「さて……」
ようやっと見つけた素人目で見ても材木に適しているであろう木々の前で、アンサングは自分が普段使っている武具よりもかなりレア度が低いものである双剣を手に佇んでいた。彼女の「
「こ、こんなとこか……?」
ほんの1時間ほどで、目の前にうず高く積み上がった材木と副産物として発生した大量の薪を見て、アンサングは呟いた。同じギルドの仲間であったブルー・プラネットからそういった類の話はよく聞いていたが、百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ。明らかに切り倒した木の量に対して材木の量が少なすぎる上に不格好な物も多い。双剣で切り倒していく中で徐々に上達こそしていったものの、無駄は相当多かっただろうことが伺える。
そもそもユグドラシルで言う木造建築は現実世界で言うならばダンボールどころか画用紙で家を建てるようなもの。早い話が初心者の魔法一発で吹き飛ぶような弱小素材でわざわざ建てるようなメリットは存在しないため、ユグドラシルを相当やりこんだアンサングからしても未知の領域だ。
だが、とりあえず吹き飛ばしてしまった家屋を再び組み直すには十分(と思われる)材木は集まった。
流石にこれを組み立てて家にするだけの知識やスキルなどアンサングは持ち合わせていない。一応後からいくらでも加工できるように大きく切り取ったつもりだが、もしこれで使い物にならないとかだったらあの建物を建てたプレイヤーにも切り倒した木々にも申し訳が立たない。
(ベストは尽くした。私は頑張ったぞ!)
「……ん?」
自己満足でもしなければ不安で押しつぶされそうだった。心の中で必死に言い聞かせながら材木の山を見ているとそこでようやく付近に生物の気配があることに気づき、そちらを向く。
視線の先に居たのは、明らかにアンサングが壊した建物に住んでいたであろう老若男女様々な人々だった。
「あ、あなたは……」
「…………」
明らかに怯えた様子である村人達に対し、アンサングは視線だけでなく体を向け、じっと村人達を見据える。未だに背中に生えた結晶の翼と頭頂部にて浮遊している歪な輪は健在であり、素人目に見ても尋常のものではないとわかる軽装ながらに豪奢な装飾が施された鎧をまとった彼女の姿は正しく天上の存在そのものであり、村人達からしてみれば、絶対的な上位者から品定めされているような気分だっただろう。
「…………」
アンサングが言葉を紡ぐことはない。というのも、
(な、何だこの人達、NPCか? 本当に生きてるみたいだぞ……何だ? 私一人が対象の壮大なドッキリか何かか?)
彼女からしてみれば目の前で起こっている現象はホラーか何かだからだ。ユグドラシルにおいて、NPCは決められた役割を持っており、こちらからなにか働きかけた場合には決められた反応を返すがNPC側から話しかけられることなどイベントなどを除けばほぼありえないことだ。
これが特定の条件で発生するイベントならばわからないでもないが、NPCの民家を焼き払ってその場でじっとしてれば発生するイベントなど尖ってるにも程があるだろう。それをやりかねない運営も運営だが。
とりあえず、万が一プレイヤーだった場合の事を考えて当たり障りのない会話で済ませる事にしたアンサングはゲームでは使うまいと考えていた営業スマイル(表面上は変わらず)を浮かべながら言葉を紡ぎ出す。
「えっと、この辺りにあった家の方々ですか?」
「天使様……なのですか?」
が、成立したのは会話のドッチボールだった。だが、今の一言だけでもアンサングが得られた情報は大きい。
しゃべる際に口が動いていることから、プレイヤー、もしくはプレイヤーが作成したNPCであるという線はほぼ消えた。そして今の口調や様子からして、おそらく彼はユグドラシルの後継である新しいゲームに登場する村人Aなのだろう。イベントとわかれば話は早い。そういったイベントでノリノリで魔王を演じていたどこぞの骸骨のように振る舞えばいいのだから。そう考えたアンサングは再び言葉を紡ぎ出す。1つ咳払いした後に、アンサングは言葉を紡ぎ出した。
「この地域にもそういった話が伝わっているのだね。いかにも、私は天使さ。とある悪魔と戦っていたら敵の転移魔法に引っかかって飛ばされてしまってね。それに加え、洗脳の効果がある魔法で意図的に暴走状態ににさせられてしまっていたようだ。魔法を乱射して君達の村を吹き飛ばしてしまった。本当に申し訳ない」
そう言ってアンサングが頭を下げると、村人達の間にどよめきが走る。神々の使いである天使が人間たちに頭を下げるなどということは本来ありえないことだからだ。当の本人は今作のNPC良く出来てるなー程度のことしか考えていないのだが。
「一応、埋め合わせのための材木を用意したつもりだが、何分この辺りの建築に疎くてね。これで足りなかったり形に不満があったら教えてくれ。言うとおりに加工するし、教えてくれるなら組み立てるのも手伝うよ」
「い、いえ! そんな滅相もございません!」
アンサングがそこまで喋ってようやく、村人達は彼女の背後にあるこれから城でも作るのかという程に巨大な材木と大量の薪が自分達への謝罪の品であることを理解すると同時に、仮にも神を信じる風習がある世界の者達に天使に指図する度胸などあるはずもない。首が取れるのではないかと思うほどに横にふる村人を見た天使はどこか機嫌が良くなったような雰囲気を醸し出しながら言葉を紡ぎ出した。
「そうか、それは何よりだ。それでは私は行くとしよう。何せまだ戦いは終わっていないのだからね!」
現状では、アンサングの中での第一目標が「とりあえず落ち着ける場所を見つける」であることに変わりはない。こんなところで報酬も難易度も形式もわからないようなイベントに巻き込まれているような暇はないのだ。
即座に翼を羽ばたかせて空を舞う。眼下から引き止めるような声が聞こえる気がしないでもないがお構いなし。
(手伝わなくていいって言ったからな! 言ったからな!)
