほんとにそっちの趣味なの?」

 

 熱く血が煮えたぎるような怒りを感じ、シリカの手が腰の短剣に伸びる。だが、それを止めたのはリアだった。

 

「残念ながら、馬鹿でもないし、そっちの趣味でもないんだよね」

 

 リアはあくまで冷静だった。さっきまでのノリの軽さは消え去っている。

 

「私たちも、あなたのこと探してたから。ちょうどいいと思ったの」

「…どういうことかしら?」

 

「あなたたちは、10日前に38層で一つギルドを襲ったよね。4人が殺され、リーダーだけが生還した」

「…ああ、あの貧乏な連中ね」

 

 平然と、ロザリアが言う。

 

「で、そのリーダーが私たちに仇討してくれって依頼して来たの。そのリーダーは、あなたたちを殺すんじゃなくて、黒鉄宮に放り込んでくれるだけでいいって言った。…ねぇ、あなたにその気持ちわかる?」

 

 静かな問いかけ。だがロザリアは髪をいじりながら面倒そうに言った。

 

「わかんないわよ。だいたい、マジになっちゃってバカみたい。ここで人殺したってほんとに死ぬかわかんないんだし、現実戻ったって罪なんかにならないし。だいたい戻れるかだってわかんないのにさ。正義とか法律とか言う奴、アタシ一番嫌い。この世界に妙な理屈持ち込むやつがね」

 

 フッと、リアが笑った。その瞬間、ゾクリと寒気がシリカを襲う。そこには、もう優しいリアはいなかった。

 

「別に、あなたに嫌われたって逆にこっちは嬉しいってぐらいなこと、まだわかんないかな?それとね、一つ確実なこと教えてあげるよ」

 

 一つの間があく。

 

「ここで死んだら、現実世界でも死ぬ。それは確か。それでも信じないっていうんならさ」

 

 ニヤリとリアが笑った気配がした。

 

「自分で体験したらどう?」

 

 しかし、それでもロザリアはひるまなかった。そして、再び吐き気がするような笑みを浮かべる。

 

「そんなことができるならね」

 

 そして、彼女がぱちんと指を鳴らすと、木陰から次から次へとプレイヤーが出てくる。カーソルは全員オレンジ。その数、10。

 

「り、リアさん、数が多すぎます!脱出しないと…」

 

 流石に、いくら攻略組といっても、数の暴力という言葉がある。シリカが焦ったように言うと、リアは焦るシリカの頭にぽんっと手を置き、わしゃわしゃと撫でた。

 

「シリカ。私たちはオールラウンダーだよ?…信じてほしい」

 

 リアの誠実さがこもった言葉に、シリカは一瞬見惚れ、そしてやがて頷いた。リアはニコリと笑うと、それが合図だったように、ずっと後ろにいたツカサが前に出てきて、2人そろって彼らに近づいていく。

 

 

 その時、2人の右手が動く。それは、武器ではなく、ウィンドウを呼び出すしぐさ。不意に、2人のフードが音もなく消え、それとセットだったコートも消える。さらに、2人の片手剣と長槍も消え、その手には、初めて会ったとき見せてくれた彼らの本当の得物。

 

 

 そこには、この世界でもっとも有名なオールラウンダーの2人が立っていた。

「うそ、だろ…」

 

 オレンジの中からそんな声が漏れた。一方、鞘から心地よい音を立てて剣を引き抜くリアと、槍を右手に持ち替えるツカサは、いつもとは打って変わっていた。

 

 

 

 

 2人の眼は、“狂気”で染まっていた。

 

 

 

 

「さてさて、どんな風に料理しようか、ツカサ君」

「全員だるま」

「了解」

 

 驚愕で固まるオレンジの間を、白と薄紫、翡翠と黒の残像が走る。その光がそばを通った瞬間、次々とオレンジの両手両足が切断されていく。“部位破壊”と呼ばれる現象である。飛ばされた手足は地面へとつく前に、ポリゴンになって四散する。

 

 現実世界だったら、絶句するほど残酷な場面だろう。だが、それにゆるりと口角を上げた2人が入ればどうだろう。その眼が焦点の定まらない狂気で染まりあがっていたらどうだろう。…それは、“地獄絵図”と化す。

 

 

 ロザリアの脚は、人生で一度も感じたことがない恐怖で、信じられないほど震えていた。そして、その片方の目が、ロザリアの眼へと焦点を合わせた瞬間、体に強烈な寒気が走り、脚が使いもにならなくなってへたり込む。だが、その前に、強烈な風がロザリアを煽り、その喉には、薄紫色の刃の切っ先が添えられていた。ロザリアの目が、大きく見開かれる。カタカタと手が震え、その目から、一筋の雫が頬を伝った。

 

「ね、さっき言ったでしょ?本当に死ぬかどうか、実験しようよ。…私が殺してあげるから」

 

