アンサング・ドール。
ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバー41人の中では比較的後期に加入したプレイヤーだ。勧誘したたっち・みー曰く、リアルの知り合いでDMMORPGは初めてではあるがなんでもそつなくこなす人で、悪い人ではないのだとか。
事実、彼女は有能だった。メンバー達から教えられる知識をまるでスポンジのように吸収し、気がついたときには使いこなしており、得意分野でなければ抜かされることも珍しくなかった。
アンサングが知らないダンジョンに連れていけば初心者プレイヤーにしたってもう少し落ち着いているだろうと言いたくなるレベルには様々なリアクションを見せ、本当にこのゲームを楽しんでいるのだろうとついつい同行者まで楽しくなってしまうため、よくメンバーと一緒にはしゃぎながらダンジョンへ向かうのをモモンガは見ていたし、同行することも珍しくなかった。
そしてモモンガにとっては、このギルドに居続けてくれた恩人でもあるのだ。別にギルドを抜けたメンバー達を責めているわけではない。誰にだってリアルの事情があり、仕事がある。何ならいつまで経っても同じゲームをやり続けていたモモンガやアンサングの方が珍しいし、どこかおかしいのだろう。
互いにほぼ毎日ログインはしていたもののログインする時間が合うのは週末程度で、その時にすることと言えばアインズ・ウール・ゴウンの拠点であるナザリック地下大墳墓を維持するための稼ぎと雑談くらいのものだ。既にアンサングは他のゲームもいくつかやっているらしく、完全に自分の我儘で稼ぎに付き合わせている(と勝手に思っている)モモンガはこんな事を言ったことがある。
「別にわざわざ稼ぎに付き合ってくれなくてもいいんですよ? やろうと思えば自分1人でもできますし」
ある種拒絶にも聞こえたであろうそのセリフに対し、アンサングは笑顔のスタンプと共にメンバーが少なくなってから少しでも雰囲気を明るくするために喋り始めたタメ口で答えた。
「突然何をいうかと思えば。ここは私にとってホームであり実家であり主戦場だぞ? そんな所の手入れもしないような奴になるのは私の望むところではないさ」
そして、彼女は再び稼ぎに戻った。自分以外にもこのギルドを親身に思ってくれている人がいる。わかっていたはずのその事実に、モモンガはふと泣きそうになってしまった。
「さぁ、早くノルマを終わらせてしまおうモモンガさん。早くあれを完成させてしまわないとな」
「……そうですね」
全盛期と比べれば拠点を除き見る影もないほどに小さい、もはやクランと呼んでも違和感のない組織となってしまったギルド「アインズ・ウール・ゴウン」。サービス終了まで難攻不落を貫いた大墳墓は、存外穏やかな気性の者達によって支えられていたのだ。
-・-・-・-
「アンさん? ……アンさん!!?」
それは、ナザリック地下大墳墓がNPCやモモンガごと転移した日の翌日のことだった。突如としてモモンガ宛に届いた〈伝言〉。自分以外のプレイヤーが転移している可能性をこの時点ではまだ保持していたモモンガは、突然のそのメッセージにひどく動揺する。即座に精神の安定化が発動するが、それも数回発動しなければ抑えが効かないレベルだった。
突如として至高の41人の内の1人であるアンサング・ドールの名前が出たことに周囲の守護者たちの間にざわめきが走るが、モモンガはそんなことはお構いなしに〈伝言〉を続けようとする。
『アンさん、今どこに居るんですか!? すぐにそちらに向かいます!』
『……繋がらない、か』
『……アンさん?』
その一言だけを最後に、〈伝言〉は途切れてしまった。
繋がっていますよ。そんな一言すらも、モモンガは言うことができなかった。彼女の声があまりにも弱々しかったからだ。
ハッと我に返ったモモンガは再びアンサング宛に伝言を送るが、つながることはなかった。
ユグドラシルが終わるその日まで、思えばモモンガはアンサングが本気で落ち込んでいる姿というものをほとんど見たことがなかった。課金ガチャで爆死したときも、万全の準備をして挑んだクエストが失敗に終わったときも、いつだって彼女は落ち込むことこそあっても諦めるようなことはなかった。
そんな彼女など見る影もないような声だった。それだけのことが今彼女の身に起こっており、なおかつ〈伝言〉が一方通行にしかならないような異様な状況下にある。それだけでもモモンガはすぐさまアンサングを探しに行きたいという衝動に駆られたが、それは即座に精神の安定化によって抑制された。
「アルベド」
「モ、モモンガ様? 如何なされましたか?」
「アンサングさんが何らかの危機的状況にある可能性がある。ナザリックの防衛レベルを最大に引き上げ、大至急探索部隊を構成してアンサングさんの捜索にあたれ」