何故なら言質が取れたのだから。
――――――――――――――――――――――
そして、モモンガがナザリックの主として行動を開始した頃、ナザリックの面々から心配されていたアンサングはというと。
「…………」
徒歩であてもなく広大な野原を移動していた。頭部の輪と翼は現在しまわれており、顔は幻術を仕掛けることで表情などを変えられるようにし、探知阻害の指輪を装備することで、高位のスキルや魔法を使わなければごく普通の人間にしか見えない状態となっている。
(さっきの反応からして、亜人種とか異形種であることがわかると面倒なことになりそうだからな……)
というのも、落ち着ける場所を見つけるまではできる限り先程のようなイベントに巻き込まれたくないアンサングとしては、自分からイベントを呼び寄せるようなことはできる限り避けたかったのだ。先程いきなり様づけされたことからも、異形種、もしくは亜人種は何もしなくても何らかのフラグが立ってしまう可能性が高い。
故に徒歩。幸い彼女の種族である天使長に疲労や空腹と呼べるものは存在せず、あるとすれば延々と歩くことに対する精神的な疲労くらいだ。
(それにしても、本当に気持ちがいいなー……)
先程からアンサングが感じていることはひたすらにそれに尽きた。周囲に遮蔽物がないためか、草原は常にやや強めの風が吹いており、それが運ぶ微かな草の香りと冷たさは自然などめったにお目にかかれるものではなくなってしまったアンサングやモモンガ達の現実世界では決して経験できないものだった。これが味わえるなら電脳法に抵触するのも悪くない。というかそんな輩が出るからこそ電脳法があるんだろうな。そんなことを思っていると。
(ん、あれは……)
日が沈み始めて段々と暗くなってきた視界の端に村らしきものが映った。先程アンサングが半分ほど吹き飛ばしてしまった村よりもいくらか規模が大きな村であり、あれだけの規模があれば少しくらい場所を借りるくらいのことなら許してもらえるだろう。
(流石に精神的に疲れたからな……寝れるのかどうかわからないけど休憩は入れよう)
徒歩で移動している最中に見かけたモンスターはどれもゴブリンや、よくてオーガなどと言ったユグドラシルでは初心者が真っ先に倒すであろう雑魚モンスターばかりだったため、草原で一夜を明かしても問題はないであろう。だが、それでいきなり初見殺しにあってアイテムをロストしてしまっては後悔してもしきれないし最悪詰みかねない。そう考えたアンサングは村に立ち寄ることにした。
-・-・-・-
何の変哲もない一日になるはずだったその日。その村は本来辿るべきだった運命をそれることとなる。
「誰だありゃ……?」
「さぁ……冒険者……にしてはプレートもなさそうだしな」
日もくれようかという時間帯、村の入り口に見目麗しい少女が立っていた。その表情は薄気味が悪いほどに無表情だが、彼女の容姿はこの村の住人たちが見たこともない程に整っており、白い髪と肌、そして宝石と見紛う翡翠色の瞳は非人間的な印象を村人に持たせた。彼女の体を包む軽装でありながら豪奢な装飾が施された鎧はそういったことに関する知識などまるでない村人達から見ても名のある一品であることが明確にわかる風格を漂わせ、彼女の存在感をより一層強めていた。
「…………」
そんな彼女はそこから動くわけでもなくキョロキョロとあたりを見回していた。それは何かを探しているようでもあったが、村人達には彼女のような人が目当てとするようなものがこの村にあった覚えはない。
「なああんた。どっから来たんだい?」
「…………」
「い、いや、言いたくないならいいんだ。あんたみたいな立派なもん着た奴が来るのなんて珍しいからよ」
そんな中、村人の1人が女性に向けて話しかけた。女性は話しかけてきた村人の方を向いた後に何かを考えているのか黙り込んでしまった。無視というわけでもなければ、なにか反応を返すというわけでもない。そんななんとも言えない彼女の様子に話しかけた村人が居心地の悪さを感じていると。
「そうだな、私は『アインズ・ウール・ゴウン』の者だ。この名に覚えはないかい?」
先程まで黙りこくっていたのが嘘のように流暢に言葉を紡ぎ出した。
