600年前に降臨した六大神と呼ばれる神々を信仰する国家。スレイン法国。自分達を救ってくれた強大な力を持つ6人、後に六大神として語られる存在を神と定めて信仰し、人類の守り手として人類の脅威となりうる多種族の征伐を行ってきた国家の深部。この国の意思を決定する者、神官長達が集う場所は、ここ数十年類を見ないほどの騒がしさを見せていた。
その場に居合わせたほとんどの者達が浮かべる表情は、困惑や恐怖といった類のものだった。
「その情報は本当なのか!? まさかたかだか偽装兵如きの戯言を信じたわけではあるまいな!?」
「だ、だが、土の巫女姫も見たという話だぞ」
議題を占めているのは、何の前触れもなく現れた最高位天使を超える天使を使役する謎の存在。偽装兵の話では『アインズ・ウール・ゴウン』という組織に属する者との話だったが、たかだか一兵卒の話を信じていては国が機能しなくなる。その話が現実味を帯びてきたのは、ニグン率いる陽光聖典を監視していた土の巫女姫の証言によるものだった。
曰く、ニグン達とガゼフ達の間に、捉えられないがニグン達が話しかけている何者かが居た。それには陽光聖典のどのような攻撃も通じず、ニグンが最高位天使を召喚すると同時にそれよりも遥かに格上の天使を召喚し、ニグン達の戦意を潰したと。
「幻術の類ではないのか?」
「幻術如きでかの最高位天使を滅せるものか!」
通常時ならば、土の巫女姫の気が狂ったと思うほうがまだ現実味がある話だ。
かの十三英雄と魔神との戦いにおいて魔神を討伐したとされる最高位天使、威光の主天使よりも上に存在する天使など神話にすら登場しない。冗談にすらならない事を大真面目に語られたところで信じろという方が難しい話だろう。
だが、消息を断った陽光聖典。帰還した偽装兵の中には傷ついた者が1人もいないにも関わらず、ある者は昼夜を問わず祈り続け、ある者は必死に虚空へ向かって許しを乞い続け、無理やり食事を摂らされた者を除けばそのまま餓死してしまった者がほとんどだった。精神系の魔法をかけられた気配が無いにも関わらず、まるで使い物にならなくなってしまった偽装兵たち。それが意味するのは、彼らの価値観が崩壊しうる超常の何かが起こったということだ。
神人が現れた。もしくは偽装兵たちの様子を見る限りではそれ以上の存在、神に近しい存在が降臨したということ。
それは、スレイン法国そのものを揺るがす一大事だ。それの善悪に問わず、スレイン法国はそのあり方を大きく変えられる事となるだろう。
「…………」
神官長達のいっそ無様にすら見えるほどの慌てようを見届けた六色聖典の1つ、漆黒聖典の隊長はその場を後にした。報告の内容は全て語られた。これ以上この場に居たところで、不安に駆られた老人たちに八つ当たりされかねない。いくら自信という自信を根こそぎ刈り取られた彼であっても、そのような面倒事は御免だった。
(真偽がどうあれ、彼女には絶対に知らせてはいけないな)
それに、彼からしてみれば、居るかどうかすらも不確かな神よりも、それに惹かれて暴走しかねない化物のほうが気がかりだからだ。
―・―・―・―
(う~ん、思っていたのとは違うけど、まぁいいか)
ガゼフの提案に乗ることにしたアンサングは、王国までの道をガゼフ達戦士団に案内してもらうこととなった。戦士団達が馬で駆ける中、アンサングは天使の翼を使うこと無く、〈
「ドール殿、本当に馬は必要ないのか?」
「この状態を見て必要に思えるのかい?」
「いや、俺は魔法に疎いが、魔法とはそんなに無制限に使っても大丈夫なのかと……」
「フフフ、魔法とは割りかしなんでもありなのさ」
戦士団は、先程までの村人達と比べればアンサングとしてはだいぶ居心地がいい空間を提供してくれた。一応の面子という物があるのかある程度の礼節を外すことはできないようだが、それでもだいぶ砕けた様子で話してくれる分かなり話しやすかった。
「それにしても、先程の強大な魔法。ドール殿は、国元では名のある魔法詠唱者なのか?」