「っ!! ……かしこまりました」
己の主であり愛する者でもあるモモンガの様子に心配そうな表情を浮かべていたアルベドだったが、モモンガから告げられた言葉を聞いてハッと息を飲んだ。その後、すぐさま表情を引きしめ頷き、〈伝言〉を飛ばし始めた。
実際のところは、アンサングの素のテンションがモモンガが知っているそれの数段低いだけなのだが。
―・―・―・―
(これは、計画を変更する必要があるな……)
アルベドに守護者への指示を一任し、玉座の間へとリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで転移する。自分が本来座すべきである玉座の間には情報系のアイテムや魔法を完全に防ぐことができるワールドアイテム、『諸王の玉座』が有る。アンサングが何らかの危機的状況に巻き込まれている可能性がある以上、その矛先がモモンガやアインズ・ウール・ゴウンそのものに向く可能性は十分にあり得る。探査系の魔法への対策を取るのは至極当然のことと言える。
先程までと比べればある程度落ち着ける場所にて、玉座に腰掛けたモモンガは思考を巡らせる。
(アンさんもこの世界に居るってわかったのは大きな収穫だ。だが、それ以上にアンさんの身に何が起こっているのかを知るのが先決か……)
先程起きた現象。〈伝言〉の一方通行はユグドラシルにおいて知らないほうが少ないと自信を以て言うことができるモモンガであっても未知のものだった。〈伝言〉そのものが通じないということならば何らかの阻害魔法の影響によるものと考えられ、ユグドラシルプレイヤーが他にも居るという結論に至ることも容易である。
だが、あちらの〈伝言〉は届くのにこちらの〈伝言〉が届かないというのは少なくともモモンガは聞いたことがない話だった。
この世界特有の何らかの魔法やアイテム。それらを操った敵対勢力の存在。アンサングの現状。考えなければならないことに思考が散らばるが、ほんの少しした後に落ち着きを取り戻し、再び思考を巡らせた。
(何だ……? 少なくとも、ユグドラシルのものではないはずだ。アイテムや装備なら魔法を跳ね除ける装備の中に〈伝言〉も弾けるものがあったか……? いや、それにしたって少なくともアンさんはそんなの装備してなかったはずだし……ん?)
ここまで考えた中でモモンガの思考に何か引っかかるものがあったため、更に思考を広げていき、記憶を掘り下げていく。
そして、今現在もアンサングがまとっているであろう装備。元ギルドメンバーであるあまのまひとつとタブラ・スマラグディナ謹製(素材提供たっち・みー、餡ころもっちもち、ぶくぶく茶釜、やまいこ)の設定てんこ盛り堕天使装備に思い至った。
「……はぁ~」
骨の手を頭蓋に当て、大きなため息を1つついた。そこに含まれているのは安堵と疲労。万が一に記憶に間違いがあってはならないと判断したモモンガは玉座を後にし、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力で転移した。
―・―・―・―
モモンガが転移した先はナザリック地下大墳墓の第9階層に存在する巨大図書館、「
「これはこれはモモンガ様。最古図書館にどのような御用向きでしょうか」
「っ……ティトゥスか。いや、少し探しものをな」
モモンガの視線の先に突如として人と動物が融合したような骨格をしているスケルトンが現れた。彼の名はティトゥス・アンナエウス・セクンドゥス。この最古図書館の司書長を任されているアンデッドだ。
「非才の身ではありますが。命じてくだされば即座にご用意致します」
「そうか……では、タブラさんが記したアンサングさんの
「かしこまりました」
そう言い深く頭を垂れると同時にその場から姿を消した。正直な所流石のモモンガもこの図書館のどこに何があるかを詳細に把握しているわけではないためラッキーだったな程度に思った。
「お待たせしました。こちらでよろしいでしょうか」
「早っ……んんっ、ご苦労だった。感謝するぞ」
だが、2秒かかるかかからないかという圧倒的速度で、しかし図書館内には埃1つ舞わせること無く再びティトゥスが現れた。それもそのはず。ティトゥスからしてみれば初めての至高の御方から直々に下された命令。これを自分にできる最高の、否、それ以上の働きを以て応じようとすることはナザリックの守護者ならば当然のことと言えた。
「感謝などとんでもございません。ここを預かる者として当然の事をしたまでのことです」
ああ、君もそんな感じなのね……。内心で若干辟易しながらも、モモンガは本を片手にその場を後にし、玉座の間へと戻った。
「さて……」
玉座に腰掛け、そこそこな厚さを持つその本をパラパラとめくり始めた。
