(おいおい何だ何だ!? まさか私がここに来たせいとかじゃないだろうな!?)
村へと突っ込んでいった騎兵達を見て、アンサングは自分の体が強ばるのを感じた。とりあえずロッキングチェアとテントを「無限の背負い袋」の中にしまい。入れ替えるように中から不可視化の指輪を取り出して指にはめた。これで、認識阻害に対する耐性を何らかの方法で持った者以外には見えなくなったはずだ。それでも慎重に、誰にも見られないようにアンサングは木の上に飛び、そこから村の様子を伺った。
そこでは、一方的な虐殺が始まっていた。
「ぎゃああああ!!」
誰のものともわからない悲鳴が連続して木霊した。恐怖に顔を歪める無抵抗な村人達を、騎士風の装備に身を包んだ者達が斬りつけていく。中にはそれを楽しんでいる素振りすら見せる者すらおり、あえて殺すのを長引かせているような者もいた。まだ騎士が襲撃してから1分も経っていないため幸いにも死者は出ていないようだが、もはや死を待つだけの村人なら既にかなりの数がいる。
「…………」
(グ、ロいなぁ……うん……)
そんな虐殺の様子を眺めていたアンサングの中には、本人自身でも気味が悪くなるような複雑な感情が立ち込めていた。
天使の五感というものがどれほど優れているのかは知らないが、既に五感を通じて虐殺の様子は現実のものなのではないかと錯覚するほどにリアルに伝わってきている。
だが、アンサングの心は不気味なほどに揺れ動いていなかった。否、人々を殺す騎士達に対する怒りと呼べるものは確かに湧き上がってきている。だがそれ以上に、人が何人も殺されているという状況に対してあまりにも動揺していなかった。
(私のゲーム脳もここまで来たか……)
だが、所詮はゲームなんだからこんなもんだろう。そう割り切ることにしたアンサングはほんの1秒に満たない間、思考を巡らせた。
(正直、助けるメリットは薄いし、リスクのほうが大きい)
この村人達を助けてアンサングが得られるメリットは現状ほぼないと言っていい。ざっと見た限りではシナリオやイベントに関わってくるような何かは存在せず、重要そうな人物が居るわけでもない。言うなれば、何らかのイベントの際にその災禍に巻き込まれる名もなき村。といったところだ。
現状、落ち着ける場所を見つけるまではそういったイベントにはできる限り巻き込まれたくないアンサングとしては
「誰かが困っていたら助けるのは当たり前、か……」
頭の中に、せめてゲームの中だけでもと理想を貫いた正義の味方の声が鳴り響く。一つため息をついた後に、全身を対レイドボス用のガチ装備に変える。
(とりあえず村人達を助けよう。それであいつらのレベルを見てから戦うかどうかを決める。それでいこう)
「〈
魔法を発動させながら、アンサングは右手に剣を持ち、左手に杖を持って村へと突入した。
―・―・―・―
完全に兵士達の理解の外に存在するであろう絶対的上位者。兵士達が知るそれの数段、否、比べることすらおこがましい領域に居るであろう天使達が、兵士を蹴散らしていった。
「ぎゃああああ!!」
瞬きをする間に兵士達が吹き飛ばされ、運の悪い兵士は死に絶えた。それは戦いと呼べるようなものではなく、欠片の抵抗も許さないそれはただの弱い者いじめだった。
何故だ。何故こんな事になってしまったのだ。偽装兵達の隊長であるべリュースは必死に何が悪かったのかを頭の中で思い返す。
簡単な任務だったはずだ。バハルス帝国の名を騙り、無抵抗な村人達を襲撃し続ければいいだけのはずだった。たかが村落1つに武装した戦力を迎撃できるだけの兵力なんてあるはずがない。
べリュースはそんな事を考えていた数分前の自分を殴り飛ばしたい気分だった。そしてその胸ぐらを掴んでこう怒鳴りつけたかった。
ならば今自分の目の前にいる形容し難い存在は一体何だというのか!?