「あー、うん。まぁね。それなりだったとは思うよ」
とはいえ、この世界の情勢についてはアンサングもまだほとんど未知のままだ。しかも九割方ないとは思うがガゼフに腹芸ができないという保証はどこにもない。故に、このような質問をされると曖昧に返すことしかできないため下手なことを言わないように意識するのは若干のストレスが積もる。表情が直接表面上に出ないため意識する必要が全くないのは幸いというべきか。
「この辺りでは、どの程度の魔法が主流なんだい?」
「俺はそこまで詳しいわけではないが、バハルス帝国の化物魔法詠唱者が第六位階の魔法が俺の知る限り最高位の魔法だな」
「……なるほどね」
この話題に触れすぎると確実に碌なことにならない。そう判断したアンサングはそれ以上話題を広げることはやめることにした。あくまでアンサングの目的は落ち着ける場所を見つけることなのだから、必要以上に目立つことは避けなければならない。王国の戦士長を敵国の特殊部隊から救い出すという大立ち回りを演じておいて今更何をという話ではあるが、大前提を忘れてはならない。
「さぁ、もうそろそろ王都が見える頃だぞ、ドール殿」
「……そうだね」
そうして雑談を交わしながら王都への道を進んでいるうちに、、アンサング達一行の視線の先に、巨大な外壁が見えた。
若干ではあるが声が弾むガゼフに対し、アンサングの声は幾分か沈んでいるようにも思われた。だが、それはガゼフに察せるほど明白なものではなく、アンサング本人も失礼に当たると判断したためか隠したため、その感情の機微に気づくものは居ない。
ここまでの道中。決して短くない時間の中で交わしたガゼフを始めとした戦士団達との会話で、アンサングはこの世界に来たばかりの頃に思いついて即座に切り捨てた可能性が首をもたげているのを感じていたのだ。
「事実は小説よりも奇なり、か……」
これから目にする王都の風景に思いを馳せながら、誰にも聞こえないレベルの小声でアンサングは呟いた。
―・―・―・―
「…………」
王都へと至ったアンサングを待っていたのは、紛うことなき人の営みだった。人々の動きには1秒前と同じものは何一つとして存在せず。それぞれがそれぞれの人生を歩んでいることは明らかだった。
(良い夢で済めばいいんだけどな……)
これを全てがAIであるというのはいくらなんでも無理がある話だ。こんな化け物じみた規模のものを動かす金など今の世界の一ゲーム企業が用意できるはずもなく、また、これらを全て人間が操作しているというのも同じく無理がある話だ。
即ち、彼らは全員が生きているのだ。この世界で。
もはや認めるしかないだろう。
アンサングは仮想世界が現実となった異世界へと来てしまった。そうとしか説明ができないのだ。
「はぁ……」
「ドール殿、どうかしたのか?」
「いや、なんでもないさ……」
ため息を1つついた後に、アンサングはガゼフ達の案内で王城までの道を戦士団の横を歩きながら、王都の町並みを眺めていた。
(何というか、割り切った途端に今まで以上にリアルに見えてくるな……)
例え天使としての特徴を全て隠せたとしても、アンサングの非常に整った容姿を隠せるような装備をアンサングは持ち合わせていない。否、正確にはアンサングを見えなくするなどの手段を用いれば目立たなくすることも可能ではあるが、そんな事をしてガゼフから「顔を見られたら困る事情でもあるのか」といらない疑いをかけられる方が面倒だ。
(ある程度人目を引くことは覚悟していたが……)
ガゼフの人望故か、それともアンサングの持つ美貌と絢爛豪華な装備故か。戦士団とアンサングの王城への道は、人の海を割ったかのような道を歩むこととなった。この世界の文明レベルや景気の判断材料が乏しかったことも原因としては挙げられるが。それを言い訳にしてはいけないレベルの盛況ぶりに辟易したアンサングは、確認のためにガゼフに問いかける。
「ガゼフ殿、この騒ぎはいつもの事かい?」