 ロザリアの鼓膜を、熱を持ち、高くなった囁き声が耳元で揺らす。その瞬間、ロザリアは意識を手放し、その体は糸が切れたように後ろに倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありゃりゃ、意識失っちゃったよ」

「ちょっと飛ばしすぎたな」

 

 いつの間にか、依頼者から預かっていた黒鉄宮に出口をセットしてある回廊結晶の渦の中に、だるまになったオレンジたちを放り込んだツカサが首を振った。リアが軽々と気絶したロザリアを持ち上げ、同じように渦に放り込むと、渦は消滅した。

 

 

 

 

 

 あたりは、小川の流れる音と、鳥の鳴く声だけがシリカの耳を揺らす。襲われたことへの驚き、そして、2人の圧倒的な強さ。そして、恐怖…まぜこぜの感情がシリカを襲い、口がきけずにいた。

 

 そんなシリカのそばに、2人のプレイヤーがしゃがみこんだ。

 

「ごめんね。シリカをおとりにするような真似して…」

「…悪かった…」

 

 そういって、頭を下げる2人は、いつものリアとツカサだった。やがて、安堵が心を覆った。だが、まだ声を出せずに、かぶりを振る。シリカの反応に、リアとツカサの顔にも、笑顔が浮かんだ。

 

「街まで送ってくよ」

 

 そういって差し出されたリアの手に、シリカは再び迷うことなくつかまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアさん、ツカサさん…もう、行っちゃうんですか?」

 35層の宿屋に戻り、リアとツカサの部屋のベッドに3人は腰を下ろした。窓からは柔らかい夕日が部屋を照らしている。

 

「そうだね…またいろいろと依頼入ってると思うから」

 

「そう、ですよね…」

 

 オールラウンダーの2人は、目が回るほど忙しいというし、危険な場所にだって行くという噂だ。わかっているのに。シリカの思いは涙となって流れ落ちる。

 

 

 

 不意に、何度か感じたことがある温かさを頭に感じた。涙にぬれた顔を上げると、リアが優しい笑みを浮かべていた。

 

「この世界のレベルだなんて、ただの幻想だよ。何処にいたって、どんなになったって、シリカは私たちの大切な友達ということには変わりないんだから」

 

 

 言い聞かせるようなリアの低めの声は、シリカの胸に真っすぐ入ってきた。さらに涙がこぼれそうになった時。

 

 

「…シリカ」

 

 それは驚くことに、ツカサの声だった。すると、手を取られ、その中に何か丸いものを握らされる。驚いた顔をして見上げるシリカに、ツカサは微笑みながら頷いた。そっと手を開くと、そこには2つの赤い玉があった。そこには細かな金色の細工がしてあって、それぞれに2本のリボンがついている。それは、ツカサが今朝細工していたあの玉だった。あれは髪飾りだったのだ。

 

「これ…!」

 

「リアも俺も、赤は似合わないから。…シリカになら、似合うと思った」

 

 押し殺していた涙が、一気にあふれ出す。

 

「あり、がとう、ございます…!!」

 

 

 息が吸えなくて、途切れ途切れで行ったシリカの感謝の言葉に、リアとツカサは顔を見合わせ、ふわりと笑う。先ほど見た、プネウマの花がほころぶように。

 

 

「さ、そろそろピナを生き返らせてあげよう?」

 

「はい…!」

 

 

 シリカはアイテムストレージに髪飾りをしまうと、代わりにピナの心とプネウマの花を実体化させる。

 

 目を瞑ると、シリカの頭の中には、昨日と今日の出来事が次々浮かんでは消えていく。たくさん、たくさんこの2人にはいろいろなものを貰った。助けてもらった。自分が利用されたって、怖くたって、あの優しさは本当のものだと思うから。

 

 シリカは目を開け、そっと羽根の上に、花の雫を傾ける。その雫が羽根に触れた瞬間、羽根は光に包まれ、その光が消えた後には、シリカが会いたくて会いたくてたまらなかった水色の相棒の姿が、そこにあった。

 

 




 前回もそうでしたが、ほんとに長いですね…すみません…


 さてさて、今回はリアとツカサが狂ってしまう回でした。苦手な方は申し訳ありません!いやはや、絶対僕があんな2人と出会ったら、ロザリアと同じく意識失ってしまう自信がありますw恐ろしや―…
 


 それと、ツカサの優しさが見えた回でもありましたね。あのシリカの髪飾りはツカサがあげたという設定で。ちなみに、あれ、結構すごい装備らしいです。


 もう一つ、ロザリアの三十路設定ですが、それは僕のオリジナルです。原作では20代くらいかと思われます。


 さて、次回はリズ編!このリズ編は僕の完全オリジナルになります!

 では、次回もお楽しみに!
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