「何だそりゃ、国の名前か? 少なくとも俺は知らねえなぁ」
「そうか。まぁ知らないなら知らないで構わないさ。今は重要なことじゃない。それよりも、1つ聞きたい事があるんだが、いいかい?」
「あー、面倒事はゴメンだぜ?」
どうやら話がわからない者ではなさそうだ。そう判断した村人達は幾分か緊張を解いた。そんな村人に対し、アンサングは苦笑いを浮かべながら言葉を紡ぎ出した。
「いやいや、別段そんな大層なことじゃないさ。村の近くで野宿をしたいんだけどどこかに許可を求めたほうがいいのかい?」
「ん? そんなもん勝手にやればいいだろ。別に誰も止めねぇよ」
「そうか、ありがとう。助かったよ」
非常に整った容姿を持つ彼女が微笑んだだけで村人はわずかに顔を赤くした後に、「い、いや、別に大したことねぇよ」といってそそくさと立ち去ってしまった。彼女もどうやら本当にそれが聞きたいだけだったのか、村の外れにあるそこそこ大きな樹の下へと歩いていってしまった。
―――――――――――――
「うーん、良いぞこれは!」
訪れた村の外れにある木の下で、表情こそ動いていないものの、非常にご機嫌なアンサングの姿があった。彼女が無限の背負い袋から取り出して腰掛けているお気に入りのロッキングチェアや、近くにいるだけで回復効果をもたらす即席テントなどを設置したその様は若干歪ではあるものの、アンサングとしては人伝に聞いたキャンプというものをやっているつもりだった。
(ブルー・プラネットさんが何で今更どうにもできないものをそんなに推すんだって思ったけどこれなら納得だ)
雄大な自然を眺めながら、吹き抜ける涼風に椅子を揺らす。言葉で聞くだけならば何の魅力も感じなかったアンサングだが、一度経験してしまった以上、アインズ・ウール・ゴウンの仲間であったブルー・プラネットに足を向けて寝ることはできないだろう。
(こっちの通貨なんて持ってるわけないし、野宿なんて初めてだけど。これなら毎日これでも良いな)
異形種であり、厳密に言えば神々の尖兵であるという設定のアンサングにとっては休養など不要のものではあるのだが、それでも彼女の精神は休みを訴えていたため、ロッキングチェアに身を預けながら、アンサングはボーッと青空を流れる雲を眺めていた。
(本当に、何なんだろうな。このゲームは……)
何も起こらない静寂の中にいると、自然と思考はそちらの方向へと向かっていった。電脳法のほぼ全てに違反しているのではないかと思えるほどのリアルさ。目的どころか操作方法すらろくに確立できない不親切にも程があるユーザーインターフェース。確かにユグドラシルも相当不親切だったが、それにしたってやりすぎというものである。休日だったから良かったものの、ログアウトのやり方すら未だによくわからないのは大問題だ。そんな思考を巡らせながら漂う雲を眺めていると、ふと気になることが生まれた。
(そう言えば、ここまでよくできているならワンチャンいるかもしれないモモンガさんに届かないかなって思ってギルドの名前出したけど、大丈夫かな)
ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』はその規模やワールドアイテム保有数、更には1500人の大連合の侵攻を防ぎきってみせたなど凄まじい経歴を持つ半面、ユグドラシルではあまり人気がなかった異形種オンリーのギルドという非常に珍しいギルドであり、DQNギルドとしての悪名も高く、敵もまた多かったのだ。そういったプレイヤーはもう大部分がユグドラシルを引退しているからこのゲームにもログインしていないものと思われるが、若干軽率だったかも知れない。
(そう言えば、まだ味覚に関しては確認してなかったな……そのへんの草でもかじればいいか)
そんな事を思い、ロッキングチェアから立ち上がると。
「……え?」
彼女の視界の端で、明らかに襲うつもりで来ているであろう馬に乗った兵士達が村に向かって突っ込んでいった。
毎度のことですがオバロは設定が緻密すぎてどこかで矛盾を起こしていないか不安で仕方ないので何か不思議に思ったことがありましたら感想欄でご指摘いただけると幸いです。