それは、一見すれば息を飲むほどの美しさを誇る美女だった。気味が悪いほどに白い肌と髪。宝石と見紛うほどに美しく光を反射する瞳。王国の姫であってもこれほどのものではないと確信を持って言える彼女に、下卑た視線を送る兵士も居た。
「〈
そんな視線など意にも介さず、べリュース達をまるで虫けらでも見るかのような目で見つめながら紡がれたその言葉。その意味を兵士達が理解できなかったわけではない。だが、兵士達は笑いだし、ベリュースもその顔に嘲笑を浮かべた。そのような魔法は神話の中にすら存在しない。そこらの子供でももう少しマシなハッタリができるだろう。目の前の女性はただの見掛け倒しでハッタリしかできない唯の女だ。その場に居合わせた兵士達の多くがそう思った。
だが、そんな笑いは彼女の背後に展開されたあまりにも巨大な魔法陣によってかき消された。
魔法陣から現れたのは、辛うじて特徴から天使であると認識できる何かだった。
絢爛豪華な鎧を纏い、3対6枚の翼を羽ばたかせ、明らかにこの世の理を逸脱している七色の輝きを纏う天使。見るものが見れば「
自分達は、神の怒りを買ってしまったのだと。
「〈
恒星天の熾天使の輝きが更に強まり、熾天使が手を振り下ろすと同時に光の柱が降り注いだ。既に自分達の信仰の寄る辺を吹き飛ばされたも同然である兵たちに抵抗する気力など残っているはずもなく、兵士達の半分は吹き飛ばされた。
「さぁ、名も知らぬ兵士達よ。これで私の力はわかったはずだ。まだ戦うというのならば吝かではないが、どうする?」
恒星天の熾天使を後ろに下がらせ、件の彼女、アンサング・ドールが前に出て兵士達へ向けて語りかけた。
(セラフが吹っ飛ばされるレベルだったら逃げるしかなかったけど、そこまで強いわけじゃなさそうだ……いやほんとによかった)
その先程までに大仰な芝居がかった口調は、実は割と冷や汗をかいていた内心に引っ張られてテンパっていたが故のものであったのだが、偽装兵達にそんなことがわかるはずもなく、偽装兵達は力なく首を横に振った。
その後発してしまった台詞を、アンサングは後悔し続けることとなる。テンパっていたから、もしかしたらあの人に伝わるかも知れないって唐突に思ってしまったから、様々な言い訳を用意しても尚当時の自分を殴らずにはいられないその台詞を。
「そうか、ならば行け。そしてお前達の主に伝えろ。お前達は愚かにも、我らアインズ・ウール・ゴウンの怒りを買ったとな!」
そして、全ての発端となるその芝居がかった台詞を言い放った。
―・―・―・―
「本当に、なんと感謝を申し上げたら良いか……」
「いやいや、私はできることをしただけさ。寝覚めが悪くなったらたまったものではないからね」
その後、襲撃の際に破壊された家屋の修復も大まかではあるが完了した夕暮れ時の村の中心にてアンサングは村人達と談笑を交わしていた。今彼女が話しているのはこの村の村長である壮年の男性であり、それに対してアンサングは表面上は幻術でにこやかな表情を浮かべながら会話に応じているが、
(おいおい、ほんとになんなんだこれ? AI進歩し過ぎだろう)
内心では未だに疑問符と困惑が満ち溢れていた。異様に会話が弾むNPC(と思われる人物)。先程差し出された薄味とは言え味を感じるスープ。どれもこれまでのユグドラシルでは考えられないことだった。というか思いっきり法律に違反しているのだから考えられないのが当たり前なのである。
「さて、村を助けたお礼代わりと言っては何なのだが1つ頼まれてはくれないかい?」
「は、はい! 私達にできることなら何なりと!」
先程からヘコヘコと頭を下げながら会話をする明らかに自分よりも年上であろう村長に対して若干の居心地の悪さを感じながらも、とりあえずやっておいて損はないであろう行動のために言葉を紡ぎ出す。
「私はここより遥かに遠い地から転移魔法を用いて来たのでね、何分この辺りの土地勘がないんだ。この付近にある街や都市の事を教えてはくれないかい?」
流石にこれ以上へりくだって接されるのはアンサングとしては現実世界を思い出してしまうためなるべく威圧感を与えないように優しい口調で話しかけるものの、村長の口調は対して変わることもなく、そのまま会話は続いた。
「はい、ここから一番近い都市ですと、エ・ランテルかと」
「ほう、それはどの方角にあるんだい?」
「ここより北に数日の位置にあります」
「そうか、ありがとう。あと、もう一つ良いかい?」
「はい、もちろんです」
村長が笑顔で頷いた後に、アンサングは少しの間考える素振りを見せる。その所作は一つ一つが美しく、村の中心に集まっていた村人の中にはそんなアンサングに見惚れる者も居たが、そんなことにアンサングが気づく様子はなく、1つ頷いた後に村長の方を向いて言葉を紡ぎ出した。