この本は、アンサングが自身のキャラに対して込めようとした想いに非常に強い感銘を受けたタブラ・スマラグディナが記したTRPGシナリオだ。天上界にて神々の尖兵としてありながら、神々の意志に疑問を持ち、神の意のままに生きるしかない生命全ての為に抗い続けた堕天使。アンサング・ドールを中心としてストーリーが進められるそれは、何度かギルドメンバー達が夢中になってプレイしたこともあるほどにクオリティが高いものだ。当の本人はなんとも微妙な反応ではあったが。
これと現状に何の関係があるのかと言えば、この本に記されている「アンサング・ドール」というキャラの設定は、その殆どがアンサングの装備のフレーバーテキストとして流用されているのだ。アンサングのレベル100到達記念&誕生日(情報源たっち・みー)プレゼントとしてギルドメンバー達からプレゼントされたそれは、流石に神器級とまではいかないもののどれもが当時のアンサングからしてみれば装備することも恐ろしい一級品ばかり。アンサングは神器級の装備を作成することができるようになってもそれらを手放さず、よほど難易度が高い戦闘でなければサービス終了日までメイン装備として装備し続けたため、もしアンサングがこの世界に来ているならば今もその装備を着用している可能性が高いのだ。
そして、この世界においてフレーバーテキストがどれほど重要な存在であるかはナザリックの守護者達を見ても明らかだろう。ならばここに何らかのヒントがあるのではないだろうか。モモンガはそう思ったのだ。
(ええっと……)
思えばこの本は
(お、あったあった)
流石はメインキャラクターと言うべきか、しっかりとアンサング・ドールに関する設定がまとめられたページを見つけたため内心でガッツポーズをしたモモンガはそのページを読み進めていく。
―・―
『失楽の聖鎧』
堕天したアンサングは天上においては過去類を見ない大罪を背負うこととなった。いくらアンサングが天使長とはいえど所詮は神の尖兵。神と天軍の追跡を逃れるのは不可能であった。だが、神の中にはアンサングと同じように現在の天界に疑問を抱く者も居た。そのような神々から原罪とは名ばかりの加護を与えられた鎧。元々は天使長が装備するものとして作成されたものではあるがその性質は大きく変質しており、(中略)これを着用した事により、アンサングは神々の追跡や探査魔法から逃れる事が可能となった。だが、それと同時にアンサングはこの鎧によりかつての仲間の声も届かぬ領域へと至ってしまったのだ。
―・―
(えぇー……)
その一節を読んだだけで何かが折れた音がしたモモンガはそれ以上読むこと無く本をパタリと閉じて途方に暮れた。精神の安定化が発動した。
もしこれがまともに反映されているのならば探査魔法やアイテムの類は全て意味をなさないものとなる。というかテキストが本当に忠実に再現されているのなら何らかのアイテムや魔法を介して探そうとする場合ワールドアイテムや超位魔法でなければまるで役に立たないということもあり得る。
どこまで広がっているのかもわからないこの世界で有効な探査方法は実質目視のみ。これで途方に暮れるなという方が無理な話だ。
(……アンさん鎧脱いでくれないかな)
そんなアホらしい事を考えてしまうほどには無理難題なのである。
(けど、まだアンさんが危機的状況にあるっていう可能性がなくなったわけじゃない)
とりあえず、アンサングと何故か連絡が取れない理由に関してはかなり強い理由を得ることができた。だが、彼女の口調などから、何らかの面倒事、とまではいかなくとも困っていることは確かなはずだ。そう考えたモモンガは再び緊張感を取り戻した。
(……何にせよ、まずは情報が必要だ。地理や国の情勢だけじゃない、この世界で俺達はどの程度の強さなのか、他にプレイヤーはどの程度居るのか。それと並行してアンさんの捜索を行おう)
とは言え、現実を変えることは流石のモモンガにもできない。とりあえず、モモンガが何をするにしても情報が少なすぎる。モモンガが背負っているものを考えればうかつには動けない以上、早く様々なことをかなぐり捨てて仲間を探しに行きたいという衝動は無理やり押さえつけられ、ナザリックの主としてモモンガは行動を開始した。
基本的にナザリック勢は原作通りの行動をしますがアンサングを害した何らかの存在が居ると思っている&早くアンサングを見つけ出したいため原作以上に慎重かつやる時には大胆にやります。とはいえ一々書いてたらテンポが悪いって次元じゃないので原作通りの部分はある程度端折ります。
一応アニメを繰り返し見たり原作とwikiと睨めっこしながら書いていますが不思議に思った部分があればどんどん感想欄で言及してくださると幸いです。