「まさか。無骨者の集団にこんな注目は集まらん。ドール殿が居るからだろうな」
「そう……」
アンサングは内心でため息をつく。彼女自身、自分のアバターがNPCの中に突っ込まれればそれなりに目立つものである程度の自覚はある。だが、それにしたってこの騒ぎはアンサングの予想を遥かに超えている。
(ふむ……娯楽の類がないのかな)
街の風景を眺めながら、非常に簡単ではあるが推測を行う。そうでもして気をそらさなければ、どうしてもこの見世物にされているような視線に嫌なことを思い出してしまうからだ。
おそらくではあるがこの王都の中でも最も大きい通りであるにも関わらず、本通りを少しでも外れれば道路の舗装はされなくなり、地面を軽くならしただけのものとなっている。建物の雰囲気も、良い言い方をすれば情緒があるが、早い話が古めかしいだけのものだ。仮にも王都がこの様では、他の都市もたかが知れるだろう。
建物の種類も多様とは言えず、住宅と生活に必要なものが取り揃えられる程度でしかないであろう店、後は多少の飲食店があるだけ。幾つかは大通りに映える豪華な建物もあるにはあるが、その程度当たり前のことだ。
それらの街並みからアンサングが想起したのは、アンサングの世界における貧民階層の者達が過ごす場所だった。人々を潤わせる何かが存在せず、まるで人々を家畜にしようとしていると思わせるような街並み。そんな街に住む者達だからこそ、アンサングのような全くの未知である存在に大なり小なり心を惹かれるのだろう。
「近年、国力は低下の一途だ。少しでも明るい知らせがあるのならば飛びつきたいのだろう」
(やっぱりか)
黙って街並みを見回すアンサングの雰囲気から彼女が考えていることをなんとなくではあるが察したガゼフからそんな事を言われ、アンサングは自分の読みが多少なりとも当たっていた事にほのかな充実感を覚えるが、それはすぐさま霧散した。
(にしても、王都がこれじゃ、心穏やかにアウトドアは難しそうだなー……)
道中で出くわすことこそなかったが、野盗にでも襲われそうだ。そんな事をアンサングが考えているうちに、大勢の人々を巻き込んだ王城への行進は終わり、王都の最奥に位置する王城、ロ・レンテ城へとたどり着いた。現実では見たことがなかった歴史を感じさせる巨大な建造物に若干の感動を覚えるアンサングだったが、それ以上に人々の視線から一刻も早く離れたかったため、ガゼフと共に王城へと入った。
―・―・―・―
(それにしても、王様っていうのはそんなにホイホイ見知らぬ旅人とあって良いものなのか……?)
先に今回の遠征についての報告のために王の元へと向かったガゼフとは異なり、王城へと入ったアンサングは客間へと案内されたアンサングは、歴史を感じさせるソファに身を沈め、特に何かを考えるわけでもなく、壁にかかった調度品を眺めながら時間が経過するのを待っていた。
(うーん、落ち着ける場所としてはリ・エスティーゼ王国は△かな……スレイン法国は碌な事にならないだろうし、あと近くにあるのはバハルス帝国か……)
まだまだ大部分が不透明ではあるものの、今後の予定を考えながら調度品を眺めていると、ノックの音が響いた。ガゼフが呼びに来たのだろうか。そう思いながらドアへと近寄る。
「ガゼフ殿、用事は終わったの……かい?」
「あら?」
が、扉を開けたアンサングの目の前に居たのは、まるでお伽噺の絵本の中から飛び出してきたお姫様のような印象を与える少女。美しい黄金の髪と宝石を思わせる深みのある青の瞳を持ち、『黄金』とすら呼ばれるこの国の第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフと、彼女の兵士である青年、クライムだった。
予想外の長さになったため短いですがここで区切ります。
一応言っておきますが自分はアウトドアを楽しむオリ主と原作キャラと(今は言えないネタバレ)が書きたかっただけであって間違えてもデミウルゴス並みの化物との舌戦なんて書けるほど頭良くないです。