「この村の外れに大きな木があるだろう? 資材がどうしても足りないとかだったら仕方ないのだが、できる限りでいいから残しておいてほしいな」
それだけを告げると、アンサングは立ち上がった。
「もう発たれるのですか?」
「うん、君達には悪いが、私も私で色々あるのさ」
また縁があったらよろしく頼むよ。微笑みを浮かべながら手を振り、村を後にしようとすると。村の入口から先程まで物見櫓で見張りをしていた若い男が慌てた様子で走ってきた。
「村長、騎士風の一団がこちらへ向かってきています!」
(うえぇ……どう考えてもイベントが進行してるって感じの雰囲気だな……)
その言葉を聞き、再び村人達の間に緊張が走った。先程の襲撃ではアンサングが即座に対応したため家屋を壊されるだけですんだが、次も安全という保証などどこにもないのだから。アンサングは少し考えた後に、こうなれば乗りかかった船だと判断し言葉を紡ぎ出した。
「村長、村人達を建物の中に隠そう。事情を説明する者が必要だから私と一緒に来てくれるかい?」
「は、はい! ドール様がお力添えをしていただけるならそれほど力強いことはありません!」
村長としても願ったり叶ったりな話であることは確かだ。まるで誤作動でも起こしたかのように何度も強く頷き、それを確認したアンサングも頷き2人で村の入口へと歩き出した。
―・―・―・―
「……誰だい彼らは?」
「おそらく、リエスティーゼ王国の戦士団の方たちかと」
先程起こったことが起こったことなため、村人達の間に緊張と恐怖が立ち込めた。村長が指示を飛ばして村人達が即座に家屋に入った後、村の入口で騎士風の男達を迎えることとなった村長と共に居るアンサングは村長に耳打ちをする形で尋ねる。村長は目視できる範囲まで近づいてきた彼らが纏う装備からおおよその推測を立てて答えるが、その表情には幾ばくかの怯えが存在していた。
無論、その台詞だけではアンサングは何のことだかさっぱりなのだが、彼らが先程の兵士達と同じ強さである保証などどこにもないため警戒を深めて戦士たちを見据えた。
すると、部隊の先頭に居た屈強な体格を持つ男が名乗りを上げた。
「私はリ・エスティーゼ王国王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフだ。この付近を荒らし回っている帝国の騎士達を討伐するために王のご命令を受け、村々を回っている者である」
その名乗りに対して、村長は驚愕の表情を浮かべるが、アンサングの表面上の表情が変わることはない。名乗った役職からしてイベントに関連するキャラクターなのだろうかと思う程度である。ガゼフと名乗った男性は、村長に視線を向けた。
「この村の村長だな。そちらの女性は……」
「こ、こちらの方は……」
「いいさ、村長。私が名乗ろう」
ガゼフが名乗りを上げてから先程以上に頼りなくなってしまった村長を見たアンサングは村長を手で制し、言葉を紡ぎ出した。
「初めまして、王国戦士長殿。私の名はアンサング・ドール。遠方の地にて研鑽を積んでいたが、見聞を深めるために旅をしている者だ。この村にとどまっていた所、その帝国の騎士達に襲われてしまってね。成り行きでこの村を助けたのさ」
ガゼフが僅かながらに驚きの表情を浮かべた後に村長へと視線を向ける。村長はその意図を察したのか、アンサングの言に嘘はないと何度も頷いた。すると、ガゼフは馬から降り、アンサングの元へ歩み寄った。
「この村を救っていただいたことに。感謝の言葉もない」
「いや、この村には一晩の宿の恩があるからね。助けるのは当然のことさ」
流石に王国でもそれなりの身分には居るであろう者が安々とどこの馬の骨ともわからない女に対して同じ視線で話すとは思わなかったアンサングは僅かながらに驚くがそれが表に出ることはない。見た目通りの一本気な男と見て良さそうだ。そんな事を思いながらアンサングがガゼフと言葉を交わしていると、ガゼフの部下らしき男が緊迫した面持ちでガゼフに話しかけた。
「戦士長! 周囲の複数の人影が、村を囲うような形で、接近しつつあります!」
「……そうか」
その言葉を聞いたガゼフは表情を僅かながらに表情を険しいものとした後、アンサングの方へと向き直った。
「ドール殿、少し話があるのだが、良いか?」
「話だけならばね。村長、どこかに空いている家屋はあるかい?」
「は、はい! でしたらあちらにどうぞ」
村長に示されるがままに、アンサングとガゼフは村の外がよく見える家屋へと入った。
今の所アンサングの主武器が近接なくせして多様な魔法が使えたりでなんでもできるマン疑惑になっていますが長時間稼ぎがしやすいようにしたスキルや魔法構成なので実際には割と器用貧乏です。